編集部から去る前に、白金へ1つの紙袋を手渡す。
 以前、赤坂 ひなたの自宅にお泊りした際。パパさんからお土産として、渡された福沢諭吉さん達だ。
 一人100万円として……俺と妹のかなで。それに母さんの分も。
 つまり、合計で300万円の大金だ。
 白金に相談したら「今度編集部に持って来い」と言われたから、ちゃんと自宅から持ってきた。
 一枚も手は出していない。怖いから。

 札束の入った紙袋を確認すると、白金は口からよだれを垂らしていた。
「うひひひ。これで憧れのドンペリが飲めるぞぉ」
 聞き捨てならなかった。
「おい。経費に使うんだろ?」
 俺がそう指摘すると、白金は慌てて口元を指で拭う。
「あ、当たり前じゃないですかぁ~ 嫌だなぁ。勘違いしないでくださいよ。ドンと経費に使用して、ペリっと作品に還元するって意味ですから♪」
「……」
 信じられない。
 俺が疑いの目をかけていると、額に汗を滲ませた白金が、追い出すように両手で身体を押してきた。
「さ、DOセンセイは早くアンナちゃんのプレゼントを買いに行かないと! もう12月も近いから、さっさと買わないと売り切れますよ!」

 なんだかアンナを使って、逃げようとしているように感じる……。

  ※

 エレベーターがチンと音を立てて、一階へ着いたことを知らせる。
 ロビーにある受付には、未だに卑猥なバニースーツを纏った住吉 一が座っていた。
 俺に気がついた彼が、わざわざカウンターから出てきて、頭を下げる。

「お、お疲れ様です! リ……なんだ。新宮さんか」
 相手が俺と分かった瞬間、あからさまに嫌そうな顔で肩を落とす。
「俺だと何か都合が悪いのか?」
 ムカついたから、ちょっと脅しをきかせてやる。
「ひっ、いえ。そういう意味ではないですぅ!」
 脅えた顔をして、両手をブンブンと左右に振る。
 目にはたくさんの涙を浮かべていた。
 よしよし。こいつはこれぐらい、オドオドした方が良いんだよ。

「ところで、リキはもう帰ったか?」
「いえ。どうやら、リキ様はBL編集部ですごく人気らしく。なかなか帰して、もらえないそうです」
 うわっ……しんどそうな取材協力だな。
 何十人もの腐女子相手にネタを披露するとか。
 たぶんリアルな体験談だから、全員前のめりで鼻息荒くしてんだろ。
 ペンタブ片手に……。

「そうか……なら、あとでリキに会えたら、伝えておいてくれないか? 『先に帰る』って」
 俺がそう言うと、一は目の色を変えて、ずいっと身を寄せる。
「もちろんです! 僕が必ず新宮さんのお言葉を、リキ様に伝えさせて頂きます!」
 と小さく両手で拳を作って見せる。
 随分と気合が入っているな。
 この温度差に、俺はドン引きなのだが。
「おお……頼むぞ。じゃあ、帰るわ」
 そう言って、背中を向けた瞬間。襟元を強く引っ張られ、首が絞められる。
「グヘッ!」
 俺の首を絞めた犯人は、弱弱しい声で謝る。
「ご、ごめんなさい……まだ新宮さんにお聞きしたいことがあって」
 そう言って、手の力を緩めてくれた。
「かはっ! 一。お前……結構、力あるんだな」
「あ、僕。中学の時、レスリング部だったので……」
 それって、ガチムチの淫乱部活動じゃないよね?

  ※

 一の聞きたい事というのは、リキについてだった。
 どうやら、一目惚れしたそうで、彼のことが気になって仕方ないそうな。
 直接、本人に色々と聞きたいが、恥ずかしくて出来ない。
 でも今日を逃したら、二度と会えない……ような気がするらしい。

「あの……リキ様は年下の僕でも、チャンス。あると思いますか?」
 なんて、頬を赤くして瞳を潤わせる。
「年下って……。あいつ、俺と同じタメ年で、まだ18才だぞ」
 それを聞いた一は、当然驚く。
「えぇ? そんな若い方だったんですね……50才ぐらいに見えました」
 シンプルに酷い。
 まあ、俺も初めて見た時は、かなり年上に感じたが。


「で、他に聞きたいことは?」
「リキ様は、カノジョさんとか……いますか?」
 返答に困った。
 付き合っている女はいないが、リキは絶賛腐女子に片想い中だからな。
 そのために、今日もわざわざBL編集部へ来たし。
 ていうか、一はガチで“そっち”なのか?
 まだ16才だし、一過性の気持ちかもしれん。

 俺が黙って考えこんでいると、一がシクシクと泣き出した。
「そう、ですよね……あんな素敵な方なら、お付き合いしている女性が何人もいますよね」
「い、いや。それはないぞ。あいつはヤンキーだが、浮気なんてするタイプじゃない。一人の人間しか愛せないやつだ。マブダチの俺が保証するぞ」
 相手はゴリゴリの腐女子だけど。
「本当ですか? なら、僕にもチャンスはありますか!?」
「えぇ……」

 全くもって、面倒くさい展開になってしまった。
 まあ、リキはほのか一筋だから、間違いなんて起こらないだろう。
 しかし、失恋した一が、この受付を辞められるのも困る。
 とりあえず、嘘はつかず、正直にリキは今、意中の女性がいるとだけ、伝えておいた。

 それを聞いた一が、また女々しく涙を流す。
「リキ様が好きになった女性……きっと美しくて、素晴らしい御方なんでしょうね」
 そこだけはちゃんと否定しておく。
 ほのかは、そんな出来た人間でもないし、美しい女性でもない……。
「それはない! 変態女先生という腐女子で百合族だ。ここにも、たまに来ているはずだ」
「あ……聞いたことがある作家さんです。何回かお会いしたことがあります。あの人、いつも僕に優しく話しかけてくれる……良い人ですよね」
「え、それは……」

 きっと一のことを脳内で、卑猥に素材として絡めるために、目に焼きつけている……。とは言えなかった。
 一応、恋敵? だからね。