ミハイルのいない授業は、退屈で仕方なかった。
 いつも、あいつが隣りにいることが日常だったし……。
 なんかこう、胸にぽっかりと穴が開いたような。
 落ち着かない。

 3時限目に入っても、彼は事務所で料理をやっているそうだ。
 彼がすぐ近くにいると言うのに、会えない。この現状。
 教師の話を聞いていてもつまらんので、ジーパンのポケットからスマホを取り出す。

 マナーモードにしていたから、気がつかなかったが。
 数件の着信とメールのお知らせが画面に映っている。
 誰だろうと、開いて見れば、博多社の受付男子。
 住吉 一だ。

 さすがに授業中、電話をかけ直すのは良くないので、メールだけ確認してみる。

『あ、あの……突然、すみません。新宮さん、よかったらこのコス写真をリキ様に見せてもらえませんか? 自分じゃ、どうしても恥ずかしくて……』

「?」

 メールに何かのファイルが添付されていた。
 開いた瞬間……俺は、大量の唾を吹き出してしまう。

「ブフッーーー!」

 もちろん、自分のスマホ画面にだ。
 慌てて、ハンカチで綺麗に拭き上げる。
 臭いは残っているが……。

 だが、俺が驚くのも仕方ないだろう。
 一のやつ。こんなコス写真を送りつけてきやがって。

 問題の写真だが、卑猥の一言につきる。

 天然パーマの頭には二本の角。そして、背中には小さな羽。
 尻からは反り返った尻尾。
 レオタードはエナメル素材だが、所々スケスケ生地になっており、ヘソは丸見え。

 所謂、サキュバスってやつだろう……。

 しかし、問題なのは、撮影方法だ。
 ローアングルで股間を撮っていたり。
 4つん這いになり、尻をこちらに向けて撮影したり。
 一自身は、恥ずかしがっているようだが、めっちゃ誘っている。

 他の写真を見たが、どれも似たようなコス写真ばかりだ。
 あいつ、普段からこんな撮影をしているのか?
 なんか……どっかの同人サイトで販売していそうだな。

  ※

 休み時間に入ったところで席を立つ。
 あんな写真だが、一の気持ちは尊重してあげたい……と思ったからだ。

 意中の相手は、後ろの方で、腐女子と楽しそうに会話をしている。

「それでさぁ~ ほのかちゃんの編集部に行ったら、たくさんの漫画家さんに聞かれた参ったよぉ~ みんな、ネコが好きなんだね。女の子だから」
「そうそう♪ 世の女子はみん~な、そのネタが大好物!」
 勝手に決めつけるな。
 あと、いい加減リキの誤解を解いて欲しいな。ほのかちゃん。

 咳払いして、二人の会話を遮る。

「ごほん! ちょっと、リキ。いいか? 話がある」
「え? いいけど……ここじゃ、ダメなのか?」

 目を丸くするリキを見て、なんだか悪い気がしてきた。
 こいつは、ほのかのために、身体を張ってネタを仕入れているんだから。

 でも、一のことも気にはなるし……。
 はぁ、めんどくせぇ。

「すまん。出来れば、二人で話したいんだ」
「そっか。じゃあ、廊下でいいか?」
「おお……」

 教室から出ようとした瞬間。
 物凄く熱い視線を感じる。
 その相手は、先ほどまでリキと楽しく話していた腐女子、ほのか。

 怪しく微笑み、口元からは涎を垂らしていた。
 
 こわっ!
 もうちょっと、離れたところで、話そう……。

  ※

 俺たちが使用する教室は、主に2階だ。
 たまに特別棟や部活棟。武道館を使うぐらい。

 だから、スクリーングが行われる日曜日は、教室棟の3階は閑散としている。
 ここならば、俺とリキの会話を誰かに聞かれることはないだろう。

「んで、なんだよ。タクオ、話って」
「ああ……それなんだが、前に博多社で一って奴に会ったろ? お前にコス写真を見て欲しいんだと」
 そう言って、俺はスマホの画面を彼に見せてみる。
 リキは平然とした顔で、スマホをスワイプし、一の卑猥な写真を眺める。

「ふ~ん。よく撮れてるじゃん。俺さ、こういうの良く分かんないけど。良いと思うぜ」
 と親指を立てて、ニカッと白い歯を見せるリキ先輩。
 清々しいぜ。
「良いって……リキ。お前、一のこういう写真を見て、引かないのか?」
「全然。好きな物は堂々と出していくべきだと思うぜ?」
「そ、そうなんだ……」
 なんか、腐女子のほのかに関わったことで、どんどん毒されているような。


 とりあえずリキに、一へコスの感想を、メールか電話で伝えてくれるように頼んだ。
 一が言うには、まだ自分からリキに連絡を取るのは、勇気がいるらしい。
 全く、とんだ仲介人だよ……。

 リキは一に連絡をとることを、快く承諾してくれた。
 すぐにその場で、メールを打ち出す。

「しかし、この前は驚いたぜ。なあ、タクオ」
 メールを打ちながら、器用に話しかけてくるリキ。
「ん? なんのことだ?」
「ほら、あれだよ。タクオが急にこの一の尻を揉みまくってさ……男にナニやってんだって。ビックリしたぜ」
 俺がノン気かどうか、確かめたかったとは言えない。

「いや……まあ、ちょっとした出来心というか……」
「ははは! なんだよ、オタク同士はあーいうスキンシップがあるってのか!? 男同士でケツを触りあうっていう!」
「あはは……」

 笑ってその場を誤魔化そうとした、その時だった。
 背後から、ガシャーンと何かが床に落ちた音が聞こえてきた。

 振り返ると、ネッキーのエプロンをかけたミハイルだった。
 廊下には大きな圧力鍋が転がり、シチューがどろりとこぼれていた。

 真っ青な顔で、こちらをじっと見つめるミハイル。

「タクト……誰かのお尻を触ったの……?」

 バレちゃった!
 どうなるの、俺ってば……。