「あ、あの……ねーちゃん? オレ……うん、あのさ。今日ダチん家に……」
 食事を終えたミハイルは、スマホで誰かと話している。
 きっと、ねーちゃんとかいう12歳も年上のお姉さまなのだろうな。

「うん、わかったよ☆ ありがと、ねーちゃん☆」
 え? なんでねーちゃんにはそんな神対応なのミハイルさん?

「問題ないか? ミハイル」
「うん☆ 泊まってもいいって! オレ、ダチん家に泊まるのはじめてなんだ☆」
「なに? お前は花鶴(はなづる)千鳥(ちどり)の家には泊まったことないのか?」
 あれだけ、仲のいい3人なのだ。泊まるぐらい、わけないだろうに。

「あいつらは近所に住んでっから泊まる距離じゃないよ☆」
 なにをそんなに嬉しそうに笑う?
 こちとら、明日の朝刊配達が午前3時に控えているんだ!
 今すでに午後9時だぞ? いつもなら就寝時間だというのに……。

 二人して洗面所……おされに変換すると『脱衣所』に向かう。
 すんげー狭いからな。
 しかし、こいつの裸を見ると思うと、なんだかドキドキしてきた。
 琢人よ、認識を改めよ! ヤツは男だ! 女じゃない!


「ミーシャちゃん、パジャマはかなでのがサイズ的にいいわね」

 脱衣所の前で、母さんがピンク色の女物のパジャマを差し出す。
 なにそれ……フリルとレースまみれのピンクのルームウェア……。
 しかもショーパン。
 母さん、なにか企んでません?

「あ、あざーす」
 受け取るんかい!
「はい、タクくんはいつものね♪」
 渡されたのはタケノブルーのパジャマ。
 全身タケちゃんの『キマネチ』ロゴが入ったおされーなものである。

「感謝する」
「じゃあミーシャちゃん、ごゆっくり~」
 そう言うと母さんはなぜか、去り際に拳を天井に高々とあげていた。
 母さんUCじゃん。

 俺が脱衣所で上着を脱ぎだすと……。

「タクト! なにしてんだよ!」
 激昂するミハイル。

「なにがだ?」
 ズボンまで手をかけると、ミハイルの怒鳴り声が再び響き渡る。
「なにがじゃない! ふ、ふくは身体を隠しながら脱がないとダメなんだぞ!」
 え? なにを言っているんだ、こいつは……。

「ミハイル、お前の言いたいことがさっぱりわからん」
「ガッコウでもそうじゃん? ちゃんとタオルで隠せって、ねーちゃんが言ってたゾ!」
 あーもう、オタクのお姉さんうるさいわね!

「了解した。では俺が先に脱いで入る。タオルで股間を隠せば問題ないな?」
「う、うん……」
 なぜ顔を赤らめる? そして床ちゃんの再登場か。
 ミハイルは脱衣所から一旦出て、廊下に背中を合わせているようだ。

「ふむ、なぜ恥じらう必要があるのか……」
 いいながらしっかり彼の言う通り、真っ裸になるとタオルを腰にまいた。
 ババンバ、バンバンバン♪

 お先に浴室に入ると、いつものルーティンでシャンプーを手にして、頭から洗い出す。
 タケちゃんの『中洲(なかす)キッド』を鼻歌しながら洗うのが俺の日課だ。
 泡でいっぱいになり、目元までシャンプーがかかる。
 慌てて、シャワーを手で探す……目にしみるので。
 手で探っていると、『ぷにゅ』とした柔らかいものを手に取った。
 ふむ、シャワーにしては太いな……。

「お、おい! タクトどこさわってんだよ!」
「ん? ミハイルか? どこに触れているんだ?」
「オレの太もも!」
「すまない……が、シャワーを貸してくれ」
 なんだ、『アレ』かと思ったぜ。

「任せろ、オレが泡を流してやるよ☆」
「頼む」
 ミハイルはやさーしい水圧で、俺の髪をとかしながら、洗い流してくれた。
 なにこれ……美容師の母さんより、うまい。

「どうだ? 気持ちいいだろ?」
 すごく……いいです。
「ミハイル、この技術、誰から習った?」
「ん? ねーちゃんかな?」
 またお姉さまかよ。

「ほい、できあがり」

 瞼を開けると、そこにはバスタオルを胸元からまいたミハイルがいた。
 浴室の灯りで照らされた金髪がより一層輝く。
 いつも首元で結っているのに、風呂場では下ろしていた。
 本当に女の子みたいだ……。
 ミハイルがもし……いや、この気持ちはグレーゾーンだ。
 
「なに、ヒトの顔をじっと見つめているんだ?」
 ミハイルが俺の眼をのぞき込む。
 いやーちけーから!

「な、なんでもない……」
「そっか☆ じゃあ今度は背中洗ってやんよ」
「すまない」
 そう言うと、腰を屈める。
 ボディシャンプーを取ってくれたのだ。

 首元から流れる美しい髪。
 そして、タオルで隠れているとはいえ、ミハイルのヒップは男のものとは思えないくらい丸みがあり、女性寄りの体形と再確認できた。
 いかんいかん!
 目をそらす。

「じゃあ、かゆいとこあったら、言ってくれよな☆」
 え? オタクが美容師だったんですか?
 じゃあ……股間! とか言ってもいいですか。

「よぉし、いっくぞぉ」
 これまた、やさーしく背中を洗ってくれる。
 くすぐったいぐらいの優しさだ。ゆっくりと丁寧に洗ってくれる。
 癒される……なんか眠たくなってきた。

「なあミハイル……お前が一ツ橋高校に入った動機はなんだ?」
「オレ? ねーちゃんに言われたから」
「……」
 またねーちゃんかよ!

「なぜそうまでお姉さんにこだわる? 他になにか理由はなかったのか?」
「ん~ べつに?」
 ウッソよね~

「じゃあ今度はタクトの番だな!」
 む、そうきたか。
「俺は……取材だ」
「え!?」
 驚くのに無理はない。
 俺の本業は、ライトノベル作家。
 常に取材をしないと、作品を書けない傾向がある。
 今度の作品は初めてのラブコメだ。
 よって『ロリババア』ことクソ編集によって、「取材にいってください」と言われたにすぎないのだ。

「どういうこと? 取材って……タクトって新聞記者とか目指してんのか?」
「フッ、俺はこうみえて小説家なんだよ」
「す、すごいな!」

 ミハイルが感動してくれたところで、俺の身体はピカピカになっていた。
 俺は浴槽につかり、ミハイルに交代する。
 ミハイルは長い髪を洗い出した。

 彼は目をつぶりながら、口にした。

「なあ、タクトの本ってどこに売っているんだ?」
「フッ、俺のはそんじょそこらの本屋では販売していないぞ」
 事実である。
「じゃあ、どこの本屋?」
 クッ! 痛いところをつきやがる!

「ふ、古本屋とか……」
「そっかぁ……」
 なにを察したのか、言葉を失うミハイル。

 そう、俺はブームが去ったライトノベル作家なのだ。