リキと腐女子のほのかが、無事にイブをカップル? として過ごすことになり、会場は大いに盛り上がった。
というか、他の腐女子たちも、24日がコミケの日だと思い出して、推しのサークルが出展するかスマホで検索しだす。
そして、卑猥なサキュバスのコスを着た少年。一も2人に便乗する始末。
「あ、あの……24日っていうと、『あそこ』ですよね? 僕も参加するので良かったら、声を掛けてもいいですか?」
ともじもじしながら、無知なリキへ問いかける。
「ん? ああ、そんなに福岡じゃ有名なスポットなんだな。いいぜ!」
ニカッと白い歯を見せて、親指を立てるリキ。
その姿を見て、一の顔はパーッと明るくなった。
「本当ですか!? じゃあ、お二人の邪魔にならないようにしますので!」
いや、邪魔する気マンマンだろ、こいつ。
本当にリキの恋愛って、苦難しかないな……。
※
最後に女子部門の優勝者、マリアの番となった。
宗像先生に呼ばれると、すぐさま黒板の前に置かれた片方のイスに座る。
脚を組んで、両手を膝の上に載せる。
正に、勝者の顔だ。
先生がイブの相手を聞く前に、自身の口からその名を発する。
「私は新宮 琢人を指名するわ。婚約者だから、イブを過ごすのは当然なのだけど」
俺の顔に目掛けて、ビシッと人差し指をさす。
それを見た宗像先生は「ふむ」と頷いた。
「なるほど。じゃあ、ほれ。新宮、呼ばれたぞ? 優勝者の言うことはちゃんと聞けよ」
「そ、そんな……俺の意思は……」
どうにかして、時間稼ぎでもしようかと試みたが、宗像の機嫌を損ねるだけだった。
「あぁん!? 私が決めたルールだぞ! さっさと行って来い!」
「はい……」
これ以上、逆らったら殴られそう……と、思った俺は渋々マリアの方へと向かう。
途中でミハイルのことが気になり、振り返って見たが。
「……」
黙り込んで、固まっている。
マリアが語った過去のショックが大きすぎて、呆然としているようだ。
まあ、写真さえ撮ることが出来たら、あとで2人になれるだろうから……。
もう少しの辛抱だ。
※
とりあえず、素直にマリアの隣りに座ってみる。
腰を下ろした瞬間、彼女はずいっと身を寄せてきた。
そして当たりた前のように、俺の左腕を掴んで、自身の胸を押し付ける。
相変わらずのノーブラだったので、生乳がとても柔らかく……俺好みのサイズ。
嬉しい誤算だったが、それよりも遠くから、こちらを眺めている『彼』のことが、気になる。
「お、おい……みんなの前だろ?」
一応、注意してみたが、マリアは悪びれる様子もなく。
肩をすくめる。
「それがどうしたの? 別にいいじゃない。婚約者なのだし」
「しかしだな……」
「優勝したのは私なのだから、これぐらい良いでしょ? 日本に帰って来て、まだタクトと恋人らしいこと。ちゃんと出来ていないもの」
「そ、それは……」
確かにそう言われたら、マリアとはちゃんとデートしたことがない。
成長してカナルシティで再会した時ぐらいだろう……。
あとは、映画を観に行ったけど。半分はアンナが化けていたから。
「それじゃ、一枚目撮るぞぉ~!」
宗像先生がインスタントカメラをこちらに向ける。
スマホやデジタルカメラじゃないので、撮影してもすぐに確認できないのが、デメリットだ。
しかし、失敗できないからこそ、一枚一枚を大切に撮れる代物。
それを察してか、マリアもニッコリと優しく微笑み、俺の肩に顎を乗せる。
俺は緊張から、身体がカチコチに固まってしまう。
他の生徒たちの視線をずっと感じるし、恥ずかしくて仕方ない。
「よぉし、もう一枚。ラストいってみるか! 瞼を閉じるなよぉ~!」
シャッターの音に気がつかなかった。
でも、これで最後だ。
ふとミハイルの方に、目をやると……。
この世の終わりみたいな表情で、こちらを眺めていた。
早く声をかけてやりたいが、撮影がまだ終わらない。
もう少し、待っていてくれ……。
「いくぞぉ~ はい、チーズ!」
今度はシャッターの音が、しっかりと耳にまで響いてきた。
しかし、それと同時に辺りから、悲鳴があがる。
何事かと、教室内を見回すが、特に何もない。
女子生徒たちが、俺の顔を指差して、大きく口を開けている。
ズボンのチャックが、開いた状態なのだろうか?
と、下半身をチェックしても、問題なし。
そうなると、あとは……。
「んふっ……」
耳元がくすぐったいな。
マリアの声か。
しかし、なんだ。この頬に伝わる柔らかい感触は?
小さいがプルプルしていて、とても気持ちが良い。
暖かく癒される……って、まさか!?
そーっと視線を隣りに向けると、瞼を閉じたマリアがいた。
普段、強気な彼女からは、想像も出来ないぐらい優しい顔。
頬を赤くして、俺の頬に口づけしている。
「んんっ……タクト。好きよ」
一ツ橋高校の生徒、教師。全員の前で告白されてしまった。
しかも、ほっぺチューされながら……。
「や、やめろよ。マリア……こんなところで」
うろたえる俺に対して、マリアはゆっくりと瞼を開く。
キラキラと輝く碧い瞳が、いつもより綺麗に見える。
唇を頬から離してはくれたが、両手はずっと俺の肩を掴んでいて、逃げられない。
「これぐらい。海外では挨拶レベルじゃない?」
「そ、それは……でも、ここは日本だ。こういうのは、恋人同士がするものだ」
「フフ。本当にうぶなのね、タクトったら。やっぱり小説に必要ね。私というヒロインが」
「ま、マリア……」
積極的な彼女を見て、俺が固まっていると……。
一連の行為を遠くから眺めていた彼が、叫び声をあげる。
「ふざけんな! 10年とか関係ない! 勝手にオレのダチで遊ぶなっ!」
久しぶりにキレたミハイルを見た。
だが、その言葉とは裏腹に、身体は小刻みに震えて、どこか弱々しい。
エメラルドグリーンの瞳は輝きを失せ、涙でいっぱいだ。
「ミハイル……」
彼に手を差し伸べてあげたかったが、マリアの腕がそれを邪魔する。
「もう……もう、知らない! オレ、帰る!」
そう吐き捨てると、彼は背中を向けて、教室から走り去ってしまう。
俺が呼び止める前に、一瞬で彼は自習室から消えた。
せっかくのクリスマス会。
朝早くから、料理やデザートまで作ってくれたのに。
俺は……結局、このあとミハイルと一緒に帰ることは出来なかった。
放心状態のまま、マリアと電車に乗ったが、そこからの記憶が曖昧だ。