気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 文字通り、暴力で痴漢を撃退したマリア。
 しつこく口説かれた事よりも、自分が敵視しているアンナと間違えられたことが一番、腹が立ったようだ。

 映画館から出ても、何度も舌打ちを繰り返し、苛立ちを隠せずにいた。

「チッ。あの痴漢。もっと殴っておけば良かったわ」
 まだ殴りたいのか……。
「あ、あの……マリア? ちょっと気分転換でもしないか。久しぶりのカナルシティだろ。どこか行きたい店はないか?」
 俺がそう提案を持ちかけると、彼女の表情が少し柔らかくなる。
「え? 行きたいお店? そうね……なら、最近オープンしたっていうショップへ行ってみたいわね」
「よし。そこへ行ってみるか」


 彼女が言う店は、地下一階にあるらしい。
 俺たちはエスカレーターを使って、一番下まで降りていく。

 色んなテナントがたくさん出店している階だ。
 博多土産、期間限定のスイーツショップ、雑貨、アクセサリーショップ。
 その中でも、一際目立つ場所で、マリアは足を止めた。

『デブリがいっぱい! でんぐり共和国。カナルシティ店』

 可愛らしい、スタジオデブリのキャラクターが飾られている。
 ドドロやボニョなど。

「うわぁ、どれもカワイイわねぇ~」
 と碧い瞳をキラキラと輝かせるマリア。
「……」
 俺は彼女の横顔をじっと見つめて、考えこむ。

 マリアって、こういうの好きだったか?
 なんていうか、小説とか、映画。あとは食事の話しか、しないから。
 彼女の趣味とか、よく知らないが……。
 デブリっていうと、どうしてもミハイルのイメージが強く、重ねてしまう。

 俺の視線に気がついたマリアが、眉をひそめる。

「な、なによ? そんなに見つめて……私の顔に、変なものでもついているの?」
「いや……そういう訳じゃないが。お前って、デブリとか好きだっか? なんていうか、もっとお堅い趣味っていうイメージだったんだが……」
「は、はぁ!? わ、私だって、デブリぐらい好きよ! なに? またブリブリアンナと似ているとでも言いたいの!?」
 なんか必死に、言い訳しているように見える。
「別に人の趣味だから、良いんだけどな。10年前はこういうの好きじゃないって、言っていたような……」
「じゅ、10年前と比較しないでくれる!? 私も成長したって言ったじゃない!」
「すまん……」

 うーむ。マリアって俺が思っている以上に、女の子らしく成長したってことかな。
 丸くなっちゃったのか……。
 どんどん、容姿だけじゃなく、中身までアンナに近づいている気がする。

  ※

 その後も、彼女が選ぶ店は、どれも可愛らしいものばかり。
 女の子に大人気のキャラクター、『ザンリオ』の公式ショップに入ると。
 期間限定で販売しているという、ピンク色のボアイヤーマフを手に取り、声を上げて喜ぶ。

「うわぁ~ “マイミロディ”のマフだぁ。可愛いわね。買おうかしら。あ、隣りには“グロミ”ちゃんのもある~」

 マイミロディのイヤーマフだが、ピンクのもふもふ生地で、フリルとリボンがふんだんに使われたデザインだ。
 人気商品なようで、近くにいた若い女性も手に取り、どちらを買うか悩んでいた。
 ちなみに、その客のファッションだが、誰かさんに似ている。
 そう、我らがメインヒロインのアンナちゃんだ。
 
 マリアが迷っているもう1つのキャラクター、グロミちゃんも色は黒だが、デザインはやはり大きなリボンとフリルが、かなり目立つ。

 これを買うのか……あのマリアが?
 しかも、イヤーマフってことは、頭につけるんだろう。
 想像できない。

 散々、迷った挙句。
「やっぱり、2つとも買いましょ。迷った時は、両方よね」
「マジで買うのか……お前」
 俺は余りのギャップに呆れていた。
「な、なによ! 私がこういうの買ったら、ダメっていうの?」
「いや……これ、買ってどうするんだ」
 俺がそう言うと、彼女は堂々と胸を張ってこう答える。

「はぁ? 使い方を知らないの? 頭につけるのよ、こうやって!」
 
 わざわざ頭につけて、俺に説明してくれる神対応。
 ていうか……確かに似合っている。
 そりゃ、あのアンナに瓜二つなんだから、似合わないわけ無いよな。

「可愛い……」

 気がつくと、口からその言葉が漏れていた。
 それを聞き逃さないマリアじゃない。

 頬を赤くして、そっとイヤーマフを頭から外す。

「あ、ありがと……買ってくるわね」
「おう……」

 なんか、今の俺って、ときめいてないか?
 うう……相手が可愛かったら、誰でもイケちゃうタイプなのかな。

 空が夕陽でオレンジ色に染まり出した頃。
 マリアと言えば、久しぶりのカナルシティでたくさんの買い物を楽しんでいた。
 主に、雑貨が多い。
 可愛らしいアクセサリーや色んなキャラクターの公式ショップで購入したグッズ。
 夢の国で有名なネッキーとネニーが、プリントされたグラスセット。

 本当に女の子らしい物ばかりを好むようになったらしい。
 頭の回転が早く、活字が大好きな文学少女のマリアはどこに行ったのやら……。
 俺が思っていた以上に、10年間という時は、人をここまで変えてしまうのだろうか。

 大きな紙袋を4つも抱えて、満足そうに笑うマリア。

「今日はありがとね、タクト。買い物に付き合ってくれて」
「いや、別にこれぐらい訳ないさ。それより、俺の方こそ、映画のチケットありがとな。無料で見られて、助かったよ」
「え、映画? ああ……あのことね。別にいいわよ。それより、まだ時間ある?」
 そう言われて、スマホの画面を確認する。
 
 見れば、時刻は『17:31』だ。
 男の俺からすれば、まだ全然遊べる時間だが……女子であるマリアは別だ。
 両親も心配するだろう。

「少しなら、いいぞ」
 俺がそう答えると、彼女は嬉しそうに微笑む。
「じゃあ……思い出として。最後にあそこへ行きたいわ」
 マリアが指をさした方向は……。
 カナルシティの屋外にある1つの川だ。
 何かと因縁がまとわりついている、博多川。
 嫌な予感しか、ない。
 だが断れば……それもそれで、後が怖い。
 俺は渋々、その案を呑んだ。

  ※

 例の如く、博多川の前に設置されているベンチに二人して腰かける。
 もう説明する必要もないと思うが、川の反対側には、ズラーッとラブホテルが大量に並んでいる。
 10年前よりも、ホテルは更に増えたような気がする。
 河川の周りにはチラホラと、屋台が夜に備えて、料理の下準備を始め出していた。

 俺たち以外のカップルは、なぜか暗がりで静かに笑っていた。
 時折、顔と顔を近づけて接吻……とまではいかないが、互いの鼻を擦りつけ合う。

「ダ~メ、まだだってば」
「いいじゃん。どうせ、行くんだし」
「ヤダ。ちゃんと部屋に入ってからだよぉ」
「満室だから、ここで待機してんじゃん。もう良いじゃん」
「も~う」

 クソがっ!
 生々しいんじゃ、コラッ!
 一刻も早く、ここから立ち去って空室を探して来い。

 俺が辺りのリア充どもへ、殺意を込めて睨んでいると……。
 普段、強気なマリアが、辺りの雰囲気に気圧されたのか、頬を赤くして俯いてしまう。

「大丈夫か、マリア? この川はカップルが御用達だからな。喫茶店にでも場所を変えるか」
「ううん……ここで良い。と言うよりも、この川の前じゃなきゃ、ダメなの」
「どういうことだ?」
「実はタクトに相談があって……聞いてくれるかしら?」
「おお……」

 マリアは小さな胸の前で、両手を合わせて祈るように、空を眺める。
 そして深い深呼吸をした後、俺に視線を合わせて、こう呟いた。

「タクトにしか頼めないことなの……。わ、私の胸を触って欲しいの」
 俺は耳を疑う。
「え?」
「あなたの両手で、私の胸を触って……いや、しっかりと揉んで確かめて欲しいのよ」
「……」

 頭が真っ白になってしまった。
 一体、このヒロインはなにを言い出したのだろうか……と。
 心臓の手術が終わったと思ったら、今度は頭の病気か?

「マ、マリア……。意味が分からない。どうして、俺がお前の胸を揉む……いや、触ることに繋がるんだ?」
「私ね……乳がんの疑いがあるのよ。だから、婚約者であるタクトに直接触ってもらって、“しこり”がないか、確かめて欲しいのよ」

 彼女の目つきは至って、真剣だ。
 ウソをついているようには見えない。
 確かに、乳がんを医者よりも先に発見するのは、パートナーだと噂は聞くが……。
 だからといって、何故俺が揉むんだ?

「いや……検査したら、どうだ? 普通に」
「絶対にイヤよ! 医者とは言え、他の男に乳房を見せて、触られるだなんて!」
「しかしだな……俺は素人だ。疑いがあるなら、尚更のこと、プロの医師に……」
 と言いかけたところで、マリアが大きな声で叫ぶ。
「イヤッ! じゃあ……こうしましょ。医者へ見せる前に、タクトが触診してくれる? それなら、まだ納得できるわ」
「えぇ……」
 
 言い方を変えただけで、俺が胸を揉むのは変わらないじゃん。
 マジでどうしちゃったの? マリアちゃんたら……。

 結局、マリアの命がかかっているということで、お胸を触診することに……。
 彼女と言えば、ベンチに座って、身体を俺へと向ける。
 両手は膝の上に置いて、姿勢をピンと真っすぐ伸ばしていた。
 そうすることで、改めてマリアの小さな胸が強調される。

 思わず、生唾を飲み込む。
 合意の元とはいえ、両手でパイ揉みとは、初めての経験だからな。

「じゃあ、いくぞ……」
「うん」

 この時ばかりは、マリアも視線を地面に落とし、頬を赤くする。
 
 ゆっくりと、両手を彼女の胸元へと近づける。
 大きな白いリボンが邪魔だったから、手で払い、そして低い2つの山へ到着。
 お山のふもとから、てっぺんまで優しく押し込む。
 いや、感触を楽しんでいるに過ぎないのだが……。

「あんっ……」

 甲高い声で反応するマリア。
 妙に色っぽい。
 そりゃ、そうだよな。
 ラブホの前で、触診とはいえ、めっちゃ揉んでいるのだから。

 だが、俺は至って冷静だった。
 それは乳がんという、疑いがあるから……ではなく。
 違和感を感じていたからだ。

「んんっ!?」

 思わず、声が出てしまうほど。
 “変化”に驚きを隠せない。

 それもそのはず、秋ごろに帰国したマリアの胸を事故とはいえ、ダイレクトに揉みまくった時とは、大きな違いがあったからだ。
 無い物がある……。
 以前の彼女は、付けていなかったはずだ。
 ブラジャーを。

 ノーブラで柔らかい胸を揉み揉みさせて頂いたから、あの気持ち良さはしっかりと覚えている。
 しかし、この感触は……。

 硬すぎる。ブラジャーをしていても、肉感が皆無だ。
 下着のワイヤーもあるだろうが、それよりも全体的にカチカチ。
 パッドで少し膨らみはあるけど……無いに等しい。
 これは女性の胸ではない。


「お、お前! 本当にマリアか!?」

 驚いた俺は、咄嗟に胸から手を離そうとしたが、両腕を掴まれて動けない。
 視線を上にあげると、ニッコリと優しく微笑んでいる彼女の姿が。

「やっと、汚れが落ちたね☆」
 喋り方が急に変わった。
「え? ま、まさか……」
「バァ! アンナだよ☆」
「うそでしょ……どこから?」
 
  ※

 俺の脳内は大パニックを起こしていた。
 一体、いつから、アンナだったんだ?

 確かに最初、電話で取材を申し込んできたのは、間違いなく女のマリアだった。
 喋り方も何1つ違和感のない自然な彼女のまま。
 あの強気で上から目線なマリアを演技だけで、今まで騙していたというのか……。
 信じられん。

 仮に演じていたとしても、中身はおバカなミハイルだ。
 頭の良い帰国子女、マリアをあそこまで完コピできるか?


「な、なぁ……今日の取材って、俺はアンナとデートしていたのか?」
「そうだよ☆ 最初からね」
「えぇ……」

 血の気が引き、脇から汗が滲み出るのを感じた。
 怖い。どこまでやるんだ、この人。
 頭が痛くて寝込んでいたんじゃないのか?

 両手で頭を抱え、考え込む俺を無視して、アンナは嬉しそうに微笑む。

「タッくん。マリアちゃんなんて、最初からいなかったんだよ☆」
「え? それ、本当か……」
「うんうん☆ 全部、アンナがやっていた偽りの女の子だよ☆ 見ててね」

 そう言うと、瞳に人差し指を当てて、何やら小さなレンズを取り外す。
 ブルーのコンタクトレンズだ。
 両方外せば、エメラルドグリーンの瞳がキラキラと輝き始める。

「慣れないカラコンだから、目がゴワゴワしちゃった☆」
「……」

 俺は一体、どうしちまったんだ……。
 彼女の言う通り、マリアという幼馴染は、この世には存在しない人物なのだろうか。
 それとも、催眠にでもかけられているのだろうか……分からない。

 困惑する俺とは対称的に、ずっと笑顔でこちらを見つめるアンナ。

「タッくんはアンナとじゃないと、取材にならないよ☆」
「はぁ……」

 放心状態で、彼女のグリーンアイズを見つめる。
 なんだか、瞳の奥へと吸い込まれそうだ……。
 もう、このままアンナと二人で、川を越えて、どこまでも。
 
 その時だった。
 背後から、叫び声が上がったのは。


「待ちなさい! タクト!」

 振り返ると、そこには身なりの汚い少女が一人立っていた。
 見覚えのある子だが、着ているワンピースがボロボロだ。
 襟もとは伸びてしまって、所々破れている。
 金色の美しい髪も、バサバサに乱れまくっていた。
 
 一歩、間違えれば、ホームレスかと思ってしまう。
 それぐらい汚い女の子だった。

 だが1つだけ、キレイな箇所と言えば、その瞳だ。
 宝石のような2つのブルーサファイアを輝かせて、こちらをじっと見つめている。
 いや、睨んでいるが正解か。

「お前……マリアか?」
「当たり前でしょ! そのブリブリ女が偽物よっ!」
 犯人はお前だ的な感じで、人差し指を隣りの少女に突き刺す。
「えぇ、なにこの子。怖~い!」
 そう言って、俺の背中に隠れるアンナちゃん。

 当然、マリアは小さな肩を震わせて、怒りを露わにする。
「あなたねぇ! 映画館のトイレで私を襲ったくせに、よくもまあ!」
 飛び掛かってきた彼女を、俺は必死に抑える。
「ちょ、ちょっと待て……マリア! 堪えてくれ!」
「なによ! タクト、このブリブリアンナの肩を持つ気? トイレで待ち伏せしていたような、狡猾な女よ!」

 えぇ……。
 もう犯罪とか、ストーカーってレベルじゃないよ。
 このあと、マリアを落ち着かせるのに、1時間はかかった。

  ※

 マリアから現在に至るまでの経緯を聞いて、俺は驚きを隠せずにいた。
 どうやら、彼女は映画館のトイレで待ち伏せていたアンナに襲われ。
 今まで、個室の中で荒縄により縛られ、閉じ込められていたらしい……。

 つまり痴漢を殴っていたマリアは、既にもうすり替わっていたということだ。
 あれは、正真正銘、女装したアンナが演じていた事に、開いた口が塞がらない。

 ファッションもマリアに似せて、コーディネートしている。
 まだ1回しか、会ったことがないのに、よくもここまでトレースできたものだ。

 
「ねぇ、初めてまして……と言いたいところだけど。アンナ! あなた、こんなことをやっても良いと思っているの?」
 ドスの聞いた声で睨むマリアを目の前にしても、アンナは余裕たっぷりでニコニコと笑っている。
「え? なんのことかな☆」
 全然、悪びれる様子がない。
 ここまで来たら、サイコパスだ。

「あなたねぇ……私とタクトの大事なデートを、取材をなんだと思っているのよ!」
「アンナ、分かんないな。だって、タッくんの初めてを奪ったのは、マリアちゃんだったけ? そっちの方でしょ☆」
 そう言って、優しく笑いかける余裕っぷりが、更にマリアの怒りを助長させる。
「初めて……って一体なんのことよ! それを婚約者である私がタクトと経験することが、何が悪いの!?」
「悪いよ☆ だって、タッくんが優しいことを良いことに、胸を触らせたもん☆」
「なっ!? あなた……それを根に持って、ここまでの悪行を平気でやったと言うの?」

 異常なまでのアンナの『初めて』への執着心に絶句するマリア。
 だが、両者一歩も譲ることはない。
 怒りをむき出しにするマリアに対し、ニコニコと優しく微笑むアンナ。
 カオスな状況に、俺は沈黙を貫いた。
 怖すぎるからだ。

 この二人の間に俺が入れば、殺される……間違いなく。

 マリアは鼻息を荒くして、宿敵であるアンナへ激しく問い詰める。

「いい機会だから、ここでハッキリさせてあげる! 私はタクトの婚約者なの! あなたって、小説のために契約したビジネスパートナーみたいなものでしょ!?」
「違うよ☆ タッくんとは運命的な出会いをした契約関係だよ☆」

 なにそれ……その表現だと、俺がパパ活している親父みたいじゃん。

「運命的な出会い? じゃ、じゃあ……恋愛関係に発展する可能性があるってこと!?」
「どうだろね☆」

 マリアは僅かだが、動揺していた。
 対するアンナと言えば、俺の手を自身の胸で浄化させたという……自身の欲求が満たされた事によって、安心したようだ。
 終始、ニコニコ笑ってマリアに対応する余裕っぷり。

「な、なんなのよ! その、タクトの全てを知り尽くしたような態度は……。ま、まさか! あなた達って……」
 碧い瞳を大きく見開き、アンナの顔を指差して震え出す。
「ん? タッくんとアンナがどうしたの?」
「き……キ、キッスをした関係じゃないわよね!?」

 それまで黙って、見ていた俺だが、思わず空中へと大量の唾を吹き出す。

「ブフーーーッ!」

 だって、ついこの前、ミハイルモードとはいえ、ガッツリとファーストキスを交わしてしまったからだ。
 マリアの勘だろうが……的をしっかり射抜かれた気分だ。
 胸が痛む。そして、息苦しい。

 気がつくと、俺の人差し指は自身の唇を撫でていた。
 一瞬だったが、あの時の感触を思い出したから。
 頬は一気に熱を帯びて、燃え上がる。
 心臓を打つ音がドクッドクッとうるさい。

 ふと、隣りに立っていたアンナに目をやると……。
 同様の仕草を取っていた。
 顔を真っ赤にさせて、小さなピンク色の唇を細い指で触っている。
 俺と目が合った瞬間に、酷く動揺した様子で、目がぐるぐると泳いでしまう。

 お互い、思うことは一致していたいようだ。

 すぐにまた視線を逸らして、地面を見つめたが……。
 俺たちの不自然な態度を、見逃さないマリアではなかった。

「な、なによ! その反応は!? まさか、もうキッスをした関係だっていうの!? 付き合ってもないのに?」
 ド正論だった。
 すかさず、俺が弁明に入る。
「いや……あの時のは、事故で……」
 しどろもどろに言い訳するから、更に墓穴を掘ってしまう。
「事故でも、キスはキスよ!」
「そ、そうじゃないんだ……。アンナとじゃなくて……ダチとしたって、こと?」
 自分で説明していてるくせに、なぜか疑問形。
 もちろん、そんな話じゃ納得してくれないマリアさん。

「意味が分からないのだけど? 全く不快だわ、あなた達の関係性が。ハッキリしなさいよ! 聞いているの? アンナ!」
 ビシッと人差し指を突き付けられたが、当の本人は“キス”という言葉に動揺しており、余裕が一切なくなってしまった。
 顔を真っ赤にさせて、地面をじーっと見つめる。
 この恥ずかしがる態度は、ミハイルに近い。
「え……? な、なんだっけ? マリアちゃん……」
「あなたに聞いているのよ! タクトとの関係性! キスまでしておいて、付き合ってないってどういうこと!? 遊びなら、タクトと別れて!」
 泣きながら怒るマリア。
 よっぽど、ファーストキスを奪われたのが、悲しかったのだろう。
 相手は男だから、カウントしなくてもいいのに。

 アンナと言えば、ずっと上の空だ。
「はぁ……。マリアちゃんは、アンナに一体なにをして欲しいの?」
「あなたに気安く、名前を呼ばれたくないわ。そうね……関係をハッキリして欲しいのよ。恋愛関係を望んでいるわけでもないくせに。私の婚約者をたぶらかす淫乱ブリブリ女!」

 酷い言い様だ。
 だが、ここまで人格を攻撃されても、アンナはポカーンと小さな口を開いていた。
 頭の中がキッスでいっぱいだからだろう。

「うん……だから、なにをハッキリするの?」
「あぁ! 本当に腹の立つ女ね! じゃあ、言うわよ。あなたとタクトは、あそこに並ぶラブホテルへ行きたいかって事よ! それぐらい彼を愛してるかってこと!」

 言われて、また俺とアンナは視線を合わせて、黙り込む。
 何故なら“一度”だが、行ったことはある、からだ。
 コスプレパーティーをしただけだが……。

「「……」」

 謎の沈黙が続く。
 それを見たマリアの怒りは、頂点に達した。

「なによ……なんで黙るの……。まさか! あなた達! 付き合ってもないくせに、ラブホテルへ行ったとでも言うの!?」

「「……」」

 これ以上、墓穴を掘りたくなかったので、俺たちは何も答えることはせず、沈黙を選んだ。

「さっきから二人とも、なんで黙っているのよ! 本当にラブホテルへ行く関係だとでも言いたいわけ? 聞いているの、タクト!」
 アンナが黙っているせいで、怒りの矛先が俺に向けられた。
「いや……本当にそういう関係じゃないんだ。俺とアンナは小説のために、取材をするだけの仲であって……。つまり、ラブホテルは取材目的で行ったに過ぎない」
 間違いは言ってない。
 少しでも嘘を付けば、勘の良いマリアにはバレてしまうからな。
「ラブホテルに取材? それ、必要なことなの……。じゃあ、若い男女がそういうホテルへ入ったのに、何にもしなかったとでも言いたいの!?」
 それに対して、俺は即答する。真顔で。
「ああ。そういうことだ」
「なっ!?」
 俺の回答に驚きを隠せないマリア。

「信じてもらえないかもしれないが……。俺たちはホテルへ行ったが、何もしてない。これだけはハッキリ言わせてもらう」
「そ、そんな……健全な男女がラブホテルに入って、何もしない事なんてあるの!? あそこには大人の関係になりたくて、入る以外……使用する意味あるの!?」
「いや、それは一概には言えないんじゃないか、多分……」
 だって、ピンク系のサービスを受ける殿方もいるだろうし。
 経験が無いから知らんけど……。
「タクト! あなたはさっきから、そう言うけどね! この前は『ラブホテルへ行ったことない』って私にウソをついて……。それにあなたはなんで、ずっと股間が……え、エレクトしているのよ!」
「へ……?」

 マリアに指摘されて、俺は恐る恐る視線を股間に下ろす。
 すると、彼女の言うように、ガチンゴチンに硬くなってしまった息子くんが目に入る。
 膨らみ過ぎて、チャックが僅かに開いてしまうほど、元気になっていた……。

 そうか、マリアだと思っていた相手が、アンナだと知ったことにより、無意識のうちに興奮してしまったんだ。
 正面から、両手でパイ揉みをしたし、この前、ミハイルとはいえ、ファーストキスを交わした……。
 つまり、恋愛における『AからB』を一気に経験してしまったのか。
 大人の階段、昇っちゃったの? 男で……ないだろ。
 
 だが、身体はしっかりと反応している。
 全身の血流が全て、一か所に集い、パンパンに膨れ上がる。
 股間が沈静化することは、難しい。


「ま、マリア……これは、違くて……」
「ナニが違うのよ! 最低っ、そんなに私とデートをしたくなかったの? こんな屈辱は初めてよ……どうせ、今からそのアンナとキスでもして、この川を越えるつもりだったんでしょ!?」
 涙目で怒るマリア。
 ていうか、よくそこまで想像できたな……。
 誤解だって言うのに。

「ちょっと待ってくれ! そんな気はなくて……。おい、アンナもなにか言ってやってくれよ」
 隣りにいたアンナへ助けを求めるが、未だに彼女は黙りこくっていた。
 頬を赤くして、チラチラとある所を見つめる……。
 俺の股間だ。
「……」
 黙るなよ、否定してくれ。
 しかも、その反応。更に誤解を生むんじゃうよ。


「もう、いいわ! あなた達、本当に最低で卑猥よ! 不快で仕方ないのだけど!」
 ヤバい、更に火をつけちゃった……。
「マリア……本当に違うんだ、これは……」
 そう言って、彼女の元へ数歩を脚を進めると、「近寄らないで!」と怒鳴られた。
「さっきからエレクトしっぱなしのタクトに触られたくない!」
 あ、忘れていた。
 常時、卍解(ばんかい)している俺の股間を。

 顔をぐしゃぐしゃに歪ませ、碧い瞳は涙でいっぱい。
 冷静沈着な彼女が、こんなに感情的になるのは初めてだ。
 よっぽど、屈辱的な出来事だったらしい。


「も、もう……いい。私、今日は帰るっ!」

 そう言うと、マリアは俺たちに背を向けて、カナルシティの方向へと走り去ってしまう。
 
 良かったのだろうか、これで。
 実質、初めてのデートだったろうに。

 走り去っていくマリアの後ろ姿を見て、俺は胸が締め付けられる思いだった。
 もう追いかけても、間に合わないと思ったが……。

「マリア、待ってくれ! もう少し話を聞いてくれ!」

 声だけが虚しく、カナルシティに響き渡る。
 その時だった。俺の肩を優しく触れられたのは。
 振り返ると、ニッコリと微笑むアンナの姿が。

「タッくん。そっとしてあげた方がいいと思うな☆」
 どの口が言うんだ……。
「いや、しかしだな。マリアのやつ、泣いてたし……」
「ううん。タッくんは男の子だから分からないと思うけど。女の子ってこういう時は、ひとりでいたいって思うの」
 なんて、知ったよう口ぶりで語りやがる。
 お前は男だろがっ!

 結局、アンナに止められた俺は、可哀そうだがマリアは放っておくことにした。
 後日埋め合わせをすれば、どうにかなるだろうと……。


「ところで、タッくん☆」
「え?」
「アンナね。お昼から何も食べてないの……どこかで食べて帰ろうよ☆」
 この人は……他人のデートを奪っておいて、自分はガッツリ楽しむつもりか。
 深いため息をついたあと、俺はこう提案してみた。
 
「じゃあ……いつものラーメン屋、博多亭でどうだ?」
「うん☆ あのラーメン屋さん、大好き☆」

 エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせて、嬉しそうに笑うその顔を見ると、なんでか許しちゃうんだよなぁ。

  ※

 ラーメン屋までは、はかた駅前通りを歩くのだが。
 空も暗くなってきたので、かなり冷えてきた。
 タケちゃんのTシャツにジャケットを羽織っているが、さすがに夜は寒い。

「結構、冷えるな……」
「うん。アンナも冷え性だから、困るかなぁ……あ、あれを使おうよ☆」
「へ?」

 彼女が大きな紙袋から取り出したのは、ザンリオショップで購入したイヤーマフだ。
 もちろん、普通のマフとは違い、ピンクのもふもふ生地で、フリルとリボンがふんだんに使われたガーリーなデザイン。
 主に可愛らしい女の子が好んで、着用する代物だ。

「アンナは女の子だから、“マイミロディ”を使うね☆ タッくんは男の子だから、黒の“グロミ”ちゃんを使えばいいよ、はい☆」
 とイヤーマフを渡された。

 これをつけろってか?
 男の俺が……無理無理。

「悪いがやめておくよ。こういうのって、女の子がつけるもんだろ?」
 そう言うと、アンナは頬を膨らませる。
「つけたほうがいいって! 風邪引くよ!」
 これをつけて、博多を歩くぐらいなら、風邪を引いた方がマシ……。
「そう言う意味じゃなくてだな……俺は男だから、つけるのに抵抗があるんだよ」
「あぁ。そういうこと。でも、大丈夫だよ☆ グロミちゃんは色が黒だから、男の子カラーだよ☆」
「え……マジ?」

  ※

 結局、俺は半ば強制的にグロミちゃんのイヤーマフを頭につけられ、仲良く博多を歩くことになってしまった。
 すれ違いざま、その姿を見た人々は「ブフッ」と吹き出す始末。
 なんて、罰ゲームだ。
 しかも成り行きとはいえ、ペアルックだもの。

「ちょ、あれ見てよ。今時ペアルックだなんて」
「いいんじゃない? 若いんだし」
「時代は多様性だから、認めてあげないと」
 最後の人、別に俺は認めなくていいです!

 狙ってペアルックにさせたのかは、分からないがアンナは終始、嬉しそうに隣りを歩いていた。
 ラーメン屋について、店の引き戸を開いた瞬間、顔なじみの大将がお出迎え。

「らっしゃい! あら……琢人くんと隣りの子はアンナちゃんかい?」
「ああ、大将。ラーメンを2つ、バリカタでお願い」

 俺とアンナはカウンター席に座って、麺が茹で上がるのを待つ。
 大将が厨房で麺を湯切りしながら、俺とアンナの顔を交互に見つめる。

「なんか、今日のアンナちゃん。感じが違うなぁと思ったけど、コスプレでもしているのかい? 頭もペアルックしちゃって。二人はもう、そこまで仲良くなったんだねぇ」
 勘違いされてしまった……。
 しかし、指摘された当の本人は、嫌がる素振りなどない。
「嫌だぁ~ 大将ったら☆ これは寒いから、つけているんですよぉ☆」
「へぇ、今時の子たちは寒いと、そんな可愛いものを彼氏につけるんだねぇ。二人とも可愛いから餃子をサービスしてあげるよ」
「やったぁ☆ 良かったね、タッくん☆」

 クソがっ!
 こんな恥を晒せば、俺でも餃子が無料になるのかよ。

 あれから一週間が経とうとしていた。
 初めてのマリアとのデートは……メインヒロインであるアンナにより、大失敗となってしまう。
 正直、彼女への罪悪感で胸が締め付けられる。
 
 さすがにまずいと思ったから、毎日マリアへ電話をかけたが、不在ばかり。
 全然、電話に出てくれない。
 何度もかけたが、きっと無視されているのだと思う。

 メールにて謝罪の文章を送ったが……これも反応無し。
 完璧に怒っているな、これは。


 毎朝、スマホをチェックしているが、特に通知はない。
 仕方ないから、朝食を軽く済ませて、俺は地元の真島(まじま)駅へと向かった。
 今日が一ツ橋(ひとつばし)高校のスクリーング日だからだ。

 小倉行きのホームで列車を待っていると、ジーパンの右ポケットに入れていたスマホが振動し始める。
 急いで、スマホを取り出して着信名を確認する。
 しかし名前を見て、ため息が漏れてしまう。

「チッ……もしもし」
『ちょっと! DOセンセイ、なにイラついてんですか? 出てすぐに舌打ちとか……』

 相手が担当編集の白金だったから、ムカついてしまった。

「すまん。ちょっと相手がお前だったから、ガッカリしただけだ」
『え、フォローになってないんですけど……。まあ、いいや。今日はスクリーングの日でしょ?』
「ああ」
『学校前に悪いんですけど。お仕事の話、いいですか?』
「数分ならいいぞ」
『良かったぁ~ 実は、今度“気にヤン”の2巻と3巻が来月に同時発売が決定しまして……』

 それを聞いた俺はすかさず、ツッコミを入れる。

「はぁ!? 早すぎだろ! 入稿したの、ついこの前だろが!」
『いやぁ、編集長がアホみたいに売れているから、ブームに便乗しろってうるさいんですよぉ』
 クソが……俺の他作品はそんな扱いしなかったくせに。

「わかったよ……。で、俺への要件ってなんだ?」
『DOセンセイに直接のお仕事ってわけじゃないんですけど。ご協力をお願いしたいんです』
「協力?」
『ええ。今回のヒロインとなる現役JKである、ひなたちゃん。それから、腐女子のほのかちゃんの写真を提供して欲しいんです。イラストのモデルとして必要でして……』
「なるほど」

 絵師であるトマトさんが必要としているということか。
 メインヒロインであるアンナは、正体を隠しているから、モデルはギャルのここあに差し替えられてしまったが……。

『やっぱりダメですかね? DOセンセイのカノジョ候補になる大切な女の子たちですから……』
 俺はそれを聞いて、即答した。
「いいぞ。何枚いるんだ?」
『は、早っ! アンナちゃんの時はあんなに嫌がったくせに……。腐女子のほのかちゃんなら、まだしも……。ひなたちゃんの写真をトマトさんに貸すの、ためらいとかないんですか? おかずにされるかもですよ!』
 トマトさんってそんなに信頼できない男なのか?
 しかし、自分でもよく分からないが、何故かアンナ以外の女子なら、情報を差し出すのに抵抗はないんだよなぁ……。
「トマトさんがそんなことするわけないだろ……。あの人、好きな女の子? がいるし」
 相手がここあだから、疑問形になってしまった。
『へぇ。そうだったんですか。でも、本当に写真提供、許していいんですか』
「ああ、許可は本人達が決めることだ。俺じゃない。ま、大丈夫だろ。アンナはダメだけどな」
『な~んか、アンナちゃんだけ特別扱いしてません? DOセンセイ』
「いや。それはない。もう電車に乗るから、切るぞ」

 話はまだ終わっていなかったが、一方的に電話を切ってしまう。
 白金に全てを見透かされているような気がしたからだ……。

「アンナだけ……か」

 列車に入ってもしばらく頬が熱く、近くに座っていた女子高生の視線が気になった。
 別に嫌らしい目つきではなく、同族……。
 片想い同士、共感しているような顔つき。
 その証拠に相手も頬が赤い。

 違う、俺はノン気だ……。
 だから、そんな目をしないでくれ。

『次は席内(むしろうち)~ 席内駅でございます~』

 車掌のアナウンスで、意中の人物との再会することに気がつく。
 彼が住んでいる地元だからだ。

 プシューっと音を立てて、自動ドアが左右に開いた。
 視線を下にやれば、白く長い美しい脚が二本並んでいる。

「おはよ☆ タクト」

 ニカッと白い歯を見せて、元気に笑うミハイル。
 前回のスクリーングとは大違いだ。
 きっと、マリアのパイ揉み事件を克服したからだろう。

「ああ……おはよう」

 ただ挨拶を交わしただけ、だと言うのに……視線を逸らしてしまう。
 つい先ほど、白金に女装した彼のことを、特別視していると指摘されたからだと思う。
 ずっと頭の中は、アンナでいっぱいだった。
 今のこいつ……ミハイルは男だって言うのに、目を合わせれば、頬が熱くなり、緊張してしまう。

 違う。
 こいつのファッションが悪いんだ。

 今日だって、11月に入ったのに。
 相変わらず無防備なデニムのショートパンツ。
 トップスは肩だしのニットセーターにタンクトップ。
 足もとこそ、ボーイッシュなスニーカーだけど……。

 金色の長い髪は首元で結い、纏まりきらなかった前髪は左右に分けている。
 エメラルドグリーンの大きな瞳を輝かせて、ニコニコ笑うその姿は、どんな女よりも可愛い。

「タクト? どうしたの?」

 見入ってしまった俺を不思議に思ったようで、前屈みになり、顔をのぞき込む。
 自然と胸元の襟が露わになる。
 中にタンクトップを着ているとはいえ、もう少しで彼の大事なモノが見えそうだ。

「な、なんでもない! 早く、隣りに座ったらどうだ!」
 つい口調が荒くなってしまう。
 照れ隠しのために。
「うん……変なタクト」

  ※

 俺の隣りにピッタリとくっついて、嬉しそうに笑うミハイル。
 やはり、この前のデートで自信が回復みたいだな。
 まあ……代わりにマリアのダメージがデカく残ってしまったが。

 車窓から陽の光りが差し込んでくる度に、ミハイルの耳元がキラッと輝く。
 違和感を感じた俺は、彼の小さな耳に触れてみた。

「なんだ、これ?」

 親指の腹で感触を確かめてみたが、結構硬い。
 よく見れば、反対側の耳にも同様の小さな装飾品が付けられていた。

「ひゃっ!? い、いきなり、なにすんだよ! タクト!」
「あ、すまん……なんか見慣れないものが耳についていたから、“できもの”かと思った」
 俺がそう言うと、彼は頬を膨らませる。
「違うよ! これはピアスなの!」
「ピアス? なんでまた、そんなもん付けたんだ? 男なのに……」
 その一言で彼の怒りのスイッチが入ってしまう。
「男とか女とか関係ないじゃん! カワイイから付けたかったの!」
「お、おお……確かに性別は関係ないもんな。すまん」
「分かってくれたなら、いいけど……」

 しかし、何故今になって彼がピアスを付けたのか、俺には理解できなかった。
 別にイヤリングでも、いいんじゃないかと思って。

「なぁ。ピアスを付けてるってことは……耳に穴を開けたってことだろ? そこまでして付ける必要性があったのか?」
 俺がそう言うと、彼は急に視線を床に落とし、頬を赤くする。
 もじもじして、ボソボソ喋り始めた。
「だ、だって……イヤリングより、ピアスの方がカワイイのいっぱいあるから。それで穴を開けたんだ」
「なるほど。ピアスの方が種類が多いってことか……」
「うん☆ ここあから聞いて、それでアンナと一緒に開けたんだ☆」

 言っていて、寂しくない?
 一人で開けたのに、友達アピールとか……。

「ピアスを開けるって言うと、やっぱりアレか? 耳の裏に消しゴムを置いて、安全ピンでブッ刺して、開けるのか?」
「そんなこと、するわけないじゃん!」
「え? 違うの?」
「ちゃんとした病院で手術したの! タクトみたいなやり方で開けたら、ばい菌とか、化膿とか、色々トラブルが多いんだよ!」
「悪い。知らん」
「だから、麻酔とかしてくれるお医者さんにやってもらった方が安全だし、手術のあと、穴が埋まったりしないし。慎重にしないとね☆」
 
 なんて、ウインクしてみせるミハイル。
 ヤンキーのくせして、そういうところは、めっちゃ慎重なんだね。
 根性焼きみたいな感じで、グサグサ刺して、開けまくるのかと思ってた。