気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 結局、ミハイルからの着信は『あれから』一切なく、一週間が経った。
 正直いって気まずかった。
 なぜならば、今週の日曜日がスクリーングだからだ。
 一ツ橋高校で出会うことになる。
 その前に謝罪をするべきか? と、毎日スマホを見てはため息をつく。
 だが、「ミハイル」というアドレス帳をタップするほどの勇気は俺にはなかった。

 あの日……、もし俺がミハイルと付き合っていたら、どうなっていたんだろう?

 そればかりが、頭から離れない。
 ミハイルが去り際、『じゃあ生まれ変わったら、付き合ってくれよな☆』と言い残した。
 生まれ変わる? まさかフラれたことがショックで自殺……なわけないよな。
 こんな俺のために、自殺なんてするか?
 たかが、3回しか会ってない関係なのに。

 俺は自室で、編集部の白金から言われたラブコメの設定を考えていた。

 主人公は中二病満載のオタク。
 ヒロインはロシア人のハーフの金髪美少女。

「あれ?」
 書いていて思った……まんまミハイルがモデルじゃねーか!
 クソ……。

「おにーさま!」
 人がタイピングしているというのに、横乳を左腕にのせるんじゃありません!
「かなでか……」
「どうしたんですの? 最近、元気がないですわ。かなでで自家発電しすぎましたの?」
 相変わらずブッ飛んだ妹だ。
「な訳ないだろ……」
「本当に元気ないですわねぇ。ひょっとして……ミーシャちゃんとケンカでもしましたの?」
 ギクッ! こいつ、けっこう鋭いんだよな。

「べ、別に関係ないだろ!」
「怒るということは、ほぼ図星ですわよ、おにーさま♪」
「クッ!」
「かなでに相談しませんか?」
 目を輝かせて、モニターの前に顔を出す。
 こいつ、人の仕事を邪魔したいだけだろ。

「なぜ、かなでに話す必要性がある? メリットは?」
「メリットですかぁ? ミーシャちゃんの裏情報とか?」
「はぁ!?」
 なにこいつ。ミハイルん家にストーキングでもしているのか?

「ソースは?」
「もちろん、かなでちゃんですわ!」
 怪しすぎる。
「かなで……ハッキングとか好きなのか?」
「酷いですわ! ミーシャちゃんとおにーさまは、既におっ友達でございましょ?」
「ん? まあ……確かにそうだな」
「ならば、妹のかなでも、ミーシャちゃんとおっ友達ですわ♪」
「はぁ?」

「これを見るですわ!」
 かなでが差し出したのは、18歳未満禁止の男の娘エロゲーの自作スマホケース……。
 じゃなくて中身のスマホ。
 アドレス帳に見慣れた名前がある。
『♪ミーシャちゃん♪』


「おまっ! どこで手に入れたんだよ!」
「ミーシャちゃんが『パジャマパーティ』の時に、教えてくれたんですの♪」
「この前、ミハイルがうちに泊まったときか!?」
「ええ、おにーさまが寝てたので♪」
 なるほど、こいつ……やりおるわ。
 人が寝ている間に。

「で? それでお前とミハイルになんの関係がある?」
「かなでのおっ友達に追加されたから、毎日L●NEしてますわ」
「ま、マジか……」
 俺なんか、電話するのもメールするのもしんどいのに。

「ええ、あの日以来、毎日お互いの趣味を暴露しあっていますわよ♪」
「趣味って……かなでのか?」
「もちのロンですわ! かなでは、主に男の娘のエロゲや同人ですわね♪」
 俺の初めての友人に、なんつーもんを暴露してやがんだ、こいつ。

「肝心のミハイルの趣味は?」
「そうですわね……主にスタジオデブリのボニョや夢の国ランドのネッキーとか」
「フンッ、その情報ならすでに把握済みだ」
「ん~ 他にはおにーさまの趣味とか、聞かれたので、赤裸々に語ってあげましたわ♪」
「おまっ!? なにを話したんだ?」
 ガグブル……。

「そうですわねぇ……まあ、かなでのおっぱいをおかずに自家発電していることは、既にミーシャちゃんもご存じでしたし……」
 全くもってご存じじゃねぇ!
「あとは、確かおにーさまの女の子の好みとか?」
「はぁ? なんでそうなる?」
「かなでにも、わかりませんわ……それだけおにーさまのことを慕っていらっしゃるんですわ」
「なるほどな……で、俺の好みなんて存在するのか?」
 そうだ、俺に女の好みなんてない。

「答えるのに困りましたが、強いていうならアイドル声優の『YUIKA』ちゃんみたいな子が、好きと言っておきましたわ」
 ファッ!

「それからは、ミーシャちゃんとは毎日、電話で『YUIKA』ちゃんのミュージックビデオやダンス、出演しているアニメ、好むファッションやコスメなんかをずっと話していましたわ♪」
「へ、へぇ……」
 あのヤンキー少年が、ずいぶんとオタク落ちしましたね。

「ま、ケンカしても、時間がお二人の関係を治してくれますわよ♪」
「そんなもんか?」
「ええ、かなでも推しの男の娘やBLで腐女子さんたちとよくおケンカしますもの」
 それって友人関係に入るの? 臭そう。

「ほら、噂をすれば♪」
 机の上を指すかなで。
 スマホがブーッと揺れている。

 名前は『ミハイル』

 俺はすぐスワイプして電話に出た。
「もしもし、ミハイルか! 生きているのか!?」
『う、うるさいなぁ……生きているに決まってんだろ。一体どうしたの? タクト』
 いや逆に心配されちゃったよ。

「いや、あの……この前はだな……」
『なんだあれか、忘れてくれよ☆』
 忘れる? ウソォォォォォ!

「本当に忘れていいのか?」
『うん☆ それより、お前に会わせたいやつがいるんだ』
「は?」
『オレのいとこでさ。タクトのことを話したら、会いたいってうるさいんだよ』
「へ、へぇ……」
 なんか嫌な予感。

『ねぇ、土曜日空いてる?』
「スクリーングの前の日か……問題ない」
『じゃあ、土曜日な! またメールすっからさ☆』
 そう言うと、ミハイルは一方的に電話を切った。
「なんだったんだ……」
 視線を左にやれば、ニヤニヤ笑う妹のかなで。

「おにーさま、よかったですわね♪」
「かなで……お前、なにか企んでないか?」
「なんのことですの?」
 首をかしげてはいるが、口元がガバガバでゆるゆるだぞ!

 まあよしとしよう……。
 ミハイルから電話をかけてきてくれて、俺は心から安心していた。

 ミハイルは俺に告白したあと、フラれたショッックから落ち込んでいた……と、思っていた。
 どうやら、一週間の音沙汰なしは、妹のかなでと裏でなにやら、コソコソと連絡をとりあっていたらしい。
 詳しい経緯については、またかなでから事情聴取するとして……果たして、あの変態妹が俺の問いに正常に答えられるだろうか。

 例の電話、(土曜日に会う約束)以来、またピタッとミハイルからの連絡がとまった。
 あいつのことだ……またなにか、良からぬことでも考えているに違いない。
 知らんけど。

 
 数日後、金曜日の夜のことだった。
 スマホのアラームが鳴る。着信名はミハイル。
「もしもし」
『あ、オレだけど☆』
 でしょうね。

「明日のことか?」
『うん☆ 博多駅のしろだぶしのぞうに朝の10時な☆』
「え? ぞう?」
『じゃあ明日な☆』

 ブツッと一方的な切り方が耳障りだった。
 しろだぶしのぞう?
 ……あ、『黒田節の像』のことか。
 バカだから困るわ~ ないわ~
 
 まったくミハイルのやつときたら、必要事項以外は、愛想のないやつだ……。
 と、思っても、別に俺とヤンキーのあいつとでは、交わす言葉なぞないがな。


 翌日、俺は『世界のタケちゃん』のギャグ(キマネチ)がおしゃれな『タケノブルー』のTシャツとジーンズを着て、真島駅まで向かった。
 もちろん、いつもの小説専用ノートPCが収納されたリュックサックを背負っている。
 
 駅のホームに立ち、スマホに目をやると『8:58』
 
 約束の時刻よりも、一時間も前に列車に乗った。
 フッ、今度こそ、俺が先に待ち合わせ場所につくだろう。

 思えば、博多駅なんぞ映画を見に行くこと以外、なにもなかったな。
 しかしなぜ待ち合わせ場所が、わざわざ遠方の博多なんだ?
 俺が住んでいる真島駅からも30分ほどだ。
 ミハイルが住んでいる席内駅から、したら40分もかかる。
 都会に興味でもあんのかな?


 列車に揺られること数十分、車掌の声が車内に響き渡る。

『次は博多~ 博多~ 博多駅です』

 列車内の人々は大概この駅で全員おりる。
 福岡市に住んでいる住民は、博多駅に必ずと言ってなにかを求める。

 それは博多が福岡市において『入口』や『玄関』ともいえる都市部だからだろう。
 仕事にいく人もいれば、勉学や娯楽、出会い、買い物、その他多種多様なもの、目的が全て揃うのが博多という街だ。

 福岡ビギナーの方々には、ぜひとも博多駅に観光にいくべきだ。
 一日あっても遊び足りないぐらいの複合商業施設なのだから!
 
 まあ人間嫌いな俺からしたら、『今』の博多駅は好きではないが。
 むかしのきったねー頃の、博多駅の方がなにかといいな。
 綺麗な建物に建て替えれば、おのずと人も入れ替わる。
 慣れしたんだ人や店も全て消え失せるのだ。

 
 と、個人的な想いにふけるのはさておき、博多駅の改札口を降りれば、西側が表口と思ってもよい、『博多口』が見える。
 そして、反対の東側には裏口と思ってもよい、『筑紫口』がある。

 ミハイルが指定したのは、主に待ち合わせ場所として多用される、一番わかりやすい『博多口』だ。
 博多口から出れば、広々としたロータリーやイベント、テレビなんかもよく取材に来る賑やかな場所だ。

 駅舎から博多口に足を進める、季節は春から初夏にむけて日差しが強くなってきている。
 だが、いい天気だ。
 こんな日に友人と博多駅を悪くないと思えるのは、相手がミハイルだからだろうか?

 しかし、ミハイルのやつ。
 いとこなんて、俺に会わせてどうする気だ?
 まさかとは思うが、いとこと一緒に俺をボコボコにしちまう気か……告白をフッた怨恨で。
 いや、笑えない。

 そうこうしているうちに、博多駅のマスコットといえる『黒田節の像』こと、『母里(ぼり)太兵衛(たへえ)』様とご対面。
 俺にはようとわからん存在だが、盃と槍を持つ粋なおっさんだということは理解している。

 『彼』の足元には一人の少年が立っていた。
 迷彩柄のショートパンツに、胸元ザックリ開いたタンクトップ。
 金色の髪を首元で束ねている。
 緩やかな風と共に、左右に垂らした前髪がゆれる。
 地面を寂しそうに見つめている。
 まるで、迷子のように心細い顔をしていた。

「ミハイル」
 俺が声をかけると、彼はエメラルドグリーンの瞳を見開いて、口元を緩める。
 はにかんだ顔がとても愛らしい。
「タクト~☆」
 そげん大声をださんでもよか!

「お前、また早くついたのか?」
 スマホの画面を見れば『9:22』
「え? 遅刻したら悪りぃからさ……ちょっと早く来ちゃった☆」
 来ちゃった☆ じゃねー!
「どれぐらい前からだ?」
「えっと、家を出たのが朝の6時前ぐらい……だから、着いたのは6時半ぐらい☆」
「はぁ!?」
 俺がまだ朝刊配達しているころじゃねーか!

「す、すまない……以後気をつける」
 いや気をつけるって……もう俺ではキャパオーバーだがな。
「いいって☆ 待つの楽しいし」
 え? ストーカーですか? 帰ってもいいですか?
 ちょうど、交番が『黒田節の像』の近くにありますけど?

「ところでミハイル。お前のいとこってのは?」
「あ……あいつ、もうすぐ着くらしいんだ。ちょっと田舎のやつでさ」
「ほう」
「だから……方向音痴なんだ。オレがちょっと迎えにいってくるからさ。タクトはここで待っててくれよ!」
「へ?」
「すぐ呼んでくっから☆」
 ええ!? 俺ってば放置?
 めっさ笑顔で走り去るミハイル。
 いったい、どういうことだってばよ!?


 ~1時間後~

「おっせぇぇぇぇぇ!」
 どんだけ待たせるんだよ、ミハイル!
 聖水か? それとも、お前が方向音痴で迷子になったのか? 夢の国の『ネッキー』の着ぐるみにでも会えたか?

「はぁ……」
 スマホを取り出し、初めて俺からミハイルに電話をかけた。

『トゥルルル……おかけの電話番号は……』

「出ないな」
 数回電話したが、一向に出る気配がない。
「どういうことだ?」

 ピコン! と通知音が鳴る。
 ミハイルからのメールだ。

『タクト、わりぃ! オレ、ねーちゃんの手伝いしないといけなくなった。また今度な☆』 
「はぁぁぁぁぁ!?」
 おめーが呼び出しといて、そりゃねーぜ!
 かっぺムカつく、ぶちムカつく。
 怒りを通り越して、呆れかえっていた。
 ため息をつき、「せっかくだし映画でも見るか」とポジティブな考えにシフトチェンジする。

「アホらし」
 そう捨て台詞を吐いて、その場を立ち去ろうとした、その時だった。

「あ、あの……」

 とてもか細い声だった。
 聞き取りにくく、ひそひそ声のよう。

「え?」
「あ、あの……わたし……」

 その子は、こちらと地面をチラチラと交互に上下して見つめている。
 どうやらかなり緊張? それとも怖がっているような仕草がうかがえる。

「タクトさん……ですよね?」

 目の前には妖精、天使、女神……どの言葉でも表現が足りなぐらいの美人が立っていた。
 胸元に大きなリボンをつけて、フリルのワンピースをまとった女の子。
 カチューシャにも、同系色のリボンがついている。
 美しい金色の髪を、肩から流すようにおろしていた。
 時折、風でフワッと揺れる。
「キャッ」とスカートの裾を手で必死に押さえる姿は、とても女の子らしい仕草だ。
 
「あの……ミーシャちゃんから呼ばれてきました」
「え!?」

「わたしじゃ……ダメですか?」


 脅えた表情が、また男心をくすぐる。
 守ってあげたい、この子を!

「ダメですか?」
 全然!
「いや、ミハイルはどうした?」
「ミーシャちゃんは……おうちのことで帰ったみたいですよ☆」

 初めて見る笑顔だ。
 エメラルドグリーンの瞳がとても美しい。
 フリルのワンピースは可愛らしいが、丈が膝上とけっこうミニだ。
 色白の美脚が大いに楽しめるからして、男の俺からしたらなんてご褒美だ。
 この子を見ているだけで、数時間は待ちぼうけしてもいい。

「は、はじめまして。わ、わたしは古賀 アンナです☆」
「アンナか、認識した。俺は……」

 ていうか、アンナちゃん?
 お前、ミハイルだろ!
 一体どうなってんの?
 まさか死んで転生してきちゃったの?

「俺は新宮 琢人だ。よろしく」
 手を差し出すと、彼女が白く細い手で俺を包み込む。
「はい☆ タクトさん、今日は一日、よろしくお願いします☆」
「了解した」

 って……なに了解しちゃってんの俺!
 ど、どうしよ~ なにこれ~
 
「ま、まかせろ。博多のことなら、どんとこいだ!」
「嬉しいです☆」

 ひょえ~ もう俺は知らん!

「あの……タクトさんはミーシャちゃんと、どういう関係なんです?」
「え? 俺とミハイル?」
 って、お前が本人なのに、どんな設定なの?
 今日はリア充どもの仮装パーティーなのかもしらんな。

 ま、告白をフッた罪悪感もあったことだ。
 一日ぐらいミハイルの戯れに、付き合うのも悪くない。

「俺とあいつは友達……かな?」
 なぜか頬が熱くなる。

「そうですか☆ ミーシャちゃんにお友達ができて、安心しました☆」
「え?」
「あの子、いつも私とお姉さんとしか、遊びませんから☆」
 それ自分でいう? 悲しくない?

「そ、そうか……ところで、今日はこれからどうする?」
「タクトさんの行きたいところが、いいです☆」
 ニッコリと笑う天使……(♂)

 なんかドキが、ムネムネするから、やめてくださいますか?
 素のミハイルさんじゃ、ダメだったんですか……。

「じゃ、じゃあ『カナルシティ』はどうだ? あそこなら一日遊べる」

 カナルシティとは、博多駅から徒歩10分ほどの複合商業施設である。
 ファッションからグルメ、映画など全て揃っている建物だ。
 リア充はこぞって、ここを休日の場所として選ぶことも少なくない。
 それに現在は、外国人の方々もよく遊びに来る。


「わぁ! 私、『カナルシティ』いったことないんです☆ いきたい!」
「そ、そうか。ならば、俺についてこい」
「うん☆」
 博多駅からまっすぐ『はかた駅前通り』を直進する。

 今日はなぜか、ミハイルこと古賀アンナちゃんは、行きかう男どもを釘付けにさせる。
 俺以外の、人間も彼を『女』として認識しているようだ。
 いや、誤認というべきか……。


「みろよ、あの子! 可愛くね!?」
「うわぁ、俺タイプだわ……」
「つーかさ、連れの男がないわ……」
 最後の一言いるぅ!?


「あの、タクトさんって『世界のタケちゃん』が好きなんですか?」
 首を傾げるアンナ。
「え? ……ああ。俺がこの世で一番尊敬している人間だ」
 って、お前知っているくせに!

 はかた駅前通りをまっすぐ歩くと、緑で覆われた建物が見える。
 これがカナルシティの入口だ。
 数年前に『カナルシティ イーストビル』という別館が作られ、より目立つ建物になった。

「うわぁ、キレイな建物ですね☆」
「そうか? それより、アンナ……ちゃん?」
「あ、私は『アンナ』と呼んでください☆」
「む……ま、待て。ならば、敬語はやめてくれ。俺もアンナと呼ぶから『タクトさん』ってのもなんか正直、嫌だ」
 言っていて、自分で恥ずかしくなっちまったよ。
 なにこれ、男同士でなに自己紹介しあってんの?

「じゃあ、タクトくん☆ これでいいかな?」
 その笑顔……やめて……。
 食べちゃいたいぐらい、可愛すぎる。

「お、おう。じゃあアンナ。カナルシティのどこにいく?」
「タクトくんが決めて☆」
「え?」
「だって私、田舎育ちで全然わかんないもの」
 そういうアンナはどこか寂しげだ。
 ていうか、マジでミハイルさんも、カナルシティ来たこと、ないんけ?

「了解した、ならば、映画を見よう」
 これって初デートのテンプレだよな?
「うん☆」

 イーストビルのエスカレーターに乗り、2階に上る。
 そのまま歩いていると、本館に繋がる渡り廊下が見えた。
 
 本館に入ると今話題の『アヴァンゲリオン』のフィギュアがお出迎えだ。
 汎用イケメン型決戦機AVA初号機様である。
 近年、リメイクが行われ、またブームが再燃しているようだ。

「これって、プラモデル?」
 え? 知らないの? あのAVAだよ!
「アンナはアニメに詳しくないのか?」
「アニメ? アニメはえっと、スタジオ『デブリ』とか、夢の国の『ネッキー』とかなら、知ってるよ☆」
 そこの設定は、そのままなんかい!
「そ、そうか。これはAVAと言ってだな。すごい兵器なんだぞ」
「ふーん。ロボットなの?」
「……」
 なにかと、リア充や非オタクたちは『機械』や『ロボット』という単語で終わらせてしまう。
 説明がダルいので、俺は「映画館にいこう」とアンナを誘う。

 
 映画館につくと若者がいっぱいチケット売り場で並んでいた。
 それもそうだ、今日は土曜日。
 学校が休みだったり、授業あがりの制服を着用したままの高校生たちもいる。
 あとは年中暇そうな大学生だな。

 これだから、俺は土日の映画館は好かん。
 俺は映画は静かに鑑賞するのを楽しむ。
 よって……“こげん”にわかな映画好きなどという、下等生物と同じ空間で、同じレベルで、俺の大好きな映画を観たくないのだよ!
 
「タクトくん? 映画、なにを見るの?」
「あ、すまん。目の前にリア充どもがいて虫唾が走った」
「リアじゅう? なあにそれ?」
 そこはバカだな!
「アンナは知らなくていいことだ。映画はもう決めているぞ」
「なに見るの?」
 フッ、よくぞ聞いてくれた。
 本日はめでたくも、俺の生涯における師匠である『世界のタケちゃん』の新作、『ヤクザレイジ』の封切り日なのだ!

「アンナ、ここは上級者の俺に任せろ」
「うん☆」
 チケット売り場に並ぶと、後ろから何やらヒソヒソ声が聞こえる。

「ねぇ、あの二人付き合っていると思う?」
「いや、ないでしょ? 女の子が弱みでも握られてんじゃね?」
「ハーフかな? わたし……あの子だったらいけるかも」
 怖えな! 最後のやつ、ただの変態女だろ!

「いらっしゃいませ! 作品はお決まりですか?」
 受付嬢が営業スマイルを見せる。

「うむ、『世界のタケちゃん』の『ヤクザレイジ』を高校生2枚!」
「あ、作品名だけで結構ですよ?」
 笑顔で毒つくな! ムカつく店員だ!

「タクトくん……私、高校生じゃないよ?」
「え?」
 そうか……ミハイルとばかり思っていたから、その『設定』を忘れていた。
 しかし、ならば身分はどうする気だ、アンナ?

「私、プータローだから……」
 アンナも床がお友達になっているぞ。
「あ、そうなのか……。じゃあ高校生一枚と大人一枚」
 なんか地雷を踏んだ気がしたので、俺が二人分支払った。

「かしこまりました。では、チケットをお持ちになられて、エスカレーターをお登りください」
 受付嬢からチケットを受け取る。

「気にするな、アンナ。無職は悪いことではないぞ? 俺の親父も無職だから安心しろ」
 なんか自分で自分が悲しくなってきたよ……父さん。
「う、うん……でも映画代は払わせて!」
 今日一番強気な顔だ。
 ちょっとミハイルよりな顔つき。

「了解した。では1800円だ」
「はい、2000円ね」
 受け取ったお札から、200円のお返しでーす。
 こいつって、結構こういうところ、しっかりしているのね。


 長い長いエスカレーターを昇る。
 何度来ても、カナルシティの映画館のエスカレーターは楽しい。
 左手を観れば、窓ガラスからカナルシティが一望でき、右手を観れば、ハリウッドスターのアートが壁一面に並んでいる。
 これだけで俺はテンション爆上がりなのである。

 エレベーターから降りると、さっそくチケットもぎりの女性スタッフが笑顔でお出迎え。

「チケットをお願いします」
 二人分のチケットを手渡すと、半券を返される。
 ちなみに、俺はこの半券をコレクションしてしまうクセがあるのだ。

 メインフロアに入ると、香ばしいポップコーンが空腹をあおる。
「うわぁ~ いい匂い☆」
「ふむ、映画にポップコーンは必需品だからな。買っていこう」

 俺はアイスコーヒーを選び、ポップコーンはキャラメル味と塩味のハーフ&ハーフを頼んだ。
「アンナはどうする?」
「私は……んと、カフェモカで☆」
 可愛らしいご趣味で。

 トレーを受け取ると、『ヤクザレイジ』のスクリーンを探す。
「ここだ。入ろう」
「うん☆ どんな映画か知らないけど、タクトくんの好みなら楽しみ!」
 今、サラッとタケちゃんの映画、ディスってませんか?
 ねぇ、アンナさん!

 スクリーンに入ると、休日もあってか、満席に近かった。
 客層といえば、ご老人や本業らしき御仁も確認できた……。
 さすがはタケちゃんだ! 渋いぜ!

 俺とアンナは、真ん中あたりの席に腰を下ろした。

「ところで、タクトくん。この映画ってどんな内容なの?」
 そこから!?
「ま、まあ……見ていればわかるさ。タケちゃんの映画はイイぞ~」
「そっかぁ、ポップコーン食べてもいい?」
「おう」
 
 ブーッ! という、開幕の音と共に、俺とアンナは仲良く一つのポップコーンを食べはじめた。

 そういえば、こういうカップルらしいこと初めてだな……。

『さっきからガタガタうるせーんだよ!』
『なんだとバカヤロー!』
 背広姿のおっさん同士でキスする寸前まで、互いに睨みあう。
 一人の男は、金髪の中年。黒いスーツに白シャツでネクタイはしていない。
 この事から金髪は、いわゆるサラリーマンとは言えない。
 ヤクザのそれに近い。
 対するもう一人の男は少し若く、黒髪で、身なりが金髪の男よりきれいだ。


『だから、さっきからいってんだろー!』
『なにがだよ? 言えよ!』
 金髪がピストルを右手に構え、黒髪のアゴにつきつける。
『俺の歯をさっさと治療しろって言ってんだよ、バカヤロー!』
『やるから銃をどけろよ、バカヤロー!』
 どうやら黒髪は歯医者さんのようだ。
 ドリル。エアタービンが「キィーーーン」という不快な音がこちらにも聞こえてきた。
『いってぇな! バカヤロー!』
『じっとしてろよ! 動くなバカヤロー!』
 
 バン!

『いてぇって言っただろが……バカヤロ……』
 血が飛びちる。
 金髪の男は治療途中だというのに、その場を去っていった。

 世界のタケちゃんが主演、監督、制作をしている、全く新しいヤクザ映画『ヤクザレイジ』のワンシーンである。


「おお! さすがタケちゃん、初回からフルスロットルではないか!」
「キャッ!」
 俺の左腕に抱き着くアンナ。
 目をつぶり、必死にしがみついている。
「どうした? アンナ?」
「私……こういう怖い映画、はじめて」
 涙目で俺を見つめるアンナ。
 その距離、僅か10センチほど。
 このままキスしてもいいという、フラグでしょうか?

「そ、そうか……見るのやめるか?」
 絶対にやめたくない! 今日はタケちゃんの封切り日だというのに!
「ううん……タクトくんの好きな映画だからがんばる!」
 足ガクガクしてるやん……。
 ホラーじゃないからね! タケちゃんの映画は暴力描写が激しいだけだよ? 芸術だよ?
 なんてたって、世界のタケちゃんなんだから!
「ま、まあ無理はするな、アンナ。気分が悪ければ、いつでも俺に言え」
「やさしいんだね……タクトくん」
 モゾモゾしおってから、聖水ならさっさと行ってきなさい!

 ~30分後~

『撃てよ! 早く撃てよ!』
 鬼気迫るタケちゃん。
『やってやるよ、バカヤロー』
 
 カキーン!

『ヘッ、ファールじゃねぇか』
『うるせー、バカヤロー』
 どうやら、盃を交わした男兄弟とバッティングセンターで戯れているらしい。
 こういうお茶目なところも、タケちゃんの良さである。


「さすがだぜ! タケちゃんはヤクザ映画でもギャグを忘れてないな!」
 俺が拳を握り、固唾をガブ飲みしていると……。
「タ、タクトくん……わたし……」
「どうした? アンナ」
 隣りを見れば、顔面蒼白の彼女がいた。
「そんなに怖いか?」
「ううん、そうじゃなくて……お腹痛いの」
「ふむ。ならば、トイレに行くか?」
「ごめん、あとで戻ってくるから……」
 そう言うと、アンナは顔色悪く、スクリーンから去っていった。

 そんなに腹が痛むとは、昨日、激辛カレーでも食ったのか?
 まあ俺は、ぼっちでもタケちゃんと一緒なら、映画館を楽しめるけどな!


 ~30分後~

 バン! バン! バン!

『オヤジ……ゆるぢてください……』
 眼鏡の優男が血だらけになりながら懇願する。
『てめぇが絵図を書いたんだろうが! バカヤロー!』
『お、俺がなにをしたっていうんすか……』
 
 バン!

 優男が頭から血を吹き出す。
 目を見開いたまま、床にバタンQだ。

『誰がもういっぺん歯医者いくっつったんだ! バカヤロー!』

 ~FIN~


「壮絶なバトルだったぜ……」
 ん? そう言えば、アンナのやつ。
 まだトイレから戻ってこないな……もう終わってしまったぞ、映画。
 もったいない!

 俺は少々苛立っていた。
 なぜならば、ミハイルことアンナから、一日遊ぼうと提案したくせに……。
 あの世界のタケちゃんの映画を初見とはいえ、ラストを堪能しなかったことが許せなかった。
 これはお説教しなければな!

 アンナの飲みかけの飲み物を手に取る。
 ストローに目をやれば、彼女の口紅がついていた。
 ゴクッ!

「あの……早くどいてくれませんか?」
 近くに座っていたカップルの彼氏が「キモッ」て顔で俺を見る。
 べ、別に飲もうなんて思ってないんだからね!
「すまない」
 俺はカップルに促され、そそくさとアンナの飲み物と自分のゴミを持って、その場から去る。
 階段を降りると、スクリーン下で待っていたスタッフにゴミを手渡した。
 そのまま、スタッフが足元の業務用のゴミ箱に捨ててくれるのだ。


「アンナのやつ、まだトイレか?」
 廊下を歩き、館内の一番奥に向かう。
 
 トイレにつくと、男子たちが女子トイレ付近でスマホをいじって立っている。
 これは、いわゆる『待機彼氏』というやつだ。
 つまり彼女たちが、聖水をしたあとにメイクと言う名の洗礼を受けている最中なのだよ。
 彼氏たちは暇だからスマホがお友達なのさ。
 ま、俺には無関係なことだが……。


「い、いや……」
 か細い女の声が聞こえた。
「いいじゃないか……」
「イヤです! 私、お友達と一緒だし……」
 なにやら言い争っている。
「可愛いね、ハーフでしょ? キミ」
 視線をやれば、スーツ姿のチビ、ハゲ、デブの中年オヤジが、可憐な女子を無理やり捕まえている。
 キモッ! とJKたちが一斉に阿鼻叫喚しそうな男だ。

「イヤッ! 放して!」
「はぁはぁ……おじさん、もう我慢できないよ。早く一緒にいこう」
 どこに行く気だよ。
 言い寄られている女性に目をやれば、見覚えのある姿。
 古賀 アンナ……。
 
 おいおい、まさかのナンパされてはるの? ミハイルさん。
 いや、アンナちゃん。


「その子をはなせ!」
 俺は怒っていた。

「タクトくん!」
 それまで、変態オヤジのいいなりになっていたアンナだったが、俺を見た途端にオヤジをぶっ飛ばす。
 腕力が女じゃねぇ!
 周りにいた待機彼氏たちも、固唾をガブ飲みしていた。

「アンナ、すまない! なにかされたのか!?」
 俺は感情をあまり顔に出すタイプではない。いわゆるポーカーフェイスというやつだ。
 だが、この時ばかりは俺も男なのだと思い知った。
「あのね……おじさんが私の……」
 そう言うと、アンナは泣き出した。
「なにをされた? ゆっくりで良いから、教えてくれ」
「私の脚をずっと映画館で触ってきてたの……だからトイレに逃げたのに追っかけてきて……」
「それは本当か!?」
 口調が荒々しくなる。
「うん……嫌だったけど、タクトくんに伝えるのが恥ずかしくて……」
 その場でしくしくと涙を流すアンナ。
 しかし、そこまで『設定』を貫き通すのか、アンナちゃん。

「彼氏がいたのか……じゃ、僕はこれで……」
 変態チビハゲデブオヤジがその場を去ろうとした。
「おい、おっさん!」
「うっ! なんだね! 僕はこれから、取引先と大事な打ち合わせがあるんだよ!?」
 これが世にいう、逆ギレというやつか。
 みっともない大人だ。こうはなりたくないものだな。

「おっさん、よくも俺の『連れ』に手を出してくれたなぁ!」
 気がつけば、『待機彼氏』たちも円陣を組んでおっさんを逃げられなくしていた。
 ナイスだ、彼氏たち。

「そ、そんな! 知らなかったんだよ……ハーフが大好きなんだよ、ぼかぁ」
 俺もです!
「だからといって、痴漢行為が許されると思っているのか! 同じ男として、恥ずかしいぞ!」
「ち、痴漢だなんて! ちょっとキレイで可愛い脚だからツンツンしてただけだよ……」
 おっさんの発言に呆れるギャラリー。


「ふっざけんなよ! 相手は女の子だぜ?」
「ツンツンじゃねーよ。絶対にさわさわ、もみもみしたんだぜ!」
「ちきしょう! 俺もあんなハーフの子の隣りの席に座りたかった!(泣)」
 ん? 最後のやつおかしくね?


「おっさん。アンナに手を出した代償は大きいぞ」
 指をポキポキとならす俺氏。
「ひ、ひえぇ! 暴力はやめたまえ!」
「タクトくん、殴っちゃダメだよ」
「安心しろ、アンナ。俺はこう見えて紳士でな」
 親指を立てて、アンナに見せる。

「おっさん、お前に一つ言いたいことがある!」
「な、なんだね……」
「お前は、さっき『世界のタケちゃん』の映画を観たのか?」

 一斉にずっこける待機彼氏たち。

「いや、僕はハーフのアンナちゃんがいたから、同じ映画を選んだにすぎないよ……」
「なん……だと?」
 俺は怒りが頂点に達していた。
 あの世界のタケちゃんの映画を、女の子と同席したいがために選んだだと!
 許せん!

「じゃあ、お前は2時間もの貴重な時間をなにをしていた?」
「アンナちゃんを見つめて、それから触っちゃいました……」
 拳をどうにか緩めると、スマホを取り出す。

「もしもし、博多警察ですか?」
『緊急ですか』
「めっちゃ緊急です。痴漢の現行犯です。カナルシティの映画館」
『了解でーす。今から現場にいきまーす』

 五分後、中年オヤジは、あおーいあおーい制服警察官に手錠をかけられ、連行されていった。

 俺とアンナは30分ほどその場で事情聴取を受けて、解放されたのだった。

「アンナ、すまない。傷つけてしまった」
「だい……じょぶ。でも、罪滅ぼししてくれる?」
「なんでもする」
「じゃあ……一緒にプリクラ撮って☆」
 
 やっす!

 アンナが痴漢? された罪滅ぼしとして、俺はプリクラを一緒に撮ることにした。
 思えば、プリクラなんざ、人生で一度も撮ったことなかったな。

 スクリーンからまた長い長いエスカレーターに乗る。
「ところでアンナ、あのおっさん、アンナをずっと見ていたのか?」
 彼女はうつむきながら答える。
「うん……チケット売り場の時からずっと見てたみたい……」
「すまない、俺がもっと早くに気がつけば」
 拳を強く握るが、アンナの柔らかい手によってほぐされる。
「タクトくんは悪くないよ……私も早くにタクトくんに伝えておけば、私の身体も触られなかったのに」
 どうやら、あの変態親父に触れた場所は、左の太ももらしい。
 アンナが悔やんだ顔でももに触れている。

「上映中、ずっと触られていたのか?」
 俺、すごく怒ってるわ。
「ううん、途中から……何回も手をどかしたのに、何度もしつこかった」
 クソッ! 俺が触りたかった!

「アンナ、もう二度とお前をそんな目にあわせないと誓うぞ」
「ありがとう!」
 アンナの顔に笑みが戻る。

 エスカレーターから左手に入れば、すぐにゲームセンターとプリクラ専用のブースが見える。
 カナルシティは、学生やカップル、外国の方々も御用達の場所なので、プリクラがよく儲かるらしい。
 しかも、コスプレが無料で貸し出し可能だ。

「しかし、俺はこういうのは全然わからん」
「タクトくんって、プリクラ撮ったことないの?」
 上目遣いでのぞくアンナ。
 やめてぇ、そんな顔で見られると、撮れなくなっちゃよぉ~
 股間が『がんばれ元気』になっちゃうよぉ~

「ないけど?」
 アンナが、エメラルドグリーンの目をまるくする。
 その瞳は妖精のようだ。
「ホントに!?」
「そうだが」
「やったぁ! アンナが、タクトと生まれて、はじめてのプリクラを撮るんだね☆」
 だね☆ じゃねぇ!
 なんか、俺がかわいそうなぼっち人間ってのが、まるわかりじゃねーか!

「ま、まあ、そうなるよな」
 苦笑いが辛い。
「ふふ☆ うれしいなぁ」
 今日は笑いながら、床を見つめるんですね。
 なんか人の不幸を、めっさ喜んでいるように感じるんですが?

「プリクラの機械は、全身が取れたほうがいいよね?」
「全身? なぜだ?」
 俺の問いに頬を膨らますアンナ。
「だって、二人のはじめてのプリクラだよ? アンナだって、タクトくんの全部撮りたいもん!」
 それプリクラ必要か? スマホで俺を撮っちまえばいいんじゃね?
「了解した。ならば、俺はこの界隈は詳しくない……ので、アンナに任せていいか?」
「うん☆」
 アンナは優しく微笑むと、20台近くはあるプリクラ機を、念入りに一台一台チェックしていった。

 これは盛りすぎ、あれは全身が映らない、それはフレームが少ない……だのと文句ばかり垂れて、一向に決まることがない。

 エンドレス!
 そういえば、妹のかなでも、男の娘か女体化の同人誌を買う時はいつも迷っていたな……。
 俺からすれば、どちらも同じなのだが、女という生き物は、選択肢を用意されると迷う生き物なのだろう。
 っておい! アンナはミハイル。ミハイルはアンナ!
 男じゃい!

「あ、あれが一番いいかも☆」
 アンナが選んだのは、いわゆる『盛り』要素が少ないナチュラルな写真が撮れて、全身も撮影できる一機だ。
 尚且つ、スタンプやフレームも豊富。
 なぜ、こやつはこんなものに詳しいのだ?

 だが、プリクラ機の前にはカップルで長蛇の列。
「こんなに人気なのか? プリクラってのは!」
「そうだよ~ カップルさんだけじゃなくて、女子高生とか男の子同士でも撮るからね☆」
「男同士でも!?」
「うん☆ 部活帰りの子たちがよく撮っているよ」
 それって……なんの部活? 相撲部? 空手部? 柔道部? 
 裸体で『あぁぁぁ!』とか、事後のプリクラじゃない?

「そうか……そんなに楽しいものなのか、プリクラってのは」
「一人で撮るのは楽しくないけど、お友達とか家族と撮ると楽しいよ☆」
 おい! 俺はお友達もいなかったし、家族なんてプリクラなんざ興味ねーから!

 ふと、プリクラのブースを見渡すと『こちらは男性のみの撮影は禁止させて頂いております』とある。
 ん? 俺とアンナは男同士じゃね?

「なあ、アンナ。男同士でも撮るっていったよな?」
「ん? いったよ」
「なのに、あの『制限』はなんだ?」
 注意書きを指さすと、アンナが汗を吹き出す。
 
「あ、えっとねぇ……あれはね、痴漢とか盗撮を防止するためだよ☆」
 歯切れが悪い。
「そうか。ならば、男同士で撮るのは限られる……ということか?」
「ん~ アンナは詳しくないな~」
 話をそらすな! 絶対に確信犯だろ!

「つ、次、アンナたちの番だよ!」
 腕をつかまれ、強引にプリクラのなかに入った。
 中は思ったよりも、広々としている。
 後部には長いすがあり、座ったシーンも撮れる仕様らしい。

「じゃあ、最初はバストアップ撮ろ☆」
 バストってひびきがエロい、と感じたのは俺だけでしょうか?
「ああ」
 アンナはカメラに映し出された自分の顔を、鏡がわりに前髪を整える。
 なんかまんま女の子の仕草だよな。ミハイルのときは気にしてないのに。
 
『じゃあ、一枚目! いっくよぉ~』

 某豪華声優が可愛らしいボイスで採用されていて、声豚な俺からしたらツボだった。

「タクトくん、もっと寄ってよ」
 アンナが俺の左腕に抱きつく。
 肘が彼女の胸にあたる。
 な、なんだ! 絶壁なのに微かだがふくらみを感じる。
 これが俗にいう『ひじパイ』なるものか!?
 
「そ、そんなに引っ張るなよ……」
「もう照れないで! はい笑って」
 アンナはニッコリ、俺は引きつった笑顔。

「タクトくんの下手くそ!」
「仕方ないだろ、生まれてはじめてなんだから」
「そうだった……ごめん」
 謝らないでぇ! 俺がどんどん可哀そうなやつになってるから!

「じゃ、じゃあ次は全身ね☆」
「仕切り直しだな」
 俺とアンナは少しうしろに下がると、笑顔をつくる。
 アンナは俺の肩に顔をのせた。
 なにこの子? ビッチなの? 

「はいチーズ!」
「ち、チーズ……」
 今回もやはり俺の顔は引きつってしまった。
 アンナは案の定プンスカ怒っていたが、原因は彼女の積極的行動だと思うが。

「じゃあラストはこのイスに座って撮ろう☆」
「座ればいいんだな」
 なんか介護されているみたい。俺もいうほどバカじゃないのよ?

 二人して長いすに尻と尻を、くっつけて座る。

「タクトくん……映画館のとき、おじさんに触られて辛かったよ」
「わ、悪い」
「アンナよごれちゃった?」
「お前は汚れてなんかない。もし汚れたのならば、洗えばいい。例えばこうやって……」
 どさくさに紛れて、俺は彼女の太ももに優しく手をのせた。
 とても柔らかい……そういえば、こいつの太もも触るのって、2回目じゃん。
 ミハイルの時に自宅の風呂場で。

「嬉しい……タクトくんの手で、キレイになっていくよ☆」
 うっとりと俺を見つめるアンナ。
 俺もついつい彼女に見とれてしまった。
 互いに見つめあった状態で、『はいチーズ!』とフラッシュがまぶしく光る。
 それがなかったら、俺たちはそのままキスしていたかもしれない……。

 慌てて、互いに顔をそらす。

「じゃ、じゃあ、次はプリクラをデコろうよ☆」
「そ、そうだな」
 まるでラブホから出てくる事後のカップルのように、俺たちはそそくさとプリクラ機から出て行った。

 あとは、ほぼアンナが撮影した写真を決めて、スタンプやら日付をつけていく。
 俺は「なるほどな」と感心しながら、その姿を見つめていた。
 アンナに「タクトくんもする?」と聞かれたので、「タケちゃんスタンプはあるか」と問うと苦笑いされた。

 あっという間に、撮影と印刷が完了。
 仕上がったプリクラを、二つにわけると片方を俺がもらった。
 アンナはそれを見て嬉しそうに微笑む。

 これってどこに貼ればいいの? テーブル?

 プリクラを撮り終えたアンナは、満足そうにしていた。
 スマホの時計を見れば、『12:34』

 腹が減った……。
 よし店を探そう!
 と、いつもなら『一人のグルメ』を楽しむところだが、本日はアンナちゃんもいるからな。
 ソロプレイはできない。

「アンナ、腹すかないか?」
「え? タクトくんにまかせる……」
 なぜ顔を赤らめる?
 普通に「腹が減った……」とつぶやき、ポカーンとすればいいのに。

「肉は嫌いか?」
「ううん、アンナは好き嫌いないよ☆」
 へぇ、いい子でしゅねぇ~
 ボクはチーズがきらいでしゅけど……。

「ならば、ハンバーガーにしよう」
「アンナ、大好き☆」
 そら、ようござんしたね。

 カナルシティの一階に向かう。
 中央部には噴水があり、一時間に一度ぐらいで噴水ショーがおこるらしい。
 正確なことは知らんけど!

 噴水広場の目の前にその店はある。
 可愛らしい女の子(JSぐらい?)が看板のハンバーガーショップ。

『キャンディーズバーガー』

 お財布にも優しく、味も日頃通っている大手チェーン店などに比べれば、うまい。
 
「ここでいいか?」
 アンナに訊ねると「うん」とニコッと笑顔で頷く。
 まったく、ミハイルのときも、これくらい素直であれ!

「いらっしゃいませ~」

 これまた取り繕ったような笑顔の若い女性店員が、お出迎えである。

「店内でお召し上がりですか?」
「ああ、俺はBBQバーガーセットで、飲み物はアイスコーヒー」
「え、タクトくん、もう決めていたの?」
 そげん、驚かんでもよか。
 なぜかと問われれば、俺がいつも映画帰りに寄る店の一つだからだ。
 俺はここでは、これしか頼まん。
 選択肢が広がれば、広がるほど人は時間を無駄にしてしまうものだからな。

「え、え……アンナはどうしよっかな」
 あたふたするアンナ。
 困った姿も見ていて、可愛らしいな。

「お決まりになっていないのでしたら、ほかの方にお譲りくださいますか?」
 笑顔だが、ことを円滑に進めたいと、睨みをきかせる店員。
 背後を見れば、確かに他にも若者の長蛇の列が……。
 ここは紳士の俺が、どうにかせねば!

「アンナ、俺と同じのにしたらどうだ? BBQならば失敗はありえない」
「そ、そうだね☆ タクトくんの同じのください!」
 若干、笑顔がひきつる店員。
 確かにその頼み方はひどいぞ。
「すまんが、BBQセットを二つ。飲み物はどうする?」
「アンナはカフェオレで☆」
「だそうだ」
「かしこまりました」
 笑顔だが、なんか威圧的だぞ?
 まさかと思うが、俺とアンナがイチャこいているカップルにみえるんか?

 ~数分後~

 一つのトレーに、二人分のハンバーガーとポテト、そして飲み物がのっていた。
 厨房の奥からむさい男性店員が「ういっす」と体育会系な挨拶で、雑に差し出す。
 なぜ男はいつも厨房なのだろうか?
 男女差別じゃないですか!?

 ま、そんなことはさておき、トレーは俺が持ち、対面式のテーブルに運ぶ。
 二人分しかなく、いわゆるお見合いするような形でアンナと見つめあう。
 アンナは時折、はにかんで、俺の顔色をうかがっている。

「さて、食うか」
「うん☆ いただきまーす☆」
 
 俺はハンバーガーの包装紙をとると、てっぺんのバンズを持ち上げた。
 パティのうえにフライドポテトをならべて、蓋をするようにバンズをのせる。
 完成、『俺流なんちゃってニューヨークバーガー!』
 これは某ハリウッドスターが映画の劇中で、ホットドッグとフライドポテトを、ケチャップとマスタードだらけにしていたシーンがあり、それからインスパイアされた俺流メニューである。

「タクトくんってそんな食べ方するの?」
 首をかしげるアンナ。
「ああ、うまいぞ」
 俺はバーガーを、手で軽くつぶしてから、ほおばる。
 これも食べやすくたべるコツのひとつであり、どっかの某日本俳優が映画の劇中で語っていたものだ。
 うろ覚えだがな。

「アンナにもしてみて」
 目を輝かせるアンナ。
 まるで、餌をほしがる犬のようだな。
 ちょっと可愛いからほっぺを触らせなさい。

 仕方ないからアンナにも『俺流なんちゃってニューヨークバーガー!』を作ってやる。
 というか、はさむだけだから俺がやる必要性があるか?

「ほれ、食べるときに少しバーガーをつぶすのがおすすめだ」
「なんで?」
「食べやすいし、そのなんだ……アンナのような、小さな口でも入りやすくだな」
 なんか言い方がエロいと、感じたのは俺だけか?

「そっか☆ じゃあやってみる」
 俺の言われるがままに、食べるアンナ。
 瞼をとじて小さな唇で、ハンバーガーをかじる。
 男の俺とは違い、かじった部分が狭い。
 それぐらいアンナの顎が細いということなのだろう。

「んぐっ……んぐっ……」とミハイルのときみたいな、エロい音をたてる。

「おいしーーー!」
「だろ?」
 ドヤ顔で決める俺氏。
「タクトくんってなんでも知っているんだね☆ アンナの知らないことばっかり」
「そ、そうか?」
 いわゆる、男子をすぐに「すごぉい」とほめちぎる清楚系ビッチにみられる言動である。
 だが、いわれて嫌な気分ではない。
 むしろ、他のメンズからの視線が突き刺さる。

「見ろよ? イチャつきやがって」
「ムカつくぜ!」
「金、暴力、せっかちなお母さん!」
 なんか最後のやつは「イキスギィ~」だったな。

 思えば、このハンバーガーショップにも、一人でしか食べに来た事ないな。
 俺はアンナを見つめながら、不思議な錯覚に陥っていた。
 目の前のこいつが、本当に彼ではなく、彼女に見える。
 
 ミハイルの遊びに付き合っているとはいえ、俺はなぜ別人として、アンナとして接しているのだろうか?

 どうかこの時が、永遠であってほしい。
 そして、このままミハイルがアンナに、男が女に生まれ変わってほしいと願っていた。

 俺とアンナは、夕暮れまでカナルシティのいろんな店を楽しんだ。
 普段行かないようなアクセサリーショップや雑貨屋、あと夢の国ストア……。

 個人的には、この店が一番つらかった……。

 アンナが「あれ見て! ネッキーだよ☆」と大興奮。
 俺は終始、温度差を感じながら、彼女の買い物に付き合っていた。

 時が流れるのは早く、スマホを見れば『17:22』

 一応、女の子の設定なので、そろそろ帰さねばな。
 そういえば、年齢はいくつなんだ?

「ところでアンナ、お前は今年いくつなんだ?」
 ネッキーの特大ぬいぐるみを抱えているアンナ。
「アンナ? 今年で16歳だよ? まだ15歳☆」
 そこは設定変換せんのかい!

「なるほどな……ならば、そろそろ帰らないか? 親御さんも心配されているだろうし」
「アンナ、親いないよ? ミーシャちゃんと同じで死んじゃった……」
 そこも設定は一緒かよ! 2回も気をつかわせるんじゃないよ、ったく。
「それは済まないことを聞いてしまったな……」
 これも二度目だけどな。
「ううん、私にはミーシャちゃんがいるから」
 それって自分がお友達ってことだよ? 悲しくない?

「だが、もう夕方だ。博多駅まで送るよ」
「イヤァッ!」
 彼女の叫び声が行き交う人々の足を止める。

「アンナ? またいつか会おう。それじゃダメか?」
「イヤイヤ、絶っ対にイヤ!」
 ダダこねているよ、中身15歳のあんちゃんだろ?
 めんどくせっ。

「じゃあ、最後にアンナの願いを一つだけ聞く。それでどうだ?」
「ホント!? なら……最後にあの川を見たい!」
 アンナが指差したのはカナルシティの目の前にある大きな川。
 『博多川』である。
 
「博多川か……別に構わんが?」
「やった☆」
 そんなにでかい川が珍しいか?


 カナルシティの裏口を出るとすぐに横断歩道があり、2分ほどで川辺につく。

 長い川に沿って、ベンチが複数、横並びしている。
 俺とアンナと、ネッキーは『二人と一匹』で座った。

「ねぇ、タクトくんってカノジョとかいないの?」
 知っているくせに! 
「俺は生まれてこの方、女と付き合ったことなんぞない」
 事実上の童貞発言である。

「そっかぁ……あのね、ミーシャちゃんから聞いたんだけど、タクトくんって小説家なの?」
 ソースはお前な!
「ま、まあ、そうだ。売れないライトノベル作家だ」
「ふぅん。今はどんな作品を書いているの?」
 う! それ聞いちゃう?

「今は……はじめてのジャンルに手を出している」
「なぁに?」
 とぼけた顔で食い気味に、身体を寄せるアンナ。
 や、やめて! 博多川の対岸ってラブホ街なのよ!
 このまま、お持ち帰りしたくなるからさ!

「ラ、ラブコメだ! それも王道のな」
「そうなんだぁ……ミーシャちゃんとタクトくんって仲いいの?」
 自分で自分のこと聞いてどうすんの?
「まあいいな」
「そっか☆ よかったぁ☆」
 嬉しそうに笑いやがって! そのための女装じゃないだろな!

「ねぇ、タクトくんってさ。どうして、ミーシャちゃんと同じ高校に入学したの?」
「そ、それは……」

 俺のクソ編集、白金 日葵に言われたからだ。

『業務連絡です。取材してきてください!』

「取材だ……。ラブコメを書くためには、小説を書くには、『リアルな記憶が残らない』と俺は書けない作家なんだ」
「……」
 なぜか肩を落とすアンナ。
 そこ、俺がやるところだからね? 
 俺だって、なにが悲しくて年下のやつらと勉強してんだって話だよ。
 しかも王道どころから、邪道なデートしちゃってるからね。

「ねぇ、タッくん……」
「へ?」
 今、こいつ、あだ名っぽいこと言ったよな?

「アンナ……じゃ、ダメ?」
 胸元で祈るように手を合わせるアンナ。
 これは反則的だ。
 女の成せる所業である。

「なにがだ?」
「アンナで取材しちゃダメ?」
「なっ!?」
 血迷ったか。古賀 ミハイル。
 クソッ、俺が小説家だということを見こしてのプランなのだろうな。

「アンナも、まだ誰とも付き合ったことないの……」
 童貞と訳してもいいですか?

「タッくんなら……タクトくんさえ良ければ、アンナを使って!」
 使ってって……あーた。違う意味に聞こえるよ?
 しかし、その表情、真剣。ものすごくイケメン。イケメンすぐる。

「つまり、アンナの言いたいことを要約すれば、俺とお前が恋愛関係に至るということか?」
 俺がそう言うと、彼女の顔はボンッと音を立てるかのごとく、真っ赤にさせる。
「付き合うんじゃなくて……その……あくまでも取材、だよ?」
 おい、なにをモゾモゾとしている。
 自分の言っていることが、わかっているのか?

「取材費はどうすればいい? 金額は?」
「そんなのいらない!」
 恥ずかしがったと思えば、激怒。女子かよ。

「ならば、アンナに対する報酬は?」
「いらない……」
 また床じゃなかった、コンクリートが友達になっているぞ。
「ダメだ。取材対象にはしっかりと報酬を与えるべきだ」
「そんなん、いらんもん!」
 はじめて聞いたわ、お前の博多弁。

「いいか、アンナ? 俺は物事を白黒ハッキリさせないと気が済まないんだ。わかるか?」
「じゃ、じゃあ……もし取材が終わって、アンナのことを気に入ったら『ホントのカノジョ』にして」
「……」

 なにこれ? 俺ってばハメられた?
 マウントとられまくりじゃん。

「分かった」
「約束だよ☆」
 俺とアンナは、小指同士で契約を交わした。

 夕陽が彼女の瞳を鮮やかにさせる。
 その瞳は気のせいか、潤って見えた。

 これで、よかったのだろうか?
 俺は確かにミハイルをフッてしまった。
 だが、なぜアンナとはこんなにも簡単に、契約を結んでしまったのか?
 疑似恋愛とはいえ、男だとわかっているのに……。


「あ、タッくんってL●NEやってる?」
 切り替えはやっ!
「いや、やらん。既読スルーとかいう、いじめが横行しているツールの一つだろ?」
 イジメ、ダメ、ゼッタイ!

「アンナは既読スルーとか、絶対にしないよ!」
「ふむ……しかし連絡先がサーバーと同期されれば、知り合いなどにバレると聞くが?」
 そんなことになれば、変態母さんとバカ妹の繋がりが、俺にまで繋がっちまうぜ。
 
「設定で、アンナとだけ、L●NEできるようにしてあげる!」
 なにそれ? ちょっと怖い。
「まあ、構わんが……」
「これも取材のうちだよ☆」
 笑顔が可愛いけど、めっさ怖い!

 取材って、危険がいっぱい!

 勝手にインストールされ、勝手に設定された俺のスマホアプリ。
 その名もL●NE。
 巷では既読スルーが横行していると聞く。
 ので、俺は10代だというのに、このアプリを使うことはなかった。
 というか、断っていたのだ。

 担当編集の白金も「ええ! L●NE使わないんですか?」と驚いてた。
 毎々新聞店長も「シフトとかあるからさ、L●NE使おうよ」と新手の詐欺のように、勧誘する始末。

 俺は人や時間に縛られるのが嫌いだ。
 だから、今まで使わずにすんでいたのに、この女装男子、アンナにしてやられたのだ。

 当の本人といえば、ニコニコ笑いながら、俺のスマホをタップしまくっている。
「はい☆ これでタッくんと繋がれたね☆」
 その繋がりってのがエロくも感じるが、ストーキングにも感じる。

「そ、そうか。で、なにを送るんだ、これ?」
「スタンプとか送るんだよ。あとで、アンナからタッくんに送るね☆」
 強制ですか?
「ならば、そろそろ帰ろう」
「うん☆」

 アンナを博多駅まで、紳士的に送り届けることにした。
 彼女はどうやら、俺が住んでいる真島(まじま)より遠くに住んでいるらしく、博多駅でお別れだそうだ。
 ま、そりゃ、そうだわな。ミハイルとアンナは、二人で一人。

「じゃあ、あとでね☆ タッくん!」
 笑顔で手をふるアンナ。
「おう、またな」
 博多口に一人彼女を残して、俺は改札口に向かった。

 駅のホームで次の列車を待つ。
「まったく、なにがしたいんだ? ミハイルのやつは」
 ひと段落ついたことで、何気なくスマホに目をやる。
 通知が偉い数になっている。
 その数、100件以上。
 なにこれ? 新種のウイルスにでも侵入されたんけ?

 8割はアンナ。

『今日は楽しかったね☆』
『アンナだよ?』
『(*´ω`*)』
『タッくん、いまなにしているの?』
『アンナはネッキーと一緒だから、帰りは心配しないでね☆』

 あったま、おかしーんじゃねぇの!?

 残りの2割は妹のかなでと母の琴音さん。

かなでから、
『ミーシャちゃんと会えましたの? おみやげは、男の娘でおなーしゃすですわ』
琴音から、
『かーさん、“かけ算”するのに材料が足りないの。帰りに本屋で新鮮なネタを買ってきてちょうだい』

 クソがっ!

 ともかく、俺のスマホが緊急事態宣言を発令しているので、後者の2人は捨て置いて。
 アンナに返信することにした。

『今日は楽しかったぞ。気をつけて帰るがよろし』
 
 すぐに既読のマークがつく。
 早すぎてこわっ!

「L●NE!」と通知音が鳴る。

『タッくん、プリクラ大切にしてね☆ また今度取材しよ☆』

「……」
 こ、こぇぇぇぇぇ! 

 プリクラを机やテーブルに貼ったら殺されそうだ。
 大切にしまっておこう。
 知らんけど。

 そうこうしているうちに、ホームに列車がつく。
 車内は夕方ということもあり、遊び帰りの若者、会社帰りのサラリーマンやOLで、座席は埋まってしまった。
 俺は電車のドアにもたれながら、今日のことを振り返っていた。
 
『タッくんなら……タクトくんさえ良ければ、アンナを使って!』

 あの夕暮れでの誓い。
 胸にすごく響いた。
 こんな俺を女装してまで、無理して、頑張って……。
 さぞ辛かったろう。
 
 もう彼女は、立派な取材対象だ。
 アンナというヒロインは、他にいないだろう。
 これでいこう。
 主人公はどうする?
 

 その時だった。
 スマホがブブブ……と音を立てる。
 画面に視線を落とせば、『ロリババア』
「チッ、白金かよ」
 人が余韻にひたっていたのに……。

「俺だ。なんか用か? 今電車のなかだ」
 ヒソヒソ声で喋るが、周囲の視線を感じる。
『あ、白金ちゃんです!』
「バイバーイ」
『ま、待ってください! ラブコメのプロットは、考えられましたか?』
 クッ! 今考えてたところだよ!

「ああ、取材の効果が出た。ヒロインは決まりそうだ」
『本当ですか!? 童貞のセンセイにモテ期が来たんですか!?」
「うるさい! とりあえず、切るぞ」
『わかりました。では、明日打ち合わせしましょう!』
「おまっ、まだプロットはできて……」
 ブツッと、耳障りな切られ方をしたので、スマホを床に叩き割ってやろうと思った。

「あ、俺……明日学校じゃん」
 
 そうアンナとのデートで、浮かれていた。
 明日が第二回目のスクーリングであることを、忘れていたのだ。

 嫌な予感が不可避。

 きょうはにちようび、ぼくのなまえは、しんぐう たくと。
 ことしで18さいになる、こうこう1ねんせいだよ。
 ぼくはおしごともやってる、えらーいにんげんなんだぞ!
 

「……」

 プロットを書いていたら脱線してしまい、アホな文章になってしまった。
 担当編集の白金(しろがね)から、『明日打ち合わせしましょう!』と身勝手な電話があった。
 その後、電話をかけ直したが、着信を無視されているみたいだ。
 メールでも『明日はやめくてれ』と送ったが、返信なし。

 というか、日付変わってから、もう『今日』なんだけどな。
 あと5分で午前7時。
 朝刊配達を終えて、今日も眠気マックスだ。

 妹のかなでは、まだ夢の中。
 きっと母さんも仕事で疲れて……じゃなくて、ウイスキーでオンラインBL飲み会やってたから、自室で寝落ちしている。

 なので、俺は物音を立てないように、静かにリュックサックを手にとった。
 リビングで食パンを焼く。
 地元の真島(まじま)商店街で、買いだめしているコーヒーを淹れる。

「いい香りだ……」
 余韻にひたりながら、というか、現実逃避しながら朝食を楽しむ。
 久しぶりに徹夜で小説のプロットを書いていた。
 未完成だが。
 
 ピコン!

「またか……」
 徹夜したもう一つの理由はこいつだ。

 ピコン!

 タップする間にも次々送られるL●NE。

 ピコン! ピコッ……ピコン!

 見たくない。もうお腹いっぱい。
 アンナちゃん、数秒刻みで送ってくるから、スマホが熱々になっちゃったよ。
 イキスギィな行為だよ。

「はぁ、なにやってんだか……」

 朝食を終え、スタコラサッサーと真島駅に向かう。

 もちろん、アンナのことは放置している。
 付き合ってられん!

 電車に乗り込むこと数分。
 |席内(むしろうち)駅についた。

 プシューッという音と、共に一人の少年が同じ車両に入る。

「よ、よぉ、タクト……」
 目の下、くまで酷いことになってるよ!
「ミハイル……お前、寝てないのか?」
 そう言う俺も、声がいつもより小さい。
「タクトだって、くまがひどいぞ」
「ま、まあな」
 互いに強がる。

 だって、朝まで遊んでいたしな。いとこの古賀(こが)アンナと。

「ねぇ、いとこのアンナはどうだった? 可愛かっただろ☆」
 それって自分で自分のこと、可愛いってことだぜ。
「ああ……可愛かったよ。ミハイルに似ているな」
 俺がそうツッコミを入れると、彼は苦笑いで答える。
「そっか? あんまり言われねーけど」
 おい、床ちゃんとにらめっこすんじゃない。それに今日も風邪か? 顔が赤い。
「なあ彼女はどこに住んでいるんだ?」
「アンナ? えっとどこだろ……」
 歯切れが悪いな、設定ちゃんと決めておけよ。

 ~30分後~

 俺とミハイルは、いわゆる寝落ちしていた。

赤井(あかい)駅~ 赤井駅~」

 車掌のアナウンスが流れて、咄嗟に目を覚ますが、何かが俺の行動を邪魔する。
 視線を横にやれば、ミハイルが俺の腕にからんで「ムニャムニャ……タクトぉ」とニヤついている。
 可愛いけど、起きろ!

「おい、ミハイル! 赤井駅だぞ!」
「え? あっ、下りないと……」

 時すでに遅し。
 プシューという音と共に、車内の自動ドアが閉まる。

「「あっ!」」

 この時ばかりは、息がピッタリだった。
 ちこく、ちっこく~

「ど、どうしよう……宗像センセって怖いよな?」
 ヤンキーのくせしてビビるな。
「まあ次の駅で折り返そう」

 ~更に20分後~

 やっと俺とミハイルは赤井駅に到着した。

 二人して「ほっ、ほっ、ほっ」と走る。
 赤井駅からランニングだ。
 いい汗をかいている場合ではない。
 あの宗像のことだ。
 きっと鬼モード不可避である。

 長い長い上り坂、通称『心臓破りの地獄ロード』も走る、走る、走る!
 これは俺たちが宗像(むなかた)先生への恐怖から成せる所業だ。

「み、見えたぞ! ミハイル!」
「うん!」

 わざわざ、校門の前に一人の痴女が待ち伏せていた。
 一ツ橋(ひとつばし)に正門など存在しない。
 全日制の三ツ橋高校の正門である。
 一ツ橋高校の正門とは三ツ橋(みつばし)高校の裏口のことだ。
 なので、正門に一ツ橋の教師が立つなんて、よっぽどのことだ。

「くらぁぁぁぁぁ!」

 鬼の形相で両腕を組む。アラサー痴女、宗像(むなかた) (らん)

「遅刻だぞ、お前ら!」

 今日のファッションチェック♪
 宗像先生は総レースのスケスケボディコンですね。
 トータルホワイトコーディネート。
 足元もヒールの高い、白のハイヒール
 胸元を開いているわけではありませんが、レースの中が丸見え。
 巨大なメロンが二つもお山を作っています。
 どこの立ちんぼガールですか?

「す、すいません! 徹夜だったんで……はぁはぁ」
「オレもっす……ハァハァ」
 さすがのミハイルも息を切らしていた。

「お前らぁぁぁぁぁ!」
 これは殴られること不可避。
 覚悟を決めた。

「よく来れました♪」
 鬼の形相から一転、優しく微笑む宗像女史。
 ど、どういうことだってばよ!

「え?」
「だから遅刻してもよく来れたな、えらいぞ♪」
 そう言うと、先生は俺とミハイルを抱きしめる。

「なにを!?」
「センセ!?」

「いいからいいから……お前らは本当によく頑張っているな。先生は嬉しいぞ」
 なにが? おっぱいがプニプニ当たってて、キモいのなんのって。
 あ、でも、ミハイルともくっついているから、嬉しいと言えば嬉しいが。

「や、やめてぇ……センセッ、そろそろ放してぇ……」
 おいミハイル。声色が女だよ……色っぽいのう。

「おう、悪かったな、古賀」
「べ、別にいいっすけど……」
 顔を赤くして、何度か俺の顔をチラチラと確認している。

「じゃあ、二人とも元気にスクリーングはじめよー!」
 そう言うと、変態教師、宗像は俺とミハイルのケツをブッ叩く。

「いってぇ!」
「あんっ!」
 ミハイルだけ変な声だな!

 俺とミハイルは逃げるように校舎へと向かった。

 ブッ飛び~な高校で死にそう……。