赤井駅から出て、一ツ橋高校へと向かう。
 まだ朝早いと言うのに、制服組がたくさん歩いていた。
 朝練というやつか。

 まあ俺らには関係ないよな、とミハイルと二人で仲良く歩く。
 しばらくすると、長い長い上り坂。通称『心臓破りの地獄ロード』が見えてきた。
 毎回この傾斜のきつい坂道には悩まされる。
 平気で校則を破るヤンキーたちは、隣りの車道をバイクや違法改造したシャコタンとかいうダサい車で、ゲラゲラ笑いながら走り抜けていく。

 重たいリュックサックを背負って、汗水垂らしながら、坂道を歩く俺たち真面目組を嘲笑うかのように。
 思い出すだけでも、腹が立つ。

「リア充は死ね!」
 歩きながら、つい叫んでしまう。
「ど、どうしたの? タクト、急に……」
 俺の思い出し怒りにミハイルが驚く。
「すまん。ミハイルは悪くないんだ。お前は一緒に俺とこの坂道を歩いてくれるからな」
「うん☆ オレ、ここを歩くの好きだもん☆ なんか、ゆっくり歩くタクトと長い時間楽しめるから☆」
 それ、ゆっくり歩いているんじゃなくて、きついから、歩くのが遅いだけ!

 ため息をついて、ふと見上げてみる。
 校舎がそろそろ見えてきてもいいだろうと……。
「ん?」
 珍しい。先客がいるようだ。
 赤色に染め上げた長い髪を右側で一つに結んだギャル。
 ミニスカっていうレベルじゃないぐらいの丈の短さだ。
 だから、下から見上げている俺からしたら、パンモロ。
 ヒョウ柄のパンティか……汚物だな。

 ミハイルが後ろ姿を見た途端、笑顔になる。
 こんな奴は一人しかないからだ。
 手を振って、その背中に声をかける。
「ここあ~! おはよ~☆」
「あん?」
 振り返った花鶴 ここあは、なぜか不機嫌そうな顔をしていた。
 いつも能天気で、バカなことばかりを言っている彼女にしては珍しい。
「よう。花鶴」
「ああ……おはにょ…」
 情緒不安定だな。もしかして、あの日か?
「どうしたんだ? いつもならリキと一緒にバイクで登校しているじゃないか」
 俺がそう尋ねると、彼女は顔をしかめて、こう言った。
「ホント、それな。リキのやつ。急にあーしとは二ケツできないと言い出してマジないっしょ!」
「つまり……二人乗りを断れたってことか?」
「マジないっしょ! マブダチのあーしを断るとか。あーしがキモいってわけ?」
「……」
 瞬時に察知した俺は、敢えて沈黙を選んだ。
 そして、隣りで話を聞いていたミハイルも、理解できたようで、お互いに目を合わせる。

(タクト。ここあと二ケツを断ったってことは……)
(ああ、そういうことだろう。多分、ほのかに見られたら嫌なんだろう)

 二人でコソコソ耳打ちしていると、花鶴が俺たちのやり取りを見て怒り出す。

「あんさ~ 最近、オタッキーもミーシャもさ。隠し事多くない? ダチなのにコソコソされると、マジムカつくんだけど?」
 そう言って睨みをきかせる。
「あ、いや……別に仲間外れにしているわけじゃなくてだな」
「そうそう。ここあはいつまでも、ダチだって☆」
 と弁解してみるが、花鶴は不服そうに俺たちの顔を交互に見る。

「な~んか、最近あーしだけさ。ハブられてる気がするんだけどな~ リキもこの前なんかL●NEを既読スルーしたし……後で理由を聞いたら、『ネコ好きなおじさんとビデオ通話』してたんだって。マジ、ないっしょ!」
「……」
 絶句する俺。
 対して、ミハイルは手を叩いて喜ぶ。
「ここあ。それ、マジなの!?」
「へ? うん。リキはそう言ってたけど」
「やったぁ~! これで、あいつ。夢が叶うゾ☆」
 それ、別の夢でしょ。

 ていうか、ちゃんと有言実行しているのか。リキ先輩。
 もう前に進み出しちゃったのか……俺たちとは別の道を。

 その場でぴょんぴょんとジャンプして大喜びのミハイルに、だんまりを決め込む俺を見て、花鶴は不満をもらす。

「あんさぁ。二人で隠し事はやめてくれる? あーしもマブダチじゃん? なんか悩み事とかあるなら、相談のるっしょ。だからリキのことも教えてよ!」
 
 それだけは無理、とは言えなかった。
 だって、リキの恋路を邪魔するわけにはいかないから……。