全日制コースの三ツ橋高校の校舎が見えてきた。
まあ恒例行事となった通称、心臓破りの地獄ロードを登ったから、息を切らしているのだが。
校舎の裏側へと進み、教員用の駐車場に入る。
本来ならば、教師や関係者のみが使用していい場所だが、ヤンキー共は言う事を聞かない。
所謂、族車とかいう違法改造した派手な車で通学してくる。
だから、一ツ橋高校の玄関前は、治安がよろしくない。
トランクをわざと全開させ、巨大なウーハーから爆音を流す迷惑行為。
「きゃはは、この“トラック”超イケてんじゃん」
とタバコをふかしながら、笑うのは柄の悪そうなヤンキー。
見たところ、年は俺より下に見える。
「だろ? 俺がリミックスしたんだわ。センスあるべ?」
もう一人のヤンキーもかなりオラッてんなぁ……。
二人とも前の学期では見たことない顔だ。
多分、トマトさんと同じく今学期から、入学したタイプか。
ていうか、めっちゃイキってる二人が流している爆音の曲がな……。
ブリブリのアイドルソングなんだよ。
今流行ってる大人数の女性アイドルグループ。
これをわざわざリミックスする必要性があったのか?
俺は彼らと一緒にされたくないと、嫌悪感を抱く。
そして、ミハイルとトマトさんに「早く校舎に入ろう」と促す。
しかしトマトさんがそれを拒んだ。
一ツ橋高校の玄関近くには、指定の喫煙所がある。
と言っても、宗像先生が適当に作った簡易的なものだ。
ボロいベンチが1つあって、その下にペンキ缶が置いてある。灰皿代わりだ。
全日制コースの校長が怒るから、必ず指定の場所で吸えということだが、守らない生徒も多い。
しかし、今ベンチに座っている生徒はしっかりルールを守っている。
赤髪が特徴的なギャル。花鶴 ここあだ。
ベンチに腰を下ろしているが、ヒョウ柄のパンツが丸見えだ。
片足をベンチの上に載せているから、必然とスカートの中が見えてしまう。
キモッ……。
「あーもう、つかないじゃん!」
何やら苛立っているようだ。
手に持った銀色のライターを何度もカチカチとやっている。
その姿を凝視するのは、俺の隣りにいる豚だ。
目を血走らせて、鼻息を荒くする。
「もふー! 僕の天使さんだ!」
いや、まだお前のものではないし、これからもないだろう。
当の天使と言えば、タバコを咥えたまま、何度もライターをいじっている。
「イラつくっしょ! あぁ~ クソがっ!」
なんて下品な女だ。パンツ見えても気にしないし、これのどこが天使なんだ?
ここあに近づく2つの影。
「ねぇねぇ、おねーさん。タバコつかないの?」
「俺らが貸してあげるべ」
先ほどのヤンキー二人組か。
好意で火を貸してあげるってことか。
ま、喫煙者なら普通の行為か。
しかし、ここあは近づいてきた二人を鋭い目つきで睨む。
「誰?」
「俺ら、今日から入った後輩。仲良くしてよ、おねーさん」
「てかさ、パンツ見えてるけど?」
なんてヘラヘラ笑いながら、彼女のスカートを眺めている。
そうか。こいつら、ナンパ目的だったのか……。
と気がついた時には、もう遅かった。
俺の隣りにいるトマトさんが、顔を真っ赤にして怒りを露わにする。
「ブヒィーーッ! よくも僕のお嫁さんをいやらしい目で見たな!」
いや、お前も大して変わらんだろ。
ここあとヤンキー二人組の押し問答は、しばらく続いた。
俺は「早く校舎に入りたい」とミハイルに言ったが、首を横に振る。
「トマトが今からここあを落とすかもしれないから☆」と面白がっていた。
「おねーさん。名前、教えてよ。可愛いねぇ」
「地元、どこ? 帰り車で送ってあげるべ?」
よく堂々と高校でナンパできるな。
しかも、二人とも未成年のくせして、片手にタバコだぜ?
カオスな高校……。
「あんさ~ さっきから言ってけど。あーし、ダチとしか吸わないの。それにこのライターでしか吸いたくないわけ」
そうだった。
ここあという人間は、友情を大切にする性格だった。
だから、一見さんお断りなビッチてことだな。
一連の会話を眺めていたトマトさんは、更に興奮しているように見える。
「ブヒィーー! 許せない! ここあさんをニコチン中毒にさせたのは、あのクソヤンキー共に違いない!」
えぇ……元から喫煙者だったよ。
俺はさすがに止めに入ろうと、彼の肩を掴む。
汗でベッタリして気持ち悪いけど。
「あの、トマトさん? ここあは最初からタバコ吸ってましたよ? あんまり、ヤンキーに関わらない方がいいですよ。トラブルで退学になったら嫌でしょ?」
そう説得してみたが、彼は聞く耳を持たない。
「許すまじ! 僕のお嫁さんを汚すとは!」
うわっ、ダメだこりゃ。
トマトさんは、ずかずかと音を立てて、喫煙所に乗り込む。
そして、若いヤンキーに二人に対し、ビシッと指をさす。
「君たち! 彼女が嫌がってるじゃないか! タバコを強要……僕の大切な女性を洗脳するのはやめたまえ!」
勝手に犯人扱いされた男たちは、トマトさんを見て顔をしかめる。
「なんなの、おっさん?」
「俺らがいつタバコを押し付けたって?」
うわっ、すげぇキレてる。
さすが現役のヤンキー君だわ。離れていても、物凄い迫力を感じる。
だが、トマトさんも負けない。
「君たちだ! 彼女にタバコを吸わせた悪いやつは! 僕の大切な人を傷つけるのはやめたまえ!」
酷い……ヤンキー君たちは、別に悪くないのに。
「おお、ケンカ売ってんだ。おっさんは?」
「いいよ。やりたいなら、いくらでもやるべ」
ヤバい、スイッチ入っちゃったよ。
このままじゃ、絶対トマトさんがボコられる。
どうしよう……。
そうだ、いるじゃないか。
この状況を打開できる伝説のヤンキーが隣りに。
俺は慌てて、ミハイルに助けを求める。
「おい。ミハイル! 頼む、トマトさんを助けてくれ! 俺じゃ絶対、あのヤンキーを止められない!」
だが、彼はニコニコ笑ってこう言った。
「イヤだ☆」
「え……どうして」
「だってさ。これ、今から面白くなるじゃん☆ トマトが殴られても、ここあのハートをキャッチできるチャンスだよ☆」
この人、本当に酷い!