「ふむ……」
授業の時といい、なぜリア充と非リア充はこんなにも分断されるのか……。
俺たちは紛争状態なのか?
「おっほん!」
咳払いしたと同時にセクハラ教師のメロンが、上下左右に踊り出す。
やめて……きついっす!
「今日は初めてのスクリーングの生徒もいるからな……簡単に説明するぞ」
そう言うと、宗像先生はバレーボールがたくさん詰まったカーゴを持ってきた。
げっ! よりによってバレーか……。
俺は自慢じゃないが、生まれつき球技は苦手なんだよ!
「いいか! よく聞けよ、半グレども!」
だから『俺たち』は半グレじゃねーーー!
「今日はこれからこのボールで2時間遊び倒せ!」
「ウソでしょ……」
呆れる俺とは対照的に、リア充グループから歓声があがる。
おいおい、お前ら授業ではえらく不真面目なのに、遊びに関しては勤勉なことですね。
「ミーシャ♪ 一緒にやろ」
「シャーーー! やるぜ! ミハイル」
「う、うん!」
ミハイルさんまで、えっらい元気じゃないっすか……。
さすが伝説の『それいけ! ダイコン号』の三忍だとこと。
と……思いにふけている間に、俺は一人ぼっちになっていた。
しまった!
クソ……もう既に皆(非リア充)はグループを作ってしまった……。
このままでは、宗像先生とイチャイチャバレーになってしまう。
それだけは回避したい。
「あの……」
か細い声が俺を呼ぶ。
振り返るとそこには見かけたことのあるキノコ! じゃなかったおかっぱ男子が一人。
「確か……日田だっか?」
「え? なぜ拙者の名を?」
男二人で互いの顔を見つめあう。
「おまえ、さっきトイレで話しかけただろ? 日田?」
「いえ、拙者は遅刻してきたので、先ほど校舎に着いたばかりですが……」
「いやいや、お前は確かに日田なのだろ? ほら、さっき古賀のことを……」
「なりませぬ!」
日田が俺の口を塞ぐ。
「ふぐぼごご……」
「申し訳ない、がっ! その名を口に出してはなりませぬ。殺されますぞ!」
「ふご、ふご」
首を縦に振る。
「ぶっは! なにをする!? お前は日田 真一だろうが!」
「失礼をば。氏の身を案じたが故の無礼を……ですが、拙者は真一ではありません」
「なんだと!? じゃあお前は?」
「……拙者は日田真二です。真一の弟です。兄ならそちらに」
そう言って指差した壁に、縮まったおかっぱがもう一人。
どうやら病欠らしい。つまり見学。
一ツ橋高校は病弱な生徒も熱心に入学させていると聞いた。
きっと兄の真一もその類なのだろう。
「あ……本当だ」
「拙者たちは一卵性の双子です。日田家が次男、真二と申します。以後よろしく」
ご丁寧に頭をさげる。
「そうか……真二か。認識した。俺は新宮 琢人だ」
「新宮殿、拙者とバレーボールしませんか?」
「まあ構わんが……」
~10分後~
「ではいきますぞ~」
「来いっ!」
日田 真一ではなく、弟の真二が「はーい」と律儀にも掛け声とともに優しいサーブ。
俺も影響を受けたのか「はーい」と返す。
続けること1時間……なにが楽しいのこれ?
「はぁはぁ……やりますな。新宮殿」
「やるもなにも……二人でやってるだけだろ……」
「確かに……では次こそ、本気でやりましょう!」
「構わんが……」
「いきますぞ!」
真二の強烈なサーブが俺の横っ面をかする。
見事な豪速球! いや、当たってたらケガしてだろ……。
本気すぎて、ドン引きだわ。
「ああ! 新宮殿!?」
「え?」
真二の慌てぶりを見て、振り返る。
豪速球はリア充グループに向かって、一直線!
やばい……ほぼヤンキー軍団に直撃すること不可避……。
「いがん! よでろ!」
普段大声を出さないせいか、痰がらみで上手いように喉が鳴らない。
ただ、俺の叫び声に何人かの生徒たちは気がつき、危険ボールを察する。
「逃げて!」
「危ない!」
「死ぬぞ!」
人波が掻き分けられ、最後に残ったのは伝説の……金色のミハイル!
「ミーシャ! よこ!」
「よけろ、ミハイル!」
危険を察知した花鶴と千鳥。
「え?」
だが、ミハイルはキョトンとしながら花鶴と千鳥の顔を見つめている。
なにをやっているんだ!? ミハイルのやつ!
「古賀ぁ!!! よけろぉぉぉ!」
「タクト……?」
振り返った時、遅い……と俺は思わず目をつぶってしまった。
怖かったんだ、目の前で可愛い子がケガするところを。
彼女いや……奇麗なミハイルの顔に傷が入るなんて、ましてや出血するところなんてみたくない。
「クッ!」
後悔から唇を噛みしめる。
「新宮殿……見てくだされ」
真二の声でようやく瞼を開くとそこには、驚愕の映像が俺を釘付けにした。
華奢で、女みたいな顔で、俺より身長も低いのに、古賀 ミハイルは豪速球を片手で静止させていた。
なんなら、ボールを指上でクルクルと回して遊ぶ余裕っぷりだ。
「さすがは、金色のミハイル……」
隣りにいる真二がそう漏らす。
「なあ、その金色っているか?」
めっさ笑顔で俺に手を振っているよ……ミハイルさん。
クソみたいな体育(ただの遊び)が終わり、教室へと戻った。
イスに座るとため息と共に、安堵が生まれる。
やっと解放されたのだ。
この一ツ橋高校の校舎。いや、刑務所からな。
各々がリュックサックに荷物をつめ、笑い声が聞こえる。
そうリア充グループもつまらんのだ、この校舎が。
彼らも高卒という資格が欲しいだけ。
つまりは賃金アップや職務上の資格欲しさで入学したに過ぎない。
まあ俺はちょっと『違う理由』で入学したのだが……。
「なあタクト!」
あれミハイルさん? なんで満面の笑顔で俺を見てんの?
「どうした、古賀?」
「あ、あのさ……」
なにをモジモジしている? また聖水か?
お花を摘むなら、どこぞの花畑にでもいってこい。
「あの……一緒に帰らないか?」
「え……」
一瞬、ミハイルの『帰らないか?』が『やらないか?』に聞こえたのは、俺が突発性難聴なのか?
「まあ……構わんが」
「じゃ、やくそくだゾ!」
おんめーは小学生か!
俺のポ●モンはやらんぞ?
バシッ! と雑なドアの音が聞こえると、一人のビッチが現れた。
「それでは帰りのホームルームをはじめるぞ~」
ボインボイン言わすな! 宗像!
乳バンドをしっかりつけて固定しろ!
つけてその揺れ方なら、整形してこい!
「はじめてのスクリーングは楽しかったか? お前ら!」
なにを嬉しそうに語るのだ? 宗像先生よ。
シーン……としたさっぶい空気。
これはリア充も非リア充も同じである。
草!
「なんだ? お前ら? 元気がないな? 私はこうやってお前らがスクリーングに来てくれたことが本当にうれしいゾ♪」
キモいウインク付きか……。
教育委員会に報告とか可能ですかね?
「じゃ、レポート返すぞ! 一番! 新宮!」
「はい……」
席を立ちあがると、キモい巨乳教師の元へとトボトボ歩く。
「声が小さい!」
「はぁい~」
「たくっ! お前はケツを叩いてやらんといかんな、新宮」
いや、セクハラじゃないですか……。
「ほい、よくできました!」
「ありがとうございます」
用紙を覗けば『オールA』
まあ当然だろな、ラジオでアンサーありきの勉強だからな。
鼻で笑いながら着席する。
「じゃあ二番! 古賀!」
「っす……」
いや、なんで俺だけ怒られたの? ミハイルも怒れよ! 宗像!
「古賀……お前、もうちょっとがんばれよ?」
なんかめっさ『この子かわいそう……』みたいな憐みの顔で見てはるやん、宗像先生。
「っす……」
青ざめた顔でレポートを見るミハイル。
『私の年収低すぎ!』ぐらいの顔だな……。
どれ突っ込んでやるか。
席についたミハイルへ声をかける。
「おい、古賀。レポートどうだった?」
「え……DとかEばっかり……」
そんな涙目にならんでも……。
ちなみにD判定はギリギリセーフ。単位はもらえる。
E判定はやり直しである。
つまりアウト~! なのだ。
だが、風にきいた噂だと、E判定はなかなかでないと聞いたが……。
「お前、ラジオ聞いたのか?」
「え? なにそれ?」
驚愕の顔で俺を見つめるんじゃない!
可愛すぎるんだよ、お前の顔。
このハーフ美人が!
「ラジオ聞いてたら楽勝だぞ?」
「そうなんだ……タクトはどうだったの?」
「俺か? オールAだが」
「す、すごいな! タクトって!」
え? 驚くところですかね?
逆にバカにされた気分。
「な、なあ今度オレに、べんきょー教えてくれよ☆」
えー、金もらえないならいやだ~
「ま、構わんが……正直ラジオ聞けば一発だぞ?」
「ラジオ? オレの家にはそんなのないけど?」
「そ、そうか……」
あえて突っ込むのはやめよう。可哀そうなお家なのかもしれない。
「じゃあ、お前ら気をつけて帰ろよ!」
気が付けば、レポートは全員に返却され、各々が素早く教室を出る。
しかし、その動きを止めたのはセクハラ教師、宗像。
「あと! 帰りに遊ぶのは構わんが……ラブホ行ったやつはレポート増やすぞ! 絶対にだ!」
みんな一斉に硬直しちゃったじゃないですか……。
呆れた顔で帰る生徒に、苦笑いするリア充(いくつもりか!)、ドン引きする非リア充。
「なあタクト……ラブホってなんだ?」
「え……」
それ童貞の俺に聞きます?
ミハイルさん?
「ミーシャ、帰ろ」
花鶴ここあか、なぜ俺の机の上に座る?
お前の臭そうなパンティーが丸見えだ。
そんなミニスカ、どこで売ってんの?
「イヤだ! 俺はタクトと帰る!」
「ミハイル、タクオと帰るんか?」
千鳥のおっさん、タクオってもう定着しているんですか?
やめません?
「そだね。オタッキーならいいっしょ」
よくねーし、なにがお前らの中でいいんだ? ミハイルはお前たちの子供か?
そう言い残すと『それいけ! ダイコン号』のお二人は去っていった。
あの二人は付き合っているのかな?
「じゃあ……タクト、いこ?」
なぜ上目遣いで誘うような顔をする?
「ああ……」
なんか下校するのに、級友と一緒に歩くのなんて久しぶり……。
え? 人生ではじめてか?
ブッ飛び~!
「なあ、タクトってどこに住んでいるんだ?」
「俺か? 真島だ」
「マジか! オレいったことあるぞ!」
「さいでっか……」
駅のホームで博多行きの下り列車を待つ。
なぜ俺はこの金髪ハーフで天使のような女の子……だったらよかったな。
の、男の子。古賀 ミハイルと肩を並べているのだろうか?
隣りに立っているこの子が、本物の女の子なら赤飯ものだが……。
プシューッと列車が動きを止める。
自動ドアが開くと旧式の列車、つまり横並びのイスタイプとわかる。
こういう席並びは本当に嫌いだ。
隣りにびっしりと人と人が肩をくっつけ、膝もすり寄せる。
おまけに反対側の人間ともよく目があう。
あと、俺が座っているとよく女子は「キモッ!」みたいな顔で座ることをやめ、直立不動を選びがちである。
「タクト? どうしたんだ? 座ろうよ」
キラキラと輝くエメラルドグリーンの瞳が俺を誘う。
「ああ……」
半ば言いなりになると、二人して座る。
ため息をつき、リュックサックを床にドサッと置く。
やはり肩がこっているな……。
対してミハイルはリュックサックを隣りの席に置き、俺に膝をすり寄せる。
なにこれ……噂に聞くキャバクラですか!?
ピッタリとくっついて、スマホを取り出す。
「古賀。お前のスマホケースって……」
「これか? いいだろ☆」
そう言って「宝物だよ☆」みたいに自慢げに見せるは、クッソ可愛いネズミのキャラだ。
俗にいう『ネッキー』である。夢の国からきた救世主である。
ピンクのズボン履いちゃってさ、超かわいいよな。
こういうのってJKがよくしているヤツだよな。
なんで男のミハイルがつけているんだ?
「お前、それって……『ネッキー』だろ?」
「うん☆ ネッキー大好きだからな」
めっさ笑ってはるよ……。
「そ、そうか……」
「タクトはどんなケースしているんだ?」
よくぞ聞いてくれました!
「フッ……俺はこれだ!」
取り出すは、ビジネスマン向け、利便性重視の手帳型ケース。
色は紺色。ザ・シンプル。
「うわっ……だっさ!」
「なんだと!? これは俺がアマゾンで2時間もかけて選んだコスパ良し、機能性良し、しかもカードが10枚も入るんだぞ!」
「だから? デザインがカワイくない」
「……」
クッ! この天才少年の琢人様が、おバカなミハイルに論破されるとは!
「フン! お前にこの崇高なデザインはわからんのだ!」
「お、怒らなくてもいいじゃん」
腹を立てた俺は、リュックサックからイヤホンを取り出す。
スマホに接続するとお気に入りのプレイリストを流す。
疲れた鼓膜にはこの音楽が最高だ。
『パンプビスケット』『ランキンパーケ』『システムオブアシステム』など……。
ラウドロックがズラリだ。
日々の怒りが、うっぷんが……彼らのシャウトで俺を癒してくれる。
重低音こそが聴く『抗うつ剤』だな。
「なあ……クト……」
肩をチョンチョンと、遠慮がちにつつくミハイル。
「どうした?」
片耳を外して、ミハイルの言葉を待つ。
「なに聴いているの?」
「フッ……今、聴いているのは最高のバンドの1つ。‟パンプビスケット”だ」
「ふ~ん。なんかすっごくいい顔で聴いているから気になるなぁ……」
上目遣いをしてはいけません!
思わず唇に触れたくなるでしょ!
「ほれ」
片方のイヤホンを差し出す。
「ありがと☆」
ニッコリ笑って、大事そうにイヤホンを自身の右耳にそっとつける。
自然と肩と肩がくっつく。
ミハイルの髪から甘いシャンプーの香りが漂う。
思わず俺の心臓さんもバックバク……。
と、余韻に浸っているのも束の間。
「うわっ!」
ミハイルはイヤホンを投げ捨てるように放り投げた。
そのせいで俺のイヤホンまで外れてしまった。
耳に痛みを感じ、イラつく。
「なにをする!」
「わ、わりぃ……うるさすぎて……」
申し訳なさそうにモジモジしている。
聖水なら早くお花を摘みにいきなさい。
「うるさいだと? この崇高な音楽をお前は『うるさい』だと?」
怒りの琢人がログイン!
「わ、わりぃって……まさかタクトが、こんなうるさい曲聴いているとか思わなくて……」
「おい、また『うるさい』といったな?」
「わりぃってば……」
少し涙目になってはる。
ギャラリーが『ざわざわ……』と音を立てる。
「ねぇ、アイツ。ヒドくない?」
「だよね……ドン引き」
声の持ち主を辿れば、三ツ橋高校の制服組のJKね。
「ま、まあ音楽の趣味は人さまざまだからな……」
「う、うん……代わりにオレの曲も聞いてよ☆」
え? そんなの望んでないから。
「ほら☆ いい曲ばっかり」
そう言って、イヤホンもなしに音楽を大音量でかける。
電車の中はおうちじゃないのよ? ミハイルさん。
「ん? この曲って……」
「そうだよ☆ 『デブリ』の『ボニョ』!」
え~、可愛すぎません、オタクの趣味。
「ボニョ~ ボニョ~ ボンボンな子♪ 真四角なおとこのこ~♪」
ニコニコ笑いながら大声で歌いだすミハイル。
電車内では静かにしなさい!
「カワイイよね、あの子。ホモショタかな?」
「マジ? 尊いやん……」
制服組じゃなくて、腐り組じゃねーか!
「なあ……古賀、なんでそんなカワイイもんばっか好きなんだ?」
「だってカワイイじゃん☆」
んなことは見ればわかる。
「一応、お前もティーンエイジャーの一人だろ? もっとなんというか……男ならカッコイイものに憧れないか?」
「うーん……オレは小さい頃からねーちゃんと一緒にいて、ねーちゃんとDVDとか見て育ったからな。あんま、そういうのわかんないな」
シスコンかよ。
ねー、ちゃんと風呂入ってんの?
わからんな……ヤンキーという生態は。
BGM、名作曲家のジョーさん。
『次は席内駅~ 席内駅~』
「あっ……」
ミハイルが困った顔で俺を見つめる。
「どうした?」
「オレの駅……」
「そうか。じゃあまた今度な」
「う、うん……」
ドアから降りる金色のミハイルこと、ショーパン男子の白い肌は夕焼けと共にオレンジがかる。
写真撮っときたい。
「じゃ、じゃあな! タクト……」
「おう」
そう手を振るミハイル。
なんで、そんな今にも泣きそうな顔で俺を見る?
そんなに俺ん家でポ●モンでもしたかったか?
プシューッ! と自動ドアの音が鳴る。
これで彼ともしばしのお別れだな……。
ん? なぜか胸がざわつく……この気持ちはさびしいのか?
俺は……。
「やだっ!!!」
その小さな細い手で軽々とドアは開く。
「ミハイル?」
思わず下の名前でよんでしまった。
「オレ、タクトに……」
「俺に?」
「べ、べんきょう習うんだ!」
「は?」
ギャラリーから歓声があがる。
「なにあの子? 超積極的! カワイイ!」
「うんうん。別れが惜しいんだよね……すっごくわかる いいな~」
と騒ぐのは、やはり三ツ橋高校の制服組JKか。
「お熱いよね~ 受けか攻めか、知らんけど、相棒は迎えにいけよ! って感じじゃね?」
「それな! ショタコンなのにマジ空気読めねーわ」
いや、なにが?
勝手にショタコン扱いしないでください。
『ご乗車の方はお早めにお入りください!』
車掌さんめっさ怒ってはるやん……。
「古賀! 早く戻れ! 他の乗客に迷惑だ」
「あっ……うん☆」
目を輝かせて、俺の元へと戻るヤンキー少年。
なにこの子、超カワイイんですけど。
抱きしめたいぜ、ちくしょう。
「わ、わりぃ……」
「俺は構わんぞ?」
「そ、そっか! なら……タクトん家に行ってもいいか?」
「何故そうなる?」
「だってべんきょう教えてくれるんだろ?」
「あ~、別にええけど?」
「約束な☆」
ニコニコ笑いながら、俺にピッタリとくっつくミハイル。
やばいよ~ いろんな意味で……。
元気になっちゃいそう!
「なにあの二人? もう事後じゃね?」
「うんうん、あの子ゾッコンじゃん! このあとむちゃくちゃ……」
しねーから!
お前ら腐ったやつらの席ねーから!
ガタゴト揺れること数分、席内駅から3駅ほど通過すると、俺の故郷『真島駅』が見えてきた。
真島とは、福岡市の東部にある住宅街だ。
それもギリギリ福岡市に入る地域で、真島駅も福岡市と福岡県の境目にある。
かなり中途半端な福岡市民といえよう。
だが俺はそんな真島という街が大好きだ。
ここで生を受け、ここで育ち、今の俺がいる。
感謝しかない。
『次は真島駅~!』
「おい、古賀おりるぞ?」
「……」
「古賀?」
スゥスゥと可愛らしい寝息を立てて、お昼寝中でちゅか?
電車内でお昼寝とは、お行儀がなってませんな。
チューしてみよっかな?
「ねぇねぇ、そろそろ攻めがチャンスじゃね?」
「いけ! いっちまえ!」
お前らの存在が『イキスギィ~』なんだよ。
「古賀、起きろ」
軽く肩に触れると、本当に華奢な骨格であることが確認できた。
こんな体格でどうやったらあんな馬鹿力が出せるんだ?
「う、う……ん、タクト?」
「真島駅だ、降りるぞ」
「うん☆」
ミハイルの手をとり、気がつけば真島駅のホームにおりていた。
その間、手は離さなかった。
こいつときたらまた何をしでかすか、わからんしな。
と、いうのは言い訳かもしらんが。
「チッ! あの攻めなってねーわ」
「こんのクッソチキンが!」
制服組も真島駅だったのか……。
去り際になんつーおみやげ捨てていきやがる?
真島は、腐りはてた街に成り下がってしまったのかもしらんな。
「タクト……手」
「ん?」
まだ手つないだままだった……てへぺろ♪
「悪い」
「ううん……」
なぜ顔を赤らめる?
今日ってそんなに暑かったか。
真島駅から出ると、商店街へ向かう。
駅近辺にはさまざまな居酒屋が並ぶ。
きったない個人店から大手チェーン店。ほかにもさまざまな店舗が細々ある。
初見の方々は、迷路のように感じるかもしらんな。
「まじまだ~ ひっさしぶり~☆」
背伸びして空気を吸い込むミハイル。
「ただの真島だがな」
「なんか前に来たときより……だいぶ店変わった?」
「ああ、ここも時代でな。大手チェーン店に殺された街だ」
「そ、そうなのか!?」
「奴らは怖いぞ? くせの強いレンタルビデオショップ、旨いがクッソ固いパン屋、マダムたちが嗜む衣料店、やっすいのに尋常ないぐらいのスキルを持つ理髪店……全てが奪われた」
限りなく実話だ。
「それって……ただ単に売り上げがわるかったとかじゃないのか?」
クッ! ミハイルのくせして、鋭いじゃないか!
「だが未だに残っている店もたくさんあるぞ!」
手のひらを掲げる。
『真島商店街』
ボロボロに錆びた門構えがある。
車一台通るのがやっとな道路に、びっしりと店が並ぶ。
主に居酒屋と不動産屋が多く、他には洋菓子店や和菓子店などがある。
メインストリートを歩きだすと、ミハイルは上下左右を丹念に見つめる。
いや、ただの廃れた商店街なんだが?
なんかちょっと地元民的に恥ずかしいわ。
「おもしろいな、まじまって!」
「そうか?」
だが、言われると心地よいものだ。
「タクくん~!」
甲高い声が響き渡る。
「この声は……」
嫌な予感がした。
前を見れば、セーラー服のツインテールが全速力で走ってくる。
制服を着用しているくせに、宗像先生に負けず劣らずなメロンがバインバインと左右に揺れている。
キンモッ!
「タクくん! おっかえり~」
甘えた声を出すと思いっきり、抱きしめられる。
巨大すぎる乳の谷間に俺は沈められた……。
息ができない、ここは深海か!?
「なんだ! おまえ! タクトになにすんだよ!?」
「およ? 私のことですか?」
「ふごごご……」
ジタバタすればするほど、少女のアームロック……じゃなかったハグが強まる。
「はなせ! タクトが苦しそうだろ!」
見えんがもっと言ってやってくれ、ミハイル。
乳が気持ち悪いんだよ、鳥肌たってきた。
「ええ? どうしてです? 『かなで』はいつものハグで遊んでいるだけですけど?」
「タクトで遊ぶな! いいから離せ!」
ミハイルが力づくで救出してくれた。
やはり伝説のヤンキー、金色のミハイルなだけはある。
この『バカ巨乳』から力で勝つとは。
「あっ……タクくん……」
気がつくと、俺の頭はミハイルの薄っぺらい胸に抱えられていた。
なにこれ? 超気持ちいい!
あ~ ずっとこのままでいたい。
「タクト、ダチなのか? あの子?」
「いいや。全く持って知らんな」
「ヒッド~い! 毎晩いつも同じ布団で寝ている関係でしょ?」
オエッ!
「ね、寝ているだと! お、お前……ちゅ、ちゅー学生に何をしているんだ!?」
急に投げ捨てられた俺氏。
「なにを勘違いしているんだ、古賀」
「だって……この子が」
「ふむ、自己紹介しろ。かなで」
なんだよ……もう少し絶壁海峡を味わいたかったのに!
「ハイ、おにーさま♪」
なーにが兄さまだ!
スカートの裾を左右に広げると、姫様のように頭を軽く下げる。
「私、新宮 かなでと申します。よしなに」
「え……どういうこと?」
「つまり俺の妹だ」
残念なことにな。
「タ、タクトに妹がいたのかっ!?」
「ああ」
驚きすぎだろ。
「こんにちは♪ おにーさまが人様を連れてくるなんて、初めてですわね♪」
「おい、かなで……お前、あとで覚えてろよ?」
女じゃなっから往復ビンタですぞ。
「そ、そっか、タクト……本当にダチがいなかったんだな☆」
なに笑ってんの? ミハイルさん?
ひょっとして、これ同情されてない?
いやいや、やめてね。
「はい♪ おにーさまはいっつもぼっちで非リア充で、彼女もなし。夜な夜な『妹を使う』クズ男子です♪」
「つかう? ゲームでもすんの?」
「はい♪ エロゲーですね♪」
頭痛い……。
「ところでまだお名前をうかがってませんね」
「あ、オレはミハイル。タクトのはじめてのダチだゾ☆」
「え!? おにーさまにおっ友達がっ……」
貴様、そんなアゴが外れぐらいの大口開けやがって!
「ちょ、ちょっとお待ちください……ううっ……」
「かなで、お前。なぜ泣いている?」
「だって……おにーさまにおっ友達ができるなんて……奇跡ですわ」
「お前な」
「しばしお待ちを! ミハイルさん!」
なにを思ったのか、スマホを取り出すと電話をかけ出すひなた。
「おっ母さま! 大変ですわ! おにーさまが……」
『ど、どうしたの? かなでちゃん! タクくんが痴漢でもしたの!?』
声が漏れている……。
「違いますわ! 痴漢ならまだしも……」
痴漢はダメだろ!
『いったいどういうことですってばよ!?』
「お、お、お……」
『オ●ニーを学校でしたの?』
爆ぜろ、この親子。
「おっ友達を連れてきたんですのよ!」
『……わかったわ。かなでちゃん、すぐにパーティーの準備よ!』
「御意ですわ!」
ひなたは俺とミハイルに背中を見せると、イケメンばりに親指を立てた。
「あとはこの私、かなでにお任せください!」
「は? お前、どこに行く気だ?」
「決まっていますわ! 駅前5分の『ニコニコデイ』ですわ!」
近所のスーパーのことだ。
「お二人はお先に我が家に!」
走り出す妹。
かえってくんな、永遠に。
「なあ今日って、かなでちゃんのお祝いでもすんのか?」
「いや……俺たちを使って遊びたいだけだ」
「そ、そうなのか! オレもあそんでいいのか!?」
君は勉強にきたんじゃないの?
ミハイルは目を輝かせて、真島商店街を眺めて「あれはなんだ?」「こっちは?」と俺に質問の嵐。
それに対し、俺は各建物や店の情報を教える。
答える度にミハイルは「すごいな!」と喜ぶ。
歩くこと数分、我が家についた。
「ここが……タクトのいえか……」
ミハイルさん、顔が真っ青……。
「悪いがそうだ」
知人が俺の家へ中々遊びに来ないのは。俺自身の性格、ぼっちだからではない。
我が家の敷居が高すぎるのだ。
『貴腐人』
ブルーの看板には、裸体の男と男が接吻する寸前の環境型セクハラが描かれている。
店の中には痛いなんてもんじゃないぐらいのBL雑誌、推しのポスター、コミック、小説、映像作品、同人誌で溢れている。
ここでオタクショップと思った初見の方は、まだまだである。
そんな腐れ果てた店内は、なんとただの美容院なのだ。
ドアノブに手を掛けると自動で『どうしてほしいの?』とイケボ声優の甘ったるい声がささやかれる。
これがその界隈の女性陣からは身震いを起こすらしいのだ。
俺としては『イキスギィ~』の方がインパクトあっていいと思ったが却下された。
「タクくん~!!!」
『かけ算』している痛い自作エプロンをした母が両手を広げて出迎える。
満面の笑みで眼鏡が光っている。
「母さん……やめないか」
「え? やらないか!?」
クソがっ!
「まあまあ可愛らしい、おっ友達ね! あなたは受けかしら?」
「え? ウケってなんすか?」
ミハイル。お前まで腐ってしまっては親御さんに謝罪せねば。
「あらあら……最近の子たちは『かけ算』もしらないの?」
「かけ算はガッコウで一応ならったすけど」
「時代ねぇ、最近の学校は進んでいるのね~」
会話になってねぇ!
「母さん、この子は古賀 ミハイル。俺のクラスメイトだ」
「かなでちゃんから話は聞いているわ! ミハイルちゃん! あなた可愛いわね!」
「か、かわいい……」
顔を赤らめてまた床ちゃんとお話しちゃったよ……。
ただ我が家の床ちゃんは痛男(イケメン)だがな。
「ええ、記念に写真をとりましょ!」
「は? なんでそうなる?」
ここは入学式会場ですか。
「はーい、もっとからんでからんで!」
息子になにをいってんだ! ババア!
「からむ? こうかな?」
命令通り、俺の左腕を組むミハイル。
「こ、古賀?」
貧乳……じゃなかった絶壁が俺の肘にあたる。
「うひょ~ 尊すぎるぅ~ デヘヘヘ……」
悦に入るなクソババア!
「は、早く撮ってくれ、母さん!」
「なにを怒っているんだ? タクト」
首をかしげて上目遣いすんな! こんな至近距離だと色々とドキドキキュアキュアだぜ。
「はーい! BL!」
ちな、ピースの意味な。
どこにログアウトの選択肢があるんでしょうか?
「タクトの母ちゃんって、おもしろいな☆」
「そ、そうか?」
記念写真を撮り終えた俺とミハイルは、店内のソファに通された。
今日は客が来ていないようだ。
母さんのBL美容院は人を選ぶ……ため、完全予約制で接客している。
しかも、一人ひとり丁寧に応対するために、『セットチェア』も鏡も一人分しかない。
それだけ凝っているのだ。
『お客様が落ち着いてBLトークできる美容室』をテーマに開店したのが、20年ぐらい前。
時代を先取りしすぎて、開店当初は近所からのクレームが絶えなかった。
だが今ではご近所さんも母さんの詐欺師ばりなBLトークで腐りはててしまった。
人はこう呼ぶ、新宮 琴音は『真島のゴッドマザー』と。
「さあ、ミハイルくん♪ 召し上がれ」
母さんがソファーの前のローテーブルにアイスコーヒーと手作りのクッキーを並べてくれた。
ちな、グラスは『真剣』同士で斬りあうBL侍のイラストだ。
恐ろしいグラスよな。
「あざーす☆ いただきまーす☆」
「あらあら、ミハイルくんはお行儀がいいわね?」
え? 俺を入学式に殴った男の子がいい子とは思えませんが?
「うまい! すっごいな、タクトの母ちゃん☆」
「そうか? 古賀、口元にクッキーのくずついているぞ?」
「ん? どれ?」
すかさず、真島のゴッドマザーが動く。
「タクくん? 取ってあげなさい」(迫真)
おい、母上。背後から「ゴゴゴッ」と気味悪い音が聞こえるのだが。
「え? タクトが……?」
なぜ顔を赤らめる、ミハイル。
「はぁ、了解したよ。母さん」
ミハイルの小さな口元に手を運ぶ、アゴあたりにくっついてたので、小指が思わず、唇に触れる。
「あんっ……」
そんなエッチな声を出すんじゃない!
「ほれ、取れたぞ」
母さんはすかさずスマホを取り出し、業務連絡をする。
「タクくん、さあミハイルくんからとったクッキーを食べるのです!」(迫真)
こえーんだよ! クソがっ!
「了解だよ!」
小石サイズのクッキーを食べると『いつも』の母さんの手作りクッキーと再確認できた。
だが、それだけではない『古賀 ミハイル』の香りをほのかに感じるのは先入観のせいか?
「タ、タクト……」
思わず目を背けるミハイル。
そりゃそうだわな……。
なにが楽しくておっとこのこ同士で間接キスを促されるなんてドン引きだろうな。
たぶんミハイルも『もう二度……』我が家には近づけまい。
なんなら、すぐに帰る……というか逃げるに違いない。
「ひゃひゃひゃ! 尊い! 尊すぎるで! ダンナ!」
ヨダレ垂らしている琴音初号機。
息子とミハイルをかけ算のネタに使うな!
「古賀? 大丈夫か? 気分を悪くしてないか?」
「ううん……オレは楽しいし、クッキーもうまいし……」
俺はドン引きだし……。
「そうだわ! ミハイルくん! せっかくだから、タクくんの部屋にあがっていって♪」
「ええ!? オレがっすか!」
そんなに嫌なん? 俺の部屋は別にイカ臭くないけど……。
「いいでしょ? タクくん?」
「別に構わんが、男同士だしな」
エロ本なんて余裕だし。
「タクト! おとこ同士じゃねーよ……ダチだろ!」
固く握られる両手。
手柔らかいし、女みたいに細いし、ドキがムネムネしちゃいそう。
「……古賀」
「なんてことなの!? タクくんがおっ友達から告白されるなんて……母さん、泣いちゃう!」
本当に泣いてはるし……。
「お待たせ致しましたわ!」
例の『どうしてほしいの?』というイケボと共に、ツインテのJCが店内に入る。
「かなでちゃん! 予想外だわ!」
「どうしましたの? おっ母様!」
「タクくんが今、おっ友達のミハイルくんに告白されたのよ?」
「な、なんですって!?」
床に落ちるスーパー『ニコニコデイ』の袋が2つ。
「おっ母さま! 一大事ですわ! おっ父様にもご一報してきますわ!」
「ええ、今日はタクくんの記念日ね……おっ友達と言う名の……」
家出しよっかな~
「タクト……オレはずーっと、おまえのダチでいてやっからな☆」
「お、おう……」
なにこれ~ 俺ってこんなに可哀そうな人間だったの?
「古賀……大事ないか?」
「なにが?」
そりゃそうだ、初見が俺の荒んだ環境、家庭を見れば誰もが今までドン引きしていた。
『いやないわ~ お前ん家』
『新宮ん家って変態の家だろ? 嫌だよ』
『きみの家って腐ってるんでしょ? デヘヘヘ』
最後のは母さんの友達だが……。
「だってお前……あんな母親と妹だぞ?」
「え? ふつーに優しいかーちゃんとカワイイ妹じゃね?」
「マジか……」
「うん☆ それより早くタクトの部屋見せてよ☆」
「ふむ、そうだな」
俺は店の奥へとミハイルを通す。
ちょうど2階へとあがると、『かね折れ』階段がある。
階段の前には靴箱とマットがある。
そうこの階段が俺たち新宮家の本玄関なのだ。
靴を脱ぐと、ミハイルにスリッパを用意する。
「よいしょっと」
ミハイルはバスケットシューズを履いていた。
かなりサイズが小さいため、もしかしたらレディースを買ったのかもしれない。
しかし、美脚よのう。
ショーパンのせいか、膝をあげると同時にチラチラと隙間からグレーのカラーパンツが確認できた。
これは今晩のおかず不可避。
「タクト、顔あかいぞ? 熱でもあんのか?」
「む、問題ない……二階が俺の自室だ」
階段を昇るとすぐにリビングがあり、テーブルには母さんの料理の材料が並べられていた。
それから個室が3室。枝分かれしている。
ただお気づきの方もおられるだろうが、上下左右BLで埋め尽くされているのだがな!
「ん? タクトん家って店の上なの?」
「そうだ、なにか問題でも?」
「ううん……うちも店やってからさ☆ ちょっとシンパシー感じちゃった☆」
チンパンジーの間違いじゃないですか?
「ほう……やはりあれか? バイクショップとかか?」
ヤンキーなだけに!
「ううん、ちがうゾ☆ 今度、しょーたいしてやるよ☆」
なにその上から目線、かっぺむかつく!
「これが俺の部屋だ」
指差した扉にはもちろん痛男がプライバシーを侵害しているが。
「ふーん、フツーの部屋だね」
え!? これのどこが?
「ま、まあ入りたまえ」
扉を開くと二段ベッドと、小学生時代から使い続けた使い古した学習デスク……が2台。
そうこの部屋は俺の部屋でもあるのだが、妹のかなでと共有スペースなのである。
なので、『一人の時間』なんていつもない。夜でさえも……。
お年頃の男女が常に共有し続ける……という異常な兄妹である。
まあもう慣れたことなのだがな。
他の二部屋は母さんと父さんの部屋だ。
「な、なんだ、この部屋!!!」
驚愕のミハイル。思わず後ずさり。
「フッ、これか? 『世界のタケちゃん』だ」
そう部屋の真ん中を境界線にして左が俺のゾーン、右が妹のかなでのゾーン。
ちな、左は暴力描写に定評のある映画監督でありお笑い芸人の『世界のタケちゃん』のポスターでびっしり。
「そ、それぐらいわかるよ……そうじゃなくて右のほう!」
ミハイルが指差したので、解説せねばならなくなった。
彼がドン引きするのも致し方あるまい。
男らしいタケちゃんとは対照的に、女性的な顔した男の娘がBL以上に絡んでいるというよりは、いじめられるような愛され方を攻めに受けているのだ。
『らめぇ~ お兄ちゃんのおてんてんが……』
『に、妊娠しちゃう~ 受精しちゃう~』
『すっごく大きいね、お兄ちゃんの♪』
とセリフつきのタペストリー。
俺も夜中にこれを見る度に身震いする。
彼女ら……じゃなかった彼ら、男の娘たちは我が妹の推しである。
齢14にしてここまで異常な育ち方をしたJCは我が妹ぐらいだろう。
「これってだれの趣味なの?」
「すまん……妹のかなでの仕業だ」
マジでごめん、ミハイルちゃん。
「なあ、かなでちゃんって……変わった女の子だな……」
「それだけか?」
心広すぎませんか、ミハイルさん。
「うん……オレにはよくわかんないけど、タクトの妹だからな☆」
「すまない! 古賀!」
いろんな意味で。
「狭いがくつろいでくれ」
「うん☆ でも、タクトって『タケシ』が好きなんだな☆」
「ふむ、まあな。中学生の時にタケちゃんの映画を見て以来、衝撃を受けてな……今では『タケノブルー』も買いそろえているほどだ」
『タケノブルー』とは、タケちゃんのお弟子さんが作られているファッションブランドのことだ。
「なにその、タケノブルーって?」
「ほれ、見てみろ」
クローゼットを開ければ、ズラリと『キマネチ』のロゴ。
「うわっ、すっごいな! カッコイイ☆」
「フッ、だろ?」
我がコレクションを受け入れられる喜びよ。
「おにーさま!」
面倒くさいのがログインしました。
「なんだ、かなで?」
「ズルいですわ! おにーさまだけ、ミハイルさんと『おっとこのこ会』なんて!」
なにそれ?
「だったら、かなでちゃんもいっしょにあそぼ☆ いいだろタクト?」
「さすがですわ! ミハイルさん♪」
勉強はどうしたんだ!
「まあいいか……」
変態妹と美少年が仲良くなったぞ?
俺は知らん!
「じゃあミハイルさん、ゲームでもしますか?」
「え? ゲーム……なんだそれ?」
まさかとは思うが、ミハイルの家はそこまで貧しいのか?
それとも余程の上級家庭なのか……想像に値しない。
「古賀、お前ゲームしたことないのか……」
「鬼ごっことか?」
マジなのか……。
ミハイルさん家、かわいそすぎ。
「なんてことですの!? つまりはミハイルさん『バミコン』や『ブレステ』すら触れたことがないということですか?」
ならぬ……触れてはならぬぞ、かなでよ。
「うん☆ オレんち、ねーちゃんが『外で遊べ』っていうタイプだからさ」
あー、クラスでたまにいるよな……。
そっち系ね。
「つーかさ、かなでちゃん……その『ミハイルさん』ってやめてくんねーかな? 年もあんまかわんないし……」
なにやら歯切れが悪いぞ、ミハイル。
そんなに巨乳のJCに緊張しているのか?
「では、わたくしめはなんとお呼びすれば……」
「じゃ、じゃあ……ダチからは『ミーシャ』って呼ばれてっからさ……」
「ではミーシャちゃんで構いませんね」
え? なんでちゃん付け?
「う、うん、タクトの妹だから、いい……よ?」
ミハイルさん、ひょっとしてこのクソきもい巨乳JCにときめいてます?
もらえるなら、もらってやってください。
兄の切なる願いくさ。
「ではミーシャちゃん、一緒に遊びましょ♪」
「うん☆ ……ただ! タクトは『ミーシャ』って呼ぶなよ!」
「む? なぜだ?」
なにこれ? いじめってやつを体験しているんですかね。
「そ、それは……かなでちゃんが……女の子だからだ!」
「は?」
意味がさっぱりわからん……しかし、ミハイルさんよ。
こいつは女の子というカテゴリ化するには故障しすぎているぞ?
「よくわからんが俺は今まで通り、古賀と呼べばいいのか?」
「いやだ!」
ダダっ子だな……わがままはいけません!
「つまりどうすれば、お前の承認欲求は満たされる?」
「オレのことは……下の名前で……」
つまり男同士は『ミハイル』。女からは『ミーシャ』で通しているわけか。
なるほど、府におちた。
「認識した、改めよう。では、ミハイル」
「う、うん! なんだよ、タクト……急に……」
なぜそんなに顔を真っ赤かにしている?
かなで、喜べ。腐ったお前にようやくモテ期がきたぞ、知らんけど。
「じゃあ、かなで。お前が提案者なんだからゲームソフトは自分で選択しろ」
「もちろんですわ。おにーさま」
そういうと誰でもお気軽に遊べる大人気パズルゲーム『ぶよぶよ』を持ってきたかなで。
「さすがだな、かなでよ。これならゲームのいろはを知らないミハイルでも余裕だろ」
「デヘ♪ ですわ」
キンモ! ウインクすな。
かなでが『ボレステ4』にディスクを挿入……。
この時、妹のかなではデヘデヘと笑う。
ソフトを自動でゲーム機が吸い込む動作がたまらないそうだ。
我が妹にして最大の変態である。
「さあていっちょやるか! ですわ♪」
「うん☆ じゃあ、最初はオレとかなでちゃんでいいか?」
「構わんぞ。どうせ優勝はこの天才だからな」
鼻で笑う俺氏。
「んだと!? かなでちゃん、タクトって強いのか?」
「強いですわ……この御方は……」
顔を歪ませて拳をつくるかなで。
「フッ、せいぜい足掻いてみろ、ミハイル」
もうすでに、対戦は始まっている。
かなでは、連鎖まちというやあつである。
いっぽうのミハイルは、ガチャガチャと乱暴に扱う。
これは稀に幼少期に見られる子供と同様の行動に近い。
ビギナーというやつだ。
だが、なぜかそのプレイでも連鎖がかなで以上に優勢になりつつあった。
「うわぁ! 負けましたわ」
「やったぜ☆」
すまん、今の言い回しだと『別のこと』を考えてしまうのは俺だけだろうか?
すかさず、俺がコントローラーをうけとる。
「真打の登場だ」
「よおし☆ 負けないぞ、タクト」
数分後……。
「なん……だと!」
「やりぃ!」
「この天才、琢人が負けただと……」
「どうだ? タクト?」
ない胸をはるな!
いちいち、おタッチしたくなるだろ。
そうして夕暮れになると、ノックの音もなく扉が開く。
「晩ご飯できたわよぉ!」
「か、母さん……いつもノックをお願いしているだろ?」
「なに? オナってたの?」
「ちゃうわ!」
我が母親ながら琴音さんは今日もブッ飛ばしすぎなのである。
「ミハイルくんもいっしょに食べていきなさい」
「う、うっす」
「わーい、パーティですわ♪」
これってなんの罰ゲーム?
明日、仕事(新聞配達)があるんですけど?
なんだかんだあって、俺のクラスメイト……。
古賀 ミハイルは、初見のお友達の家に図々しくも晩御飯まで食べることとなった。
まあこの件については我が母である新宮 琴音さんと妹のかなでの陰謀といえよう。
4角形のテーブルには、母さんお手製の野菜ギョウザ、からあげ、トマトがふんだんに使われたスライスサラダ。
俺とミハイルは仲良く隣りに座る。
反対側に、母さんとかなでがニコニコと笑いながら、俺たちを見つめている。
何やら嬉しそうだ。
確かに、俺がこの家に知人や友人を連れてきたことは、あまり経験のないことであった。
「じゃあ、ミーシャちゃんとおにーさまの出会いに、かんぱーい♪」
かなでがオレンジジュースを手にグラスをかかげる。
と、同時にキモイおっぱいがプルプル震えて、かっぺムカつく。
「フッフ~ フッフ~ ミーシャちゃんも一緒に!」
母さん、あんたまでちゃん付けかよ……。
ちな、母さんはハイボール。
「あ、あの、かんぱい!」
釣られるようにミハイルもグラスでご挨拶。
ミハイルが選んだ飲み物は、アイスココア。
「タクト? どうした?」
10センチほどの至近距離で俺を見つめるな!
お前のエメラルドグリーンさんが、キラキラと輝いて、チューしたくなるんだよ(怒)
「んん……なにが?」
平静を装う。
俺が選んだのは『いつもの』アイスコーヒーだ。
真島商店街の馴染みの喫茶店から購入している逸品だ。
「タクトもかんぱいしろよ☆」
え? ここミハイルさんのおうちでしたっけ?
「ああ……かんぱーい(やるきゼロ)」
「「「かんぱーい」」」
「美味しいですわ~♪」
といつつ、ゲップを豪快にするかなで。
「くわぁ~! このためのBLよねぇ」
いや、母さんはいつもボーイズでラブラブしているじゃないですか。
「フゥ、おいし……」
ミハイルさんたら、男のくせしてグラスを大事そうに両手で持っちゃったりして……。
これって、ほぼほぼ女の子のしぐさなんすけど?
「しかし、古賀……お前、親御さんに連絡しなくていいのか?」
「オレ……父ちゃんと母ちゃんは死んでっからさ……」
あ、これは地雷を踏んでしまったな。
謝罪せねば。
「すまない、古賀……他意はない。謝罪する」
律儀に頭を下げると、ミハイルが両手を振って慌てだす。
「な、なんでタクトがあやまんだよ! も、もう昔の話だからさ……」
俺はこの時、一瞬にして思い出した。
一ツ橋高校の宗像先生にクレームに行った際のこと。
『お前みたいな親御さんが二人そろって健在なのが当たり前……ってのが恵まれているんだ』
こういうことか……ヤンキーにもヤンキーなりの事情があったのか。
「うう……ミーシャちゃん、かわいそうです!」
泣きじゃくるかなで。
「私のこと『ママ』って呼んでいいのよ?」
泣いてなくない? あんたのママってさ、BLのだろ?
「あ、あの、3人とも、ほんとーに気をつかわないで……オレはまだねーちゃんがいっからさ☆」
健気にも笑顔でその場をおさめようとするミハイルに、俺は胸が痛む。
「ミハイル。お姉さんがお前を育てているのか?」
「ああ、ねーちゃんはすっげーんだぞ。オレより12歳年上でちょーかっこいいんだ」
ちょーアホそうな姉上と認識できました。
「なるほど……つまり親代わりということか」
ミハイルはこう見えて、苦労人というわけだ。
「かなで。そのお姉さまとお会いしたいですわ♪」
まったく何を言いだすのやら。
「そうねぇ、タクくん。あなた今度ミーシャちゃん家にお母さんのお菓子を持っていてちょうだい」
目を細くして笑う母さん。
こういうときの琴音さんときたら『いかなったらBL書かせるぞ、オラァ』の意思表示である。
そんな創作活動まっぴらごめんだ。
「了解したよ……」
「なっ! タクト……オレん家に、遊びに来たいの……?」
おい、今度はテーブルというか『琴音さんのからあげ』がお友達になっているぞ。
「まあ興味はあるな」
「そ、そうか! やくそくな!」
小学生かよ。
「ところでタクトのとーちゃんってまだ帰ってこないのか?」
「「「……」」」
「ん? どうしたんだ? みんな」
首をかしげるミハイル。
忘れていたあの男のことを……。
新宮 六弦。これが俺の最悪のはじまりである。
「あいつか……死んだよ」
「そ、そうなの!? ……わりぃ、タクトん家もそっか……」
泣いてはる。泣いてはるよ、ミハイルさんったら。
あんな男のために。
「ちょっと、タクくん? 六さんはまだ生きてますよ?」
微笑みが怖い。これは『オラァ! BLじゃボケェ!』と言いたいのである。
「そうです! おっ父様はかなでのヒーローですよ? 絶対におっ父様は死にません! おにーさまが一番知っているくせに……」
いつになく寂しげな顔をするかなで。
「すまん、悪のりがすぎた。ミハイル、六弦とかいう父は生きているぞ」
どこかでな。
「そ、そっかぁ……よかったぁ」
胸を抑えて安堵している。
え? ミハイルのとーちゃんだったの?
「つーかさ、ヒーローってどういうこと?」
くっ! かなでの馬鹿者が!
あんなやつを英雄と呼称するのは間違っているのに。
「それはですね……お父様、新宮 六弦は私を助けてくれたからですわ!」
説明になってないぞ、かなで。
「どーいうこと?」
ミハイルは脳内が8ビットぐらいしか処理能力がない。
かわいそうだ。
「つまりはだな、ミハイル……実は、かなでという妹はな。六弦がよそから拾ってきた『もらい子』だ」
俺のその一言に今までにみたいことのない表情。
目を見開いて、大口を開けている。
「じゃ、じゃあ……かなでちゃんは他人の子なのか!?」
なぜか俺の両肩をつかみ、激しく揺さぶる。
そんなに揺さぶらないでぇ、俺はまだ首が座ってないの~
「そうだ、かなでは震災で孤児になり、そこを六弦とかいうバカが助けにはいったんだ」
「じゃ、じゃあ、タクトとかなでちゃんは血が通ってないのか!?」
襟元をつかむミハイル。
なにこれ、ほぼほぼ恫喝じゃないですか。
「そういうことですわ♪ だから私とおにーさまはイケナイ関係もアリということですね♪」
サラッとキモイことをぬかしやがって。
「タクト……おまえ。かなでちゃんと何べん、風呂はいった!?」
顔真っ赤にしてるぅ~ しかめっ面だし。こ、怖すぎ。
「し、知らん」
「ウソだっ!」
「いやですわ……この前も入ったじゃないですか~ おにーさま♪」
「……」
沈黙するミハイル。
「ち、違うぞ? ミハイル。あの日もあいつが勝手に入ってきたんだ……お、俺にやましい気持ちは一切ないぞ」
「許さない!」
え? 絶対に?
「まあまあ、ミーシャちゃん。なんなら今日は泊まっていけばどうかしら? お風呂も沸かすから、おっとこのこ同士仲良く入りなさい」
「か、母さん!?」
「許す☆」
めっさ笑顔ですやん、白い歯が芸能人みたい。
「かなでも入っていいですか!?」
「「絶対にダメ!」」
この時ばかりは、俺とミハイルの息がピッタリでした。