空が夕陽でオレンジ色に染まり出した頃。
 マリアと言えば、久しぶりのカナルシティでたくさんの買い物を楽しんでいた。
 主に、雑貨が多い。
 可愛らしいアクセサリーや色んなキャラクターの公式ショップで購入したグッズ。
 夢の国で有名なネッキーとネニーが、プリントされたグラスセット。

 本当に女の子らしい物ばかりを好むようになったらしい。
 頭の回転が早く、活字が大好きな文学少女のマリアはどこに行ったのやら……。
 俺が思っていた以上に、10年間という時は、人をここまで変えてしまうのだろうか。

 大きな紙袋を4つも抱えて、満足そうに笑うマリア。

「今日はありがとね、タクト。買い物に付き合ってくれて」
「いや、別にこれぐらい訳ないさ。それより、俺の方こそ、映画のチケットありがとな。無料で見られて、助かったよ」
「え、映画? ああ……あのことね。別にいいわよ。それより、まだ時間ある?」
 そう言われて、スマホの画面を確認する。
 
 見れば、時刻は『17:31』だ。
 男の俺からすれば、まだ全然遊べる時間だが……女子であるマリアは別だ。
 両親も心配するだろう。

「少しなら、いいぞ」
 俺がそう答えると、彼女は嬉しそうに微笑む。
「じゃあ……思い出として。最後にあそこへ行きたいわ」
 マリアが指をさした方向は……。
 カナルシティの屋外にある1つの川だ。
 何かと因縁がまとわりついている、博多川。
 嫌な予感しか、ない。
 だが断れば……それもそれで、後が怖い。
 俺は渋々、その案を呑んだ。

  ※

 例の如く、博多川の前に設置されているベンチに二人して腰かける。
 もう説明する必要もないと思うが、川の反対側には、ズラーッとラブホテルが大量に並んでいる。
 10年前よりも、ホテルは更に増えたような気がする。
 河川の周りにはチラホラと、屋台が夜に備えて、料理の下準備を始め出していた。

 俺たち以外のカップルは、なぜか暗がりで静かに笑っていた。
 時折、顔と顔を近づけて接吻……とまではいかないが、互いの鼻を擦りつけ合う。

「ダ~メ、まだだってば」
「いいじゃん。どうせ、行くんだし」
「ヤダ。ちゃんと部屋に入ってからだよぉ」
「満室だから、ここで待機してんじゃん。もう良いじゃん」
「も~う」

 クソがっ!
 生々しいんじゃ、コラッ!
 一刻も早く、ここから立ち去って空室を探して来い。

 俺が辺りのリア充どもへ、殺意を込めて睨んでいると……。
 普段、強気なマリアが、辺りの雰囲気に気圧されたのか、頬を赤くして俯いてしまう。

「大丈夫か、マリア? この川はカップルが御用達だからな。喫茶店にでも場所を変えるか」
「ううん……ここで良い。と言うよりも、この川の前じゃなきゃ、ダメなの」
「どういうことだ?」
「実はタクトに相談があって……聞いてくれるかしら?」
「おお……」

 マリアは小さな胸の前で、両手を合わせて祈るように、空を眺める。
 そして深い深呼吸をした後、俺に視線を合わせて、こう呟いた。

「タクトにしか頼めないことなの……。わ、私の胸を触って欲しいの」
 俺は耳を疑う。
「え?」
「あなたの両手で、私の胸を触って……いや、しっかりと揉んで確かめて欲しいのよ」
「……」

 頭が真っ白になってしまった。
 一体、このヒロインはなにを言い出したのだろうか……と。
 心臓の手術が終わったと思ったら、今度は頭の病気か?

「マ、マリア……。意味が分からない。どうして、俺がお前の胸を揉む……いや、触ることに繋がるんだ?」
「私ね……乳がんの疑いがあるのよ。だから、婚約者であるタクトに直接触ってもらって、“しこり”がないか、確かめて欲しいのよ」

 彼女の目つきは至って、真剣だ。
 ウソをついているようには見えない。
 確かに、乳がんを医者よりも先に発見するのは、パートナーだと噂は聞くが……。
 だからといって、何故俺が揉むんだ?

「いや……検査したら、どうだ? 普通に」
「絶対にイヤよ! 医者とは言え、他の男に乳房を見せて、触られるだなんて!」
「しかしだな……俺は素人だ。疑いがあるなら、尚更のこと、プロの医師に……」
 と言いかけたところで、マリアが大きな声で叫ぶ。
「イヤッ! じゃあ……こうしましょ。医者へ見せる前に、タクトが触診してくれる? それなら、まだ納得できるわ」
「えぇ……」
 
 言い方を変えただけで、俺が胸を揉むのは変わらないじゃん。
 マジでどうしちゃったの? マリアちゃんたら……。