自己紹介が終わったところで。
スタッフのお姉さんが、順番に赤ちゃんが眠っているベッドへと案内してくれた。
本来なら、一人につき赤ちゃんもひとりなのだが……。
どうしても、アンナが俺と二人ペアでやりたいと言うので、仕方なく一緒に赤ちゃんの面倒をみることになった。
俺たちが担当する赤ちゃんの性別は……女の子。
「ほう。女の赤ちゃんか……アンナもこの子が良いだろ? 同性の方が……」
言いかけている最中だが、彼女の顔を見た瞬間。言葉を失う。
鋭い目つきで我が子を睨んでいたからだ。
「イヤ……タッくんに女の子の裸を見て欲しくない!」
えぇ。これ、人形なんだけど。
※
鬼のような顔で可愛らしい赤ん坊を睨みつけるから、産まれてくる性別をチェンジしてもらうことに……。
酷いママさん。
スタッフのお姉さんが苦笑いして、新しい赤ちゃんを連れて来た。
今度の赤ちゃんは、正真正銘のオス。
その子を優しく抱きしめるアンナの顔は、なんとも嬉しそう。
「カワイイ~☆ タッくんとの間に出来た赤ちゃんだよぉ☆」
と微笑むのだが、見ているこっちからすると、なんか病んだ人に感じる……。
だって、人形だもん。
「そ、そうか……良かったな」
「うん☆ さ、パパ。この子に名前をつけて☆」
ファッ!?
そんなことまで、しないといけないのか。
なかなか、赤ちゃんの世話を始めない俺たちを見兼ねたのか、5才児のえりり先輩が声をかけてきた。
「おそいよ。しんぎゅーくん」
「す、すいません……えりり先輩」
「名前ぐらい、早くつけてやりなちゃい」
「はい……」
ニコニコ笑って、赤ちゃんを抱っこするアンナの顔を見つめる。
彼女の名前から引用すべきか?
しかし、外国の名前だものな……分からん。
もう適当でいいや。
「YUIKAちゃんで、どうだ?」
推しのアイドルの名前を発した途端、アンナの顔が強張る。
「この子は、男の子だよ?」
ドスの聞いた声だ。
絶対、怒ってるな……仕方ない。
ゆいかを少し変えて、これならどうだろう。
「じゃあ。ゆう……ゆう君でどうだ?」
「カワイイ~☆ それで良いよね? ゆうくぅ~ん☆」
と動かない赤ん坊の手に触れる。
『ありがと~ パパ~ ママ~』
喋り出したよ、ゆう君が。アンナの腹話術によって。
※
名前が決まったことで、ようやく赤ちゃんのお世話を始める。
まず、ゆう君のおくるみを脱がせ、身長と体重を計る。
そして、熱など無いはずなのに、体温計で異常がないか、チェック。
健康な赤ちゃんであることが分かったところで、次はすっぽんぽんのまま、お風呂へ連れて行く。
沐浴ってやつだ。
俺たちの赤ちゃんである、ゆう君。
正直、可愛くない……。むしろ、怖い。
何が怖いかって、瞼を閉じないところだ。
ずっとこっちをガン見しているから、呪いでもかけられそう。
お風呂の中に、ゆう君を入れてみる。
俺が沐浴にチャレンジしている最中、アンナは隣りでニコニコ笑って見ていた。
彼女が言うには、いつか赤ちゃんが産まれてくる時のために、練習して欲しかったようだ。
一生、産まれてくることはないと思うのだが……。
文字通り、パパ活をする俺氏。
しかし、人形といっても、重さは本物と同じように設計されており。
結構、重たい。
身体を水で洗っている最中、手がすべって、湯船に落っこちてしまう。
「あ、ヤベ……」
湯船の上で尻を向け、プカプカと浮かぶゆう君。
どうしていいか、分からず、その場で固まっていると。
アンナが大きな声で叫ぶ。
「タッくん! ゆうくんが、死んじゃう! 早く助けて!」
「え……? なんで?」
人形だから、死なんだろ。
「早く起こして! アンナ達の赤ちゃんだよ!」
「ああ……すまん」
びしょ濡れになったゆう君を助け出し、タオルで拭いてあげる。
もちろん、頭から足先までしっかりと丁寧に。
小さいけど、おてんてんも。
前面が終わったと思ったので、そのままゆう君をひっくり返す。
そして、背中を拭こうとした瞬間。近くにいたえりり先輩から怒鳴られる。
「しんぎゅーくん! うつ伏せになってるでちょ! ゆう君が息できない! 死んじゃうよ!」
「あ、すいません……えりり先輩」
「気をつけてよね。えりりはこのしんせーじしつ、毎日やっているから。ぜん~ぶ知っているの!」
「さすがです……」
5才児に怒られちゃったよ。
なんなの、この取材。
初めてのパパ活……ならぬ赤ちゃんのお世話は無事に終了した。
最後に、スタッフのお姉さんが記念撮影を個別に撮ってくれると言う。
今回、参加した子供たち全員に。
ま、俺たちもその中に入る大きな子供なんですけどね……。
フリーパスで何回も新生児室を体験している5才児、えりり先輩は慣れた様子で、赤ちゃんを抱え、ピース。
そして、去り際に俺へ向かって一言。
「しんぎゅーくん。良いパパになるんでちゅよ」
「あ、はい……頑張ります」
一生、なれないと思うけど。
最後に、俺とアンナの番だ。
ペアでの参加だったから、2人で仲良く撮影タイムに入る。
あ、違った。
正しくは、俺たちの赤ちゃん。ゆう君も間に入っているから、3人での親子撮影だ。
お姉さんがカメラを構える。
「それじゃ、パパさん。ママさん。赤ちゃんと一緒にもっとくっついて~」
まだ結婚もしてねーわ!
しかし、アンナはとても嬉しそうだ。
「ほら。パパ☆ ちゃんと、ゆう君を抱っこして☆ みんなで、にぃ~ って笑おうねぇ」
「……にーっ」
無理やり、笑顔を作る。
肝心のゆう君と言えば、終始ピクリともせず、無表情だ。
何枚か、撮影を繰り返して、お仕事体験は終わりを迎えた。
看護服を脱いで、お姉さんに返す。
新生児室から出ると、俺は入口で渡されたマップを確認した。
「さて、次はどの職場体験にするかな……」
そう呟くと、アンナがグイッと俺の手を掴む。
「何言っているの? もう帰るよ」
「え?」
「今日の取材は、あくまでもタッくんとアンナの赤ちゃんでしょ? それ以外は取材する必要ないよ」
「そ、そんな……」
結局、初めて、れれぽーとに来たというのに、本館を一切見ることなく帰ることになった……。
もちろん、あのモビルスーツも見られず。
今日の取材って、マジなんだったの!?
※
バスに乗り、博多駅まで直帰する。
アンナが言うに、今回の取材は、俺の親父が関係していて。
ゴールデンウィークの時、親父と会った際、「俺の子供を期待している」と言われたから、鵜吞みにしたようだ。
いつか俺たちの間に、赤ちゃんが産まれた時、ちゃんとパパとして、活躍できるように練習させたかったらしい。
マジ、今回の取材だけはないわ……。
でもアンナは、ずっとニコニコ笑っていた。
最後に、新生児室で撮影した親子写真を眺めながら。
「ゆう君。いつかアンナ達の前に来てね☆」
だから、一生来てくれないって……。
もう病んだ人みたい。
れれぽーとで取材こそしたが、あまりにも早く博多に戻ってきたので、時間がかなり余っている。
それに、腹が減った。
仕方ないから、アンナにいつも行くラーメン屋、“博多亭”で昼食を提案すると、快く承諾してくれた。
ていうか、れれぽーとにも新しい店があっただろうから、そこで食いたかったわ。
※
店の引き戸を開くと、お馴染の大将がお出迎え。
「らっしゃい! お、琢人くんにアンナちゃんじゃない。今日もデートかな?」
大将がそう言うとアンナは嬉しそうに答える。
「はい☆ 今日は二人の赤ちゃんと会ってきて~☆」
誤解が生まれるから、やめてほしい。
「え!? 赤ちゃん!? アンナちゃんと琢人くんは、もう結婚してたのかい!?」
驚く大将。
そりゃ、その反応になるわな。
しかしアンナは、構わず話を続ける。
「結婚はまだしてません。赤ちゃんが欲しいって、言われたから……」
頬を赤くして、俯いてしまうアンナ。
ていうか、俺は別に赤ちゃんが欲しいなんて言ってないよ?
親父だからね。
その発言を聞いた大将は、俺をギロッと睨みつける。
「琢人くん! そういうの最低だよ! ちゃんと責任を持たないとダメだよ。おいちゃん、怒ってるからね。出禁にしちゃうよ!」
「いや、大将……そういうんじゃ……」
「目の前のホテルへ行ってたんでしょ! もうアンナちゃんと、すぐにでも結婚しなさい! 今日のラーメンは奢ってあげるから!」
「えぇ……」
もう嫌だ。
俺、なにも悪い事してないのに……。
「よし、ついに完成したぞ……ここまで来るのに、苦労したな」
自室で一人、学習デスクの上に置いたあるモノを、下から覗き込む。
前回のデートにて、手に入れたアンナのホカホカなパンスト。
伝線こそ、しているものの。
完全に破れた訳ではない……。
ならば、このアーティファクトをこのまま封印するのは勿体ない。
そう思った俺は、様々な商品をショッピングサイトで、注文しまくった。
まず、レディース向けのマネキン。
ランジェリーショップなどで使われる下半身のマネキンだ。太ももまでのやつ。
しかも、リアルな肌色。
そこに以前、別府温泉でアンナがくれたピンクのおパンティーを履かせる。
まあ、アンナはヒップが小桃サイズだから、マネキンでもギチギチだが……。
しかし……そこがまた興奮する。
お次は、今回の純白ストッキングを装着。
仕上げだが……これには、天才の俺でも頭を悩ませたぜ。
だって、アンナが普段、着ているミニ丈のスカートなんて、ブランドも知らないからな。
なるだけ、彼女のファッションに近い女性ものの、スカートを検索しまくって、どうにか入手することに成功。
チェックのプリーツが入ったミニスカートだ。
そのマネキンを学習デスクの上に飾って、俺は床に腰を下ろす。
あら不思議、アンナちゃんたら、パンツが丸見えだよ☆
ローアングルで、スカートの中をガン見できるこの喜びよ……。
生きていて良かった。
おまけに、12月だというのに、うちわなんか持ち出しちゃって。
下からパタパタと扇いでみる。
すると、ふわりとめくれるスカート。
白いパンストに覆われたピンクのパンティーが、露わになる。
「キャー! タクトさんのエッチ~☆」
と、どこからか、アンナの声が聞こえてきそうだ。
ふっ……我ながら、何という最終兵器を開発してしまったのやら。
これを世に放てば、俺はノーベル化学賞を獲得してしまうな。
そんなことを毎日やっていると、次のスクリーングが近づいてきた。
もう、今年のスクリーングは、明日で最後らしい。
ふと、カレンダーを眺めていると、机の棚から何がポトッと床に落ちた。
拾ってみると、小さなフェルト生地のキーホルダーだ。
少し埃かぶっている。
「これは……」
ちょうど今から一年前、クリスマスイブの日に、白金から呼び出しを食らい。
俺が天神の渡辺通りを歩いていたら、中学生たちが募金をしていた。
その際、俺が担任教師と揉め、嫌味のつもりで1万円を中学生に渡したら、お返しにとくれたサンタクロースの人形。
あの時これを渡してくれた女子中学生は、確かこう言っていた。
『きっと、あなたにもいつか……クリスマスを一緒に過ごせるひとが現れると思います』
思い出して、急に頬が熱くなる。
アンナの笑顔が、頭に浮かんだから。
そして、同時に頬を赤くしたミハイルも……。
「もうあれから、一年か……」
ずっと、机の上で埃かぶるまで、放置していて、なんだか悪い気がする。
今からでも、リュックサックにつけてみるか。
そしていつか……俺が誰かと、イブを一緒に過ごせる時が来れば……。
これをあの子に返したいな。
リュックサックにキーホルダーをつけていると、自室のドアが開く音が聞こえた。
妹のかなでだ。
「あ、おにーさま……」
「おう。かなで、受験勉強ははかどってるか?」
「いや……その前に、なんですの? 可愛らしいスカートなんか飾って。女装でも始めるんですの?」
「え?」
忘れていた。
人工パンチラ発生器を、机の上に置いたままだったことを。
このあと、かなでの誤解を解くのに、1時間を要した。
今年、最後のスクリーングがやってきた。
まだ12月に入って、一週間ぐらいだが……。
どうやら、校舎である全日制コースの三ツ橋高校が色々とイベントが多く。
年末は、スクリーングに教室を使うことが出来ないらしい。
ま、俺からしたら、やっと終わってくれて、ホッとするけどな。
そんなことを考えながら、地元の真島駅に向かう。
今日のミハイルはどんな格好をしているんだろう……なんて、妄想しているとスマホから、着信音が。
「もしもし?」
『あ、タクト☆ 悪いんだけど……今日、オレ一緒の電車には乗れないんだ』
「え……」
驚きのあまり、その場で立ち止まってしまう。
バカだけど、いつも一緒に登校しているミハイルが、自らの意思で欠席だなんて。
『ごめんね……タクト。で、でもね! 学校はちゃんと行くから!』
「つまり、遅刻か?」
そう問いかけたが、受話器の向こう側が何やら騒がしい。
『おい! 古賀! 早くしない……間に合わな……』
なんか、途切れ途切れに聞こえてくる。聞き覚えのある女の声だ。
『ごめん。タクト、またあとでね!』
「お、おい! 待てよ、ミハイル」
『ツーツー……』
一体、なんだったんだ?
※
学校に着いて、1階の玄関で上靴に履き替える。
すると、2階から旨そうな香りが漂ってきた。
階段を登ったすぐ先、右側のボロいドアから、トントンと一定のリズムで何かを叩く音が聞こえてくる。
この音は包丁か? ズボラな宗像先生じゃ出来ない業だろう……まさか。
俺はドアノブを回し、中に入る。
一ツ橋高校の事務所だ。
いつもなら、宗像先生が賞味期限の切れたインスタントコーヒーを飲んでいるはずなのだが。
今日は、なんて煌びやかな空間なんだ!
受付にアロマが置かれているし、あんなに汚かった事務所が綺麗に片づけられている。
普段、宗像先生が着用しているキャバ嬢の服は洗濯され、ベランダに干されていた。
そして、左奥に可愛らしいネッキーのエプロンを着た金髪の美少女が立っていた。
シンクの上で鼻歌交じりに、ニンジンを切っている。
ポニーテールを左右に揺らせて……。
「ミハイル……」
その姿を見た時、自然と口から漏れていた。
きっと、嬉しかったのだと思う。
すぐに会えないと思っていたから……。
俺に気がついたミハイルは、包丁をまな板の上に置き、こちらへと向かってくる。
受付のカウンター越しに、彼はニッコリと笑って見せる。
「おはよ☆ タクト」
「おお……おはよう」
会えないと思っていたから、その笑顔に見惚れてしまう。
相変わらず、2つのエメラルドグリーンがキラキラと輝いて、眩しい。
吸い込まれそうだ。
今日は学校だから、アンナの時ほど、可愛くないけど。
白のパーカーに、フェイクレザーのショートパンツ。
なんか、彼女の家に遊び行った時。
ルームウェアを着ている姿を見ているような感覚に陥るな……。
そして、フェイクレザーだから、いつもよりヒップの形が目立ってしまう。
目のやり場に困るな。
「ごめんね。今日、実は宗像先生に頼まれて、料理を作ってんの☆」
「は? なんで、生徒のお前が料理を作るんだ?」
あのバカ教師。人の女……じゃなかったダチに、何させてんだ。
「放課後にね、クリスマス会やるじゃん? それで、料理とかスイーツを作って欲しいんだってさ☆」
「クリスマス会っ!?」
あまりの幼稚なイベントに、アホな声が出てしまう。
だが、ミハイルはキョトンとした顔で、頷く。
「うん。聞いてなかったの?」
「ああ……」
なんで、高校生がクリスマス会なんて、やるんだよ。
小学生じゃないんだぞ。まあ、サンタさんは信じているけど……。
「だから、オレは2時間目ぐらいまで、お料理するから、待っていてね☆」
「分かった……。ところで、お前。いつから、事務所で料理しているんだ?」
「オレ? 朝の5時ぐらいからだよ」
「そんな早くからか?」
「だって、仕込みに時間かかるもん。別に好きでやっているから、気にしないで☆」
そう言うと、背中を向けて事務所の奥へと去っていく。
小さな尻をプルプルと振るわせて。
俺は憤りを隠せずにいた。
クソ教師めが。
人の大事な女を、家政婦扱いしやがって……。
一緒に電車に乗れたら、レザーヒップを触れたかもしれないんだぞっ!
ミハイルのいない授業は、退屈で仕方なかった。
いつも、あいつが隣りにいることが日常だったし……。
なんかこう、胸にぽっかりと穴が開いたような。
落ち着かない。
3時限目に入っても、彼は事務所で料理をやっているそうだ。
彼がすぐ近くにいると言うのに、会えない。この現状。
教師の話を聞いていてもつまらんので、ジーパンのポケットからスマホを取り出す。
マナーモードにしていたから、気がつかなかったが。
数件の着信とメールのお知らせが画面に映っている。
誰だろうと、開いて見れば、博多社の受付男子。
住吉 一だ。
さすがに授業中、電話をかけ直すのは良くないので、メールだけ確認してみる。
『あ、あの……突然、すみません。新宮さん、よかったらこのコス写真をリキ様に見せてもらえませんか? 自分じゃ、どうしても恥ずかしくて……』
「?」
メールに何かのファイルが添付されていた。
開いた瞬間……俺は、大量の唾を吹き出してしまう。
「ブフッーーー!」
もちろん、自分のスマホ画面にだ。
慌てて、ハンカチで綺麗に拭き上げる。
臭いは残っているが……。
だが、俺が驚くのも仕方ないだろう。
一のやつ。こんなコス写真を送りつけてきやがって。
問題の写真だが、卑猥の一言につきる。
天然パーマの頭には二本の角。そして、背中には小さな羽。
尻からは反り返った尻尾。
レオタードはエナメル素材だが、所々スケスケ生地になっており、ヘソは丸見え。
所謂、サキュバスってやつだろう……。
しかし、問題なのは、撮影方法だ。
ローアングルで股間を撮っていたり。
4つん這いになり、尻をこちらに向けて撮影したり。
一自身は、恥ずかしがっているようだが、めっちゃ誘っている。
他の写真を見たが、どれも似たようなコス写真ばかりだ。
あいつ、普段からこんな撮影をしているのか?
なんか……どっかの同人サイトで販売していそうだな。
※
休み時間に入ったところで席を立つ。
あんな写真だが、一の気持ちは尊重してあげたい……と思ったからだ。
意中の相手は、後ろの方で、腐女子と楽しそうに会話をしている。
「それでさぁ~ ほのかちゃんの編集部に行ったら、たくさんの漫画家さんに聞かれた参ったよぉ~ みんな、ネコが好きなんだね。女の子だから」
「そうそう♪ 世の女子はみん~な、そのネタが大好物!」
勝手に決めつけるな。
あと、いい加減リキの誤解を解いて欲しいな。ほのかちゃん。
咳払いして、二人の会話を遮る。
「ごほん! ちょっと、リキ。いいか? 話がある」
「え? いいけど……ここじゃ、ダメなのか?」
目を丸くするリキを見て、なんだか悪い気がしてきた。
こいつは、ほのかのために、身体を張ってネタを仕入れているんだから。
でも、一のことも気にはなるし……。
はぁ、めんどくせぇ。
「すまん。出来れば、二人で話したいんだ」
「そっか。じゃあ、廊下でいいか?」
「おお……」
教室から出ようとした瞬間。
物凄く熱い視線を感じる。
その相手は、先ほどまでリキと楽しく話していた腐女子、ほのか。
怪しく微笑み、口元からは涎を垂らしていた。
こわっ!
もうちょっと、離れたところで、話そう……。
※
俺たちが使用する教室は、主に2階だ。
たまに特別棟や部活棟。武道館を使うぐらい。
だから、スクリーングが行われる日曜日は、教室棟の3階は閑散としている。
ここならば、俺とリキの会話を誰かに聞かれることはないだろう。
「んで、なんだよ。タクオ、話って」
「ああ……それなんだが、前に博多社で一って奴に会ったろ? お前にコス写真を見て欲しいんだと」
そう言って、俺はスマホの画面を彼に見せてみる。
リキは平然とした顔で、スマホをスワイプし、一の卑猥な写真を眺める。
「ふ~ん。よく撮れてるじゃん。俺さ、こういうの良く分かんないけど。良いと思うぜ」
と親指を立てて、ニカッと白い歯を見せるリキ先輩。
清々しいぜ。
「良いって……リキ。お前、一のこういう写真を見て、引かないのか?」
「全然。好きな物は堂々と出していくべきだと思うぜ?」
「そ、そうなんだ……」
なんか、腐女子のほのかに関わったことで、どんどん毒されているような。
とりあえずリキに、一へコスの感想を、メールか電話で伝えてくれるように頼んだ。
一が言うには、まだ自分からリキに連絡を取るのは、勇気がいるらしい。
全く、とんだ仲介人だよ……。
リキは一に連絡をとることを、快く承諾してくれた。
すぐにその場で、メールを打ち出す。
「しかし、この前は驚いたぜ。なあ、タクオ」
メールを打ちながら、器用に話しかけてくるリキ。
「ん? なんのことだ?」
「ほら、あれだよ。タクオが急にこの一の尻を揉みまくってさ……男にナニやってんだって。ビックリしたぜ」
俺がノン気かどうか、確かめたかったとは言えない。
「いや……まあ、ちょっとした出来心というか……」
「ははは! なんだよ、オタク同士はあーいうスキンシップがあるってのか!? 男同士でケツを触りあうっていう!」
「あはは……」
笑ってその場を誤魔化そうとした、その時だった。
背後から、ガシャーンと何かが床に落ちた音が聞こえてきた。
振り返ると、ネッキーのエプロンをかけたミハイルだった。
廊下には大きな圧力鍋が転がり、シチューがどろりとこぼれていた。
真っ青な顔で、こちらをじっと見つめるミハイル。
「タクト……誰かのお尻を触ったの……?」
バレちゃった!
どうなるの、俺ってば……。
「タクト……誰かのお尻を触ったの……?」
真っ青な顔で、こちらをじっと見つめるミハイル。
「み、ミハイル。それは違うんだっ! ちょっと事情があって……」
自分で言っておいて、苦しい言い訳だと思った。
「アンナのも触ったことないのに?」
怒っているというより、落胆している様子だ。
ていうか、アンナの尻なら夏にプールで、サンオイルをぬる時、しっかり撫で回したけど。
カウントされていないってか?
重たい空気の中、沈黙が続く。
しかし、隣りにいたリキは別だ。
腹を抱えて笑っている。
「ミハイル。聞いてたのか? タクオの奴さ、この一っていう年下の子のケツをいきなり、触り……揉みまくるんだぜ!? ビックリだよな、アハハ!」
こいつ、いらんことを教えやがって。
「揉みまくってた……?」
この世の終わりみたいな顔で、リキの話を聞くミハイル。
「ああ。多分、3分ぐらいは揉んでたと思うぜ」
そんなに触ってねーわ!
「さ、3分も……」
ヤバい。ミハイルが鵜吞みしている。
俺が弁解せねば。
「ミハイル! 違うんだ! あれは……俺とお前の関係に必要な行為で……」
と言いかけている最中で、ミハイルの目つきが鋭くなる。
「オレとタクトに必要? 知らない奴のお尻を触ることが?」
「それは……」
ヤバい。殺されそう。
黙り込む俺を無視して、怒りの矛先はリキに向けられた。
「ねぇ、リキ。その触った相手の写真とかないの?」
「ああ。一のか? あるよ。さっき、タクオから貰ったからな。ちょっと待っていてくれ」
そう言うと、先ほどの卑猥なコス写真を数枚、ミハイルに見せてあげる。
黙って一の写真を眺めるミハイル。
小さな唇を震わせて、スマホをスワイプする。
一の過激なコスプレを見て、ショックを隠せないようだ。
男とはいえ、かなり際どいコスプレを着ているからな。
しばらく、左右にスワイプを繰り返し、写真を何度も眺めるミハイル。
深いため息をついた後、リキに礼を言って、スマホを返す。
そして、俯いたまま、俺の元までゆっくりと近づく。
俺の右手を掴むと、ボソッと呟いた。
「こっち、来て……」
「え?」
彼から答えを聞く前に、俺の身体は強引に廊下を引きずり回されていた。
相変わらずの馬鹿力で、廊下の奥へと連れて行かれる。
先ほどまで、隣りにいたリキがもう遥か彼方だ。
一瞬にして、男子トイレへと連れてこられた。
入ったと思ったら、狭い個室の中へぶち込まれ、扉を閉めてカギをかける。
「ここに座って!」
「え、便座にか?」
彼に言われるがまま、洋式トイレの蓋を下ろして、座って見せる。
命令した本人は、何故か顔を真っ赤にしている。
怒っていると思ったが、どうやら恥ずかしいみたいだ。
身体を左右にくねくねと動かし、何かをためらっている……ような気がする。
視線は床に落としたまま、ボソボソと喋り始める。
「どうして、一っていう奴の……お、お尻を触ったの?」
片方の腕を掴み、どこか不安そうだ。
「そ、それは……触ったら……。ミハイルとどう違うのか、知りたかったからだ」
言っていて、めっちゃ恥ずかしい。
「オレと?」
「ああ……悪いが。もうこれ以上、聞かないでくれ。頼む……」
「分かった……」
何となくだが、理解してもらえた……? ようだ。
これで、一安心だな。
と思ったのも束の間、俺は忘れていたミハイルの拘りを。
『俺との初めて』を大事にする人間だってこと。
「触ったことは仕方ない……よね。オレが関わっていることみたいだから」
え、意外に心が広い。浮気がOKなタイプかしら。
「そうなんだ。これも取材みたいなもんで……」
「でも、汚れは落とさないとダメだよね?」
「は?」
俺は耳を疑った。
「許したくないけど、タクトだから信じる! でも、一の汚れは落として! オ、オレのお尻を触って!」
顔を真っ赤にして、至近距離で叫ぶミハイル。
「嘘……だろ? 俺たちは男同士じゃないか」
「ダッ~メ! すぐにでも落とす必要があるの! 早く触って、ここで。3分間!」
そう言って、フェイクレザーのショートパンツを俺へと突き出す。
黒のレザーだから、蛍光灯の灯りが反射して、キラリと輝いて見える。
今まで見たことのない、積極的なミハイルの姿に動揺してしまう。
思わず、生唾を飲み込む。
「本当に触るのか……?」
自分から言い出したくせに、ミハイルは尻だけ突き出して、トップスのパーカーで顔を隠している。
きっと、恥ずかしいのだろう。
「は、はやく……早くしてぇ!」
ダメだ……。
こんな密室で、可愛らしいヒップを突き出されたら、もう俺の理性が吹き飛びそう。
その証拠に、股間が見たことないぐらいパンパンに膨れ上がってしまった。
どうすればいいんだ、俺は。
「いいから、早く……触ってよ。タクト」
と自ら、可愛らしい小尻を突き出すミハイル。
だが、先ほどまでの勢いは無い。
恥ずかしくて、仕方ないようだ。
パーカーで顔を隠しているから、どんな表情かは分からないが。
きっと、真っ赤なんだろうな……。
「じゃあ……いくぞ?」
緊張しているミハイルの鼓動が、こちらにまで聞こえてきそうだ。
狭いトイレの個室で、二人きり。
辺りは静まり返っている。
聞こえるのは、俺とミハイルの荒い息遣いだけ。
生唾を飲み込み、ゆっくりと両手をフェイクレザーのショートパンツへ近づける。
試しに人差し指で、彼の尻を突っつく。
「!?」
なんて、柔らかいヒップなんだ。
程よい弾力……押したら、ぷにんと跳ね返ってくる。
もっとだ。もっともっと触りたい!
いや、揉みまくりたい!
抑えていた理性が崩壊し、俺に残ったのは……野性のみ。
もう、どうなっても知らない。
今は目の前にある可愛らしい、ミハイルの尻をいかに愛すること。
改めて、しっかりと両手で小さなヒップを揉んでみる。
「んあっ!」
ミハイルが妙に色っぽい声で反応する。
背中を反らせて。
その声に俺も驚く。
「だ、大丈夫か? 痛いならやめるけど……」
「うぅん……痛くないよ。早く汚れを落として」
「了解した」
クソ。
反則的な可愛さだ。
こんなミハイルは、初めてに思える。
それがまた初々しくて、たまらない。
俺は……もう次に、ミハイルに触れた瞬間。
どうなるか、分からない。
だって、今いる個室は、誰からも見られないし。
狭いが密室だ。
レザーのヒップもたまらんが、ダイレクトで触ってみたい。
このまま、流れでミハイルのショーパンを下ろし……ドッキング。
「それはダメだ……」
ミハイルに聞こえないぐらいの小さな声で呟く。
初めては、白いベッドの上に赤いバラの花びらを散りばめ。
きっと彼が恥ずかしがって、今みたいに両手で顔を隠すだろう。
だから、俺がリードし、ミハイルの細い腕を枕元に抑え込む。
そしてあの美しいエメラルドグリーンの瞳を、見つめながら繋がる……。
って……妄想が爆発してしまった。
目の前の尻を突き出したミハイルは、プルプルと小刻みに震えていた。
自分から提案しておいて、恥ずかしいんだろう。
「ねぇ、タクト……」
「どうした?」
「やっぱり、無理かも」
「へ?」
俺は耳を疑った。
「おかしいよ、こんなの。オレたち男同士なのに……」
ミハイルのやつ。
恥が上回ったのか。
でも、俺の欲求は満たされていない。
まだまだ、触りまくりたいのに!
「おかしくない! まだ一の汚れは落ちていないぞ、ミハイル!」
すまん、一。
「でも……オレさ、今日……」
「今日がなんだ?」
次の瞬間、顔からパーカーを離して、振り返る。
思った通り、真っ赤な顔で、俺をじっと見つめた。
エメラルドグリーンの瞳は涙で潤んでいる。
「オ、オレ……今日はまだお風呂入ってないの!」
「はぁ?」
「だから、汚いし。汗臭いかもしれないの!」
「ミハイル? なにを言って……」
と言いかけている最中で、彼は俺に背中を向ける。
個室の鍵を開けて、扉を勢い良く開いた。
「悪いけど、汚れは手洗い場でしっかり落として! あと、ついでにアルコールで消毒してね!」
そう叫ぶと、振り返ることもなく、走り去ってしまった。
一人、個室に残された俺は、放心状態に陥ってしまう。
「さ、さ、触れなかった……ミハイルの尻」
※
「クソがーーーッ!」
小便臭いトイレのタイル目掛けて、拳を叩きつける。何度も何度も……。
汚いと分かっていても、俺の憤りをどこかにぶつけないと自分を保てないからだ。
触りたかった、もっと……。
いや、初めてが“後ろ”からでも、経験しておくべきだった。
でも……後悔しても遅いんだ。
ミハイルに拒絶されたから。
ていうか、お風呂に入ってたら、させてくれたの?
汚い便所の床で4つん這いになっていると、誰かがトイレの中に入ってきた。
「お、タクオ。こんな所にいたのか。急にミハイルといなくなるから、心配したぜ」
誰かと思えば、リキだ。
普段の俺なら彼の心遣いに、礼を言うところだが……。
「うるせぇ! 全部、てめぇのせいだ! 老け顔のクソハゲ野郎!」
「え、酷くね? 俺が何かしたか……」
「したわ! おめぇのせいで、初体験が台無しだよ!」
「タクオ……良く分かんないけど。謝るよ、ごめんって」
「一生、許すか! このハゲが!」
リキは何も悪くないのに、当たってしまった……。
でも、股間が暴走して、興奮が治まらないんだ。
「ぐ、ぐすん……」
「もう泣くなよ。タクオ、何があったか知らないけどよ。さっきミハイルと一緒だったから、ケンカでもしたんだろ?」
と優しく肩に触れるリキ先輩。
ケンカではないが……ミハイルとの性交渉が不成立になったので。
痴話げんかというべきか?
いやいや、違う。
俺たちはまだ”そういう”関係じゃない。
「泣いてないもん……」
「いや、さっきからボロボロ涙が出ているじゃねーか。ほら、ハンカチ貸してやっから」
「あ、ありがと」
なんか、リキって見た目と反して、意外と優しいから、モテるのかも。男にだけ。
彼から借りたハンカチで、涙を拭う。
「まあ、ミハイルとのケンカは俺が間に入ってやるから。元気出せよ」
「いや……それは」
尻を触る、触らないで揉めたとは、言えないからな。
「良いってことよ。マブダチのケツぐらい、俺が拭いてやっからさ!」
と満面の笑顔で親指を立てる。
まあ、リキのことだから、特に意味はないと思うのだが。
なんか、仲直りと称して。ミハイルが俺の尻を攻めて……。
濡れたケツを綺麗に拭き上げるという表現に感じる。
※
涙も枯れた頃、リキと一緒に高校の事務所まで向かうことにした。
ミハイルとの仲直りに協力してくれるそうだ。
正直、今あいつと合わせる顔がない。
トイレとは言え、必死に個室で尻を突き出してくれたのに。
俺はビクついて、なにも出来なかった。
理由はどうあれ、恥をかかせてしまった……気がする。
3階から降りて、2階の右奥へ向かう。
事務所の扉にノックしようとした瞬間。
何やら下から叫び声が聞こえてくる。
「おまえだろ! タクトに、お、お尻を触らせた……イケない奴は!?」
階段の下を見下ろすと、1階の玄関でミハイルが誰かに怒鳴っている。
こちらからでは、相手の顔は確認できないが。
エナメル素材のレオタードを身に纏った卑猥な……男。
その証拠に、股間がふっくらしている。
「そ、そんな……僕と新宮さんは、ただの仕事仲間で」
「はぁ!? おまえみたいなエッチな奴とタクトが、ダチになるもんか!」
ヒートアップする彼を見て、俺とリキは互いの顔を見つめると、黙って頷く。
急いで、ミハイルを止めに入るためだ。
階段を駆け下りて、俺がミハイルを後ろから羽交い締めにする。
「やめろ! ミハイル!」
「放せ! た、タクトをエッチな目にさせたこいつが悪いんだ!」
と目の前のサキュバスくんを指差す。
「ぼ、僕はそんな……気持ちではコスしていません!」
そう言うと涙を浮かべて、リキの背中に隠れる。
博多社の受付男子。住吉 一だ。
なぜ、こいつがうちの高校に?
「嘘だ! タクトはアンナにしか、エッチな目にならない奴だぞ! おまえがそんなエッチな服を着るのが悪いんだ!」
エッチ、エッチって連呼するのをやめませんか。
なんだか、俺が色摩みたいじゃん。
「酷い! これは立派なコスです!」
とか、一も反論しているが、ちゃんとリキの背中にピッタリと身体をくっつけている。
話の内容が全然理解できていないリキが、キョトンとした顔で俺に言う。
「なぁ、さっきから何の話で、ケンカしているんだ?」
「お、俺にも分からん……」
※
とりあえず、興奮しているミハイルを落ち着かせるため、一旦その場から離れるように説得した。
渋々、彼もその提案に応じてくれた。
リキに一を任せて、俺は玄関近くの下駄箱で、説明を始める。
彼……住吉 一は、俺を男として見ていないこと。
そして、何よりもマブダチであるリキに惚れていることも……。
だからと言って、俺が彼の尻を触ったことは説明になっていないのだが。
しかし、その話を聞いたミハイルは、急に顔色が明るくなる。
「それって、ホントなの!? タクト!」
「え?」
「あのエッチな奴が、リキを好きだってことだよ☆」
急に瞳の色がキラキラし出したよ。
「一がリキのことを? ああ、かなり好きみたいだぞ」
「おもしろ~い☆」
小さな胸の前で、両手で拳を作る。
どうやら、一の恋バナが気に入ったようだ。
「おもしろいって……ミハイル。リキはほのかが好きなんだぞ? 一の恋心はどうなるんだ。永遠に叶うことのない恋愛だ。かわいそうだろ?」
「全然っ☆ むしろ、最高な展開だよ☆ どうせだから、一ってやつもリキにくっつけてやろうよ☆」
「……ミハイル。ちゃんと話を聞いていたのか?」
「うん、聞いていたよ☆ とりあえず、タクトに近づく奴らは全員、他の人間にくっつけた方が楽しいもん☆」
いや、怖いよ。
この人、マジでサイコパスじゃん。
一がリキに好意を寄せていると知ったミハイルは、態度を一変させ、ニコニコと笑っている。
少し離れた場所……。玄関でリキと話す一を見て、何か思いついたようだ。手の平をポンと叩く。
「そうだ! タクトの手についた汚れは、落とせないけど……。一のお尻なら、落とせるよね☆」
と瞳をキラキラと輝かせる。
こういう時は、大体変なことをやらせるつもりだ。
「一の尻? なんのことだ?」
「だから、汚れだよ☆ タクトが手で触ったのなら、汚れがついてるじゃん。ちゃんと落とさないとね☆」
「……」
それって、俺が汚物ってことかよ。
酷いな、ミハイルくんたら。
※
玄関に戻ると、すぐにミハイルは頭を下げて、一に謝る。
「ごめん。オレ、勘違いしてみたい」
急に謝られたから、一も動揺していた。
「え、えぇ!? いえ、僕は別に……新宮さんのことでしたら、何とも思っていませんから。いつも空気みたいな存在だと思ってます」
「ハハハッ。だよな☆」
おい、こいつら。
なに俺のことを、ディスりやがっているんだ?
空気だと……一の奴。今度、博多社で会ったら、覚えてろよ。
ケツだじゃ、済ませねぇからな。
「ところでさ。一のお尻に、まだ汚れがついてるよね? ちゃんと落とした方が良いよ。タクトの手はべったりとして、汚いから☆」
だから、何で俺だけ汚物扱いになってんの?
「え? 汚れ?」
一は彼の言うことが理解できないようで、首を傾げている。
「ちょうど、オレのダチがいるからさ。そいつに落としてもらおうよ☆」
「はぁ……」
ミハイルはリキの傍に近寄ると、背伸びして耳打ちを始める。
「こうして、あーやってね……」
「え? それで、俺が一のを触ればいいのか?」
「そうそう☆」
「ふ~ん。ま、いいぜ」
この時、俺は彼らの行動を止めるべきだったと、のちに後悔することとなる。
~10分後~
「くっ、んあっ! いぃっ……」
「どうだ? 落ちたか?」
「あぁっ! だ、ダメですぅ! そ、そんな……」
一体、何を見せられているんだ? 俺は……。
サキュバスのコスプレをした少年が、スキンヘッドの老け顔に、尻を撫で回される。
リキ自体はやましい気持ちなんて無いから、善意でやっているに過ぎない。
全ては俺の隣りで、ニヤニヤ笑っているミハイルが計画したものだ。
「ハハハッ☆ 一のやつ、嬉しそうだな」
「……」
確かに想いを寄せているリキが、優しく尻を触ってくれるから、悦んでいるようだが。
「だ、ダメですぅ! 僕とリキ様はまだ出会って2回目だと言うのに……こんなっ、んぐっ!」
一の息遣いは徐々に荒くなり、頬を紅潮させ、瞳はとろ~んとしている。
時折、身体をビクッと震わせて。
「別に良いだろ? 一がタクオのダチなら、俺のダチだよ。気にすんな。ところで、尻の汚れ……痛みは良くなったか? 今、どんな感じだ?」
「ハァハァ……心臓がバクバクして、今にも飛び出そうですぅ!」
「そりゃ、良くないな……。なんでそうなるんだろな?」
お前が尻を撫で回して、感じさせているからだよ! とは言えないな。
結果的にとはいえ、一の願望を叶えているし……俺は傍観者でいよう。
2人の会話を聞いてたミハイルが、更なる追い打ちをかける。
「ねぇ、リキ。一はお胸が痛むんだよ。だから、お尻を触りながら、お胸も触ってあげてよ☆」
「えぇ……」
一体、ナニをさせる気だ。この人……。
それを聞いたリキは、「わかった」と答える。
平然とした顔で。
~更に10分後~
「あああっ! そ、そんなっ! 上からも下からもだなんて……リキ様っ!」
「辛そうだな……。もっと触ってやるぜ。早く良くなるといいな」
異様な光景だった。
左手で一の胸を、右手で尻を……。円を描くように優しく撫で回すリキ。
触っている最中、どうやらリキの指が“クリーンヒット”したようで、一が叫び声をあげる。
「あぁっ! そこは……ダメッ!」
「ここが悪いのか? じゃあ、もっとやってみるな」
「もう、僕……壊れちゃいそうっ!」
高校の玄関で、俺たちは一体なにをやっているんだろうな。
※
散々、身体を弄ばれた一は、床に腰を下ろす。
息遣いはまだ激しく、横座りでうっとりとした顔だ。
「リキ様。ありがとうございました……すごく良かったです」
「そうなのか? なんか良く分からないけど、治ったなら安心したぜ!」
とニカッと白い歯を見せて、親指を立てるリキ先輩。
「ハァハァ……あの、お手洗いは近くにありますか?」
「この廊下の奥にあるぜ」
「わかりました……ちょっと、お借りさせていただきます。コスが汚れてないか、確認を……」
えぇっ……ウソでしょ?
汚れを落とすはずが、コスのどこかが汚れたの?
サキュバスが搾取出来ず、逆に搾り取られたとか……まさかね。
一は、廊下の壁にもたれ掛かりながら、よろよろと奥へと進んでいった。
「アハハ! 面白かった☆」
「……」
ホントに酷いよ。この人。
人間で遊んでるじゃん。
とミハイルの言動にドン引きしていると……。
背後から、視線を感じた。
振り返ってみると、階段の上。2階からスマホをこちらに向ける少女が一人。
腐女子のほのかだ。
鼻から真っ赤な血を垂らしながら、眼鏡を光らせている。
どうやら、今まで起きた出来事を録画していたようだ。
「ヒヒヒッ。こいつは最高の逸材だわ……リキくん×一くんか。これだから、創作はやめられないのよっ!」
お前の創作とは、一緒にして欲しくない。