背後から聞こえてくる川のせせらぎ。
その音はとても心地よい。
感じる、感じるぞ。マイナスイオンを……。
だが、今日はいらん!
「……おい、白金。もう始まって1時間は経ってないか?」
「え、そうでしたったけ? おっかしーなぁ。ツボッターでちゃんと告知したんですけどねぇ……ははは」
と笑ってごまかす。
俺は今カナルシティのど真ん中、サンプラザステージにいる。
長テーブルの上に大量のラノベとコミックを載せて、ポツンと一人座っている。
左手には大きな立て看板が設置されて。
『DO・助兵衛先生。サイン会はこちら!』
と、ド派手な案内まで用意してあるが……。
肝心の客。いや、俺のファンが誰一人として現れない。
おかしい。予約段階で売れに売れたのではなかったのか?
カワイイ博多っ子の現役女子高生が押し寄せてくるはずなのに。
時折、ステージを通り過ぎるカップルが「なにあれ?」「知らね」と指をさしてくる。
どんな放置プレイなんだよ!
クソがっ!
隣りに立っている白金が、スマホを取り出して何やら確認している。
「あれぇ? 確かに編集部の公式ツボッターで今日のこと宣伝……あ」
「どうした? 何か問題でもあったか?」
俺がそう尋ねると、白金の額から大量の汗を吹き出す。
「あ、あのぉ……すいません。DOセンセイ、日にち間違って告知してました。てへっ♪」
なんて自身で軽く頭をポカンと叩き、舌を出して見せる白金。
「……おい」
「だ、大丈夫ですよぉ~ 13日を23日に間違えたぐらいですからぁ! い、今からツボッターで宣伝しますんでぇ。すぐにファンが買いに来ますってば!」
こんのクソポンコツ編集がっ!
※
白金のバカっぷりは今に始まったわけではない。
仕方ない……と俺もスマホを取り出し、YUIKAちゃんの公式ツボッターを見る。
「おお。更新してるな。今日もカワイイではないか。YUIKAちゃんしか、勝たんな」
俺がその可愛さに見とれていたら、白金が「トイレに行って来る」と小走りで去っていった。
サイン会は始まって既に3時間が経とうとしていた。
そりゃ、行きたくもなるわな。
いい加減、座り疲れた。
さっさと終わらないかな。この放置プレイ。
ツボッターでYUIKAちゃんの可愛すぎるライブ写真をリツイートしまくり、愛情たっぷりのリプを大量に送信っと。
『YUIKAちゃんの犬になりたいです』
『転生するなら、あなたの衣装になりたいです』
『僕が作家として売れたら、直ぐに結婚しましょう』
と、ラブメッセージを高速で打ち込む。
そんなリプを1分間に30回は送ったか。
「ふぅ……」
本日の推し仕事終業っと。
スマホをテーブルに置いて、背伸びをする。
「ふあ~あ!」
バカみたいな声であくびも出てしまう。
その時だった。
YUIKAちゃんみたいな可愛らしい声が聞こえてきた。
「あの、サイン会ってここでいいですか?」
「へ?」
視線を上にあげると、そこには一人の天使が立っていた。
チェック柄のミニのワンピースを着た美少女。色は秋を先取りしたベージュ。
胸元には、ビジュー付きの大きなリボン。
エナメル製のローファーを履いて、ニコニコ笑っている。
金色の長い髪を輝かせて。
「タッくん……あ、違うね。先生、サイン下さい☆」
「アンナ」
その姿に俺は驚いていた。
つい先ほど、白金がツボッターで日付を修正したばかりだというのに。
「スマホ見てたら、サイン会が今日だって知ったから。来ちゃった☆」
早すぎて怖っ。