先ほどのリキとの『ドッキング』疑惑で、俺は日田の兄弟ともう仲良くできないかもしれない。
まあ、いつか誤解は解けるだろう……知らんけど。
攻め役を演じてしまったリキ本人は、なんのことか、さっぱりらしく。
「変な奴ら」と首を傾げていた。
俺は受けの人だとは思われたくないので、リキに「話の続きはホテルの部屋で聞くから」と先に露天風呂から出た。
というか、逃げたんだけど。
※
浴衣姿になると、俺は更衣室を出て元の道を辿る。
エレベーターを使って、二階に降り、ゲームセンターと売店が見えたところで、スマホのベルが鳴る。
アイドル声優の『YUIKA』ちゃんの可愛らしい歌声……耳の穴から身体癒されるぅ~
じゃなかったと、着信名を確認すると、古賀 アンナ。
「ん!?」
思わず、スマホの画面を二度見してしまった。
だって今、俺たちがいるのは、福岡県から遠く離れた街、大分県別府だ。
古賀 ミハイルがここにいるのは、わかる。
だが、アンナはこの場にいない設定のはずだ。設定上。
とりあえず、電話に出てみる。
「もしもし?」
『あっ、タッくん☆ アンナだよ、久しぶり~☆』
偉くテンションが高いな。
「ああ、久しぶりだな。どうした? 取材の件か?」
『うん☆ 取材しよ! 今から……』
「は? アンナ、悪いが俺は今、別府に来ていて……』
言いかけている途中で、眼前がブラックアウトする。
そして、少し冷たくて柔らかい感触を感じた。
甘い石鹸の香り……。
「だーれだっ!?」
今日日、やらない行為だな。
「まさか……アンナか」
「せーいっかい☆」
俺が当てたご褒美に、視界が解放される。
瞼をこすってみる。
そこには、正真正銘の金髪美少女が立っていた。
長い金色の美しい髪を、肩から揺らせて。
頭には大きなピンクのリボンのカチューシャ。
上から真っ白なノースリーブのブラウス。
パールバックルベルトがついたミニ丈のフレアスカート。
白くて透き通るような細い脚を拝める。
足もとは、温泉には似合わないガーリーなデザインのリボンサンダル。
間違いない。
こんな天使はこの世に一人しか存在しない。
俺の大事な取材対象、アンナだ。(♂)
「タッくん☆ 来ちゃった!」
「は……?」
ちょっと、軽く脳内がパニックを起しているのだが?
なぜ、一ツ橋高校の卒業旅行にアンナが参加しているのだ……。
いや確かに、ミハイルが一緒なのはわかっている。
彼女がこの学校の情報を知っていると言うのは、解せん。
「タッくん、ここで取材していこ☆」
「ちょ、ちょっと待て! アンナ、どうして、ここにいるんだ?」
ここは設定を守らないと今後、おかしくなる。
「え……?」
額から滝のような汗を吹き出す。
「だって、ここは別府だ。同級生のミハイルは来ているが、何故、部外者のアンナがホテルにいる?」
そうじゃなきゃ、アンナちゃんストーカー説。
「そ、それはね……そう! ヴィッキーちゃんに教えてもらったからだよ☆ だから、ミーシャちゃんと一緒に来たの! ば、バスは別だったけどね……」
なんと苦しい言い訳だ。
「なるほどな。だが、今もう夜の9時だぞ? アンナ、今日はどこに泊まるんだ?」
「ミーシャちゃんと同じ部屋だよ☆」
ファッ!?
全て、謎は解けたぞ!
松乃井ホテルに着いた時、俺が宗像先生に、ミハイルの部屋を訊ねたら……。
『ああん? 古賀のことか。あいつは家族と一緒に泊まるって言うから、事前に部屋を決めておいたぞ』
と語っていた。
そして、登校時、異常に大きなリュックサックの中身は、この為だったのか!?
「ふむ……了解した。じゃあ取材と行くか」
「うん☆ タッくん、イルミネーションに観に行こうよ!」
「ああ」
まったく、困った取材相手だな。
※
俺とアンナは仲良く、ホテルのバスに乗り、長い坂道を下っていく。
外はもう真っ暗だが一際目立つ、煌びやかなイルミネーションが見えてきた。
松乃井ホテルの道路沿いに、キラキラと輝くライトアップされた美しい木々。
それに光りのトンネルや、お姫様が乗っていそうなかぼちゃの馬車。
可愛らしいクマさんやウサギさんがお出迎え。
色とりどりの鮮やかなイルミネーションが作りだしたこの場所は、まるで別世界。
日本ではない、ファンタジーの世界に迷い込んでしまう錯覚を覚える。
バスから降りると、アンナが俺の手を引っ張って、駆け寄る。
「タッくん、見て見てぇ! すごく、キレイだよ~☆」
「あ、ああ。確かに壮観だな……」
俺はイルミネーションよりも、その灯りに負けないぐらいに輝いている彼女のグリーンアイズに見惚れていた。
なんだか、変な気持ちになってきた。
リキが言っていたように、女が非日常的な光景に弱いってやつは、本当のことなのかもしれない……。
今日はホテルも背後にある。
あれ、俺ってば、今宵、童貞を捨てられるフラグ立っちゃった?
いや……無理だって。相手は男だよ。
煩悩を振り払うために、頭を左右にブンブンと強く振り回す。
「タッくん? どうしたの? 調子悪い?」
「いや、別府にまで、アンナと一緒に来れて……感激していたんだよ」
「そっかぁ☆ アンナも同じ気持ちだよ☆」
小悪魔的な笑顔を魅せてくる。
イケるの? 『いいよ』って合図出してるんの?
ど、ど、どうしよう……『大事なもの』も用意してないし……。
俺は一人頭を抱え、脳内で理性と野生が壮絶な戦いを繰り広げる。
その場で、ジタバタしていると、誰かが俺たちに声をかけてきた。
「お~う、琢人じゃねーか!」
光りのトンネルの奥に、かぼちゃの馬車の前で、一人の男が見えた。
長テーブルの上には、大きなクーラーボックスが何個も置いてある。
そして、テーブル下に白いのれんがかかっている。
『美味しくて冷たいアイス販売中♪ トッピング豊富♪ お肌にも優しいオーガニック』
そんな健康的な文言とは、似合わない販売員がテーブルの後ろに立っている。
ストライプに刈り上げた坊主頭に、両腕に龍と虎のタトゥー。
間違いない。見た目シャブ中の売人。善良な福岡市民の夜臼先輩だ。
「わぁ、アイスだって! 美味しそう☆ タッくん、一緒に食べようよ☆」
「え、ちょっ……」
アンナに手を引っ張られて、光りのトンネルを通り抜ける。
その先で、夜臼先輩は、怪しく微笑んでいる。
可愛らしいアイスのプリントされたエプロンをかけているのだが、余計に誤解されやすい。
だが、俺は戸惑っていた。
それは、今隣りにいるのが、古賀 アンナだからだ。
ミハイルを知っている人物に出会えば、女装しているとはいえ、正体がバレるのではないか……。
それだけは、避けたい。
彼女を傷つけたくないから。
「ヘッヘヘヘ……琢人も隅におけねぇじゃねーか? 童貞だと思ってたけど、こんなカワイイ彼女がいるんなんてよ、ウッヒヒヒ!」
笑い方が怖い!
俺の心配は必要なかったようだ。
「カワイイだなんて~☆ うれしい~」
恥ずかしがる女装少年。
「あ、いや。彼女ではないですよ……」
一応、弁解しておく。
「はぁ? 琢人……おめぇ、女の子に恥をかかせる気か! 俺りゃあ、そういう中途半端な野郎が大嫌いなんだよ!」
珍しく怒られちゃったよ。
「す、すみません。今、まだ彼氏彼女未満みたいな関係でして……」
「ほーう。そうかぁ……なら、好都合だべ!」
「え?」
「俺りゃあのアイスを食ってきな! この一つのアイスを二人で仲良くイルミネーション見ながら食えば……ヒッヒヒ。飛ぶぜ? 天国へな」
ドヤ顔してるけど、ただのお節介なおじさんじゃん。
夜臼先輩を見ても物怖じせず、アンナは注文を始める。
「えっと、アンナはチョコアイスが好きだけど、タッくんはバニラが好きだから……」
「アンナちゃんって言うのか? ヒッヒヒ……カワイイ顔して、経験済みなのか。こりゃあ、売人の血が騒ぐってもんだ」
アイスのね。
「俺りゃあ、琢人のダチでよ。夜臼 太一ってんだ。よろしくな、アンナちゃん。ウッヒヒヒ」
なんで一々、この人の喋り方って誤解を招くのだろう。
「あ、古賀 アンナって言います。ミーシャちゃんのいとこです☆」
「ほぅ、ミハイルの親戚か。なら、サービスだぜぇ。チョコとバニラを一つのコーンにダブルでいいかぁ? ヘッヘヘヘ、これなら、仲良く食べれるぜぇ?」
「じゃあ、それでお願いします☆ 夜臼先輩☆」
「ウッヒヒヒ、琢人。いい子じゃねーか」
あんたもいい人だね。
「あとよ、新作も売ってんだぜ? ヘッヘヘヘ……乾燥させた『野菜』だぁ、ウッヒヒヒ!」
そう言って、テーブルの下から出したのは、確かに乾燥野菜のニンジン、オクラ、レンコン、トマトなどなど。
「野菜本来の甘みだからよぉ、太りにくいし、健康的でよぉ。お肌にもいいんだぜぇ~ 今なら安くしてやるよぉ~ 末端価格にして100グラム88円だぜ、ヘッヘヘヘ!」
正当な価格では?
「お肌にいいんですかぁ☆ じゃあ、おみやげに1キロください☆」
交渉成立しちゃった、合法的に。