なんだかんだあったが、アイドル長浜 あすかの密着取材は無事に終わった。
 苦労人であることを売りにして書けば、同情した人々が興味を持ってくれるかもしれない。
 それに、俺が提案したトックトックの動画で、デジタルタトゥー……いや、バズる可能性を手にした3人は大はしゃぎ。
 ノリノリでアカウントを作っていた。

 事務所の窓から夕陽が差してきたころ、俺は長浜に別れを告げる。
「長浜。お前の芸能活動ってやつか? 大体把握できたつもりだ。納期は一週間なんだろ? 帰ってすぐに執筆に入りたい」
「フンッ! 精々がんばりなさいよね!」
 相変わらず、上から目線でムカつく。
「ああ……完成したら連絡する。じゃあな」
 そう言って、彼女に背を向けようとした瞬間だった。
「「新宮さん」」
 綺麗に揃えた二人の声。
 右子ちゃんと左子ちゃんだ。
「ん? どうした?」
「あの、今日は色々とありがとうございました」
「私たち自信がなかったので、新宮さんにアドバイスを頂けてすごく励みになりました」
 なんて健気な女の子達なんだ……。
 この子たちの方を小説にしてあげたい。
「いや、俺は特になにもしてないよ。右子ちゃんと左子ちゃんは、既にアイドルとしての素質があると思うぞ。磨けば光るさ」
 親指を立てて応援してやる。
「「新宮さん」」
 二人は胸の前で手を合わせて祈るように、はにかむ。
 フッ、アイドルを二人も惚れさせてしまったかな。
「じゃあ、俺はこれで」
 と改めて背を向け、立ち去ろうとする。振り返ることはなく、右手だけを挙げて。
 格好良く決まったな。と思った瞬間、襟元を背後から引っ張られる。
「ぐへっ!」
「ちょっとガチオタ待ちなさいよ!」
 喉を絞められ咳き込む俺を見ても、長浜 あすかは心配などしない。
 むしろ怒っているようにみえる。
「な、なんだ……長浜」
「あんたね! なんで右子と左子だけはちゃん付けなのよ! あんたはアタシのガチオタでしょ? 永遠にアタシを推しなさいよ! ファンならアタシにも……その……」
 怒ったかもと思えば、急に恥ずかしがり出した。身体をもじもじさせる。
「なにが言いたいんだ?」
「だ、だから……アタシのことも、あすかちゃんって言いなさいよ!」
「え……」
 予想外の言葉に絶句してしまう。
 ていうか、絶っ対に嫌だ。
 こいつをちゃん付けで呼ぶのは……。
 そもそも、メインヒロインであるアンナだって、ちゃん付けしてないのに。
 右子ちゃんと左子ちゃんは、控えめな女の子だから良いんだよ。

 困惑した俺はしばらく黙り込む。
「……」
「な、なによ! 早く言ってごらんなさい!」
「……あ、あ、あすか」
 嫌々彼女の名前を口から吐き出すと、結果的にだが、呼び捨てになってしまう。
 まるで親しい間柄のようだ。
「!?」
 だが、長浜じゃなかった……あすかの反応は意外にも悪くなかった。
 自分で命令したくせに顔を真っ赤にさせて、固まっている。
「あすか。これからはそう呼ばせてもらう。いいのか? これで」
「い、いいわよ! あ、あんたみたいなキモオタに下の名前を呼ばせてあげる……こ、ことを光栄に思いなさい……よね」
 あらあら、ツンデレ属性を所持していたのか。
「じゃあな。あすか、また連絡するよ」
「わ、わかったわよ! タク……ヒト」
 驚いた。俺にも下の名前で呼んでくれるとは。
 ん? こいつ、名前を間違えて覚えてるじゃねーか!
 やっぱ、可愛くねぇ!