いつもなら、膝と膝をすり寄せてくるのに、なんでか、今日は一人分ぐらい間隔を空けられている。
 きっと、避けられているんだろうな。
 正直、気まずい。
 沈黙が続く。

 ミハイルもずっと俺に視線を合わせてくれない。窓ばかり見ている。

 このまま、学校に行くのも辛いので、俺は会話を試みる。

「なあ……ミハイル。おはよう、だな」
 自分で言っていて、変な挨拶だと思った。
「うん」
 そっぽ向いたま、返事をされた。
 これ、絶対怒ってるよ。

「あ、あのさ……アンナから何か聞いてないか?」
「聞いた」
 会話がちゃんと出来ない。
「な、なにを聞いたんだ?」
「タクトが知らない女の胸を触ったって」

 ぐはっ!
 その言葉が一番、胸にグサグサと刺さる。

「アンナは許してくれたのかな?」
 彼を代理人として、許してもらうのだ。
「知らない」
 えぇ! あなた本人じゃな~い!
 教えてくれても良いじゃん。


 もう、これは無理だと思って、彼と会話を続けるのをやめようとした、その時だった。
 ミハイルがポツリと一言、呟いた。

「あのさ……」
 彼から話してくれたことが嬉しくて、俺はすぐに答える。
「お、おう! どうした? なにか話したいことがあるのか?」
「うん……」
 ミハイルは俯いたまま、元気がない。
 視線は床のまま、話し始める。


「あのさ。タクトって“あの日”来てる?」
「はぁ?」
 思わずアホな声が出てしまう。
「だから! あの日だって!」
 やっと視線を合わせてくれたと思ったら、顔を紅潮させて、叫び出す。
 ん? 情緒不安定なのかな。

「すまん。ミハイル、今なんて言った? もう1回いいか?」
 何度も尋ねるので彼は怒り出す。
「も~う! あ・の・日!」

 おっかしいな……ミハイルって男だよね?
 確かに別府温泉で俺は見た。矮小な脇差であり、雪原に小さく咲いた一輪の花。
 可愛すぎるうさぎのようなモノだったが。
 間違いなく、あれはナニだろう。


 冷静になって、もう一度、彼の話を聞いてみた。
「あの日って……どうしてそんなワードが出るんだ? 俺たち男だろ」
 俺がそう言うと、ミハイルは真顔でこう答える。
「だって。ねーちゃんが言ってたもん。『男の子の日』って言うのがあるって」
「ごめん……なんだって?」
 頭がおかしくなりそう。


「一週間ぐらい前だったかな。朝起きたら、“おねしょ”しちゃって。ねーちゃんに謝ろうとしたら、『これは違う。男の子の日だ。お赤飯炊いてやる』って言われたよ」

 ヴィクトリアのアホっ!
 変な性教育するな!

 ミハイルがどんどん変な方向に行っちゃうだろ。

「そ、それで。どうなったんだ?」
「う~ん。ねーちゃんが言うには、『デリケートゾーンだから、あんまり触っちゃダメ』って」
「……」

 だからか、ミハイルのアレが可愛すぎるのは。

「ところでさ。タクトは男の子の日ないの? あれからずっと気になってるんだけど?」
「……むかーし、あったよ。今はないな」
 俺がそう言うと、彼は口を大きく開けて驚く。
「ウソ!? あれって無くなるもんなの?」
 そんなに目をキラキラさせちゃって。
 純真無垢だねぇ。
「ま、まあ……制御できる方法があるんだよ」
「すごいな! タクトって☆」
「ありがと……」

 もう、汚れきった自分がイヤ!


 だが、1つ気になったことがある。
 それは彼が“始まった”ってことは、夢を見たはずだ。
 内容がなんだったのか、気になる。


「なあ、ミハイル……これは言いたくないのなら、答えなくてもいいが。その日、お前は夢を見てないか?」
「え……」
 聞かれて目を丸くする。
 どうやら、夢の内容を覚えているようだ。

「う、うん。見たよ」
 頬を赤くさせて、視線を床に落とす。
「良かったら、教えてくれないか?」
 俺は確かめかった。
 ミハイルモードでヤッちゃったのか、アンナモードでヤられたのか。


 小さな胸の前で、指と指をツンツンと突っつきながら、語り始めた。
「いいよ……あのね、笑わないでよ」
「ああ、絶対に笑わない」
「夢の中でね。タクトと手を繋いで、お花がいっぱい咲いている公園を歩いている……そういう夢だったよ」
 それを聞いた俺は、思わずブチギレてしまった。

「ああ!? お前、なめてんのか!?」
 激怒する俺を見て、うろたえるミハイル。
「お、怒んないでよ……ホントだって」
「本っ当にそれだけか? 公園でナニかしてないのか?」
 彼は真っすぐ一点の曇りもないキレイな瞳で答える。
「ううん、なにも。ただ、タクトとお花を眺めて歩いただけ」
「……」

 なんなの、こいつ。
 可愛すぎなんだけど、マジで!