中学生の頃。匿名のファンが俺を編集部に猛プッシュしてくれたおかげで、書籍化できた。
白金が、その人は俺の住所や電話番号を知っていたと言っていたが、マリアの仕業だったのか。
純粋な読者さんが善意で薦めてくれたと思ってたのに……。
酷いよぉ!
まあ、でもマリアは俺の作者として、初めての読者だから。
そりゃあ、紙の本になることを望むよな。
感謝はしているが……全部彼女の力でここまで来たかと思うと、辛いな。
※
「そうか。お前が……マリアが俺を薦めてくれたのか。礼を言う」
律儀に頭を下げるが、複雑な気持ちだった。
「い、いいのよ。タクトの小説が少しでも早くたくさんの人に読んで欲しかったから」
なんて頬を赤くする。
確かに小説家としてデビューできたのはマリアのおかげだ。
しかし、今回のラブコメ“気にヤン”に関しては、彼女は一切関わっていない。
むしろアンナがたくさんの取材に協力してくれたから、書けた作品だ。
二人の集大成。
小説が売れたから結婚しようなんて、ちょっと違うと思う。
それに俺の性格が許さない。
マリアを忘れていた自分自身が悪いが、このまま結婚なんてしたら、アンナがかわいそうだ。
俺は決心した。
全てとまではいかないが……マリアに打ち明けようと。
「マリア。実は黙っていたことがある。今書いているラブコメに関してなんだが……実は取材協力者がいてな」
「え? 取材? モデルは私じゃないの」
「ああ……実は違うんだ。そのヒロインは俺の知人でな。この作品を書くに当たって契約を結んだ。そして、まだ小説は完結していない。だから、今お前と結婚するわけにはいかないんだ」
「な、なによそれ……」
真実を告げられたマリアは、顔を真っ青にして震え出す。
「すまない! だから……俺はお前との約束を守れない」
キッパリと断ったつもりだった。
罪悪感で胸が押し潰れそう。
ミハイルに告白されて、断った時と同じ感覚だ。
「……」
黙り込んでしまうマリア。
俺も重たい空気に飲まれて、沈黙を選んだ。
怖かったが、ゆっくりと視線を彼女の方へと向ける。
青い瞳は薄っすらと潤んでいた。
そして、俺の顔を悲しそうに見つめている。
「タクト……私を忘れていたものね。そりゃそうよね。あなたの口癖『認識した』っていうやつ。記憶力も悪いのに、いつも格好つけるもの」
「わ、悪い。手紙が届かなくて、俺も怖かったんだと思う。だから記憶に封印をかけていたのかもしれん」
「ウソよ。新しい女が出来たからでしょ?」
ズキンと胸が痛む。
「いや、その子とは恋愛関係に至ってないし、至れない理由がある。俺の恋人じゃない」
「なにそれ……曲がったことが大嫌い。物事を白黒ハッキリさせないと気が済まない。あなたらしくない関係ね」
聞いていて耳が痛い。
だって、アンナは男の子だもん。
「ねぇ……その子の写真とかないの? 私を納得させるような女の子か見ておかないと、気がすまないのだけど」
「あ、あるが……」
「見せて!」
「は、はい」
ジーパンのポケットからスマホを取り出す。
初めてカナルシティで撮影したプリクラ写真を画面に映し出して、マリアにスマホを渡す。
それを見た瞬間、彼女の顔が豹変する。
整った美しい顔をぐしゃぐしゃに歪めて、一言。
「なによ。この、ブリブリ女は!」