打ち合わせが終了し、リュックサックを背負って編集部から出ようとすると、白金に呼び止められる。
「あのDOセンセイ。良かったら新設されたBL編集部を見て行きませんか?」
「え? 俺が……」
そんな腐りきった所、興味ないね! といつもの俺なら吐き捨てる所だが……。
マブダチであるリキが脳裏に浮かぶ。
プロのBL作家、つまり北神 ほのかに引けを取らない変態さん達が一つの場所に集まっているということだ。
ここは知恵を借りたい……。
腐女子の落とし方を。
よし、勇気を持って取材してみよう。
「あ、そう言えば、倉石さんが編集長になったんだよな? ちょっと聞きたいこともあるし、寄ってみるか」
「ケッ! ただの受付のイッシーがいきなり編集長とか、マジ有り得ないですよ。私の方が『気にヤン』で功績をあげているっていうのに!」
と愚痴をこぼす万年平社員。
※
BL編集部は、ゲゲゲ文庫のすぐ上の階にあった。
エレベーターを使う必要もないので、初めて博多社の階段を使用した。
階段を昇り終える頃、なにやら甘ったるい香りが漂ってくる。
そして、悲鳴にも聞こえる喘ぎ声が流れてきた。
『あぁ~!? 部長、ダメですよ……ここは会社なのに……あああっ!』
『へぇ……そんなに感じておいてかい? 昨晩あんなに私を欲しがったくせに……しかし身体は正直だねぇ。君のここは元気そのものじゃないか?』
『アアアッ! ダメです! 部長、仕事中ですって! も、もう……』
舐めていた。
こんなにブッ飛んだ職場体験は初めてだ。
大音量でBLボイスドラマを流すとは……。
しかも入口には、裸体の男同士が激しく絡み合った等身大パネルが二つも飾られている。
その真上に『ハッテン都市 FUKUOKA』と看板が天井にぶら下がっていた。
俺が所属しているラノベ専門誌、ゲゲゲ文庫とは違い、マンガ家の編集部だから、パソコンだけじゃなく、ペンタブが設置されたデスクがズラリと並べられていた。
何人もの女性作家さん達が、編集部でネームを描き、その場で担当編集に指導を受けている。
その眼差しは、真剣そのものだ。
黒髪のショートカットの若い女性がペンの動きを止めて質問する。
「これ、受けが痔の設定なんですけど、どうすればいいですか? お口でフィニッシュですか?」
すると隣りに立っていた眼鏡の真面目そうな女性が一瞬唸りをあげ、顎に手をやり、こう答えた。
「うーん。上のお口だけじゃ、やっぱり攻めの欲求が満たされないと思うわ。それに読者もやっぱり最後は合体が欲しいと思うの。最初は口でやるけど、受けも痛くても、最終的に欲しくなり……掘られてフィニッシュがベストかしら?」
「わかりました。じゃあ、それで絡めておきます」
ファッ!?
至って真面目に仕事をこなしているのだが、会話の内容がエグい。
他のデスクも皆似たようなやり取りを続けている。
こ、怖いよぉ~ 腐女子のみなさんって!
恐怖で震えあがっていると、一番奥のデスクに座っていた女性がこちらに視線を向けてきた。
「あらぁ~ 琢人くんじゃない? 久しぶりね~」
俺に気がつき、立ち上がる。
そしてこちらへと向かってきた。
元受付嬢の倉石さんだ。
だが、もう以前の面影はない。
いつもなら真っ白な制服を着ているのに、今日は私服だからだ。
ラフな白いTシャツとワイドパンツにスニーカー。
ここまでなら、優しそうなお姉さんなのだが。
Tシャツのど真ん中には、デカデカと卑猥な言葉がプリントされていた。
『福岡にノンケのリーマンなんておらん! 88.8パーセントがゲイですばい!』
なんて酷い偏見だ。そして、同性愛者にも謝れ!
しかも、最後の博多弁。バイセクシャルの人も匂わせてるだろ。
「く、倉石さん……昇進おめでとうございます……」
「ありがとぉ~ これからたくさんの新人作家さんと絡めまくって、読者を昇天させようと思っているわ! あ、あとね。作品を読んでくれたノンケを界隈に誘いたいわね♪」
倉石さんってこんな人だったけ……。
もっと常識ある良い大人だった気がするのは、僕だけでしょうか?