あれから、一週間が経とうとしていた。
ミハイルの状態は少し良くなったと、姉のヴィクトリアから連絡はあったが……。
まだ熱が完全に引いてないので、しばらく自宅で安静にさせると言っていた。
俺もその方が良いだろうと感じた。
あの健康で頑丈な身体だけが、取り柄のミハイルだ。
よっぽど、疲れていたのだろう……。
ま、俺もあれから一週間はダラダラと過ごさせて、もらっている。
超短期で20万字も書いたから、肩こりが酷い。
新聞配達とレポート作成以外、ほぼ寝込んでいた。
寝込むというのは、ちょっと表現が違うな。
正しく言うのならば……。
「み、ミハイルの唇って……柔らかいんだな」
と先日の“事故”を毎日思い出しては、悶々と過ごしていた。
あの瞬間、もちろん驚きはしたが……それよりも。
ミハイルの閉じた瞼が、目に焼き付いて頭から離れない。
高熱で頭がフラついていたからだと思うが、なんで俺にあそこまで身を委ねられるというんだ?
考えただけで、胸が痛い……いや、これは違う。
ドキドキしているのか?
俺が、男にときめいているとでも言いたいのか。
違う! 断じて、俺にそっちの気はない!
と脳内で、完全に否定はしているのだが……。
布団の中で肯定してくる方が一人。僕の股間くんです。
元気すぎるのです。一週間前から。
なので、布団に入り込んで、隠しているのだ。
妹にバレたくないから。
一人、布団の中で葛藤していると、枕元に置いていたスマホが振動で揺れた。
画面を見れば、初めて見る名前だ。
「冷泉 マリア」
そうか。彼女とは、連絡先を交換していたのだった。
とりあえず、電話に出てみる。
「もしもし?」
『タクト、久しぶりね』
なんでか知らないが、マリアの声を聞いた瞬間。
股間の熱が一気に冷めてしまった。
きっと理性が働いたからだろう。
「ああ、久しぶりだな。どうした?」
『どうしたって……この前、言ったでしょ。返してもらうって』
偉くドスの聞いた声だ。
怒っているようにも感じる。
「返す? 俺、お前から映画でも借りていたか?」
『本当に記憶力の低い男ね、あなたは……』
「すまん。マリアが返してもらいたい物ってなんだ?」
俺がそう問いかけると、彼女は深呼吸してから、こう言った。
『あなたのハートでしょ』
「……」
そうだった。
マリアはメインヒロインであるアンナに対して、敵対心を抱いているんだった。
10年前に約束した婚約を破棄させるまで、俺の心を奪ったと勝手に勘違いしている。
だから、この前一ツ橋高校で、男装時のミハイルに宣戦布告したばかりだ。
俺は言葉を失っていたが、マリアは構わず話を進める。
『タクト。あなたは小説のために、あのブリブリ女と取材したのでしょ? そのせいで、記憶が封印されてしまったのよ』
「え?」
『なら、そのブリブリした記憶を私が改ざんしてあげる』
「すまん。ちょっと、言っている意味がわからないのだが……」
『簡単なことでしょ? 10年間の空白を埋めましょ。デート、取材をしましょ』
「あ、そういうことか……」
しかし、引け目を感じる。
メインヒロインである、アンナ。いや、ミハイルは今、床に臥せている状態だ。
そんな時に、俺だけが一人で遊びに行ってもいいのだろうか?
今回ばかりは、さすがに断ろう。
「マリア。悪いが今回はちょっと……」
そう言うと、彼女が鼻で笑う。
『もしかして、アンナに引け目を感じているの? 別にただの取材じゃない。それに彼女とはまだ恋愛関係に至ってないのでしょ。なら、いいじゃない?』
「いや……そういうことじゃなくて……」
スマホの向こう側から、「ふふふ」と笑い声が聞こえてくる。
そして、マリアは甘い声でこう囁いた。
『今回の取材は、タケちゃんよ』
「え!?」
思わず、布団から飛び起きてしまう。
『新作の映画チケットを無料でゲットしたのよ、二人分。どうする?』
俺は即座に反応してしまう。
「行きます!」
『じゃあ、明日の朝。博多駅、いつもの場所で会いましょ』
電話を切ったあと、少し後悔してしまった。
タケちゃんというパワーワードにより、考えもせず、即答してしまった。
まあ映画を見るだけだし、良いよね。
それに、本体であるミハイルは今、寝ているし……。
だって、タケちゃんの新作だもん!