気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 10年ぶりに再会したマリアは、自ら俺の取材対象として、立候補した。
 そして、「タクトを必ずもう一度振り向かせる」と宣言。


 彼女はとりあえず、今後のことがあるからと連絡先を交換することを提案する。
 それを聞いた俺はすぐに、L●NEの交換だと察して、断ろうとした。
「悪い、マリア。L●NEだけは無理なんだ」
 歯切れ悪く答えると、彼女は首を傾げる。
「なんのこと? 私が知りたいのは、メールアドレスと電話番号なのだけど」
「え…今の時代、L●NEが主流なのでは?」
 俺がそう言うと、マリアは鼻で笑う。
「あのアプリは既読スルーとかいう、いじめが横行していると聞くわ。だから私は嫌い。連絡先と言えば、メールアドレスと電話番号で充分だわ」
 意外な彼女の答えに、思わず吹き出してしまう。
「ふっ、同じだな……」
「な、なによ! 私が時代遅れの女だって言いたいの!?」
 顔を赤くして、怒り出す。
「いや。マリアは変わらないなって思ったんだよ」
「そ、そういうタクトもね……」

  ※

 聞けば、マリアはまだ日本に帰国して間もないらしく。
 両親と博多付近のホテルで暮らしているそうだ。
 これから、親子で住まいを探すそうな。
 連絡先も交換したし、今後はいつでも会える……わけではないが、とりあえず彼女も俺の小説のために取材してくれる。
 
 マリアに別れを告げた俺は、急いで小倉行きの列車に飛び込む。
 ずっと気になっていたことがある。
 それは、うちのメインヒロイン。アンナのことだ。
 10年ぶりにマリアに出会って確信した。
 アンナとマリアを会わせるのは、絶対に危険だ。
 流血沙汰なんてもんじゃないだろう。

 今後、取材と称してデートを繰り返すにしても、あの2人だけは顔を合わせることだけは避けた方がいい。
 すぐさま、スマホを取り出して、画面を確認する。
 案の定、L●NEの通知が鬼のように入っていた。
 未読メッセージが9987件……。

 お、恐ろしい。
 読むのも面倒だ。

『タッくん。サイン会、まだ終わらないの?』
『アンナはタッくんのマンガを50回は読み直したよ☆』
『今、なにしてるの? ファンの女の子に変なことされてない?』

「……」
 ファンの女の子と変なことはしていました。
 ノーブラの生乳を揉み揉みしていたよ♪ なんて返信できない!
 ていうか、マリアは正真正銘の女の子だから、初めてのパイ揉みだったのか?
 いや、女装男子のアンナもなかなかに気持ちが良くて、あの感触を思い出すだけでも、股間が元気に……。
「あ」
 ここで俺は気がつく。
 ミハイルの水着姿ですら、俺の股間はパンパン。
 アンナの水着の時は、カチンコチン。
 でも……女のマリアをダイレクトに揉ませて頂いたというのに……。
 無反応だった!?

 オーマイガッ!

 列車内の汚い床に座り込み、うずくまる。
 そして念仏のように、一人ブツブツと口から言の葉を吐き出す。

「俺はノンケ……俺はノンケ…ノンケ……ノンケだってば……」

 その後、帰宅するまでの記憶がほとんど無い。

 俺が期待していたサイン会とは、全然違うものになったが……。
 まあ、担当編集の白金も完売したことを喜んでくれたし、結果的には良かったということで。
 印税もいつか入ってくるしね。

 アンナとマリアというハーフの超美少女ヒロインが二人も現れたことで、今後の“気にヤン”をもう一度、再構成しなくてはならない。
 あ……、一人は男だった。
「うーん」
 自室の学習デスクに載せてある2つのモニターを交互に眺める。
 以前、パンパンマンミュージアムで撮影したアンナのパンモロ写真だ。
 滑り台で無邪気に笑う彼女は、なんとも絵になる。
 だが……なんで、男なんだ!
 その写真を高画質で保存して、興奮している自分に腹が立つ。

 双子ってぐらい似ているなら、女のマリアがいるじゃないか!
 なのに……かれこれ、6時間は楽しんでいる。

「違うぞ。断じて違う! 俺はホモではない!」
 机を拳で力いっぱい叩く。
 すると、モニターが振動で揺れた。
 頭を抱えて自分の性癖に悩む。
「マリアの方が……」
 なんて言いかけるが、再び画面に視線を戻すと。
「やっぱ、アンナってカワイイ……」
 と、つい本音が口から漏れる。

 一人、葛藤していると、ぎぃ~っと不気味な音を上げて、ドアが開く。
「おにーさま……良いご身分ですわねぇ…」
 そこには、受験勉強で缶詰状態を強いられていた顔色の悪い妹が立っていた。
「ぎゃあああ!」
 思わず叫んでしまう。
「ちょっと、うるさいですわよ……あら、自家発電の最中でしたか。高画質でアンナちゃんの写真を堪能なんて。おにーさまらしいですわ」
「ま、待て! これは違うぞ。俺は真剣に悩んでいたんだ……」
「どの写真で使うか? でしょ」
「だから、違うと言っている!」
「なら、どんな悩み事ですの……」
 汚物を見るかのような冷たい目で、睨まれる始末。

 不本意だったが、俺は妹のかなでに自分の悩みを打ち明けた。
 10年前に約束した婚約者、マリアのこと。
 知らず知らずのうちに、ミハイル……いや、アンナを初恋の彼女と重ねていたこと。
 一目惚れ? だと思い込んでいた自分に腹が立つ。
 そして、瓜二つってぐらいそっくりなマリアより、男のアンナに惹かれている気がする……ということだ。


「なるほどですわね……おにーさまにそんな過去があったなんて、驚きですわ。ミーシャちゃん以外、おっ友達はいないと思ってたのに」
 俺って、そんな可哀そうな奴だったの?
「正直、驚いている。忘れていた自分が悪いのだが……」
「でも……お話を聞いた限りでは、何の問題もないように感じますわ」
「え?」
「元カノが10年ぶりに戻ってきて、今カノに文句言っているだけのクソ女でしょ? それにおにーさまは、アンナちゃんを高画質で写真や動画を保存するほど大事にされていますわ」
「うっ……」
 このために、アイドルの長浜 あすかの自伝小説を死ぬ思いで書いたからな。
 ハイスペックパソコンで、アンナをぬるぬる動かしたいがために。

「それで考えたり、悩んだりするなんて、ナンセンスですわ。隠れて1人シコシコしやがる童貞と同じぐらいダッセーですわ」
 自家発電は、童貞だろうが、非童貞だろうが、男に必要なもんだ!
「しかし……アンナは、その…」
「おにーさま! こういう時は考えるのではなく、行動すべきですわ!」
 普段、おバカなかなでにしては、偉く真剣に話す。
 両腕を腰に当てて、かなり怒っているように感じる。
 それだけ、兄の俺に対して、自分の想いを伝えたいようだ。
「行動って?」
「会えば良いんです! これですわ!」
 そう言って、差し出されたのは、一枚の茶封筒。

『一ツ橋高校 秋学期。始業式のお知らせ』

 夏の終わり。
 行きたくもないガッコウてやつに、また通うことになるのか。
 これから半年近く、勉強やらスクリーングがあると思うと、ため息が漏れる。
 力なく、かなでから、封筒を受け取る。
 だが、高校が始まるということは……ミハイルに会えるということか。

 妹が伝えたいことをなんとなく察した俺は、かなでに視線を戻す。
 目と目が合った瞬間、かなでは親指を立てて、ニカッと白い歯を見せた。

「スキという感情さえあれば、女でも男でも関係ないですわ! どっちも入れるところはあるんだから!」
「……かなで。お前、もう受験勉強に戻った方がいいと思うぞ」
 相談する相手を間違えた俺が悪い。

 9月も終わりを迎える頃。
 俺は朝食を済ませて、リュックサックを背負うと、地元の真島商店街を一人歩く。
 秋に入ったというのに、未だ日差しは強い。
 半袖のTシャツでもまだ暑く感じる。
 自宅から数分歩いたばかりだが、わき汗が滲み出る。
 リュックサックの中には、教科書やノートがたくさん入ってるし、重たくて苦行でしかない。
 それでも、俺は真島駅へと進む。

 夜明けに朝刊配達を終えて、寝不足だと言うのに、これから夕方まで一日帰れない。
 ガッコウたるクソつまらん場所で、バカ共と勉強をするのだ。

 ああ……早く冬休みが来ないかなぁ。なんて思いながら駅の改札口を通り抜ける。
 小倉行きのホームへと降りて、列車を待つ。
 古いタイプの普通列車だ。
 横並びの対面式のソファー。
 
 うわっ、これ苦手なんだよなと座り込む。
 向こう側には、リア充感満載の制服組の男子が何人も座っていた。
 大きなカバンをズラーッと床に並べて。
 楽しそうにゲラゲラと笑っている。
 無意識なのだろうが、大股開きで座っているから、態度が悪く見える。
 見せつけられるこっちは、不快でしかない。

 頭は今、流行りのヘアスタイルで、ワックスで整えちゃって。
 時折、スマホのカメラで前髪を確認している。
 女子かよ……って言いたくなるぐらい、意識高いね。
 俺なんて、今朝、鏡もろくに見ないで、家から出たっていうのに。

 そいつらを見て、寝不足で苛立っていた俺は、舌打ちをした。
 こんな遊び感覚で、同じ高校へと向かうのかと思うと、反吐が出る。

 だから、ガッコウてやつは嫌いなんだ。
 そう思った瞬間だった。

 プシューッと、列車の扉が開く。

 着いた駅は、席内。
「あ」
 自然と口から漏れる。
 そうだ。忘れていた……学校は嫌いだが、あいつと会うことは……。

「タクト~! おはよ~☆」

 ニッコリと笑うその子は、陽の光で照らされた金色の髪を輝かせる。
 長い髪は首元で結い、纏まらなかった前髪は左右に垂らしていた。
 世界的に愛されているキャラクター。ネッキーがプリントされた白地のタンクトップ。
 小さなヒップにフィットしたグレーのショートパンツ。
 真っ白な細い脚を2つ並べて、こちらに手を振っている。

 その姿を見た瞬間、さっきまでの苛立ちは吹っ飛んでしまう。

「ああ……おはよう。ミハイル」
「うん! 久しぶりだね☆」

 彼は俺以外、眼中などないようで、真っ先に隣りへと座り込む。
 膝と膝はビッタリとくっつける超密接な間柄。
 相変わらずの無防備さで、胸元がざっくりと開いたタンクトップを好んで着用している。
 まあ男だから、別に良いのだろうが。
 ミハイルは背が低いから、どうしても、俺の視点からすると、見えそうだ。アレが。
「……」
 頬が熱くなるのを感じる。
 そんなことを知ってか知らずか、彼はずいっと身を寄せてくる。
「あれ? なんかタクト、顔が赤くない? ひょっとして風邪?」
 なんて上目遣いで、ぐいぐいと俺の顔をのぞき込む。
 頼むからやめてくれ。
 最近、ミハイルモードでも、俺の理性がおかしくなっているんだ。
 このままじゃ……。

  ※

「ていうかさ、電車の中って寒いよね」
「そうか? 俺は冷房が効いていて、丁度良いが」
 だって、まだ暑いし。
「タクトって暑がりなんだ……オレってさ。エアコンとかあんまり苦手なんだ…」
 と唇を尖がらせる。
「ほう。初耳だな」
「だってもう9月だぜ? 正直、冷たくする必要ないと思うんだ。たいおん、ちょーせつっていうの? あれが難しいよ」
 体温調節とか言う前に、あなたが露出度高めのタンクトップにショーパンだから、寒いんじゃない?


「はぁ……なんだか、身体が冷えちゃったよ」
 ついにはガタガタを肩を震わせる始末。
「しかし、どうしようもないからな。赤井駅までもう少しだ。我慢しろ」
 俺がそう言うと、ミハイルは細い両腕で胸を抱える。
「イヤだ! 寒いもんは寒いの!」
 ワガママだな、こいつ。
「だったら、上着を持って来いよ……」
 俺が呆れていると、ミハイルはブスッと頬を膨らませる。
「なんだよ……タクトは暑がりだから、寒がりの気持ちわかんないじゃん……あ、良い事考えた☆」
「へ?」
「タクトは暑がりなんだから、冷えたオレと合体すればいいんだ☆」
 ファッ!?
 が、合体ってあんた! セクロスする気!?

 そう思った俺がバカでした……。
 純粋無垢なミハイルが発案したのは、ただ単に身体と身体を擦り合わせるだけ。
 まあ単純に言えば、俺の身体に抱きつくってことだ。

 汗臭い俺の胸に顔を埋めて、満足そうに笑っている。
「うわぁ、タクトの身体って暖かい~☆ でも、ちょっと汗臭い~」
 言わせておけば……。お前から抱きついたんだろうが。
「臭いなら離れてくれ。電車の中で、男同士が恥ずかしいだろ……」
「嫌だ~ だって寒いもん! 赤井駅に着くまで~」
 一向に離れてくれないミハイル。
 俺も彼に抱きつかれるのは、そんなに嫌じゃないが人目が気になる。

「ミハイル……ちょっと、もういい加減に……」
 と言いかけた所で、彼が胸元から顔を上げて一言。
「ダメ?」
 と甘えた声で呟く。
 なんだ、この状況は……。
 どこかで見たことある光景だ。

 エメラルドグリーンの大きな瞳が2つ、こちらをじっと見つめる。
 上目遣いで。
 小さなピンクの唇は、ちょうど俺の心臓辺りに当たっていた。
 はっ!?
 わかったぞ……そうだ。これは、乳首責めってやつに酷似しているんだ!
 グラビアアイドルとかのアメちゃんをペロペロしている動画で、知っている。

 それに気がついた瞬間、俺は一言、彼に呟いた。

「了解した。離れてなくても良い」
「タクトなら、そう言ってくれると思った☆」

 なぜ俺が彼のことを許したかと言うと、離れられないからだ。
 今、離れると、車内の皆さんに俺の股間がパンパンだということが、バレてしまうからだ……。

 赤井駅から出て、一ツ橋高校へと向かう。
 まだ朝早いと言うのに、制服組がたくさん歩いていた。
 朝練というやつか。

 まあ俺らには関係ないよな、とミハイルと二人で仲良く歩く。
 しばらくすると、長い長い上り坂。通称『心臓破りの地獄ロード』が見えてきた。
 毎回この傾斜のきつい坂道には悩まされる。
 平気で校則を破るヤンキーたちは、隣りの車道をバイクや違法改造したシャコタンとかいうダサい車で、ゲラゲラ笑いながら走り抜けていく。

 重たいリュックサックを背負って、汗水垂らしながら、坂道を歩く俺たち真面目組を嘲笑うかのように。
 思い出すだけでも、腹が立つ。

「リア充は死ね!」
 歩きながら、つい叫んでしまう。
「ど、どうしたの? タクト、急に……」
 俺の思い出し怒りにミハイルが驚く。
「すまん。ミハイルは悪くないんだ。お前は一緒に俺とこの坂道を歩いてくれるからな」
「うん☆ オレ、ここを歩くの好きだもん☆ なんか、ゆっくり歩くタクトと長い時間楽しめるから☆」
 それ、ゆっくり歩いているんじゃなくて、きついから、歩くのが遅いだけ!

 ため息をついて、ふと見上げてみる。
 校舎がそろそろ見えてきてもいいだろうと……。
「ん?」
 珍しい。先客がいるようだ。
 赤色に染め上げた長い髪を右側で一つに結んだギャル。
 ミニスカっていうレベルじゃないぐらいの丈の短さだ。
 だから、下から見上げている俺からしたら、パンモロ。
 ヒョウ柄のパンティか……汚物だな。

 ミハイルが後ろ姿を見た途端、笑顔になる。
 こんな奴は一人しかないからだ。
 手を振って、その背中に声をかける。
「ここあ~! おはよ~☆」
「あん?」
 振り返った花鶴 ここあは、なぜか不機嫌そうな顔をしていた。
 いつも能天気で、バカなことばかりを言っている彼女にしては珍しい。
「よう。花鶴」
「ああ……おはにょ…」
 情緒不安定だな。もしかして、あの日か?
「どうしたんだ? いつもならリキと一緒にバイクで登校しているじゃないか」
 俺がそう尋ねると、彼女は顔をしかめて、こう言った。
「ホント、それな。リキのやつ。急にあーしとは二ケツできないと言い出してマジないっしょ!」
「つまり……二人乗りを断れたってことか?」
「マジないっしょ! マブダチのあーしを断るとか。あーしがキモいってわけ?」
「……」
 瞬時に察知した俺は、敢えて沈黙を選んだ。
 そして、隣りで話を聞いていたミハイルも、理解できたようで、お互いに目を合わせる。

(タクト。ここあと二ケツを断ったってことは……)
(ああ、そういうことだろう。多分、ほのかに見られたら嫌なんだろう)

 二人でコソコソ耳打ちしていると、花鶴が俺たちのやり取りを見て怒り出す。

「あんさ~ 最近、オタッキーもミーシャもさ。隠し事多くない? ダチなのにコソコソされると、マジムカつくんだけど?」
 そう言って睨みをきかせる。
「あ、いや……別に仲間外れにしているわけじゃなくてだな」
「そうそう。ここあはいつまでも、ダチだって☆」
 と弁解してみるが、花鶴は不服そうに俺たちの顔を交互に見る。

「な~んか、最近あーしだけさ。ハブられてる気がするんだけどな~ リキもこの前なんかL●NEを既読スルーしたし……後で理由を聞いたら、『ネコ好きなおじさんとビデオ通話』してたんだって。マジ、ないっしょ!」
「……」
 絶句する俺。
 対して、ミハイルは手を叩いて喜ぶ。
「ここあ。それ、マジなの!?」
「へ? うん。リキはそう言ってたけど」
「やったぁ~! これで、あいつ。夢が叶うゾ☆」
 それ、別の夢でしょ。

 ていうか、ちゃんと有言実行しているのか。リキ先輩。
 もう前に進み出しちゃったのか……俺たちとは別の道を。

 その場でぴょんぴょんとジャンプして大喜びのミハイルに、だんまりを決め込む俺を見て、花鶴は不満をもらす。

「あんさぁ。二人で隠し事はやめてくれる? あーしもマブダチじゃん? なんか悩み事とかあるなら、相談のるっしょ。だからリキのことも教えてよ!」
 
 それだけは無理、とは言えなかった。
 だって、リキの恋路を邪魔するわけにはいかないから……。

 やっとのことで、坂道を登り終えると、六角形の大きな武道館が見えてきた。
 三ツ橋高校の名物だ。
 武道館の横を通り過ぎる際、中から「セイッ」「ヤッ!」など叫び声が聞こえる。
 多分、体育会系のガチムチマッチョ共が部活と称して、ナニかをヤリ合っているのだろう……。

 そんなことを妄想しながら、歩いていると、一ツ橋高校の校舎が見えてきた。
 Y字型で3つに分けられた構造で、本来なら正面玄関から入るべきなのだが……。
 俺たち通信制の生徒は、陽の当たらない裏口へと向かう。
 あくまでも、全日制コースの校舎をお情けで借りているに過ぎないからな。

 相変わらずのボロい引き戸だ。
 汚れたガラスはひびが入っており、所々ガムテープで補強してある。
 持ち手を掴み、横に開こうとした瞬間、何か違和感を感じた。
「開かない……」
 どうやら鍵がかけられているようだ。

 後ろにいたミハイルが不思議そうに声をかける。
「タクト、どうしたの?」
「いや……なんか鍵がかかっているようだ」
 俺がそう答えると、花鶴が嬉しそうに手を叩く。
「あれじゃね? 台風とかの休校とか♪」
「いや、台風はきてないし、全日制コースの奴らが普通に部活してたろ」
 そう的確に突っ込んでやると、納得する花鶴。
「あ、そうだった。オタッキー。頭良いじゃ~ん!」
 お前がバカなだけだ!


 俺たちはその後も、
「宗像先生が遅刻した」とか。
「スクリーングの日にちを間違えた」とか。
 都合の良い事ばかり、勝手に喋っていると……。
 近くの駐車場のから1つの人影が近づいてくるのを感じた。

 ツカツカとハイヒールの音が鳴り響く。
 振り返れば、中洲に立っているピンク系の商売を生業としている女性が一人。(あくまでも見た目が)
 宗像先生だ。
 本日も環境破壊型セクハラなファッションだ。
 カーキ色のシンプルなニットのワンピースなのだが、超ミニ丈。
 秋を先取りしているように見えるけど、肩だしで胸元も穴あきの童貞殺し。
 つまり、無駄にデカくて、キモい爆乳が丸見え。
 ブラジャーまではみ出ている。
 しんどっ……。

「くぉらっ! お前ら、今日は校舎ではやらんと言ったろうが!」

 鬼のようなしかめっ面でこちらに向かってくる。
 思わず、後退りしてしまうほどだ。
「ひっ!」
 考えたら、夏休みに宗像先生と大人のデートとして、取材したけど。
 最後はアンナとひなたがスタンガンで襲撃したから……。
 その後、救急車も呼ばずに放っておいたから、説教されると思っていた。

 殴られると思った俺は、恐怖から目を閉じる。
 だが、予想とは反して何やらプニプニと柔らかい感触が頬に伝わってきた。
「お前ら~ 始業式に良く来たな~」
 瞼を開くと、俺たち三人は抱きしめられていた。
「ぐ、ぐるしい……」
「宗像センセ、苦しいよ」
「ひゃはは! 先生、乳首立ってね? ウケるんですけど」
 花鶴さん。要らない情報を教えないでください。


 宗像先生は久しぶりに生徒で再会出来たことを喜んでいるようだ。
 さすがに前回のスタンガン攻撃が心配だった俺は、先生に尋ねる。

「あの……宗像先生。この前は、すみませんでした」
 謝る俺に対して、犯人であるミハイルは隣りで口笛を吹いてごまかす。
「なんのことだ?」
 先生は相変わらず、元気そうだった。
「いや、この前なんか変な黒づくめの奴らに痛いことされたでしょ?」
 俺がそう指摘すると、ミハイルはそっぽを向く。
「あぁ~ あの日のことか! 確かに突然ビリビリされて驚きはしたけどな、ダハハハッ!」
 なんて口を大きく開いて豪快に笑い出す。
「え? 痛くなかったんですか?」
「全然。むしろあれ以来、肩こりが良くなってな。あの健康器具、どこに売ってるんだろうな」
 ファッ!?
 さすがは元伝説のヤンキーだ、ということにしておくか。

  ※

 俺は先生に入口のことを尋ねた。

 宗像先生が言うには「今日はオープンキャンパスだから、三ツ橋高校の校舎は使えない」らしい。
 だから、この前各自宅に郵送した封筒に、『食堂で始業式を行う』と書いていたそうな。
 食堂は校舎の反対側にある建物だ。本来は全日制コースの生徒たちが昼食を取る場所だ。
 以前、宗像先生が運動場でパーティをした時。
 誤って生徒たちに酒を飲ませてしまい、親にバレたくないとみんなを一泊させた……嫌な過去がある。
 
 
 それにしても、式なのに食堂って……。
 マジで金がないんだね、この高校。

 俺たちは宗像先生によって、食堂へと案内された。
 朝早いこともあってか、中にいる生徒の数は少ない。
 100人ぐらいは入れる食堂なのだが、集まったのは20人もいない。
 縦長のテーブルに間をあけてバラバラに座っている。
 ヤンキーやギャルたちはいない。
 ほとんどが、髪の色が黒い真面目な奴ら。

 宗像先生は「書類を持ってくるから、好きな席に座っておけ」と食堂の奥へと消えていった。
 仕方ないので、俺とミハイル。それに花鶴 ここあは近くの椅子に横並びで座る。
 近くで大きな笑い声が聞こえたので、視線を向ければ、ピカピカ輝く豆電球が……。
 いや、ハゲの千鳥 力だ。その隣りにはナチュラルボブの眼鏡女子、北神 ほのか。

「それでさ。朝までそのおじさんとネコの話で盛り上がってさ」
「ぶひょ~! ハァハァ……で? で? その後どうしたの?」
 うわっ……朝からエグい話で盛り上がってる。
「えっと、おじさんがビデオ通話にしたいっていうから、切り替えて……。なんか俺に見せたいモノがあるってズボンを下ろそうとしたところで、ネットが切れちゃって」
 ファッ!? 誘われてるよ、リキ先輩!
 それを聞き逃さないほのか。
 鼻から血をポタポタと垂らして、興奮中。
「なんて、神回なの!?」
 いや、ネットが切れて良かったじゃん……。

  ※

 宗像先生は、小さなダンボールを持って来て、中から書類を取り出し、生徒に配る。
 一番前の生徒が受け取ると、後ろの生徒へとリレーする。
 俺の所にも1つの冊子が回ってきた。
 白黒のコピー用紙をホッチキスでまとめたもの。
『一ツ橋だより』
 という表紙だ。
 1ページ目をめくってみようとしたその時、前に立っていた宗像先生が大きな声で叫ぶ。

「諸君! 由々しき事態だ!」
 険しい顔で腕を組む。
 なにやら、ただ事ではないようだ。
 俺も冊子を閉じて、先生の話に耳を傾ける。

「今日の始業式に集まったのは……15人程度だな。良くない傾向だ。このままでは、一ツ橋高校の存続に関わる大問題だ!」
 言われてみれば、確かにいつもみたいにうるさいヤンキー共がいない。
 静かだ。
 でも、俺からすれば、この方が良い状態だけど。

「実はだな……この夏休み中に退学した生徒はなんと……60人だっ!」
「ええっ!?」
 その数字に驚いた俺は、思わず席から立ち上がってしまう。
 60人って……どんだけやる気ないんだよ。あんなバカなレポートと授業で。
「お、新宮。さすがリーダーだな。我が校を心配してくれるのか」
 誰がリーダーだ! そして心配なんてこれっぽちもしてない。
「すいません。ちょっとビックリして……」
 とりあえず、椅子に座り直す。
「確かに期待のルーキー。新宮が心配するのも無理はない数字だ……生徒諸君、今一度気を引き締めて欲しい! 退学した生徒たちの理由は、主にタバコとレポートだ」
「……」
 心配した俺がバカでした。

 宗像先生が言うには、タバコを校舎のトイレで吸っている生徒がいて全日制の校長に見つかり、怒られた生徒がすねて退学。
 レポートを書くのが面倒くさくて、真面目な生徒から返却されたレポートを丸々うつしたらしく、それを添削している宗像先生が気づき、やり直しを要求すると、へそを曲げて退学……。
 他にもレポート書くのがしんどい。スクリーングに来るのがしんどい。
 バリバリのヤンキーだけど、地元の友達がいないから寂しい……と辞めていく豆腐メンタルまで。

 クソみてぇな理由で辞めやがって!
 全員、バカばっかりじゃん!


「ということで、みんなも秋学期に入ったから、もう一度初心に返って、頑張って欲しい! このままでは先生の給料も下がっちまう! ウイスキーが買えない! がんばれ、みんな!」
 お前ががんばれ!

 あほらし……と呆れる。
 隣りにいたミハイルが俺を見て、心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫? タクト」
「いや、俺は問題ない。俺はな……」
 そうだ。真面目な奴らは何も問題ないし、悪い事もしてない。
 なのに一括りにされたのが、ムカつく。


 宗像先生のお説教は続く。
「いいか! 入学式でも言ったように、未成年でもタバコは吸ってもいい! だが、所定の場所で吸え。それからレポートは貸し借りするな! スクリーングにはちゃんと来い!」
 あー、懐かしいね。半年前を思い出すよ。
 俺に該当することは1つもないけど。

 先生が熱弁している中、一人の生徒が何やらくっちゃべる。
「それでさ。今日の帰り一緒にバイクで帰らない?」
「えぇ……二人乗りは怖いなぁ」
 リキがほのかを口説いていた。

 宗像先生がそれを見逃すわけもなく、リキ目掛けてビシッと人差し指を指す。
「千鳥! なに私語をしとるか! お前は単位をあんまり取れてないぞ? このままじゃ、隣りにいる北神と一緒に授業を受けることができないから、気をつけろよ!」
「え……」
 先生に指摘されて顔を真っ青にするリキ。
「そりゃそうだろ。単位が不足すれば、受ける授業も変わる。うちは単位制だからな。真面目に単位を取っている北神と違うお前は、来年二年生の科目を受けることはできんぞ!」
「そ、そんな……」
 ここに来て差が出てしまったな。

 宗像先生の矛先は、リキだけじゃなく、花鶴にも向けられた。
「あと、花鶴! お前もだぞ?」
「え? あーしのこと?」
「そうだ! お前はスクリーングにこそ来ているが、前期のレポートが一枚も提出されてないぞ? 今からでも添削してやるから、ちゃんと書いて出せ。そしたら、単位をやる!」
 なにその、ガバガバ単位制。
 真面目に単位を取った俺はどうなるの?
 ヤンキーにだけ優しすぎない?

「えぇ~ めんどーい!」
 好待遇だというのに、やる気ゼロの花鶴。
「このままじゃ、お前も同期の古賀と一緒に授業を受けられないぞ! それこそ、卒業もバラバラになっちまう! その辺、古賀は前期でしっかりとレポートもスクリーングも、それから試験も頑張った。クソみたいな回答ばかりだがな」
 褒めてんだか、貶してんだか……。
 しかし、ミハイルは嬉しそうにWピースで笑う。
「ふふん! ここあもオレみたいに頑張れよ☆ タクトに勉強教えてもらったもん」
 ない胸をはるな!

 俺はなにも教えてないけど。ミハイルがこんなに喜んでいるんだ。
 ま、いっか。

 宗像先生のお説教が終わると、先ほど渡された『一ツ橋だより』に目を通すよう指示された。
 なんでも、秋学期から入学した生徒たちの自己紹介が載っているらしい。
 パラパラと読んで見ると、20人ぐらいの簡単なメッセージがあった。
 
 
『ウチ、腰振りダンス上手いんでよろ』
『俺は地元で有名なヤンキーで、ケンカ早いので、気をつけてください』
 クソみたいな自己紹介だな。
 最後に変な生徒が一人。
『僕は一ツ橋高校に愛する女性を探しに来ました』
 なんだ、この変態は……と名前を確認すると、筑前 聖書。(25歳)
 俺の絵師。トマトさんか。他人のふりをしよっと。
 
 新入生を一通り確認し終えると、宗像先生が突然叫ぶ。
 
「では、これにて一ツ橋高校、秋学期始業式を終了とする!」
 ファッ!?
 え、もう終わりなの?
 まだ始まって30分も経ってないのに。

 言葉を失う俺に対して、他の生徒たちはぞろぞろと席を立ちあがり、食堂から出ていく。
 一応、式でしょ? こんなんでいいの……。

「タクト☆ このあとチャイナタウンで遊ぼうよ☆」
 なんて嬉しそうに笑うミハイル。
「ああ……構わんが」
 こんな秒で終わる始業式なら必要ないんじゃない?

  ※

 俺とミハイルは一ツ橋高校を後にして、赤井駅付近にあるショッピングモール、チャイナタウンに向かった。
 チャイナタウンとは、中国地方を拠点に九州地方、四国地方などに展開している大型のショッピングセンターだ。
 直営のスーパーだけではなく、数々のテナントもあるため、一日遊べるアミューズメント施設と言っても良いだろう。
 
 ミハイルが遊ぶと言ったが、正直俺たちティーンエージャーが楽しむ所は少ないように感じるのだが……。
 まあ、全日制コースの三ツ橋高校の生徒たちも店内でちらほら見かけるし、何かしら暇を潰せそうだ。
 なんだか、学校帰りに友達とスーパーで遊ぶなんて、リア充みたいだな。


「さて、なにをして遊ぶ?」
「んとね……ゲーセンでパンパンマンの乗り物で遊ぼうよ☆」
「え……」
 想像しただけでも、しんどい。
 大の男同士があの幼児向けの小さな乗り物で遊ぶとか。
「あれね。オレん家の近くのダンリブにもあってさ。乗り終わるとカードが出てくんの。パンパンマンの☆ それ全部集めたくて、毎日ダンリブ行っているけど、あと2枚が出なくてさ」
 なんて苦笑いするミハイル。
 ちょっと、小さなお子さんのために自重しませんか?
 あなたの収集活動で、幼児が泣いているかもしれません。

 呆れた俺はその案を却下しようと、口を開こうとしたその時だった。
 誰かがこちらに向かって走ってくる。
「ミーシャ! ちょっと待ってよ~!」
 振り返ると、ミニスカギャルの花鶴 ここあだ。
 偉く慌ているようだ。
「ここあ? どうしたの?」
「どうしたのじゃないって~ マブダチ置いて遊ぶとかなくない? 最近付き合い悪いっしょ! リキもほのかと2ケツして帰るしさ……あーしってハブられてんの?」
 それを聞いた俺とミハイルは、顔を見合わせて笑う。
(リキのやつ。いい感じぽいね☆)
(だな)
 二人で頷いていると、花鶴が頬を膨らませる。
「ねぇ! それじゃん! あーしに隠し事ばっかしてさ!」
「あ、いや……そう言う意味じゃないんだよ、なあミハイル」
「うん……ここあのこと嫌いとかじゃなくて」
「じゃあ、説明するっしょ!」

  ※

 花鶴が俺たちに不満を持っているため、とりあえず、フードコートで話し合うことになった。
 丸いテーブルに三人で座る。
 ちょうど、昼時だったので、昼食を頼むことに。
 全員、バラバラの店で注文した為、各自呼び出しベルを持って待機。

 花鶴はかなり怒っているようで、ぶすっとして腕を組んで座っている。
「あんさ~ あーしらダチじゃん? なのに付き合い悪くない? ミーシャはタバコもやめて、なんかコソコソしてるし。リキも急にほのかと仲良くなって、あいつまでタバコやめるとかさ。マジおかしいよ!」
「「……」」
 恋の力です、とは言えなかった。
「ねぇ! 二人ともなんで何も言わないん? あーしだけぼっちじゃん! タバコも一人で吸って吐いておいしくないんだけど!」
 ドンッとテーブルを叩く。
 涙目で。
 意外だった……ヤンキーって結構寂しがり屋なんだな。

 その時、ブザーが3つ同時に鳴った。
 ミハイルがそれを見て「オレが二人の分取ってくるよ」とベルを持って去っていく。
 いや、気まずくて逃げたんだろ。

 一人残された俺は、花鶴にギロっと睨まれる。
「ねぇ、オタッキー。あーしさ。この前、思ったんだけど?」
「な、なにを?」
 彼女は深いため息を吐いてから、こう語り始めた。
「この前、別府で会ったブリブリ女さ……あれって、ミーシャだよね」
「いっ!?」
 思わずアホな声が漏れる。
「最初はさ。いとことか言うから、信じてみようと思ったけど。やっぱおかしいんだよね。あーし、ミーシャとは幼稚園の時からの仲だけど、親戚とかいないはずなんだけど」
「……」
 脇から尋常ないぐらい大量の汗が湧き出る。
「だってさ。昔ヴィッキーちゃんから聞いたけど。死んだミーシャのおじさんとおばさんって駆け落ちで結婚したから、親戚には内緒で席内に引っ越してきたってさ」
 花鶴って意外と鋭いんだな……。
 またアンナの正体を知る人が現れてしまった。
 どうする。宗像先生はアンナのことは黙ってやると理解してくれたが……。

「それにさ、ミーシャほどのカワイイ子。ハーフで見たことある? ダチだからとじゃなくて。あいつ、男だけどルックスはマジ神がかってない? 女のあーしでも嫉妬するぐらい」
「う、うん……」
 同調してしまった。
「ねぇ、オタッキーさ。マブダチのミーシャにさ、女の格好させてナニさせるつもり? ミーシャ泣かせたらマジ許せないんだけど?」
 そう言って、テーブルの上に肘をついて、顎をのせる。
 もちろん、睨みをきかせて。
 この時ばかりは、伝説のヤンキーの顔つきだ。
 物凄い圧力を感じる。

 振り返ると、ミハイルは店の前で出来上がった料理を受け取っている。
 仕方ない。打ち明けよう。

 覚悟を決めた俺は、花鶴にミハイルがアンナに変身する理由を説明した。
 女装はあくまでも小説のためだと念を押して。
 恋愛感情ではなく、友達だから……と嘘の情報も追加しておく。

 それを聞いた花鶴は目を目開いて、言葉を失う。

「……」
「すまん。花鶴、黙っていて。だが、ミハイル本人には言わないでくれ! あいつ、お前やリキに知られたら、きっと……ショックで死んじまうかもしれん。頼む、ダチとしてお願いだ!」
 俺はそう言って頭を深々と下げる。
 テーブルにごちんとぶつけるほど。
「……そっか。そういうことか」
 恐る恐る顔を上げると、花鶴は静かに頷いていた。
 なにか考えているようだ。
「花鶴。一生のお願いだ! 女の格好をしている時はアンナとして接してやってくれないか? じゃないと……あいつが傷つく!」
「いいよ」
 あら? 簡単に了解してくれた。
「本当にいいのか? お前を結果的に騙していたのに……」
「余裕っしょ! ていうか、それを知ってんのって。ダチの中ではあーしだけなんでしょ?」
 ミハイルの秘密を知ってむしろ嬉しそうに笑う花鶴。
「そうだが……」
「ならいいよ♪ ダチの頼みだもん。そっか、ミーシャもオシャレしたい年頃だもんね。それなら協力するっしょ!」
「えぇ……」
 なにもしないでくれると、ありがたいです。

 ミハイルの秘密を知った花鶴は、なんだか嬉しそうだった。
「そっかぁ~ ミーシャってそういう趣味があるんだぁ~」
 ちょっと誤解している気はするが、ちゃんと女装のことは黙っておくと約束してくれた。一応、その場をしのげたことで、ホッとする。
「理解してくれて礼を言うよ。花鶴」
 俺がそう言うと、なぜか彼女の顔から笑みが消える。
「あんさ~ 前々から思ってたんだけど。なんであーしのことだけ、上の名前なん?」
「いや……別に意味はないが」
「なら、ここあって呼んでよ! ミーシャもリキも下の名前で呼ぶくせに、ダチじゃないの? あーしとオタッキーって!」
 そういう事か……。花鶴という人間は友情を大事にするんだな。
 ならば仕方ない。ミハイルの秘密も共有する仲だ。
 彼女とも親しくしておくべきか。

「わかった。今度からお前のことも、下の名前で呼ぶ。それで良いか? ここあ」
「うん♪ マブダチぽい。ね、オタッキー」
 そう言って満面の笑みで俺を見つめる。
 てか、マブダチならこっちも下の名前で呼べよ!

  ※

 その後、三人で仲良く昼食を取って、チャイナタウンをぶらぶらする。
 服屋とか雑貨屋が多いから、俺たちが遊べる店は少なかった。
 ミハイルが言っていたパンパンマンの乗り物もここのゲーセンにはなく、ガッカリしていた。
 仕方ないので、駅に向かって帰ることに。

 
 彼らの地元である席内駅に列車が着くと、ミハイルとここあは「バイバ~イ」と手を振って降りていった。
 列車が動き出しても、ホームに立ったまま笑顔で俺を見送る。
 なんだかガキぽい奴らだと苦笑するが、悪い気分じゃない。
 ジーパンのポケットからスマホを取り出し、アドレス帳を開く。
 この半年で登録数の桁が1つ増えた。
 両親と妹、それに仕事関係ぐらいの人間しか、存在しない希薄な人間関係のアドレス帳がどんどん変化していく。

 ミハイルに始まって、女装したアンナ。
 それから、現役JKのひなた。あとは腐女子のほのか。
 自称芸能人のあすか。
 10年ぶりに再会したマリア。
 ダチのリキ。
 そして、今日新たに追加されたのは、ギャルのここあ。

 チャイナタウンで、今後、ミハイルの秘密を守るためにと、連絡先を交換したのだ。
 あくまでも、ダチのために。

 別に電話をかけるわけでもないのに、眺めているだけで自然と口角が上がる。
 俺もぼっちから卒業できそうなのかな……。
 と思っていると、目的地の真島駅にたどり着く。
 自動ドアが閉まりそうだったので、急いでホームへと走り抜ける。

 乗り過ごしするところだった……と冷や汗をかく。
 すると、手に持っていたスマホがブーッと震える。
 長い振動だったので、電話だとすぐに分かった。

 着信名は、アンナ。

「もしもし」
『あっ、タッくん☆ 今、真島だよね?』
 当たり前だろ、とツッコミを入れたかった。
 だってついさっきまで一緒にいたし、時刻表を見れば、俺が今真島駅に降りることは、容易だからな。
 ストーカー並みで怖い。
「ああ……どうした?」
『あのね、この前のマンガをお家で読んでたら、タッくんとの最初のデートを思い出しちゃって……会いたくなってきたの』
 噓つけ! 数分前まで一緒にいたろ!
「そ、そうか。じゃあ取材するか?」
『うん☆ 一番最初にデートしたカナルシティに行こうよ☆』
「良いな。で、なにをするんだ?」
『映画にしよ☆ あの時みたいに』
 珍しいな、アンナにしては……。
「そうか。映画は大好きだからな、どんとこいだ。なにを観る?」
 俺が尋ねると、彼女は大きな声でこう言った。

『ボリキュア!』
「……」

 そうだった。今年は15周年で何かとイベントが盛りだくさんだと、アンナから話を聞いていた。
 ところで、これってラブコメの取材になるんでしょうか。
 僕には理解できません……。

 翌週の日曜日にカナルシティで映画を観ることになった。
 思えば、アンナと初めてデートした場所だ。感慨深い。
 しかし……観る作品が『ロケッとボリキュア☆ふたりはボリキュア オールスターズ』

 博多行きの列車をホームで待ちながら、スマホで作品情報を確認しているが、マジでこれを大の男同士で観るのか……。
 あくまでも取材として行くのだけど、経費として落ちるのか不安だ。

 そうこうしているうちに、列車がホームへと到着。
 自動ドアがプシューッと音を立てて、開く。
 スマホをポケットになおして、車内に入る。

 スニーカーを車内に踏み入れた瞬間、そこは別世界。
 甘い香りが漂い、空気が優しく感じる。
 ただの電車だというのに。
 それを変えてしまったのは、一人の少女。

 金色の長い髪を耳上で左右に分け、ツインテール。
 ふんわりとしたピンクのブラウスには、胸元に大きなリボンがついている。
 ハイウエストのフレアスカートを履いているが、細い体型のため、少し裾が下に落ちている。
 足もとはピンクのローファー。

 天使だ……。
 余りの可愛さに俺は言葉を失う。
 すると、それを見兼ねた彼女が苦笑いする。

「も~う。タッくんったら、無視しないでよ」
「あぁ……すまん。久しぶりにアンナを見たせいかな……似合っているよ、それ」
 つい本音が漏れてしまう。
「え? この服のこと? 嬉しい☆」
 なんて、はにかんで見せる彼女を、俺はどうしても男して認識できない。
 女の子として対応してしまう。

  ※

 博多駅について、辺りを見回すが、いつもより人が少ないことに気がつく。
 今日が日曜日だから、サラリーマンとかOLがいないのは、分かっていたつもりだが。
 若者やカップルが遊びに来るから、いつもならごった返しているはずなのに……。
 ふと、近くにあった壁時計に目をやる。
『8:12』
 そうだった。アホみたいに早く博多へ来たんだった。
 だから、若者もまだ自宅にいるのだろう。

 アンナが昨晩、L●NEで一通のメッセージを送ってきたのだ。
『明日は朝一番のボリキュア見ようね! だから、朝ご飯も食べないで行こ☆』
 と勝手に決めつけられた。
 だから、彼女の指示通り、俺は朝飯抜きで、列車に乗り込んだ。

「お腹空いたねぇ~ タッくん」
「ああ……さすがにな」
 ていうか、お前がボリキュアのために抜かせたんだろ!
「もうちょっと、我慢しようね。映画があと30分ぐらいで始まっちゃうから。ボリキュアの」
 なんて俺の肩に優しく触れる。
 ふざけるな。
 その話しぶりだと、他人に俺がボリキュアを観たいから、飯抜きで早く行こうってせがんでいるみたいじゃないか!

 結局、アンナが早く映画を観たいからと、そのまま、はかた駅前通りへと向かう。
 早歩きで。
 空腹なのに、走らせるこの状況。苦行でしかない。


 カナルシティに着いても、アンナは慌ててエスカレーターを登っていく始末。
 速すぎて追いついていけないほどだ。
 まあ、エスカレーターの下から、彼女のスカートを覗けるから嬉しいけど。

 やっとのことで4階の映画館にたどり着くと、アンナはチケット売り場のお姉さんに声をかける。
「ボリキュア、大人二枚ください☆」
 なんか幼女向けの作品名に対して、大人ってのが辛い。
 俺は恥ずかしくて、少し離れた場所で彼女の背中を見守る。
 チケットを受け取ったアンナは、なぜかその場で立ち止まっていた。

 不思議に思った俺は、彼女に声をかける。
「どうした? アンナ。もうチケットは買えたんだろ?」
「あのね。おかしいの……」
 そう言って唇を尖がらせる。
「おかしい? なんのことだ?」
「ボリキュアのスターペンライトがついてないの」
 ファッ!?
 あれが欲しいのか……。
 ていうか、お子様しかもらえないのでは。

 近くにいた売り場のお姉さんが、苦笑いでアンナに説明する。
「あのぅ、お客様。大人の方には特典のペンライトを配布できないんです。申し訳ございません」
 と頭を下げる。
 だが、アンナはそれに屈することはない。
「えぇ……お金払ったのに、おかしいよぉ~」
 おかしいのは、あなたの感覚!
「アンナ。あくまでも子供用のおもちゃだからな。ここはちょっと我慢してくれないか?」
 そう言うと、ギロッと俺を睨みつける。
「イヤッ! あれがないと映画が楽しくないの!」
「……」
 このままでは埒が明かない。
 後ろにもたくさんの家族連れが待っている。
 仕方ない。俺が一役買ってやるか。


 ゆっくりとチケット売り場のお姉さんに近くと、俺は大きな声で叫び出した。
 床に寝転がり、手足をバタバタさせて。
「イヤだっ、イヤだぁ~! ペンライトないとイヤだぁ~! アンナお姉ちゃんと遊べない~! タッくん、あれがないと眠れないの~! くれないとイヤだぁ!」
 ついでに泣き真似も一緒に。
「うえ~ん!」
 当然、お姉さんはそれを見て困る。
「ちょっと、お客様……」
 だが俺はそれでも押し通す。
「タッくんはアンナお姉ちゃんとボリキュア見るために、朝ご飯も食べてないのにひどいよぉ~! うわああん! ペンライトぉ~!」
「……」
 絶句するお姉さん。

 一連の流れを見ていた家族連れがざわつき始める。
「あの子ってそういう男の子よね? ペンライトぐらいあげればいいのに」
「優しくない映画館だな。ちょっと俺クレーム入れようかな」
「パパ、ママ。わたぢのライト、あのお兄ちゃんにあげてもいいよ」
 最後の女の子、要らないです。

 
 結局、俺の三文芝居によって、受付のお姉さんが負けてしまい、ライトは無事に2つゲットできた。
「ありがと、タッくん☆」
「ああ……構わんさ。アンナのためだからな」
 
 こうやって、取材をするたびに、俺はなにかを失っていくのさ。