俺は博多駅から小倉行きの電車に乗り込む。
 疲れていたから、地元の真島駅まで快速列車を利用した。
 快速だから客が多く、座ることはできないが、20分ほどで到着できる。

 真島駅の改札口は二階にある。
 電子マネーを機械にタッチさせて、出口に向かう。
 出口は左右に分かれていて、左手の山側が駅に隣接している大学。
 数々の有名人、芸能人、トップアスリートの出身校だ。
 まあ俺には関係のない場所だから、反対側の右手にあるエスカレーターで一階に降りるのだが。
 こちら側は海側、真島商店街がある。

 エスカレーターの手すりに肘を置いて顎をのせる。
 どうしたものか。あすかの自伝小説をたった1週間で20万文字も使用するとか。
 彼女の出生から始まり、両親に捨てられた過去、おばあちゃんが一人に育てて……盛れば、どうにか文字稼ぎできるか。
 
 そんなことを考えていると、手すりから肘が滑ってガクンと体勢を崩してしまう。
 エスカレーターの終点だ。

「あいて……」

 周りに若い女子高生たちが立っていて、俺のその姿が滑稽に見えたのか、クスクス笑っていた。
 ちくしょう。ダサいところ見られちまったな……なんて苛立ちを覚えたが、“その姿”を見て、ドキッとしてしまう。
 
 壁にもたれかかった一人の美少女……。
 肩まで伸びた美しいブロンドの髪は首元で結い、纏まらなかった前髪は左右に垂らしている。
 強い風が駅舎の中に吹き込んできた。
 きっと離れた海岸からの潮風だと思う。
 周りにいた女子高生たちがフワッと宙に上がるスカートを急いで抑える。
 いつもの俺なら、その光景を目で追ってしまうのだろう。

 でも、今はこの子に釘付けだ。
 小さな顔に叩きつけられた強い風に対して、無反応。
 寂しそうに地面を見つめている。
 長い前髪が乱れてしまい、薄紅色の小さな唇にくっついてしまう。
 グリーンの瞳はどこか潤んで見える。

 大きな星がプリントされたブルーのタンクトップに、ホワイトのショートパンツ。
 俺はその美しい光景に、しばらく見とれていた。

「あ、タクト……」
 寂しげだった顔が一変し、明るい顔になる。
「ミハイル。お前、なんでここに……」
 そうだ。美少女じゃない。
 こいつは正真正銘の男の子。
 しっかりついている野郎だ。
 いかんいかん。
 頬をバシバシと叩いて、正気を取り戻す。

「久しぶり! タクト☆」
 俺に気がついたミハイルは、一気に距離を縮めた。
 手に紙袋を持って嬉しそうに微笑む。
 彼が低身長だから、どうしても俺が上から目線になる。
 つまりタンクトップの中が見放題。
 ガードがゆるゆるだから、ピンクのトップが見えそうだ。
 思わず視線を逸らしてしまう。
「……」
 くっ! だからミハイルモードは嫌なんだ。
「どしたの? タクト?」
「いや、なんでもない……。ところで、なぜ真島にいるんだ? お盆はヴィッキーちゃんと過ごすんじゃなかったのか?」
「ねーちゃん、ずっとお酒飲んでたから、今酔っぱらって寝てるんだ☆ だからタクトにおちゅーげんを持ってきたんだ☆」
 と持っていた紙袋を差し出す。
「お中元ね……悪いな。中はなんだ?」
「オレが作った木の実のケーキ☆ ねーちゃんから新しく習ったレシピなんだ☆ ホールサイズで三段にしたから、みんなで食べてよ☆」
 オシャレ過ぎるだろ!
 男が作るか? そんなケーキ。
 デパートでしか見たことない。