文字通り、暴力で痴漢を撃退したマリア。
しつこく口説かれた事よりも、自分が敵視しているアンナと間違えられたことが一番、腹が立ったようだ。
映画館から出ても、何度も舌打ちを繰り返し、苛立ちを隠せずにいた。
「チッ。あの痴漢。もっと殴っておけば良かったわ」
まだ殴りたいのか……。
「あ、あの……マリア? ちょっと気分転換でもしないか。久しぶりのカナルシティだろ。どこか行きたい店はないか?」
俺がそう提案を持ちかけると、彼女の表情が少し柔らかくなる。
「え? 行きたいお店? そうね……なら、最近オープンしたっていうショップへ行ってみたいわね」
「よし。そこへ行ってみるか」
彼女が言う店は、地下一階にあるらしい。
俺たちはエスカレーターを使って、一番下まで降りていく。
色んなテナントがたくさん出店している階だ。
博多土産、期間限定のスイーツショップ、雑貨、アクセサリーショップ。
その中でも、一際目立つ場所で、マリアは足を止めた。
『デブリがいっぱい! でんぐり共和国。カナルシティ店』
可愛らしい、スタジオデブリのキャラクターが飾られている。
ドドロやボニョなど。
「うわぁ、どれもカワイイわねぇ~」
と碧い瞳をキラキラと輝かせるマリア。
「……」
俺は彼女の横顔をじっと見つめて、考えこむ。
マリアって、こういうの好きだったか?
なんていうか、小説とか、映画。あとは食事の話しか、しないから。
彼女の趣味とか、よく知らないが……。
デブリっていうと、どうしてもミハイルのイメージが強く、重ねてしまう。
俺の視線に気がついたマリアが、眉をひそめる。
「な、なによ? そんなに見つめて……私の顔に、変なものでもついているの?」
「いや……そういう訳じゃないが。お前って、デブリとか好きだっか? なんていうか、もっとお堅い趣味っていうイメージだったんだが……」
「は、はぁ!? わ、私だって、デブリぐらい好きよ! なに? またブリブリアンナと似ているとでも言いたいの!?」
なんか必死に、言い訳しているように見える。
「別に人の趣味だから、良いんだけどな。10年前はこういうの好きじゃないって、言っていたような……」
「じゅ、10年前と比較しないでくれる!? 私も成長したって言ったじゃない!」
「すまん……」
うーむ。マリアって俺が思っている以上に、女の子らしく成長したってことかな。
丸くなっちゃったのか……。
どんどん、容姿だけじゃなく、中身までアンナに近づいている気がする。
※
その後も、彼女が選ぶ店は、どれも可愛らしいものばかり。
女の子に大人気のキャラクター、『ザンリオ』の公式ショップに入ると。
期間限定で販売しているという、ピンク色のボアイヤーマフを手に取り、声を上げて喜ぶ。
「うわぁ~ “マイミロディ”のマフだぁ。可愛いわね。買おうかしら。あ、隣りには“グロミ”ちゃんのもある~」
マイミロディのイヤーマフだが、ピンクのもふもふ生地で、フリルとリボンがふんだんに使われたデザインだ。
人気商品なようで、近くにいた若い女性も手に取り、どちらを買うか悩んでいた。
ちなみに、その客のファッションだが、誰かさんに似ている。
そう、我らがメインヒロインのアンナちゃんだ。
マリアが迷っているもう1つのキャラクター、グロミちゃんも色は黒だが、デザインはやはり大きなリボンとフリルが、かなり目立つ。
これを買うのか……あのマリアが?
しかも、イヤーマフってことは、頭につけるんだろう。
想像できない。
散々、迷った挙句。
「やっぱり、2つとも買いましょ。迷った時は、両方よね」
「マジで買うのか……お前」
俺は余りのギャップに呆れていた。
「な、なによ! 私がこういうの買ったら、ダメっていうの?」
「いや……これ、買ってどうするんだ」
俺がそう言うと、彼女は堂々と胸を張ってこう答える。
「はぁ? 使い方を知らないの? 頭につけるのよ、こうやって!」
わざわざ頭につけて、俺に説明してくれる神対応。
ていうか……確かに似合っている。
そりゃ、あのアンナに瓜二つなんだから、似合わないわけ無いよな。
「可愛い……」
気がつくと、口からその言葉が漏れていた。
それを聞き逃さないマリアじゃない。
頬を赤くして、そっとイヤーマフを頭から外す。
「あ、ありがと……買ってくるわね」
「おう……」
なんか、今の俺って、ときめいてないか?
うう……相手が可愛かったら、誰でもイケちゃうタイプなのかな。