白金の提案で、4巻はマリアの話を書くことになった。
それを「二週間以内に10万字で仕上げて来い」と、鬼のような業務命令が下される。
仕方ないから、書くけど。
ていうか、アイドルのヒロイン。長浜 あすかちゃんが、忘れ去られているような……。
打ち合わせも無事に終わったので、今度は俺の相談をすることにした。
「なあ、白金。まだ時間あるか?」
「え? ちょっとなら、良いですけど」
「その……実は女物のプレゼントを考えているんだが、初めてでどうしたら良いのか、分からないんだ」
俺がそう言うと、白金が口角を上げる。
「ほほう。誰にあげるんですか? ヒロインの名前は?」
「あ、アンナだ……」
「なるほどぉ~ もうそこまで、進展しているんですね。お二人は……。やはりメインヒロインですな」
「いや、そう言うのじゃないんだ。ただのお返し。以前、俺が誕生日プレゼントを貰ったから……来月、アンナの誕生日でな」
「へぇ。でも、それって返す必要性あります?」
「あるだろ。礼儀じゃないか」
「そうですかね? 赤の他人に返す必要はないでしょ。私が感じるに、DOセンセイの中で、アンナちゃんの存在が大きくなっているんじゃないですか」
「くっ……」
何も言い返せないことに、腹が立つ。
「ま、それはさておき。プレゼントですが、正直な話……。何でも良いですよ。気持ちさえ、こもっていれば♪」
とウインクしてみせるアラサーの独身女。
「そうか。なら、指輪でも良いんだな?」
俺がそう言った途端、急に白金の表情が硬くなる。
「今、なんて言いました?」
「え。指輪だよ。リング」
「……」
俯いて、肩をブルブルと震わせる白金。
「おい、どうしたんだ?」
俺が白金の肩を掴むと、急に顔を上げて、眉間に皺を寄せた。
鋭い目つきでこちらを睨みつけ、歯を食いしばる。
「こ、こ、こんのぉ……アホぉぉぉぉぉ!」
白金のキンキン声が編集部に響き渡り、窓のガラスが震える。
思わず、両手で耳を塞ぐ。
「きゅ、急になんだ!? やかましい……」
俺のことは無視して、それからは怒涛のお説教タイムが始まる。
「このクソウンコ作家! そんなんだから、童貞なんですよ!」
「は? 童貞は関係ないだろ……」
「いいですか! 指輪っていうのは、女の子にとって……ほんっとうに大事なモノなんです! それこそ、男性から指輪を貰うっていうイベントは、結婚のプロポーズみたいなもんです! DOセンセイは、誕生日にアンナちゃんへ愛の告白をするつもりなんですか!?」
机を手の平でバンッと力強く叩き、身を乗り出す白金。
俺も白金の迫力に気圧される。
「け、結婚……? そんなこと、考えてないさ。ただの誕生日プレゼント。お返し、だろ?」
そう答えると、「はぁ……」と深いため息をつかれ、ダメだこいつみたいな顔で呆れられた。
「誕生日のお祝いやお返しに、リングは重すぎます! まだ付き合ってもないんでしょ? じゃあ、まだまだそんなプレゼントをしたら、ダメです。なんで、そういう選び方になったんですか? 童貞なのが、悪いんでしょうね」
人のことを何度も何度も、童貞ばっか言いやがって。
「いや、俺も散々、迷ったよ……。それで家に妹がいて、相談したら『リングがいいですわ』みたいなアドバイスをもらって……」
「妹さんはまだ中学生でしょ? だから、あんまり分かってないんですよ。前言撤回にさせてください。アンナちゃんへのプレゼントですが、アクセサリーにしても、ネックレスやピアス、ブレスレットぐらいにしてください!」
「はぁ……」
俺と白金との間に、物凄い温度差を感じてしまう。
なぜ、こんなにも怒っているのだろうか?
俺はその疑問を、この目の前に座っているアラサー女にぶつけてみた。
「なあ。そんなに指輪って大事なもんなのか? 女にとっては」
「当たり前ですよ! もし、私が男の人から、指輪を出されたら、『は!? 今からプロポーズ受けるんだわ』『苗字が変わる! 名刺どうしよう』『相手の両親に嫌われたら』『私、肉じゃがとか作れないけど』と一気に、想像が爆発してしまいますね」
情報量が多過ぎる。
というか、こいつの願望だろ。
「そう……なのか。女にとって、指輪というものは、それぐらい大事なイベントってことか」
「やっと分かってくれましたか……。まあDOセンセイは、童貞だから知らなくても、仕方ないですもんね。今日、私に相談しておいて良かったですよ。女の子のアンナちゃんを失望させるところでした♪」
ん? ところで、1つ引っ掛かることがある。
それは、アンナが男だってことだ。
男が男に指輪をプレゼントするのならば、結婚という考えは無くなるのか?
とりあえず、危険性が高いものはやめておこう。
帰りにアクセサリーショップにでも、寄ってみるか。