困惑する俺とは対称的に、ずっと笑顔でこちらを見つめるアンナ。

「タッくんはアンナとじゃないと、取材にならないよ☆」
「はぁ……」

 放心状態で、彼女のグリーンアイズを見つめる。
 なんだか、瞳の奥へと吸い込まれそうだ……。
 もう、このままアンナと二人で、川を越えて、どこまでも。
 
 その時だった。
 背後から、叫び声が上がったのは。


「待ちなさい! タクト!」

 振り返ると、そこには身なりの汚い少女が一人立っていた。
 見覚えのある子だが、着ているワンピースがボロボロだ。
 襟もとは伸びてしまって、所々破れている。
 金色の美しい髪も、バサバサに乱れまくっていた。
 
 一歩、間違えれば、ホームレスかと思ってしまう。
 それぐらい汚い女の子だった。

 だが1つだけ、キレイな箇所と言えば、その瞳だ。
 宝石のような2つのブルーサファイアを輝かせて、こちらをじっと見つめている。
 いや、睨んでいるが正解か。

「お前……マリアか?」
「当たり前でしょ! そのブリブリ女が偽物よっ!」
 犯人はお前だ的な感じで、人差し指を隣りの少女に突き刺す。
「えぇ、なにこの子。怖~い!」
 そう言って、俺の背中に隠れるアンナちゃん。

 当然、マリアは小さな肩を震わせて、怒りを露わにする。
「あなたねぇ! 映画館のトイレで私を襲ったくせに、よくもまあ!」
 飛び掛かってきた彼女を、俺は必死に抑える。
「ちょ、ちょっと待て……マリア! 堪えてくれ!」
「なによ! タクト、このブリブリアンナの肩を持つ気? トイレで待ち伏せしていたような、狡猾な女よ!」

 えぇ……。
 もう犯罪とか、ストーカーってレベルじゃないよ。
 このあと、マリアを落ち着かせるのに、1時間はかかった。

  ※

 マリアから現在に至るまでの経緯を聞いて、俺は驚きを隠せずにいた。
 どうやら、彼女は映画館のトイレで待ち伏せていたアンナに襲われ。
 今まで、個室の中で荒縄により縛られ、閉じ込められていたらしい……。

 つまり痴漢を殴っていたマリアは、既にもうすり替わっていたということだ。
 あれは、正真正銘、女装したアンナが演じていた事に、開いた口が塞がらない。

 ファッションもマリアに似せて、コーディネートしている。
 まだ1回しか、会ったことがないのに、よくもここまでトレースできたものだ。

 
「ねぇ、初めてまして……と言いたいところだけど。アンナ! あなた、こんなことをやっても良いと思っているの?」
 ドスの聞いた声で睨むマリアを目の前にしても、アンナは余裕たっぷりでニコニコと笑っている。
「え? なんのことかな☆」
 全然、悪びれる様子がない。
 ここまで来たら、サイコパスだ。

「あなたねぇ……私とタクトの大事なデートを、取材をなんだと思っているのよ!」
「アンナ、分かんないな。だって、タッくんの初めてを奪ったのは、マリアちゃんだったけ? そっちの方でしょ☆」
 そう言って、優しく笑いかける余裕っぷりが、更にマリアの怒りを助長させる。
「初めて……って一体なんのことよ! それを婚約者である私がタクトと経験することが、何が悪いの!?」
「悪いよ☆ だって、タッくんが優しいことを良いことに、胸を触らせたもん☆」
「なっ!? あなた……それを根に持って、ここまでの悪行を平気でやったと言うの?」

 異常なまでのアンナの『初めて』への執着心に絶句するマリア。
 だが、両者一歩も譲ることはない。
 怒りをむき出しにするマリアに対し、ニコニコと優しく微笑むアンナ。
 カオスな状況に、俺は沈黙を貫いた。
 怖すぎるからだ。

 この二人の間に俺が入れば、殺される……間違いなく。