映画を見終えた俺とアンナは、カナルシティでしばらく買い物して過ごすことにした。
と言っても、別にカップルらしい遊び方はしないし、できない。
知らないからだ。
地下一階に期間限定のボリキュアショップがあると、アンナが言うので渋々付き合うことに。
3万もする高級フィギュアを平気で買ったり、15周年記念のマグカップやプレートを一種類につき、三個も買う……。
本人曰く。鑑賞用と保存用。それから実際に使うために分けて買うのだとか。
総額で10万円ぐらい購入したと思う。
ホント、金持ちだよな……。姉のヴィッキーちゃんて。
ちょっとしたセレブだよ。
※
気がつけば、辺りはオレンジ色に染め上がり。
夕暮れ時だと知る。
アンナの中身は、男とはいえ、設定上は女の子だ。
ぼちぼち、帰してやらないとな……。
「なあ、そろそろ帰らないか?」
「え? もう帰るの?」
そう言う彼女の両手には、大きな紙袋で埋め尽くされている。
重たい袋を6つも軽々と抱えるその姿は、女子には見えない。
こんなカノジョがいたら、怖いわ。
「ああ……夜も近い。帰ろう」
俺がそう言うが、アンナは不服そうに頬を膨らませる。
「えぇ~ なんか今日はもうちょっとタッくんと遊びたい~」
「別に取材は今日だけじゃないだろ? またいつでも遊べるじゃないか?」
彼女を説得しながら、思った。
なんか、ダダをこねる子供みたい。そして、俺がお父さん。
「う~ん……じゃあ、最後にもう1つだけ。行ってみたい場所があるの☆ すぐ終わるからいいでしょ?」
と緑の瞳を輝かせる。
「すぐ終わるなら構わんが……どこだ?」
「一番最初にデートした時、タッくんとアンナが約束した場所☆ あの川だよ☆」
そう言って、カナルシティの裏口を指差す。
小さな階段を昇って、横断歩道を越えた先にあるのは……博多川。
「……」
嫌な予感しかしない。
というか、罪悪感か。
確かに半年前、アンナと初めてデートをして、“契約”を交わした思い出の場所だ。
しかし、10年前にもマリアと約束をした因縁の場所でもある。
ついこの前、故意ではないが正真正銘の女子、マリアの生乳を揉み揉みしてしまった。
そのせいか……俺は気軽に首を縦に振ることはできない。
※
結局、断ることができなかった俺は、アンナと二人で博多川に向かうことにした。
別に何があるってわけじゃないが。
脇から汗が滲み出る。
身体の動きもどこかぎこちない。
関節が曲がらず、ロボットのように歩く。
対して、アンナと言えば。夕陽に照らされた博多川を眺めて、喜んでいた。
「懐かしいねぇ~ あれからもう半年も経つんだぁ☆ なんか一瞬だったね☆」
「う、うん……」
彼女が近くのベンチに座りたいと言うので、黙って従う。
博多川と言えば、対岸にラブホテルがズラーッと横並びしているのでお馴染だ。
「タッくん。今までいっぱい取材してきたよね。アンナ、嬉しいんだ」
そう言って、優しく微笑む。
「な、なにがだ?」
「何って取材の効果があったってことでしょ? 小説もちゃんと発売できて、コミックも同時に売れて……。大好きなタッくんのためにいっぱい頑張って良かったぁ☆ 夢に近づいたなって☆」
屈託のない笑顔を浮かべる彼女を見て、胸が痛む。
だって、今座っているベンチで、本物の女子をパイ揉みしちゃったんだよ!
罪悪感から、俺は視線を逸らしてしまう。
「タッくん? なんかさっきからおかしくない?」
「え……?」
額から大量の汗が吹き出る。
「なんか、顔が真っ青だし。今日の取材が嫌だったの?」
「ぜ、全然! めっちゃ楽しかったぞ! ぼ、ボリキュア。マジ神アニメだった!」
つい口調が荒くなってしまう。
それに驚くアンナ。
「そうなの? ならいいけど……でもさ、今日のボリキュアが上映される前に。変な映画の予告流れてたよね。あれ、すごく嫌だった」
ギクッ!
「ああ……確かに変な邦画だったよな」
限りなく俺の半生に近い予告編だったよね。
あれ、撮った監督。ぶっ飛ばしてやりたい。
アンナは嫌悪感を露わにして、愚痴を吐き出す。
「いくら映画館でも、ボリキュアの世界観を壊して良いわけない! それにさ、なんかあのハーフの子。アンナ嫌い! 手術とか、約束とか……主人公の男の子に押し付けて、最後は胸を触らせるとか」
「う、うん……おかしいよね……」
張本人がここにいるんだけど。
「それで結婚させるとか。恩着せがましいよ! 男の子が可哀そう!」
「……」
早くこの話題が変わらないかなぁ。あと、博多川から逃げたい。
「タッくんはどう思う? 心臓の手術の為に結婚を約束できる? それに胸を触らせるヒロインって存在して良いと思う?」
ギロッと鋭い目つきで俺を睨む。
「あ、ああ……え、えっと」
俺は脳内が大パニックを起こしていた。思考回路が上手く働かない。
言葉につまる。
正直、挙動不審になっていると思う。
緊張から喉が渇くし、唇をパクパクと動かせるだけで、何も言えない。
嘘をつけば、きっとボロが出る。
それに俺という人間は、曲がったことが大嫌いだ。
性格上、正直に話さないと気がすまない。
沈黙が続く。
怪訝そうに俺をじっと見つめるアンナ。
しばらくした後、何かを察した彼女は、「あぁ!」と叫んだ。
少し身を引いて。
「まさか……タッくん。女の子の胸を触ったの!?」
「……はい」
つい、バカ正直に答えてしまった。
俺って、このあと殺されるんでしょうか?