「んぐぐ……」
 
 どれだけ、時が経ったのだろうか。
 俺はミハイルの両肩を掴んだまま、目を見開き、その光景に驚いていた。
 というか、あまりの出来事に身体がビックリして動かない。

 一体、これからどうやって、離れたらいいんだ?

 ていうか、ミハイルの唇って……めっちゃやわらかい!
 プニプニしていて、気持ちが良い! 良すぎる!
 水まんじゅうのようなプルプル感。
 それに、唇が小さくて薄くて……女の子より、可愛らしい!


 いかん。興奮してきた。
 相手は男だというのに、初めてのキスで我を忘れているんだろう……きっと。
 股間がパンパンに膨れ上がってきたぞ。
 ダメだ!
 一線は越えてならん。
 がんばれ、俺の理性。


「ん……」

 ずっと閉じていたミハイルの瞼がゆっくりと開き。
 エメラルドグリーンの輝きが眼前に。

 彼とは長い付き合いだが、ここまで近い距離で見つめあったことはない。
 この間も、お互いの唇は重なったままだ。

「んん!?」

 唇を塞がれたまま、ミハイルは正気を取り戻したようだ。
 その後の彼は早かった。

 眉をしかめたと同時に、俺から身を離し、勢いよく頭突き。

「ふぎゃっ!」

 俺は鼻から大量の血を吹き出しながら、ベッドへと急降下。
 右手で鼻を抑えながら、彼へと必死に訴えかける。

「ち、違うんだ。ミハイル! これはその……事故で」
 だが、そんなことを信じてくれることもなく。
「な、なんで……タクトがオレん家にいるんだよ! 今日はスクリーングだろ!」
 顔を真っ赤にさせて、激怒する。
 でもちょっと、涙目。
 そりゃそうだよな……ファーストキスが、俺だもん。

 身体をプルプルと震わせて、泣いて叫ぶ。
「オレの部屋から出ていけ! この変態タクト!」
 ビシッと扉の方向を指差したので、俺は「はい」と素直に従う。
 鼻血をポタポタと床に垂らしながら……。

  ※

 一時間ぐらい経ったのだろうか。
 彼の自室から叩き出された俺は、扉の前で座り込んでいた。
 近くにあったティッシュを使って、両方の穴を塞ぎながら。
 扉の向こう側……部屋の中は静かだった。
 ミハイルはあれから、叫ぶこともなく。
 眠っているんじゃないか、ってぐらい何も音が聞こえてこない。

 気になった俺は、扉をノックしてみる。
「ミハイル? 寝ているのか? さっきのことは……本当に事故だったんだよ」
「……」
 相手から答えはないが、とりあえず理由を説明しておく。
「今日、お前がスクリーングを休むって言うから、心配で……。ただそれだけで、お前の家に来たんだ」
「……え? オレのことが?」
 扉の向こうから、微かだが小さな声が聞こえてきた。

「ああ。そうだ……ダチのお前が休むって知ったら、心配でたまらなくて……それで俺も休んじまった」
「……そ、そうだったんだ」
「さっきの……口のやつは、なかったことにしてくれ。看病しようとしたら、ミハイルが頭痛で暴れてな。それを抑えようとしたら……」

 話の途中で、扉がゆっくりと開く。
 恥ずかしそうにルームウェアの裾を掴んで、顔を赤らめている。
 視線はずっと床のまま。

 どうやら、許してくれたようだ。

「もう……いいよ。タクトがオレのために、学校まで休んでくれたんだよね?」
「ああ。お前がいないと、なんか行きたくない……って思った」

 俺が素直にそう答えると、彼に笑顔が戻る。

「仕方ないな。タクトはオレしか、ダチがいないもん☆」

 ところで、俺のファーストキッスって、カウントされないよね?
 相手は男だし……。
 大丈夫、まだこの唇は、誰の物でもないはず。