廊下の床に座り込んでいるひなたが、その二人を交互に見つめて、こう言った。
「え、アンナちゃん?」
初めて見る彼女からすれば、間違ってしまうのは仕方ない。
瞳の色以外は、双子ってぐらいにそっくりなのだから。
俺はひなたに手を貸して、立ち上がらせてあげる。
「大丈夫か? ひなた」
「ええ……新宮センパイ。一体、どういうことなんですか? なんで、アンナちゃんが高校に。それに私の胸を触ってきて……もしかして、レズだったんですか?」
「……んなこと、あるわけないだろ」
思わず、冷静に突っ込んでしまう。
だってアンナは男だからレズビアンにはなれない。
いや、自分を女だと思って、同性が好きと言うのなら、可能か……。
と、どうでもいい事を考えていると、当の本人が怒鳴り声をあげていた。
「お、お前! いきなり、何するんだよ! ひ、ひとの胸なんか触って!」
ミハイルはかなり興奮している様子だ。
だが、それよりも自分にそっくりなマリアを見て、驚いているようだ。
対して、マリアは特に悪びれるわけでもなく、鼻で笑う。
「フン。別に減るものでもないでしょ? あなたが女の子だと思ったから、触ったのよ。タクトの好みに一番近いルックスだったから」
あいつ、人のことをなんだと思ってるんだ……。
しかもその言い方だと、「タクトはあなたが好きです」って代弁しているようなものじゃないか!
「ハァ? お前、タクトのなんなんだよ!? タクトはオレのダチだっ!」
両者は一歩も怯むことなく、至近距離で睨みあう。
「私は冷泉 マリア。タクトの婚約者よ」
余裕たっぷりと言った感じで、長い髪をかきあげる。
聞きなれない言葉にうろたえてしまうミハイル。
「こ、こ、婚約者!?」
視線を俺に向けて「ウソだろ」みたいな顔で怯んでいた。
オーマイガー!
絶対に会わせたくない、二人が出会ってしまった……。
気まずかった俺は、視線を逸らす。
脇から汗がにじみ出るのを感じた。
生きた心地がしない。
※
驚くミハイルに構わず、マリアは話を続ける。
「ねぇ。あなたが例のブリブリ女。アンナじゃないの?」
そう問われて、ミハイルはビクッと背中を震わせた。
「あ、アンナは……お、オレのいとこだ!」
「いとこねぇ。それにしても、おかしいわ……タクトの書いた小説では、確かこんな表現で描かれていたのよ」
細い顎に手を当てて、考え込むマリア。
そして、記憶力の良い彼女は、俺の書いた文章をペラペラと語り出す。
「えっと……ヒロインはヤンキーで主人公のため、好みにあわせた地雷系ファッションを着用する痛い子で。ハーフ、低身長の華奢な体型。そして、タクト好みのペドフィリアタイプ……つまり、貧乳ってことね」
酷い。俺が書いたとはいえ、面と向かって本人の前で晒すなんて……。
自身のルックスを詳細に語られて、ミハイルは顔を真っ赤にしていた。
「そ、それは……オレじゃない! いとこのアンナだ!」
なんて言い訳するが、どうにも歯切れが悪い。
本人だからね。
「ふぅん。おかしいわね……この高校にタクトが通学していると、出版社の人から教えてもらったから、校内の女子高生を片っ端から探したけど。一番ヒロインに近い体型は、あなただわ」
マリアはミハイルを怪訝そうな顔で見つめる。
「ち、違うって言ってんだろ! オレは男だ! タクトのヒロインは、女の子のアンナなのっ!」
「あら、そうなの……残念ね。確かにこの手に残る感触は、タクト好みのペドフィリア胸部だったのだけど」
なんて、自身の右手を開いては閉じて、思い出している。
ていうか、ペドフィリア胸部ってなんだよ!
いきなり婚約者と名乗る女の子が現れて、ミハイルは驚きを隠せずにいた。
身体をプルプル震わせて、どこか怯えているようにも見える。
あの伝説のヤンキーがだ。
きっと、自分にそっくりな女の子が、この世に存在している事が信じられないのだろう。
しばらく、涙目でマリアを黙って睨みつけた後……。
なにかに気がついたようで、「あぁっ!」とマリアの顔に指をさす。
「お前だろ! タクトに無理やり、胸を触らせた女って!」
それを聞いたマリアは、至って冷静に答える。
「胸を触らせた、ですって? 別に普通のことでしょ。だって、タクトとは10年前からの付き合いだもの。それにタクトが約束してくれたのよ。心臓の手術に成功して、貧乳だったら、結婚してあげるってね」
ファッ!?
もういい加減にして、マリアさん……。
「け、け、結婚だと! お前……タクトが優しいからって、何でもかんでも好きにしていいわけじゃないぞ!」
そう強がってみせる彼だが、白くて長い2つの脚がガクガク震えている。
「フンッ。男のあなたには関係のないことでしょ。私からタクトを奪ったブリブリ女を一目拝んでやろうと、女子高生たちの胸を触っていただけよ」
えぇ……同性でも犯罪でしょ。
ミハイルとマリアが激しく言い争っているなか、隣りで聞いていたひなたが、低い声で言う。
「センパイ、こっち向いてください」と。
俺は黙ってそれに従う。
彼女の方へ首を向けると、一発。
パァン!
右の頬を平手打ち。ひなたの必殺技ですね。
「いって……なにすんだよ」
俺の問いに答えず、更にもう一発。
パァン!
今度は、反対の頬をブッ叩く。
「いっつ! お前、なにすんだ……」
ひなたの顔を覗き込むと、鋭い目つきでこっちを睨んでいた。
「新宮センパイ。あのマリアって子の胸を触ったんですね」
「え……」
「最低です。一発はアンナちゃんの分。もう一発は私のです」
なに、その自分ルール。
めっちゃ痛いし、理不尽すぎませんか。