言ってしまった……。
 マリアのパイ揉み事件に関しては、墓まで持って行くつもりだったのに。
 ああ見えて、アンナは鋭いからな。
 下手な嘘をつけば、きっといつかバレてしまう。
 ならばと、本当のことを話したが……これから、一体どんなお叱りと暴力を食らうのだろうか。


「タッくん……誰?」
「え?」
「一体どの子を触ったの? ひなたちゃん? あすかちゃん?」
 見たこともないぐらいの鋭い目つきで、俺を睨んでいる。
 怒っているのはわかるが、その矛先は俺自身ではなく、相手のようだ。
「いや……アンナは知らない子だ」
 絶対にマリアのことは隠しておかないと。
「アンナにも話してくれない……タッくんには大事な子だね……」
「そ、そういうわけじゃない! い、今は話せないだけだ。時が来たらちゃんと話すから!」
 重たい空気が流れる。
 しばらく、沈黙が続いてアンナはこう言った。

「タッくん……もしかして、触ったんじゃなくて。女の子に無理やり、触らせられたんじゃないの?」
「えっ!?」
 見抜かれてしまったと、アホな声が出る。
「その反応。やっぱり……。タッくんって優しいから」
「あ、その……ちょっと色々と理由があってだな。決して故意に触ったわけじゃないぞ?」
 俺がそう弁解すると、彼女は更に鋭い目つきで睨む。
「でも、触ったじゃん!」
 見たこともない剣幕に、俺は思わず身を引く。
 殴られる……そう思った。
 恐怖から、瞼を閉じて歯を食いしばる。

 しかし、何も起こらない。
 微かに聞こえてきたのは、すすり泣く声。
 ゆっくり瞼を開いてみると、そこには……。

「ひっく……ひぐっ……」
 俯いて縮こまっている一人の少女いた。
 俺に顔を見せまいと、両手で隠している。
 だが、指と指の間からは、ポタポタと大きな涙がこぼれ落ちていた。

「あ、アンナ? 泣いているのか?」
 心配になって声をかけると。
 我慢していたようで、空に向かって泣き叫ぶ。

「うわああん! タッくんが汚されたぁああ! イヤッ! 絶っ対にイヤっ!」
 
 ファッ!?
 そんなに大声で泣かなくても……。
 おかげで辺りにギャラリーが出来てしまう。

「なんだ、痴話ゲンカか?」
「女の子泣かすとか最低!」
「『汚された』ってぐらいだから。きっと妊娠させたんじゃね、あの男」

 違うわ! こいつも男だから、妊娠できないの!

  ※

 アンナは目を真っ赤にするまで、泣き続けた。
 多分、1時間ぐらい。
 俺はどうしていいかわからず、とにかく優しく話しかけていたが、泣き声でかき消され、彼女の悲しみを和らげることは出来なかった。

「……ひっぐ……タッくん、アンナのタッくんが」
 なんて、1時間も人の名前を連呼している。
 というか、あなたの俺じゃないからね。

「アンナ。何度も言うが故意に触ったわけじゃない。別に恋愛感情とか、やましい気持ちも一切ない。事故みないもんだ」
 言いながら、一体どこでそんなラッキースケベがあるんだ? と首を傾げる。
「……でも、触ったことには変わらないよ」
「ま、まあ。そうだが……」
「どっちの手で触ったの?」
「え? み、右手だが」
 俺がそう言うと、何を思ったのか彼女は右手を両手で掴み、自身の額にあてる。
 まるで祈るかのように。

「この手が汚れたんだね」
 なんか、マリアが汚物扱いだな。
「まあ、そうだな」
「タッくん、覚えてる? 初めてのデートの時のこと」
「え? もちろんだが……」
「ほら、映画館でアンナが知らないおじさんに痴漢された時。タッくんが『汚れたのなら、洗えばいい』って汚れた太ももを触ってくれたでしょ」
 彼女の顔をよく見れば、涙は枯れ、どこか優しい顔つき。いや、甘えているようだ。
 なんか色っぽく見える。

「ああ。そういえば、あったな。そんなこと」
「なら、タッくんの汚れた手も、キレイにしよ☆」
「は?」
「あ、アンナの胸を触って☆」
「えええ!?」
 そんなこと言われたら、誰だって絶叫しますよ。

  ※

「無理、無理。それだけは絶対にダメだ、アンナ」
「どうして? 他の子を触ったんでしょ? なら汚い手をキレイしないと☆」

 今の彼女は、きっと傷心から我を忘れているに違いない。
 いわば、興奮状態なのだろう。
 その境界線だけは越えてはいかん。
 俺たちはあくまで、小説のために契約した関係なんだ。

 マリアの時は、あっちがやってきたら、揉んじゃっただけだ。多分。

「アンナ。悪いができない」
「なんで!? 他の子は触れて、アンナは触れないの? 胸が小さいから?」
「そういうことじゃないだろ。俺とお前はあくまで、取材のために契約した関係だ。付き合ってないだろ。そんなことで、アンナの身体に軽々しく触れるなんて真似はできない」
「タッくんって……やっぱり、優しいね。だから無理やりされたんだよね……うう、うええん!」
 また泣き出しちゃったよ。
 病んでない、この子。
 どうしたものか……。
 俺は泣き叫ぶ彼女の隣りで一人考え込む。
 ものすごくカオスな状況。
 
「うわあああん! タッくん! おっぱい!」

 変な言葉を使って叫ばないで……。

「アンナ……」
 俺の予想以上に傷つけてしまったことを悔やむ。
 しかし、時を戻すこともできないしな。
「タッくん~! イヤぁ~ アンナのタッくんを返してぇ!」
 そう叫ぶと、何を思ったのか俺の膝に飛び乗ってきた。
「え? アンナ?」
 俺のことなんて、お構いなしで泣き続ける。
「タッくんの初めてを盗られたぁ!」
「いや、初めてじゃないだろ。アンナとは、ほら。プールで1回触ったことあるし……」
「あれは事故だも~ん!」
 そうだった。アンナという女は初めてにこだわる性格だった。
 墓穴を掘ってしまったよ。


 しかし、今のこの状況。
 周りから見れば、かなり誤解されるのでは?
 というのも、気がついてないようだが、彼女はベンチに座っている俺に跨っている。
 所謂、騎乗位というやつだな。
 アンナは今フレアのミニスカートを履いている。
 つまり、ジーパン越しとはいえ、お股とお股がペッテイング。
 興奮している彼女は、泣き叫ぶから。振動でゴリゴリされるんだよね。
 おまけに俺が逃げられないように、両肩を手で抑えている。

「アンナだけを見てぇ! タッくん!」

 と、博多川の空に向かって叫ぶアンナ。
 ていうか、俺はめっちゃ見ているよ、あなただけを。
 だって、もうヤバいんだって。理性が。

 目の前は、ラブホだし、狙ってやってないと思うけど、さっきからずっと騎乗位スタイルで、ゴリゴリされるし……。
 マリアの時は、無反応だった俺のお馬さんが、元気に走り出したよ。

「タッくん~ 行かないでぇ!」

 追い打ちをかけるように、自身の小さな胸を俺の顔に押し付ける。
「ふぼっ」
 うむ、ほのかに甘い香りが漂う。
 良い洗剤を使っているのかしら? いや香水か。

 ちょっと待て。
 パイ揉み事件より、酷くなってないか。
 顔面に胸を押し付けられて、騎乗位スタイル……。

 ヤバい! もう誰が男で女か分からなくなってきた。
 このまま、この子を目の前のホテルに連れ込みたい!