伝説のヤンキーというビッグネームにより、トマトさんは救われた。
 というか、勝手に自爆したアホだが。

 しかし、彼のここあに対する想いは、少なからず通じたようで。
 倒れたトマトさんに優しく手を差し伸ばすここあを見て、一安心した。

 みんなで校舎に入る際、ここあはどこか寂しげな顔をしていた。
 小さな声でボソボソと呟く。

「あーしもタバコやめよっかな……みんなと吸わないと美味しくないし」

 俺はそれを聞いて、少し感心した。
 まあ、喫煙が悪い事だとは思わないが……。
 食事でもぼっち飯は美味しく感じないものな。
 似たようなものか。

  ※

 一時限目の科目は、現代社会だった。
 この授業を担当している先生は、確か元一ツ橋高校の生徒で。
 宗像先生が卒業したあとに、コネで就職させてあげたとか。
 だから、いつも弱みを握られた彼は、いいように利用されている。

 一学期と違って、教室の雰囲気はがらっと変わっていた。
 俺の右隣にミハイルがいるのは、変わらないが。
 左にほのかがいたのに、今は後ろの方に移動している。
 リキと話をしているからだ。
 主に「受け」とか「攻め」とか卑猥なトークだが、盛り上がっている。

 ここあもトマトさんという、新たなダチが出来てなんだか楽しそう。

「あはは! なんで、バイブってそんなバンダナを巻いてんの? どこで売ってんの? ウケるんだけど!」
「こ、これは、エロゲの特典です、ブヒッ!」

 なんて品のない学生たちだ。
 俺が呆れていると、隣りに座っているミハイルが満面の笑みでこう言う。

「タクト☆ オレの言った通りになったろ☆ あの二組、絶対くっつけようぜ☆」
「……」
 ミハイルって、アホなふりをしているだけなのかな。
 確かにこいつの思う通り、事が進むから怖いんだけど。
 マインドコントロールとかされてない? 俺たち。


 教室の扉がガラッと開く。
 しかし、予想していた光景とは違った。
 黒板の上にあるスピーカーから、不穏なBGMが流れ出す。
 そして、登場したのは一人の痴女……。

 際どいレオタード姿だ、ハイレグの。
 長い脚は網タイツで覆われている。
 収まりきらなかった巨大な2つの胸は、はみ出ている。
 見ているだけで吐きそう……。

 なぜか巨大な肩当てを身に着けて、中世ヨーロッパの戦場に参戦する傭兵のようだ。
 鋭い目つきで、空を睨む。あ、ただの天井ね。
 そして、こう語りだす。

「それは……教科書と言うには、あまりにも大きすぎた」
 俺は椅子から転げ落ちる。
 ふざけろ! あの名作を汚すな!

「大きく、分厚く……そして、リアル過ぎた……」
 ん? なんか最後が違うぞ。

「それは正に……闇深いマンガだったぁ!」

 アラサーのバカ教師が力強く叫ぶ。
 もちろん、なにが起こった理解できない生徒たちは静まり返る。


 ツカツカとハイヒールの音を立てて、教壇に立つ。

「いいか! 今から現代社会の時間を始める。全員、前に来い!」

 と勝手に授業を始めだす宗像先生。
 おかしい。この人は確か日本史の教師だったはず。

 すかさず、俺が突っ込みをいれる。

「宗像先生っ! ちょっといいですか?」
「なんだ? 新宮。お前もこのコスプレしたいのか? 大剣はないぞ?」
 いるか! フィギュアで間に合ってるわ!
「あの、現代社会の先生はどこに行ったんですか?」
 俺がそう言うと、宗像先生は難しい顔をする。

「あいつなぁ……前期で思うように生徒たちへ指導できてなくな。クビにした」
「えぇ!?」
 なんてブラック企業。

 あまりにも無慈悲な辞令に、絶句する俺を見て宗像先生は笑う。
 宗像先生がいうには、スクリーングの担任から離れてもらっただけらしい。
 その代わり、ちゃんとレポートの添削などはやっているとのこと。

 前期で60人近くも退学されてしまったので、教育方針を見直すことになり。
 退学理由で一番多かったのが「スクリーングがめんどくさい」という声を聞いて、考えたのが……。
 アホなヤンキーでも、わかりやすい授業。
 インプットしやすい教科書。
 そう、マンガだった。

 レポートは東京の本校で作成しているから、それだけは変わらないが。
 支部である福岡校は、責任者である宗像先生の自由だ。
 いかに、生徒たちが苦痛を感じず、登校できるか考えた結果がこれだ……。


 全員、立ち上がって次々、マンガを手に取り、机の上に置く。
 俺も先生からマンガを拝借したが、タイトルを見て驚愕する。

 某、闇金マンガだったからだ。

「いいかぁ! 現代社会とはなんだ!? 現代における悩みとは、生き方とは!? これを読んでしっかり闇金の恐怖を知れ!」

 お前が借金まみれだからって、生徒に押し付けるなよ。
 しかし、アホなヤンキーたちは真に受け、熱心にマンガを読みだす。

「こ、こえぇ……」
「080金融、怖すぎ!」

 なんなんだ、この授業。

 生徒たちがある程度、マンガを読み終える頃。
 宗像先生は、借金における自身の考えを熱心に語り始める。

「このように……闇金に手を出せば、必ず痛い目にあう。じゃあ、どうすれば、借金を出来るか? それは簡単なことだ! 親か兄弟、親戚を殺しまくれ!」
 あまりにも非人道的な発言に、俺は絶句する。
 こんな酷い授業を生徒たちに教えてはいけない。
 挙手して、先生に反論を試みる。
「む、宗像先生……殺人はダメでしょうが」
「なにを言っているんだ、新宮。殺すって、本当にするわけないだろ」
「え?」
「友達とか知人に金を借りる時、返さなくてもいい額。数千円なら許せるだろ? ちょうど香典がそれぐらいだ。だからウソ泣きしながら『パパが死んじゃったの~』と言いながら、情に訴えかけるのだ!」
「……」
 うわっ、最低だ。こいつ。

「と、このようにすれば、合法的に借金を踏み倒すことができるのだ! お前たちも是非、社会に出たら、実践してみてくれ!」
「「「はーーい」」」
 
 やっぱ、この高校。もう終わるわ。