9月も終わりを迎える頃。
俺は朝食を済ませて、リュックサックを背負うと、地元の真島商店街を一人歩く。
秋に入ったというのに、未だ日差しは強い。
半袖のTシャツでもまだ暑く感じる。
自宅から数分歩いたばかりだが、わき汗が滲み出る。
リュックサックの中には、教科書やノートがたくさん入ってるし、重たくて苦行でしかない。
それでも、俺は真島駅へと進む。
夜明けに朝刊配達を終えて、寝不足だと言うのに、これから夕方まで一日帰れない。
ガッコウたるクソつまらん場所で、バカ共と勉強をするのだ。
ああ……早く冬休みが来ないかなぁ。なんて思いながら駅の改札口を通り抜ける。
小倉行きのホームへと降りて、列車を待つ。
古いタイプの普通列車だ。
横並びの対面式のソファー。
うわっ、これ苦手なんだよなと座り込む。
向こう側には、リア充感満載の制服組の男子が何人も座っていた。
大きなカバンをズラーッと床に並べて。
楽しそうにゲラゲラと笑っている。
無意識なのだろうが、大股開きで座っているから、態度が悪く見える。
見せつけられるこっちは、不快でしかない。
頭は今、流行りのヘアスタイルで、ワックスで整えちゃって。
時折、スマホのカメラで前髪を確認している。
女子かよ……って言いたくなるぐらい、意識高いね。
俺なんて、今朝、鏡もろくに見ないで、家から出たっていうのに。
そいつらを見て、寝不足で苛立っていた俺は、舌打ちをした。
こんな遊び感覚で、同じ高校へと向かうのかと思うと、反吐が出る。
だから、ガッコウてやつは嫌いなんだ。
そう思った瞬間だった。
プシューッと、列車の扉が開く。
着いた駅は、席内。
「あ」
自然と口から漏れる。
そうだ。忘れていた……学校は嫌いだが、あいつと会うことは……。
「タクト~! おはよ~☆」
ニッコリと笑うその子は、陽の光で照らされた金色の髪を輝かせる。
長い髪は首元で結い、纏まらなかった前髪は左右に垂らしていた。
世界的に愛されているキャラクター。ネッキーがプリントされた白地のタンクトップ。
小さなヒップにフィットしたグレーのショートパンツ。
真っ白な細い脚を2つ並べて、こちらに手を振っている。
その姿を見た瞬間、さっきまでの苛立ちは吹っ飛んでしまう。
「ああ……おはよう。ミハイル」
「うん! 久しぶりだね☆」
彼は俺以外、眼中などないようで、真っ先に隣りへと座り込む。
膝と膝はビッタリとくっつける超密接な間柄。
相変わらずの無防備さで、胸元がざっくりと開いたタンクトップを好んで着用している。
まあ男だから、別に良いのだろうが。
ミハイルは背が低いから、どうしても、俺の視点からすると、見えそうだ。アレが。
「……」
頬が熱くなるのを感じる。
そんなことを知ってか知らずか、彼はずいっと身を寄せてくる。
「あれ? なんかタクト、顔が赤くない? ひょっとして風邪?」
なんて上目遣いで、ぐいぐいと俺の顔をのぞき込む。
頼むからやめてくれ。
最近、ミハイルモードでも、俺の理性がおかしくなっているんだ。
このままじゃ……。
※
「ていうかさ、電車の中って寒いよね」
「そうか? 俺は冷房が効いていて、丁度良いが」
だって、まだ暑いし。
「タクトって暑がりなんだ……オレってさ。エアコンとかあんまり苦手なんだ…」
と唇を尖がらせる。
「ほう。初耳だな」
「だってもう9月だぜ? 正直、冷たくする必要ないと思うんだ。たいおん、ちょーせつっていうの? あれが難しいよ」
体温調節とか言う前に、あなたが露出度高めのタンクトップにショーパンだから、寒いんじゃない?
「はぁ……なんだか、身体が冷えちゃったよ」
ついにはガタガタを肩を震わせる始末。
「しかし、どうしようもないからな。赤井駅までもう少しだ。我慢しろ」
俺がそう言うと、ミハイルは細い両腕で胸を抱える。
「イヤだ! 寒いもんは寒いの!」
ワガママだな、こいつ。
「だったら、上着を持って来いよ……」
俺が呆れていると、ミハイルはブスッと頬を膨らませる。
「なんだよ……タクトは暑がりだから、寒がりの気持ちわかんないじゃん……あ、良い事考えた☆」
「へ?」
「タクトは暑がりなんだから、冷えたオレと合体すればいいんだ☆」
ファッ!?
が、合体ってあんた! セクロスする気!?
そう思った俺がバカでした……。
純粋無垢なミハイルが発案したのは、ただ単に身体と身体を擦り合わせるだけ。
まあ単純に言えば、俺の身体に抱きつくってことだ。
汗臭い俺の胸に顔を埋めて、満足そうに笑っている。
「うわぁ、タクトの身体って暖かい~☆ でも、ちょっと汗臭い~」
言わせておけば……。お前から抱きついたんだろうが。
「臭いなら離れてくれ。電車の中で、男同士が恥ずかしいだろ……」
「嫌だ~ だって寒いもん! 赤井駅に着くまで~」
一向に離れてくれないミハイル。
俺も彼に抱きつかれるのは、そんなに嫌じゃないが人目が気になる。
「ミハイル……ちょっと、もういい加減に……」
と言いかけた所で、彼が胸元から顔を上げて一言。
「ダメ?」
と甘えた声で呟く。
なんだ、この状況は……。
どこかで見たことある光景だ。
エメラルドグリーンの大きな瞳が2つ、こちらをじっと見つめる。
上目遣いで。
小さなピンクの唇は、ちょうど俺の心臓辺りに当たっていた。
はっ!?
わかったぞ……そうだ。これは、乳首責めってやつに酷似しているんだ!
グラビアアイドルとかのアメちゃんをペロペロしている動画で、知っている。
それに気がついた瞬間、俺は一言、彼に呟いた。
「了解した。離れてなくても良い」
「タクトなら、そう言ってくれると思った☆」
なぜ俺が彼のことを許したかと言うと、離れられないからだ。
今、離れると、車内の皆さんに俺の股間がパンパンだということが、バレてしまうからだ……。