アンナが痴漢? された罪滅ぼしとして、俺はプリクラを一緒に撮ることにした。
思えば、プリクラなんざ、人生で一度も撮ったことなかったな。
スクリーンからまた長い長いエスカレーターに乗る。
「ところでアンナ、あのおっさん、アンナをずっと見ていたのか?」
彼女はうつむきながら答える。
「うん……チケット売り場の時からずっと見てたみたい……」
「すまない、俺がもっと早くに気がつけば」
拳を強く握るが、アンナの柔らかい手によってほぐされる。
「タクトくんは悪くないよ……私も早くにタクトくんに伝えておけば、私の身体も触られなかったのに」
どうやら、あの変態親父に触れた場所は、左の太ももらしい。
アンナが悔やんだ顔でももに触れている。
「上映中、ずっと触られていたのか?」
俺、すごく怒ってるわ。
「ううん、途中から……何回も手をどかしたのに、何度もしつこかった」
クソッ! 俺が触りたかった!
「アンナ、もう二度とお前をそんな目にあわせないと誓うぞ」
「ありがとう!」
アンナの顔に笑みが戻る。
エスカレーターから左手に入れば、すぐにゲームセンターとプリクラ専用のブースが見える。
カナルシティは、学生やカップル、外国の方々も御用達の場所なので、プリクラがよく儲かるらしい。
しかも、コスプレが無料で貸し出し可能だ。
「しかし、俺はこういうのは全然わからん」
「タクトくんって、プリクラ撮ったことないの?」
上目遣いでのぞくアンナ。
やめてぇ、そんな顔で見られると、撮れなくなっちゃよぉ~
股間が『がんばれ元気』になっちゃうよぉ~
「ないけど?」
アンナが、エメラルドグリーンの目をまるくする。
その瞳は妖精のようだ。
「ホントに!?」
「そうだが」
「やったぁ! アンナが、タクトと生まれて、はじめてのプリクラを撮るんだね☆」
だね☆ じゃねぇ!
なんか、俺がかわいそうなぼっち人間ってのが、まるわかりじゃねーか!
「ま、まあ、そうなるよな」
苦笑いが辛い。
「ふふ☆ うれしいなぁ」
今日は笑いながら、床を見つめるんですね。
なんか人の不幸を、めっさ喜んでいるように感じるんですが?
「プリクラの機械は、全身が取れたほうがいいよね?」
「全身? なぜだ?」
俺の問いに頬を膨らますアンナ。
「だって、二人のはじめてのプリクラだよ? アンナだって、タクトくんの全部撮りたいもん!」
それプリクラ必要か? スマホで俺を撮っちまえばいいんじゃね?
「了解した。ならば、俺はこの界隈は詳しくない……ので、アンナに任せていいか?」
「うん☆」
アンナは優しく微笑むと、20台近くはあるプリクラ機を、念入りに一台一台チェックしていった。
これは盛りすぎ、あれは全身が映らない、それはフレームが少ない……だのと文句ばかり垂れて、一向に決まることがない。
エンドレス!
そういえば、妹のかなでも、男の娘か女体化の同人誌を買う時はいつも迷っていたな……。
俺からすれば、どちらも同じなのだが、女という生き物は、選択肢を用意されると迷う生き物なのだろう。
っておい! アンナはミハイル。ミハイルはアンナ!
男じゃい!
「あ、あれが一番いいかも☆」
アンナが選んだのは、いわゆる『盛り』要素が少ないナチュラルな写真が撮れて、全身も撮影できる一機だ。
尚且つ、スタンプやフレームも豊富。
なぜ、こやつはこんなものに詳しいのだ?
だが、プリクラ機の前にはカップルで長蛇の列。
「こんなに人気なのか? プリクラってのは!」
「そうだよ~ カップルさんだけじゃなくて、女子高生とか男の子同士でも撮るからね☆」
「男同士でも!?」
「うん☆ 部活帰りの子たちがよく撮っているよ」
それって……なんの部活? 相撲部? 空手部? 柔道部?
裸体で『あぁぁぁ!』とか、事後のプリクラじゃない?
「そうか……そんなに楽しいものなのか、プリクラってのは」
「一人で撮るのは楽しくないけど、お友達とか家族と撮ると楽しいよ☆」
おい! 俺はお友達もいなかったし、家族なんてプリクラなんざ興味ねーから!
ふと、プリクラのブースを見渡すと『こちらは男性のみの撮影は禁止させて頂いております』とある。
ん? 俺とアンナは男同士じゃね?
「なあ、アンナ。男同士でも撮るっていったよな?」
「ん? いったよ」
「なのに、あの『制限』はなんだ?」
注意書きを指さすと、アンナが汗を吹き出す。
「あ、えっとねぇ……あれはね、痴漢とか盗撮を防止するためだよ☆」
歯切れが悪い。
「そうか。ならば、男同士で撮るのは限られる……ということか?」
「ん~ アンナは詳しくないな~」
話をそらすな! 絶対に確信犯だろ!
「つ、次、アンナたちの番だよ!」
腕をつかまれ、強引にプリクラのなかに入った。
中は思ったよりも、広々としている。
後部には長いすがあり、座ったシーンも撮れる仕様らしい。
「じゃあ、最初はバストアップ撮ろ☆」
バストってひびきがエロい、と感じたのは俺だけでしょうか?
「ああ」
アンナはカメラに映し出された自分の顔を、鏡がわりに前髪を整える。
なんかまんま女の子の仕草だよな。ミハイルのときは気にしてないのに。
『じゃあ、一枚目! いっくよぉ~』
某豪華声優が可愛らしいボイスで採用されていて、声豚な俺からしたらツボだった。
「タクトくん、もっと寄ってよ」
アンナが俺の左腕に抱きつく。
肘が彼女の胸にあたる。
な、なんだ! 絶壁なのに微かだがふくらみを感じる。
これが俗にいう『ひじパイ』なるものか!?
「そ、そんなに引っ張るなよ……」
「もう照れないで! はい笑って」
アンナはニッコリ、俺は引きつった笑顔。
「タクトくんの下手くそ!」
「仕方ないだろ、生まれてはじめてなんだから」
「そうだった……ごめん」
謝らないでぇ! 俺がどんどん可哀そうなやつになってるから!
「じゃ、じゃあ次は全身ね☆」
「仕切り直しだな」
俺とアンナは少しうしろに下がると、笑顔をつくる。
アンナは俺の肩に顔をのせた。
なにこの子? ビッチなの?
「はいチーズ!」
「ち、チーズ……」
今回もやはり俺の顔は引きつってしまった。
アンナは案の定プンスカ怒っていたが、原因は彼女の積極的行動だと思うが。
「じゃあラストはこのイスに座って撮ろう☆」
「座ればいいんだな」
なんか介護されているみたい。俺もいうほどバカじゃないのよ?
二人して長いすに尻と尻を、くっつけて座る。
「タクトくん……映画館のとき、おじさんに触られて辛かったよ」
「わ、悪い」
「アンナよごれちゃった?」
「お前は汚れてなんかない。もし汚れたのならば、洗えばいい。例えばこうやって……」
どさくさに紛れて、俺は彼女の太ももに優しく手をのせた。
とても柔らかい……そういえば、こいつの太もも触るのって、2回目じゃん。
ミハイルの時に自宅の風呂場で。
「嬉しい……タクトくんの手で、キレイになっていくよ☆」
うっとりと俺を見つめるアンナ。
俺もついつい彼女に見とれてしまった。
互いに見つめあった状態で、『はいチーズ!』とフラッシュがまぶしく光る。
それがなかったら、俺たちはそのままキスしていたかもしれない……。
慌てて、互いに顔をそらす。
「じゃ、じゃあ、次はプリクラをデコろうよ☆」
「そ、そうだな」
まるでラブホから出てくる事後のカップルのように、俺たちはそそくさとプリクラ機から出て行った。
あとは、ほぼアンナが撮影した写真を決めて、スタンプやら日付をつけていく。
俺は「なるほどな」と感心しながら、その姿を見つめていた。
アンナに「タクトくんもする?」と聞かれたので、「タケちゃんスタンプはあるか」と問うと苦笑いされた。
あっという間に、撮影と印刷が完了。
仕上がったプリクラを、二つにわけると片方を俺がもらった。
アンナはそれを見て嬉しそうに微笑む。
これってどこに貼ればいいの? テーブル?