ばーちゃんの自宅でもある呉服屋に通される。
 狭い店だが、もうこの中洲川端商店街に開業して、80年以上は経つと聞く。
 ばーちゃんで3代目。
 由緒ある老舗なのだが、最近は海外からの観光客が多く、その流れに乗って販売する着物も随分変化している。
 というか、ばーちゃんの趣味で作ったものだ。
 裸体の男たちが激しく絡み合う痛い浴衣。
 そんなのが店の大半を占める。
 見ていて、ため息が漏れてしまう。
「はぁ……」
 これだから、ばーちゃん家には遊びに来たくないんだよ。
 真島の自宅でもお腹いっぱいだというのに、中洲に来ても同じ絵面。


 リキは4時間に及ぶ外国映画を観賞したせいで、知恵熱を発症したようだ。
 店の奥にある畳の上で仮眠させてもらうことにした。
 3畳ぐらいの小さな和室。本来は試着に使われる場所だ。
 彼が言うには、同性愛の内容云々ではなく、吹き替えじゃないから観ていて、とても疲れたらしい。
 普段、一ツ橋高校でもろくに授業を受けないリキのことだ。
 確かに辛かっただろう。
 それだけ、ほのかに対する想いが、とても強いという証か。

 俺とアンナは、近くにあった和風の小さな椅子に腰を下ろす。
 座面が縄あみだから、ちょっと尻がチクチクする。

 アンナは何故かずっと黙り込んでいた。
 ばーちゃんに出会ってから、どうやら緊張しているようで、顔を真っ赤にして俯いている。
「タッくんのおばあちゃん……どうしよ……初対面なのに、こんな格好で来ちゃった」
 なんて一人でブツブツと呟いていた。
 じゃあ、どんな格好なら良かったんだよ? とツッコミを入れたかったが、かわいそうだったので、そっとしておく。
 
 気がつくと、ばーちゃんがおぼんを持って現れた。
 丸い湯呑を乗せて。
「喉乾いているでしょ? 飲んでいきなさい」
「悪いな。ばーちゃん」
「は、は、はいぃぃ! い、いただきますぅ!」
 緊張しすぎだろ、アンナのやつ。

 冷えたお茶を飲みながら、雑談を交わす。
 中洲に来た理由を説明すると、ばーちゃんはケラケラ笑っていた。
「あ、そうだったの。あの寝込んでいる子は、腐女子に恋をしているのねぇ。なら、今日あの映画館に行って正解だと思うわね。新鮮なネタが豊富だもの。おばあちゃんも同人誌作る時、この年だから普通の絡みじゃ、もう詰まらなくてねぇ。よく社交場に顔を出すわぁ」
 最低の荒しババアだ。
「……ばーちゃん。そういうのやめなよ」
 冷たい視線で汚物を見る。
 だが、そんなことお構いなしで話を続ける。
「ところで、さっきから気になっていたのだけど。お隣りの可愛いお嬢さんはタッちゃんとどういう関係かしら?」
 ばーちゃんはアンナを見つめて、ニコリと優しく微笑む。
 しかし、孫の俺にはわかる。
 こういう顔をしている時は、大体なにか良からぬことを考えている時だ。
 話を振られて、アンナはたどたどしい口調で話し始める。

「あ、あの……わ、私…タッくん。琢人くんと仲良くさせてもらっています。古賀 アンナと言います。おばあ様にお会いできて光栄です!」
 どこの貴族と謁見しているんだよ……。
 かしこまりすぎだ。
「そう。あなた、タッちゃんとはもうヤッたの?」
「ブフーッ!」
 酷い質問に、俺は口に含んでいた茶を吹きだす。
「え? やった? なにをですか?」
 意味が分かっていないアンナは首を傾げる。
「茶屋に行ったかってことよ」
 いつの時代だよ!
「お茶屋さん?」
 ほら伝わってない。
「あらあら、ごめんなさいね。今の時代ならラブホというべきね」
 ばーちゃんに翻訳されると、やっと伝わったようで、アンナは顔を真っ赤にさせた。
「そ、それなら……行ったことはあります…」
 ファッ!? 言わなくてもいいだろ!
 まあ、間違ってはないからな。

 それを聞いたばーちゃんは、小さく拳を作って喜ぶ。
「よっしゃ。孫の嫁ゲットしたわ!」
 勝手に婚約させやがった。
「ばーちゃん。俺とアンナはそういう関係じゃ……」
 老人というものは、人の話を聞かない生き物で。
「アンナちゃんだったわね? うちのタッちゃんと末永くお願いね。あら、こうしちゃいられないわ。中洲の商店街に紅白饅頭を配っておかなきゃ。それから日取りはもう決めたの? そうだわ。我が家に代々伝わる振袖があるのよぉ。それ、アンナちゃんにあげるわ」
「え、アンナにですか? そんな高価なもの頂けません」
 相変わらず顔面真っ赤にして、両手をブンブンと左右に振る。
「なに言っているのよぉ。あなたはもう私の孫みたいなものじゃない~ 遠慮しちゃダメよぉ」
 ばーちゃんの暴走は止まらない。
 隣りで黙って話を聞いていた俺に一言。
「タッちゃん。アンナちゃんの初めてをもらっておいて、別れるとかないわよね? おばあちゃん許さないわよ。男ならしっかり責任を持ちなさい」
 俺の隣りにいるアンナも、男だよ……とは言えなかった。