「ぐ、ぐすん……」
「もう泣くなよ。タクオ、何があったか知らないけどよ。さっきミハイルと一緒だったから、ケンカでもしたんだろ?」
と優しく肩に触れるリキ先輩。
ケンカではないが……ミハイルとの性交渉が不成立になったので。
痴話げんかというべきか?
いやいや、違う。
俺たちはまだ”そういう”関係じゃない。
「泣いてないもん……」
「いや、さっきからボロボロ涙が出ているじゃねーか。ほら、ハンカチ貸してやっから」
「あ、ありがと」
なんか、リキって見た目と反して、意外と優しいから、モテるのかも。男にだけ。
彼から借りたハンカチで、涙を拭う。
「まあ、ミハイルとのケンカは俺が間に入ってやるから。元気出せよ」
「いや……それは」
尻を触る、触らないで揉めたとは、言えないからな。
「良いってことよ。マブダチのケツぐらい、俺が拭いてやっからさ!」
と満面の笑顔で親指を立てる。
まあ、リキのことだから、特に意味はないと思うのだが。
なんか、仲直りと称して。ミハイルが俺の尻を攻めて……。
濡れたケツを綺麗に拭き上げるという表現に感じる。
※
涙も枯れた頃、リキと一緒に高校の事務所まで向かうことにした。
ミハイルとの仲直りに協力してくれるそうだ。
正直、今あいつと合わせる顔がない。
トイレとは言え、必死に個室で尻を突き出してくれたのに。
俺はビクついて、なにも出来なかった。
理由はどうあれ、恥をかかせてしまった……気がする。
3階から降りて、2階の右奥へ向かう。
事務所の扉にノックしようとした瞬間。
何やら下から叫び声が聞こえてくる。
「おまえだろ! タクトに、お、お尻を触らせた……イケない奴は!?」
階段の下を見下ろすと、1階の玄関でミハイルが誰かに怒鳴っている。
こちらからでは、相手の顔は確認できないが。
エナメル素材のレオタードを身に纏った卑猥な……男。
その証拠に、股間がふっくらしている。
「そ、そんな……僕と新宮さんは、ただの仕事仲間で」
「はぁ!? おまえみたいなエッチな奴とタクトが、ダチになるもんか!」
ヒートアップする彼を見て、俺とリキは互いの顔を見つめると、黙って頷く。
急いで、ミハイルを止めに入るためだ。
階段を駆け下りて、俺がミハイルを後ろから羽交い締めにする。
「やめろ! ミハイル!」
「放せ! た、タクトをエッチな目にさせたこいつが悪いんだ!」
と目の前のサキュバスくんを指差す。
「ぼ、僕はそんな……気持ちではコスしていません!」
そう言うと涙を浮かべて、リキの背中に隠れる。
博多社の受付男子。住吉 一だ。
なぜ、こいつがうちの高校に?
「嘘だ! タクトはアンナにしか、エッチな目にならない奴だぞ! おまえがそんなエッチな服を着るのが悪いんだ!」
エッチ、エッチって連呼するのをやめませんか。
なんだか、俺が色摩みたいじゃん。
「酷い! これは立派なコスです!」
とか、一も反論しているが、ちゃんとリキの背中にピッタリと身体をくっつけている。
話の内容が全然理解できていないリキが、キョトンとした顔で俺に言う。
「なぁ、さっきから何の話で、ケンカしているんだ?」
「お、俺にも分からん……」
※
とりあえず、興奮しているミハイルを落ち着かせるため、一旦その場から離れるように説得した。
渋々、彼もその提案に応じてくれた。
リキに一を任せて、俺は玄関近くの下駄箱で、説明を始める。
彼……住吉 一は、俺を男として見ていないこと。
そして、何よりもマブダチであるリキに惚れていることも……。
だからと言って、俺が彼の尻を触ったことは説明になっていないのだが。
しかし、その話を聞いたミハイルは、急に顔色が明るくなる。
「それって、ホントなの!? タクト!」
「え?」
「あのエッチな奴が、リキを好きだってことだよ☆」
急に瞳の色がキラキラし出したよ。
「一がリキのことを? ああ、かなり好きみたいだぞ」
「おもしろ~い☆」
小さな胸の前で、両手で拳を作る。
どうやら、一の恋バナが気に入ったようだ。
「おもしろいって……ミハイル。リキはほのかが好きなんだぞ? 一の恋心はどうなるんだ。永遠に叶うことのない恋愛だ。かわいそうだろ?」
「全然っ☆ むしろ、最高な展開だよ☆ どうせだから、一ってやつもリキにくっつけてやろうよ☆」
「……ミハイル。ちゃんと話を聞いていたのか?」
「うん、聞いていたよ☆ とりあえず、タクトに近づく奴らは全員、他の人間にくっつけた方が楽しいもん☆」
いや、怖いよ。
この人、マジでサイコパスじゃん。