俺は宗像先生の初恋の話を聞いて、正直驚いていた。
こんな無茶苦茶な人間にも、そういう大切な人がいるのだと……。
「なあ、新宮。お前、わかっているのか? 残された時間のこと」
「え、どういうことですか?」
「お前は、確かに今期一番頑張った生徒として、私は評価している。しかし、同時にそれだけの時間を消費してしまったということだ。卒業までのタイムリミットは着実に近づいている。今こうしている時も、一秒一分、常に失くしているんだ。10代の学生生活は退屈に感じるだろう。勉学なんて正直、どうでもいい。問題はお前が卒業までに、ちゃんと『次』を考えることが重要だ」
「つぎ、ですか?」
「うん。進路のことだ。もうお前は今年の半分を使ってしまったよな? 古賀との出会い、他にも色んな友人、異性……たくさんの人々と交流することで、人間として成長しているだろう。しかし、この時間は有限だ。あと2年半しかない。それにうちの高校は、離脱率が高い。お前はストレートで卒業できるタイプだが、退学する者も多い……で、課題だ」
あれ、だいぶ前にも、こんな展開があったような。
「なんですか?」
「それは卒業するまでに、夢を抱くことだ!」
なにそれ、おいしいの?
「夢ですか……この俺が、ゆめ?」
ふと考えてみる。が、なにも思い浮かばない。
今の生活に意外と満足しているからだ。
小説は書籍化成功したし、仕事は新聞配達があるし、ダチのミハイルも出来たし、映画も楽しいし……。
俺はそれら頭に浮かんだことを、先生に説明し、今の生活で満足していると伝えると……。
「バカモン! 小説だって売れなきゃ食ってけないだろ? それに新聞配達はもう終わりに近いだろう。今やデジタル社会だ。紙の時代はいずれ失くなっていくと思う。例えば、卒業して就職するだとか、大学や専門学校に進学したりとか……」
「ああ、そっち系ですか」
もう一度、将来を、最高の自分を、理想像を考えてみた。
『タクト~☆ こっちこっち!』
『おはよ、タッくん☆ ご飯出来たよ? 一緒に食べよ☆』
二階建ての一軒家の門前に俺が立っている。
左にはショーパン姿のミハイル。
右にはフリルワンピース姿のアンナ。
二人が俺を囲んで笑っている。
犬も一匹、猫も一匹……の隣りには、ベビーカーが一つ。赤ん坊がおしゃぶりを咥えている。
幸せそうな家庭だ。
『タクト! どこ見てんだよ! あんまりそういうことすると怒るゾ!』
『もう~ タッくん、大好き☆ チュッ!』
「……オーマイガッ!」
恥ずかしすぎて、思わず叫んでしまった。
その声に驚いた宗像先生がキレる。
「な、なんだ。急にやかましいな!」
「すみません。想像したものがちょっと……あまりにエグいものだったので」
なんで俺の夢にミハイルとアンナが関わっているんだよ。
しかも子供までいるとか……俺どうしたんだ?
思い出しただけで、顔が熱くなる。
「ほう、どうやらその反応。お前にもちゃんと夢があるようだな。それが何かは聞かないでおこう」
俺の表情から何かを感づいたのか、先生は怪しく微笑む。
「ちゃ、茶化さないでください!」
見透かされているようで、語気が強まる。
「なら一つだけアドバイスしてもいいか?」
俺が逃げられないように両肩を強く掴み、じっと目を見つめる。
その瞳は真剣そのものだ。
「な、なんでしょう?」
「新宮、私の過去の話は聞いたよな? だったら、可愛い生徒のお前には、同じ後悔をして欲しくはない。だから、言わせてくれ。自分の想いは相手が隣りにいるうちに、しっかりと伝えて欲しい! それが相手が拒絶しようともだ。例え、それでお前が傷つくとしても恐れるな。勇気を持て! 相手が大事なら。今の生活を当たり前だと思うな。相手が一緒にいてくれるなら……ちゃんと想いは伝えるべきだ」
先生の目にはうっすらと涙が浮かぶ。
俺は彼女の熱意に満ちた言葉が、深く胸に突き刺さった。
「わ、わかりました……必ず卒業するまで、俺の中で答えを出してみます」
そう言うと、先生はニッコリと笑って、俺を強く抱きしめる。
「良い子だ! 私はこのために教師をやっているんだ……」
「先生……」
傷のなめ合いだと思った。
でも、宗像先生の優しさはしっかりと伝わった。
ならば、俺もそれに応えたい。
そう思えた。
だから、俺のあいつへの想い。
どうするか、しっかりと真剣に考えていくつもりだ。
この心の中についた小さな火は、今にも風に吹かれて、消えてしまいそうだが。
なかなかにしぶとい、ろうそくが根元にあるのかもしれない。