意外だった。
あの、長浜 あすかが劣悪な環境で育った苦労人だったとは。
「結局……ママもどこかで知らない男の人と一緒に暮らしているって。後から聞いたんだけど」
重い! 重すぎるっ!
「……」
俺はなにも言えなくなっていた。
この場はただ黙って話を聞くことが正解だと思ったからだ。
「でも、アタシはすごく幸せだわ。一人ぼっちになったアタシをおばあちゃんがパパとママに代わっていっぱい愛情を注いでくれたから。『あすかちゃんはお姫様だねぇ』って。可愛いお洋服とか買ってくれたし……」
そりゃ捨てられた孫を見てたら可愛がりたくなるよなぁ。
泣ける。
「それでね。アタシがテレビに映るアイドルの真似をして歌ったり、踊って見せたら、おばあちゃんが喜ぶの。『あすかちゃんはカワイイねぇ』『アイドルになれちゃうわぁ』って。たまにアタシのダンスを見て感動して泣いちゃうぐらいにね」
感動の涙じゃない!
不憫なだけだ。
「だからアタシはアイドルを目指したの。おばあちゃんが言ってくれたから!」
俺の目をじっと見つめる。
その眼差しは真剣そのものだ。
一点の曇りもないキラキラと光る美しい瞳。
壮大な夢を語るに相応しい顔つきだ。
だけど……意味を履き違えてるよ、この子。
辛いわ。
※
「つまり、おばあちゃんがアイドルになれると言ってくれたから、長浜は芸能人を目指したというわけか?」
「ええ、そうよ。これは多分ググっても出てこない話ね!」
当たり前だろ!
誰がそんな重たい話をウィキペディアに記載するんだ!
「なるほど……じゃあ今はアイドルになれたという夢は叶えたのだろ? 次の夢はなんだ? 最終目標とか」
俺が問いかけると彼女は自信満々にこう答える。
「ズバリ! ハリウッド進出よ!」
「……」
長浜のおばあちゃん。ちょっと孫を可愛がり過ぎたんじゃないの?
自信過剰すぎて、変な方向に偏ってるよ。
「アタシには売れなきゃいけない理由があるのよ! たくさんのお金が欲しいの!」
「まあ。それなら誰だってたくさん欲しいだろ。なにか買いたいものでもあるのか?」
俺がそう問いかけると、長浜は胸の前で両腕を組み、ふてぶてしい態度を取る。
てっきり「世界中のブランドものをたくさん買いたいのよ!」なんて言うと思っていたら……。
「良くぞ聞いてくれたわ! ええ、アタシには大金が必要なのよ! 白山にあるおばあちゃん家を改築したいのよ! 土地は広いんだけど、古い木造建てだから、冬はすきま風が入って寒いし、廊下の板はよく外れるし、トイレなんて和式のボットン便所だから。おばあちゃんの膝が壊れちゃいそうだわ……バリアフリーも考えた豪邸を建てたいのよ!」
「うっ……」
思わず涙腺が崩壊してしまう。
今まで堪えていた気持ちが瞳から溢れ出る。
急いでハンカチを取り出し、顔を隠すように涙を拭う。
長浜に泣いているところを見られないためだ。
「どうしたのよ? 部屋が暑いわけ?」
「ひぐっ……ああ、ちょっと今日は……暑すぎるな」
目頭がね。