気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 自己紹介が終わったところで。
 スタッフのお姉さんが、順番に赤ちゃんが眠っているベッドへと案内してくれた。
 本来なら、一人につき赤ちゃんもひとりなのだが……。
 どうしても、アンナが俺と二人ペアでやりたいと言うので、仕方なく一緒に赤ちゃんの面倒をみることになった。

 俺たちが担当する赤ちゃんの性別は……女の子。

「ほう。女の赤ちゃんか……アンナもこの子が良いだろ? 同性の方が……」
 言いかけている最中だが、彼女の顔を見た瞬間。言葉を失う。
 鋭い目つきで我が子を睨んでいたからだ。
「イヤ……タッくんに女の子の裸を見て欲しくない!」
 えぇ。これ、人形なんだけど。

  ※

 鬼のような顔で可愛らしい赤ん坊を睨みつけるから、産まれてくる性別をチェンジしてもらうことに……。
 酷いママさん。

 スタッフのお姉さんが苦笑いして、新しい赤ちゃんを連れて来た。
 今度の赤ちゃんは、正真正銘のオス。
 その子を優しく抱きしめるアンナの顔は、なんとも嬉しそう。

「カワイイ~☆ タッくんとの間に出来た赤ちゃんだよぉ☆」
 と微笑むのだが、見ているこっちからすると、なんか病んだ人に感じる……。
 だって、人形だもん。
「そ、そうか……良かったな」
「うん☆ さ、パパ。この子に名前をつけて☆」
 ファッ!?
 そんなことまで、しないといけないのか。

 なかなか、赤ちゃんの世話を始めない俺たちを見兼ねたのか、5才児のえりり先輩が声をかけてきた。

「おそいよ。しんぎゅーくん」
「す、すいません……えりり先輩」
「名前ぐらい、早くつけてやりなちゃい」
「はい……」


 ニコニコ笑って、赤ちゃんを抱っこするアンナの顔を見つめる。
 彼女の名前から引用すべきか?
 しかし、外国の名前だものな……分からん。
 もう適当でいいや。

「YUIKAちゃんで、どうだ?」
 推しのアイドルの名前を発した途端、アンナの顔が強張る。
「この子は、男の子だよ?」
 ドスの聞いた声だ。
 絶対、怒ってるな……仕方ない。
 ゆいかを少し変えて、これならどうだろう。

「じゃあ。ゆう……ゆう君でどうだ?」
「カワイイ~☆ それで良いよね? ゆうくぅ~ん☆」
 と動かない赤ん坊の手に触れる。
『ありがと~ パパ~ ママ~』
 喋り出したよ、ゆう君が。アンナの腹話術によって。

  ※

 名前が決まったことで、ようやく赤ちゃんのお世話を始める。

 まず、ゆう君のおくるみを脱がせ、身長と体重を計る。
 そして、熱など無いはずなのに、体温計で異常がないか、チェック。

 健康な赤ちゃんであることが分かったところで、次はすっぽんぽんのまま、お風呂へ連れて行く。
 沐浴(もくよく)ってやつだ。

 俺たちの赤ちゃんである、ゆう君。
 正直、可愛くない……。むしろ、怖い。
 何が怖いかって、瞼を閉じないところだ。
 ずっとこっちをガン見しているから、呪いでもかけられそう。

 お風呂の中に、ゆう君を入れてみる。
 俺が沐浴にチャレンジしている最中、アンナは隣りでニコニコ笑って見ていた。
 彼女が言うには、いつか赤ちゃんが産まれてくる時のために、練習して欲しかったようだ。
 一生、産まれてくることはないと思うのだが……。
 文字通り、パパ活をする俺氏。

 しかし、人形といっても、重さは本物と同じように設計されており。
 結構、重たい。
 身体を水で洗っている最中、手がすべって、湯船に落っこちてしまう。

「あ、ヤベ……」

 湯船の上で尻を向け、プカプカと浮かぶゆう君。
 どうしていいか、分からず、その場で固まっていると。
 アンナが大きな声で叫ぶ。

「タッくん! ゆうくんが、死んじゃう! 早く助けて!」
「え……? なんで?」
 人形だから、死なんだろ。
「早く起こして! アンナ達の赤ちゃんだよ!」
「ああ……すまん」

 びしょ濡れになったゆう君を助け出し、タオルで拭いてあげる。
 もちろん、頭から足先までしっかりと丁寧に。
 小さいけど、おてんてんも。

 前面が終わったと思ったので、そのままゆう君をひっくり返す。
 そして、背中を拭こうとした瞬間。近くにいたえりり先輩から怒鳴られる。

「しんぎゅーくん! うつ伏せになってるでちょ! ゆう君が息できない! 死んじゃうよ!」
「あ、すいません……えりり先輩」
「気をつけてよね。えりりはこのしんせーじしつ、毎日やっているから。ぜん~ぶ知っているの!」
「さすがです……」

 5才児に怒られちゃったよ。
 なんなの、この取材。

 初めてのパパ活……ならぬ赤ちゃんのお世話は無事に終了した。
 最後に、スタッフのお姉さんが記念撮影を個別に撮ってくれると言う。
 今回、参加した子供たち全員に。
 ま、俺たちもその中に入る大きな子供なんですけどね……。

 フリーパスで何回も新生児室を体験している5才児、えりり先輩は慣れた様子で、赤ちゃんを抱え、ピース。
 そして、去り際に俺へ向かって一言。
「しんぎゅーくん。良いパパになるんでちゅよ」
「あ、はい……頑張ります」
 一生、なれないと思うけど。

 最後に、俺とアンナの番だ。
 ペアでの参加だったから、2人で仲良く撮影タイムに入る。
 あ、違った。
 正しくは、俺たちの赤ちゃん。ゆう君も間に入っているから、3人での親子撮影だ。

 お姉さんがカメラを構える。
「それじゃ、パパさん。ママさん。赤ちゃんと一緒にもっとくっついて~」
 まだ結婚もしてねーわ!

 しかし、アンナはとても嬉しそうだ。
「ほら。パパ☆ ちゃんと、ゆう君を抱っこして☆ みんなで、にぃ~ って笑おうねぇ」
「……にーっ」
 無理やり、笑顔を作る。
 肝心のゆう君と言えば、終始ピクリともせず、無表情だ。

 何枚か、撮影を繰り返して、お仕事体験は終わりを迎えた。

 看護服を脱いで、お姉さんに返す。
 新生児室から出ると、俺は入口で渡されたマップを確認した。

「さて、次はどの職場体験にするかな……」
 そう呟くと、アンナがグイッと俺の手を掴む。
「何言っているの? もう帰るよ」
「え?」
「今日の取材は、あくまでもタッくんとアンナの赤ちゃんでしょ? それ以外は取材する必要ないよ」
「そ、そんな……」

 結局、初めて、れれぽーとに来たというのに、本館を一切見ることなく帰ることになった……。
 もちろん、あのモビルスーツも見られず。
 
 今日の取材って、マジなんだったの!?

  ※

 バスに乗り、博多駅まで直帰する。
 アンナが言うに、今回の取材は、俺の親父が関係していて。
 ゴールデンウィークの時、親父と会った際、「俺の子供を期待している」と言われたから、鵜吞みにしたようだ。
 いつか俺たちの間に、赤ちゃんが産まれた時、ちゃんとパパとして、活躍できるように練習させたかったらしい。

 マジ、今回の取材だけはないわ……。

 でもアンナは、ずっとニコニコ笑っていた。
 最後に、新生児室で撮影した親子写真を眺めながら。
「ゆう君。いつかアンナ達の前に来てね☆」
 だから、一生来てくれないって……。
 もう病んだ人みたい。


 れれぽーとで取材こそしたが、あまりにも早く博多に戻ってきたので、時間がかなり余っている。
 それに、腹が減った。

 仕方ないから、アンナにいつも行くラーメン屋、“博多亭”で昼食を提案すると、快く承諾してくれた。
 ていうか、れれぽーとにも新しい店があっただろうから、そこで食いたかったわ。

  ※

 店の引き戸を開くと、お馴染の大将がお出迎え。
「らっしゃい! お、琢人くんにアンナちゃんじゃない。今日もデートかな?」
 大将がそう言うとアンナは嬉しそうに答える。
「はい☆ 今日は二人の赤ちゃんと会ってきて~☆」
 誤解が生まれるから、やめてほしい。
「え!? 赤ちゃん!? アンナちゃんと琢人くんは、もう結婚してたのかい!?」
 驚く大将。
 そりゃ、その反応になるわな。
 しかしアンナは、構わず話を続ける。

「結婚はまだしてません。赤ちゃんが欲しいって、言われたから……」
 頬を赤くして、俯いてしまうアンナ。
 ていうか、俺は別に赤ちゃんが欲しいなんて言ってないよ?
 親父だからね。

 その発言を聞いた大将は、俺をギロッと睨みつける。
「琢人くん! そういうの最低だよ! ちゃんと責任を持たないとダメだよ。おいちゃん、怒ってるからね。出禁にしちゃうよ!」
「いや、大将……そういうんじゃ……」
「目の前のホテルへ行ってたんでしょ! もうアンナちゃんと、すぐにでも結婚しなさい! 今日のラーメンは奢ってあげるから!」
「えぇ……」

 もう嫌だ。
 俺、なにも悪い事してないのに……。

「よし、ついに完成したぞ……ここまで来るのに、苦労したな」
 
 自室で一人、学習デスクの上に置いたあるモノを、下から覗き込む。
 前回のデートにて、手に入れたアンナのホカホカなパンスト。
 伝線こそ、しているものの。
 完全に破れた訳ではない……。

 ならば、このアーティファクトをこのまま封印するのは勿体ない。
 そう思った俺は、様々な商品をショッピングサイトで、注文しまくった。
 
 まず、レディース向けのマネキン。
 ランジェリーショップなどで使われる下半身のマネキンだ。太ももまでのやつ。
 しかも、リアルな肌色。
 
 そこに以前、別府温泉でアンナがくれたピンクのおパンティーを履かせる。
 まあ、アンナはヒップが小桃サイズだから、マネキンでもギチギチだが……。
 しかし……そこがまた興奮する。

 お次は、今回の純白ストッキングを装着。
 仕上げだが……これには、天才の俺でも頭を悩ませたぜ。
 だって、アンナが普段、着ているミニ丈のスカートなんて、ブランドも知らないからな。

 なるだけ、彼女のファッションに近い女性ものの、スカートを検索しまくって、どうにか入手することに成功。
 チェックのプリーツが入ったミニスカートだ。

 そのマネキンを学習デスクの上に飾って、俺は床に腰を下ろす。
 あら不思議、アンナちゃんたら、パンツが丸見えだよ☆

 ローアングルで、スカートの中をガン見できるこの喜びよ……。
 生きていて良かった。

 
 おまけに、12月だというのに、うちわなんか持ち出しちゃって。
 下からパタパタと扇いでみる。
 すると、ふわりとめくれるスカート。
 白いパンストに覆われたピンクのパンティーが、露わになる。

「キャー! タクトさんのエッチ~☆」

 と、どこからか、アンナの声が聞こえてきそうだ。
 ふっ……我ながら、何という最終兵器を開発してしまったのやら。
 これを世に放てば、俺はノーベル化学賞を獲得してしまうな。


 そんなことを毎日やっていると、次のスクリーングが近づいてきた。
 もう、今年のスクリーングは、明日で最後らしい。

 ふと、カレンダーを眺めていると、机の棚から何がポトッと床に落ちた。
 拾ってみると、小さなフェルト生地のキーホルダーだ。
 少し埃かぶっている。

「これは……」

 ちょうど今から一年前、クリスマスイブの日に、白金から呼び出しを食らい。
 俺が天神の渡辺通りを歩いていたら、中学生たちが募金をしていた。
 その際、俺が担任教師と揉め、嫌味のつもりで1万円を中学生に渡したら、お返しにとくれたサンタクロースの人形。

 あの時これを渡してくれた女子中学生は、確かこう言っていた。

『きっと、あなたにもいつか……クリスマスを一緒に過ごせるひとが現れると思います』

 思い出して、急に頬が熱くなる。
 アンナの笑顔が、頭に浮かんだから。
 そして、同時に頬を赤くしたミハイルも……。

「もうあれから、一年か……」

 ずっと、机の上で埃かぶるまで、放置していて、なんだか悪い気がする。
 今からでも、リュックサックにつけてみるか。
 そしていつか……俺が誰かと、イブを一緒に過ごせる時が来れば……。

 これをあの子に返したいな。

 リュックサックにキーホルダーをつけていると、自室のドアが開く音が聞こえた。
 妹のかなでだ。

「あ、おにーさま……」
「おう。かなで、受験勉強ははかどってるか?」
「いや……その前に、なんですの? 可愛らしいスカートなんか飾って。女装でも始めるんですの?」
「え?」

 忘れていた。
 人工パンチラ発生器を、机の上に置いたままだったことを。

 このあと、かなでの誤解を解くのに、1時間を要した。

 今年、最後のスクリーングがやってきた。
 まだ12月に入って、一週間ぐらいだが……。
 どうやら、校舎である全日制コースの三ツ橋高校が色々とイベントが多く。
 年末は、スクリーングに教室を使うことが出来ないらしい。

 ま、俺からしたら、やっと終わってくれて、ホッとするけどな。

 そんなことを考えながら、地元の真島駅に向かう。
 今日のミハイルはどんな格好をしているんだろう……なんて、妄想しているとスマホから、着信音が。

「もしもし?」
『あ、タクト☆ 悪いんだけど……今日、オレ一緒の電車には乗れないんだ』
「え……」
 驚きのあまり、その場で立ち止まってしまう。
 バカだけど、いつも一緒に登校しているミハイルが、自らの意思で欠席だなんて。
『ごめんね……タクト。で、でもね! 学校はちゃんと行くから!』
「つまり、遅刻か?」
 そう問いかけたが、受話器の向こう側が何やら騒がしい。

『おい! 古賀! 早くしない……間に合わな……』

 なんか、途切れ途切れに聞こえてくる。聞き覚えのある女の声だ。

『ごめん。タクト、またあとでね!』
「お、おい! 待てよ、ミハイル」
『ツーツー……』

 一体、なんだったんだ?

  ※

 学校に着いて、1階の玄関で上靴に履き替える。
 すると、2階から旨そうな香りが漂ってきた。

 階段を登ったすぐ先、右側のボロいドアから、トントンと一定のリズムで何かを叩く音が聞こえてくる。
 この音は包丁か? ズボラな宗像先生じゃ出来ない業だろう……まさか。
 俺はドアノブを回し、中に入る。
 一ツ橋高校の事務所だ。

 いつもなら、宗像先生が賞味期限の切れたインスタントコーヒーを飲んでいるはずなのだが。
 今日は、なんて煌びやかな空間なんだ!

 受付にアロマが置かれているし、あんなに汚かった事務所が綺麗に片づけられている。
 普段、宗像先生が着用しているキャバ嬢の服は洗濯され、ベランダに干されていた。

 そして、左奥に可愛らしいネッキーのエプロンを着た金髪の美少女が立っていた。
 シンクの上で鼻歌交じりに、ニンジンを切っている。
 ポニーテールを左右に揺らせて……。

「ミハイル……」

 その姿を見た時、自然と口から漏れていた。
 きっと、嬉しかったのだと思う。
 すぐに会えないと思っていたから……。

 俺に気がついたミハイルは、包丁をまな板の上に置き、こちらへと向かってくる。
 受付のカウンター越しに、彼はニッコリと笑って見せる。

「おはよ☆ タクト」
「おお……おはよう」

 会えないと思っていたから、その笑顔に見惚れてしまう。
 相変わらず、2つのエメラルドグリーンがキラキラと輝いて、眩しい。
 吸い込まれそうだ。

 今日は学校だから、アンナの時ほど、可愛くないけど。
 白のパーカーに、フェイクレザーのショートパンツ。

 なんか、彼女の家に遊び行った時。
 ルームウェアを着ている姿を見ているような感覚に陥るな……。

 そして、フェイクレザーだから、いつもよりヒップの形が目立ってしまう。
 目のやり場に困るな。

「ごめんね。今日、実は宗像先生に頼まれて、料理を作ってんの☆」
「は? なんで、生徒のお前が料理を作るんだ?」
 あのバカ教師。人の女……じゃなかったダチに、何させてんだ。
「放課後にね、クリスマス会やるじゃん? それで、料理とかスイーツを作って欲しいんだってさ☆」
「クリスマス会っ!?」
 あまりの幼稚なイベントに、アホな声が出てしまう。
 だが、ミハイルはキョトンとした顔で、頷く。
「うん。聞いてなかったの?」
「ああ……」
 なんで、高校生がクリスマス会なんて、やるんだよ。
 小学生じゃないんだぞ。まあ、サンタさんは信じているけど……。
 
「だから、オレは2時間目ぐらいまで、お料理するから、待っていてね☆」
「分かった……。ところで、お前。いつから、事務所で料理しているんだ?」
「オレ? 朝の5時ぐらいからだよ」
「そんな早くからか?」
「だって、仕込みに時間かかるもん。別に好きでやっているから、気にしないで☆」

 そう言うと、背中を向けて事務所の奥へと去っていく。
 小さな尻をプルプルと振るわせて。

 俺は憤りを隠せずにいた。
 クソ教師めが。
 人の大事な女を、家政婦扱いしやがって……。
 
 一緒に電車に乗れたら、レザーヒップを触れたかもしれないんだぞっ!

 ミハイルのいない授業は、退屈で仕方なかった。
 いつも、あいつが隣りにいることが日常だったし……。
 なんかこう、胸にぽっかりと穴が開いたような。
 落ち着かない。

 3時限目に入っても、彼は事務所で料理をやっているそうだ。
 彼がすぐ近くにいると言うのに、会えない。この現状。
 教師の話を聞いていてもつまらんので、ジーパンのポケットからスマホを取り出す。

 マナーモードにしていたから、気がつかなかったが。
 数件の着信とメールのお知らせが画面に映っている。
 誰だろうと、開いて見れば、博多社の受付男子。
 住吉 一だ。

 さすがに授業中、電話をかけ直すのは良くないので、メールだけ確認してみる。

『あ、あの……突然、すみません。新宮さん、よかったらこのコス写真をリキ様に見せてもらえませんか? 自分じゃ、どうしても恥ずかしくて……』

「?」

 メールに何かのファイルが添付されていた。
 開いた瞬間……俺は、大量の唾を吹き出してしまう。

「ブフッーーー!」

 もちろん、自分のスマホ画面にだ。
 慌てて、ハンカチで綺麗に拭き上げる。
 臭いは残っているが……。

 だが、俺が驚くのも仕方ないだろう。
 一のやつ。こんなコス写真を送りつけてきやがって。

 問題の写真だが、卑猥の一言につきる。

 天然パーマの頭には二本の角。そして、背中には小さな羽。
 尻からは反り返った尻尾。
 レオタードはエナメル素材だが、所々スケスケ生地になっており、ヘソは丸見え。

 所謂、サキュバスってやつだろう……。

 しかし、問題なのは、撮影方法だ。
 ローアングルで股間を撮っていたり。
 4つん這いになり、尻をこちらに向けて撮影したり。
 一自身は、恥ずかしがっているようだが、めっちゃ誘っている。

 他の写真を見たが、どれも似たようなコス写真ばかりだ。
 あいつ、普段からこんな撮影をしているのか?
 なんか……どっかの同人サイトで販売していそうだな。

  ※

 休み時間に入ったところで席を立つ。
 あんな写真だが、一の気持ちは尊重してあげたい……と思ったからだ。

 意中の相手は、後ろの方で、腐女子と楽しそうに会話をしている。

「それでさぁ~ ほのかちゃんの編集部に行ったら、たくさんの漫画家さんに聞かれた参ったよぉ~ みんな、ネコが好きなんだね。女の子だから」
「そうそう♪ 世の女子はみん~な、そのネタが大好物!」
 勝手に決めつけるな。
 あと、いい加減リキの誤解を解いて欲しいな。ほのかちゃん。

 咳払いして、二人の会話を遮る。

「ごほん! ちょっと、リキ。いいか? 話がある」
「え? いいけど……ここじゃ、ダメなのか?」

 目を丸くするリキを見て、なんだか悪い気がしてきた。
 こいつは、ほのかのために、身体を張ってネタを仕入れているんだから。

 でも、一のことも気にはなるし……。
 はぁ、めんどくせぇ。

「すまん。出来れば、二人で話したいんだ」
「そっか。じゃあ、廊下でいいか?」
「おお……」

 教室から出ようとした瞬間。
 物凄く熱い視線を感じる。
 その相手は、先ほどまでリキと楽しく話していた腐女子、ほのか。

 怪しく微笑み、口元からは涎を垂らしていた。
 
 こわっ!
 もうちょっと、離れたところで、話そう……。

  ※

 俺たちが使用する教室は、主に2階だ。
 たまに特別棟や部活棟。武道館を使うぐらい。

 だから、スクリーングが行われる日曜日は、教室棟の3階は閑散としている。
 ここならば、俺とリキの会話を誰かに聞かれることはないだろう。

「んで、なんだよ。タクオ、話って」
「ああ……それなんだが、前に博多社で一って奴に会ったろ? お前にコス写真を見て欲しいんだと」
 そう言って、俺はスマホの画面を彼に見せてみる。
 リキは平然とした顔で、スマホをスワイプし、一の卑猥な写真を眺める。

「ふ~ん。よく撮れてるじゃん。俺さ、こういうの良く分かんないけど。良いと思うぜ」
 と親指を立てて、ニカッと白い歯を見せるリキ先輩。
 清々しいぜ。
「良いって……リキ。お前、一のこういう写真を見て、引かないのか?」
「全然。好きな物は堂々と出していくべきだと思うぜ?」
「そ、そうなんだ……」
 なんか、腐女子のほのかに関わったことで、どんどん毒されているような。


 とりあえずリキに、一へコスの感想を、メールか電話で伝えてくれるように頼んだ。
 一が言うには、まだ自分からリキに連絡を取るのは、勇気がいるらしい。
 全く、とんだ仲介人だよ……。

 リキは一に連絡をとることを、快く承諾してくれた。
 すぐにその場で、メールを打ち出す。

「しかし、この前は驚いたぜ。なあ、タクオ」
 メールを打ちながら、器用に話しかけてくるリキ。
「ん? なんのことだ?」
「ほら、あれだよ。タクオが急にこの一の尻を揉みまくってさ……男にナニやってんだって。ビックリしたぜ」
 俺がノン気かどうか、確かめたかったとは言えない。

「いや……まあ、ちょっとした出来心というか……」
「ははは! なんだよ、オタク同士はあーいうスキンシップがあるってのか!? 男同士でケツを触りあうっていう!」
「あはは……」

 笑ってその場を誤魔化そうとした、その時だった。
 背後から、ガシャーンと何かが床に落ちた音が聞こえてきた。

 振り返ると、ネッキーのエプロンをかけたミハイルだった。
 廊下には大きな圧力鍋が転がり、シチューがどろりとこぼれていた。

 真っ青な顔で、こちらをじっと見つめるミハイル。

「タクト……誰かのお尻を触ったの……?」

 バレちゃった!
 どうなるの、俺ってば……。

「タクト……誰かのお尻を触ったの……?」

 真っ青な顔で、こちらをじっと見つめるミハイル。

「み、ミハイル。それは違うんだっ! ちょっと事情があって……」
 自分で言っておいて、苦しい言い訳だと思った。
「アンナのも触ったことないのに?」
 怒っているというより、落胆している様子だ。
 ていうか、アンナの尻なら夏にプールで、サンオイルをぬる時、しっかり撫で回したけど。
 カウントされていないってか?


 重たい空気の中、沈黙が続く。
 しかし、隣りにいたリキは別だ。
 腹を抱えて笑っている。

「ミハイル。聞いてたのか? タクオの奴さ、この一っていう年下の子のケツをいきなり、触り……揉みまくるんだぜ!? ビックリだよな、アハハ!」
 こいつ、いらんことを教えやがって。
「揉みまくってた……?」
 この世の終わりみたいな顔で、リキの話を聞くミハイル。
「ああ。多分、3分ぐらいは揉んでたと思うぜ」
 そんなに触ってねーわ!
「さ、3分も……」
 ヤバい。ミハイルが鵜吞みしている。
 俺が弁解せねば。


「ミハイル! 違うんだ! あれは……俺とお前の関係に必要な行為で……」
 と言いかけている最中で、ミハイルの目つきが鋭くなる。
「オレとタクトに必要? 知らない奴のお尻を触ることが?」
「それは……」

 ヤバい。殺されそう。
 黙り込む俺を無視して、怒りの矛先はリキに向けられた。

「ねぇ、リキ。その触った相手の写真とかないの?」
「ああ。一のか? あるよ。さっき、タクオから貰ったからな。ちょっと待っていてくれ」
 そう言うと、先ほどの卑猥なコス写真を数枚、ミハイルに見せてあげる。
 黙って一の写真を眺めるミハイル。

 小さな唇を震わせて、スマホをスワイプする。
 一の過激なコスプレを見て、ショックを隠せないようだ。
 男とはいえ、かなり際どいコスプレを着ているからな。
 
 しばらく、左右にスワイプを繰り返し、写真を何度も眺めるミハイル。
 深いため息をついた後、リキに礼を言って、スマホを返す。

 そして、俯いたまま、俺の元までゆっくりと近づく。
 俺の右手を掴むと、ボソッと呟いた。

「こっち、来て……」
「え?」

 彼から答えを聞く前に、俺の身体は強引に廊下を引きずり回されていた。
 相変わらずの馬鹿力で、廊下の奥へと連れて行かれる。
 先ほどまで、隣りにいたリキがもう遥か彼方だ。

 一瞬にして、男子トイレへと連れてこられた。
 入ったと思ったら、狭い個室の中へぶち込まれ、扉を閉めてカギをかける。

「ここに座って!」
「え、便座にか?」

 彼に言われるがまま、洋式トイレの蓋を下ろして、座って見せる。
 命令した本人は、何故か顔を真っ赤にしている。
 怒っていると思ったが、どうやら恥ずかしいみたいだ。
 身体を左右にくねくねと動かし、何かをためらっている……ような気がする。


 視線は床に落としたまま、ボソボソと喋り始める。
 
「どうして、一っていう奴の……お、お尻を触ったの?」
 片方の腕を掴み、どこか不安そうだ。
「そ、それは……触ったら……。ミハイルとどう違うのか、知りたかったからだ」
 言っていて、めっちゃ恥ずかしい。
「オレと?」
「ああ……悪いが。もうこれ以上、聞かないでくれ。頼む……」
「分かった……」

 何となくだが、理解してもらえた……? ようだ。
 これで、一安心だな。
 と思ったのも束の間、俺は忘れていたミハイルの拘りを。
 『俺との初めて』を大事にする人間だってこと。


「触ったことは仕方ない……よね。オレが関わっていることみたいだから」
 え、意外に心が広い。浮気がOKなタイプかしら。
「そうなんだ。これも取材みたいなもんで……」
「でも、汚れは落とさないとダメだよね?」
「は?」
 俺は耳を疑った。


「許したくないけど、タクトだから信じる! でも、一の汚れは落として! オ、オレのお尻を触って!」
 顔を真っ赤にして、至近距離で叫ぶミハイル。
「嘘……だろ? 俺たちは男同士じゃないか」
「ダッ~メ! すぐにでも落とす必要があるの! 早く触って、ここで。3分間!」

 そう言って、フェイクレザーのショートパンツを俺へと突き出す。
 黒のレザーだから、蛍光灯の灯りが反射して、キラリと輝いて見える。

 今まで見たことのない、積極的なミハイルの姿に動揺してしまう。
 思わず、生唾を飲み込む。

「本当に触るのか……?」

 自分から言い出したくせに、ミハイルは尻だけ突き出して、トップスのパーカーで顔を隠している。
 きっと、恥ずかしいのだろう。

「は、はやく……早くしてぇ!」

 ダメだ……。
 こんな密室で、可愛らしいヒップを突き出されたら、もう俺の理性が吹き飛びそう。
 その証拠に、股間が見たことないぐらいパンパンに膨れ上がってしまった。

 どうすればいいんだ、俺は。

「いいから、早く……触ってよ。タクト」

 と自ら、可愛らしい小尻を突き出すミハイル。
 だが、先ほどまでの勢いは無い。
 恥ずかしくて、仕方ないようだ。

 パーカーで顔を隠しているから、どんな表情かは分からないが。
 きっと、真っ赤なんだろうな……。


「じゃあ……いくぞ?」

 緊張しているミハイルの鼓動が、こちらにまで聞こえてきそうだ。
 狭いトイレの個室で、二人きり。
 辺りは静まり返っている。
 聞こえるのは、俺とミハイルの荒い息遣いだけ。

 生唾を飲み込み、ゆっくりと両手をフェイクレザーのショートパンツへ近づける。
 試しに人差し指で、彼の尻を突っつく。

「!?」

 なんて、柔らかいヒップなんだ。
 程よい弾力……押したら、ぷにんと跳ね返ってくる。
 もっとだ。もっともっと触りたい!
 いや、揉みまくりたい!

 抑えていた理性が崩壊し、俺に残ったのは……野性のみ。


 もう、どうなっても知らない。
 今は目の前にある可愛らしい、ミハイルの尻をいかに愛すること。

 改めて、しっかりと両手で小さなヒップを揉んでみる。

「んあっ!」

 ミハイルが妙に色っぽい声で反応する。
 背中を反らせて。
 その声に俺も驚く。

「だ、大丈夫か? 痛いならやめるけど……」
「うぅん……痛くないよ。早く汚れを落として」
「了解した」

 クソ。
 反則的な可愛さだ。
 こんなミハイルは、初めてに思える。
 それがまた初々しくて、たまらない。
 俺は……もう次に、ミハイルに触れた瞬間。
 どうなるか、分からない。

 だって、今いる個室は、誰からも見られないし。
 狭いが密室だ。

 レザーのヒップもたまらんが、ダイレクトで触ってみたい。
 このまま、流れでミハイルのショーパンを下ろし……ドッキング。
 
「それはダメだ……」

 ミハイルに聞こえないぐらいの小さな声で呟く。


 初めては、白いベッドの上に赤いバラの花びらを散りばめ。
 きっと彼が恥ずかしがって、今みたいに両手で顔を隠すだろう。
 だから、俺がリードし、ミハイルの細い腕を枕元に抑え込む。
 そしてあの美しいエメラルドグリーンの瞳を、見つめながら繋がる……。


 って……妄想が爆発してしまった。
 
 目の前の尻を突き出したミハイルは、プルプルと小刻みに震えていた。
 自分から提案しておいて、恥ずかしいんだろう。

「ねぇ、タクト……」
「どうした?」
「やっぱり、無理かも」
「へ?」

 俺は耳を疑った。

「おかしいよ、こんなの。オレたち男同士なのに……」
 ミハイルのやつ。
 恥が上回ったのか。
 でも、俺の欲求は満たされていない。
 まだまだ、触りまくりたいのに!

「おかしくない! まだ一の汚れは落ちていないぞ、ミハイル!」
 すまん、一。
「でも……オレさ、今日……」
「今日がなんだ?」

 次の瞬間、顔からパーカーを離して、振り返る。
 思った通り、真っ赤な顔で、俺をじっと見つめた。
 エメラルドグリーンの瞳は涙で潤んでいる。

「オ、オレ……今日はまだお風呂入ってないの!」
「はぁ?」
「だから、汚いし。汗臭いかもしれないの!」
「ミハイル? なにを言って……」
 と言いかけている最中で、彼は俺に背中を向ける。
 個室の鍵を開けて、扉を勢い良く開いた。

「悪いけど、汚れは手洗い場でしっかり落として! あと、ついでにアルコールで消毒してね!」

 そう叫ぶと、振り返ることもなく、走り去ってしまった。
 一人、個室に残された俺は、放心状態に陥ってしまう。

「さ、さ、触れなかった……ミハイルの尻」

  ※

「クソがーーーッ!」

 小便臭いトイレのタイル目掛けて、拳を叩きつける。何度も何度も……。
 汚いと分かっていても、俺の憤りをどこかにぶつけないと自分を保てないからだ。

 触りたかった、もっと……。
 いや、初めてが“後ろ”からでも、経験しておくべきだった。
 でも……後悔しても遅いんだ。
 ミハイルに拒絶されたから。

 ていうか、お風呂に入ってたら、させてくれたの?

 汚い便所の床で4つん這いになっていると、誰かがトイレの中に入ってきた。

「お、タクオ。こんな所にいたのか。急にミハイルといなくなるから、心配したぜ」
 
 誰かと思えば、リキだ。
 普段の俺なら彼の心遣いに、礼を言うところだが……。

「うるせぇ! 全部、てめぇのせいだ! 老け顔のクソハゲ野郎!」
「え、酷くね? 俺が何かしたか……」
「したわ! おめぇのせいで、初体験が台無しだよ!」
「タクオ……良く分かんないけど。謝るよ、ごめんって」
「一生、許すか! このハゲが!」

 リキは何も悪くないのに、当たってしまった……。
 でも、股間が暴走して、興奮が治まらないんだ。

「ぐ、ぐすん……」
「もう泣くなよ。タクオ、何があったか知らないけどよ。さっきミハイルと一緒だったから、ケンカでもしたんだろ?」
 と優しく肩に触れるリキ先輩。
 ケンカではないが……ミハイルとの性交渉が不成立になったので。
 痴話げんかというべきか?

 いやいや、違う。
 俺たちはまだ”そういう”関係じゃない。

「泣いてないもん……」
「いや、さっきからボロボロ涙が出ているじゃねーか。ほら、ハンカチ貸してやっから」
「あ、ありがと」
 なんか、リキって見た目と反して、意外と優しいから、モテるのかも。男にだけ。
 彼から借りたハンカチで、涙を拭う。

「まあ、ミハイルとのケンカは俺が間に入ってやるから。元気出せよ」
「いや……それは」
 尻を触る、触らないで揉めたとは、言えないからな。
「良いってことよ。マブダチのケツぐらい、俺が拭いてやっからさ!」

 と満面の笑顔で親指を立てる。
 まあ、リキのことだから、特に意味はないと思うのだが。
 なんか、仲直りと称して。ミハイルが俺の尻を攻めて……。
 濡れたケツを綺麗に拭き上げるという表現に感じる。

  ※

 涙も枯れた頃、リキと一緒に高校の事務所まで向かうことにした。
 ミハイルとの仲直りに協力してくれるそうだ。
 正直、今あいつと合わせる顔がない。
 トイレとは言え、必死に個室で尻を突き出してくれたのに。
 俺はビクついて、なにも出来なかった。

 理由はどうあれ、恥をかかせてしまった……気がする。

 3階から降りて、2階の右奥へ向かう。
 事務所の扉にノックしようとした瞬間。
 何やら下から叫び声が聞こえてくる。

「おまえだろ! タクトに、お、お尻を触らせた……イケない奴は!?」

 階段の下を見下ろすと、1階の玄関でミハイルが誰かに怒鳴っている。
 こちらからでは、相手の顔は確認できないが。
 エナメル素材のレオタードを身に纏った卑猥な……男。
 その証拠に、股間がふっくらしている。

「そ、そんな……僕と新宮さんは、ただの仕事仲間で」
「はぁ!? おまえみたいなエッチな奴とタクトが、ダチになるもんか!」

 ヒートアップする彼を見て、俺とリキは互いの顔を見つめると、黙って頷く。
 急いで、ミハイルを止めに入るためだ。

 階段を駆け下りて、俺がミハイルを後ろから羽交い締めにする。

「やめろ! ミハイル!」
「放せ! た、タクトをエッチな目にさせたこいつが悪いんだ!」
 と目の前のサキュバスくんを指差す。
「ぼ、僕はそんな……気持ちではコスしていません!」
 そう言うと涙を浮かべて、リキの背中に隠れる。
 博多社の受付男子。住吉 一だ。
 なぜ、こいつがうちの高校に?

「嘘だ! タクトはアンナにしか、エッチな目にならない奴だぞ! おまえがそんなエッチな服を着るのが悪いんだ!」
 エッチ、エッチって連呼するのをやめませんか。
 なんだか、俺が色摩みたいじゃん。
「酷い! これは立派なコスです!」
 とか、一も反論しているが、ちゃんとリキの背中にピッタリと身体をくっつけている。

 話の内容が全然理解できていないリキが、キョトンとした顔で俺に言う。

「なぁ、さっきから何の話で、ケンカしているんだ?」
「お、俺にも分からん……」

  ※

 とりあえず、興奮しているミハイルを落ち着かせるため、一旦その場から離れるように説得した。
 渋々、彼もその提案に応じてくれた。

 リキに一を任せて、俺は玄関近くの下駄箱で、説明を始める。

 彼……住吉 一は、俺を男として見ていないこと。
 そして、何よりもマブダチであるリキに惚れていることも……。
 だからと言って、俺が彼の尻を触ったことは説明になっていないのだが。

 しかし、その話を聞いたミハイルは、急に顔色が明るくなる。

「それって、ホントなの!? タクト!」
「え?」
「あのエッチな奴が、リキを好きだってことだよ☆」
 急に瞳の色がキラキラし出したよ。
「一がリキのことを? ああ、かなり好きみたいだぞ」
「おもしろ~い☆」

 小さな胸の前で、両手で拳を作る。
 どうやら、一の恋バナが気に入ったようだ。

「おもしろいって……ミハイル。リキはほのかが好きなんだぞ? 一の恋心はどうなるんだ。永遠に叶うことのない恋愛だ。かわいそうだろ?」
「全然っ☆ むしろ、最高な展開だよ☆ どうせだから、一ってやつもリキにくっつけてやろうよ☆」
「……ミハイル。ちゃんと話を聞いていたのか?」
「うん、聞いていたよ☆ とりあえず、タクトに近づく奴らは全員、他の人間にくっつけた方が楽しいもん☆」

 いや、怖いよ。
 この人、マジでサイコパスじゃん。

 一がリキに好意を寄せていると知ったミハイルは、態度を一変させ、ニコニコと笑っている。
 少し離れた場所……。玄関でリキと話す一を見て、何か思いついたようだ。手の平をポンと叩く。

「そうだ! タクトの手についた汚れは、落とせないけど……。一のお尻なら、落とせるよね☆」
 と瞳をキラキラと輝かせる。
 こういう時は、大体変なことをやらせるつもりだ。

「一の尻? なんのことだ?」
「だから、汚れだよ☆ タクトが手で触ったのなら、汚れがついてるじゃん。ちゃんと落とさないとね☆」
「……」

 それって、俺が汚物ってことかよ。
 酷いな、ミハイルくんたら。

  ※

 玄関に戻ると、すぐにミハイルは頭を下げて、一に謝る。

「ごめん。オレ、勘違いしてみたい」
 急に謝られたから、一も動揺していた。
「え、えぇ!? いえ、僕は別に……新宮さんのことでしたら、何とも思っていませんから。いつも空気みたいな存在だと思ってます」
「ハハハッ。だよな☆」

 おい、こいつら。
 なに俺のことを、ディスりやがっているんだ?
 空気だと……一の奴。今度、博多社で会ったら、覚えてろよ。
 ケツだじゃ、済ませねぇからな。

「ところでさ。一のお尻に、まだ汚れがついてるよね? ちゃんと落とした方が良いよ。タクトの手はべったりとして、汚いから☆」
 だから、何で俺だけ汚物扱いになってんの?
「え? 汚れ?」
 一は彼の言うことが理解できないようで、首を傾げている。
「ちょうど、オレのダチがいるからさ。そいつに落としてもらおうよ☆」
「はぁ……」

 ミハイルはリキの傍に近寄ると、背伸びして耳打ちを始める。
「こうして、あーやってね……」
「え? それで、俺が一のを触ればいいのか?」
「そうそう☆」
「ふ~ん。ま、いいぜ」

 この時、俺は彼らの行動を止めるべきだったと、のちに後悔することとなる。

 ~10分後~

「くっ、んあっ! いぃっ……」
「どうだ? 落ちたか?」
「あぁっ! だ、ダメですぅ! そ、そんな……」

 一体、何を見せられているんだ? 俺は……。
 サキュバスのコスプレをした少年が、スキンヘッドの老け顔に、尻を撫で回される。
 
 リキ自体はやましい気持ちなんて無いから、善意でやっているに過ぎない。
 全ては俺の隣りで、ニヤニヤ笑っているミハイルが計画したものだ。

「ハハハッ☆ 一のやつ、嬉しそうだな」
「……」

 確かに想いを寄せているリキが、優しく尻を触ってくれるから、悦んでいるようだが。

「だ、ダメですぅ! 僕とリキ様はまだ出会って2回目だと言うのに……こんなっ、んぐっ!」
 一の息遣いは徐々に荒くなり、頬を紅潮させ、瞳はとろ~んとしている。
 時折、身体をビクッと震わせて。
「別に良いだろ? 一がタクオのダチなら、俺のダチだよ。気にすんな。ところで、尻の汚れ……痛みは良くなったか? 今、どんな感じだ?」
「ハァハァ……心臓がバクバクして、今にも飛び出そうですぅ!」
「そりゃ、良くないな……。なんでそうなるんだろな?」

 お前が尻を撫で回して、感じさせているからだよ! とは言えないな。
 結果的にとはいえ、一の願望を叶えているし……俺は傍観者でいよう。

 2人の会話を聞いてたミハイルが、更なる追い打ちをかける。

「ねぇ、リキ。一はお胸が痛むんだよ。だから、お尻を触りながら、お胸も触ってあげてよ☆」
「えぇ……」
 一体、ナニをさせる気だ。この人……。

 それを聞いたリキは、「わかった」と答える。
 平然とした顔で。

 ~更に10分後~

「あああっ! そ、そんなっ! 上からも下からもだなんて……リキ様っ!」
「辛そうだな……。もっと触ってやるぜ。早く良くなるといいな」

 異様な光景だった。
 左手で一の胸を、右手で尻を……。円を描くように優しく撫で回すリキ。

 触っている最中、どうやらリキの指が“クリーンヒット”したようで、一が叫び声をあげる。

「あぁっ! そこは……ダメッ!」
「ここが悪いのか? じゃあ、もっとやってみるな」
「もう、僕……壊れちゃいそうっ!」

 高校の玄関で、俺たちは一体なにをやっているんだろうな。

  ※

 散々、身体を弄ばれた一は、床に腰を下ろす。
 息遣いはまだ激しく、横座りでうっとりとした顔だ。

「リキ様。ありがとうございました……すごく良かったです」
「そうなのか? なんか良く分からないけど、治ったなら安心したぜ!」
 とニカッと白い歯を見せて、親指を立てるリキ先輩。
「ハァハァ……あの、お手洗いは近くにありますか?」
「この廊下の奥にあるぜ」
「わかりました……ちょっと、お借りさせていただきます。コスが汚れてないか、確認を……」

 えぇっ……ウソでしょ?
 汚れを落とすはずが、コスのどこかが汚れたの?
 サキュバスが搾取出来ず、逆に搾り取られたとか……まさかね。
 
 一は、廊下の壁にもたれ掛かりながら、よろよろと奥へと進んでいった。

 
「アハハ! 面白かった☆」
「……」
 ホントに酷いよ。この人。
 人間で遊んでるじゃん。

 とミハイルの言動にドン引きしていると……。
 背後から、視線を感じた。
 振り返ってみると、階段の上。2階からスマホをこちらに向ける少女が一人。
 腐女子のほのかだ。

 鼻から真っ赤な血を垂らしながら、眼鏡を光らせている。
 どうやら、今まで起きた出来事を録画していたようだ。

「ヒヒヒッ。こいつは最高の逸材だわ……リキくん×一くんか。これだから、創作はやめられないのよっ!」

 お前の創作とは、一緒にして欲しくない。