気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


「初めて、初めてって。別に私のあとで、センパイとマリンワールドに来ればいいじゃない!? どうしてそこまでこだわるのよ? だからって私とセンパイのデート……取材の邪魔する理由になってない!」
「タッくんの初めてはアンナが絶対なの! 今まで映画も遊園地もプールも温泉も花火大会も……全部、ぜ~んぶ! 初めてはアンナだもん! ひなたちゃんこそ、二番目にしてよ! 抜けがしてラブホに連れ込んだりしてぇ!」

 こんな低レベルの口喧嘩をかれこれ、30分近くも大声でやりあっているんです。
 しかも、入口の近くの売店で。
 たくさんのお客様が見世物のように集まり出しちゃって。
 もうね、公開処刑ですよ。俺は。

「ら、ラブホの件は……あれは仕方なくヤッちゃっだけよ! ていうか、なんでアンナちゃんがあの事を知っているのよ!?」
 なんかさ、二人してラブホの話題でも盛り上がってるけど、知らない人が聞くと、俺とひなたが関係持っちゃったカップルとして勘違いしちゃうよ。
「あのあと、タッくんから聞いたもん! だから、アンナも次の日連れて行ってもらったよ? スイートルームで可愛いハートのジャグジーで、タッくんと仲良く入ったもんね!」
 もう、やめてぇ!
 俺、どんだけヤリまくってる男なのよ?
 まだ童貞だよ……。

 人だかりが出来て、俺達を囲み、二人のケンカを見守る。

「おいおい、あのオタクっぽい奴があんな可愛い二人と……うらやま!」
「三角関係? 肉体関係? どっちにしてもあの野郎、マジ最高じゃんか!」
「女の敵ね。あんなに二人を困らせて、去勢するべきよ。ヤリ●ン野郎は」

 ほらぁ! 誤解されてるじゃんか!

 俺は一人、頭を抱え、もがいてはいるが、二人の口は止まらない。

「ハァ? そんなの聞いてない! ジャグジーで経験したの? なんてハレンチなの!」
「ひなたちゃんの方がエッチだよ。タオルだけで身体を隠してタッくんに馬乗りなんてさ」
「あれは……中に下着をちゃんと着てたし……アンナちゃんの方こそ、裸になってジャグジーでセンパイを誘惑したんでしょ?」
「し、してないもん! アンナはタッくんが決めたスク水を着てたし……」
 ぎゃあああ!
 もう穴があったら入りたい!

 ざわつく水族館。
 スタッフや警備員まで出てきた。
「君たち! 小さなお子さんもいるんだ! 痴話げんかなら外でやってくれないか!」
 青い制服を着た中年に注意されるが、二人は逆ギレする。

「「邪魔しないで! ハゲのおじさん!」」
 こういう時は息がピッタリ。
「うっ……」
 ハゲで落ち込むおじ様。

「私の方がセンパイと付き合い長いし! だって入学して間もない頃からの仲よ?」
「あ、アンナだって! ミーシャちゃんに紹介されて、初めてのデートしたもん!」
 いや、お前は入学式に出会っただろ。ミハイルとして。
「ふん! 出会いは私の方が先みたいね!」
「で、でも、アンナはタッくんの好みに合わせられるもん! ニンニクだってラーメンに入れられるし、タッくんの好みのコスプレだって出来るよ。メイドさんもスク水も……タッくんが望むなら、なんでもやれる自信がある!」

「ぐはっ……」
 なんだろ、どんどんHPが削られていく。

 一向におさまらない騒ぎを聞きつけたのか、一人の女性が仲裁に入ってきた。

「お~い、お前ら……な~にを公共の場で、『ヤッただヤラないだ』『掘った掘られた』卑猥な言葉で人様のお耳を汚してんだ? コノヤロー!」

 俺達の前に現れたのは、超のつくどビッチ。
 ウエスタンブーツ、股に食い込むぐらいローライズのデニムのショーパン、そしてプルプルと左右に揺れる巨乳を支えるのは、アメリカ合衆国の国旗が描かれた派手な水着。
 頭には、カウボーイハット。

「小便臭いガキ共がイチャつくのは、10年早いんだよ、コノヤロー! 新宮。お前、この前の単位全部はく奪するぞ!」
 そう言って俺の胸ぐらを掴む女。
 僕の担任教師、宗像 蘭さんです。
「いや、それは……」
「うるせぇ! お前ら、覚悟はいいな? 全員ついてこい!」
 完全に脅しだが、誰も抵抗する勇気はなかった。

「「「はい……」」」

 宗像先生に一喝されたひなたとアンナは、しゅんとして黙り込んでしまった。
 そしてなぜか、俺の頭をげんこつでポカン! と殴りつける。
「いってぇ!」
「新宮。お前が悪い。とりあえず、ここから出るぞ」
 そう言って、俺達は強制的に水族館から退場させられた。

 宗像先生は近くの駐車場に車を停めているとのこと。
 まだびしょ濡れだったひなたの姿を見て
「車の中に着替えがある。それを着ておけ」
 と車内へ誘導した。

 宗像先生の所有する車は、なんとあの高級車ベンツのジープ。Gクラスというやつだ。
 窓はスモークガラスで外から中を見ることができない。
 とりあえず、残された俺とアンナは駐車場で二人して待つことになった。

 なんだか気まずい。
「アンナ……どうしてこんなことをしたんだ? そんなに俺が信用できなかったのか」
 彼女は暗い顔で俯いていた。
 どうやら少しは反省しているようだ。
「だっ、だって……。ごめん、タッくんが他の子と一緒にいるのが辛くて……胸がギューッて締め付けられちゃうの」
 緑の瞳にはうっすらと涙が浮かぶ。
「そ、そうか。配慮が足りなかったのかもな……だが、謝るなら俺ではなく、ひなたの方がいいと思うぞ?」
「うん……あとでちゃんと謝る」
 
   ※

 着替えが終わったひなたの登場。
 だが、その装いがどこか見慣れた衣服だった。
 白い体操服に紺色のブルマ。
 三ツ橋高校のものだ。

「って、なんで体操服にブルマなんですか!?」
「あん? 文句を言うな。私が日頃から三ツ橋高校で拝借しているものだ。寝巻きにちょうどいいからな。あとたまに部活帰りの生徒が、忘れていった汗臭いブルマを、ネットオークションに出品すると高く売れるからな、だぁはははっははは!」
「えぇ……」
 もう教師やめちまえよ、こいつ。
「なんだ? 新宮、お前も着たいなら車内に山ほどあるぞ?」
 誰が着るか!
「遠慮しておきます」

 四人でジープに乗り込む。
 もちろん宗像先生が運転席、その隣りの助手席は俺。
 後部座席にひなたとアンナが並んで座る。
 先生が俺のことでまた二人がケンカするからと遠ざけたのだ。

 窓を開けて海辺の道路を突っ走る。
 沈黙の車内、どうにも息苦しい。
 見兼ねた宗像先生がこう切り出す。
「で、そこのブリブリ女。お前、誰だ? 本校の生徒じゃないな?」
「ぶ、ブリブリって……アンナのことですか……」
 初対面の女性に、毎回言われるのか、それ。
 バックミラーで彼女を確認したが、かなり落ち込んでいる。
 対して、ひなたは、隣りのアンナを見て嘲笑う。
「アンナちゃん以外いないでしょ。そんな痛い女」
 視線は窓の外。手に顎を乗せて、他人事のようにぼやく。

「お前、アンナというのか? とりあえず、お前らメスガキ共は、このイカ臭い新宮で盗りあってケンカしていたな? 理由はなんだ?」
 しれっと人をディスりやがった。
 アンナがその問いに答える。
「あ、あの……タッくんは取材、デートをしないと小説の世界に活かせないんです。だから私……アンナが取材の協力をしていて……」
 それを聞いた宗像先生は、吹き出す。
「ブフッー! お前か!? この新宮に付き合っている物好きな女は!? だぁはははっははは! やべっ、超面白い!」
「あの、まだ付き合っては……いません」
 頬を赤くしてモジモジしだすアンナさん。
「なるほど。友達以上彼女未満てやつか? で、赤坂は?」
 話を振られたひなたは、嫌味たっぷりに答える。

「今日は私がデートの日だったんです! なのに、この隣りにいるブリブリアンナが邪魔してきたんですよ!」
 やめてあげてぇ、人のアンナちゃんをウンコぽくするの。
「それは良くないな。だからケンカになったわけか……くだらねぇ、ガキの痴話げんかだな、けっ!」
 ちょっと、この人。最後、私情持ち込んでいるだろ。

「ひなたちゃん、アンナ……私が間違ってました。本当にごめんなさい」
 律儀に頭を下げて、丁寧に謝罪する。
「わ、分かればいいのよ。でも、こっちだってセンパイを譲るわけにはいかないわよ!」
「うん☆ 命がけでタッくんを奪い合うんでしょ? わかってる☆」
「そうよ、先輩の取材は、相手を殺す勢いがないとね」
 なんか意気投合しちゃったよ? この二人。
 てか、俺を殺すのはやめてね……。

 隣りで運転をしていた宗像先生が舌打ちし、俺の腹を肘打ちする。
「くだらねぇもん、見せつけるな。新宮」
「す、すいません……」
 なんで、俺ばっか痛い目に合うの?

 ひなたとアンナが一応、仲直りしたところで、話を聞いていた宗像先生が今後、トラブルのないように、提案を出した。
「互いの取材、デートは邪魔しない。遭遇しても相手に譲ること」
「というか、そうじゃないと恋愛小説じゃない」
 正論を言われてしまい、二人のヒロインは渋々、それを承諾した。

 宗像先生が俺に
「どうしてそこまで取材する必要性があるのか?」
「また、そんなにデートすると金が足りないだろ」
 と質問された。
 だから、俺は
「ラブコメの話に使えることなら、大体、出版社が経費で落としてくれる」
「白金が特別に許してくれた」
 と説明する。

 すると、先生は走らせていた車を急停止する。
 キキーッ! という音に、俺は思わず耳を塞ぐ。
「はぁ!? デートして遊ぶくせに、経費で落ちるのか!?」
 なんて俺の目を見て、大きく口を開いて驚いている。
「は、はい……ていうか、危ないじゃないですか。急に道中で停まるなんて……」
 俺の言葉は宗像先生に聞こえていないようだ。
「なんてこった……盲点だった……」
 と独り言を呟いて、ハンドルの上に顎をのせ、頭を抱え込む。

 信号でもない一本道の車線だったので、背後に止まった車がクラクションを鳴らす。
「おい! 早く行けや! こんなところで停めてんじゃねぇ!」
 それを聞いた宗像先生は、窓から顔を出し、後ろの運転手に怒鳴り散らす。
「うるせぇ! こっちは死活問題なんだ! ブチ殺すぞ、コノヤロー!」
「す、すいません……」
 明らかにこっちが悪いのに、宗像先生の気迫に負けたのか、謝ってしまう。

 それからまた車を発進させたが、なにやら考え込んでいる。
「先生、どうかしたんですか?」
「……ああ、新宮。実はな。良いことを考えたぞ!」
 怒ったかと思ったら、急に目を輝かせて喜んで見せる。
「いいこと?」
「そうだ! 新宮、お前の書いている恋愛小説なんだが、ヒロインは何人いても困らないだろう? むしろ沢山いれば、童貞の読者もハーレムを味わえてウルトラハッピーだろ!」
 ラノベの読者様を、童貞と決めつけるのは、やめて頂きたい。
「ま、まあ、王道っちゃ、王道の設定ですよね……で、それとこれと、どういう意味が?」
 すると、宗像先生は、自信に満ち溢れた顔で、親指で自身のデカすぎる左乳をプニプニ押してみる。
「いるじゃないか!? ここに! セクシーで大人の魅力溢れるヒロイン候補がっ!」
「え……」
 俺は予想外の提案に絶句していた。

 後ろで話を聞いていたうら若きヒロイン達も、その提案にブーイングが飛び交う。

「宗像先生がヒロイン? 有り得ないですよ。だって、先生ってもうアラサーでしょ? おばさんに近いですよ。それに教師と生徒が恋愛なんて犯罪です!」
 とひなたが身を乗り出して、言う。
「アンナもそれは無理だと思うなぁ……読者の人って多分、10代の人ばかりだと思うもん。誰が好き好んでアラサーの婚期を取り逃した売れ残りに、胸キュンするのかな? やっぱりヒロインは、主人公と同年代じゃなきゃ、キュンキュンしないと思う」
 と控えめに言うのはアンナ。
 だが、その言葉は、宗像先生の大きな胸に、グサグサと突き刺さっているようだ。
「……」
 その証拠にハンドルを握る手が震えだした。

「アンナちゃんの言う通りだよ~ だってさ、もし商品化したとしてさ。グッズを販売するとして、私たち10代のヒロインは、即売り切れると思う。けど、宗像先生のキャラだけ絶対売れ残ると思う」
 グッズ展開までしっかり考えているのか。
「ひなたちゃんも同じことを考えてたんだぁ☆ 可哀そうだよね、そのキャラ☆ 多分、出版社の人、商品を開発する人、販売する人、全員からお荷物扱いだよ。あと、転売ヤーもそれだけは買わないで帰ると思うんだ☆」
「だよね~ やっぱり10代の女の子同士だと、話合うね♪」
「うん☆ ホント、その通りだね☆」
 と後部座席では、話が盛り上がっているが、俺の座っている助手席では生きた心地がしない。

 宗像先生の目つきがどんどん鋭くなり、険しい顔で運転が荒くなっているからだ。

「おい……小便臭いメスガキ共、お前らいい根性しているな。新宮は今から私と取材をする。お前らはここで降りて帰れ」
 ドスの聞いた声で、二人を脅す。
「「はぁ!?」」
 当然、アンナとひなたは、抵抗しようとするが、時すでに遅し。
 バス停も駅も見えない田舎の一本道に、放り投げられた。

「ひど~い!」
「タッくんを返して!」

 そんなことを隣りに座る、この破天荒教師が聞く耳を持つもわけなく。
「やかましい! お前らは歩いて帰れ! 新宮は私が責任を持って、取材の相手をしてやる!」
 こちらの意思なんぞ関係なく、勝手に取材が決まってしまう。
 そして、二人を残して、猛スピードで車を飛ばす。

「ははは! さ、新宮。大人の魅力ってやつをたっぷり教えてやるからな」
「……」
 俺、今夜無理やり襲われるのでしょうか? 絶対に嫌です。

 宗像先生とドライブすること、30分ぐらい。目的地に到着。
「よし、着いたぞ。さ、新宮。これが大人の女性のワンルームマンションだ♪」
「え……ここって」
 見慣れた光景、六角形の大きな武道館、Y字型の建物、駐車場。
 間違いない。
 俺が通っている高校、一ツ橋高校だ。
 いや、正確には、全日制高校の三ツ橋高校の校舎である。

 近くでは、
「はーい!」
 なんて、甲高い女子の掛け声が聞こえてきた。
 夏休みだが、部活動はやっているようで。
 運動場や色んな教室から、様々な声や音が漏れている。


「先生……ここ、うちの高校じゃないですか?」
 車を降りて、学び舎である建物を指差す。
「ああん? なに言ってんだ。私の我が家は一ツ橋高校の事務所だ!」
 白い歯をニカッと見せて、親指を立てる。
「ちょ、ちょっと、何をする気なんですか? 勝手に校舎使ったら怒られますよ」
「バカだな、新宮は。確かに三ツ橋高校の建物を無断で使用したりすれば、怒られるよな。でも、あの事務所だけは違う。我が一ツ橋高校が所有している唯一の場所だ。つまりその管理者、責任者であるこの私、宗像 蘭ちゃんなら、泊まろうがナニしようが、無問題なのだ!」
「……」
 
 その後、宗像先生の話を詳しく聞いてみたら。
 以前は近くの安いアパートに一人暮らししていたが、家賃を滞納しすぎて、追い出されたらしく、現在は事務所を自宅として、利用しているらしい。


 裏口から入り、俺は下駄箱に自分の靴をなおして、上靴に履き替える。
 先生は一足先に二階の事務所へと上がっていた。

 俺が下駄箱から階段を登ろうとすると、制服を着た男女数人と遭遇。
「おつかれさまでーす!」
 なんて労いの言葉を頂いた。
「ちっす」
 と軽く会釈して、事務所へと逃げ込む。

 だってもうスクリーングはないし、通信制の一ツ橋高校は終業しているからだ。
 本来なら、この校舎に来るのは、校則違反だと思う。

 久しぶりの事務所だが、相変わらずの殺風景で、全てがボロい。
 デスクやソファー、食器棚。
 貧乏なのが丸分かりだ。

 宗像先生は奥にあった小さな冷蔵庫から、ハイボール缶を二つ持って来て、応接室であるソファーにダイブする。
 二人がけの方だ。

 寝転がってグビグビ飲みだす。
「プヘ~ッ! うめぇなぁ。生徒から搾り取った金で飲む酒はよぉ~」
 最低な人間だ、こいつ。
 俺は宗像先生とは、反対方向の1人がけのソファーに腰を下ろす。
「先生……ところで、こんな環境なのに、よくあんな高級車を乗り回してますね。だって家賃払えないから、事務所で暮らしているんでしょ?」
 そう尋ねると下品な笑い方でこう答える。
「はーっははは! 私がベンツなんて買えるわけないだろ! あれは借りもんだよ」
「ん? 借りもの?」
 嫌な予感がしてきた。
「そうだよ? 三ツ橋高校の校長さ。金持ちなんだよ。あのオヤジ……ムカつくよな?」
「いや、それとこれと、どういう関係が?」
「あのおっさんがさ、自宅に何台も高級車持っててさ。多すぎてたまに高校の駐車場に置いておくわけ。その時にちょっとな♪」
 ちょっとってなんだよ。
「つまり?」
「スペアキー作って置いたんだよ。このこと、内緒だぞ~ 新宮!」
 誰にも言えるか!

 宗像先生が三本のハイボールを飲み終えた頃。
「さ、そろそろ……大人の魅力ってやつを取材に行くか! 新宮!」
「どこに行く気ですか?」
「そうだな。まずは、大人のデートを知りたいだろ? なら、パッチンコだ!」
「……」
 こいつ、そういうことかよ。なんとなく察してきた。
「もちろん、デートなんだから、経費で落としてくれよな♪」
 なんてウインクして、誤魔化そうとしていやがる。

 宗像先生は、アンナやひなたのようにデートを楽しむわけではなく、経費でタダになるからと、俺を利用したに過ぎない。
 クソがっ!

 破天荒な宗像先生だが、さすがにハイボールを飲んだ直後なので、車には乗らず、徒歩で近くの赤井駅に向かうことにした。
 だが、片手にはストロング缶を持って歩く。

「ぷっは~! 良いよなぁ、こう暑い日に愛すべき生徒と共に、健康的なウォーキングデートか。新宮、ちゃんとここ覚えておけよ、小説に使えるだろ?」
 使えるか!
「いや……無理だと思いますよ。というか、本当にパチンコへ行くんですか? 俺、高校生ですよ」
 俺がそう苦言を呈したが、宗像先生は聞く耳を持たず、下品に笑う。
「はーっははは! 大丈夫だっての! この蘭ちゃん先生がそばにいるんだから、安心して、先生のおっぱいに顔を埋めなさい!」
 と言って、頼んでもないのに、気持ち悪い巨乳に俺の顔を押し付ける。
 水着だから、生乳だし、汗もかいている。
 より吐き気が増す。
「先生……ちょっと、やめてもらっていいですか……鳥肌が……」
「なんだぁ? もう興奮しちゃったのか? いいぞ~ 今夜、私がお前を男にしてやっても?」
 自分のことを良いように解釈するな!
「はぁ……」


 赤井町は福岡県の北東部、白山(しろやま)市の中央に存在する地区である。
 元々、福岡県白山郡赤井町だったのだが、色んな村や町が合併を繰り返し、近年、白山市となり、大きな街になった。
 多分、『市ブーム』だったのだと思う。
 福岡県は、福岡市と北九州市がビッグネームすぎて、他の地域は、何々郡というのがダサい、田舎臭い、じゃあ名前変えようぜ! 的なノリで、市になった気がする。
 ミハイルが住む席内市もそうだ。
「波に乗れ、市にぃ~」
 みたいな感じで、流行りだったのだと思う。

 けど、街自体は、とくに変わらない気が……。

 なんて福岡の歴史を振り返っていると。
 赤井駅にたどり着く。
 駅の長い跨線橋を渡って、反対側に降りると、『くりえいと白山』が目に入る。

 白山市の代表的な場所だ。
 20年ぐらい前に開発された複合商業地域であり、またそれを囲むようにたくさんの住宅街が並ぶ。
 赤井町で遊ぶなら、このくりえいと白山が一番だ。

 スーパーのダンリブ、ゲームセンター、100均ストア、飲食店、生活家電、文具……などなど、なんでもありの巨大ショッピングモールだ。

 もちろん、宗像先生の言うパチンコ屋も複数出店している。

「よぉし! 新宮! 勝ちに行くぞ! 酒のみ代が欲しいからな!」
 こんの野郎、やっぱり俺を財布代わりにしやがって。

 宗像先生は俺の腕を掴んで、強引にパチンコ屋へと連れて行く。
 店に入るや否や、すぐに台を決め、俺も隣りの台で一緒に打てと言う。
「ほら、取材だろ? 早く回せ!」
 俺の意思は関係なく、玉貸し機にお札をぶち込まれて、俺の台にも玉が転がってきた。
「先生、まずいでしょ……」
「バカヤロー! 昔から偉人には総じて特徴があるのを知らないのか? 新宮、お前はそれでも作家の端くれか? 飲む、打つ、買う。これを極めない限り、お前は文豪にはなれないぞ?」
 なに真顔で変なウソをついてんだ、このバカ。
「俺は別に、文豪なんて目指してないですよ……」
「ごちゃごちゃ言うな! さ、回すぞ! フルスロットルだ!」
 勝手に回転しとけよ


 しばらく、無言で回し続けること、30分。
 俺の台は大当たり。
 わんさか出るわ出るわ……。
「やるじゃないか! 新宮、お前センスあるわ!」
 隣りでガッツポーズをとる宗像先生。

 近くに立っていたスタッフが俺達に気がつく。
「ちょっと~ 宗像先生じゃないっすか~ 先生はもうこの店、出禁って店長から言われたでしょ?」
 金髪の若い男性が、嫌なものを見てしまったという苦い顔で、声をかけてきた。
「あぁん!? うるさいな、お前……私が来てやったんだ。儲かってしょうがないだろ?」
 どうやら、先生とは顔見知りらしい。
「そりゃ……宗像先生っていつも外ればっかだから、儲かるのは事実っすけど。何回も俺に玉をせびるじゃないっすか? だから店長が出禁にしたんでしょ?」
「なんだと、コノヤロー!? お前、それが恩師に対する態度か? 玉の一つや二つ。男だったら、わけないだろ。もっと出せ!」
 酷い恫喝だ。
「勘弁してくださいよ。俺、もうクビになりそうですよ。いつまでも、生徒と教師の間柄じゃないんですから……」
 どうやら、一ツ橋高校の卒業生のようだ。

「はっ! この店に就職させてやったのは、誰だっけ?」
「え、それは宗像先生っす……」
「だよな! じゃあ、玉をよこせ! はーっははは!」
 鬼だ。
 お兄さん、涙目で新しい玉をたくさん追加してくれた。無料で。
 その際、俺にだけ聞こえるぐらいの小さな声で囁く。

(君、一ツ橋高校の子でしょ? この人と付き合うとろくな人生おくれないよ)
(肝に銘じておきます、センパイ)
 俺は黙って頷き、その先輩と硬く握手を交わした。
 同じ被害者同士として……。

 パチンコでボロ儲けした宗像先生は、
「ヒャッハー! 換金してくるわ♪」
 とスキップしながら、店の奥にある謎の建物に直行。

 俺は先生を待っている間、パチンコ屋の駐車場でスマホを確認する。
 通知が酷いことになっていた。
 アンナの怒涛のL●NEが112件も。
 次にひなたから、電話やメールが数件。

 かなり心配しているようだ。
 返事だけでも打っておくかと、スマホのアプリを開き、メッセージを作成しようとした瞬間。
「おい、なにやってんだ? 新宮」
 と背後から声をかけられた。
「あ、いや。宗像先生、ひなたやアンナに連絡を……」
「必要ない!」
 そう言うと、俺のスマホを取り上げ、電源を強制シャットダウン。
「あ……」
「バカモン! これは没収だ。デート中に女性の前でスマホをいじるなんて、最低の行為だぞ? 取材にならないだろ……それこそ、あれだ。付き合っている女性の目の前で、エロ動画見て自家発電するぐらい失礼だ!」
「ええ……」
 初めて聞いたわ、そんな表現。

 俺はスマホを諦め、宗像先生の言う大人のデートとやらを、再開するのであった。
 先生が次に向かった場所は、ドラッグストア『森林(もりばやし)』だ。
 何か買い物をするのか? と訊ねたが、首を横に振る。
「ま、見ていろ。これが年の功というやつだ」
 入口を抜けてすぐにある、カート置き場で立ち止まる。
 積まれたカゴを一つ一つ持ち上げて中を確認する。
「ちっ、ないな……」
 すると次は、カートを一台ずつ、出しては直してを繰り返す。
「ないな……」
 なにかを一生懸命探しているようだ。

「宗像先生? なにか忘れ物ですか?」
「ああ。ドラ森は500円以上買い物をするとな。福引券が一枚出るんだよ」
「福引券? それがどうしたんですか?」
「たまに要らないって、捨てて行く客がいるんだよ」
 ニヤリと怪しく微笑む。
 乞食じゃねーか。

 カート置き場を諦めた先生は、店内に入っても買い物はせず、また福引券を探し始めた。
「いいか、一番落ちている確率が高いのは、サッカー台だ。買い物終わりの客が商品を詰め終わったあと。捨てて行くんだ。10枚集めないとくじができないからって、諦める奴が多いんだよ。さ、新宮も探せ探せ」
「えぇ……」
 俺と宗像先生はレジ近くで、コソコソと福引券を探す不審者と化してしまう。

 ~10分後~

「新宮、そっちはどうだ? 私は30枚もゲットしたぞ!」
 よくもそんなに拾ったな。
「俺は2枚ぐらいですね……」
 なにやってんだろ、俺。
「そうかぁ、じゃあ、あと8枚でくじが出来るなぁ~ よし、奥の手を使おう! レジの下やサッカー台の下を見てみよう!」
「う、ウソでしょ?」
「バカヤロー! これが大人の生き方ってもんだ。しっかり取材して覚えておけよ!」
 そう言ってかがみ込むと、床の上で四つん這いになり、サッカー台の隙間に手を入れて、探し出す。
 他の客から見たら、ケツをブリッとこちらに向ける痴女だ。
 しかも、宗像先生はローライズのショーパンだから、ちょっと、はみ尻しちゃっている。
「う~ん……おお、あったぞ! 新宮、こっちこっち! お前も速く取れ!」
 もう嫌だ。恥ずかしくて死にそう。

 40枚も集めた宗像先生は満足したらしく、
「くじを楽しむぞ!」
 なんて喜んでいる。

 これって、犯罪なのでは?
 どっかのマンガかアニメで、似たような事をしていたような……。
 あ、アレだ。ジ●ジョのしげちーのスタンドじゃん。

 宗像先生は今日のくじ引きのために、他にもくまなく探しまくったらしく、駐車場や近くの自動販売機の下も這いつくばって、福引券を大量にゲットしたと誇らしげに自慢していた。

「はーっははは! 見ろ、新宮! 100枚だ! ふっ、こんなに集めらるのは、私だけだな」
「でしょうね」
 冷めた目で、アラサーの女を見つめる。
 よく見れば、大半の福引券は、汚れたり、雨で濡れてグニャグニャに歪んでいるもので占めている。
 これ、持って行くのかよ。恥ずかしい。


 店内の奥にあるくじコーナーに向かい、宗像先生は、大量の紙切れをカウンターへと放り投げる。
 若い男性店員が、数えるのに必死だ。
「ひゃ、100枚なので、10回くじを回せます……」
 店員さん、拾っているのに気がついているだろ。めっちゃ、ドン引きじゃん。
「はーっははは! そうかそうか、新宮。今日は先生のおごりだ。お前が回していいぞ。その代わり、商品は全部先生がもらうからな!」
 いらねーよ。
 並べられている商品がそんなに大したもんじゃないもん。
 ティッシュ、トイレットペーパー、シャンプー、タオル、アメとか……。

 俺は抽選器を計10回も連続で回した。
 こんなに回すの、生まれて初めて。
 玉が出る度に、店員がベルを鳴らす。
「一等大当たり~! トイレットペーパーでーす!」
 なにこれ、全然うれしくない。
「……」
 無言の俺に対し、宗像先生はその場でジャンプして大喜び。
 もちろん、バカみたいにデカい乳がブルンブルン震えて。
「しゃあーっ! これでトイレに困らないな!」
 その後も、シャンプーが当たったり。
「よっし! でかした、新宮。これで髪のパサつきが、しばらく無くなるぞ!」
「……」
 なんか一周回って、この人が可哀想に思えてきたのは、俺だけでしょうか?

 宗像先生は、ドラッグストアで大量の生活必需品をゲットして大喜び。
 店から外に出ると、もう陽は暮れ、辺りは真っ暗になっていた。

「うーん! いい大人のデートが出来たな~ 新宮」
「え、今までのデートなんですか? 大人の中で?」
「あん? そりゃそうだろ……大人ってのは、ガキと違って、必死に毎日を生きるもんだ。それこそ、這いつくばってもな」
 あんた、文字通り、這いつくばって福引券を漁ってたもんな。
 間違ってはないよ。

「さ、ショッピングデートは済んだし、次はロマンティックなディナーデートと洒落込むか♪」
「ディナー? どこかで夕食ですか?」
「ああ、私の行きつけの店でな。あそこに行けば、どんな女でもイチコロだぞ♪」
「へぇ」
 なんだろ? イタリアンレストランとかかな。

 
 くりえいと白山を出て、赤井駅に戻る。
 駅周辺には、小さな飲食店がたくさん並んでいて、夜だから看板や提灯に灯りがついている。
 主に赤井町の住人やサラリーマンが、仕事帰りに一杯といった感じの大衆食堂や居酒屋が多い。
 俺の住んでいる真島商店街とあまり変わらないな。
 しかし、最近は時代ということもあって、田舎でも若い人々が狭い敷地を活かして、お洒落な店を開店している。
 小規模でも流行れば、充分儲けられるんだから、すごいよな。
 要は工夫だ。

 しばらく、先生と一緒に歩いていると、一つの店の前で立ち止まる。
「さ、着いたぞ」
「え……ここですか?」
「はーっははは! しゃれとーだろ?」(洒落ているだろ?)
「いえ、普通ですばい」(普通ですね)
 宗像先生が急にコテコテの博多弁を使ってきたので、俺もエセ博多弁で突っ込む。

 店の名前は、『やきとり、鳥殺し』
 酷いな……鳥さんたちに謝れよ。

 どこが洒落ているんだ? ただの居酒屋、焼き鳥屋じゃないか。

 困惑する俺を無視して、先生は店の赤いのれんをくぐり抜ける。
「おおい! 来てやったぞ! 今日はカレシも連れてきたからな!」
 誰が彼氏だ!
 店内に入ると、がたいの良い若い男性店員が何人もいて、大きな声で俺達をおもてなし。

「「「いらっしゃいませぇ~ どうぞ、どうぞ!!!」」」

 バカみたいに叫ぶので、思わず耳を塞いでしまう。
 店員たちは、皆同じ色の黒いTシャツを着ていて、黄色の文字でデカデカと店名である『鳥殺し』とプリントされていた。

 小さな店だが、活気がある。
 炭で肉を焼いているため、少し煙が目に染みるが、それよりもチリチリと立つ音が心地よく、また店中に漂う旨そうな香りが、腹の音を鳴らす。

 俺達は、カウンターに通された。

 店員からおしぼりを受け取った宗像先生は、メニューを見もせず、一言。
「いつものくれ、二人分」
 なんて常連ぶりをアピール。
「はいよ! 宗像先生! いつもあざっす!」
 若い大将だ。金髪のお兄さん。まだ20代前半か。
 周りの店員もみな同じぐらい。
 なんていうか、元ヤンって感じの風貌。
 だが、感じは悪くない。

「新宮。お前はなにを飲む?」
「え、俺ですか? じゃあ、アイスコーヒー、ブラックで……」
 と言いかけたら、先生に一喝される。
「バカヤロー! そんなもん、居酒屋にあるか! 酒を頼め!」
「い、いや、それは……俺、まだ未成年ですよ?」
「関係ないだろ! 今はデートという設定なんだ! 私と飲め! 大人のデートを味わないとちゃんとお前は小説に還元できないんだろ? じゃあ、飲め!」
 なんて無茶苦茶な発想だ。
 しかも、教師の言う事じゃない。

「ですが……法律は守らないと……」
「うるせぇ! タマの小さい野郎だ! もういい。私が頼む。おい、ハイボールを二つくれ!」
 勝手に頼まれてしまった。

 俺達の会話を聞いていた大将が苦笑いで「あいよ」とハイボールを作り出した。
 マジで作るの?

「お待ちどう!」
 ドンッ! とデカいジョッキがカウンターに二つ置かれた。
 
「キタキターっ! これと焼き鳥が合うんだよぉ~」
 涎を垂らすアラサー教師。いや、ただのアル中。
「これ、マジで飲むんですか……」
「そうだよ! さ、乾杯するぞ!」
 反抗すると殺されそうなので、とりあえず、ここは彼女に合わせ、乾杯してあげる。
 まあ、あれだ。ひと口飲んだ振りして、逃げるしかない。

 恐る恐るジョッキに唇を近づけると、なにか違和感を感じる。
 香りだ。
 これは……ジンジャーエール?
 舌で舐めてみる。
 確かにジュースだ。アルコールは感じない。

 カウンターの奥で焼き鳥を仕込んでいる大将の方を見つめていると、俺に気がついたようで、ウインクしてきた。

 近くにいた別の店員が耳打ちしてくる。
(あのさ、一ツ橋の生徒でしょ? 大丈夫、宗像先生に付き合わなくていいから。それ、ジュース)
(え、まさか。卒業生の方ですか?)
(うん。この店の従業員、みんなそうだよ)
(あ、あざーす)

 危うく犯罪を犯すところだった。
 先輩たちに救われたよ……ありがとう。

 居酒屋に入って、二時間ぐらい経ったか。
 他にも数人の客が酒や焼き鳥を楽しんでいたが、カウンターには誰一人として、近づかなかった。
 みんなお座敷に座っていた。いや、逃げたのだ。
 その元凶は、俺の隣りにある。

「うお~い! おい、おいって! 聞いてんのか? このタコ!」
 角瓶をラッパ飲みして、店の大将を煽るアラサー教師、宗像 蘭ちゃん。御年28歳。
「な、なんすか、宗像先生……」
 肉を焼いたり野菜を刻んだり、手際よく働いているのに、この隣りの酔っ払いが一々文句を言ってくるから、大変だ。
「おめぇよ~ この店、ちゃんと売れてんのか? 出世払いったろ! 早く金返せ! 返さないと店にガソリン巻いて燃やしてやるからな!」
 酷い恫喝だ。ヤクザじゃん。
「ちょ、ちょっと勘弁してくださいよぉ……他のお客さんもいるんですから。それにおかげさまで儲かってますよ。借金なら必ず返しますんで。ほら、このぼんじりでも食べてください。サービスなんで、お代は取らないんで」
 と言って、ぼんじりを二つカウンターに置いてくれた。

「うひょお~ これにハイボールが合うんだわぁ~」
 そう言って左手に角瓶、右手に炭酸水を持ち、交互に口の中に流し込む。
 意味あるのか、あれ?

   ※

「んがががっ……」
 ハイボールをダブルで8杯。角瓶1本を飲み干した宗像先生は、とうとう寝落ちしてしまった。いや、寝てくれてありがとう。
 店が大変静かになりました。

 俺は一人、カウンターで焼き鳥を楽しむ。
 うん、うまいなぁ。
 ジンジャーエールと砂ずりは。

 なんて思っていると、大将が俺に話しかけてきた。
「ねぇ。宗像先生、もう寝た?」
「あ、もうこいつはグッスリ寝てますね。すいません、なんか色々とうるさい客が来て」
 生徒の俺が謝っておく。
「いやいや、先生は常連さんだし、俺らこの店を開業する時、宗像先生が色々とやってくれたから……この人に一生頭が上がらないよ、ハハハ」
 なんて照れ隠しのつもりか、頭に巻いていたタオルを撫でている。
「宗像先生がこの店に何かしたんですか? そう言えば、さっき借金がどうとか……」
「ああ、そうだよ。この店の開業資金は、先生が用意してくれたんだよ」
 俺は手に持っていた串を、ボトンと皿に落としてしまう。
 深呼吸した後、顎が外れるぐらい口を大きく開いて、叫び声をあげた。

「えええええ!?」

 俺の悲鳴に、店中の人間から視線が集まる。
 大将は苦笑いしていた。

「本当だよ。この人って無茶苦茶な生き方してるでしょ? でも、生徒には基本、優しい人なんだ。俺らが『銀行から融資してもらえない』って相談したら、宗像先生が色んなところで借金してくれてさ。前科もん就職できない俺達のためにって、ポンと大金を出して来てくれたんだ。無担保、無利子でね」
「ウソだあああ!」
 信じられない。
 あの破天荒で自分本意なポンコツ。クソバカ教師が、そんな聖人君子みたいなことをしていた、だと……。
 じゃあ、俺たち在校生にも、その優しさをくれや!

 大将の話はまだまだ続き。
「ちょっと店を出てみない?」
 なんて外に誘われる。
 彼が言うには、見せたいものがあると。

 近隣の商店街だ。
「あの店見える?」
 大将が指を指した方向は、道路を挟んで反対側の小さなお店。
 もう夜だから、閉店しているが、トレーディングカードの販売店みたいだ。
「ん、あれがどうしたんですか?」
「そのトレカショップも、俺達と同じ一ツ橋の卒業生が経営してる店なんだけど。あれも開業資金は宗像先生が用意したんだよ」
「う、ウソだ! ウソだウソだウソだ!!!」
 俺の脳内は大パニック。
 膨大な情報が処理能力に追いつてこない。

「ホントだって。あと、その二件隣りのゲーセンも宗像先生が作ったようなもんだよ。ひきこもりとかオタクの卒業生がなかなか就職できないって嘆くから、『じゃあオタクが来る店を作るかっ!』てね。トレカとゲーセンは卒業生の職場だけど、憩いの場でもあるんだよ」
「んん……ぐはっ!」
 ちょっと余りの聖人っぷりに吐き気がしてきた。
「他にも先生は、積極的に子供たちへ色んな施設や場所を作っているんだよ。俺も昔ヤンチャやっててさ。シンナー中毒だったんだよ……。そん時、更生施設みたいなのを宗像先生が作ってくれてさ。元ヤンの卒業生達が管理していて、同じ境遇だから、気持ちわかるじゃん? だから、俺もそこで治療しながら、一ツ橋に通っていた感じだよ、ハハハ!」

 いや、あの人ってそんな裏の顔があったの?
 俺、詐欺にあってないよね? 本当に同じ人?

「な、なぜそこまで、宗像先生は他人のために金や労力を消費するんですか?」
 素朴な疑問に、大将は眩しいぐらいの笑顔でこう答える。
「それがあの人の楽しみだからだよ」
「……」
 なにも反論できなかった。
 良い人過ぎて、俺が生きている価値が見いだせないぐらい。

 大将はまだ話を続ける。
 宗像先生の聖人ぷりを。

「他にもやっているよ? ヤンキーとか半グレだけじゃないじゃん? ひきこもりとかニートのためにグループホームを作ったり、その子たちが在宅でも勉学や仕事が出来るように、色んなやり方を常に模索している教師の鏡みたいな人だね。俺達のために多分、相当な借金を抱え込んでいるよ、きっと。だから、俺はあの人の想いに応えるため、この店でバリバリ働いて、借金を返すのが、夢さ」
 なんて語りまくった後に、親指を立ててウインクしやがった。
 元ヤンのジャンキーのくせして……くっ! 憎めない!

 まぶしい! 眩しすぎる!
 こんな奴が目の前にいたら、もう俺溶けて死んじゃいそう……。

 宗像先生の裏の顔を知った俺は、動揺を隠せずにいた。
 店内に戻って、その本人を見つめる。
 カウンターに涎を垂らして寝ているこのアホが、そんな優しい教師だったなんて……。


 しばらく待っても宗像先生は、起きることが出来なかったので、店の大将が車で送ってくれるという。
 俺はさすがに悪いと断ろうとしたが、彼は笑顔で「いつものことだから」と手慣れた感じで、先生を抱え店裏の駐車場まで案内してくれた。
 いびきをかいている宗像先生を、後部座席に寝かせて、俺は助手席に乗せられた。
 大将の母校でもある一ツ橋高校へと車を飛ばす。

「いやあ、今日の宗像先生。かなり嬉しそうだったよ」
「え、そうですか?」
「うん。きっと君が一緒にいたからじゃない? 幸せそうな顔をしてたよ」
 あれのどこが?
 ただ、ハイボールをがぶがぶ飲んで、文句垂れてただけじゃん。


 大将は、高校の駐車場に車を停めると、先生をまた抱きかかえ、わざわざ二階にある事務所まで連れて行く。
 二人がけのソファーに先生を寝かせて「じゃ」と去っていった。

「ふごごご! クソが……パチンコ勝てねぇじゃねーか……」

 腹をかいて寝言を言っている。
 こんなバカが……ね。
 人は見かけによらないもんだな。

   ※

 一時間後、先生はなにを思ったのか、いきなりソファーから飛びあがる。
「ハッ!? また記憶飛んでる!?」
 反対側のソファーに座っていた俺はその姿を見て、ため息をつく。
「焼き鳥の大将がわざわざ送ってくれましたよ……」
「ほう。ところで、領収書もらっておいたか?」
「え、まあレシートなら……」
「でかした! あとで今日使ったやつ、全部お前に渡すから、白金に経費として落としてもらえよな♪」
 ただギャンブルと酒に使っただけじゃねーか!
 どこが取材で、どこが大人のデートなんだよ!
 なんの勉強にもならんかったわ。

 
「ところで新宮。お前、風呂に入りたくないか?」
「え? どこで入る気ですか……まさか、三ツ橋の部室のシャワールームを勝手に使う気ですか?」
 もうこの人の思考、読めてきたよ。いい加減。
「失礼な言い方をするな! こんな暑い夜だ。もっとお洒落な大浴場に行こう♪」
「だ、大浴場?」
「うむ。私に任せろ。さ、着いて来い!」
 嫌な予感マックスだが、とりあえず、黙ってついていく。

 誰もいない静かで真っ暗な校舎を二人して歩く。
 先生が言うには、以前ミハイル達と一泊した食堂の近くに浴場はあるらしい。
 階段を降りて、校舎を出て目の前に食堂はあった。
 そのすぐ裏に二階建ての大きな建物が見える。

 近寄って正面から見てみると、大きな看板が目に入った。
『三ツ橋アリーナ』
 
「なんですか、ここ?」
「ああ、通信制ではあまり使ってないから、わからないよな。ここは普段、水泳部が利用しているプールだ! 夏には持って来いの大浴場だろ!」
 んなことだと思ってたよ……。

 俺と先生は、階段を昇って、二階の入口からプールへと向かった。
 途中、男女別々の更衣室へと別れる。
 あ、水着とか持ってないけど、どうするんだろ?
 まさか、裸で入る気か!?
 
 と思っていたら、宗像先生が勝手に男子の更衣室へとずかずか入り込む。
「ちょ、ちょっと! こっちは男子の方でしょうが!」
「ああん? お前のイカ臭い股間なんて興味ないわ! それより、これ使え」
 そう言って差し出したのは、一枚の競泳水着。いわゆる、海パンてやつだ。
「いいんですか? 人のでしょ?」
「大丈夫だ。忘れていった奴が悪い。どうせ、あとでショタコン向けにネットオークションで出品しようと思っていたモンだから」
 この人、本当に生徒想いの良い先生なんですよね?
 さっきの話を聞いても、同じ人に見えないのだけど……。