気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 目的地である赤井駅に到着して、一ツ橋高校へと向かう。
 ミハイルと二人で歩道を歩いていると、目の前に全日制コースの女子高生たちが目に入った。

「昨日の“めちゃウケ”見た? マジ面白かったよねぇ」
「ウソ? 録画してないわぁ。最後どうなったの?」
「えっとね……」

 俺は録画しているけど、まだ見てないんだよ!
 オチを言うな!

 なんて、女子高生のスカートを睨んで……いや、鑑賞していると。
 その子たちにビタッと、くっつくように密着して歩くおじさんが一人。
 もう秋だってのに、半袖のTシャツを着ていて、サイズがあってないのか……。
 ピチッピチで汗だく、背中が透けて見える。
 しかも剛毛だ……キモッ。
 朝からエグいもん見て、吐きそうだわ。

「ふぅ~ ふぅ~ なるほど……現役JKのスカート丈は、これぐらいか。写真を撮っておかないと……」

 なんだ、この不審者は?
 首を傾げていると、ミハイルがおっさんに声をかける。

「あっ、トマトじゃん! おはよ~☆」
 彼の声に気がつき、振り返る汗だくの豚……じゃなかった。
 イラストレーター。トマトこと、筑前(ちくぜん) 聖書(ばいぶる)さんだ。
「これはこれは。ミハイルくんにDOセンセイじゃないですか! おはようございます」
 なんて、親指を立てて笑うが。
 どうしても彼の頭に視線が行ってしまう。
 頭に巻いているバンダナだ。2次元の萌えキャラがパンチラ全開でプリントされている。
 こんな大人にはなりたくない。

「トマトさん。そう言えば、今日から一ツ橋高校の生徒なんですね」
「ええ。白金さんに『ちゃんと現役JKを盗撮してこい』って業務命令出されているんで」
「……トマトさん。あのバカの言う事、鵜呑みにしちゃダメですよ」
「でも、それが僕とDOセンセイの取材でしょ?」
 お前と一緒にするな!

  ※

 トマトさんと合流した俺たちは、三人で登校することにした。
 歩きながら、小説版“気にヤン”のイラストの話になる。

「あの、トマトさん……別に責めるつもりはないんですけど。俺の小説をちゃんと読んでからイラスト描いてくれました? あれ、もう別人なんですけど」
 俺がそう言うと、隣りで聞いていたミハイルも「うんうん」と頷く。
「読みましたよ。でも、肝心のモデルさんの写真が提供してもらえなかったので、僕が一番可愛いと思った女性を一生懸命、描きました」
「う……」
 確かにアンナの正体は、隠さないといけないからな。
 仕方ないか。

 妹のピーチがちゃんと綺麗にアンナを描いてくれたから、良しとしよう。
 
 だが、トマトさんの発言に納得しないのは、モデル本人であるミハイルだ。
「あのさ! じゃあ、トマトが描いたモデルって。実際のヒロインよりもカワイイってことだよね!」
 ちょっと涙目で怒ってる。
「まあ……僕の中ではそうですね。あの人は、天使です。花鶴 ここあさん」
 言いながら、空を見上げるトマトさん。
 きっと、どビッチのここあを思い出しているのだろう。
「もしかして……トマトって。ここあのことが好きなの?」
 ストレートに言うなぁ、ミハイルのやつ。
 見透かされたみたいな顔で、驚いてみせるトマトさん。
「あ、あの……なぜ、わかったのでしょうか?」
 そんなもん。見りゃ分かるよ、誰でも。
 ミハイルは「へへん」と自慢げに語り始める。

「だってさ。トマトって実際のモデルがいないと描けないわけじゃん。ここあをモデルにしたってことは、好きだからでしょ? 愛がないとあんなに上手く描けないよ☆」
 驚いた。
 このアホなヤンキーから、愛なんて言葉が出るとは。
「そ、その通りです……あんな美しい女性。この世で、僕は見たことがないです!」
 よっぽど好きなんだな。
 話し方にも熱が入るし、拳まで作って、こんな田舎町で愛を叫ぶのか。豚は。

 25歳が18歳のJKに恋か。
 犯罪じゃね?

 唾を飛ばしながら語るトマトさんを、俺は呆れて眺めていた。
 だがミハイルは、彼の唾さえ避けずに優しく微笑む。

「おーえん、するよ☆ ここあのことなら、オレなんでも知ってるから☆」
 えぇ……。
「本当ですか!? ミハイルくん!」
 彼の肩を汗だくの肉まんみたいな手で掴む。
 なんか見ていて、イラッとするわ。俺のダチなのに……。
「うん☆ 小さな時からダチだから、好きなものとか、全部知っているよ☆」
 エメラルドグリーンの瞳が、より一層輝いて見える。
「じゃ、じゃあ……これ、聞いてもいいかな?」
 急に歯切れが悪くなったな。
「遠慮すんなよ☆ オレもトマトも、ダチだからさ☆」
「……本当にいいんですね!?」
 ミハイルの華奢な身体を、両手で力強く前後に振る。
 無抵抗な彼を良いことに、至近距離で、顔面めがけて大量の唾液を噴射。
 そんな汚物さえ、ミハイルはニコニコ笑って受けとめる。

「いいってば☆ 早く言いなよ☆」
「あのですね……ここあさんって、彼氏いないんですか!?」

 トマトさんの問いを聞いて、確かに俺も気にはなった。
 あいつの噂は、どがつくビッチでいっぱいだからな。

 この時、ミハイルの綺麗な顔は、唾液でビチャビチャに汚れていた。
 クソがっ!
 相変わらず、ニコニコと女神のように笑っている。

「カレシ? いないよ☆」
「え、本当なんですね! じゃあ、処女ってことですか!?」
 それを聞いて、今度は俺が地面に大量の唾を吹き出す。
「ブフーーーッ!」
 あのギャルが処女なわけないだろ……。

 しかし、次の瞬間。ミハイルの小さな口から驚きの言葉が出てくる。

「そうだよ☆ しょじょって、そーいう経験がないってことだよね? ないない☆」
 トマトさんの代わりに、俺が絶叫する。
「えええーーー!!!」

 ウソだ。ウソだ!
 あんなパンツを恥ずかし気もなく、見せびらかす汚ギャルが処女だと!?
 認めたくない!


 驚く俺を見て、ミハイルが首を傾げる。

「タクト、どうしたの?」
「いや……その話。本当なのか」
「オレがウソつくわけないじゃん☆ ここあは男と付き合ったことなんて、ないよ☆」
「えぇ……」
 トマトさんはそれを聞いて歓喜する。

「よっしゃーーー! 絶対にここあさんと結婚してみせるぞ!」
 やめとけ……おっさんのくせして。

 更にミハイルは追加の情報を提供してくれた。

「あ、ついでに言うと、リキもないよ☆ でも、ほのかと仲良くなるから、関係ないか☆」
「はぁ……」
 俺たち、一ツ橋高校の生徒ってみんな童貞と処女で、一生を終えるんじゃないか?

 全日制コースの三ツ橋高校の校舎が見えてきた。
 まあ恒例行事となった通称、心臓破りの地獄ロードを登ったから、息を切らしているのだが。
 校舎の裏側へと進み、教員用の駐車場に入る。
 本来ならば、教師や関係者のみが使用していい場所だが、ヤンキー共は言う事を聞かない。
 所謂、族車とかいう違法改造した派手な車で通学してくる。
 だから、一ツ橋高校の玄関前は、治安がよろしくない。
 
 トランクをわざと全開させ、巨大なウーハーから爆音を流す迷惑行為。

「きゃはは、この“トラック”超イケてんじゃん」
 とタバコをふかしながら、笑うのは柄の悪そうなヤンキー。
 見たところ、年は俺より下に見える。
「だろ? 俺がリミックスしたんだわ。センスあるべ?」
 もう一人のヤンキーもかなりオラッてんなぁ……。
 
 二人とも前の学期では見たことない顔だ。
 多分、トマトさんと同じく今学期から、入学したタイプか。

 ていうか、めっちゃイキってる二人が流している爆音の曲がな……。
 ブリブリのアイドルソングなんだよ。
 今流行ってる大人数の女性アイドルグループ。
 これをわざわざリミックスする必要性があったのか?


 俺は彼らと一緒にされたくないと、嫌悪感を抱く。
 そして、ミハイルとトマトさんに「早く校舎に入ろう」と促す。
 しかしトマトさんがそれを拒んだ。

 一ツ橋高校の玄関近くには、指定の喫煙所がある。
 と言っても、宗像先生が適当に作った簡易的なものだ。
 ボロいベンチが1つあって、その下にペンキ缶が置いてある。灰皿代わりだ。
 全日制コースの校長が怒るから、必ず指定の場所で吸えということだが、守らない生徒も多い。
 しかし、今ベンチに座っている生徒はしっかりルールを守っている。
 
 赤髪が特徴的なギャル。花鶴 ここあだ。
 ベンチに腰を下ろしているが、ヒョウ柄のパンツが丸見えだ。
 片足をベンチの上に載せているから、必然とスカートの中が見えてしまう。
 キモッ……。

「あーもう、つかないじゃん!」

 何やら苛立っているようだ。
 手に持った銀色のライターを何度もカチカチとやっている。

 その姿を凝視するのは、俺の隣りにいる豚だ。
 目を血走らせて、鼻息を荒くする。
「もふー! 僕の天使さんだ!」
 いや、まだお前のものではないし、これからもないだろう。

 当の天使と言えば、タバコを咥えたまま、何度もライターをいじっている。
「イラつくっしょ! あぁ~ クソがっ!」
 なんて下品な女だ。パンツ見えても気にしないし、これのどこが天使なんだ?

 ここあに近づく2つの影。
「ねぇねぇ、おねーさん。タバコつかないの?」
「俺らが貸してあげるべ」
 先ほどのヤンキー二人組か。

 好意で火を貸してあげるってことか。
 ま、喫煙者なら普通の行為か。


 しかし、ここあは近づいてきた二人を鋭い目つきで睨む。
「誰?」
「俺ら、今日から入った後輩。仲良くしてよ、おねーさん」
「てかさ、パンツ見えてるけど?」
 なんてヘラヘラ笑いながら、彼女のスカートを眺めている。
 そうか。こいつら、ナンパ目的だったのか……。
 と気がついた時には、もう遅かった。

 俺の隣りにいるトマトさんが、顔を真っ赤にして怒りを露わにする。

「ブヒィーーッ! よくも僕のお嫁さんをいやらしい目で見たな!」

 いや、お前も大して変わらんだろ。


 ここあとヤンキー二人組の押し問答は、しばらく続いた。
 俺は「早く校舎に入りたい」とミハイルに言ったが、首を横に振る。
「トマトが今からここあを落とすかもしれないから☆」と面白がっていた。


「おねーさん。名前、教えてよ。可愛いねぇ」
「地元、どこ? 帰り車で送ってあげるべ?」
 よく堂々と高校でナンパできるな。
 しかも、二人とも未成年のくせして、片手にタバコだぜ?
 カオスな高校……。

「あんさ~ さっきから言ってけど。あーし、ダチとしか吸わないの。それにこのライターでしか吸いたくないわけ」

 そうだった。
 ここあという人間は、友情を大切にする性格だった。
 だから、一見さんお断りなビッチてことだな。


 一連の会話を眺めていたトマトさんは、更に興奮しているように見える。
「ブヒィーー! 許せない! ここあさんをニコチン中毒にさせたのは、あのクソヤンキー共に違いない!」
 えぇ……元から喫煙者だったよ。
 俺はさすがに止めに入ろうと、彼の肩を掴む。
 汗でベッタリして気持ち悪いけど。
「あの、トマトさん? ここあは最初からタバコ吸ってましたよ? あんまり、ヤンキーに関わらない方がいいですよ。トラブルで退学になったら嫌でしょ?」
 そう説得してみたが、彼は聞く耳を持たない。
「許すまじ! 僕のお嫁さんを汚すとは!」
 うわっ、ダメだこりゃ。


 トマトさんは、ずかずかと音を立てて、喫煙所に乗り込む。
 そして、若いヤンキーに二人に対し、ビシッと指をさす。
「君たち! 彼女が嫌がってるじゃないか! タバコを強要……僕の大切な女性を洗脳するのはやめたまえ!」
 勝手に犯人扱いされた男たちは、トマトさんを見て顔をしかめる。
「なんなの、おっさん?」
「俺らがいつタバコを押し付けたって?」
 うわっ、すげぇキレてる。
 さすが現役のヤンキー君だわ。離れていても、物凄い迫力を感じる。
 だが、トマトさんも負けない。
「君たちだ! 彼女にタバコを吸わせた悪いやつは! 僕の大切な人を傷つけるのはやめたまえ!」
 酷い……ヤンキー君たちは、別に悪くないのに。
「おお、ケンカ売ってんだ。おっさんは?」
「いいよ。やりたいなら、いくらでもやるべ」

 ヤバい、スイッチ入っちゃったよ。
 このままじゃ、絶対トマトさんがボコられる。

 どうしよう……。
 そうだ、いるじゃないか。
 この状況を打開できる伝説のヤンキーが隣りに。

 俺は慌てて、ミハイルに助けを求める。
「おい。ミハイル! 頼む、トマトさんを助けてくれ! 俺じゃ絶対、あのヤンキーを止められない!」
 だが、彼はニコニコ笑ってこう言った。
「イヤだ☆」
「え……どうして」
「だってさ。これ、今から面白くなるじゃん☆ トマトが殴られても、ここあのハートをキャッチできるチャンスだよ☆」

 この人、本当に酷い!

 一発だった。
 ワンパンチ……というか、かる~く小突いた程度。
 攻撃する方も相手が弱いと分かった上で、配慮してくれたのだと思う。
 それに汗でベトベトの身体には、あまり触れたくないし。

「ぎゃふん!」

 まだ幼さが残る一人の少年に、片手で軽く押されただけで、アスファルトに叩きつけられる25歳。
 それを見たヤンキー君たちはうろたえる。

「えぇ……俺、軽く押しただけだぜ?」
「ああ。ちょっと弱すぎだべ」

 確かに彼らの言う通りだった。
 正直、入学式で殴ってきたミハイルの方が遥かに強い。

 しかし、トマトさんは地面に倒れ込み、うめき声をあげている。

「ぐふっ……ぼ、暴力で物事を解決する君たちは……最低だっ!」

 ケンカを売ったのは、トマトさんだし、まだ始まってもないのに、少年たちは大の大人に罵られる。

「いや、挨拶程度に胸をちょっと触っただけど……」
「そ、そうだよ……それにおっさんからケンカを売ってきたべ?」

 なんだ。この茶番劇は?
 

 自分から吹っ飛ばされに行ったトマトさんだったが。
 確かに強く倒れ込んだ為、肩にかけていたトートバッグが、投げ飛ばされてしまう。
 少年達の足元に。

 地面に転がったバッグの中からは、スケッチブッグがはみ出ていた。
 きっと、仕事に使っているものだろう。
 それに気がついたヤンキーくんが、拾って中を開いてみる。

「なんだこれ? 女の子?」
「うわっ……オタクの絵じゃん。キモッ……」


 確かにトマトさんはキモいが、彼の描くイラストは一級品だ。
 それは俺が認めるほどだ。
 どんな理由があったとしても……人が頑張って作ったものを馬鹿にするなんて。
 黙って見過ごそうと思っていたが、俺も腹が立ってきた。

 彼らの元へと近づき、「おい!」と叫ぼうとした瞬間だった。
 俺より前に一人の少女が叫ぶ。

「ちょっと! あんたらさぁ~!」

 ギャルの花鶴 ここあが見たこともないぐらい、険しい顔で二人を睨んでいた。
 のしのしとゆっくり歩く姿は、伝説のヤンキーと言われる迫力を感じる。

「あーしのダチに、なにしてくれてんの? “バイブ”はマブダチなんだわ!」
 そう言って少年達を交互に睨みつける。
 怒ってるのは見たら分かるけど、バイブっていうトマトさんのあだ名がね。

 ここあの剣幕にうろたえる少年達。
「いや……別にそういうわけじゃ……」
「そうだよ。あのおっさんがキモい絵を持ってたから、笑っちゃっただけだべ」
 この一言が更に、ここあを怒らせた。
 少年達が持っていたスケッチブックを取り上げて、中身を開いて見せつける。
「あんさぁ……この絵は、モデルがあーしなんだわぁ」
 低い声で脅しに入る。


 重たい空気が流れる。
 少年達も別に悪意があって言ったわけじゃない。
 知らなかっただけだ。

 しかし、ここあの怒りは止まらない。
 彼女は友情を何より大切にする人間だから。


 緊迫した状況を壊してくれたのは、1つの音だった。

 ドドドッとバイクの音が近づいてくる。
 千鳥 力が駐車場にやってきたのだ。
 腐女子の北神 ほのかと一緒に。

 何も知らない彼は、呑気に笑顔で挨拶してくる。

「よう! タクオにミハイル!」

 後ろに好きな女の子を乗せているせいか、上機嫌だ。
 気まずい空気だが、思わず挨拶を返してしまう。

「おう……おはよう。リキ」
 続いてミハイルも便乗する。
「おはよ~☆ 今日も2ケツしてんだね、ほのか☆」

 この人、さっきのやり取りを見ても、なんて思ってないんだね……。
 アイアンメンタルで怖すぎ。

 だが、ここあは相変わらず、少年達を睨み続けている。
 今すぐにでも、殴りかかるような怖い顔で。
 少年達はどうしていいか、わからず固まっている。

「あの……俺たち、別にそういう意味じゃなくて」
「そうそう。おねーさんが可愛かったから、仲良くなりたかっただけだべ」
 弁解する彼らに対して、メンチをきかせるここあ。
「あぁん!? あんたらさぁ。あーしら、なめてっと痛い目みるっしょ!」

 怖っ! 普段はアホそうなギャルのくせして。
 こういう時は、やっぱりヤンキーらしいのね。

 ここあの怒鳴り声を聞いて、リキが異常を察知する。

「おいおい。ここあ、なにガキ相手にキレてんだよ?」
 バイクから降りてここあの肩を掴む。
 興奮している彼女は振り返ると、苛立ちを露わにする。
「リキはちょっと黙っててくんない? 今、ダチのバイブがヤラれて、ムカついてんだわ!」
 なんか、彼女の熱意はしっかりと伝わってくるけど。
 その会話だと、ヤンキーくんがトマトさんをバイブ責めしたみたい……。
「だからって、ケンカすることないだろ? 見たところ、バイブだったけ。ケガもないようだし。な、ミハイル?」
 困ったリキがこちらに話を振ってくる。

 この状況でもずっとニコニコと笑っているのは、ミハイルだけ。
 彼は嬉しそうに答える。
「そうそう。トマトなら、ボコられても大丈夫☆ 好きな人のためなら、骨折しても我慢できると思う☆」
 鬼畜よ! この人!


 ずっと黙っていた少年達がようやく話し始める。

「え……ここあって、まさか。“どビッチのここあ”!?」
「ってことは、あっちにいるハゲは、“剛腕のリキ”」

 伝説のヤンキーだと知って、驚きを隠せないようだ。
 ここあとリキの顔を交互に見て、口をパクパクと動かしている。

 そして最後に目が行ったのは、俺の隣り。

「「あいつは“金色(こんじき)のミハイル”だぁ!」」

 と指をさして、震えあがる。
 なんかもうさ……そのあだ名、聞き飽きたよ。
 んで、こう言うんだろ?

「「伝説のヤンキー、それいけ、ダイコン号だぁ!」」

 俺はその名前を聞いてため息が出る。
「はぁ……」


 ナンパした相手が、伝説のヤンキーの一人だと分かった二人は、慌てて車に乗り込む。
 後ろのトランクは開いたまま、急発進する。
 もちろん、巨大なウーハーからは、爆音でアイドルソングが流れている。

『萌え、萌え♪ 君を釘付けさせたいのよ♪ スキ、スキ、ビーム♪』

 かくして、一ツ橋高校に平和が戻ったのである。
 しかし、後に宗像先生から聞いた話では、少年たちはこの日に自主退学を決めたそうだ。
 もう……経営難で廃校するかも。

 伝説のヤンキーというビッグネームにより、トマトさんは救われた。
 というか、勝手に自爆したアホだが。

 しかし、彼のここあに対する想いは、少なからず通じたようで。
 倒れたトマトさんに優しく手を差し伸ばすここあを見て、一安心した。

 みんなで校舎に入る際、ここあはどこか寂しげな顔をしていた。
 小さな声でボソボソと呟く。

「あーしもタバコやめよっかな……みんなと吸わないと美味しくないし」

 俺はそれを聞いて、少し感心した。
 まあ、喫煙が悪い事だとは思わないが……。
 食事でもぼっち飯は美味しく感じないものな。
 似たようなものか。

  ※

 一時限目の科目は、現代社会だった。
 この授業を担当している先生は、確か元一ツ橋高校の生徒で。
 宗像先生が卒業したあとに、コネで就職させてあげたとか。
 だから、いつも弱みを握られた彼は、いいように利用されている。

 一学期と違って、教室の雰囲気はがらっと変わっていた。
 俺の右隣にミハイルがいるのは、変わらないが。
 左にほのかがいたのに、今は後ろの方に移動している。
 リキと話をしているからだ。
 主に「受け」とか「攻め」とか卑猥なトークだが、盛り上がっている。

 ここあもトマトさんという、新たなダチが出来てなんだか楽しそう。

「あはは! なんで、バイブってそんなバンダナを巻いてんの? どこで売ってんの? ウケるんだけど!」
「こ、これは、エロゲの特典です、ブヒッ!」

 なんて品のない学生たちだ。
 俺が呆れていると、隣りに座っているミハイルが満面の笑みでこう言う。

「タクト☆ オレの言った通りになったろ☆ あの二組、絶対くっつけようぜ☆」
「……」
 ミハイルって、アホなふりをしているだけなのかな。
 確かにこいつの思う通り、事が進むから怖いんだけど。
 マインドコントロールとかされてない? 俺たち。


 教室の扉がガラッと開く。
 しかし、予想していた光景とは違った。
 黒板の上にあるスピーカーから、不穏なBGMが流れ出す。
 そして、登場したのは一人の痴女……。

 際どいレオタード姿だ、ハイレグの。
 長い脚は網タイツで覆われている。
 収まりきらなかった巨大な2つの胸は、はみ出ている。
 見ているだけで吐きそう……。

 なぜか巨大な肩当てを身に着けて、中世ヨーロッパの戦場に参戦する傭兵のようだ。
 鋭い目つきで、空を睨む。あ、ただの天井ね。
 そして、こう語りだす。

「それは……教科書と言うには、あまりにも大きすぎた」
 俺は椅子から転げ落ちる。
 ふざけろ! あの名作を汚すな!

「大きく、分厚く……そして、リアル過ぎた……」
 ん? なんか最後が違うぞ。

「それは正に……闇深いマンガだったぁ!」

 アラサーのバカ教師が力強く叫ぶ。
 もちろん、なにが起こった理解できない生徒たちは静まり返る。


 ツカツカとハイヒールの音を立てて、教壇に立つ。

「いいか! 今から現代社会の時間を始める。全員、前に来い!」

 と勝手に授業を始めだす宗像先生。
 おかしい。この人は確か日本史の教師だったはず。

 すかさず、俺が突っ込みをいれる。

「宗像先生っ! ちょっといいですか?」
「なんだ? 新宮。お前もこのコスプレしたいのか? 大剣はないぞ?」
 いるか! フィギュアで間に合ってるわ!
「あの、現代社会の先生はどこに行ったんですか?」
 俺がそう言うと、宗像先生は難しい顔をする。

「あいつなぁ……前期で思うように生徒たちへ指導できてなくな。クビにした」
「えぇ!?」
 なんてブラック企業。

 あまりにも無慈悲な辞令に、絶句する俺を見て宗像先生は笑う。
 宗像先生がいうには、スクリーングの担任から離れてもらっただけらしい。
 その代わり、ちゃんとレポートの添削などはやっているとのこと。

 前期で60人近くも退学されてしまったので、教育方針を見直すことになり。
 退学理由で一番多かったのが「スクリーングがめんどくさい」という声を聞いて、考えたのが……。
 アホなヤンキーでも、わかりやすい授業。
 インプットしやすい教科書。
 そう、マンガだった。

 レポートは東京の本校で作成しているから、それだけは変わらないが。
 支部である福岡校は、責任者である宗像先生の自由だ。
 いかに、生徒たちが苦痛を感じず、登校できるか考えた結果がこれだ……。


 全員、立ち上がって次々、マンガを手に取り、机の上に置く。
 俺も先生からマンガを拝借したが、タイトルを見て驚愕する。

 某、闇金マンガだったからだ。

「いいかぁ! 現代社会とはなんだ!? 現代における悩みとは、生き方とは!? これを読んでしっかり闇金の恐怖を知れ!」

 お前が借金まみれだからって、生徒に押し付けるなよ。
 しかし、アホなヤンキーたちは真に受け、熱心にマンガを読みだす。

「こ、こえぇ……」
「080金融、怖すぎ!」

 なんなんだ、この授業。

 生徒たちがある程度、マンガを読み終える頃。
 宗像先生は、借金における自身の考えを熱心に語り始める。

「このように……闇金に手を出せば、必ず痛い目にあう。じゃあ、どうすれば、借金を出来るか? それは簡単なことだ! 親か兄弟、親戚を殺しまくれ!」
 あまりにも非人道的な発言に、俺は絶句する。
 こんな酷い授業を生徒たちに教えてはいけない。
 挙手して、先生に反論を試みる。
「む、宗像先生……殺人はダメでしょうが」
「なにを言っているんだ、新宮。殺すって、本当にするわけないだろ」
「え?」
「友達とか知人に金を借りる時、返さなくてもいい額。数千円なら許せるだろ? ちょうど香典がそれぐらいだ。だからウソ泣きしながら『パパが死んじゃったの~』と言いながら、情に訴えかけるのだ!」
「……」
 うわっ、最低だ。こいつ。

「と、このようにすれば、合法的に借金を踏み倒すことができるのだ! お前たちも是非、社会に出たら、実践してみてくれ!」
「「「はーーい」」」
 
 やっぱ、この高校。もう終わるわ。

 宗像先生が言った通り、各授業のレベルは前期より、遥かに劣る内容になっていた。
 どこまで、バカになるんだってぐらいの小学生並み。
 アニメ見たり、映画を見て感想文書いたりと……。
 逆に疲れる授業だ。
 でも、アホなヤンキーのミハイルには、ちょうど良い授業だったようだ。
 終始リラックスしていた。


 昼休みに入り、俺は一人トイレへ向かう。
 校舎もだいぶ冷えてきた。
 もう、今年もあと2カ月だもんな……。
 なんて、廊下を歩きながら、窓の景色を眺める。主に山とか、山しかないんだが。

 一ツ橋高校はちょうどY字型に設計された校舎だ。
 俺たちが普段利用している教室棟は、南側。
 そこから、真っすぐ歩いて付き合った所に、螺旋階段がある。
 北西側の特別棟、北東の部室棟。
 それらが交差して、1つになった中央部分にトイレが存在している。

 日曜日だから、全日制コースの生徒たちは、あまりいないが。
 部活のために通学している生徒がいる。
 あっちの奴らは、真面目に制服を着ているから、出くわした時、お互いに気まずい。

 リア充な生徒が俺の私服を見た瞬間、「プッ。ダッセ」なんて吹き出すことも、しばしば。
 その度に、俺は舌打ちしてやるが。


 だが、今日は誰もいないようで、安心してお花畑に行けそうだ……。
 と、思っていたら、どこからか悲鳴が聞こえてきた。

「きゃあああ!」

 廊下に響き渡る甲高い女の叫び声。
 一瞬、ビクッと身体を震わせたが、すぐに現場へと向かう。
 女子トイレの前で、一人の女子高生が黒づくめの男に背後から、羽交い締めにあっていた。
 襲われていた女の子は、見覚えがあった。
 ボーイッシュなショートカットで、校則違反スレスレのミニ丈スカート。
 現役女子高生の赤坂 ひなただ。

「いやあああ!」

 黒づくめの男は、あからさまに怪しかった。
 全身、真っ黒のスエット。顔は大きなマスクとサングラスで覆っており、頭にはベレー帽。
 不審者ですって言っているようなもんだ。


「黙りなさい、すぐに終わるから……」

 そう言ってブレザーの上からとは言え、ひなたの胸をまさぐる男。
 彼女の控えめな乳房を遠慮なく、両手で揉みまくる……。

「いやあああ! やめてぇ!」
「なるほど……これは近い」
 
 躊躇なく女子高生の胸を揉むから、思わず見惚れて……いや傍観してしまった。
 俺に気がついたひなたが、助けを呼ぶ。

「あ、新宮センパイ! 助けてください!」
「おお……よし、待ってろ」

 急いで、ひなたの元へと駆け寄る。
 小柄な男だったから、すぐに彼女から引っぺがせると思ったが、ビクともしない。

「お前! ひなたから離れろ!」

 後ろから男の両肩を掴んで、離そうとするが、逆に「邪魔っ」と突き飛ばされてしまう。
 驚いたことに相当な馬鹿力だ。

 片手でポンと押されただけのなのに、廊下をゴロゴロと転がり、壁で頭を打つ。
 トラックに轢かれたかってぐらいの強い衝撃だ。
「いっつ……」
 強く頭を打ったため、視界がグラグラと揺れる。
 
 なんか、以前もこんな事があったような……。
 いつだっけ?

 瞼をこすって、目を凝らす。
 すると、目の前には自身の両脚が2つ。
 どうやら、でんぐり返しの状態になっているようだ。
 
「クソ……」

 ゆっくりと起き上がる。
 だが、未だにフラフラとして、ちゃんと立つことができない。

 ひなたはどうなった?
 彼女の身が心配で、重たい脚をゆっくりと動かす。


「や、やめろぉぉぉ!」

 ん? ひなたの声じゃない。
 確かに甲高い声だが、これは……そう俺の推しに近い。
 アイドル声優の『YUIKA』ちゃんのような天使、あま~い声。
 録音して、寝る前に何回も聞きたくなる癒しボイス。


「イヤだっ! お、お前。なに、考えてんだよ!」

 気がつけば、女子トイレの前で、もみくちゃになっている男が二人。
 ミハイルと先ほどの黒づくめ野郎だ。

 ひなたは、その近くで尻もちをついて、上で激しく絡み合う野郎共を眺めていた。

 黒づくめの男は、背後からミハイルの胸を両手で揉む……というか、まさぐる。
 無いからね、あの子は。
 男だし、絶壁だから。

「硬い……とても近い」

 ミハイルの小さな胸を触って、一人頷く男。

「や、イヤッだって! なんで触るんだよ……あんっ!」

 男の触り方はとても、いやらしかった。
 ピアノを奏でるように、一本一本の指で、ミハイルの胸を撫で回す。
 嫌がる彼を力でねじ伏せ、己が性欲を満たすのだ。

 だが、見ていて不思議だ。
 あの伝説のヤンキー。
 ミハイルが抵抗しているというのに、男からは逃げられない。
 彼の馬鹿力ならば、それこそ、ワンパンだろうに。

 俺が首を傾げていると、ミハイルの声色が変わっていく。

「い、イヤッ……んんっ! あ、あぁん! そ、そこはダメェ!」

 顔を紅潮させ、エメラルドグリーンの瞳から涙がこぼれる。
 きっと、ピンク色のトップを触られたのだろう……。

 こ、これは……なんて、エッチな光景なんだ!?
 俺はマブダチである彼が、変態に汚されていく姿に興奮を覚えていた。
 ちょっと、トイレ行ってきていいですか?


「やはり……あなたね。例のヒロインは」

 ん? 男だと思っていたが、あいつの喋り方……。
 ひょっとして、女か!?

「いい加減に……しろっ!」

 ミハイルが右手で背後の不審者を振り払う。
 しかし、相手はひょいっと軽く避けて、数歩後ろに下がった。

 全身を良いように触られたミハイルは、顔を真っ赤にさせて、怒りを露わにする。

「お前っ! なんなんだよ! オレは男だっ!」
 それを聞いた不審者は言葉を失う。
「え……ウソでしょ?」

 興奮しきったミハイルは不審者目掛けて、突っ走る。
 一瞬で間を詰め、ベレー帽とサングラスを奪い取った。

 すると、そこに現れたのは、2つのブルーサファイア。
 ミハイルに帽子を外されたことによって、長い髪が肩に降りかかる。
 キラキラと輝く、金色の美しい髪。

「あなた……タクトの新しい女。ブリブリ女じゃないの?」

 不審者は、僕の元婚約者。マリアでした……。

 廊下の床に座り込んでいるひなたが、その二人を交互に見つめて、こう言った。

「え、アンナちゃん?」

 初めて見る彼女からすれば、間違ってしまうのは仕方ない。
 瞳の色以外は、双子ってぐらいにそっくりなのだから。

 俺はひなたに手を貸して、立ち上がらせてあげる。

「大丈夫か? ひなた」
「ええ……新宮センパイ。一体、どういうことなんですか? なんで、アンナちゃんが高校に。それに私の胸を触ってきて……もしかして、レズだったんですか?」
「……んなこと、あるわけないだろ」
 思わず、冷静に突っ込んでしまう。
 だってアンナは男だからレズビアンにはなれない。
 いや、自分を女だと思って、同性が好きと言うのなら、可能か……。
 と、どうでもいい事を考えていると、当の本人が怒鳴り声をあげていた。


「お、お前! いきなり、何するんだよ! ひ、ひとの胸なんか触って!」
 ミハイルはかなり興奮している様子だ。
 だが、それよりも自分にそっくりなマリアを見て、驚いているようだ。
 
 対して、マリアは特に悪びれるわけでもなく、鼻で笑う。
「フン。別に減るものでもないでしょ? あなたが女の子だと思ったから、触ったのよ。タクトの好みに一番近いルックスだったから」
 あいつ、人のことをなんだと思ってるんだ……。
 しかもその言い方だと、「タクトはあなたが好きです」って代弁しているようなものじゃないか!

「ハァ? お前、タクトのなんなんだよ!? タクトはオレのダチだっ!」
 両者は一歩も怯むことなく、至近距離で睨みあう。
「私は冷泉(れいせん) マリア。タクトの婚約者よ」
 余裕たっぷりと言った感じで、長い髪をかきあげる。
 聞きなれない言葉にうろたえてしまうミハイル。

「こ、こ、婚約者!?」

 視線を俺に向けて「ウソだろ」みたいな顔で怯んでいた。

 オーマイガー!
 絶対に会わせたくない、二人が出会ってしまった……。

 気まずかった俺は、視線を逸らす。
 脇から汗がにじみ出るのを感じた。
 生きた心地がしない。

  ※

 驚くミハイルに構わず、マリアは話を続ける。

「ねぇ。あなたが例のブリブリ女。アンナじゃないの?」
 そう問われて、ミハイルはビクッと背中を震わせた。
「あ、アンナは……お、オレのいとこだ!」
「いとこねぇ。それにしても、おかしいわ……タクトの書いた小説では、確かこんな表現で描かれていたのよ」
 細い顎に手を当てて、考え込むマリア。
 そして、記憶力の良い彼女は、俺の書いた文章をペラペラと語り出す。

「えっと……ヒロインはヤンキーで主人公のため、好みにあわせた地雷系ファッションを着用する痛い子で。ハーフ、低身長の華奢な体型。そして、タクト好みのペドフィリアタイプ……つまり、貧乳ってことね」
 酷い。俺が書いたとはいえ、面と向かって本人の前で晒すなんて……。
 自身のルックスを詳細に語られて、ミハイルは顔を真っ赤にしていた。

「そ、それは……オレじゃない! いとこのアンナだ!」
 なんて言い訳するが、どうにも歯切れが悪い。
 本人だからね。
「ふぅん。おかしいわね……この高校にタクトが通学していると、出版社の人から教えてもらったから、校内の女子高生を片っ端から探したけど。一番ヒロインに近い体型は、あなただわ」
 マリアはミハイルを怪訝そうな顔で見つめる。

「ち、違うって言ってんだろ! オレは男だ! タクトのヒロインは、女の子のアンナなのっ!」
「あら、そうなの……残念ね。確かにこの手に残る感触は、タクト好みのペドフィリア胸部だったのだけど」
 なんて、自身の右手を開いては閉じて、思い出している。
 ていうか、ペドフィリア胸部ってなんだよ!


 いきなり婚約者と名乗る女の子が現れて、ミハイルは驚きを隠せずにいた。
 身体をプルプル震わせて、どこか怯えているようにも見える。
 あの伝説のヤンキーがだ。
 きっと、自分にそっくりな女の子が、この世に存在している事が信じられないのだろう。

 しばらく、涙目でマリアを黙って睨みつけた後……。
 なにかに気がついたようで、「あぁっ!」とマリアの顔に指をさす。

「お前だろ! タクトに無理やり、胸を触らせた女って!」
 それを聞いたマリアは、至って冷静に答える。
「胸を触らせた、ですって? 別に普通のことでしょ。だって、タクトとは10年前からの付き合いだもの。それにタクトが約束してくれたのよ。心臓の手術に成功して、貧乳だったら、結婚してあげるってね」
 ファッ!?
 もういい加減にして、マリアさん……。

「け、け、結婚だと! お前……タクトが優しいからって、何でもかんでも好きにしていいわけじゃないぞ!」
 そう強がってみせる彼だが、白くて長い2つの脚がガクガク震えている。
「フンッ。男のあなたには関係のないことでしょ。私からタクトを奪ったブリブリ女を一目拝んでやろうと、女子高生たちの胸を触っていただけよ」
 えぇ……同性でも犯罪でしょ。


 ミハイルとマリアが激しく言い争っているなか、隣りで聞いていたひなたが、低い声で言う。
「センパイ、こっち向いてください」と。
 俺は黙ってそれに従う。
 彼女の方へ首を向けると、一発。

 パァン!

 右の頬を平手打ち。ひなたの必殺技ですね。

「いって……なにすんだよ」
 俺の問いに答えず、更にもう一発。

 パァン!

 今度は、反対の頬をブッ叩く。

「いっつ! お前、なにすんだ……」
 ひなたの顔を覗き込むと、鋭い目つきでこっちを睨んでいた。
「新宮センパイ。あのマリアって子の胸を触ったんですね」
「え……」
「最低です。一発はアンナちゃんの分。もう一発は私のです」
 
 なに、その自分ルール。
 めっちゃ痛いし、理不尽すぎませんか。

 異様な熱気で辺りは、包まれていた。
 俺の婚約者と名乗るハイスペック女子、冷泉 マリアの登場により、ミハイルは怒りを露わにする。
 そして、なぜか二人の話を聞いていたひなたまで、マリアを鋭い目つきで睨む。


 ひなたの視線に気がついたマリアは、何かを察したようで、「あら?」と口にする。

「ひょっとして……あなたもタクトの小説に登場するヒロイン? ここにいる彼より劣る胸部だったけど」
 酷い! 男に劣るって表現。

 ふと、隣りで立っていたひなたの横顔を覗き込むと。
 歯を食いしばり、小さな両手は拳を作っていた。
 うわっ、めっちゃ怒ってるよ。

「あなたね! いきなり人の胸を触っておいて……なんなのよ! それに、私も新宮センパイの小説に協力しているヒロインの一人だわ! 急に出てきて婚約者とか、詐欺じゃない? センパイの優しさにつけこんで、騙す気でしょ! 童貞だから!」
 えぇ……なんか、最後ディスられた?
「さっきも言ったけど。私とタクトは10年来の仲よ。小学生の時に成功率が低い心臓の手術のため……タクトは約束してくれたの。結婚してくれるってね。だから、私こそが本当のヒロインなの。高々、半年ぐらいの付き合いでしょ? 想いのレベルが違うわ」
「ハァ!? 10年前って……子供の時でしょ? やっぱり、センパイの優しさにつけこんだストーカー女じゃない!」
 と犯人はお前だ! みたいな感じで、ビシッとマリアに向けて指をさす。
 だが、マリアは何を言われても、至って冷静だ。

「優しさにつけこんだですって? こう見えて、私とタクトって抜群の相性なのよ。あなたこそ、自分の趣味や性癖を彼に押し付けてない? 無理は良くないわよ。私ならタクトのために全てを合わせられるわ。彼が望むことは全て……」
 そう言って、視線を俺に向ける。
「なっ!」
 どんな性癖にでも付き合うわ……みたいな告白を堂々とされ、言葉を失うひなた。

 
 こうして、ヒロイン達はコテンパンにされるのであった。

  ※

 覚悟の違いを見せつけられて、黙り込むミハイルとひなた。
 マリアは気が済んだようで、長い金色の髪をかきあげると、最後にこう言った。

「私、こう見えて諦めが悪い女なの。タクトを奪った泥棒猫に会って確かめたかったけど。この場にいないんじゃ、仕方ないわね。あなた、アンナっていう子のいとこなのでしょ? なら、伝えておいて」
 そう言うと、ミハイルの小さな胸を人差し指で小突く。
 彼は怯えた目で、マリアを見つめる。

「タクトを返してもらうわ、ってね」
「……」

 エメラルドグリーンの瞳を潤わせ、脚をガタガタと震わせる。
 こんなに怖がっている彼は、初めてだ。

「じゃ、タクト。またね」
「お、おう……」
 思わず、反応してしまう。

 ていうか、マリアのやつ。
 俺の身にもなってよ……。
 こんな修羅場にしておいて、残された俺はどうすればいいの?


 静まり返る廊下に、始業のベルが鳴り響く。
 昼休みが終わりを迎えたのだ。

 しかし、ミハイルは俯いて黙り込んで、一向に動かない。
 それは隣りにいるひなたも同様だ。

 余りにも重たい空気で押しつぶされそうだったので、俺が先に話しかける。

「な、なぁ……マリアのことはその、あれだ。俺も忘れていたぐらい昔のことでな。彼女も小説のヒロインになりたいと頑張っているみたいだぞ」
 自分で言っていて、変な話だなと実感した。
 しかし、俺の放った言葉に二人はピクッと身体を動かせた。

「「ヒロインになりたい!?」」

 あら、息がぴったり。
 そして、怒りの矛先は俺へと向けられた。

 まずはひなたからだ。
「センパイ! ちょっと、それ。あのマリアって子をヒロインにさせる気ですか!? これ以上、ヒロインはいらないでしょ!」
「う……まあ、それは……編集に聞いてからじゃないとな」
 悪い、白金。
「そんなこと、作者であるセンパイが決めれば、いいんですよ! アンナちゃんは確かに、ブリブリして女から嫌われること間違いなしですけど……私はライバルとして、認めてます!」
 気がつけば、涙をポロポロと流していた。
 よっぱど、悔しかったのだろう。
「しかしだな……作品のクオリティを高めるために……」
「認めません! アンナちゃんなら許せます!」
 ちょっと、さっき決めるのは、作者の俺だって言ったじゃん。


 最後にミハイルだ。
 と言っても、視線は俺に向けず。立ち去ったマリアの方を睨んで。
 誰もいない廊下に向かって、静かに喋り始めた。

「オレ、あいつだけは許さない……絶対に」

 小さなピンク色の唇を噛みしめて、怒りを抑えるのに精一杯のようだ。
 いきなり現れたマリアを見て、何も出来なかったミハイルだったが……。
 どうやら、反撃する覚悟が決まったようだ。

 ていうか……この間。
 ずっと、隣りに立っているひなたに右足を踏まれ続けて、痛いんですけど。

 いつか、出会ってしまうとは思っていたが……。
 こんな早くに遭遇するなんて、俺には想像できなかった。

 部外者だと言うのに、勝手に高校へ侵入するし。
 全日制コースの女子高生たちの胸を揉みまくり、アンナを探すなんて……。
 マリアを敵に回すと怖すぎ。

 彼女がその場を立ち去ってから、ずっとミハイルは黙り込んでいた。
 ショックを受けたのも事実だろうが、それよりもマリアへの怒りを抑え込むのに必死みたいだ。
 とりあえず、午後の授業が始まるから、俺は彼に教室へ戻るように促す。

「ミハイル。あ、あの……とりあえず、授業に出よう」
「わかってるって!」
 俺にキレなくても、いいじゃん。

 足早に廊下を歩くミハイルを追いかけようとしたその瞬間だった。
 背後から、肩を掴まれる。
 それも、物凄い力でだ。

「いてて……」
 
 振り返ると、ニコニコと笑うひなたの姿が。
 だが、目が笑ってない。
 これは……絶対に怒っている顔だ。

「センパイ。久しぶりに取材しませんか?」
「え……」
「マリアちゃんの胸を触ったなら、手が汚れているでしょ? 新宮センパイの身体を浄化しておかないと♪」
 これは逆らえば、怖い。
「わ、分かった」

  ※

 結局、その後もミハイルは黙り込んだままで、俺が何を言っても答えてくれなかった。
 怒っているのは分かるが、一体、彼が何を考えているのかが、分からない。
 ただ、俺に対して怒っているのではなく、マリアへの憎しみとだけは、理解できる。


 その日のスクリーングは、静かに終わりを迎えた。
 帰りの電車でも、無言。
 ミハイルの地元である席内駅に着いて「バイバ~イ☆ タクト☆」と、天使のスマイルはもらえず……。

「じゃあな、ミハイル」
 と声をかけても。
「……」
 俯いたまま、駅のホームへと下りて行った。
 こりゃ、重症だな。

  ※

 後日、ひなたから電話がかかってきた。
 次の取材についてだ。

『新宮センパイ、今度の日曜日に久しぶりの取材をしましょ♪』
 この前、マリアに出会って機嫌が悪いと思っていたが。
 偉くご機嫌な彼女に驚く。
「構わんが……どこへ取材に行く?」
『それなら、私もう決めておいたんです! ほら、前に水族館へ行った時。アンナちゃんにデートを邪魔されたじゃないですか~』
「ああ、あれね……」
 もう少しで、アンナが人殺しするところだった回ね。

『私が動物好きって言ったでしょ? なら、誰にも邪魔されないで取材できる場所があるんですよ!』
「誰にも邪魔されない場所……。どこだ?」
『その、ちょっと恥ずかしいんですけど……』
「なんだ? ラブホか?」
『ち、違いますよ! 私の家です!』
「へ……?」


 彼女が言うには、ペットを自宅で飼っているので、遊びに来ないかというお誘いだった。
 なんだ、至って健全な取材だな。
 正直、女の子の家に行くって、結構レアなイベントだと思っていたが。
 小学生以下のレベルだな。

 これなら、アンナも怒らないだろうと、俺は彼女の提案を承諾した。
 そして、電話を切った直後、すぐにスマホのベルが鳴る。

 流れ出した音楽は、アイドル声優のYUIKAちゃんの新曲。
『永遠永年』
 う~ん、癒されるぅ~

 着信名は、アンナだ。

『もしもしぃ☆ タッくん?』
 お。あれ以来、連絡なかったのに、機嫌が良いな。
「ああ。久しぶりだな。アンナ」
 スクリーングの時も話してくれなかったら、俺までテンションが上がる。
『この前は泣いちゃって……ごめんね』
「いや、こっちこそ悪かったな。傷つけて」
『ううん。いいの。アンナも落ち込んでいられないから☆』
 やっと仲直りできた気がして、俺もホッとする。


『ところで、タッくん。今度の日曜日、空いてる? この前さ、なんか悲しい最後だったから、また取材したくて☆』
「ああ、それならもちろん……」

 ヤベッ。日曜日はひなたと取材する約束で埋ってた。
 せっかく、仲直りできたのに。
 バレたらまた彼女の機嫌を損ねる。


「あのな……実はその日、仕事が入ってるんだ。悪い。また次回で良いか?」
 自分で喋っていて、なんて歯切れが悪いんだと感じた。
『しごと? タッくんが?』
 急に声が低くなった!
 疑われているよ~
「そ、そう! ちょっと、編集に頼まれてな。参ったよ、ハハハ!」
 毎度毎度、すまん。白金。
『ふーん、小説の取材なのかなぁ? どこに行くの?』
「えっと……梶木辺りです」
 恐怖から、正直に答えてしまった。
 しかし、梶木と言っても広いからな。
 ひなたの自宅を見つけるのは、容易ではない。

 俺が行く場所だけを知らせると、アンナは声が明るくなる。
『そっか☆ 分かった。タッくんはお仕事なんだから、絶対に邪魔しないよ☆ アンナ、宗像先生と約束したし☆』
「あぁ……仕事なので、配慮してくれると幸いです」
『任せて☆ アンナはタッくんの味方だから!』

 俺の味方ってことは……他の女たちは全員、敵ってことですよね?

 日曜日、ひなたに言われた通り、俺は梶木駅で降りて彼女を待つ。
 駅の前には、大きな鳥居がある。
 なんで、駅舎に建てられたのかは知らんが……。
 きっと近くに『梶木宮(かじきぐう)』という古い神社があるからだろう。

 スマホで時刻を確認すれば、『10:40』
 約束の待ち合わせ時間より一時間近く遅れているぞ。
 駅の前で一人立っているのもしんどい。

 だって、民度が高い梶木の人間たちが目の前を歩いているからな。
 着ている服もブランド物が多いし、高々商店街に買い物へ行くだけなのに、洒落た格好しやがって……。

 俺の地元、真島なんて、おばあちゃんばっかだぞ!

 と、地域差に憤りを感じていると、足音が近づいて来た。
 その方向に目を向けると、一人の少女が嬉しそうに走っている。
 
 デニムのミニスカートに白のニットセーターを着た活発そうな女子。
 トップスに合わせて、足元も同じく白のスニーカーだ。
 ボーイッシュなショートカットには、カチューシャをつけている。
 シンプルなデザインで、色はブルー。
 これもデニムに合わせたものか……。

 偉く気合の入ったファッションだと、上から下まで眺める。
 すると、その女の子に肩を思い切り叩かれる。

「も~う! センパイ! なに人のことジロジロ見ているんですかぁ!」
 言いながらも満面の笑みだ。
「いや……なんか今日はいつも違うなと思ってな」
 俺がそう言うと、ひなたは頬を赤らめる。
 身体をくねくねさせて、「ホントですか」と俺の顔をチラチラ見る。
「ああ。その頭、髪飾りだろ? 普段は何もつけてないじゃないか」
「か、髪飾りって……センパイ、ホントにおっさん臭いですね!」
 恥じらったと思えば、怒り出す。
「すまん。俺にはよくわからんが、似合ってると思うぞ」
「え……」
 目を丸くするひなた。
 そして、俺に小さな声で囁く。
「良かった」

 何が良いのか、サッパリ分からない俺は首を傾げる。
「どうした? 慣れない髪飾りをつけて、偏頭痛でも起きたか?」
「もう! 最っ低!?」
 そして、一発ビンタを頂く。
 な、なんで……?

  ※

 ひなたは怒って俺を叩きはしたが、終始ご機嫌だった。
 梶木の街を案内してくれ、「この店、最近オープンしたばかりなんです」と嬉しそうに紹介する。
 セピア通りを曲がり、キラキラ商店街を抜けて、国道3号線に出た頃。
 海辺の近い梶木浜が見えてきた。

 ここ最近、高層マンションが多く建設されたこともあって、民度は高くなるばかり。
 要は金持ちが住む街ってことだ。

 つまり、ひなたもそのセレブの娘。
 だって目の前にそびえ立つ高層マンションが、それを物語っているもの。
 見上げるけど、最上階が下からじゃ見えない。
 ひなたが言うには、42階建てらしい。
 そうまでして、天空の城に近づきたいのか……。

 マンションに入ると、まるでホテルのような広いエントランスが見えた。
 そして、しわが1つもないピシッとした制服を着用した若い男性が、奥に立っていた。
 カウンターの後ろで、礼儀正しくお辞儀する。

「赤坂様、おかえりなさいませ」

 どう考えても、このお兄さんの方が年上だと言うのに。
 頭を下げられたひなたは、軽く手を振る。

「あ、ただいま~」

 マジで、この子。お嬢様だったの?