気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 マブダチの関係になれたリキだったが、同時にミハイルの恋敵になってしまった。
 良かれと思って、彼の恋愛を応援したことが裏目に出てしまう。
 クソがっ!

 まあ、起きてしまったことは、悔いても仕方ない。
 あとでミハイルに真実を伝え、謝罪しよう。
 って、なんで、俺が悪いことになってんの?

 そんな複雑な心境を知ってか知らずか、一緒に歩く浴衣姿のリキは、うちわ片手に嬉しそうだ。
「タクオ~ 混浴温泉楽しみだな♪ ほのかちゃんの水着、可愛いんだろうなぁ」
「水着なら、さっきも見ただろ……」
「だって、ほのかちゃん。プールじゃ泳がなかっただろ? 濡れた水着がいいんだよ。絶対、セクシーだぜ」
 妄想しているのか、スキンヘッドが真っ赤になる。
 想像力、豊かでいいですね。


 俺とリキはホテルから出て、再度バスに乗り、松乃井ホテルの一番上にある建物、松乃井パレスに移動する。
 
 この施設には、混浴温泉の『クーパーガーデン』と露天風呂の『タンス湯』がある。
 別府の壮大な景色を眺めながら、疲れを癒すことが出来る、天国のような場所らしい。

 入口を抜けると、すぐに見えたのは、広い売店。
 主に別府で生産されている品物が、販売されている。
 酒やらお菓子やら、伝統工芸品など。

 そこを左に曲がってしばらく、奥へと進む。
 次に目に入ったのは、ゲームセンター。

 どうやら、温泉帰りに旅行客が遊んで帰るようで、まだ髪が濡れた子供たちが、キャーキャー騒ぎながら、遊んでいた。

 行き止まりと思った瞬間、二階へと上がるエスカレーターを見つけた。

『この先、クーパーガーデンとタンス湯』

 と大きな案内が、天井にぶら下がっていた。

 エスカレーターを昇ってみると、右手に温泉への入口が見えた。
 どうやら、まだ上にあがるらしい。
 迷宮ってぐらい、先が長いなぁと、ため息を漏らす。
 その時だった。
 
 左側から怒鳴り声が聞こえてきた。

「なんだ、てめぇは!? さっきから、ガタガタうるせぇーんだよ! 私を田舎もん扱いしてんのか、コノヤロー!」
 ウイスキーの角瓶を片手に、顔を真っ赤にして、相手を威嚇する水着姿の女性。
 デカすぎる二つのメロンをおっぽりだして、股間がグイッと強調されたハイレグ。
 こんな痴女はこの世に、一人しか存在しない。
 宗像先生だ。
 
 エレベーターから出て左側に、小さなパブがあった。
 主に外国のお客さんが多い。
 そういえば、ホテルマンが言っていたが、この近くで、ラグビーのワールドカップをやっていると聞いたな。
 観戦のために、来日したのかもしれない。

「What's up? Are you a prostitute?」(どうしたの? 君は娼婦でしょ?)
 相手は金髪の白人男性だ。
 30代ぐらいのガッチリした体型。
「だから、日本語で喋れよ、バカヤロー! ここは日本の別府だぞ? なんで、あたしがお前ら進駐軍(しんちゅうぐん)の言葉に合わせないといけないんだよ!」
 進駐軍って……戦後何十年経ったって思ってんすか。


「I want to buy you tonight」(今晩、君を買いたい)
「バイ? トゥナイト? さっきから、なに言ってんだよ。私が好きなのか?」
「Yes~!」
「ほぉ、さすがは蘭ちゃんだな。まさか白人が一目惚れするとは……良いだろう。今晩、私の部屋に来な」
 ごめん。多分、話噛み合ってない。

 しばらく、その光景に絶句していると、リキが「なにやってんだよ。温泉はこっちだぜ?」と促された。
 見なかったことにしよっと♪


 エレベーターが終わったと思ったら、お次はエレベーター。
 これに乗って、三階でようやく更衣室に入れるってわけだ。
 小さなエレベーターだったので、10人ほどしか、移動できない。
 その中で、偶然、北神 ほのかと、自称芸能人こと、長浜 あすかに出くわす。

「あ、千鳥くんと琢人くんじゃん」
 小さく手を振るほのか。
「フン! 誰かと思えば、アタシのガチオタじゃない。今度からガチオタクトって呼んであげるわ。感謝しなさい!」
 こんの野郎。俺の推しは『YUIKA』ちゃんだけだ!
「長浜にほのかも混浴温泉入るのか?」
「もちろんよ、アタシは芸能人なのよ? 水着姿を一般人に拝ませてあげないと、盛り上がらないでしょ?」
 だから、なんでそんなに上から目線なんだよ、ローカルアイドルのくせして。
「そ、そうか……」
「今日だって、ずーっと一般人からの視線をビシバシ感じるわ! 芸能人の定めよね」
 自意識過剰だと思う。
 その証拠にほら、今も隣りにいるリキは、素人のほのかに釘付けだ。

「なあ、ほのかちゃん。温泉終わったらさ……ちょっと、付き合ってくんないかな?」
「え、千鳥くんと私が? いいよ」
 ニコッと優しく微笑むほのか。
「マジ? 超うれしぃわ!」
 本当に惚れていたんだな、リキ。
 しかし、ほのかのやつ。確かに俺の前では、変態度マックスなのに、リキの前ではなんかおしとやかって感じ。
 心をまだ許していないのかもな。


 俺がそう二人を見守っていると、エレベーターが三階に着く。

「じゃあ、着替えたらクーパーガーデンであいましょ♪」
「おお、ほのかちゃん。一緒に花火見ようぜ!」
 ふむ。案外、いい感じじゃないか? この二人。
 よし! このまま、くっけてしまおう。
 
 一人頷いてると、左足に激痛が走る。
 下を見れば、グリグリと踏みつけられていた。
「ガチオタクト! アタシのファンでしょ? こっちを見なさいよ!」
「いっつ……なんだよ」
 超かまってちゃんだな、自称芸能人。
「宗像先生に聞いたんだけど……ガチオタクトって、作家なんだって?」
 急にしおらしく縮こまってしまう長浜。
 恥ずかしそうに、頬を赤らめている。
「ああ。そうだが」
 売れてないし、絶版してるけど。
「あのさ、アタシの自伝を書いてくれない?」
「はっ?」
 思わず、アホな声が出てしまう。
「ほら。アタシって超がつく芸能人じゃない? 今度、本を出すって社長に言われているけど、文才はないから……ガチオタさえよければ、雇ってあげてもいいと思ったの」
 ファッ!?
 自伝なのに、ゴーストライターつけるんかい!
 てめぇで書けよ。
 お前のことなんて、一ミリも知らんわ。
 てか、俺のあだ名ってガチオタになったの?

 咳払いして、やんわり断りを入れようとする。
「あのな、そういうのは文章とか表現とか、関係なく、長浜が思ったように書けばいいと思うぞ。ファンもそっちの方が嬉しいんじゃないか?」
「嫌よ! アタシ、国語だけは昔から苦手なのよ! もう決めたの! 事務所の社長にもガチオタを推薦して、契約結んだもの。ギャラあげるから、ちゃんと書きなさいよね!」
「えぇ……」
「これ、アタシの連絡先! あとで連絡しなさい!」
 そう言って、強引に名刺を渡された。
 電話番号にメルアド。それにL●NEまで、ご丁寧に記されていた。
「ちょ、ちょっと、長浜……」
 言いかけている途中で、長浜 あすかは顔を真っ赤にして、走り去っていく。

「なんだったんだ。はぁ……」
 とりあえず、名刺を浴衣のポケットに入れて、俺は一人更衣室に向かうのであった。


   ※

 更衣室で先ほど、乾かした水着に再度着替える。
 脱ぐときに、紫のレースのパンティーがバレないか、ビクビクしていたが、幸いなことに、お客さんは、みんなもうクーパーガーデンに行ってしまったようだ。

 着替えが済むと、改めて、混浴温泉へと向かう。
 上がったかと思うと、次は下へと階段を降りる。
 
 長い廊下を歩いていくと、突き当たった場所で、男と女が合流する。
 大きなガラスの自動ドアの前で、家族やカップルたちが集まっていた。
 更衣室が別の場所にあったから、再会を喜んでいるようだ。

 ほのかやリキの姿は、見当たらない。
 また一人ぼっちか……そう落ち込んでしまう自分に気がつく。
 思えば、最近、ひとりでいる時がない。
 隣りにアイツがいたから……。
 やはり、俺は孤独だ。
 そう痛感した瞬間だった。

 ドンッ! と腰を蹴られる。

 振り返ると、そこには、ブロンドの長髪を首元で纏めた小さな女子……じゃなかった。
 グリーンの瞳を揺らせる男の子、ミハイルが立っていた。

 もちろん、彼も水着姿。
 小さな胸には二本のペットボトルが抱えられていた。
「おっそいゾ! タクト!」
 思わず、口角が上がってしまう。
「ああ、悪い」
「これ……温泉だから、喉乾くと思って、タクトの好きなアイスコーヒー買っておいてやったゾ!」
 そう言って、雑に押し付ける。
 まだ怒っているようだ。
「すまん」
「もういいから、早く入ろうぜ……その、花火終わっちゃったら、寂しいじゃん」
 唇を尖がらせて見せる。
「そうだな……温泉の中で乾杯といくか?」
 俺がそう言うと、彼はニコッと笑みが浮かぶ。
「うん☆」

 機嫌を少しなおしてくれたミハイルと、二人で混浴温泉へと向かう。
 大きな自動ドアが開くと、そこには別世界。
 温泉というよりは、ナイトプールに近い。

 外はもう真っ暗で、静かな別府の温泉街を一望できる展望スパが売りのようだ。
 上から下に向け、段が設けられていて、前に座っている人の背中を気にせず、夜景を楽しめる。
 どこからか、心地よい音楽が流れていて、水中は所々ライトラップされており、ランダムで光りの色が変わっていく。
 空を見上げれば、都会の博多とは違い、たくさんの星々が地図を描いている。
 なんて、きらびやかな世界なんだ。

 おまけに、左手には、高らかに立ち上る何本もの噴水が、踊るようにショーを繰り広げている。

 リキが言っていたことを思い出す。

『女ってのはさ。星空とか、夜景とか、非日常的な光景に弱いもんなのよ』

 確かに一理ある。

 これだけ、非日常的な光景を目の当たりにすれば、意中の女性を落とせそうな……妙な自信が湧いてくるってもんだ。
 その証拠に、辺りを見れば……。


「なぁ、いいじゃん」
「も~う、部屋まで待てないのぉ~」

 水着とはいえ、彼女の胸をまさぐる彼氏さん。
 だが、その彼女も笑っていて、抵抗しようとはしていない。
 
 そんなカップルばかりが、スパを貸し切り状態。

 クソがっ!?
 どこか、他でやれや!

 俺が歯を食いしばって、拳に力を入れていると、柔らかい指が力んだ腕をほぐす。
「タクト? どうしたの?」
 隣りに立っているこいつ。ミハイルは確かにカワイイ。
 だが、男の子なんだ!
「いや……ちょっとな」
「しょーせつのことでも、考えてたの?」
 下から上目遣いで、俺の顔色を伺う。
 腰をかがめているせいか、胸の谷間が露わになる。
 もう少しでトップが見えそうだ。

 クッ! だから、男モードのミハイルは苦手なんだ。
 防御力がなさすぎなんだよ。

「ま、まあな。この旅行も舞台として、いいかもな……。だが、今夜は取材対象が不在だからな」
 つい、ぼやいてしまう。
 そうだ。女装しているアンナとなら、デート気分を味わえたかもしれない。
「そ、そっかぁ……そうなんだ。ふーん、タクトって今、そんなこと考えてたんだ☆」
 なぜか一人、嬉しそうに頷くミハイル。
 あ、本人が目の前にいるのを忘れてた。

   ※

 俺とミハイルはさっそく、展望スパに入ってみる。
 水温は、思った以上に暖かい。というか、熱いぐらいだ。
 ちゃんと温泉なんだなと感じる。

 プールと同様、けっこう水深があったので、今度は溺れないように、俺はミハイルをおんぶしてあげた。

「うわぁ、キレイだなぁ☆ タクト!」
「あぁ、確かにこいつは、なかなか拝めないもんだな」

 思えば、一ツ橋高校に入学して色々なことがあった。
 ぼっちだった俺が、今では……後ろで、はしゃいでるコイツがいるからな。
 何もかもが、一変してしまった。
 生徒の中にはうるさいやつらもいる。だが、悪くない。

 と、人が感傷に浸っているのも束の間、俺の背中に柔肌がプニプニと当たってくる。
 ないはずの胸がなぜか気持ち良い。
 絶壁最高!

「タクト! あれ、なんていう星かな?」
 かなり興奮しているようで、グリグリと胸を頭にこすりつけてくる。
「あれか。オリオン座だな」
「すごいすごい!」
 俺も股間がすごいことになってるよ。

   ※

 少しのぼせた俺たちは、一度、スパから出た。
 事前にミハイルが用意してくれていた飲み物で、喉を潤そうと。

 スパの周りには、ビーチチェアがあったので、そこで寝そべって、乾杯することにした。

 俺はアイスコーヒー、ミハイルはいちごミルク。
「じゃ、タクト。かんぱ~い☆」
「ああ。乾杯」
 少しぬるくなってはいたが、火照った身体にはちょうど良い。
 一気にがぶがぶ飲んでしまった。

「んぐっ、んぐっ……ぷはっあ! ハァハァ……おいし☆」
 相変わらず、いやらしい飲み方するな、この人。

「でも、オレたち。本当にここまでやってこれたんだよね?」
 嬉しそうに瞳を輝かせる。
「ん、なんのことだ?」
「一ツ橋高校でちゃんと単位取れたこと☆」
「ああ……」
 天才の俺には、超普通というか論外な授業やレポートに試験だったが、おバカなミハイルには、かなり頑張ったということか。
「タクトのおかげだよ☆」
 はにかんで見せるその笑顔に、思わず、ドキッとしてしまう。

「いや、俺は別に。なにもしてないさ……」
 動揺を隠すように視線をそらす。
「そんなことないよ! タクトがいてくれたから、スクリーングもちゃんと来れたし、テストも頑張れたもん☆ ありがとなっ☆」
「う、うむ。まあ、来期も一緒に頑張るか……」
 男同士だってのに、なんだか小っ恥ずかしい。
 視線を戻すと、ミハイルは満面の笑顔でこう言う。
「ところでさ、リキのこと。いつから、マブダチになったの?」
 笑ってはいるが、声が冷えきっている。
 ヤベッ、まだ誤解されているよ。

「あ、あれはだな……」
 必死に弁解しようとするが、グイッとミハイルの小さな顔が近づいて来る。
 笑顔で。
「ねぇ。『スキ』ってどういうこと?」
 目が笑ってない。狂気だ。
「それは……俺に向けられたものではないんだ。実はここだけの話だが、リキは今片思いしているんだ」
「タクトに?」
 いつもはキラキラと輝いて、魅力的なグリーンアイズだが、今はとても暗く感じる。
 まるでブラックホール。恐怖でしかない。

「ミハイル、あのな……ちゃんと話を聞いてたか? リキは俺が好きなんじゃない。同じクラスメイトの女子に恋をしている」
 そこでようやく、彼の瞳が輝きを取り戻す。
「えぇ!? リキが女の子を好きになったの!?」
 めっちゃ驚いている。
 あいつだって、見た目おっさんだけど、俺たちと同じティーンエージャーなんだぞ。

 誤解が解けた瞬間、身を乗り出して、質問攻めが始まる。
「だれだれ!? リキが好きになった女の子って? オレが知っている子?」
 こいつって、けっこう恋バナ好きというか、意地悪いな。
「ほれ。あれを見てみろ」

 とある二人の男女を指差して見せる。

 少し離れたスパで、噴水ショーを楽しむハゲと、競泳水着を着た女子。

「あ、ひょっとして……ほのかが好きなの!?」
 ミハイルも予想外の相手に驚きを隠せないようだ。
「そういうことだ。アレのなにがいいのか、わからんが。俺に相談されてな……腐女子の攻略方法なんざ、俺は……」
 言いかけている最中で、ミハイルが俺の肩を掴んで、叫ぶ。
「さいっこうじゃん!」
「は?」
「あの二人、絶対くっつけようよ☆」
 めっちゃ楽しそう。拳を作って、ガッツポーズ決めちゃってさ。
 まだ、ほのかという、生態をちゃんと把握できてないのに。
「なんで、お前が乗り気なんだ。ミハイル?」
 ちょっと、冷めた目で彼を見つめる。
「だってさ。ちょー、おもしれぇじゃん☆ オレも応援してるよ、リキのこと☆ で、いつ告白すんの?」
 こいつ……人の恋愛だからって、楽しんでんな。

「さあな、今夜かもしれんし、明日かもしれんし、一生わからないな」
「ダメだゾ、タクト! マブダチの恋愛なんだから、ちゃんと本気になって、応援してあげなきゃ!」
 あんた、さっきまで、そのマブダチのことで怒ってたじゃん。
「いや、こればっかりは、本人たちの意思というか、相性の問題だろ……」
「ダメダメ! 力づくでもいいから、リキがほのかと結ばれないと、な☆」
 それって、犯罪だろ。
「あのな……」
 俺たちが、他人の恋バナで言い合っていると……。

 ドーンッ! と凄まじい轟音が鳴り響く。

 色とりどりの花火が、一斉に打ち上げられていく。

「すごい! 花火だ☆」
「そういえば、そうだったな」

 ドンッ! ドンッ! と次々に、大きな花火で夜空が明るく照らされていく。

 花火なんて、小学生の時以来だな。
 身体にまで響き渡るこの音さえ、心地よい。
「いいもんだな、たまには、旅行ってのも……」
 ふと、隣りのミハイルに話しかけてみたが、花火の音で聞こえてないようだ。

 彼と言えば、なにか考えごとをしているようで。
 小さな唇に人差し指を当てて、ブツブツと独り言を漏らしていた。

 途切れ途切れでしか、聞こえてこなかったが、なにやら変なことを口にしている。

「ふふっ、ほのか……と、リキをくっつけて……タクトの周りの……女たちは……全員消えて……」

 ファッ!?

 俺の視線に気がついた彼は、ニコッと笑って見せる。

「楽しいな、タクト。旅行ってさ☆」
「う、うん……とても」

 花火が終わりを迎え、俺はそろそろ、混浴温泉であるクーパーガーデンから出ようと、ミハイルに提案する。
 すると、彼はなぜか、ぎこちなく頷く。
「あ、うん……」
 妙に元気ないな。
「どうした? 夏とはいえ、夜の温水プールだ。身体を冷やしたのか? なら、早く『タンスの湯』で身体を温めよう」
 俺がそう促すが、彼は急に慌てだす。
「あ、お風呂ね……」
 どうも、歯切れが悪い。
 あれか? 男同士とはいえ、一緒に真っ裸で大浴場に入るのが、恥ずかしいのか。

   ※

 クーパーガーデンを出て、また玄関で男女が別々になる。
 先ほどの更衣室に向かうため、バラバラに行動せねば、ならないからだ。
 左右に別れた階段を進んで、そのまま、更衣室で水着を脱ぎ、大浴場と露天風呂のあるタンスの湯に行ける。

 行きは疲れたが、帰りはこりゃ楽だ。

「じゃあまたね」
 どこからか、若い女性の声が聞こえてきた。
 見れば、競泳水着に眼鏡の女子。
 北神 ほのかだ。
 リキに別れを告げて、奥の女子専用廊下へと進んでいく。
「うん。ありがとな、ほのかちゃん」
 頬を赤くした力がオーバーに両手をブンブンと振って、別れを惜しむ。


「リキ、結構、順調みたいだな」
 彼の背中に声をかけてみる。
「ああ、タクオ! こりゃ、イケるかもだぜ!」
 拳を作って、はしゃぐリキ。
「だといいな」
「そうだ! 今から俺と一緒に露天風呂へ行こうぜ! マブダチとして!」
「ああ。俺もちょうど、ミハイルと行くところだったんだ……なあ、ミハイル?」
 隣りに視線を戻すと……そこには誰もいなかった。
「なっ!? ミハイル? どこだ?」
 心配になって、辺りを探すが、どこにもいない。
「タクオ、ミハイルのやつなら……ほれ。もうあっちに行ったぜ?」
 リキの指差す方を見れば、階段を物凄いスピードで走り去るミハイルの姿が。
 うむ、濡れた水着の小尻も最高……じゃなかった!
 なんであいつ、逃げていくんだ?
 ちょっと、腹が立つわ。

「まあタクオ。ミハイルもなんか用事あんじゃね? 腹でも壊したとかよ」
「な、なるほど……」
 それなら、確かにあの動揺した姿も頷けるか。
 結構、あいつ。ああ見えて、恥ずかしがり屋だからな。

   ※

 更衣室で、水着を脱ぎ、近くにあった小さなタオルを手に取ると、早速、大浴場に入って見た。
 中はかなり賑わっている。
 おじいさんや親子たちで、ガヤガヤと騒がしい。
 全員フル●ンで、見ていてエグいがな。

 俺は簡単にシャワーで身体を洗い流すと、まずは露天風呂である『タンス湯』へと向った。
 別府の夜景を楽しみながら、塩水で温められた天然温泉らしい。
 たまには、都会から離れた静かな高原で、リラックスしたいからな。

 大浴場を抜けて、露天風呂に出た。

 湯船は全部で、上から4段に別れた構造になっている。
 一段目に屋根があり、二段目から完全に露天風呂。三段目が一番大きく、また足湯も完備。最深部が寝湯になっていて、石造の枕まで完備。
 こりゃあ、日々の疲れが取れるってもんだ。

 俺は迷うことなく、寝湯の方へ降りていく。

 最近、自作『気にヤン』の執筆を追い込んだせいで、肩がかなり凝っているから。
 少しでも肩こりをほぐしたい。

 湯船につかり、仰向けになって、寝てみる。
 枕もいい感じの高さで、ちょうど耳に水が入らないぐらいだ。
「ごくらく、極楽~」
 なんて鼻歌が出るぐらい快適。
 どうしても、身体の力を緩めると、足先が浮かんでしまうが、そんなこと気にならないぐらい、気持ちが良い。

 上を見上げれば、星々がたくさん広がっていて、最高のプラネタリウム。
 前方に目をやれば、別府湾や街の夜景が見渡せる。

 ちょっと、熱すぎるぐらいの温泉だが、半身がどうしても、水中から浮かんでしまうので、濡れた素肌を、前方から吹きつける強い風が、火照った身体を冷ます。
 これはこれで、気持ちが良いものだ。

「来て良かったなぁ」

 と目を瞑って、呟いてみると……。
 誰かが俺の言葉に同調してくる。

「だよな!」

 瞼を開いて、声の主を探す。
 左側には誰もいない。
 じゃあ、逆の右を見てみるか……。

「うなぎぃっ!?」

 水中にうなぎが泳いでいる。

「な、なんだこいつ!? どこから入ってきたんだ!」
 パニックを起していると、大きな手が俺の肩をつかみ、静止させる。
「どこ見てんだよ、タクオ? 俺だよ」
「へ?」
 うなぎの持ち主は、千鳥 力。その人であった。

「ああ……お前だったのか。未知の生命体がこの別府に落ちてきたかと思った」
「ハハハッ、宇宙人なんて信じてんのかよ、タクオってやっぱ変わってんな」
 そう言って、俺の背中をビシバシ叩く。
 いや、確かに君のおてんてんは宇宙人だよ。

 だって、ごんぶとだし、長すぎるし、水中から顔を出すなんて……。


 咳払いして、動揺を隠そうとする。
「お、おほん! お前のって、その……デカいんだな」
 恐る恐る、彼の股間を指差す。
「はぁ? そうか。フツーじゃね?」
 いや、異常だ! 見たことない! 信じたくもない!
 馬並みだ。
「普通ではないだろう。リキ、お前のってさ。何というか、デカいというか、長さもあるし……」
 怖いよぉ!
「そんなに驚くなよ、ハハハッ。タクオが小さすぎんじゃね?」
 比較したことないけど、普通の部類だと思ってます。
「だって、浮かぶか? 普通……」
「え、タクオは浮かばないの?」
 巨乳の人が浮かぶと聞くが、男の話は初めてだ。

「ないよ……」
「そっかぁ。まあ、俺もあんまり温泉とかこねーから、わかんねーや。うちの親父とかも浮いてるしな~」
 家系だってか!

 リキは俺のことなど気にせず、温泉を楽しんでいる。

 だが、ここである疑問というか、不安を覚える。
 ミハイルのことだ。
 彼は幼いころから、リキやここあと一緒に遊んでいたらしい。
 多分、お泊りとかも。
 ならば……ミハイルのサイズも知っておかないと。
 だって、怖いじゃん!

「なあ、リキは……ミハイルと風呂とか、入ったことあるのか?」
「え? ミハイルと? あるよ。近所だし、ヴィッキーちゃんにはお世話になってるしなぁ」
「じゃあ、そのミハイルってお前と同じぐらいの……そのサイズだったか?」
 彼の回答に思わず、生唾を飲み込む。
「うーん」
 しばらく考え込むリキ。
 沈黙が怖い。
「最近は一緒に入らないからなぁ……多分、同じぐらいじゃね?」
 ファッ!?
「そ、そうなんだ……」
 あの華奢な身体で、どうやって、『ガンホルダー』におさめるというのだ?


 と、ここで、また新たな疑問が俺の頭に浮かぶ。
「なあ。ところで、そんなに長いサイズのをどうやってパンツに入れるんだよ?」
「え? 太ももにゴムのバンドで折りたたんでるぜ。普通のことだろ?」
 あっさり、爆弾発言をするリキ。いや、リキ兄貴。
「そ、そうですね。普通のことですよね。普通の……」
 なぜか縮こまってしまう俺だった。

   ※

 長い、長すぎる……なにがって?
 この隣りの野郎のことだよ。
「それでよ、ほのかちゃんのどこがいいかってよ。まず、あの真面目そうな顔とは反したワガマボディ! それに眼鏡の奥からたまに見える鋭い眼差し。あと、毎回制服着てくるというこだわり! たまらねぇよな! あとさ、気づかいもできるし、芯が強い女の子だって思うわけ。自分の気持ちは曲げない潔さ! 全部、全部が可愛すぎて……」
 うるせぇ!
 お前がどれだけ、ほのかのことを想ってることは、もうわかったよ。
 一時間近くも聞かせられるこっちの身にもなってくれ。
 もうさすがに、熱さで身体のぼせてきた……。
「悪い、リキ。先にあがるわ」
 ちょっと、熱で頭がふらつく。
 フラフラと立ち上がろうとする……が、ごつい彼の大きな手が俺の腕を掴む。
「ちょ、ちょっと待てよ! タクオ! これからがいいところなんだ、もうちょっと付き合ってくれよ!」
「話なら温泉を出てからでいいだろ……」
「いや、俺の気持ちはこの夜景を見ながら、マブダチのお前と語り合いたいんだって!」
 俺の腕を一向に離そうとしないリキ。
 だが、もう相手をしてられん。
 早く出ないと俺が倒れそうだ。

「悪いが出るぞ……」
 必死の思いで、湯船から脱出しようとした瞬間だった。
 見くびっていた。『剛腕のリキ』の異名を。

 俺の意思とは反して、力づくで引っ張られ、地面に叩きつけられる。
「いってぇ……」

 石畳の上でうつ伏せの状態に倒れてしまった。
 心配したリキが咄嗟に立ち上がる。
「わりぃ! タクオ、大丈夫か!?」
 急いで俺の元へ駆け寄ろうとするが、彼も長時間、湯船に浸かっていたせいか、思ったように足が動かず、フラついている。
「ありゃっ!」
 リキのアホな声と共に、ドシン! とナニかが、乗っかかてきた。

「いってぇぇぇ!」

 倒れこんでいる俺の背中に、リキの巨体がボディプレス。
 あばら骨が折れたかも?

 だが、そんなことよりも、気になるのは、俺の臀部(でんぶ)あたりだ。
 ナニかが、俺の割れ目にグニョグニョとうごめいている。
 ま、まさか!?

「わりぃ、タクオ。こけちまった……」
「そんなことはいい! 早く俺から離れろ! こんなところ、誰かに見られたら……」

 時すでに遅し。
 目の前には、細い脚が4本。

 見上げると、そこには、おかっぱ頭のキノコ頭が二人。
 同じクラスの日田兄弟が立っていた。

「し、新宮殿! まさか、氏は、剛腕のリキとそのような関係……」
「兄者、ここは一つ……」

 お互いの顔を見つめあうと、無言で頷く。

「「ぎゃあああ! ホモダチだぁ!!!」

「……」
 終わったな、俺のスクールライフ。

 先ほどのリキとの『ドッキング』疑惑で、俺は日田の兄弟ともう仲良くできないかもしれない。
 まあ、いつか誤解は解けるだろう……知らんけど。

 攻め役を演じてしまったリキ本人は、なんのことか、さっぱりらしく。
「変な奴ら」と首を傾げていた。
 俺は受けの人だとは思われたくないので、リキに「話の続きはホテルの部屋で聞くから」と先に露天風呂から出た。
 というか、逃げたんだけど。

   ※

 浴衣姿になると、俺は更衣室を出て元の道を辿る。
 エレベーターを使って、二階に降り、ゲームセンターと売店が見えたところで、スマホのベルが鳴る。
 アイドル声優の『YUIKA』ちゃんの可愛らしい歌声……耳の穴から身体癒されるぅ~
 じゃなかったと、着信名を確認すると、古賀 アンナ。

「ん!?」

 思わず、スマホの画面を二度見してしまった。
 だって今、俺たちがいるのは、福岡県から遠く離れた街、大分県別府だ。
 古賀 ミハイルがここにいるのは、わかる。
 だが、アンナはこの場にいない設定のはずだ。設定上。
 
 とりあえず、電話に出てみる。
「もしもし?」
『あっ、タッくん☆ アンナだよ、久しぶり~☆』
 偉くテンションが高いな。
「ああ、久しぶりだな。どうした? 取材の件か?」
『うん☆ 取材しよ! 今から……』
「は? アンナ、悪いが俺は今、別府に来ていて……』
 言いかけている途中で、眼前がブラックアウトする。
 そして、少し冷たくて柔らかい感触を感じた。
 甘い石鹸の香り……。

「だーれだっ!?」

 今日日、やらない行為だな。

「まさか……アンナか」
「せーいっかい☆」
 俺が当てたご褒美に、視界が解放される。
 瞼をこすってみる。
 そこには、正真正銘の金髪美少女が立っていた。

 長い金色の美しい髪を、肩から揺らせて。
 頭には大きなピンクのリボンのカチューシャ。
 上から真っ白なノースリーブのブラウス。
 パールバックルベルトがついたミニ丈のフレアスカート。
 白くて透き通るような細い脚を拝める。
 足もとは、温泉には似合わないガーリーなデザインのリボンサンダル。

 間違いない。
 こんな天使はこの世に一人しか存在しない。
 俺の大事な取材対象、アンナだ。(♂)

「タッくん☆ 来ちゃった!」
「は……?」
 ちょっと、軽く脳内がパニックを起しているのだが?
 なぜ、一ツ橋高校の卒業旅行にアンナが参加しているのだ……。
 いや確かに、ミハイルが一緒なのはわかっている。
 彼女がこの学校の情報を知っていると言うのは、解せん。

「タッくん、ここで取材していこ☆」
「ちょ、ちょっと待て! アンナ、どうして、ここにいるんだ?」
 ここは設定を守らないと今後、おかしくなる。
「え……?」
 額から滝のような汗を吹き出す。
「だって、ここは別府だ。同級生のミハイルは来ているが、何故、部外者のアンナがホテルにいる?」
 そうじゃなきゃ、アンナちゃんストーカー説。
「そ、それはね……そう! ヴィッキーちゃんに教えてもらったからだよ☆ だから、ミーシャちゃんと一緒に来たの! ば、バスは別だったけどね……」
 なんと苦しい言い訳だ。
「なるほどな。だが、今もう夜の9時だぞ? アンナ、今日はどこに泊まるんだ?」
「ミーシャちゃんと同じ部屋だよ☆」
 ファッ!?

 全て、謎は解けたぞ!
 松乃井ホテルに着いた時、俺が宗像先生に、ミハイルの部屋を訊ねたら……。
『ああん? 古賀のことか。あいつは家族と一緒に泊まるって言うから、事前に部屋を決めておいたぞ』
 と語っていた。
 そして、登校時、異常に大きなリュックサックの中身は、この為だったのか!?


「ふむ……了解した。じゃあ取材と行くか」
「うん☆ タッくん、イルミネーションに観に行こうよ!」
「ああ」

 まったく、困った取材相手だな。

   ※

 俺とアンナは仲良く、ホテルのバスに乗り、長い坂道を下っていく。
 外はもう真っ暗だが一際目立つ、煌びやかなイルミネーションが見えてきた。
 松乃井ホテルの道路沿いに、キラキラと輝くライトアップされた美しい木々。
 それに光りのトンネルや、お姫様が乗っていそうなかぼちゃの馬車。
 可愛らしいクマさんやウサギさんがお出迎え。

 色とりどりの鮮やかなイルミネーションが作りだしたこの場所は、まるで別世界。
 日本ではない、ファンタジーの世界に迷い込んでしまう錯覚を覚える。

 バスから降りると、アンナが俺の手を引っ張って、駆け寄る。
「タッくん、見て見てぇ! すごく、キレイだよ~☆」
「あ、ああ。確かに壮観だな……」
 俺はイルミネーションよりも、その灯りに負けないぐらいに輝いている彼女のグリーンアイズに見惚れていた。
 なんだか、変な気持ちになってきた。

 リキが言っていたように、女が非日常的な光景に弱いってやつは、本当のことなのかもしれない……。
 今日はホテルも背後にある。
 あれ、俺ってば、今宵、童貞を捨てられるフラグ立っちゃった?
 いや……無理だって。相手は男だよ。

 煩悩を振り払うために、頭を左右にブンブンと強く振り回す。

「タッくん? どうしたの? 調子悪い?」
「いや、別府にまで、アンナと一緒に来れて……感激していたんだよ」
「そっかぁ☆ アンナも同じ気持ちだよ☆」
 小悪魔的な笑顔を魅せてくる。
 イケるの? 『いいよ』って合図出してるんの?
 ど、ど、どうしよう……『大事なもの』も用意してないし……。


 俺は一人頭を抱え、脳内で理性と野生が壮絶な戦いを繰り広げる。
 その場で、ジタバタしていると、誰かが俺たちに声をかけてきた。

「お~う、琢人じゃねーか!」

 光りのトンネルの奥に、かぼちゃの馬車の前で、一人の男が見えた。
 長テーブルの上には、大きなクーラーボックスが何個も置いてある。
 そして、テーブル下に白いのれんがかかっている。

『美味しくて冷たいアイス販売中♪ トッピング豊富♪ お肌にも優しいオーガニック』

 そんな健康的な文言とは、似合わない販売員がテーブルの後ろに立っている。
 ストライプに刈り上げた坊主頭に、両腕に龍と虎のタトゥー。
 間違いない。見た目シャブ中の売人。善良な福岡市民の夜臼先輩だ。

「わぁ、アイスだって! 美味しそう☆ タッくん、一緒に食べようよ☆」
「え、ちょっ……」
 アンナに手を引っ張られて、光りのトンネルを通り抜ける。

 その先で、夜臼先輩は、怪しく微笑んでいる。
 可愛らしいアイスのプリントされたエプロンをかけているのだが、余計に誤解されやすい。
 
 だが、俺は戸惑っていた。
 それは、今隣りにいるのが、古賀 アンナだからだ。
 ミハイルを知っている人物に出会えば、女装しているとはいえ、正体がバレるのではないか……。
 それだけは、避けたい。
 彼女を傷つけたくないから。

「ヘッヘヘヘ……琢人も隅におけねぇじゃねーか? 童貞だと思ってたけど、こんなカワイイ彼女がいるんなんてよ、ウッヒヒヒ!」
 笑い方が怖い!
 俺の心配は必要なかったようだ。
「カワイイだなんて~☆ うれしい~」
 恥ずかしがる女装少年。
「あ、いや。彼女ではないですよ……」
 一応、弁解しておく。

「はぁ? 琢人……おめぇ、女の子に恥をかかせる気か! 俺りゃあ、そういう中途半端な野郎が大嫌いなんだよ!」
 珍しく怒られちゃったよ。
「す、すみません。今、まだ彼氏彼女未満みたいな関係でして……」
「ほーう。そうかぁ……なら、好都合だべ!」
「え?」
「俺りゃあのアイスを食ってきな! この一つのアイスを二人で仲良くイルミネーション見ながら食えば……ヒッヒヒ。飛ぶぜ? 天国へな」
 ドヤ顔してるけど、ただのお節介なおじさんじゃん。

 夜臼先輩を見ても物怖じせず、アンナは注文を始める。
「えっと、アンナはチョコアイスが好きだけど、タッくんはバニラが好きだから……」
「アンナちゃんって言うのか? ヒッヒヒ……カワイイ顔して、経験済みなのか。こりゃあ、売人の血が騒ぐってもんだ」
 アイスのね。
「俺りゃあ、琢人のダチでよ。夜臼 太一ってんだ。よろしくな、アンナちゃん。ウッヒヒヒ」
 なんで一々、この人の喋り方って誤解を招くのだろう。
「あ、古賀 アンナって言います。ミーシャちゃんのいとこです☆」
「ほぅ、ミハイルの親戚か。なら、サービスだぜぇ。チョコとバニラを一つのコーンにダブルでいいかぁ? ヘッヘヘヘ、これなら、仲良く食べれるぜぇ?」
「じゃあ、それでお願いします☆ 夜臼先輩☆」
「ウッヒヒヒ、琢人。いい子じゃねーか」
 あんたもいい人だね。

「あとよ、新作も売ってんだぜ? ヘッヘヘヘ……乾燥させた『野菜』だぁ、ウッヒヒヒ!」
 そう言って、テーブルの下から出したのは、確かに乾燥野菜のニンジン、オクラ、レンコン、トマトなどなど。
「野菜本来の甘みだからよぉ、太りにくいし、健康的でよぉ。お肌にもいいんだぜぇ~ 今なら安くしてやるよぉ~ 末端価格にして100グラム88円だぜ、ヘッヘヘヘ!」
 正当な価格では?
「お肌にいいんですかぁ☆ じゃあ、おみやげに1キロください☆」
 交渉成立しちゃった、合法的に。

 夜臼先輩から、合法的に買い物を済ませた俺とアンナは、仲良くかぼちゃの馬車の前で、アイスを食べることにした。
 一つのアイスを交代でパクッと食べては、相手に「ハイッ」と口に向ける。
 あれ……普通に、間接キスどころか。唾液交換してない?
 な、なんだか、興奮してきた。

 アンナと言えば、そんな俺のやましい気持ちなど知らず……。
 イルミネーションを子供のように、喜んで見ている。
「キレイだねぇ、タッくん……。なんか『夢の国』の世界みたい~☆ こんな景色を見ながら、タッくんと一緒にアイス食べれて、幸せぇ☆」
 そう言いながら、視線は落とさず。
「ペロッ、んふっ。ペロペロッ……ごっくん!」
 というエロい咀嚼音。

 ヤバいヤバい、俺の理性さんがどこかに旅立ちそうだぁ!
 アイスは夜臼先輩の計らいで、左側がチョコ、右側がバニラだ。
 だが、アンナの視線は、イルミネーションに釘付けのため、『境界線』からはみ出て、食べてしまう。
 真っ白なバニラのクリームに、赤い口紅の色が混ざる。

 こ、これは!
 自然現象によって起きたラズベリーアイスだ。

 思わず、生唾を飲み込む。

「ハイッ。タッくんの番だよ?」
 コーンを口元に近づけるアンナ。
「ああ。い、いただきますぅ!」
 なぜか敬語でかぶりつく。
 舌の中でとろけるバニラクリームと、ほのかに残るルージュの香り……。
 なんてこった。
 超おいし~♪

「どうしたの、タッくん? やけに嬉しそうだね?」
 見透かされたように感じたので、咳払いでごまかす。
「お、おっほん! いやぁ、幻想的な夜景と共に、食べるアイスは格別だと思ってな。小説の取材に使えそうだ」
 そして、俺のおかずにも!
「なら良かったぁ☆ アンナも一緒に来た甲斐があったよぉ」
 無邪気に笑う彼女に、妙な罪悪感を感じる。

   ※

 アイスを食べ終えて、しばらくイルミネーションを眺めたあと、俺たちはホテルの中に入った。
 ホテルにも土産屋が数件あって、アンナが見ていきたい、と言ったからだ。
 彼女は店の中で、主にお菓子やぬいぐるみなどを物色していた。
 俺と言えば、こういうのにあまり興味がないから、ちょっと離れた場所から、アンナを見つめている。

 ふと、振り返ると、ロビーが目に入る。

 夜の10時を過ぎたせいか、辺りは静まり返っていた。
 フロントも夜勤のスタッフが一人いるぐらい。
 客はみんな自室に戻ったのかも。

 そう考えていると、二人の人影が目に入る。
 フロントの反対側にチェックインなどの際に、客が待機するスペースがある。
 ソファーがいくつもあって、そこで受付や会計を待つ時に使うものだ。

 今は夜遅いから、もう客などいないのだが。

 浴衣姿の男女が二人。
 スキンヘッドの大男とショートボブの小柄な女。
 少し離れた距離で、肩を並べて座っている。

「ん、あれ。リキとほのかじゃないか……」

 そう呟くと、いきなり背後から誰かが囁く。

「ホントだ……リキじゃん」
 
 振り返れば、怪しく微笑むアンナが。

「アンナ? お前、なんでリキの名前を知っている?」
 さりげなく、突っ込んでおく。
 俺の問いにうろたえだすアンナ。
「え、え、え? リキくんのことは、ミーシャちゃんから聞いてるから、ね。面識はないけど、昔から友達だって……」
「なるほど」
 そういうことにしておいてやるか。

 ということで、今から俺たちは、『ステルスミッション』を開始するのであった。

 成り行きで、俺とアンナは、後ろから、一連の行動を見届けることにした。
 というか、アンナが悪ノリして「ねぇ、あの二人。いい感じだって、ミーシャちゃんから聞いたよ☆ 応援してあげようよ☆」と提案したからだ。
 だから、今の俺たちは、大きな柱の裏で姿を隠している。
 首だけ出して。
 上からアンナ、俺の順番で、目の前のソファーをのぞきこむ。
 完璧ストーカーじゃん。


「あの、千鳥くん……。話ってなに?」
 どことなく、ぎこちないほのか。
 それに対して、リキは前のめりで興奮した様子だ。
「わ、わりぃな。ほのかちゃん。こんな夜中に呼び出してよ」
 ツルツルのスキンヘッドが汗ばんでいて、蛍光灯の明かりに照らされる。
 ピカピカでよく目立つ。
「いいけど……」
 いつものほのかとは、どこか様子が違う。
 なにか警戒してるように見える。


「いけいけっ! 今だよ、リキくん☆」
 頭上でめっちゃ楽しそうなアンナちゃん。
「しかし、この感じ。まだ時ではないんじゃないか?」
「ダメだよ、タッくん! そんな弱気じゃあ! この恋、絶対に死んでも、相手を殺してでも成就させないと!」
「え……」
 それ、もう心中じゃん。
 死んだら相思相愛になれないでしょ。
 彼女の発言に呆れはしたが、俺も見ていてドキドキしてきた。
 他人が告白するシーンなんて、滅多に拝めないからな。


「あの……そのよ。俺、実は一ツ橋高校に入ってさ。あんまり、自信なかったんだよ。この高校にずっといれるかってさ。前の高校はケンカで中退しちゃって……」
 うわぁ、なんか思ったより、重めな感じの告白だわ。
 てか、ケンカで退学かよ。マジでヤンキーじゃん。
「うん」
「でも、ほのかちゃんと出会って、学校が楽しくてさ。ちょっとずつだけど、勉強とかスクリーングもやる気出てさ。卒業まで頑張れそうなんだよ……だからさ、だから……」
 男らしくねぇな。バシッと言っちまえよ。
「うん……」
 ほのかのテンションはどこか落ちているな。
 嫌な予感がする。
「ああ、ごめん! 俺、ちょっとなに言っているか、わかんねーよな……」
「私も中退したから、気持ちはわかるよ」
 真剣な顔でリキを見つめるほのか。
 だが、彼も負けじと、じっと見つめ返す。

「シンプルに言うわ! 俺、ほのかちゃんが好きだ! もし良かったら、付き合って欲しい!」
「……」


 静まり返るロビー。
 なんだ? こっちにまで重たい空気が漂ってくる。
 真夏だというのに、急に寒気が。


 リキの男らしい告白に、黙ってうつむくほのか。
「どうかな? ダチからでもいいんだ?」
 沈黙が続くためか、彼は場を和ませようと必死だ。
「……あのね、嬉しいんだけど」
 視線は床に落としたまま、喋り出すほのか。
「う、うん! お、俺じゃ、やっぱりダメかな?」
「この際だから、千鳥くんにもハッキリ伝えておくね……」
 そう呟くと、何を思ったのか、彼女は急に立ち上がる。
 ソファーに残されたリキは、驚いた顔でほのかを見上げていた。
「え?」

「私ね……ずっと黙っていたの。宗像先生。琢人くんやミハイルくん。あの人たちには、なぜか自然と本当の自分をさらけ出していられるけど。普段は、隠しているの」
「な、なにを?」
 グッと拳を作ると、ソファーに座っているリキを鋭い目つきで睨みつけた。

「私は……今。夢で忙しいの! 絡めることしか、考えてないの!」
「か、からめる? えっ? えっ……」
 言葉の意味を理解できてないリキ兄貴。


 柱の後ろで聞いていた俺も思わず……。
「ブフーーーッ!」
 大量の唾を吹き出してしまった。
 なに言ってんだ、ほのかのやつ。
 あれじゃ、断ったことに気がついてないぞ!

 俺とは違い、アンナは至って冷静で。
「チッ! 失敗しやがって、リキめ」
 おいおい、ミハイルくんが漏れてるよ。


 腐女子をカミングアウトしたほのかの目に、生気が湧き出す。
「千鳥くんには悪いけど、私。ショタっ子とおじさんでめっちゃ忙しいの!」
 そう言い残すと、彼女は満面の笑みで、その場を去っていった。
「え、え、え? どういうこと?」
 一人取り残されたリキは、困惑した様子で、やんわり断られたことに気がついてない。

 ほのかがこちらに近づいてきたので、俺はアンナの手を引っ張って、別の柱にコソコソと逃げ移る。
 エレベーターに向っていくほのかを、確認し終えると、リキの後ろ姿が目に入った。

「からめる? キャラメルのことか? しょうた? おじさん? なんなんだ?」
 リキ兄貴、かわいそう!

 だが、ここで俺が声をかけるのも、なんだか彼のプライドを傷つけそうだ。
 そっとしておこう……と、思ったら、隣りにいたアンナが、ずいっと身を乗り出す。
 なにを思ったのか、リキの方向へとツカツカと音を当てて、歩き始めた。


「ねぇ、リキくん」
「え……だれ?」
 真っ青な顔したリキに対して、アンナは優しく微笑む。
 てか、マブダチのくせに、女装がバレてない。
「はじめまして。私、古賀 アンナって言います。ミーシャちゃんのいとこです」
 ファッ!?
 あいつ、自ら墓穴堀りに行きやがった。

 予想外の行動に俺もソファーに駆け寄る。
 急いで止めないと、アンナの正体がバレてしまう。

「おい、アンナ! リキとは初対面だろ? 失礼じゃないか……」
 設定を守れよ、と彼女の肩を掴むが、逆に冷たい視線で睨みかえされた。
「タッくんは黙ってて」
「は、はい」
 こ、怖えぇ……。


「俺、フラれたのかな……」
 ツルピカ頭を抱え込む剛腕のリキ。
「ううん! まだフラれてないよ☆」
 ファッ!?
 嘘つく気かよ。そこまでして、あの二人をくっつけたいのか!
「え、マジなの。アンナちゃん?」
「同じ女の子だから、あの子が言っていた意味がわかるよ☆」
 お前は男だろ!
「ほ、本当に?」
 すがるようにアンナの手を掴む、リキ。
「大丈夫、安心して☆ あの子が言いたいのは『絡めたい』てこと、つまり男同士の恋愛マンガを描きたいから、今は忙しいってことなんだよ☆」
 間違ってはないけど……。

「つまり、どういうことなんだ?」
「リキくんが取材をすればいいんだよ☆ あの子が喜ぶこと」
「やるよ、なんでもやるから、頼む! 教えてくれ!」
「それはね……リキくんが知らないおじさんと仲良くなることだよ☆」

 もうやめてあげてよ、俺のマブダチなんだからさ。

 超絶腐女子の北神 ほのかに告白して、無惨に散ってしまった千鳥 力だったが。
 なんとマブダチであるミハイル。いや正体を隠している女装男子アンナちゃんから、
「まだチャンスはあるよ☆ 取材してあげたらいいんだよ☆」
 と優しく彼の手を握る。

 取材と言っても、彼女のいう取材とは、ほのかの描くBLマンガのために『同性愛』。
 つまり、リキ自身が見知らぬ、おじさまと仲良しすれば、きっと腐女子の彼女は振り向いてくれる。
 そう提案したのだ。

 理解できていな当のリキと言えば、希望を見出したかのように、瞳をキラキラと輝かせる。
「ありがとな! アンナちゃん! 俺も取材を頑張ってみるぜ!」
 やる気出すなよ、リキの兄貴……。
「うん☆ リキくんなら絶対ほのかちゃんと恋仲になれるよ☆ ていうか結婚できると思うの☆」
 生涯、苦労すること間違いなし。
「おお! じゃあ、さっそく取材のために、なにをすればいいかな?」
 すると、アンナは俺の方を見つめる。
 怪しく微笑んで。
「タッくん☆ 教えてあげてね」
「は、はい!」
 目が笑ってないから、怖すぎる。

 とりあえず、俺はリキと携帯電話の番号とメルアドを交換し、後日連絡するとだけ言っておいた。
 あんまり関わりたくないけど……。

   ※

 意気投合したリキとアンナは、両手で握手を交わし、
「お互い頑張ろうぜ!」
「頑張ろうね☆」
 なんて男同士の友情が深まってしまう。(女装してるやつと)

 リキは嬉しそうにエレベーターで自身の部屋に戻っていく。

 二人になった途端、アンナは俺の顔をじっと見つめる。
 いつもの優しい彼女に戻っていた。
「タッくん。今からどうしよっか?」
「ああ……どうするかな……」
 
 その時だった。
 背後に人影を感じたのは。

「あれぇ~? オタッキーじゃ~ん!」

 振り返ると、そこには伝説のヤンキーの一人。
 どビッチのここあこと、花鶴 ここあだ。

「は、花鶴!?」
 動揺を隠せない。
 なぜなら、俺の隣りに、彼女の親友でもあるミハイルが女装して立っているからだ。
 だが……先ほど、リキの前では、アンナの正体はバレていなかったな。
 今回もやり過ごせるのでは?

「あ、ここあ……」
 思わず、口からこぼれてしまう。
 俺に聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声だったが、完全に素のミハイル。

「ん~ 隣りの子って……」
 マジマジとアンナを眺めるここあ。
 上から下まで。

 アンナと言えば、額から尋常じゃないぐらい大量の汗を吹き出している。

「あ、あ、ども~ わ、私。ミーシャちゃんのいとこで、古賀 アンナって言います~」
 緊張からか、声が裏返っている。
「はぁ? ミーシャのいとこ? あーしさ。ミーシャとすっごい長い仲なんだけど。聞いたことないよ」
 睨みをきかせ、背の低いアンナに目線をあわせるため、腰を曲げて、彼女の顔を覗き込む。
「え、えっと……その。私は、遠くに住んでいたから、ここあちゃんも知らなかったんだと思う、よ?」
 なぜ疑問形。
「ああん? あんたさ。あーしをなめてない?」
 日頃バカそうな花鶴にしては、かなり苛立っているように見える。
 それに脅えるアンナ。
「な、なめてない! なめてないよ!」
 小さな顔を左右にブンブン振り回して、否定する。
「大体さ、なんであーしの名前を知ってんの? おかしくない?」
 正論だ。自ら墓穴を掘ったな。
 設定がたまに壊れちゃうんです。うちのアンナちゃん。

「いや……これは違くて。ミーシャちゃんに話を聞いてたから……」
 頭がバグッてるぐらい挙動不審だ。
 こんなアンナ初めて見るかも。
「ていうかさ。ミーシャにそっくりじゃん! 双子? 隠し子? あーし、今度ヴィッキーちゃんに聞いてもいい?」
「ダ、ダメぇ!」
 この時だけは、強く反論する。
 そりゃそうだろうな。

「ふーん……なんかさ。あんたって、胡散臭いんだよ」
 目を細めて、マブダチのグリーンアイズをじっと見つめる。
「く、臭い?」
 意味を履き違えている。
「うん。なんつーのかな……童貞が考えたテンプレの痛い女? ブリブリ女て感じ?」
 酷い!
 だが的を得ている!
 だって、俺の願望が詰まった理想の女性像なんだもん……。
「そ、そんなぁ……」
 半泣き状態のアンナちゃん。
「服もさ、男に媚びつくした甘々ファッションだし、メイクも気に入らないっしょ。てか温泉に来てんのに、ヒールの高いサンダルってバカ丸出しじゃん。清楚系ビッチって感じっしょ」
 どビッチに言われちゃ、おしまいですよ。
「酷い! ここあちゃん!」
 あまりにも辛口過ぎて泣いちゃった。
「あーしってダチ以外には優しくできないから!」
 いや、マブダチが目の前いるでしょ。
「ぐすん……」
「ていうか。マジで偽物ぽいわ……。あんたマジでミーシャのなんなの? ミーシャ、泣かしたら殺すからね?」
 ドスの聞いた声で睨みをきかせる。
 ていうか、本人を泣かせたのは、君だよ?
「うわぁん! ここあちゃん、最低! もうタッくん、いこっ!」
 泣き出したアンナは俺の手を掴むと、ロビーから逃げ去る。
「ちょっ! まだ話は終わってないっしょ!」
 花鶴を無視して、エレベーターに入りこむ。

 なにも出来ずにいた俺は、彼女の身を案じた。
「す、すまない。アンナ……俺のクラスメイトが酷いことを言ってしまって。でも気にするな。アンナのファッションや優しい性格は、誰よりも俺がよくわかっているつもりだ。もう泣くな」
「う、うん……あの子、まだロビーにいるよね? 怖いから、タッくん。アンナの部屋まで一緒に来て……」
「了解した。って、えぇ?」
 部屋に入るのか……。
 間違いはないように心がけよう。
 股間の方は正直になりつつあるが。

 チーン! とエレベーターのチャイムが目的地に着いたことをお知らせ。
 俺は心臓がバクバク。
 だって、これからアンナちゃんの自室へとお邪魔するから。

 そんなことを知ってか知らずか。
 当の本人は鼻歌交じりに俺の手を掴み、廊下を歩き出す。

「タッくん。アンナの部屋は一番奥だよ☆」
 なんて優しく微笑むから、俺は期待しちゃう。
 いや、しちゃダメだろ!
 しっかりするんだ、俺の理性くん!
 相手は男だ、ミハイルだ、ヤンキー野郎……と思いながらも、彼女の横顔を見つめると。
「どうしたの? タッくん。あ、そうだ! 部屋に入ったら、気持ちいいことしてあげよっか?」
「えぇ!? キモチイイことぉ!?」
 思わず、声が裏返る。
「うん。とっても気持ちいいこと☆ アンナ、最近色々勉強しててね。タッくんのために☆」
 とウインクされてしまった。

 その勉強ってまさか……。
 生唾ゴックン!


 長い廊下を二人で歩いていると、夜も遅いせいか、周りの部屋から宿泊客の声がドアの奥から漏れてきた。

「あぁ! 温泉でもシタくせにぃ~ 元気ぃ~」
「ハァハァ……この日のため一ヶ月は禁欲していたんだ。寝かせないぜ!」

 ん? あれ、さっきスパで見かけたカップルか?
 生々しい!

 と腸が煮えくり返っていると……。

「Yes~! come on~! Ran! You are the best whore!」(いい~! 来てぇ、蘭! 君は最高の娼婦だ!)
 英語?
「ハハハッ! この白ブタが! もっと欲しいか!? なら私の名前を呼びな!」
「Ran! Pay for money! Give it to me more!」(蘭! 金なら払うよ! もっと欲しい!)
「なんだとコノヤロ~! だから日本語で話せってんだろが! バカヤロ~!」

 気になった客室の前で、立ち止まる。
 偶然にも、ドアは少しだけ隙間が開いていた。

 俺は好奇心から、覗いてしまう。

 部屋の中には、ブラジャーとパンティ姿の娼婦……じゃなかった宗像先生。
 なぜかハイヒールでベッドに立っている。
 手には男性もののベルト。
 ベッドには、白人の外人男性が仰向けに寝かせられている。パンツ一丁で。
 なぜか腕と足は荒紐で動けないように縛りあげられていた。

 宗像先生がベルトをムチのようにして、彼の腹に振り降ろす。
 パーン! と音を立てる。聞いているだけでも、痛そう。

「ハハハッ! これがいいのか? 変態野郎が!」
 という先生もなんだか嬉しそうだ。
「I'm a pervert!」(僕は変態です!)
 相手も相手で、痛そうにしているけど、めっちゃ笑っている。

 ベッドの近くにあったテーブルには、福沢諭吉が三人も並べられていた。
 多分、チップなんだろう。

 宗像先生って、もうガチのビッチに転職してしまったのか……。
 良かった良かった、教師よりこっちの方が向いていると思う。

 ドアを覗きながら黙って頷く。
 すると、アンナが背後から声をかけてきた。

「なにやってんの、タッくん? 早くアンナの部屋に行こうよ?」
「ああ……そうだったな」
 ヤベッ、俺もこのあと、なんかすごく気持ちいいことされるんだったね。
 とりあえず、シャワーは浴びておかないと。
 あ、パンツ。宗像先生のレースパンティのままだったよ……。

  
 ガチャンと音を立てて、扉がゆっくり開く。
 俺は心臓が破裂しそうなぐらい、ドキドキしている。

 アンナは特にいつもと変わらない様子で、
「さ、タッくん入って」
 と部屋へ誘う。

「あぁ……本当にいいのか?」
「なにが? アンナが良いって言うんだから、いいんだよ☆ 今から気持ち良くしてあげるからベッドに横になってみて☆」
「りょ、了解した……」
 ぎこちなく、部屋の中に入る。
 テーブルの上には、アンナが利用していると思われるコスメグッズやアクセサリーなどが並べられていた。
 うわぁい! 女の子の部屋だぁ~ 生まれて初めてぇ~
 と思ったが、男だった……。

 浴衣姿のまま、ダブルベッドにゆっくりと腰を下ろす。
 ふとアンナを見れば、「フンフン~」と鼻歌を口ずさみ、金色の長い髪をシュシュで纏めていた。
 うなじがとても色っぽく感じる。

 そうか、ついに時が来たのか。
 俺、童貞卒業できるんだ。

 覚悟を決めて、腰の帯をするりと外し、浴衣を床に投げ捨てる。
 パンツはもうパンパンだ。

 よし、ドンと来い! と、ベッドに大の字になって寝転ぶ。

 するとそれを見たアンナが悲鳴をあげる。
「タッくん!? なんで裸になっているの?」
「え?」
「浴衣のままでいいって! なに考えているの!」
「だって気持ちいいことするんじゃ……ないのか?」
「マッサージは別に裸じゃなくても、できるでしょ! タッくんったらなにを勘違いしてたの?」
 と可愛く頬を膨らませる。

 ただのマッサージなんかい!
 クソが!

 俺は憤りを隠せずにいた。
 そ、そりゃあ、勘違いした俺が悪いけどさ。
 気持ちいいことをするって、ベッドに寝て、とか言われたら、ピンクなこと考えちゃうじゃん。
 ぴえん。

 浴衣をもう一度着なおすと。
 アンナに「うつ伏せになって寝て」と言われた。

 俺は言われるがまま、枕に顔を埋める。

 確かに最近タイピングで肩がコリコリだから、マッサージもいいもんだな。
 しっかりとサービスを堪能させてもらおう。

「よいしょっと!」

 アンナが俺の腰に乗っかる。
「重くない?」
「ああ、軽すぎるぐらいだ」
「ふふ、じゃあ始めるね☆」
 そう言うと、彼女はまず首、肩から優しくほぐし始めた。
「気持ちいい?」
「ああ……最高だ」
 今日は馬鹿力をセーブできてるんですね。
「じゃあ次は腰だね」
 アンナがマッサージをするたびに、俺の浴衣が自然とはだけていく。
 徐々に上とあがり、素肌が露になってしまう。

 彼女はおかまいなしに、もみほぐす。
 俺の腰を小さな指で押すのに夢中。

 ここで気がつく。
 あれ? 今のアンナってスカートだよな?
 ていうことは、この背中に当たっているものは……。
 サテン生地の気持ちいい肌ざわり。
 ま、まさか! アンナのパンティ!?

 当の本人は気がつくこともなく、身体の向きを後ろに変えて、俺の太ももをほぐしまくる。
「どう? アンナ、タッくんのために通信教育で勉強してたんだよ☆」
「すごく……いいです」(パンティが)
「ふふ、変なタッくん☆ 今度は足つぼもしてあげる☆」
 となると、自然とアンナは俺の太ももにまたがる。
 あぁ! 太ももにゴリゴリ股を押し付けられる!
 なのに、あるはずのおてんてんが感じられない。
 ただ、ツルツルのパンティが最っ高です!