なんだかんだあって、俺のクラスメイト……。
古賀 ミハイルは、初見のお友達の家に図々しくも晩御飯まで食べることとなった。
まあこの件については我が母である新宮 琴音さんと妹のかなでの陰謀といえよう。
4角形のテーブルには、母さんお手製の野菜ギョウザ、からあげ、トマトがふんだんに使われたスライスサラダ。
俺とミハイルは仲良く隣りに座る。
反対側に、母さんとかなでがニコニコと笑いながら、俺たちを見つめている。
何やら嬉しそうだ。
確かに、俺がこの家に知人や友人を連れてきたことは、あまり経験のないことであった。
「じゃあ、ミーシャちゃんとおにーさまの出会いに、かんぱーい♪」
かなでがオレンジジュースを手にグラスをかかげる。
と、同時にキモイおっぱいがプルプル震えて、かっぺムカつく。
「フッフ~ フッフ~ ミーシャちゃんも一緒に!」
母さん、あんたまでちゃん付けかよ……。
ちな、母さんはハイボール。
「あ、あの、かんぱい!」
釣られるようにミハイルもグラスでご挨拶。
ミハイルが選んだ飲み物は、アイスココア。
「タクト? どうした?」
10センチほどの至近距離で俺を見つめるな!
お前のエメラルドグリーンさんが、キラキラと輝いて、チューしたくなるんだよ(怒)
「んん……なにが?」
平静を装う。
俺が選んだのは『いつもの』アイスコーヒーだ。
真島商店街の馴染みの喫茶店から購入している逸品だ。
「タクトもかんぱいしろよ☆」
え? ここミハイルさんのおうちでしたっけ?
「ああ……かんぱーい(やるきゼロ)」
「「「かんぱーい」」」
「美味しいですわ~♪」
といつつ、ゲップを豪快にするかなで。
「くわぁ~! このためのBLよねぇ」
いや、母さんはいつもボーイズでラブラブしているじゃないですか。
「フゥ、おいし……」
ミハイルさんたら、男のくせしてグラスを大事そうに両手で持っちゃったりして……。
これって、ほぼほぼ女の子のしぐさなんすけど?
「しかし、古賀……お前、親御さんに連絡しなくていいのか?」
「オレ……父ちゃんと母ちゃんは死んでっからさ……」
あ、これは地雷を踏んでしまったな。
謝罪せねば。
「すまない、古賀……他意はない。謝罪する」
律儀に頭を下げると、ミハイルが両手を振って慌てだす。
「な、なんでタクトがあやまんだよ! も、もう昔の話だからさ……」
俺はこの時、一瞬にして思い出した。
一ツ橋高校の宗像先生にクレームに行った際のこと。
『お前みたいな親御さんが二人そろって健在なのが当たり前……ってのが恵まれているんだ』
こういうことか……ヤンキーにもヤンキーなりの事情があったのか。
「うう……ミーシャちゃん、かわいそうです!」
泣きじゃくるかなで。
「私のこと『ママ』って呼んでいいのよ?」
泣いてなくない? あんたのママってさ、BLのだろ?
「あ、あの、3人とも、ほんとーに気をつかわないで……オレはまだねーちゃんがいっからさ☆」
健気にも笑顔でその場をおさめようとするミハイルに、俺は胸が痛む。
「ミハイル。お姉さんがお前を育てているのか?」
「ああ、ねーちゃんはすっげーんだぞ。オレより12歳年上でちょーかっこいいんだ」
ちょーアホそうな姉上と認識できました。
「なるほど……つまり親代わりということか」
ミハイルはこう見えて、苦労人というわけだ。
「かなで。そのお姉さまとお会いしたいですわ♪」
まったく何を言いだすのやら。
「そうねぇ、タクくん。あなた今度ミーシャちゃん家にお母さんのお菓子を持っていてちょうだい」
目を細くして笑う母さん。
こういうときの琴音さんときたら『いかなったらBL書かせるぞ、オラァ』の意思表示である。
そんな創作活動まっぴらごめんだ。
「了解したよ……」
「なっ! タクト……オレん家に、遊びに来たいの……?」
おい、今度はテーブルというか『琴音さんのからあげ』がお友達になっているぞ。
「まあ興味はあるな」
「そ、そうか! やくそくな!」
小学生かよ。
「ところでタクトのとーちゃんってまだ帰ってこないのか?」
「「「……」」」
「ん? どうしたんだ? みんな」
首をかしげるミハイル。
忘れていたあの男のことを……。
新宮 六弦。これが俺の最悪のはじまりである。
「あいつか……死んだよ」
「そ、そうなの!? ……わりぃ、タクトん家もそっか……」
泣いてはる。泣いてはるよ、ミハイルさんったら。
あんな男のために。
「ちょっと、タクくん? 六さんはまだ生きてますよ?」
微笑みが怖い。これは『オラァ! BLじゃボケェ!』と言いたいのである。
「そうです! おっ父様はかなでのヒーローですよ? 絶対におっ父様は死にません! おにーさまが一番知っているくせに……」
いつになく寂しげな顔をするかなで。
「すまん、悪のりがすぎた。ミハイル、六弦とかいう父は生きているぞ」
どこかでな。
「そ、そっかぁ……よかったぁ」
胸を抑えて安堵している。
え? ミハイルのとーちゃんだったの?
「つーかさ、ヒーローってどういうこと?」
くっ! かなでの馬鹿者が!
あんなやつを英雄と呼称するのは間違っているのに。
「それはですね……お父様、新宮 六弦は私を助けてくれたからですわ!」
説明になってないぞ、かなで。
「どーいうこと?」
ミハイルは脳内が8ビットぐらいしか処理能力がない。
かわいそうだ。
「つまりはだな、ミハイル……実は、かなでという妹はな。六弦がよそから拾ってきた『もらい子』だ」
俺のその一言に今までにみたいことのない表情。
目を見開いて、大口を開けている。
「じゃ、じゃあ……かなでちゃんは他人の子なのか!?」
なぜか俺の両肩をつかみ、激しく揺さぶる。
そんなに揺さぶらないでぇ、俺はまだ首が座ってないの~
「そうだ、かなでは震災で孤児になり、そこを六弦とかいうバカが助けにはいったんだ」
「じゃ、じゃあ、タクトとかなでちゃんは血が通ってないのか!?」
襟元をつかむミハイル。
なにこれ、ほぼほぼ恫喝じゃないですか。
「そういうことですわ♪ だから私とおにーさまはイケナイ関係もアリということですね♪」
サラッとキモイことをぬかしやがって。
「タクト……おまえ。かなでちゃんと何べん、風呂はいった!?」
顔真っ赤にしてるぅ~ しかめっ面だし。こ、怖すぎ。
「し、知らん」
「ウソだっ!」
「いやですわ……この前も入ったじゃないですか~ おにーさま♪」
「……」
沈黙するミハイル。
「ち、違うぞ? ミハイル。あの日もあいつが勝手に入ってきたんだ……お、俺にやましい気持ちは一切ないぞ」
「許さない!」
え? 絶対に?
「まあまあ、ミーシャちゃん。なんなら今日は泊まっていけばどうかしら? お風呂も沸かすから、おっとこのこ同士仲良く入りなさい」
「か、母さん!?」
「許す☆」
めっさ笑顔ですやん、白い歯が芸能人みたい。
「かなでも入っていいですか!?」
「「絶対にダメ!」」
この時ばかりは、俺とミハイルの息がピッタリでした。