俺は、担当編集兼、ロリババア兼、アホの白金 日葵から一目散で逃げてきた。
「あの女のことだ……絶対にミハイルのことを知れば、きっと……」
こういうのだ。
『取材に使えるじゃないですか!!!』
そんなのは、まっぴらごめんだ。
この天才でライトノベル作家である新宮 琢人の初ジャンル、ラブコメ作品において、まさかヒロインが男の子なんて……。
母さんや妹のかなでが、絶対にホモォォォォォ光線を浴びせてくるに違いない。
博多社から出て、天神の渡辺通りを急いで歩く。
あてもなく、近くのファッションビル『博多マルコ』に入った。
地下一階に入り、喫茶店でアイスコーヒーを頼む。
キンキンに冷えたグラスを受け取ると、おひとり様専用の席につく。
慌ててズボンのポケットからスマホを取り出す。
不在着信の通知がたかが数分というのに31件……。
ストーカーかよ。
しかも全部ミハイル。
ブルルル……。
恐怖を覚えるのも束の間、すぐに次の着信がなった。
「もしもし……」
『おっせーぞ、タクト!』
めっさキレてはるよ……。
「すまん……仕事でアホな女と話していた」
ちな、白金のことである。
『お、おんなぁ!?』
そんなに驚かなくても……なんか涙出そう。俺にとって、レアイベントなのでしょうか?
「ああ、言っただろ? 俺は作家だ。ただの編集部の人間。しかもババアだ」
『そっか……おばあちゃんなのか☆』
アラサーを高齢者扱いしちゃいけません!
「ところで要件はなんだ? ミハイル」
『あ、あのさ……今日の夜、真島駅で会えない?』
「ん? 夕刊配達が18時ごろに終わる。それからなら構わんが」
そんなに巨乳JC、かなでが気になるのかな?
お年頃だし、きっと今まで妹のかなでで、自家発電していたのかもしれん……。
かなでよ、喜べ。変態なお前にも、ついにモテ期が来たぞ!
『そっか☆ じゃあよるの7時に真島駅で待ち合わせな!』
「了解した」
アイスコーヒーをガブ飲みすると、ため息をもらす。
俺はなぜ、こんなにもミハイルの存在を隠し通すのか……。
しかし、普段着信履歴なんて、買い物とかで母さんやかなでからあるぐらいだ。
不在着信31件は恐怖を覚えはしたが、なぜか嬉しかった。
それがミハイルだからなのか……それはわからない。
ただ、胸の高鳴りが抑えられなかった。
今も同様だ。
俺は博多マルコの地下から天神地下街に降り、地下街で見かけたパン屋に入ると、メロンパンとクロワッサンを買った。
電車に乗って、先ほど購入したパンを頬張りながら、地元の真島駅へと向かう。
自宅に着くと、すぐに夕刊配達に向かった。
ここまでの体感時間、5分もない。
それぐらい急いでいた。いや、待ち遠しかったのだ。
ミハイルに会える喜びを。
帰宅すると汗臭くなった身体をシャワーで洗い流し、『タケノブルー』のTシャツとジーンズを着用した。
スマホに目をやると時刻は『18:50』
俺は走って家を出る。
商店街を走り抜けることで、せっかく流した汗がもう滲み出る。
真島駅につくと、駅前のコンビニ『真島マート』の前で、一人の少年が立っていた。
その子は、金髪で色白で寂しそうに地面を見つめている。
服装はヘソだしのチビTと、ダメージデニムのショーパン。
裾が破れている加工のためか、もう少しで彼のおパンティーが見えそうだ。
と、いかんいかん。
あいつは男であり、名は古賀 ミハイル。
「あっ、タクト! おーい☆」
俺を見つけるやいなや、右手を大きく振るミハイル。
そんなにぼっちがさびしかったのか! クッ、俺がぼっちの楽しみを教えてやるぜ!
「はぁはぁ……すまない。待たせか? ミハイル」
「ううん、全然! たった一時間ぐらい☆」
えええ! やめてぇ~ サラッと怖いこといわないで!
「そ、そんなに待たせたか……すまん」
「気にすんなよ! 暇だから早くついただけだし☆」
そんなに暇なら勉強しろよ!
「そうか。で、要件ってなんだ?」
「えっと……ここじゃ人が多いから、どっか静かなところがいいな……」
なぜ顔を赤らめる! そしてまたコンビニ前の『ゆか』ちゃんがお友達に追加されたぞ。
しかも静かなところって……ラブホ!?
なわけないか。
「なら、近くに真島公園がある。そこでいいか?」
「うん☆ 公園大好き!」
おんめーはガキか!
真島公園、幼い頃から俺はここでよく遊んでいた。
大きくて長い滑り台、ブランコ、シーソー、たいがいの遊具はここにくれば、間に合う。
だが……、俺は小学高学年の時ぐらいから、足を運ぶのを止めた。
なぜならば、ぼっちだったし、いじめられて不登校になったのでな。
夕陽で薄く赤く染まった公園は、どこかロマンティックだ。
公園の中央に大きなため池があり、鯉やカモなどが生息している。
池の前のベンチにミハイルを座らせた。
俺も隣りに腰を下ろす。
「で、要件ってのは?」
「あ、あのさ……タクトってさ……」
なにをモジモジしている? 聖水か?
臭くて汚くて虫がいっぱい集まるトイレなら、公園の奥にあるぞ?
「俺がどうした?」
「タクトって……カノジョとかいるのか!?」
ファッ! それを俺に聞く?
なにこれ? いじめなの?
かっぺムカつく。
「それが要件か?」
俺は少し苛立ちを覚えていた。
声のトーンが上がるのが、自分でもわかる。
「お、怒らなくてもいいじゃん……ただ、知りたくて」
そんなにオタクやぼっちの生態が知りたいのか?
興味本位で近づくと、お前もぼっちの仲間入りだぞ。
「はぁ……いいか、ミハイル。俺は生まれてこの方、恋人なんていたことない」
「そ、そっか! そうだよな! タクトにカノジョなんているわけないもんな☆」
ミハイルさん、人の不幸がそんなにおもしろいですか?
あなたが女みたいな顔してなければ、腹パンしたい。
「じゃあ、かなでちゃんとかは……好きじゃないの?」
「ハァ!? ミハイル、あいつを女として見たことなんて一度もないぞ?」
「そ、そっか……良かったぁ……。なあ、タクト」
瞳を揺らしながら、顔を寄せるミハイル。
夕陽のせいか、ミハイルのほおは赤く染まる。
「オレのお願い……聞いてくれるか?」
きた。きっとアレだ。
『おまえの妹に告白していいか?』
だろ……。
フッ、かなで。お前に拒否権はない。
俺が代わりに受諾しておいてやる。
「構わんぞ?」
なぜかニヤニヤが止まらない俺。
「オレの……一生のお願いだ! 真剣に聞いてくれ! タクト!」
妙にマジな顔つきだ。
「わ、わかった。しかと聞くぞ」
ミハイルは深く息を吸い込む。
一瞬瞼を閉じて、覚悟を決めたようだった。
パッと目を見開くと、小さな唇が動く。
「あのな……オレと付き合ってくれ」
聞き間違えか? 誰と誰が付き合うんだ……。
「ん? 妹のかなでとだろ?」
「違う!!!」
めっさキレてはる。
「じゃあミハイルは、誰と付き合いたいんだ?」
「タクトに決まってるだろ!」
「……」
パニックパニック! 俺が大パニック!
「ミハイル、お前……俺を茶化してないか?」
一応、確認をとる。
「ちゃかしてなんかない! 俺はタクトが世界で一番だいすきなんだよ!!!」
新宮 琢人、生まれて早17年……まさか初めてのラブイベントが男の子とか……。
いや、ないわ~
俺は曲がったことが大嫌いだ。
物事を白黒ハッキリさせないと、気が済まない。
確かに古賀 ミハイルは、俺が見てきたどの『女の子』よりも可愛いし、美人の部類だ。
だが、彼女じゃなくて彼だ。
限りなく、グレーゾーンに近い。
俺はそんな存在を、受け止められることはできない。
性格が故に。
「ミハイル……すまない。それは無理な願いだ」
「そ、そんな!?」
涙がすっと落ちる。
それを見て、俺は胸に何千本ものナイフが、胸に刺さるような激痛を感じた。
「なんでだよ! オレのこと……『カワイイ』って言ってくれたじゃん!」
ボカボカと俺の胸を拳で叩くミハイル。
「確かにそれは事実だ」
「なら……いいじゃん……」
崩れ落ちるように泣きじゃくる。
「悪い、俺は物事を白黒ハッキリさせないとダメな存在なんだ。だから……男のお前とは恋愛関係にはなれない」
「ひどいよ! オレの気持ち、ちゃんと伝えたのに……」
ミハイルは力なく立ち上がる。
「おい、どこにいく。ミハイル?」
「帰る……」
肩を落としながら、その場を去ろうとする。
「待て。送るぞ」
「いらない! でも……最後にもう1つだけ、聞いていい?」
振り返るミハイルの顔は、涙でいっぱいだったが、その姿さえも美しく、絵になる。
「どうした? なんでも言ってみろ」
それが精いっぱいの罪滅ぼしだと感じた。
「オレが女だったら……付き合ってた?」
反応に困った。だが仮定の話だし、確かに彼が女だったらなにも問題はない。
俺の性格がすでに正解を出している。
「ああ、ミハイルが女だったのなら、絶対に付き合っている」
「そっか……じゃあ生まれ変わったら、付き合ってくれよな☆」
一瞬、泣き顔が笑顔に変わった。
だが、すぐに顔をしわくちゃにして、泣きながら走り去っていく。
「ミハイル……」
本当にこれでよかったのか? 俺とミハイルとの関係は今日で終わりなのか?
なんでこんなにも胸が痛いんだ。
俺は深夜まで、公園のベンチで彼の着信を期待していたが、ベルは一度もならなかった。