目的地である赤井駅に到着して、一ツ橋高校へと向かう。
ミハイルと二人で歩道を歩いていると、目の前に全日制コースの女子高生たちが目に入った。
「昨日の“めちゃウケ”見た? マジ面白かったよねぇ」
「ウソ? 録画してないわぁ。最後どうなったの?」
「えっとね……」
俺は録画しているけど、まだ見てないんだよ!
オチを言うな!
なんて、女子高生のスカートを睨んで……いや、鑑賞していると。
その子たちにビタッと、くっつくように密着して歩くおじさんが一人。
もう秋だってのに、半袖のTシャツを着ていて、サイズがあってないのか……。
ピチッピチで汗だく、背中が透けて見える。
しかも剛毛だ……キモッ。
朝からエグいもん見て、吐きそうだわ。
「ふぅ~ ふぅ~ なるほど……現役JKのスカート丈は、これぐらいか。写真を撮っておかないと……」
なんだ、この不審者は?
首を傾げていると、ミハイルがおっさんに声をかける。
「あっ、トマトじゃん! おはよ~☆」
彼の声に気がつき、振り返る汗だくの豚……じゃなかった。
イラストレーター。トマトこと、筑前 聖書さんだ。
「これはこれは。ミハイルくんにDOセンセイじゃないですか! おはようございます」
なんて、親指を立てて笑うが。
どうしても彼の頭に視線が行ってしまう。
頭に巻いているバンダナだ。2次元の萌えキャラがパンチラ全開でプリントされている。
こんな大人にはなりたくない。
「トマトさん。そう言えば、今日から一ツ橋高校の生徒なんですね」
「ええ。白金さんに『ちゃんと現役JKを盗撮してこい』って業務命令出されているんで」
「……トマトさん。あのバカの言う事、鵜呑みにしちゃダメですよ」
「でも、それが僕とDOセンセイの取材でしょ?」
お前と一緒にするな!
※
トマトさんと合流した俺たちは、三人で登校することにした。
歩きながら、小説版“気にヤン”のイラストの話になる。
「あの、トマトさん……別に責めるつもりはないんですけど。俺の小説をちゃんと読んでからイラスト描いてくれました? あれ、もう別人なんですけど」
俺がそう言うと、隣りで聞いていたミハイルも「うんうん」と頷く。
「読みましたよ。でも、肝心のモデルさんの写真が提供してもらえなかったので、僕が一番可愛いと思った女性を一生懸命、描きました」
「う……」
確かにアンナの正体は、隠さないといけないからな。
仕方ないか。
妹のピーチがちゃんと綺麗にアンナを描いてくれたから、良しとしよう。
だが、トマトさんの発言に納得しないのは、モデル本人であるミハイルだ。
「あのさ! じゃあ、トマトが描いたモデルって。実際のヒロインよりもカワイイってことだよね!」
ちょっと涙目で怒ってる。
「まあ……僕の中ではそうですね。あの人は、天使です。花鶴 ここあさん」
言いながら、空を見上げるトマトさん。
きっと、どビッチのここあを思い出しているのだろう。
「もしかして……トマトって。ここあのことが好きなの?」
ストレートに言うなぁ、ミハイルのやつ。
見透かされたみたいな顔で、驚いてみせるトマトさん。
「あ、あの……なぜ、わかったのでしょうか?」
そんなもん。見りゃ分かるよ、誰でも。
ミハイルは「へへん」と自慢げに語り始める。
「だってさ。トマトって実際のモデルがいないと描けないわけじゃん。ここあをモデルにしたってことは、好きだからでしょ? 愛がないとあんなに上手く描けないよ☆」
驚いた。
このアホなヤンキーから、愛なんて言葉が出るとは。
「そ、その通りです……あんな美しい女性。この世で、僕は見たことがないです!」
よっぽど好きなんだな。
話し方にも熱が入るし、拳まで作って、こんな田舎町で愛を叫ぶのか。豚は。
25歳が18歳のJKに恋か。
犯罪じゃね?
唾を飛ばしながら語るトマトさんを、俺は呆れて眺めていた。
だがミハイルは、彼の唾さえ避けずに優しく微笑む。
「おーえん、するよ☆ ここあのことなら、オレなんでも知ってるから☆」
えぇ……。
「本当ですか!? ミハイルくん!」
彼の肩を汗だくの肉まんみたいな手で掴む。
なんか見ていて、イラッとするわ。俺のダチなのに……。
「うん☆ 小さな時からダチだから、好きなものとか、全部知っているよ☆」
エメラルドグリーンの瞳が、より一層輝いて見える。
「じゃ、じゃあ……これ、聞いてもいいかな?」
急に歯切れが悪くなったな。
「遠慮すんなよ☆ オレもトマトも、ダチだからさ☆」
「……本当にいいんですね!?」
ミハイルの華奢な身体を、両手で力強く前後に振る。
無抵抗な彼を良いことに、至近距離で、顔面めがけて大量の唾液を噴射。
そんな汚物さえ、ミハイルはニコニコ笑って受けとめる。
「いいってば☆ 早く言いなよ☆」
「あのですね……ここあさんって、彼氏いないんですか!?」
トマトさんの問いを聞いて、確かに俺も気にはなった。
あいつの噂は、どがつくビッチでいっぱいだからな。
この時、ミハイルの綺麗な顔は、唾液でビチャビチャに汚れていた。
クソがっ!
相変わらず、ニコニコと女神のように笑っている。
「カレシ? いないよ☆」
「え、本当なんですね! じゃあ、処女ってことですか!?」
それを聞いて、今度は俺が地面に大量の唾を吹き出す。
「ブフーーーッ!」
あのギャルが処女なわけないだろ……。
しかし、次の瞬間。ミハイルの小さな口から驚きの言葉が出てくる。
「そうだよ☆ しょじょって、そーいう経験がないってことだよね? ないない☆」
トマトさんの代わりに、俺が絶叫する。
「えええーーー!!!」
ウソだ。ウソだ!
あんなパンツを恥ずかし気もなく、見せびらかす汚ギャルが処女だと!?
認めたくない!
驚く俺を見て、ミハイルが首を傾げる。
「タクト、どうしたの?」
「いや……その話。本当なのか」
「オレがウソつくわけないじゃん☆ ここあは男と付き合ったことなんて、ないよ☆」
「えぇ……」
トマトさんはそれを聞いて歓喜する。
「よっしゃーーー! 絶対にここあさんと結婚してみせるぞ!」
やめとけ……おっさんのくせして。
更にミハイルは追加の情報を提供してくれた。
「あ、ついでに言うと、リキもないよ☆ でも、ほのかと仲良くなるから、関係ないか☆」
「はぁ……」
俺たち、一ツ橋高校の生徒ってみんな童貞と処女で、一生を終えるんじゃないか?