先ほどのリキとの『ドッキング』疑惑で、俺は日田の兄弟ともう仲良くできないかもしれない。
まあ、いつか誤解は解けるだろう……知らんけど。
攻め役を演じてしまったリキ本人は、なんのことか、さっぱりらしく。
「変な奴ら」と首を傾げていた。
俺は受けの人だとは思われたくないので、リキに「話の続きはホテルの部屋で聞くから」と先に露天風呂から出た。
というか、逃げたんだけど。
※
浴衣姿になると、俺は更衣室を出て元の道を辿る。
エレベーターを使って、二階に降り、ゲームセンターと売店が見えたところで、スマホのベルが鳴る。
アイドル声優の『YUIKA』ちゃんの可愛らしい歌声……耳の穴から身体癒されるぅ~
じゃなかったと、着信名を確認すると、古賀 アンナ。
「ん!?」
思わず、スマホの画面を二度見してしまった。
だって今、俺たちがいるのは、福岡県から遠く離れた街、大分県別府だ。
古賀 ミハイルがここにいるのは、わかる。
だが、アンナはこの場にいない設定のはずだ。設定上。
とりあえず、電話に出てみる。
「もしもし?」
『あっ、タッくん☆ アンナだよ、久しぶり~☆』
偉くテンションが高いな。
「ああ、久しぶりだな。どうした? 取材の件か?」
『うん☆ 取材しよ! 今から……』
「は? アンナ、悪いが俺は今、別府に来ていて……』
言いかけている途中で、眼前がブラックアウトする。
そして、少し冷たくて柔らかい感触を感じた。
甘い石鹸の香り……。
「だーれだっ!?」
今日日、やらない行為だな。
「まさか……アンナか」
「せーいっかい☆」
俺が当てたご褒美に、視界が解放される。
瞼をこすってみる。
そこには、正真正銘の金髪美少女が立っていた。
長い金色の美しい髪を、肩から揺らせて。
頭には大きなピンクのリボンのカチューシャ。
上から真っ白なノースリーブのブラウス。
パールバックルベルトがついたミニ丈のフレアスカート。
白くて透き通るような細い脚を拝める。
足もとは、温泉には似合わないガーリーなデザインのリボンサンダル。
間違いない。
こんな天使はこの世に一人しか存在しない。
俺の大事な取材対象、アンナだ。(♂)
「タッくん☆ 来ちゃった!」
「は……?」
ちょっと、軽く脳内がパニックを起しているのだが?
なぜ、一ツ橋高校の卒業旅行にアンナが参加しているのだ……。
いや確かに、ミハイルが一緒なのはわかっている。
彼女がこの学校の情報を知っていると言うのは、解せん。
「タッくん、ここで取材していこ☆」
「ちょ、ちょっと待て! アンナ、どうして、ここにいるんだ?」
ここは設定を守らないと今後、おかしくなる。
「え……?」
額から滝のような汗を吹き出す。
「だって、ここは別府だ。同級生のミハイルは来ているが、何故、部外者のアンナがホテルにいる?」
そうじゃなきゃ、アンナちゃんストーカー説。
「そ、それはね……そう! ヴィッキーちゃんに教えてもらったからだよ☆ だから、ミーシャちゃんと一緒に来たの! ば、バスは別だったけどね……」
なんと苦しい言い訳だ。
「なるほどな。だが、今もう夜の9時だぞ? アンナ、今日はどこに泊まるんだ?」
「ミーシャちゃんと同じ部屋だよ☆」
ファッ!?
全て、謎は解けたぞ!
松乃井ホテルに着いた時、俺が宗像先生に、ミハイルの部屋を訊ねたら……。
『ああん? 古賀のことか。あいつは家族と一緒に泊まるって言うから、事前に部屋を決めておいたぞ』
と語っていた。
そして、登校時、異常に大きなリュックサックの中身は、この為だったのか!?
「ふむ……了解した。じゃあ取材と行くか」
「うん☆ タッくん、イルミネーションに観に行こうよ!」
「ああ」
まったく、困った取材相手だな。
※
俺とアンナは仲良く、ホテルのバスに乗り、長い坂道を下っていく。
外はもう真っ暗だが一際目立つ、煌びやかなイルミネーションが見えてきた。
松乃井ホテルの道路沿いに、キラキラと輝くライトアップされた美しい木々。
それに光りのトンネルや、お姫様が乗っていそうなかぼちゃの馬車。
可愛らしいクマさんやウサギさんがお出迎え。
色とりどりの鮮やかなイルミネーションが作りだしたこの場所は、まるで別世界。
日本ではない、ファンタジーの世界に迷い込んでしまう錯覚を覚える。
バスから降りると、アンナが俺の手を引っ張って、駆け寄る。
「タッくん、見て見てぇ! すごく、キレイだよ~☆」
「あ、ああ。確かに壮観だな……」
俺はイルミネーションよりも、その灯りに負けないぐらいに輝いている彼女のグリーンアイズに見惚れていた。
なんだか、変な気持ちになってきた。
リキが言っていたように、女が非日常的な光景に弱いってやつは、本当のことなのかもしれない……。
今日はホテルも背後にある。
あれ、俺ってば、今宵、童貞を捨てられるフラグ立っちゃった?
いや……無理だって。相手は男だよ。
煩悩を振り払うために、頭を左右にブンブンと強く振り回す。
「タッくん? どうしたの? 調子悪い?」
「いや、別府にまで、アンナと一緒に来れて……感激していたんだよ」
「そっかぁ☆ アンナも同じ気持ちだよ☆」
小悪魔的な笑顔を魅せてくる。
イケるの? 『いいよ』って合図出してるんの?
ど、ど、どうしよう……『大事なもの』も用意してないし……。
俺は一人頭を抱え、脳内で理性と野生が壮絶な戦いを繰り広げる。
その場で、ジタバタしていると、誰かが俺たちに声をかけてきた。
「お~う、琢人じゃねーか!」
光りのトンネルの奥に、かぼちゃの馬車の前で、一人の男が見えた。
長テーブルの上には、大きなクーラーボックスが何個も置いてある。
そして、テーブル下に白いのれんがかかっている。
『美味しくて冷たいアイス販売中♪ トッピング豊富♪ お肌にも優しいオーガニック』
そんな健康的な文言とは、似合わない販売員がテーブルの後ろに立っている。
ストライプに刈り上げた坊主頭に、両腕に龍と虎のタトゥー。
間違いない。見た目シャブ中の売人。善良な福岡市民の夜臼先輩だ。
「わぁ、アイスだって! 美味しそう☆ タッくん、一緒に食べようよ☆」
「え、ちょっ……」
アンナに手を引っ張られて、光りのトンネルを通り抜ける。
その先で、夜臼先輩は、怪しく微笑んでいる。
可愛らしいアイスのプリントされたエプロンをかけているのだが、余計に誤解されやすい。
だが、俺は戸惑っていた。
それは、今隣りにいるのが、古賀 アンナだからだ。
ミハイルを知っている人物に出会えば、女装しているとはいえ、正体がバレるのではないか……。
それだけは、避けたい。
彼女を傷つけたくないから。
「ヘッヘヘヘ……琢人も隅におけねぇじゃねーか? 童貞だと思ってたけど、こんなカワイイ彼女がいるんなんてよ、ウッヒヒヒ!」
笑い方が怖い!
俺の心配は必要なかったようだ。
「カワイイだなんて~☆ うれしい~」
恥ずかしがる女装少年。
「あ、いや。彼女ではないですよ……」
一応、弁解しておく。
「はぁ? 琢人……おめぇ、女の子に恥をかかせる気か! 俺りゃあ、そういう中途半端な野郎が大嫌いなんだよ!」
珍しく怒られちゃったよ。
「す、すみません。今、まだ彼氏彼女未満みたいな関係でして……」
「ほーう。そうかぁ……なら、好都合だべ!」
「え?」
「俺りゃあのアイスを食ってきな! この一つのアイスを二人で仲良くイルミネーション見ながら食えば……ヒッヒヒ。飛ぶぜ? 天国へな」
ドヤ顔してるけど、ただのお節介なおじさんじゃん。
夜臼先輩を見ても物怖じせず、アンナは注文を始める。
「えっと、アンナはチョコアイスが好きだけど、タッくんはバニラが好きだから……」
「アンナちゃんって言うのか? ヒッヒヒ……カワイイ顔して、経験済みなのか。こりゃあ、売人の血が騒ぐってもんだ」
アイスのね。
「俺りゃあ、琢人のダチでよ。夜臼 太一ってんだ。よろしくな、アンナちゃん。ウッヒヒヒ」
なんで一々、この人の喋り方って誤解を招くのだろう。
「あ、古賀 アンナって言います。ミーシャちゃんのいとこです☆」
「ほぅ、ミハイルの親戚か。なら、サービスだぜぇ。チョコとバニラを一つのコーンにダブルでいいかぁ? ヘッヘヘヘ、これなら、仲良く食べれるぜぇ?」
「じゃあ、それでお願いします☆ 夜臼先輩☆」
「ウッヒヒヒ、琢人。いい子じゃねーか」
あんたもいい人だね。
「あとよ、新作も売ってんだぜ? ヘッヘヘヘ……乾燥させた『野菜』だぁ、ウッヒヒヒ!」
そう言って、テーブルの下から出したのは、確かに乾燥野菜のニンジン、オクラ、レンコン、トマトなどなど。
「野菜本来の甘みだからよぉ、太りにくいし、健康的でよぉ。お肌にもいいんだぜぇ~ 今なら安くしてやるよぉ~ 末端価格にして100グラム88円だぜ、ヘッヘヘヘ!」
正当な価格では?
「お肌にいいんですかぁ☆ じゃあ、おみやげに1キロください☆」
交渉成立しちゃった、合法的に。
夜臼先輩から、合法的に買い物を済ませた俺とアンナは、仲良くかぼちゃの馬車の前で、アイスを食べることにした。
一つのアイスを交代でパクッと食べては、相手に「ハイッ」と口に向ける。
あれ……普通に、間接キスどころか。唾液交換してない?
な、なんだか、興奮してきた。
アンナと言えば、そんな俺のやましい気持ちなど知らず……。
イルミネーションを子供のように、喜んで見ている。
「キレイだねぇ、タッくん……。なんか『夢の国』の世界みたい~☆ こんな景色を見ながら、タッくんと一緒にアイス食べれて、幸せぇ☆」
そう言いながら、視線は落とさず。
「ペロッ、んふっ。ペロペロッ……ごっくん!」
というエロい咀嚼音。
ヤバいヤバい、俺の理性さんがどこかに旅立ちそうだぁ!
アイスは夜臼先輩の計らいで、左側がチョコ、右側がバニラだ。
だが、アンナの視線は、イルミネーションに釘付けのため、『境界線』からはみ出て、食べてしまう。
真っ白なバニラのクリームに、赤い口紅の色が混ざる。
こ、これは!
自然現象によって起きたラズベリーアイスだ。
思わず、生唾を飲み込む。
「ハイッ。タッくんの番だよ?」
コーンを口元に近づけるアンナ。
「ああ。い、いただきますぅ!」
なぜか敬語でかぶりつく。
舌の中でとろけるバニラクリームと、ほのかに残るルージュの香り……。
なんてこった。
超おいし~♪
「どうしたの、タッくん? やけに嬉しそうだね?」
見透かされたように感じたので、咳払いでごまかす。
「お、おっほん! いやぁ、幻想的な夜景と共に、食べるアイスは格別だと思ってな。小説の取材に使えそうだ」
そして、俺のおかずにも!
「なら良かったぁ☆ アンナも一緒に来た甲斐があったよぉ」
無邪気に笑う彼女に、妙な罪悪感を感じる。
※
アイスを食べ終えて、しばらくイルミネーションを眺めたあと、俺たちはホテルの中に入った。
ホテルにも土産屋が数件あって、アンナが見ていきたい、と言ったからだ。
彼女は店の中で、主にお菓子やぬいぐるみなどを物色していた。
俺と言えば、こういうのにあまり興味がないから、ちょっと離れた場所から、アンナを見つめている。
ふと、振り返ると、ロビーが目に入る。
夜の10時を過ぎたせいか、辺りは静まり返っていた。
フロントも夜勤のスタッフが一人いるぐらい。
客はみんな自室に戻ったのかも。
そう考えていると、二人の人影が目に入る。
フロントの反対側にチェックインなどの際に、客が待機するスペースがある。
ソファーがいくつもあって、そこで受付や会計を待つ時に使うものだ。
今は夜遅いから、もう客などいないのだが。
浴衣姿の男女が二人。
スキンヘッドの大男とショートボブの小柄な女。
少し離れた距離で、肩を並べて座っている。
「ん、あれ。リキとほのかじゃないか……」
そう呟くと、いきなり背後から誰かが囁く。
「ホントだ……リキじゃん」
振り返れば、怪しく微笑むアンナが。
「アンナ? お前、なんでリキの名前を知っている?」
さりげなく、突っ込んでおく。
俺の問いにうろたえだすアンナ。
「え、え、え? リキくんのことは、ミーシャちゃんから聞いてるから、ね。面識はないけど、昔から友達だって……」
「なるほど」
そういうことにしておいてやるか。
ということで、今から俺たちは、『ステルスミッション』を開始するのであった。
成り行きで、俺とアンナは、後ろから、一連の行動を見届けることにした。
というか、アンナが悪ノリして「ねぇ、あの二人。いい感じだって、ミーシャちゃんから聞いたよ☆ 応援してあげようよ☆」と提案したからだ。
だから、今の俺たちは、大きな柱の裏で姿を隠している。
首だけ出して。
上からアンナ、俺の順番で、目の前のソファーをのぞきこむ。
完璧ストーカーじゃん。
「あの、千鳥くん……。話ってなに?」
どことなく、ぎこちないほのか。
それに対して、リキは前のめりで興奮した様子だ。
「わ、わりぃな。ほのかちゃん。こんな夜中に呼び出してよ」
ツルツルのスキンヘッドが汗ばんでいて、蛍光灯の明かりに照らされる。
ピカピカでよく目立つ。
「いいけど……」
いつものほのかとは、どこか様子が違う。
なにか警戒してるように見える。
「いけいけっ! 今だよ、リキくん☆」
頭上でめっちゃ楽しそうなアンナちゃん。
「しかし、この感じ。まだ時ではないんじゃないか?」
「ダメだよ、タッくん! そんな弱気じゃあ! この恋、絶対に死んでも、相手を殺してでも成就させないと!」
「え……」
それ、もう心中じゃん。
死んだら相思相愛になれないでしょ。
彼女の発言に呆れはしたが、俺も見ていてドキドキしてきた。
他人が告白するシーンなんて、滅多に拝めないからな。
「あの……そのよ。俺、実は一ツ橋高校に入ってさ。あんまり、自信なかったんだよ。この高校にずっといれるかってさ。前の高校はケンカで中退しちゃって……」
うわぁ、なんか思ったより、重めな感じの告白だわ。
てか、ケンカで退学かよ。マジでヤンキーじゃん。
「うん」
「でも、ほのかちゃんと出会って、学校が楽しくてさ。ちょっとずつだけど、勉強とかスクリーングもやる気出てさ。卒業まで頑張れそうなんだよ……だからさ、だから……」
男らしくねぇな。バシッと言っちまえよ。
「うん……」
ほのかのテンションはどこか落ちているな。
嫌な予感がする。
「ああ、ごめん! 俺、ちょっとなに言っているか、わかんねーよな……」
「私も中退したから、気持ちはわかるよ」
真剣な顔でリキを見つめるほのか。
だが、彼も負けじと、じっと見つめ返す。
「シンプルに言うわ! 俺、ほのかちゃんが好きだ! もし良かったら、付き合って欲しい!」
「……」
静まり返るロビー。
なんだ? こっちにまで重たい空気が漂ってくる。
真夏だというのに、急に寒気が。
リキの男らしい告白に、黙ってうつむくほのか。
「どうかな? ダチからでもいいんだ?」
沈黙が続くためか、彼は場を和ませようと必死だ。
「……あのね、嬉しいんだけど」
視線は床に落としたまま、喋り出すほのか。
「う、うん! お、俺じゃ、やっぱりダメかな?」
「この際だから、千鳥くんにもハッキリ伝えておくね……」
そう呟くと、何を思ったのか、彼女は急に立ち上がる。
ソファーに残されたリキは、驚いた顔でほのかを見上げていた。
「え?」
「私ね……ずっと黙っていたの。宗像先生。琢人くんやミハイルくん。あの人たちには、なぜか自然と本当の自分をさらけ出していられるけど。普段は、隠しているの」
「な、なにを?」
グッと拳を作ると、ソファーに座っているリキを鋭い目つきで睨みつけた。
「私は……今。夢で忙しいの! 絡めることしか、考えてないの!」
「か、からめる? えっ? えっ……」
言葉の意味を理解できてないリキ兄貴。
柱の後ろで聞いていた俺も思わず……。
「ブフーーーッ!」
大量の唾を吹き出してしまった。
なに言ってんだ、ほのかのやつ。
あれじゃ、断ったことに気がついてないぞ!
俺とは違い、アンナは至って冷静で。
「チッ! 失敗しやがって、リキめ」
おいおい、ミハイルくんが漏れてるよ。
腐女子をカミングアウトしたほのかの目に、生気が湧き出す。
「千鳥くんには悪いけど、私。ショタっ子とおじさんでめっちゃ忙しいの!」
そう言い残すと、彼女は満面の笑みで、その場を去っていった。
「え、え、え? どういうこと?」
一人取り残されたリキは、困惑した様子で、やんわり断られたことに気がついてない。
ほのかがこちらに近づいてきたので、俺はアンナの手を引っ張って、別の柱にコソコソと逃げ移る。
エレベーターに向っていくほのかを、確認し終えると、リキの後ろ姿が目に入った。
「からめる? キャラメルのことか? しょうた? おじさん? なんなんだ?」
リキ兄貴、かわいそう!
だが、ここで俺が声をかけるのも、なんだか彼のプライドを傷つけそうだ。
そっとしておこう……と、思ったら、隣りにいたアンナが、ずいっと身を乗り出す。
なにを思ったのか、リキの方向へとツカツカと音を当てて、歩き始めた。
「ねぇ、リキくん」
「え……だれ?」
真っ青な顔したリキに対して、アンナは優しく微笑む。
てか、マブダチのくせに、女装がバレてない。
「はじめまして。私、古賀 アンナって言います。ミーシャちゃんのいとこです」
ファッ!?
あいつ、自ら墓穴堀りに行きやがった。
予想外の行動に俺もソファーに駆け寄る。
急いで止めないと、アンナの正体がバレてしまう。
「おい、アンナ! リキとは初対面だろ? 失礼じゃないか……」
設定を守れよ、と彼女の肩を掴むが、逆に冷たい視線で睨みかえされた。
「タッくんは黙ってて」
「は、はい」
こ、怖えぇ……。
「俺、フラれたのかな……」
ツルピカ頭を抱え込む剛腕のリキ。
「ううん! まだフラれてないよ☆」
ファッ!?
嘘つく気かよ。そこまでして、あの二人をくっつけたいのか!
「え、マジなの。アンナちゃん?」
「同じ女の子だから、あの子が言っていた意味がわかるよ☆」
お前は男だろ!
「ほ、本当に?」
すがるようにアンナの手を掴む、リキ。
「大丈夫、安心して☆ あの子が言いたいのは『絡めたい』てこと、つまり男同士の恋愛マンガを描きたいから、今は忙しいってことなんだよ☆」
間違ってはないけど……。
「つまり、どういうことなんだ?」
「リキくんが取材をすればいいんだよ☆ あの子が喜ぶこと」
「やるよ、なんでもやるから、頼む! 教えてくれ!」
「それはね……リキくんが知らないおじさんと仲良くなることだよ☆」
もうやめてあげてよ、俺のマブダチなんだからさ。
超絶腐女子の北神 ほのかに告白して、無惨に散ってしまった千鳥 力だったが。
なんとマブダチであるミハイル。いや正体を隠している女装男子アンナちゃんから、
「まだチャンスはあるよ☆ 取材してあげたらいいんだよ☆」
と優しく彼の手を握る。
取材と言っても、彼女のいう取材とは、ほのかの描くBLマンガのために『同性愛』。
つまり、リキ自身が見知らぬ、おじさまと仲良しすれば、きっと腐女子の彼女は振り向いてくれる。
そう提案したのだ。
理解できていな当のリキと言えば、希望を見出したかのように、瞳をキラキラと輝かせる。
「ありがとな! アンナちゃん! 俺も取材を頑張ってみるぜ!」
やる気出すなよ、リキの兄貴……。
「うん☆ リキくんなら絶対ほのかちゃんと恋仲になれるよ☆ ていうか結婚できると思うの☆」
生涯、苦労すること間違いなし。
「おお! じゃあ、さっそく取材のために、なにをすればいいかな?」
すると、アンナは俺の方を見つめる。
怪しく微笑んで。
「タッくん☆ 教えてあげてね」
「は、はい!」
目が笑ってないから、怖すぎる。
とりあえず、俺はリキと携帯電話の番号とメルアドを交換し、後日連絡するとだけ言っておいた。
あんまり関わりたくないけど……。
※
意気投合したリキとアンナは、両手で握手を交わし、
「お互い頑張ろうぜ!」
「頑張ろうね☆」
なんて男同士の友情が深まってしまう。(女装してるやつと)
リキは嬉しそうにエレベーターで自身の部屋に戻っていく。
二人になった途端、アンナは俺の顔をじっと見つめる。
いつもの優しい彼女に戻っていた。
「タッくん。今からどうしよっか?」
「ああ……どうするかな……」
その時だった。
背後に人影を感じたのは。
「あれぇ~? オタッキーじゃ~ん!」
振り返ると、そこには伝説のヤンキーの一人。
どビッチのここあこと、花鶴 ここあだ。
「は、花鶴!?」
動揺を隠せない。
なぜなら、俺の隣りに、彼女の親友でもあるミハイルが女装して立っているからだ。
だが……先ほど、リキの前では、アンナの正体はバレていなかったな。
今回もやり過ごせるのでは?
「あ、ここあ……」
思わず、口からこぼれてしまう。
俺に聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声だったが、完全に素のミハイル。
「ん~ 隣りの子って……」
マジマジとアンナを眺めるここあ。
上から下まで。
アンナと言えば、額から尋常じゃないぐらい大量の汗を吹き出している。
「あ、あ、ども~ わ、私。ミーシャちゃんのいとこで、古賀 アンナって言います~」
緊張からか、声が裏返っている。
「はぁ? ミーシャのいとこ? あーしさ。ミーシャとすっごい長い仲なんだけど。聞いたことないよ」
睨みをきかせ、背の低いアンナに目線をあわせるため、腰を曲げて、彼女の顔を覗き込む。
「え、えっと……その。私は、遠くに住んでいたから、ここあちゃんも知らなかったんだと思う、よ?」
なぜ疑問形。
「ああん? あんたさ。あーしをなめてない?」
日頃バカそうな花鶴にしては、かなり苛立っているように見える。
それに脅えるアンナ。
「な、なめてない! なめてないよ!」
小さな顔を左右にブンブン振り回して、否定する。
「大体さ、なんであーしの名前を知ってんの? おかしくない?」
正論だ。自ら墓穴を掘ったな。
設定がたまに壊れちゃうんです。うちのアンナちゃん。
「いや……これは違くて。ミーシャちゃんに話を聞いてたから……」
頭がバグッてるぐらい挙動不審だ。
こんなアンナ初めて見るかも。
「ていうかさ。ミーシャにそっくりじゃん! 双子? 隠し子? あーし、今度ヴィッキーちゃんに聞いてもいい?」
「ダ、ダメぇ!」
この時だけは、強く反論する。
そりゃそうだろうな。
「ふーん……なんかさ。あんたって、胡散臭いんだよ」
目を細めて、マブダチのグリーンアイズをじっと見つめる。
「く、臭い?」
意味を履き違えている。
「うん。なんつーのかな……童貞が考えたテンプレの痛い女? ブリブリ女て感じ?」
酷い!
だが的を得ている!
だって、俺の願望が詰まった理想の女性像なんだもん……。
「そ、そんなぁ……」
半泣き状態のアンナちゃん。
「服もさ、男に媚びつくした甘々ファッションだし、メイクも気に入らないっしょ。てか温泉に来てんのに、ヒールの高いサンダルってバカ丸出しじゃん。清楚系ビッチって感じっしょ」
どビッチに言われちゃ、おしまいですよ。
「酷い! ここあちゃん!」
あまりにも辛口過ぎて泣いちゃった。
「あーしってダチ以外には優しくできないから!」
いや、マブダチが目の前いるでしょ。
「ぐすん……」
「ていうか。マジで偽物ぽいわ……。あんたマジでミーシャのなんなの? ミーシャ、泣かしたら殺すからね?」
ドスの聞いた声で睨みをきかせる。
ていうか、本人を泣かせたのは、君だよ?
「うわぁん! ここあちゃん、最低! もうタッくん、いこっ!」
泣き出したアンナは俺の手を掴むと、ロビーから逃げ去る。
「ちょっ! まだ話は終わってないっしょ!」
花鶴を無視して、エレベーターに入りこむ。
なにも出来ずにいた俺は、彼女の身を案じた。
「す、すまない。アンナ……俺のクラスメイトが酷いことを言ってしまって。でも気にするな。アンナのファッションや優しい性格は、誰よりも俺がよくわかっているつもりだ。もう泣くな」
「う、うん……あの子、まだロビーにいるよね? 怖いから、タッくん。アンナの部屋まで一緒に来て……」
「了解した。って、えぇ?」
部屋に入るのか……。
間違いはないように心がけよう。
股間の方は正直になりつつあるが。
チーン! とエレベーターのチャイムが目的地に着いたことをお知らせ。
俺は心臓がバクバク。
だって、これからアンナちゃんの自室へとお邪魔するから。
そんなことを知ってか知らずか。
当の本人は鼻歌交じりに俺の手を掴み、廊下を歩き出す。
「タッくん。アンナの部屋は一番奥だよ☆」
なんて優しく微笑むから、俺は期待しちゃう。
いや、しちゃダメだろ!
しっかりするんだ、俺の理性くん!
相手は男だ、ミハイルだ、ヤンキー野郎……と思いながらも、彼女の横顔を見つめると。
「どうしたの? タッくん。あ、そうだ! 部屋に入ったら、気持ちいいことしてあげよっか?」
「えぇ!? キモチイイことぉ!?」
思わず、声が裏返る。
「うん。とっても気持ちいいこと☆ アンナ、最近色々勉強しててね。タッくんのために☆」
とウインクされてしまった。
その勉強ってまさか……。
生唾ゴックン!
長い廊下を二人で歩いていると、夜も遅いせいか、周りの部屋から宿泊客の声がドアの奥から漏れてきた。
「あぁ! 温泉でもシタくせにぃ~ 元気ぃ~」
「ハァハァ……この日のため一ヶ月は禁欲していたんだ。寝かせないぜ!」
ん? あれ、さっきスパで見かけたカップルか?
生々しい!
と腸が煮えくり返っていると……。
「Yes~! come on~! Ran! You are the best whore!」(いい~! 来てぇ、蘭! 君は最高の娼婦だ!)
英語?
「ハハハッ! この白ブタが! もっと欲しいか!? なら私の名前を呼びな!」
「Ran! Pay for money! Give it to me more!」(蘭! 金なら払うよ! もっと欲しい!)
「なんだとコノヤロ~! だから日本語で話せってんだろが! バカヤロ~!」
気になった客室の前で、立ち止まる。
偶然にも、ドアは少しだけ隙間が開いていた。
俺は好奇心から、覗いてしまう。
部屋の中には、ブラジャーとパンティ姿の娼婦……じゃなかった宗像先生。
なぜかハイヒールでベッドに立っている。
手には男性もののベルト。
ベッドには、白人の外人男性が仰向けに寝かせられている。パンツ一丁で。
なぜか腕と足は荒紐で動けないように縛りあげられていた。
宗像先生がベルトをムチのようにして、彼の腹に振り降ろす。
パーン! と音を立てる。聞いているだけでも、痛そう。
「ハハハッ! これがいいのか? 変態野郎が!」
という先生もなんだか嬉しそうだ。
「I'm a pervert!」(僕は変態です!)
相手も相手で、痛そうにしているけど、めっちゃ笑っている。
ベッドの近くにあったテーブルには、福沢諭吉が三人も並べられていた。
多分、チップなんだろう。
宗像先生って、もうガチのビッチに転職してしまったのか……。
良かった良かった、教師よりこっちの方が向いていると思う。
ドアを覗きながら黙って頷く。
すると、アンナが背後から声をかけてきた。
「なにやってんの、タッくん? 早くアンナの部屋に行こうよ?」
「ああ……そうだったな」
ヤベッ、俺もこのあと、なんかすごく気持ちいいことされるんだったね。
とりあえず、シャワーは浴びておかないと。
あ、パンツ。宗像先生のレースパンティのままだったよ……。
ガチャンと音を立てて、扉がゆっくり開く。
俺は心臓が破裂しそうなぐらい、ドキドキしている。
アンナは特にいつもと変わらない様子で、
「さ、タッくん入って」
と部屋へ誘う。
「あぁ……本当にいいのか?」
「なにが? アンナが良いって言うんだから、いいんだよ☆ 今から気持ち良くしてあげるからベッドに横になってみて☆」
「りょ、了解した……」
ぎこちなく、部屋の中に入る。
テーブルの上には、アンナが利用していると思われるコスメグッズやアクセサリーなどが並べられていた。
うわぁい! 女の子の部屋だぁ~ 生まれて初めてぇ~
と思ったが、男だった……。
浴衣姿のまま、ダブルベッドにゆっくりと腰を下ろす。
ふとアンナを見れば、「フンフン~」と鼻歌を口ずさみ、金色の長い髪をシュシュで纏めていた。
うなじがとても色っぽく感じる。
そうか、ついに時が来たのか。
俺、童貞卒業できるんだ。
覚悟を決めて、腰の帯をするりと外し、浴衣を床に投げ捨てる。
パンツはもうパンパンだ。
よし、ドンと来い! と、ベッドに大の字になって寝転ぶ。
するとそれを見たアンナが悲鳴をあげる。
「タッくん!? なんで裸になっているの?」
「え?」
「浴衣のままでいいって! なに考えているの!」
「だって気持ちいいことするんじゃ……ないのか?」
「マッサージは別に裸じゃなくても、できるでしょ! タッくんったらなにを勘違いしてたの?」
と可愛く頬を膨らませる。
ただのマッサージなんかい!
クソが!
俺は憤りを隠せずにいた。
そ、そりゃあ、勘違いした俺が悪いけどさ。
気持ちいいことをするって、ベッドに寝て、とか言われたら、ピンクなこと考えちゃうじゃん。
ぴえん。
浴衣をもう一度着なおすと。
アンナに「うつ伏せになって寝て」と言われた。
俺は言われるがまま、枕に顔を埋める。
確かに最近タイピングで肩がコリコリだから、マッサージもいいもんだな。
しっかりとサービスを堪能させてもらおう。
「よいしょっと!」
アンナが俺の腰に乗っかる。
「重くない?」
「ああ、軽すぎるぐらいだ」
「ふふ、じゃあ始めるね☆」
そう言うと、彼女はまず首、肩から優しくほぐし始めた。
「気持ちいい?」
「ああ……最高だ」
今日は馬鹿力をセーブできてるんですね。
「じゃあ次は腰だね」
アンナがマッサージをするたびに、俺の浴衣が自然とはだけていく。
徐々に上とあがり、素肌が露になってしまう。
彼女はおかまいなしに、もみほぐす。
俺の腰を小さな指で押すのに夢中。
ここで気がつく。
あれ? 今のアンナってスカートだよな?
ていうことは、この背中に当たっているものは……。
サテン生地の気持ちいい肌ざわり。
ま、まさか! アンナのパンティ!?
当の本人は気がつくこともなく、身体の向きを後ろに変えて、俺の太ももをほぐしまくる。
「どう? アンナ、タッくんのために通信教育で勉強してたんだよ☆」
「すごく……いいです」(パンティが)
「ふふ、変なタッくん☆ 今度は足つぼもしてあげる☆」
となると、自然とアンナは俺の太ももにまたがる。
あぁ! 太ももにゴリゴリ股を押し付けられる!
なのに、あるはずのおてんてんが感じられない。
ただ、ツルツルのパンティが最っ高です!
もう……俺死にそう。
なにがって、かれこれ30分間も太ももの上に、アンナちゃんの股間を押し付けられているからね。
「足つぼで体調とか分かるんだよ~☆ タッくんはやっぱり肩が調子悪いみたいだね。ガチゴチに固まっているのかなぁ? 執筆偉いね☆」
「……」
固まっているのは、ベッドに深くブッ刺さった俺のナニかだよ。
「調子悪いなら、また肩をマッサージしようか?」
そう言って態勢を前に戻す。
くっ! もう少し、太ももでパンティを味わいたかったぜ!
「って……あれ? タッくん、なんかケガしてる?」
「ん、ケガだと?」
「なんかシミが……」
俺はずっと枕に顔を埋めているから、彼女の顔をは見えない。
どうやら、俺の浴衣に指で触れて、確かめているようだ。
「これ……血じゃない!?」
「え?」
思わず振り返ってみると……。
確かに腰のあたりに赤いシミが、浮かんでいた。
「大変! タッくん! ケガなら手当しないと! 早く浴衣脱いで!」
「あ、いや……」
まずい。宗像先生の紫パンティ履いたまま、なんだよな。
でも、ミハイルの時に「それでいいじゃん」的な発言頂いているし、構わないか。
「じゃあアンナが手当するから、タッくんはじっとしてて☆」
そう言って、ゆっくりと優しく脱がせてくれた。
しかし、ケガだと?
覚えがないな。
パンツ一丁になったところで、アンナは黙り込んでしまった。
「……」
沈黙が不安で俺は彼女に声をかける。
「どうした、アンナ?」
冷えきった声で囁く。
「本当に履いちゃったんだ……タクト。宗像センセーのパンツ……」
み、ミハイルが出現しちゃったよ!
めっちゃ怒ってるじゃん。話が違うよ。
その後、軽く舌打ちしたあと、パンティーの紐をギュッと掴むと、勢いよく腰からかかとまで、素早く脱がせられた。いや、奪われたのだ。
俺の大事なものまで引きちぎられそうなぐらいの素早さ、剛力で。
「いって!」
手で股間を抑えながら、振り返って見ると。
宗像先生のパンティーを右手でギュッと握りしめるアンナさんが目に入る。
優しく微笑んではいるが、目が笑ってない。
下から見ると悪魔のようだ。緑の瞳がギラッと光る。
「タッくん? 他の女の子のパンツは履いちゃダメでしょ?」
「は、はい……」
「じゃあこれはいらないよね? アンナがあとでトイレのゴミ箱に捨てておくから、タッくんは気にしないでね☆」
ひ、酷い! 借りものなのに。
「いや、しかし。それは俺の担任教師の私物で……それに俺ノーパンになっちゃうぞ?」
「だから?」
ニッコリ笑ってみせるアンナ様。
これは反論すると、痛い目にあう。
「あ、ノーパンで帰ります……」
「いい子だね、タッくん☆ でも安心してね、アンナがあとで代わりのものを用意してあげる☆」
「は?」
ミハイルのパンツでも出すのか?
あいつのサイズじゃ、俺はきつそうだが。
「まあこの汚物は捨てておくとして……。タッくんのケガしたところ、どこかな?」
やっといつもの優しいアンナちゃんに戻ってくれた。
「た、確かに……痛みは感じないのだが」
二人して、キョロキョロと腰のあたりを探してみる。
「あ……タッくん。お尻から血が出てるよ」
口に手を当てて絶句してしまうアンナ。
言われて、臀部に触れてみると。
ヌルッとした暖かい液体が……。
ふと身体をベッドから、少し浮かせてみる。
シーツが真っ赤になっていた。
股間あたりから。
「……」
一瞬にして、記憶が蘇る。
そうだ。俺はうなぎ並みのごんぶとをリキの兄貴に、事故とはいえ、さきっちょをブチ込まれたんだった。
「タッくんって、痔持ちだったの?」
「いや……これは違うんだ」
一筋の涙が頬を伝う。
「泣いているの? タッくん? 痛い?」
心配して身を寄せてくるアンナ。
だが、今はその優しさが、辛すぎる。
「すまん! ちょっと、ウォシュレットで洗ってくる!」
「あっ! 待ってよ、タッくんたら!」
彼女を部屋に置いて、俺は泣きながらトイレへと走り去る。
ドアの鍵を閉め、便座に腰を降ろして、ウォシュレットで洗い流す。
「俺……童貞捨てる前に……ううっ、処女を捧げちまったんだなぁ」
トイレから出てくるまで、1時間を要した。
お尻処女が逝ってしまったことに対し、俺は便座の上で手と手を合わせて黙とう……もちろん、号泣して。
しばらくすると、扉がノックされた。
「タッくん? 大丈夫? そんなに痛いの?」
アンナが心配そうに声をかけてくる。
「ふぅ……」
よし気持ちの切り替えOK!
張り切っていこう!
便座から立ち上がって、扉越しに返事をしてみる。
「ああ。痛くないぞ。ちょっと驚いただけだ。問題ない」
本当は大有りなんだけどね。
「そっか☆ じゃあ、代わりの着替えを渡したいから、ドアの鍵開けてくれる? 今のタッくんは……裸だろうから、アンナは目を瞑るね?」
そう言えば、尻へのダメージばかり考慮していて、自分の身なりを気にしていなかった。
まだ生まれたばかりの姿じゃないか。
「すまんな。今開けるよ」
鍵を外しゆっくり扉を開く。
アンナが廊下に立っていた。
いつもキラキラと輝くグリーンアイズは、ぎゅっと瞼で閉じてしまっている。
そんなに俺の裸が嫌なのか?
小さな両手には白いバスローブと……ん?
ピンクのなにか、小さく丸く折りたたんでいるハンカチ?
「タッくん、これ使って。浴衣はもうシミが取れなかったし」
「ああ……じゃあ、トイレの中で着て来るよ」
「うん。その、渡したのって……まだ一回ぐらいしか、使ってないやつだし。洗濯もしているキレイなやつだから、気にしないでね。アンナだって、タッくんに他の女の子のを履かれたくないから……。仕方ないから、今回だけ特別だよ? 福岡に帰ったら、ソレ捨てていいから」
「ん?」
頬を赤くしている。
その姿からして、恥ずかしがっているのか?
要領を得られないでいた俺は、首を傾げながら、とりあえず差し出された物を受け取り、再び扉を閉めた。
ホテルのトイレはユニットバス式だったから、隣りにシャワールームがある。
小さなカゴがあって、そこにアンナから受け取った物を置き、着替えを始めた。
まずはバスローブを羽織ってみる。
ノーパンで過ごせってことか……。
まあ仕方ないか、なんてローブの紐を結ぼうとした瞬間。
あるものに気がつく。
もう一つの物体だ。
ピンクの小さな丸くて柔らかい生地の……。
カゴから手に取って、広げてみる。
「こ、これは!?」
ピンクの可愛らしいリボン付き、正真正銘女の子のパンティーじゃあないか!
アンナが頬を赤くしていた理由は、このことだったのか……。
た、確かに、これは素晴らしい提案、いやカノジョ役には辛いことをさせてしまったな。
しかし、ノーパンで福岡に帰るよりはマシだろう。
「よし、やるか」
深呼吸した後、ゆっくりとうら若き女子のおパンツを足先からすぅーっと太ももまであげてみる。
き、きつい……宗像先生の汚パンツとは違って、細すぎるウエストに、小桃サイズのヒップ。
男の俺からしたら、ギチギチだ。
腰まで全部履き終えると、なんとも言えない高揚感が湧き上がってくる。
見慣れないリボンが股間の上にあり、下の生地はスイートピーがキレイに刺繍されている。
男もののパンツなら、前面は余裕があるはずだが、これは締め付けられるぐらいのデザイン。
痛い。だが、それも含んで、アンナに包まれているような優しさを感じてしまう。
ふと、自身の尻を撫で回してみた。
後ろの生地は前面と違い、サテンのようなツルツルとした生地で、なんとも肌触りが良く、とある誤解を生んでしまう。
それは……。
「あれ。俺って今、間接的にアンナの尻を撫で回しているのでは?」
そう思うと、胸がバクバクとうるさく高鳴る。
鼻息が荒くなり、理性がブッ飛ぶ。
自然と俺の股間がパンパンに膨れ上がろうとしたその瞬間、ギチィ~ッとアンナのパンティーがそれを強制的に抑え込む。
『いやぁ! タッくんたら、ダメェ~!』
なんておパンツちゃんが叫んでいるようだった。
「ふぅ」
さ、部屋に戻ろう。
福岡に帰るのが楽しみだ。これは小説の取材した結果だ。
資料としてちゃんと保管しておこう。
アンラッキー? なことに、俺はまたしても女物の下着を履くことになった。
とりあえず、アンナが心配していたので、トイレからベッドに戻る。
俺が「悪かったな、下着」と言うと、彼女は頬を赤らめて、視線を落とす。
「こ、今回だけだからね……帰ったら捨ててよね、絶対」
「了解した」
絶対永久保存しとく。
彼女は俺のことをすごく心配していたようで、とりあえず、尻はなにかぶつけたことにしておいた。
そう説明すると安心して、またマッサージを続けたいと言われた。
今度は仰向けに寝て、腕や脚を揉みほぐされる。
手のひらのつぼや、指を一本ずつ関節ごとに優しく押してくれる。
「あぁ~」
思わず、声がもれる。
気持ち良すぎる。
「ふふ☆ タッくん気持ちいい?」
「アンナ、本当にうまいなぁ……」
急に眠気が襲ってくる。
ウトウトし始めること数分で、俺は寝落ちしてしまった。
~数時間後~
スマホのアラームで目が覚める。
「しまった!」
咄嗟に身を起すと、部屋には誰もいなかった。
ベッドから立ち上がり、彼女の姿を探してみる。
近くのローテーブルに一枚のメモが置いてあった。
可愛らしいネッキーがプリントされたメモ紙。
『タッくんへ。気持ち良そうに寝ていたから、起さないでおくね。アンナは先に福岡に帰ってるよ☆ また取材しようね☆』
「そうか……悪い事したな」
あれだけ長時間マッサージまでしてくれたというのに。
別れも告げられなかったのか。
ん? ということは、本体のミハイルはどこにいるんだ?
スマホで現在の時刻を見れば、『7:32』
朝食の時間だ。
昨晩食べたレストランで、ビュッフェが用意されていると聞いた。
この部屋にアンナがいないのなら、彼も今頃朝食を取りにいっているのだろう。
「俺もそろそろ飯を食いに行くか」
と部屋を出る前に、尿意を感じた。
トイレに向かう。
「ほわぁ~」
あくびをしながら、ガチャンと扉を開く。
「あ」
目の前にいたのは、ポニーテール姿のミハイル。
便座に座っていた。
俺と目が合うと、
「あぁ……」
と嘆く。
真っ青な顔で。
俺も身動きが取れずにいた。
ドアノブに手を回したまま、硬直している。
当のミハイルと言えば。
左手でトイレットペーパーを手に取り、右手で丸めている最中だった。
いつも履いているショートパンツは、膝あたりまで降ろされている。
もちろん、下着もだ。ライムグリーンのボクサーブリーフ。
しかし、それよりも俺は、とあるものに釘付けになってしまう。
それは彼の股間。
一言で表現するならば、粉雪。
草が一つも生えてない未開拓地。
そこに真っ白な雪が積もり、キラキラと輝く。
小さすぎる……手乗りぞうさん。
15歳にしては、あまりにも矮小な短刀。
か、カワイイ。
気がつくとその言葉が、頭の中に浮かんだ。
俺はノンケだし、バイセクシャルでもない。
なのに、なんだ。この胸の高鳴りは……。
こんなに小さくてパイテンなおてんてん、見たことないよ!
可愛すぎる、ミハイルの!
なにか似ている。
はっ! わかった。
博多銘菓の『白うさぎ』だ!
紅白饅頭で、マシュマロと白あんで作られたうさぎの形の和菓子。
もちろん、白い方だ。
となればどこからか、聞こえてくる。
あのCMの歌が。
『白うさぎ~ 白うさぎ~ あなたのお目めはなぜ青い~?』
とここまでの体感時間、10分ぐらいなのだが。
実際は、お互いに固まっていること、数秒に過ぎない。
ミハイルは俺の顔を見て、咄嗟に太ももを内側に寄せ股間を隠す。
驚きの表情から、顔を真っ赤にさせて、近くにあったものを俺目掛けて投げまくる。
「なに、開けたままにしてんだよ! 早く閉めろよ、タクトのバカバカッ!」
石鹸や歯磨き、シャンプーのボトルなどが、次々と俺の顔面にブチ当たる。
が、俺は未知の小動物を発見してしまったので、身動きが取れない。
「白うさぎ……」
「何言ってんだよ、バカッ! 早く出てけ!」
「ああ、すまん……白うさぎ」
そう言って、トイレのドアを閉めた。
閉めても未だに、扉の向こうからはミハイルの怒号がこちらにまで響き渡っている。
しかし、彼の声が俺の耳に届いてくることはない。
「白うさぎ……白うさぎ」
気がつけば、ずっと連呼していた。
それからの意識は、ない。
後々、ミハイルから聞いたが、俺の状態がおかしくて、ろくに歩けなかったらしい。
朝食も彼に引っ張られて食べに行ったものの、ピクリとも動かないので、彼が献身的に介護したらしい。
「あーん」とスプーンを俺の口に寄せても。
「うさぎだぁ~ うさぎさん~」
と笑っていたらしい。
気がつくと、俺は福岡に帰っていた。
心配したミハイルが自宅まで送ってくれたらしく。
意識を取り戻したのは、次の日の朝だ。
自室の学習デスクに紙袋が一つ置いてあった。
博多銘菓『白うさぎ』
妹のかなでが、俺に向かって訊ねる。
「おにーさま? やっと正気に戻りましたの?」
「はっ!? 俺は一体今までなにを……」
「ミーシャちゃんが心配してましたわよ。別府温泉に行ったのに、わざわざ博多銘菓の『白うさぎ』を買う買うっていう事を聞かなくて、困っていたらしいですわ」
「え、マジ?」
「はいですわ。帰って来てもずぅーっと、あれを食べてましたわね。普段食べないのに。5箱も食べてましたわ……」
「……」
なんだか、急に胃が痛くなってきた。
こうして俺の初めて旅行。
そして、一ツ橋高校一年目の春学期は、無事に終業したのである。