トイレから戻ってきた一は、何故かスッキリした顔でニコニコと笑っている。

「はぁ……リキ様のマッサージで、日頃のストレスが全てなくなりました♪」
 とハンカチで手を拭いている。
 一体、彼にナニが起きたんだ?

 そんなことより、気になることがある。
 一ツ橋高校の関係者でもない彼が、この校舎にいたことだ。

「なあ、一。お前、なんでこの高校にいるんだ?」
「あ、それでしたら、“ツボッター”を見て来ました。今日はクリスマス会なので、生徒じゃなくても遊びに来ていいと……」
「え? ツボッターに?」
「はい、こちらです」
 そう言って、自身のスマホを見せてくれた。

 SNSのツボッターだ。
 アカウント名は、一ツ橋高校、福岡校。(公式)

 だが、高校の写真なんて、一切載っていない。
 アイコンは、ウインクしている宗像先生の顔。
 ヘッダーも高校とは無関係の写真。
 際どい水着を着て、事務所のソファーで寝そべるアラサー教師……。
 どこかのピンク系アカウントみたい。

 そして、一週間前ぐらいから、宗像先生が毎日呟いていたようだ。
 見学も兼ねて、今年最後のスクリーングに、クリスマス会をやるから、遊びに来て欲しいと。
 

「なるほどな……だから、一はここに来たのか?」
「はい! リキ様にお会いしたいし、まだイブじゃないですけど。クリスマス会ですから、気合を入れて、コスを着て来ました!」
 聖夜にサキュバスかよ。
「てことは、お前。ずっとそのコスでここまで来たのか?」
「はい。電車を使ってきましたよ♪ 途中、何人か知らないお姉さんに、身体を触られたりしましたけど」
「そ、そうか……」

 まあ、リキ様に汚れを落としてもらったから、良いんだろうな。

  ※

 授業が全て終わり、俺とリキは宗像先生に言われて、ミハイルの手伝いをすることになった。
 クリスマス会をやる場所は、1階の玄関奥。
 入学式の時に使用した自習室だ。

 基本、一ツ橋高校が使っていいのは、2階の事務所と、この自習室だけだ。

 机を全て、後ろに片づけ、イスだけを並べる。円を描くように。
 こうすることで、自ずとお互いの顔を見られるように……と、宗像先生が提案したのだ。
 俺とリキは黙って、それに従う。

 宗像先生と言えば、ミニスカのサンタコスを着て、場を盛り上げようと必死だ。

「よし、ここはクリスマスぽい曲でもかけてやるか。最近の若い奴らは何が好きかな? アレか。『ワモ』の『ラズド・クリスマス』がいいよな」

 そう言って、教壇の上にラジカセを置き、名曲を流し始める。
 しかし、一緒に飾りつけを手伝ってくれた男子生徒たちは、この曲を知らないようで、無反応だ。
 黙って机を片づけたり、イスを出してくれたり……。
 鼻歌でクリスマス気分を味わうのは、宗像先生のみ。

 かわいそう……。まあ俺はあの曲、好きだけど。

 中央に机を4つくっつけて、テーブルクロスをかける。
 そこへミハイルが調理したオードブルを並べてくれた。

 朝5時から作っているということもあって、いつもより豪華だ。
 ローストチキン、ミートパイ、ビーフシチュー。パエリア、チーズフォンデュ。
 それにスイーツとして、ブッシュ・ド・ノエルまで……。

 こんな出来る嫁、他にはいないぜ。
 おまけに可愛いし、一緒になれたら、毎日この料理を食えて、ヒップも触り放題か。
 キッチンで調理するミハイルを後ろから、邪魔したいものだ。色んなことをして……。


 30分後。ようやくパーティーの会場が完成した。
 黒板にはチョークで大きく『第31回、一ツ橋高校。クリスマス会』と書かれている。
 女子も協力してくれたから、辺りの壁は色とりどりの折り紙で作られたハートやサンタさん。星なんかも飾られている。
 ついでに、宗像先生が「近所のゴミ置き場から拾ってきた」とボロいクリスマスツリーまで。
 中央に並べたテーブルに、ミハイルの作った料理やスイーツが並べば、そこだけ別の空間。
 豪華なクリスマスパーティーのはじまり。

 ミハイルの作った料理を囲うように、円状に並べられたイスへ各々が座る。
 そして、紙皿を手に持ち、オードブルから好きな料理を移す。
 席に戻り、みんな口に入れた瞬間、優しい笑顔になる。

「おいしぃ~! 古賀くんの料理、レベチだよね」
「ほんと。作り方、教えて欲しいぐらい」

 それを聞いたミハイルは、俺の隣りで「うんうん」と頷く。
 本当にこいつは、ヤンキーのくせして、人に美味しいものを食わせるのが好きなんだな。
 でも、なんかムカつく……俺だけに作ればいいのに。

  ※
 
 司会役の宗像先生がマイクを持って、教壇に立つ。

「えぇ~ みんな今日のために、色々とありがとう! 今回のスクリーングで今年は終わりだ。来年まで会えないと思うと、先生も寂しい……」
 絶対にウソだろ。
 その証拠に、もう片方の手にハイボール缶を持っている。
「お前たちも、いろいろとプライベートで問題があったろうに、よくぞ一年間頑張った! だからパーッとやろう! と、乾杯したいところだが……」
 わざとらしく、咳ばらいをする宗像先生。
「実は、今日はだな。見学も兼ねて、客が来ている。そろそろ、入ってもらおう」
 一のことだろう……そう、思っていたが、入口の前に現れたのは、意外な人物だった。

 黒を基調としたシンプルなデザインのミニワンピース。
 胸元には白くて大きなリボン。
 細く長い2つの脚は、黒いタイツで覆われている。
 金色の美しい長い髪は肩に下ろし、碧い瞳を輝かせていた。
 
 一ツ橋高校のみんな……生徒たちは、驚いていた。
 もちろん、彼女の美貌に見惚れているのだろうが……。
 それよりも、似ているからだ。
 俺の隣りに座っている……彼に。

 静まり返る生徒たちを無視して、彼女は壇上に立つと、丁寧に頭を下げた。

「どうも。私、冷泉 マリアと言います。婚約者の新宮 琢人がいつもお世話になっております」
 
 俺は思わず、飲んでいたジュースを吐きだす。
 
「ブフッーーー!」

 なんで、マリアがここにいるんだよ!
 嫌な予感しかない……。
 その証拠に、隣りから物凄い音で歯ぎしりが聞こえてくる。

「あ、あいつぅ……ガチガチッガチッ!」

 こんなクリスマス会は望んでいないよ……。