気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 急遽、ひなたの家で風呂に入ることになった俺氏。

 真っ白でカビ1つないキレイなバスルームに二人の男が向かい合って、浴槽に浸かっている。
 ラブコメ的な展開なら、相手は女子高生であるひなたが、バスタオルを巻いて。

「センパイ、お背中流しますね♪」

 と期待していたが……。

 目の前にいるのは、ひなたちゃんのパパさん。

 ひなたから、彼の年齢は50歳と聞いていたが、ボディビルダーのような屈強な肉体だ。
 そして、剛毛。
 胸毛がもじゃもじゃ。

 腕を組み、ジッと俺を睨んでいる。

「……」
 
 かれこれ、30分間はこの沈黙が続いている。
 一体、なにがしたいんだ? このお父さんは……。

 仕方ないので、俺から話しかけてみる。

「あ、あの……パパさん?」
 太い眉毛がピクッと動いた。
「新宮くん。私はね、ひなたを大事に育ててきたつもりなんだ」
「えぇ……そんな風に見えますよ」
 この流れだと「だから娘に近づくな」的な感じで怒られるんだろな。

「私たち夫婦は中々、子宝に恵まれないでね。やっと生まれてくれたのが、ひなたなんだ」
「はぁ」
「妻も年だから、次の子は生めなくてね……」
 一体、俺は何を聞かされているんだ。
 パパさんの話はまだまだ続く。

「私という人間は、曲がったことが大嫌いなんだ。妻しか愛せない男なのだよ。でも、赤坂家の跡取りは欲しいんだ。だからといって、妾とか、不倫とか、ダメだろ?」
「ど、どういうことですか?」
「ううむ。当初、妻のお腹に赤ん坊が出来た時、私は絶対に男が生まれると信じていた。しかし、生まれたのは女の子のひなただ」
「?」
「だから、私はひなたを赤坂家の跡取りとして、男のように育ててしまったのだよ」
「はぁ?」
 思わず、アホな声が出てしまう。

 大の男同士が、素っ裸でなにを話し合っているんだ。

 パパさんは、咳払いをして、俺の肩を掴む。

「新宮くん! 君に赤坂の男になってほしいんだ!」
「……なんですって?」
「だから、ひなたを嫁にもらって……いや、君が欲しいんだ! 赤坂の息子になって欲しい!」
「ちょっと、言っている意味がわからないんですけど」


 その後、詳しい事情をパパさんから聞いたが。
 夫婦が高齢のため、ひなたしか産めなかったから、悔いがあるそうだ。
 そして、赤坂と言う家は、ああ見えて、福岡の有名な武将の子孫らしい。
 だからパパさんは、跡取りが欲しいが。男勝りなひなたでは、婿を迎え入れることは、不可能だと思い込んでいたようだ。

 しかし、最近になってから、急にファッションやアクセサリーなどに変化があり。
 両親から見ても、好きな男が出来たと感じていたらしく。
 少しでも早くその相手を見たくて、仕方なかったそうな……。


「新宮くん! 聞けば、君は作家なのだろう!」
「まあ……あんまり売れてないですけど」
「売れてようが、売れてまいが関係ない! 大事なのは君の繫殖能力だ!」
 そう言って、俺の股間をダイレクトに掴む。
「ヒッ!」
 思わず悲鳴をあげてしまう。
「うむ! 実に若々しい。君ならば、必ずひなたを落とすことができるだろう」
「えぇ……」
「今晩、泊っていきたまえ! 既成事実を作ってから、結婚しても良いじゃないか」
 
 俺は呆れていた。
 年上の親御さんとはいえ、正直に言いたかった。
「お前、バカだろ」って。

 その後もひなたのパパから、あれこれ説得された。

 自分の経営している会社の社長にしてやるとか。
 その会社で働いても、なにもしなくていい。
 小説でも書いて遊んで暮らせばいい。
 大事なのは、娘のひなたと子作りすることだ……。
 特に男子が欲しいだとか。


 長い間、湯船に浸かったこともあってか、俺はのぼせていた。
 フラフラになりながら、先に脱衣所へ向い、ママさんが用意してくれたパジャマに着替える。
 俺の着てきた服は、今洗濯して乾かせているらしい。


 リビングに戻ると、ひなたが一人でテーブルに座っていた。
 ルームウェアに着替えて。
 タンクトップとショートパンツの露出度高めなやつ。

 聞けば、自身もシャワーを浴びてきたとか。
 この家には、他にもバスルームが2つあるらしい。

 なんて、お金持ちなんだ……。
 確かに俺がこの家へ婿入りしたら、素晴らしいセレブ生活が送れるんだろうな。

 そんなことを考えていると、テーブルに置いていた俺のスマホが鳴り出す。
 手に取って、画面を確認すれば。
 相手は、「アンナ」だ。

「いっ!?」

 まさかとは思うが、ここ、梶木に来ているのか……。
 恐る恐る電話に出ると。

『もしもし、タッくん?』
「はい……そうですが」
 恐怖から敬語になってしまう。
『今ね。アンナ、梶木にいるの☆ タッくんのお仕事、そろそろ終わる頃かなって☆』
 近くにあった時計を確認すれば、既に夕方の6時。
 彼女の言う通り、普通の取材であれば、終わってもいい頃だ。

「アンナ……実はちょっと、予定があって。泊りの仕事になってな」
 そう言うと、彼女の声色が急変する。
 凍り切った冷たい声。
『なんで?』
 怖っ!
「そ、その……えっと……」

 一生懸命、言い訳を考えてみるが、なにもいい案が思いつかない。
 しどろもどろになっていると、近くにいたひなたが、それに気がつく。

「センパイ? 誰と話しているんですか?」
 自分の物みたく、パシッとスマホを奪い取る。
 そして、画面を見て、一言。
 
「チッ……ブリブリアンナじゃん」
 彼女のとった行動は、スマホの電源ボタンを長押し。
 つまり、強制シャットダウン。

「お、おい! まだ通話中だったのに!」
 しかし、ひなたはスマホをショートパンツのポケットに押し込み、ニコリと笑う。
「センパイ♪ ダメですよ、女の子の家へ取材に来たんだから、集中しないと♪」
「いや……電話ぐらいさせてくれても……」
 ひなたは笑顔で断言する。
「絶対にダメです♪ パパから聞きましたよ♪ 今日はお泊り回なんでしょ?」
「はい……」
「ちゃんと取材してくださいね。そうじゃないと小説に使えませんよ? 私に集中してくださいね♪」
「……」

 アンナさんがこの周辺を徘徊していないか、怖くて集中できないんですけど。

「恥ずかしいから、あんまり部屋の中をジロジロ見ないでくださいね」
 とひなたは頬を赤くして、扉の前で恥じらう。
「大丈夫だ」
「私の部屋、あんまり女の子らしくないから……センパイにがっかりされたくないな」
 なんて唇を尖がらせる。

 しかし、両親が同じ部屋で泊れと、命令してきたのだ。
 ここで泊るしか、あるまい。
 パパさん曰く、「間違いがあっても構わん。むしろ起こしてくれ」だが。
 俺としては、板挟みで息が詰まりそうだった。
 目の前のひなたに、どこかを徘徊しているアンナ。


 ギギっと扉がゆっくり開かれた。

 何故か、部屋の中は真っ暗だ。
 俺がひなたに灯りをつけるように頼む。
 すると、そこには衝撃の光景が……。


 バッサバッサと音を立てるのは、止まり木から俺を睨む大きなフクロウ。
 それも三匹。
 柔らかいクッションフロアをくねくねとうごめく、無数のヘビ達。
 そして、ガラガラとうるさいのは、ゲージの中で回し車をまわすハムスター。
 他にもインコ。フェレット。チンチラにトカゲ。ハリネズミ……。

 ちょっとした動物園よりも、ペットの数が多すぎる。

「……」
 俺は言葉を失っていた。
 これのどこが女の子らしくない、部屋なんだ。
 もう、男女関係ないだろ……。
 当の本人は、足をくねくねさせて、恥じらっているが。

「ね、女の子らしくないでしょ? この部屋に入ったの、センパイが初めてなんです」
「そうか……嬉しいよ」
 こんな動物園。確かに男女関係なく、入れたくないだろう。
 ていうか、入りたくない。

 だって、今も俺の足元を無数のヘビさん達がまとわりつくんだもん。

「センパイ……ホントに今晩、私の部屋に泊るんですか?」
 瞳をキラキラと輝かせるひなた。
 きっと。一晩、同じ部屋で寝ることに緊張しているのだろう。
「ああ。泊るよ……」
 今にもヘビに噛まれそうで、怖いから。

  ※

 同じ部屋で泊ると言っても、ひなたは大きなプリンセスベッドでご就寝。
 大好きなペット達と、一緒に夢の中。
 可愛らしいフェレットが、布団に入り込むほど、飼い主が大好きなようだ。

 俺はと言えば。床に布団を敷いてもらい、ひなたの隣りで寝ることに。
 ひなたは、嬉しそうに「今日はいい夢が見られそう」と言っていたが。
 すぅすぅと寝息をたてる彼女とは対照的に、俺はギンギンと目を光らせていた。
 暗い部屋の中、一人で天井を見上げる。

 若い女の子とひとつ屋根の下で、おねんねするからじゃない。
 夜這いとか、そんな余裕は一切ない。
 俺の布団の中に何人ものお客さんが、入り込んでいる。
 先ほどのヘビさん達だ。
 どうやら、珍しい男の客である俺を気に入ったらしく。
 ずっと、俺の身体にまとわりついている。
 何匹もだ。

 時折、枕元に顔を出してきて、舌をチロチロと出す。
 そして、ペロペロと首筋をなめてきた。

「あっ……」

 冷たくて、ちょっと気持ち良いかも。

 このあと。ヘビさんたちと、一晩中仲良しさせていただきました。

 一睡も出来なかった……。
 可愛いヘビちゃん達が俺を寝かせてくれなかったから。
 ずっと、首筋をペロペロ舐めて、愛撫され続けた。
 そりゃあ、誰だって興奮して眠れないだろう。

 緊張し過ぎて……。


「うーん! よく眠れたぁ~ あ、新宮センパイ。おはようございます♪」
 お姫様ベッドで背伸びをする、ひなた。
 対して、俺は身動きが取れずにいた。
 たくさんのヘビちゃん達で、重たいからだ。
 それに嚙まれそうで怖い。
「おはよう……」
「あ、センパイ。ヘビちゃん達とすっかり仲良くなれたみたいですね♪」
「う……うん」

  ※

 ひなたに「朝食を食べて行かないか」と誘われたが断った。
 寝不足だし、リビングにはたくさんの犬でうるさいから、休めない。

 
 帰り際、ひなたのパパさんに声をかけられた。
 大きな紙袋を1つ持って、差し出す。
「新宮くん。これ、お土産だから持って帰ってくれないか?」
「はぁ……ありがとうございます」
「いやいや、そう気を遣わなくても良いのだよ。君はもう我が子のようなものだ」
 そう言って、ニコリと笑う。
 このおっさん。俺のことを種馬みたいに思ってない?


「じゃあ、センパイ! また学校で会いましょうねぇ~」

 玄関から手を振るひなた。
 俺はエレベーターに乗る際、手だけ振ってあげた。
 疲れから、声を出すのもしんどかったからだ。


 エレベーターの中に入ると、パパさんから貰ったお土産が気になった。
 やけに重たく感じる。
 袋の中を開いて見ると、3つの箱が入っていた。
 1つ取り出し、包装紙を破ってみる。

『赤坂饅頭』と書いてある。

 どうやら、あのパパさんが経営している和菓子店のようだ。
 本当に金持ちなんだな。
 いろんな会社を経営しているとは……。

 どんな饅頭か、気になったので、蓋を開けてみた。
 すると……。

「いっ!?」

 見た瞬間、血の気が引く。
 だって、予想していた和菓子なんて、どこにも入っていなかったから。
 箱に入っていたのは、ただの紙切れ。
 いや、福沢諭吉さんという偉人がプリントされた紙幣だ。
 見たこともないぐらいの束。
 これは……100万円だ!

 生まれて初めて見る札束に、腰を抜かしそうだ。

「あのおっさん……なにを考えているんだ」

 箱の隅に小さなメモ紙を見つけた。

 何か書いてある。

『未来の息子である新宮くんへ。これはほんの気持ちだから、気にしないでね♪』

 お気持ちってレベルじゃねー!
 俺の遺伝子を金で買うってか……。

 最後にもう一言。

『お母さんと妹さんがいると聞いたから、三人分のお土産を入れておいたよ。今度はみんなで我が家へ遊びにおいで。ていうか、もうみんなで一緒に暮らそう♪』

「……」

 10代の若者が、一晩で300万円も手にしちまったよ。
 どうしたら、いいの? これ。

 エントランスから出て、ジーパンのポケットからスマホを取り出す。
 ひなたの家にいる間はスマホを起動できなかったからな。
 昨晩、アンナが梶木をウロウロしていたことも、気掛かりだ。

 マンションから出て、アンナに電話をかけようとした瞬間だった。
 付近の階段に人影を感じた。
 華奢な体型の女?

 長い金色の髪は首元で2つに分けている。
 セーラーカラーのワンピースを着て、階段に腰かけている。
 心なしか、背中がぶるぶると震えているように感じた。

 こちらに気がついたようで、振り返る。

「あ……た、た、タッくん」

 歯をカチカチと鳴らしながら、笑うのは……。

「アンナ! お前、なにやってんだ! こんなところで!」

 思わず叫んでしまった。
 急いで、彼女の元へと走る。
 肩に触れてみると、服越しとはいえ、冷えきっていた。

 長袖のワンピースを着ているが、既に11月も近い。
 朝は冷え込む。


「た、た、タッくん……お、おはよ☆」
 ニッコリと笑って見せるが、元気がない。
 顔は青ざめているし、小さな身体は震えっぱなし。
「どうしたんだ、アンナ。まさか、一晩中ここで俺を待っていたのか!?」
「うん☆」
「……」
 ヤンデレにも程がある。
 
  ※

 とにかく、冷えきった彼女の身体を暖めるため、俺は近くの自動販売機で、コーヒーとカフェオレを買ってきた。
 ホットの方だ。
 甘いカフェオレは、アンナに飲ませて。
 俺用に買ったブラックコーヒーは、飲まずに彼女の頬にあててあげる。

「あったか~い☆」

 なんて喜んでいるが……。
 俺は彼女の行動力に震えあがっていた。
 どうやって、ひなたの自宅を特定したんだ?


 その疑問を彼女にぶつけてみると……。

「え? ひなたちゃんの家? アンナ、一週間ぐらい前から梶木を歩き回っていたんだ☆」
「そ、それで……どうやって分かったんだ?」
「商店街のおばあちゃんとか。パン屋のお姉さんに、『ショートカットの女子高生来てますか?』って一軒ずつ尋ねたの☆」
 探偵かよ。
「それだけで、ひなたの自宅がわかったのか?」
「うん☆ ひなたちゃんがよく行ってる、ペットショップがあってね。そこの店長がよく餌とか配達してるから、住所をコソッと見てきちゃった☆」
 きちゃった☆ じゃないだろ……。
 普通に犯罪だし、ストーカーだ。


 アンナは特に悪びれるわけでもなく、むしろ誇らしげに語る。

「でもね。ちゃんと約束は守ったでしょ☆」
「え?」
「宗像先生に『お互いの取材を邪魔したらダメ』って言われたから、マンションの中には一歩も入らなかったよ☆」
「……」
 俺ってそんなに信用できないのかな?


「ところでさ。なんで、ただの取材が泊りがけになったの?」
 ずいっと顔を近づけて、笑う。
 しかし、目が笑ってない。
 怒ってるよ……その証拠に、エメラルドグリーンの瞳から輝きが消え失せてるもん。
 また、いつもみたいにブラックホールのような底知れない闇を感じる。

「あ、あの……動物と泊ってきただけです」
「どんな?」
「ヘビです……」
「なんで、動物と泊るの? それって取材なの?」
「はい。一応、取材です……」
「一応ってなに? あとタッくん。お風呂入ってない? 石鹸の香りがプンプンするよ。誰と入ったのかな☆」

 もう許して!
 俺はこのあと、彼女に弁解するのに、数時間を要した。

 やっとのことで、アンナの誤解は解けた。
 しかし、俺も彼女に対して、思うことがある。
 それは一晩中マンションの前で、俺を待っていた事だ。


 梶木浜から離れて、キラキラ商店街を歩きながら、アンナに話しかける。

「なぁ。アンナの気持ちも分からないわけでもないが……俺は結構怒ってるぞ」
 そう言うと、彼女は「えっ……」と少し怯んでしまう。
「お前みたいな可愛い女の子が、一晩中あんな所で、座り込むなんて……」
 あれ、俺ってこいつのことを女の子扱いしてない?
「ごめん……」
 しゅんと縮こまるアンナ。
「俺が連絡出来なかったから、心配だったのも分かるが。今後こういうことをするなら、もうアンナと取材を続行できなくなる」
「そんなぁ……」
 涙目で俺を見つめる。
 そんな上目遣いで、可愛い顔してもダメです。
 ちょっと、チューしたいけど。

「アンナ。俺のためとはいえ、こんな危険なことはやめて欲しい。大事な取材対象なんだから」
「うん……やっぱり、優しいね。タッくんって☆ そういう所がスキかな」
 ん? 今、サラッと告白された?
 人格のことを言ってるだけだよね……。


 聞けば、アンナは昨日から何も食べてないと言う。
 余りにも不憫だったので、商店街を抜けて、セピア通りに入った頃。

 一軒の店から良い香りが漂ってきた。
 博多ではソウルフードとして、有名な『もっちゃん万十』だ。

 たい焼きみたいなもので。
 安価で買えるから、若い学生たちが学校帰りに買って、駅のホームで食べているのをよく見かける。


「アンナ。あれを食べて行くか? 腹空いたろ」
「うん☆」

 店に入って、俺は定番のハムエッグを1つ注文した。
 アンナはこの店に初めて来たらしく、メニューを見ながら迷っていた。

「いっぱいあるから、迷う~☆」

 俺は昨日から何1つ口にしていない彼女が、可哀そうだったので。
「好きなものを頼め。俺のおごりだ」と言った。
 最初は断られたが、自分の気が済まないと強く主張したら、折れてくれた。

 かなり迷ったあとに、アンナは「うん、決めた」と頷き、店主に注文する。

「すいません☆ ハムエッグと“とんとん”。むっちゃんバーガーにウインナー。あとツナサラダ。黒あんと白あん。カスタードクリーム。“ごろごろちゃん”を下さい☆」
「あいよ!」
 隣りにいた俺それを聞いて、ずっこけてしまった。
 店のメニュー、全部じゃねーか!
 迷う必要性あったのかよ……。


 小さな敷地だが、テーブルがあったので、そこで食べることにした。

「う~ん☆ おいし~☆」
 饅頭からはみ出るクリームを指ですくうアンナ。
 小さなピンク色の舌でペロッと舐めて見せる。
 やっと、彼女に笑顔が戻って、一安心。

「おいしいね☆ タッくん☆」
 彼女の笑顔を見ていると、なんだか疲れが吹っ飛ぶ。
 エメラルドグリーンの瞳が何よりも輝いて見える。
「ああ……うまいな」
 大食いの女子だけど、なんだか誰よりも一緒に食事を楽しめる。

 でも、今食べてるの30個目なんだよね。
 ちゃんと経費で落ちるかな……。

 ひなたパパから、貰ったお土産。
 現金にして、300万円。
 嬉しいというより、怖くて仕方ない。

 帰宅しても、机の中に隠したまま放置しておいた。
 母さんに見せれば、「BL本に使えるわ!」と歓喜するだろう。
 妹のかなでに見せても、同人エロゲとかに散財するに違いない。
 無職のヒモに近い親父なんかは、もってのほかだ。

 相談する相手がいない。

 次の日にひなたへ電話をかけてみたが。
『お土産ですか? パパに聞いたら、絶対に貰って欲しい。ですって♪』
「そ、それは困るんだ。高額なもので……」
『つまらないものだから、新宮センパイのご家族で楽しんで欲しいみたいですよ』
「えぇ……」
 と断固として、拒否されてしまう。

 悩んだ末、俺は担当編集の白金に電話してみることに。

 300万円という金額を聞いて、白金はこう答えた。
『え、本当ですか? じゃあ、そのまま貰っておきましょうよ♪』
「いや。ダメだろ。贈与税とか関係しないのか……それに、この金を貰ってしまったら。俺がひなたの家に婿入り決定しないか?」
『ないですよ~ 金持ちの冗談みたいなもんでしょ。まあ、贈与税は確かに面倒ですね……じゃあ、こうしましょ』
「なんだ?」
『その300万円をDOセンセイから、弊社が預かります。そして、今後の取材経費に当てたらいいですよ~ それなら、ひなたさんでしたっけ? 彼女の取材にも使えるし♪』
「大丈夫なのか……」
『今度、打ち合わせする時に新聞紙でも巻いて持って来てくださいよ。私のデスクに隠しておきますから♪』
 こいつ、自分で使うんじゃないだろうな。
「わかった。今度、持って行く」
 そう言って、電話を切ろうとしたら、白金に止められた。

『あ、DOセンセイ! もう少しお時間いいですか?』
「なんだ?」
『発売した“気にヤン”の一巻なんですけど。めっちゃ売れていて。売り切れ続出。増版に次ぐ増版なんですって!』
「そうなの……」
 なんか、あんまり嬉しくない。
 だって書きたいものを書いて、売れたわけじゃないから。
 俺の実力でもないし。

『DOセンセイって、いつも“気にヤン”の話になると喜んでくれませんね……。ま、いいですけど。そこでファンから要望もありまして。編集長から早く続きを書いてくれと頼まれたんです』
「ちょっと待て。一巻が発売したの、先月だろ? 早すぎじゃないか」
『ええ、博多社始まって以来、異例の早さってレベルです! なので、二巻と三巻を一週間以内に書き上げてください!』
 ファッ!?
 なんで、そんな超短期なんだよ!

「一週間って……何万字ぐらいだ?」
『20万字です』
 サラッと言うな!
 肩が壊れそうだわ……タイピングで。


「で、出来るだけやってみよう……」
 仕事だからね。
『あとですね。二巻はサブヒロインのひなたちゃんを主にして欲しいんです。それから、次は腐女子のほのかちゃんパートって感じで……』
「ちょっと待て。二巻目で、二人のサブヒロインを交互に出し、尚且つメインのアンナも出す感じか?」
『いえ、違います。二巻はひなたVSアンナって感じで。三巻が腐女子のほのかちゃんが成り上がる感じですね』
「……」

 三巻のくだり、いる?

 白金に言われて、しばらく俺は自室に缶詰状態。
 新聞配達と勉強の時以外は、執筆活動を続ける。
 目が乾くし、肩もバキバキ。

 何故なら、1週間で約20万字を用意しろと言われたからだ。
 編集長の意向で、2巻と3巻を同時発売したいと業務命令が下されたため。
 俺は毎日、死ぬ気で書き続けた。


 2巻は、ひなたと博多で遭遇し、成り行きでラブホに突入。
 それを知ったアンナが、怒ってラブホでにゃんにゃん、コスプレパーティ。
 3巻はただの腐女子パート。
 おまけ感覚。

 
 夜明けに書き上げた原稿をパソコンからメールにて、博多社へ送信。

 あっという間の一週間だった。
 ふと、カレンダーを見れば、今日は日曜日。
 スクリーングの日だった。

 寝不足だが、仕方ないので軽く朝食を済ませて、小倉行きの電車へと乗る。
 
  ※

 席内(むしろうち)駅についた。
 だが、俺が予想していた光景とは違い、自動ドアのプシューという音だけが鳴って、扉は閉まってしまう。
 “彼”が乗ってこない。

 ひょっとして、遅刻か?
 いや、あの性格だ。ありえない。
 
 とりあえず、俺は目的地である赤井駅に列車がたどり着くのを待った。
 赤井駅について、しばらくホームで彼を待っていたが、どの列車にも乗っていなかった。
 諦めて、一ツ橋高校へと先に向かうことにした。

 心臓破りの地獄ロードを越えると、一人の女性が立っていた。
 オフホワイトのジャケットに、同色のタイトスカート。
 これだけ見れば、ただの女教師って感じだが。
 ジャケットの中が問題だ。
 ワインカラーのチューブトップを着用しており、そこからはみ出る2つのマスクメロン。
 そして、タイトスカートも超ミニ丈。
 おまけに足もとは、ピンヒール。

 どこの立ちんぼガールですか?
 はい、宗像 蘭先生です。

「お! 新宮じゃないか! ちゃんと登校して偉いぞ!」
「なんだ……宗像先生か」
 一瞬ミハイルだと思ったから、落胆してしまう。
「宗像先生か……とはなんだ? この蘭ちゃん先生がいないと学校が回らんだろう」
 いや、お前がいなくても大丈夫。
 むしろ、いなくなれ。

「そういう意味じゃなくて……ですね。あの、ミハイル。古賀は来てないんですか?」
 俺がそう言うと、宗像先生は目を丸くする。
「ああ、古賀な。熱が出て大変らしいな」
 当たり前のようにいうから、俺は声を大にして叫ぶ。
「えぇ!?」
「ん? 新宮は聞いてなかったのか? 一週間ぐらい前から寝込んでいるって聞いたぞ。ヴィクトリアからな」
 一瞬にして、状況を理解した。
 
 俺のせいだ……。
 先週、ひなたと梶木で泊りがけの取材をしたから。
 あの時、アンナは心配して、マンションの前でずっと俺を一晩中待っていた。
 朝に彼女を見つけた時。ガタガタ震えていたもんな。
 きっと、あの日のことで、風邪を引いたのだろう。


「……」
 罪悪感で胸が押し潰されそうになる。
 俺が黙り込んでいると。

「どうした? そんなに心配か? ヴィクトリアが言うには、高熱が続いているのに。学校に行くって、ふらつきながら家を出ようとしたから、止めるのに大変だったらしいな」
「え……ミハイルがですか」
 彼なら、やりかねない行動だ。
「ま、『高熱でも学校に来い』とは、先生なら言えんからな。ちゃんと静養しておくように伝えておいたぞ。新宮も寒くなったから、風邪には気をつけろよ、だぁはははっははは!」
「……」
 いつもなら、この下品な笑い声を聞いて、ツッコミを入れるところだが。

 そんなことよりも、彼の身が心配だ。
 しばらく、地面を見下ろして考え込む。

 俺のせいで。アンナ……いや、ミハイルが身体を壊したって言うのなら。
 それなのに……俺だけ登校してもいいのか?
 スクリーングは最低でも4回ぐらい、通学しないと単位がもらえないって聞いた。

 なら……ダチの俺は。


 パン! と自身の頬を両手で叩く。
「よし。決めた」

 その力強い音に驚く宗像先生。

「ど、どうしたんだ? 急に?」
「宗像先生! 俺、今日。休みます!」
「え……?」
「俺も高熱なんで、帰ります! 欠席扱いで良いっす!」

 そう言うと、俺は先生に背中を見せて、勢いよく坂道を駆け下りる。

 待っていろ。ミハイル。

 背後から宗像先生の叫び声が聞こえてきたが、俺の身体には響かない。
 頭の中は、苦しむあいつの姿でいっぱいだったから。

 やってしまった。
 勢いとはいえ、初めてスクリーングを自らの意思で休むとは……。

 俺は小倉行きの電車へと乗り込み、ミハイルの住む席内(むしろうち)駅へと向かった。
 彼の住む街に来るのは、随分と久しぶりに感じる。

 急いで商店街を走り抜け、目的地であるパティスリーKOGAの前で立ち止まる。
 まだ朝が早い事もあってか、店内には客が一人もいなかった。
 店の扉を開くと、ベルの音が鳴る。

 その音に気がついた店主が、笑顔でお出迎え。

「いらっしゃいませ~」

 コックコートに身を包んだ一人の女性が、カウンター越しに立っていた。
 長い金色の髪は、首元で1つに結い、左肩に下ろしている。
 2つの瞳はエメラルドグリーン。
 一見すると、ハーフの美人なのだが……。

 客が俺と見るや否や。
「チッ……なんだ、坊主か」
 と吐き捨てる始末。


 いつもなら、その塩対応に困惑するが。
 今はそれどころじゃない。
 早く彼の安否を知りたくて、仕方ないんだ。

「あ、あの! ヴィッキーちゃん! み、ミハイルは……あいつは今どういう状態なんですか! 病院へ連れて行かなくても、大丈夫なんすか!」
 いきなり、マシンガンのように言葉を連発したせいか、ミハイルの姉は驚いていた。
「な、なんだ急に……。ミーシャなら二階で寝てるよ。ていうか、坊主こそ学校はどうした?」
「俺のことなんて、どうでもいいです! 早くミハイルに会わせてください!」
「お、おお……」

 強い俺の想いにヴィクトリアは、圧されてしまったようで。
 自宅である二階へと案内してくれた。

 玄関の鍵を開けたあと、彼女は「まだ店があるから」と仕事に戻っていった。
 別れ際にミハイルの状態を軽く説明されたが。
 
 一週間前ぐらいまえに、一晩中どこかを徘徊したので、きつく説教したら。
 次の日から高熱を出して、寝込むようになったとか。
 病院にも連れていったが医師からは「身体を冷やしすぎただけ」とのこと。

 その説明を聞いて、俺は罪悪感でいっぱいだった。

 だが、自分のことより、早く彼の元へと駆けつけたいという、想いの方が強い。
 心配だし、あいつの顔を見るまで安心できない。

 唾を飲み込んで、決心し、玄関の扉を開く。

 家の中に入ると何故か甘い香りが漂っていた。
 きっと他人の家だから、玄関の芳香剤か、使用している洗剤とかの違いからだろう。
 女子の家って感じ。

 靴を脱いで、ゆっくりと廊下を歩く。
 あまりうるさくすると、彼が起きてしまうと思ったから。
 スタジオデブリやネッキーの可愛らしいポスターで、左右は埋め尽くされている。

 廊下を抜けると広いリビングがあり、左右に部屋がある。
 各部屋の扉には、可愛らしいネームプレートが飾ってあり。
 右側は『ヴィッキーちゃんの部屋』反対側に『ミハイル☆』と書いてある。

 俺は、彼の部屋の前で立ち止まる。
 一応ノックだけはしてみた。

「ミハイル? 俺だ。入ってもいいか?」
「……」

 反応がない。
 やはり寝ているのだろう。

 仕方ないので、ゆっくりとドアノブを回す。

 部屋に入った瞬間、俺は言葉を失った。
 ベッドの上で、一人身体を丸めて、寝込む彼の姿を見たからだ。
 いつもの元気な彼ならば、白くて透き通るような肌を、見せてくれるが……。
 高熱のせいか、赤色に染まっている。
 息は荒く、終始「う~ん」と唸っている。

 その場にリュックサックを投げ捨て、彼の元へと駆けつける。

「み、ミハイル! 大丈夫か!?」
 俺が必死に話しかけても、彼の耳には届かない。
 多分、高熱のせいだ。
「ううん……」
「……ミハイル」

 俺はせめてもの罪滅ぼし。
 いや、自分が安心したかったからか。
 彼の小さな細い手をギュッと掴んで、自分の額に当てた。
 高温だとすぐに分かった。

 気がつくと、目頭が熱くなり、頬を涙が伝うのを感じた。

「わ、悪い……俺のせいで、学校を休ませて。お前にこんな辛い思いさせちまって……」

 自分でも、何故こんなに彼のことを心配するのか、分からなかった。
 高々、学校を休んだぐらい。熱が出たぐらい。
 別にミハイルが死ぬってわけじゃないのに……。
 
 今はとにかく、こいつのそばにいてあげたい。
 それしか、思いつかないんだ。