気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 同室になった千鳥と俺は、一旦部屋に荷物を置きに行く。
 部屋は8階の一番奥。
 エレベーターからは、かなり遠いが、窓から見える景色は最高だ。
 洋室で大きなベッドが二つ。小さなテーブルがあった。


 事前に用意していた千鳥は、バッグから水着や浮き輪などを取り出す。
 俺と言えば、なにも所持していない。
 だって、旅行なんて聞いていなかったんだからね……。

 持参したものといえば、簡単な筆記用具といつもの相棒、ノートPCぐらいだ。
 このままでは、本当に千鳥が言うように、ブリーフでプールを泳ぐことになるのだろうか。

 頭を抱えていると、千鳥がテーブルの上にあるパンフレットを俺に見せつける。

「なぁ、タクオ。ここのプールってレンタルの水着あるらしいぜ?」
「ま、マジか!?」
「ああ、有料だけどな」
「助かったぁ……」
 俺が胸をなでおろしていると、千鳥がこう言う。
「でもよ、服はどうすんだ? 下着がないじゃん」
「う……」
「俺のはサイズがデカいからタクオには履けないぜ? 宗像先生からパンティーでも借りろよな」
 えぇ……だってレースのTバックだろ……。
 もう俺はお嫁にいけないかも。

   ※

 支度を終えると、俺たちは再び、ロビーに降りた。
 ホテルの玄関外には、常に移動用のバスが待機している。

 ここ、松乃井ホテルは巨大な敷地と急斜面の長い坂に建てられている。
 だから、各施設に移動する際は、バスを使った方が良いと職員に促された。

 バスはもちろん無料。
 俺と千鳥が車内に入ると、見慣れた顔ぶれが揃っていた。

 宗像先生、日田の双子、北神 ほのか、長浜 あすか。

「おう、新宮たちもプールに行くのか!? 乗ってけ乗ってけ!」
 言いながら、ハイボールをがぶ飲みする宗像先生。
 足もとに、空き缶の山が出来ていた。
 こいつ、もう死ぬな。

「あれ、ミハイルはいないな……」
 あいつのことだから、すぐにバスに乗っているかと思ったが。
「古賀か? あいつなら、花鶴と前のバスに乗ってたなぁ~」
 豪かいにげっぷをする独身女性、宗像 蘭さん。
「そ、そうっすか……」


 プールに着くと、俺はすぐに男性用の水着をレンタルした。
 金はもちろん、自腹。
 精算を済ませていると、宗像先生があるものを俺に渡す。
「ほれ。着替えがないんだろ? 下着ぐらい替えないとダメだぞ♪」
 そう言って何か丸いものを、俺の手に残し、去っていく。
 広げて見れば、紫のレースパンティー。Tバック……。
 レジのお姉さんが、「うわっ」とドン引きしていた。
 クソがっ!?

 二階に上がって男子の更衣室へ入る。

 中はかなり広い。
 この前、アンナと海ノ中道のアインアインプールに行ったが、規模が違う。
 数百人は入れそう。

 着替えを済ませると、誰かが俺の背中をポンポンと叩いた。

 振り返ると、そこには男子更衣室に似合わない可愛らしい女の子……ではなく、ただのミハイルきゅん。

「おっせーぞ、タクト!」

 既に水着に着替えていた。

 俺はまじまじと彼をながめる。上から下まで。

 何故かって?
 アンナモードとの比較をしておかねば!

 男装時なんだから、お乳首を隠す必要はないはずだ。
 それがすごく気になる。
 俺はプロの作家だ。
 そう、これは取材。ヒロインの特徴を把握しておかないと作品に還元できない。

「……」

 黙って彼を見つめる。

 ボトムスは黄色でドット柄のボクサータイプ。
 かなりタイトなデザインだ。彼の小さな桃尻がプリッと目立っている。
 肝心の胸部は……なっ!?

「なぜ着ているっ!?」

 思わず声に出してしまう。
 激しく動揺した俺は、彼の胸元を指差した。

「な、なぜって……胸は隠すに決まってんじゃん! バカなの、タクト!?」

 おいおい、おバカなミハイルくんに、馬鹿呼ばわりされちゃったよ。
 てか、男は普通、胸は出すもんだ。
 チッ! 見れるかと思ったのに……。
 ちょっと、すねてみる。

「オレの今日の水着、そんなに不満?」

 頬を膨らませて、上目遣い。

「いや、似合っているよ……」
「じゃあなんで、そんな怒ってんの?」
「怒ってないさ」

 確かにカワイイ。似合っている。
 トップスは同系色のタンクトップタイプ。

 ボーイッシュな感じで、すごく好きです。
 でも、僕は中身が見たかった!

「なぁ。タクトってば、なんで泣いているの?」
「いや、目にゴミが入っただけさ……」
「それってヤバいじゃん。目薬貸そうか?」
「だ、大丈夫だもん……」
「変なタクト」

 更衣室を出て、とぼとぼと歩く。
 俺は肩を落とし、目の前の小尻を眺める。

「タクトぉ~ 早く早くぅ~☆」

 振り返る天使(♂)
 だが……、なぜ上半身を裸体にしない!?
 残念だが今日はおケツを堪能するしかないのだな。

「ああ……今行くよ」

 覇気のない声で返事をしたせいか、ミハイルが立ち止まって、俺の胸を指で小突く。

「ねぇ、タクト? なんでそんな顔してんの?」
 上目遣いで、グリグリと指を回す。
「あ、ああ……」
 どうせ回すなら、もうちょっと左がいいです。乳首があるので……。
「ひょっとして、オレの水着のせい?」
 頬を膨らませて、不服そうだ。
「いや、断じて違う。個人的な……そう小説のことを考えていた」
 ちゃんと作品に、ヒロインの乳首の色を書かないとダメだもんね♪
「しょーせつ? あ、そっか。今日の旅行も取材なんだな☆」
 急に態度を変え、目をキラキラと輝かせる。
「そ、その通りだ」
 ヒロインの乳首を見たいという、ただの欲望だが。
「なら、オレも手伝うよ☆」
 じゃあ、今すぐ裸になれ!


   ※

 松乃井ホテルの敷地内になる別館。
 通称、『波に乗れビーチ』
 売りとしては、屋内に作られた南国風の海水浴場らしい。
 二階の更衣室から出ると、ヤシの木に覆われたプールが目に入る。
 
「うわぁ~ 海みたい~☆」
 身を乗り出して、下を眺めるミハイル。
「おい、危ないぞ」
 と注意しつつ、俺は桃尻をガン見しているのだが。

 一階には、波が出る大きなビーチ。
 プールを囲むようにたくさんのデッキチェアが設置された。
 まるで、ハワイに来たような感覚を覚える。

 俺とミハイルはさっそく、一階に降りようと小走りで向かおうとした……その時だった。
 

「アアアッ! イッちまうぜ~!」

 どこからか、男の叫び声が聞こえてきた。

  
 二階にはフードコートがあるのだが、その隣りに小さなのぼりが立っている。

『ドクターフィッシュ ご利用できます! これであなたも美肌に!』

 ビニール製のプールにタトゥー姿の男が、両脚を浸けている。
 白目を向いて、口元からは泡を吹き出す。
 確かにイッちゃてる……。

「あぁ~ お、俺りゃあの、か、角質が! 皮膚が!」
 いや、解説せんでもいいよ。
 というか、夜臼先輩がドクターフィッシュでリラクゼーションしているせいか、周りの人たちが怖がって、近づけない。


「パパ、あの人変だよ?」
「見ちゃダメだよ! あの人は絶対危ないお薬に手を出してる悪い人だからね!」
「あなた、早く通報しなさいよ!」

 おいおい、人を見た目で判断しちゃダメですよ。
 あの人はごく普通の一般市民ですので。


「アアアッ! こいつはキメちまいそうだな……」

 彼の言い方はさておき、なんだか気持ちよさそうだ。

「なあ、タクト。太一がやってるのってなあに?」
「あれはドクターフィッシュって言うんだ。魚が人間の悪い所を食べてくれて、綺麗なお肌になれるらしいぞ」
「ホントか!? なら、オレもやってみたい!」
 偉く乗り気だな。
「まあ、俺も未体験だし、やってみるか?」
「うん☆」


 夜臼先輩の隣りにお邪魔する。
 ビニールプールの中には、無数の小さな魚たちがうようよと泳いでいた。
 俺たちが足を入れると、すぐに寄ってくる。
 そして、小さな口で肌に触れる。
 ちょっと、こそばゆいが、なんだか気持ちが良い。


「おう、お前らもコイツらでキメちまう気か?」
「ま、まあ俺たちやったことないんで……」
 俺がそう言うと、夜臼先輩は不気味な笑みを浮かべた。
「琢人。コイツらよ。小さいガタイのくせして、ヤルことやっちまう奴らなんだぜ? 俺りゃあよ、アトピーが酷いんだが、コイツらに皮膚を食ってもらって、何度もイッちまったぜ……」
 健康的に昇天されて何よりです。
「そ、そうなんですか……あれ、じゃあ夜臼先輩の身体中にある紫色のプツプツって……」
「おうよ! アトピーだ」
 症状が良くないから、いつも健康に気を使われてたんですね。


「んっ、んんっ! あ、ああん!」

 俺と夜臼先輩が雑談していると、左隣りから何やら女性の喘ぎ声が。
 視線を隣りにやると、ミハイルが荒い息遣いで、頬を紅潮させていた。
 時折、ビクッビクッと身体を震わせて。

「ミハイル? どうしたんだ?」
 そう尋ねると、なにを思ったのか、俺に抱きつく。
「あ、ああん! こ、このお魚ちゃんたちが……はぁはぁ……止まんないよぉ!」
 なんて声を出してんだ。
 俺の腕にしがみついて、悶えている。
 なるほど、ミハイルは感じやすいタイプなのか。
 それにしても、エロい。

「ハハハッ! ミハイルも俺りゃあみたいにデリケートな肌なのかもな。たくさん、イッちまえよぉ。ツルツルお肌になれるぜぇ~」
 あのさっきから、『イクイク』ってどこに行くんですか。
「大丈夫か、ミハイル? 出るか?」
「イヤッ……ま、まだ、入ってたいかも……く、くすぐったいけど……あああん! なんか、気持ちいい☆」
 どうやら、ハマったようだ。


「あああん! す、すごいよぉ、タクト~! オレ、なんか頭が変になっちゃう~!」
 たかだか、小魚どもで感じやがって。
 ちょっとだけ、嫉妬を覚えちゃう。

「くっ! 俺りゃあもまたイッちまいそうだぜぇ~!」
 そう言って、泡を吹くアトピー患者。

「はぁはぁ……すごく、いいよ。これぇ……」

 変な声で喘いだり、騒いだりしている人たちに挟まれて、俺は一体どうしたらいいんでしょうか?

「タクトぉ~ この子たち、止まらないよぉ~ 気持ち良すぎるから、どうにかしてぇ~!」

 このプールから出ればいいだけだよ。









 


 ドクターフィッシュにより、ミハイルと夜臼先輩はその後も何回も『脳イキ』しまくっていた。
 俺は肌がツルツルになって満足。
 ミハイルは終わってもまだ、頬が赤い。

「ハァハァ……なんか変な気分だったけど、気持ち良かったぁ☆」

 エロい魚だと誤認するなよ。
 かわいそうだろう。

 夜臼先輩はまだ残ると言っていたので、俺とミハイルは二階から階段で降りて、プールに向かう。
 
 ビーチという表現が正しく、押しては返す白い波が目に入る。
 
 プールサイドで、競泳水着を着たひとりの少女がいた。
 巨乳の眼鏡っ子。
 北神 ほのかだ。
 泳ぐわけでもなく、大きなタブレットを片手に、何やら絵を描いている。

「うひひっ! 尊いでぇ~ ここには素材になるショタも豊富や~ あ、でも、あのキモデブおじさんもヒロインに使えそう~ ひゃっひゃっ!」

 と、涎を垂らして、近くにいた親子をガン見している。
 右手は、ペンを激しく揺らせて……。

「おい……ほのか、せっかくプールなんだから、泳いだらどうだ?」
 すかさず、声をかける。
 犯罪になりかねないので。
「あ、琢人くん! こんなにショタがいっぱい見れる機会ないから、これで絡めまくることができるわ!」
 目が血走って怖いです。
 そこにミハイルが、割って入る。
「ねぇ、ほのか。絡めるってなあに? さっきから、なに書いてんの?」
 ミハイルが尋ねると、ほのかはニヤァと怪しく微笑む。
「観たいの~? ミハイルくんも~? 仕方ないなぁ~ 見せてあげるぅ」

 頼んでもないのに、液晶画面をこちらに向けた。
 
「うえっ!」

 俺たちのすぐ近くで、ビーチボールを楽しむ親子連れを、エロマンガにしていた。

『おじさん、らめぇ!』
『いいじゃないか……僕は君みたいな少年が大好きでねぇ。もう止まらないよ』
『あぁん! おじさん、好き好き~! もっともっとぉ!』

「どう! 琢人くん!? これ、今度、編集部に持っていこうと思うの! 採用されたら、私もこれで晴れて商業デビューね♪」
 悪びれる様子は一切ない。
 もうこの人、病院に連れていくべきでは?

「あのな……せめて、帰ってから描けよ。あの親御さんにバレたらどうする気だ?」
「別によくない? だってほら、あの子も作品みたいなこと言っているよ」
 ほのかが指差すので、振り返る。

「パパァ~ ボール遊び楽しいねぇ~ パパのこと大好き!」
「そうだなぁ。パパも大好きだよぉ」

「……」
 好きの意味が違う!
 
「頭痛くなってきた……」
 俺がそうぼやくと、ミハイルは対照的に、じーっと黙って液晶画面を見つめる。

「うーん、男の子の方は上手く描けてる気がするけどぉ。おっさんの方がなんか、あんまりかな?」
 それを聞いて、ほのかが鼻息を荒くする。
「え? どこが!?」
「オレには絵とかよくわかんないけど……ほら、あのモデルになってる人って、もっとすね毛とかヒゲとかさ、毛深いじゃん。ほのかが描いているおっさんは、ちょっとキレイすぎるんじゃない?」
 モデルを目の前に、酷いことをサラッと抜かすミハイル編集長。
「なるほど! ヒロインはちゃんと忠実に描かないとね! ありがとう、ミハイルくん!」
「いや、オレなんかで、ほのかの漫画のお手伝いになれるなんて……エヘヘ」
「謙遜は良くないよ、ミハイルくん。フフフ」
 全然笑いごとじゃない。


   ※

 変態女先生は、放っておいて、俺たちはさっそくプールに入ることにした。

「キャッ! つめた~い!」
 と悲鳴をあげるが、ミハイルの顔は嬉しそうだ。
「確かに冷たいが、楽しいな」
「うん☆ これでもうオレたち二回目のプールだもんな☆」
「え……?」
 設定、設定忘れているよ! ミハイルさん!
 この前はアンナモードだったじゃん。
「え……あ! い、いや、初めてだったよな☆ なんか、この前アンナがさ。タクトとプール行ったって聞いたから、それで間違えたみたい…ハハハッ」
 笑ってごまかす女装癖のヤンキー。  
「そ、そうか……まあ、奥まで行ってみようぜ」
「うん☆」

 
 プールの波は一定の間を置いて、発生する。
 30分に一回、特に激しい波が押し寄せてくる。
 あまりに強い波なので、アナウンスで「小さなお子さんは離れてください」と注意されるぐらいだ。
 まあ成長した俺とミハイルなら、大丈夫だろう。

 どんどん、奥へ奥へと進む。

 次第と波が深くなっていき、水が胸元まで浸かるほどだ。

「うわっ! けっこう、深いじゃん」
 俺が胸元まで浸かるぐらいの深さだから、低身長のミハイルは水面から首を出すのがやっとだ。
「あんまり、無茶するなよ。ミハイル」
「大丈夫だよ☆ オレってタクトと違って運動しんけー良いからさ☆」
 あーそうですか。

 その時だった。
 背後から、叫び声が聞こえてくる。

「ヒャッハー! いい波だぜぇ~!」

 迫りくる超ど級の巨乳、ブルンブルンと左右に暴れまくっている。
 今時珍しいハイレグのビキニを着ているビッチ、宗像 蘭。
 サーフィンボードに両脚を乗せ、波の動きに合わせて、上手い事進んでいる。
 海にいるヤンキーじゃん。

 しかも、片手にハイボール缶を掴んでいた。

「どけどけぇ~ 今日はいい風じゃないかぁ!」

 この波、人工で作られているんですけどねぇ。
 教師のくせして、プールの禁止事項を全部破っている。

「ヒャッハ~!」

 奇声をあげてどこかに行ってしまった。
 嵐のようなクソビッチ。

「まったく、宗像先生にも困ったものだな……。なぁ、ミハイル」
 隣りを見ると、そこには誰もいなかった。
「ミハイル? どこだ?」
 はっ、まさか!
 水中に潜って見ると、足をバタバタさせて苦しそうにもがく彼の姿を確認できた。

 俺はすぐに泳いで、ミハイルを救いに行く。
 抱きあげて、水中から出してやると……。
「ぷっは! ハァハァ……ごめん。溺れちゃったみたい」
「いや、俺は構わんが、ミハイルは大丈夫か? 水を飲んだか?」
 心配で彼の顔を覗き込む。
 水の中で暴れたせいか、結っていた長い髪がほどけている。
 濡れた小さな薄い唇、キラキラと輝くエメラルドグリーンの瞳、頬を伝う雫。
 どこか色っぽい。
「あ、ありがと……そのちょっとだけ飲んじゃったけど、オレは大丈夫」
 頬を赤くする。
「そうか。ここは深いから浅いところまで戻ろう。それまで、俺にしっかり掴まっていろよ」
「う、うん」
 
 俺は男のミハイルをお姫様抱っこで、波と同じ方向にゆっくり歩く。
 抱きかかえられた彼は、顔を真っ赤にして黙り込む。
 細い両腕を俺の首に回し、俯いている。

 当の俺はと言えば、桃のような丸くて小さなお尻を手の甲で楽しむ。
 股間がパンパンになり、激痛を覚える。
 あれ……なんかデジャブを感じるのは、俺だけでしょうか?

 波のプールで溺れたミハイルを、お姫様抱っこしてから、なんかギクシャクしてしまう。
 二人して、ビーチの隅で体操座りする。
 ボーッと放心状態で、宗像先生や千鳥、花鶴がプールではしゃいでる姿を、眺めていた。
 というか、俺の場合は、股間が直立しちゃったから、動けないんだけどね♪
 ミハイルといえば、頬を赤らめて、視線を下にやっている。

 結局、その後も俺たちはプールで遊ぶことはなく、「そろそろ、あがるか」と更衣室に戻ってしまった。


 更衣室の入口付近に、シャワールームが設置されていたので、俺はそのまま、身体を洗うことにした。
 ミハイルはなぜか、「オレは自分の部屋で洗うから」と、一人ホテルに戻ってしまった。
 なんでだろう? 裸になるのが恥ずかしいのか。
 それを言ったら、このあとの温泉とか大浴場はどうする気だ?


 身体と頭を洗い終えると、ムキムキのハゲマッチョに声をかけられる。
「タクオ! プール、楽しかったよな!」
「ああ……まあ、それなりに、な……」
 股間くんはすごく楽しかったと言っています。
「てかよ、ミハイルと一緒にいたんじゃねーの?」
「さっきまでいたが、なんか先に部屋に戻ると言ってたぞ」
「ふーん。あ、タクオさ、水着は後で使うから、あそこにある脱水機を使って乾かしておけよな」
「何に使うんだ?」
「この『波に乗れビーチ』の上に、混浴温泉『クーパーガーデン』があんだよ」
 なん…だと!?

「混浴だってぇ!? そ、それは本当か?」
 興奮するあまり、千鳥に迫る。
「お、落ち着けよ。タクオ……混浴っても、水着で入るんだよ。だから、いるんじゃねーか」
 チッ、クソみてーな温泉だな。
 一気にテンションが下がる俺氏。
「なるほど。了解した。じゃあ、水着は乾かしておこう」


 脱水機で、水着を乾かしている間、俺はロッカーを開く。
 入れていたタケノブルーのTシャツは汗臭い、ジーパンも湿っている。
 せっかく、シャワーで綺麗な身体になったというのに、これをまた着るのは、げんなりするな。
 そう思っていると、近くのカウンターで立っていた男性スタッフから声をかけられる。

「あ、お客様! バスタオルと浴衣を無料でお貸しておりますよ」

 助かったと俺は安堵する。
 スタッフから、Mサイズの浴衣とバスタオルを受け取り、ロッカーで着替えをすます。
 と思いたかったが……。
 下着が問題だ。
 ブリーフも汗まみれ。

 ならば、選択は一つしかない。
 アラサー痴女教師、宗像 蘭から借りたTバックを履くしかない。
 覚悟を決めろ、琢人よ!
 紫のレースのパンティーだが、履いてみたら、案外ダンディーな男に見えなくもない……気がする。
 宗像先生が普段、履いている下着を広げて、俺の脚に『穴』を通していく。
 両方埋まったところで、グイーッと股間にフィットさせる。
 ふむ、サイズ的には問題なしだ。
 ケツがスースーするが、案外いいもんだな。
 一つ、気持ち悪いとするならば、前面から俺のヘアーが、もじゃもじゃとはみ出ているところか。
 
 浴衣で隠せば、問題ない。
 
「よし、俺もホテルに戻るかぁ……」

 なんだか、女の子の気持ちがわかってきちゃったかも。


   ※

 ホテルに戻ると、腹の音が鳴る。
 もう夕方の6時だ。
 腹も減る頃合いか。

 そう言えば、宗像先生が言ってたな。
 一階にある食堂に集まれって……。

 食堂に向かうと、もう既にみんな集まっていた。
 バイキング形式で、好きな食べ物を自分で取って良いようだ。

「これはなかなかに豪勢だな」

 ハンバーグ、刺身、ステーキ、天ぷら、カニ、カレー、ピザ……なんでもありだ。

 よし、いざ実食!

 トレーを持って、料理を取ろうとした瞬間だった。
 華奢な白い腕が俺を静止させる。

「待ってたよ☆ タクト!」
 浴衣姿のミハイル。
 しっかり帯を巻けていないのか、襟元が随分、はだけている。
 上から見ると、もうすぐ乳首が見えちゃいそう……。
 サイズもあってないようで、かなり大きい浴衣を着ているようだ。
 上前と下前が、左右に開けている。
 彼が嬉しそうにぴょこぴょこ動く度、グリーンのボクサーブリーフが、チラチラと見えてしまう。

 男装時は、防御力が低すぎんだよな……。
 生唾を飲み込んでしまう。

「ねぇ、聞いている? タクト?」
 潤んだ瞳が、一段と輝いて見えた。
「あぁ……なんだっけ?」
 お前の浴衣姿に見惚れていた……なんて、言えるわけないだろう。
「も~う! だから、言ってるじゃん! タクトの夜ご飯は、オレが作ってきたから、バイキングする必要ないよ☆」
「は?」
「バイキングってさ、選んでテーブル戻っての繰り返しじゃん。疲れるじゃん。なら、最初から豪華な料理を、ダチのオレが作ってきたんだ☆ えっへん!」
 ない胸をはるな!
 そして、俺はそんなこと頼んでもないぞ!
 バイキングしたいのに!

「ほら、こっちに来てきて! もうちゃんとテーブルに用意しているから☆」
 そう言って、強引に手を引っ張られる。
 俺の拒否権はないんですね。


 ミハイルに連れてこられたテーブルは、大人が6人ぐらい座れる巨大なテーブル。

「こ、これは……」

 見たこともないぐらいの、豪華な料理がずらーっと並んでいた。

 伊勢エビのマスタード焼き、鯛の活け造り、ふかひれスープ、極厚ステーキ、フルーツの盛り合わせ、おまけに、パティスリーKOGAの名前が刻まれたケーキが10個以上……。

 れ、レベチィ~っ!?


 しかも、テーブルの上には、ネームプレートが置かれており、
『新宮様、古賀様。貸し切り』
 と、予約されていたようだ。

 蝶ネクタイをつけた品格のあるウェイターが、俺の前に現れる。

「ご予約されていた新宮様と古賀様ですね……こちらの席へどうぞ」
「は、はい……」
 貫禄が違う。
 思わず敬語になってしまった。
「タクト。これオレが全部、作ったんだゾ☆ すごいだろ!」
「ああ……」
 もう、ドン引きしています。

 席に二人して座る。ピッタリ並んで。

 すかさず、ウェイターが俺の前にメニューを差し出す。
「新宮様、本日のおすすめは、白ワインの10年ものです……」
「はぁっ!?」
 思わず、アホな声が出てしまう。
 俺、未成年なんだけど。
「タクト、心配しなくてもオレが用意したノンアルコールのジュースだゾ☆」
「そ、そうか……なら、それをください」
「かしこまりました。少々お待ちください。古賀様も同じものでよろしかったですね?」
「うん、グラスも二つお願いね☆」
「承知いたしました」

 一礼すると、ささっと静かに調理場へと戻っていった。

 てか、何様なの? ミハイルって。

「なあこの根回しは……ミハイルがしたのか?」
「そうだよ☆ ここのホテルにねーちゃんがケーキとか卸してるから、ゆーづうがきくんだ☆」
 ヴィクトリア、強し。
「なるほど……」
「そんなことより、早くオレの作った料理食べてよ☆」
「ああ、いただきます」
「どーぞ☆ 残さないで食べてくれよな☆ 徹夜して作ったんだから☆」
 めっちゃ笑顔で俺の顔を覗き込んでいるんだけど。
 脅しに聞こえます。
 
 このあと、俺は死ぬ思いで、ミハイルのフルコースを一人で食べることになった。

 彼と言えば、ジュース以外はホテルのバイキングを食べていた。
 ミハイル曰く、
「タクトのために作った料理だから、オレは食べなくていいよ」
「食べるところとか、味の感想を聞きたい☆」
 と言って、一緒に食べてくれなかった。

 吐きそう……。

 夕食を腹いっぱい食べた……というか、ミハイルに無理やり食わされたのだが。
 吐き気を感じながら、一旦、ホテルの部屋に戻ることにした。
 エレベーターで、ミハイルと別れを告げて。


 部屋には、今晩一緒に過ごすことになっている千鳥 力がいた。
 テレビをつけて、ソファーの上でゲラゲラ笑っている。

「よう、タクオ! ホテルのバイキング、超豪華だったよな! 俺なんか、一生分ぐらい食っちまったかもしれんぜ? もう腹がパンパンだ」
 そう言って、自身のポッコリと出た腹をさする。
「そ、そうか……よかったな。俺も豪華すぎる料理を死ぬぐらい食べてきたよ……」
 これ以上、喋ると吐きそう。
「ふーん。タクオって結構大食いなんだな」
 違います。あなたのお友達に、無理やり食べさせられたんです!

   ※

 一時間ほど、ベッドで寝込んでいた。
 と言っても何回もトイレを往復していたので、身体は休めていない。
 ようやく、身体が身軽になったころ、千鳥が声をかけてきた。

「なぁ、タクオ。ぼちぼち、『クーパーガーデン』に行こうぜ。今夜は花火もあがるらしいぞ♪」
「へ、へぇ……」
 力なく答える。
「元気だせよ、混浴温泉だぞ?」
 ヘラヘラ笑って、いやらしい。
 だが、事前情報として、全員水着着用と知っているので、俺はなんとも思わん。
「さっきの、プールと変わらんだろう」
 俺がそう言うと、千鳥は不敵な笑みを浮かべる。
「わかってねぇな。だから、タクオは一生童貞なんだよ」
「は?」
 ガチでキレそうになった。

「あのな、夜景のキレイなプールとか、海とかはよ……ヤレちゃうんだぜ?」
 ファッ!?

「な、なにを言っているんだ、千鳥?」
「女ってのはさ。星空とか、夜景とか、非日常的な光景に弱いもんなのよ。俺が小学生の頃さ、夜に近所の海岸へ遊びに行ったらさ……真面目そうなカップルが、暗いことをいいことに『アンアン』してたんだよっ!」
 鼻息荒くして、俺の両肩を掴み、強く前後に揺さぶる。
「だ、だるほどぉ~」
 振動で声が震える。
「だから、俺も今日にかけるぜ! ほのかちゃん、落としたいからよっ!」
 そこで、ピタッと動きが止まる。
「え……?」
 なんか、今さらっと、大事なお話をされたような気が。

 千鳥はキランと輝くスキンヘッドを真っ赤にさせて、人差し指で鼻をこすっている。
「二度も言わせなんよ……俺、ほのかちゃんに告白しようと思っててよ」
 俺は耳を疑う。
「なぁ、千鳥。お前、俺をおちょくってんのか? ほのかって、同じクラスの……アレのことか?」
 汚物のような表現をしてしまった。
「ほのかちゃんったら、北神 ほのかちゃんしか、いねーだろ!」
 胸ぐら掴まれて、睨みつける千鳥。
 ん~ 確かに、今の彼は凄みを感じる。ヤンキーとして。
 だが、キレている原因が、あの腐女子で変態の北神 ほのかなんだもん。
 思わず、失笑してしまう。

「ブフッ!」
 俺の唾を真正面から食らう千鳥。
「きったねぇな! 俺、マジなんだぜ……今回の旅行にかけてんだ!」
 ハゲのおっさんでも、泣きそうな時ってあるんすね。
 なんだか、かわいそうになってきた。
「そ、そうだったのか……てっきり、千鳥は、花鶴と付き合っていると思い込んでいたよ」
 いつもバイクで二人乗りしているし、ていうか、基本セットで歩いているから。
 俺がそう言うと、また顔を真っ赤にして激怒する。

「んなわけねーだろ! ここあとは、ガキからの腐れ縁で、ああいうビッチな女は苦手だよ……」
 おいおい、ダチのくせして、ビッチ呼ばわりかよ。
 花鶴、ちょっとかわいそう。
「な、なるほど。ちなみに、興味本位で聞くのだが、ほのかの、どういうところが好きなんだ?」
 千鳥は照れくさそうに答える。
「ほのかちゃんってさ。なんか、一見すると、大人しそうな普通の女子高生じゃん? でもさ、時折見せるギャップ萌えってやつ? あれがすごくカワイイんだよ……バカなこと言わすなよ、タクオ」
 言いながら、めっちゃ嬉しそう。
 そして、自分のことのように、ほのかを絶賛している。
「ギャップて、どういうところだ?」
「なんかさ、ほのかちゃんって……普段、隠しているみたいだけど、本当は芯の強い女の子だと思うんだよ。俺にはまだよくわからないけど、ほのかちゃんの真っすぐな姿勢が見えた時、すげぇなって、感じたりしてて」
 ちょっと、俺の脳内がフリーズしている。
 わけがわからん。
 どうやったら、あの変態が芯の強い女性なのだろうか。

「なあ……千鳥、お前マジで言ってるのか?」
「当たり前だろ! タクオがマブダチだから、相談してんじゃん!」
 あ、これ恋愛相談だったんだ……カウンセリングかと思った。
「なるほどなぁ」
 いつも、ほのかに優しく接していると思っていたが、まさかこんなにも片思いしちゃってるなんてな。
 千鳥には悪いが、めっちゃ草生える。
「マブダチと言ったな? なら、俺も今日からお前への認識を改めよう。ダチの恋愛相談だ。しっかりと俺も応援させてもらうっ!」
 この際だから、めんどくさい腐女子のほのかを、千鳥に押しつけよっと♪
「マジかっ!? サンキュな、タクオ」
 そう言って、俺の両腕を掴む千鳥。
「ああ、絶対にっ! この恋愛を成就させよう、千鳥! いや、今日からリキと言わせてもらおうっ!」
「タクオ~! お前は今まで出会ったダチの中で、一番いいヤツだぁ!」
 何を思ったのか、急に俺を抱きしめるリキ。
 痛い痛いっ!
 ミハイルに負けず劣らずの馬鹿力だ。
 しかも、可愛らしいミハイルとは違い、見た目がゴツいハゲのおっさんに抱きしめられるとか、どんな拷問だよ。

 その時だった。

「タクト~☆ なにやってんだよ、ずっと廊下で待ってたの、に……?」

 気がつくと目の前に、浴衣姿の天使こと、ミハイルきゅんが立っていた。
 太い両腕で背中を抱きしめられる俺を見て、絶句している。

「なに、やってんの……タクト?」

 この世の終わりのような、絶望した顔で俺たちを凝視している。

「み、ミハイル。違うぞ? 今、リキの相談を受けていてだな……」
 しどろもどろに言い訳をする。
「うわぁん! タクオ、俺さ。お前と今晩、一緒になれたことを……一生の思い出にするぜ!」
 号泣して更に俺の身体を引き寄せるリキ。
 本人はそんな気はないのだろうが、興奮しているせいか、俺の尻に右手が回っていた。
「リキ……ミハイルの前だ。堪えてくれ」
 俺の声は泣き声でかき消される。
「タクオぉ! 好きだ、マジで感謝してるぜ!」
 ミハイルは一連の行動を見て、引きつった顔をしている。

「タクトが『リキ』って言ってる……それに、リキもタクトのこと、好きだったの……?」
 誤解ってレベルじゃねー!
 マジで、俺とリキがホモダチになっちまうよぉ!

「ミハイル? これは違うからな? ダチ同士のスキンシップってやつだ」
「オレとも、したことないのに?」
 冷えきった声で、睨みつけてきた。
「いや、それは……」
「タクトのバカッ! アンナに言いつけてやるからな! もう知らない! オレは先に温泉行ってるから。ゆっくり、マ・ブ・ダ・チのリキと来れば!? フンッ!」

 バタンッ! と扉を閉める音が、部屋に響き渡る。

「タクトぉ、マジで好きだぜぇ!」
「あ、そう……俺もだよ。ダチとしてな」

 こうして、俺と千鳥は兄弟よりも深い絆を結んだのであった。
 その代償としてなにかを失った気がする。

 マブダチの関係になれたリキだったが、同時にミハイルの恋敵になってしまった。
 良かれと思って、彼の恋愛を応援したことが裏目に出てしまう。
 クソがっ!

 まあ、起きてしまったことは、悔いても仕方ない。
 あとでミハイルに真実を伝え、謝罪しよう。
 って、なんで、俺が悪いことになってんの?

 そんな複雑な心境を知ってか知らずか、一緒に歩く浴衣姿のリキは、うちわ片手に嬉しそうだ。
「タクオ~ 混浴温泉楽しみだな♪ ほのかちゃんの水着、可愛いんだろうなぁ」
「水着なら、さっきも見ただろ……」
「だって、ほのかちゃん。プールじゃ泳がなかっただろ? 濡れた水着がいいんだよ。絶対、セクシーだぜ」
 妄想しているのか、スキンヘッドが真っ赤になる。
 想像力、豊かでいいですね。


 俺とリキはホテルから出て、再度バスに乗り、松乃井ホテルの一番上にある建物、松乃井パレスに移動する。
 
 この施設には、混浴温泉の『クーパーガーデン』と露天風呂の『タンス湯』がある。
 別府の壮大な景色を眺めながら、疲れを癒すことが出来る、天国のような場所らしい。

 入口を抜けると、すぐに見えたのは、広い売店。
 主に別府で生産されている品物が、販売されている。
 酒やらお菓子やら、伝統工芸品など。

 そこを左に曲がってしばらく、奥へと進む。
 次に目に入ったのは、ゲームセンター。

 どうやら、温泉帰りに旅行客が遊んで帰るようで、まだ髪が濡れた子供たちが、キャーキャー騒ぎながら、遊んでいた。

 行き止まりと思った瞬間、二階へと上がるエスカレーターを見つけた。

『この先、クーパーガーデンとタンス湯』

 と大きな案内が、天井にぶら下がっていた。

 エスカレーターを昇ってみると、右手に温泉への入口が見えた。
 どうやら、まだ上にあがるらしい。
 迷宮ってぐらい、先が長いなぁと、ため息を漏らす。
 その時だった。
 
 左側から怒鳴り声が聞こえてきた。

「なんだ、てめぇは!? さっきから、ガタガタうるせぇーんだよ! 私を田舎もん扱いしてんのか、コノヤロー!」
 ウイスキーの角瓶を片手に、顔を真っ赤にして、相手を威嚇する水着姿の女性。
 デカすぎる二つのメロンをおっぽりだして、股間がグイッと強調されたハイレグ。
 こんな痴女はこの世に、一人しか存在しない。
 宗像先生だ。
 
 エレベーターから出て左側に、小さなパブがあった。
 主に外国のお客さんが多い。
 そういえば、ホテルマンが言っていたが、この近くで、ラグビーのワールドカップをやっていると聞いたな。
 観戦のために、来日したのかもしれない。

「What's up? Are you a prostitute?」(どうしたの? 君は娼婦でしょ?)
 相手は金髪の白人男性だ。
 30代ぐらいのガッチリした体型。
「だから、日本語で喋れよ、バカヤロー! ここは日本の別府だぞ? なんで、あたしがお前ら進駐軍(しんちゅうぐん)の言葉に合わせないといけないんだよ!」
 進駐軍って……戦後何十年経ったって思ってんすか。


「I want to buy you tonight」(今晩、君を買いたい)
「バイ? トゥナイト? さっきから、なに言ってんだよ。私が好きなのか?」
「Yes~!」
「ほぉ、さすがは蘭ちゃんだな。まさか白人が一目惚れするとは……良いだろう。今晩、私の部屋に来な」
 ごめん。多分、話噛み合ってない。

 しばらく、その光景に絶句していると、リキが「なにやってんだよ。温泉はこっちだぜ?」と促された。
 見なかったことにしよっと♪


 エレベーターが終わったと思ったら、お次はエレベーター。
 これに乗って、三階でようやく更衣室に入れるってわけだ。
 小さなエレベーターだったので、10人ほどしか、移動できない。
 その中で、偶然、北神 ほのかと、自称芸能人こと、長浜 あすかに出くわす。

「あ、千鳥くんと琢人くんじゃん」
 小さく手を振るほのか。
「フン! 誰かと思えば、アタシのガチオタじゃない。今度からガチオタクトって呼んであげるわ。感謝しなさい!」
 こんの野郎。俺の推しは『YUIKA』ちゃんだけだ!
「長浜にほのかも混浴温泉入るのか?」
「もちろんよ、アタシは芸能人なのよ? 水着姿を一般人に拝ませてあげないと、盛り上がらないでしょ?」
 だから、なんでそんなに上から目線なんだよ、ローカルアイドルのくせして。
「そ、そうか……」
「今日だって、ずーっと一般人からの視線をビシバシ感じるわ! 芸能人の定めよね」
 自意識過剰だと思う。
 その証拠にほら、今も隣りにいるリキは、素人のほのかに釘付けだ。

「なあ、ほのかちゃん。温泉終わったらさ……ちょっと、付き合ってくんないかな?」
「え、千鳥くんと私が? いいよ」
 ニコッと優しく微笑むほのか。
「マジ? 超うれしぃわ!」
 本当に惚れていたんだな、リキ。
 しかし、ほのかのやつ。確かに俺の前では、変態度マックスなのに、リキの前ではなんかおしとやかって感じ。
 心をまだ許していないのかもな。


 俺がそう二人を見守っていると、エレベーターが三階に着く。

「じゃあ、着替えたらクーパーガーデンであいましょ♪」
「おお、ほのかちゃん。一緒に花火見ようぜ!」
 ふむ。案外、いい感じじゃないか? この二人。
 よし! このまま、くっけてしまおう。
 
 一人頷いてると、左足に激痛が走る。
 下を見れば、グリグリと踏みつけられていた。
「ガチオタクト! アタシのファンでしょ? こっちを見なさいよ!」
「いっつ……なんだよ」
 超かまってちゃんだな、自称芸能人。
「宗像先生に聞いたんだけど……ガチオタクトって、作家なんだって?」
 急にしおらしく縮こまってしまう長浜。
 恥ずかしそうに、頬を赤らめている。
「ああ。そうだが」
 売れてないし、絶版してるけど。
「あのさ、アタシの自伝を書いてくれない?」
「はっ?」
 思わず、アホな声が出てしまう。
「ほら。アタシって超がつく芸能人じゃない? 今度、本を出すって社長に言われているけど、文才はないから……ガチオタさえよければ、雇ってあげてもいいと思ったの」
 ファッ!?
 自伝なのに、ゴーストライターつけるんかい!
 てめぇで書けよ。
 お前のことなんて、一ミリも知らんわ。
 てか、俺のあだ名ってガチオタになったの?

 咳払いして、やんわり断りを入れようとする。
「あのな、そういうのは文章とか表現とか、関係なく、長浜が思ったように書けばいいと思うぞ。ファンもそっちの方が嬉しいんじゃないか?」
「嫌よ! アタシ、国語だけは昔から苦手なのよ! もう決めたの! 事務所の社長にもガチオタを推薦して、契約結んだもの。ギャラあげるから、ちゃんと書きなさいよね!」
「えぇ……」
「これ、アタシの連絡先! あとで連絡しなさい!」
 そう言って、強引に名刺を渡された。
 電話番号にメルアド。それにL●NEまで、ご丁寧に記されていた。
「ちょ、ちょっと、長浜……」
 言いかけている途中で、長浜 あすかは顔を真っ赤にして、走り去っていく。

「なんだったんだ。はぁ……」
 とりあえず、名刺を浴衣のポケットに入れて、俺は一人更衣室に向かうのであった。


   ※

 更衣室で先ほど、乾かした水着に再度着替える。
 脱ぐときに、紫のレースのパンティーがバレないか、ビクビクしていたが、幸いなことに、お客さんは、みんなもうクーパーガーデンに行ってしまったようだ。

 着替えが済むと、改めて、混浴温泉へと向かう。
 上がったかと思うと、次は下へと階段を降りる。
 
 長い廊下を歩いていくと、突き当たった場所で、男と女が合流する。
 大きなガラスの自動ドアの前で、家族やカップルたちが集まっていた。
 更衣室が別の場所にあったから、再会を喜んでいるようだ。

 ほのかやリキの姿は、見当たらない。
 また一人ぼっちか……そう落ち込んでしまう自分に気がつく。
 思えば、最近、ひとりでいる時がない。
 隣りにアイツがいたから……。
 やはり、俺は孤独だ。
 そう痛感した瞬間だった。

 ドンッ! と腰を蹴られる。

 振り返ると、そこには、ブロンドの長髪を首元で纏めた小さな女子……じゃなかった。
 グリーンの瞳を揺らせる男の子、ミハイルが立っていた。

 もちろん、彼も水着姿。
 小さな胸には二本のペットボトルが抱えられていた。
「おっそいゾ! タクト!」
 思わず、口角が上がってしまう。
「ああ、悪い」
「これ……温泉だから、喉乾くと思って、タクトの好きなアイスコーヒー買っておいてやったゾ!」
 そう言って、雑に押し付ける。
 まだ怒っているようだ。
「すまん」
「もういいから、早く入ろうぜ……その、花火終わっちゃったら、寂しいじゃん」
 唇を尖がらせて見せる。
「そうだな……温泉の中で乾杯といくか?」
 俺がそう言うと、彼はニコッと笑みが浮かぶ。
「うん☆」

 機嫌を少しなおしてくれたミハイルと、二人で混浴温泉へと向かう。
 大きな自動ドアが開くと、そこには別世界。
 温泉というよりは、ナイトプールに近い。

 外はもう真っ暗で、静かな別府の温泉街を一望できる展望スパが売りのようだ。
 上から下に向け、段が設けられていて、前に座っている人の背中を気にせず、夜景を楽しめる。
 どこからか、心地よい音楽が流れていて、水中は所々ライトラップされており、ランダムで光りの色が変わっていく。
 空を見上げれば、都会の博多とは違い、たくさんの星々が地図を描いている。
 なんて、きらびやかな世界なんだ。

 おまけに、左手には、高らかに立ち上る何本もの噴水が、踊るようにショーを繰り広げている。

 リキが言っていたことを思い出す。

『女ってのはさ。星空とか、夜景とか、非日常的な光景に弱いもんなのよ』

 確かに一理ある。

 これだけ、非日常的な光景を目の当たりにすれば、意中の女性を落とせそうな……妙な自信が湧いてくるってもんだ。
 その証拠に、辺りを見れば……。


「なぁ、いいじゃん」
「も~う、部屋まで待てないのぉ~」

 水着とはいえ、彼女の胸をまさぐる彼氏さん。
 だが、その彼女も笑っていて、抵抗しようとはしていない。
 
 そんなカップルばかりが、スパを貸し切り状態。

 クソがっ!?
 どこか、他でやれや!

 俺が歯を食いしばって、拳に力を入れていると、柔らかい指が力んだ腕をほぐす。
「タクト? どうしたの?」
 隣りに立っているこいつ。ミハイルは確かにカワイイ。
 だが、男の子なんだ!
「いや……ちょっとな」
「しょーせつのことでも、考えてたの?」
 下から上目遣いで、俺の顔色を伺う。
 腰をかがめているせいか、胸の谷間が露わになる。
 もう少しでトップが見えそうだ。

 クッ! だから、男モードのミハイルは苦手なんだ。
 防御力がなさすぎなんだよ。

「ま、まあな。この旅行も舞台として、いいかもな……。だが、今夜は取材対象が不在だからな」
 つい、ぼやいてしまう。
 そうだ。女装しているアンナとなら、デート気分を味わえたかもしれない。
「そ、そっかぁ……そうなんだ。ふーん、タクトって今、そんなこと考えてたんだ☆」
 なぜか一人、嬉しそうに頷くミハイル。
 あ、本人が目の前にいるのを忘れてた。

   ※

 俺とミハイルはさっそく、展望スパに入ってみる。
 水温は、思った以上に暖かい。というか、熱いぐらいだ。
 ちゃんと温泉なんだなと感じる。

 プールと同様、けっこう水深があったので、今度は溺れないように、俺はミハイルをおんぶしてあげた。

「うわぁ、キレイだなぁ☆ タクト!」
「あぁ、確かにこいつは、なかなか拝めないもんだな」

 思えば、一ツ橋高校に入学して色々なことがあった。
 ぼっちだった俺が、今では……後ろで、はしゃいでるコイツがいるからな。
 何もかもが、一変してしまった。
 生徒の中にはうるさいやつらもいる。だが、悪くない。

 と、人が感傷に浸っているのも束の間、俺の背中に柔肌がプニプニと当たってくる。
 ないはずの胸がなぜか気持ち良い。
 絶壁最高!

「タクト! あれ、なんていう星かな?」
 かなり興奮しているようで、グリグリと胸を頭にこすりつけてくる。
「あれか。オリオン座だな」
「すごいすごい!」
 俺も股間がすごいことになってるよ。

   ※

 少しのぼせた俺たちは、一度、スパから出た。
 事前にミハイルが用意してくれていた飲み物で、喉を潤そうと。

 スパの周りには、ビーチチェアがあったので、そこで寝そべって、乾杯することにした。

 俺はアイスコーヒー、ミハイルはいちごミルク。
「じゃ、タクト。かんぱ~い☆」
「ああ。乾杯」
 少しぬるくなってはいたが、火照った身体にはちょうど良い。
 一気にがぶがぶ飲んでしまった。

「んぐっ、んぐっ……ぷはっあ! ハァハァ……おいし☆」
 相変わらず、いやらしい飲み方するな、この人。

「でも、オレたち。本当にここまでやってこれたんだよね?」
 嬉しそうに瞳を輝かせる。
「ん、なんのことだ?」
「一ツ橋高校でちゃんと単位取れたこと☆」
「ああ……」
 天才の俺には、超普通というか論外な授業やレポートに試験だったが、おバカなミハイルには、かなり頑張ったということか。
「タクトのおかげだよ☆」
 はにかんで見せるその笑顔に、思わず、ドキッとしてしまう。

「いや、俺は別に。なにもしてないさ……」
 動揺を隠すように視線をそらす。
「そんなことないよ! タクトがいてくれたから、スクリーングもちゃんと来れたし、テストも頑張れたもん☆ ありがとなっ☆」
「う、うむ。まあ、来期も一緒に頑張るか……」
 男同士だってのに、なんだか小っ恥ずかしい。
 視線を戻すと、ミハイルは満面の笑顔でこう言う。
「ところでさ、リキのこと。いつから、マブダチになったの?」
 笑ってはいるが、声が冷えきっている。
 ヤベッ、まだ誤解されているよ。

「あ、あれはだな……」
 必死に弁解しようとするが、グイッとミハイルの小さな顔が近づいて来る。
 笑顔で。
「ねぇ。『スキ』ってどういうこと?」
 目が笑ってない。狂気だ。
「それは……俺に向けられたものではないんだ。実はここだけの話だが、リキは今片思いしているんだ」
「タクトに?」
 いつもはキラキラと輝いて、魅力的なグリーンアイズだが、今はとても暗く感じる。
 まるでブラックホール。恐怖でしかない。

「ミハイル、あのな……ちゃんと話を聞いてたか? リキは俺が好きなんじゃない。同じクラスメイトの女子に恋をしている」
 そこでようやく、彼の瞳が輝きを取り戻す。
「えぇ!? リキが女の子を好きになったの!?」
 めっちゃ驚いている。
 あいつだって、見た目おっさんだけど、俺たちと同じティーンエージャーなんだぞ。

 誤解が解けた瞬間、身を乗り出して、質問攻めが始まる。
「だれだれ!? リキが好きになった女の子って? オレが知っている子?」
 こいつって、けっこう恋バナ好きというか、意地悪いな。
「ほれ。あれを見てみろ」

 とある二人の男女を指差して見せる。

 少し離れたスパで、噴水ショーを楽しむハゲと、競泳水着を着た女子。

「あ、ひょっとして……ほのかが好きなの!?」
 ミハイルも予想外の相手に驚きを隠せないようだ。
「そういうことだ。アレのなにがいいのか、わからんが。俺に相談されてな……腐女子の攻略方法なんざ、俺は……」
 言いかけている最中で、ミハイルが俺の肩を掴んで、叫ぶ。
「さいっこうじゃん!」
「は?」
「あの二人、絶対くっつけようよ☆」
 めっちゃ楽しそう。拳を作って、ガッツポーズ決めちゃってさ。
 まだ、ほのかという、生態をちゃんと把握できてないのに。
「なんで、お前が乗り気なんだ。ミハイル?」
 ちょっと、冷めた目で彼を見つめる。
「だってさ。ちょー、おもしれぇじゃん☆ オレも応援してるよ、リキのこと☆ で、いつ告白すんの?」
 こいつ……人の恋愛だからって、楽しんでんな。

「さあな、今夜かもしれんし、明日かもしれんし、一生わからないな」
「ダメだゾ、タクト! マブダチの恋愛なんだから、ちゃんと本気になって、応援してあげなきゃ!」
 あんた、さっきまで、そのマブダチのことで怒ってたじゃん。
「いや、こればっかりは、本人たちの意思というか、相性の問題だろ……」
「ダメダメ! 力づくでもいいから、リキがほのかと結ばれないと、な☆」
 それって、犯罪だろ。
「あのな……」
 俺たちが、他人の恋バナで言い合っていると……。

 ドーンッ! と凄まじい轟音が鳴り響く。

 色とりどりの花火が、一斉に打ち上げられていく。

「すごい! 花火だ☆」
「そういえば、そうだったな」

 ドンッ! ドンッ! と次々に、大きな花火で夜空が明るく照らされていく。

 花火なんて、小学生の時以来だな。
 身体にまで響き渡るこの音さえ、心地よい。
「いいもんだな、たまには、旅行ってのも……」
 ふと、隣りのミハイルに話しかけてみたが、花火の音で聞こえてないようだ。

 彼と言えば、なにか考えごとをしているようで。
 小さな唇に人差し指を当てて、ブツブツと独り言を漏らしていた。

 途切れ途切れでしか、聞こえてこなかったが、なにやら変なことを口にしている。

「ふふっ、ほのか……と、リキをくっつけて……タクトの周りの……女たちは……全員消えて……」

 ファッ!?

 俺の視線に気がついた彼は、ニコッと笑って見せる。

「楽しいな、タクト。旅行ってさ☆」
「う、うん……とても」

 花火が終わりを迎え、俺はそろそろ、混浴温泉であるクーパーガーデンから出ようと、ミハイルに提案する。
 すると、彼はなぜか、ぎこちなく頷く。
「あ、うん……」
 妙に元気ないな。
「どうした? 夏とはいえ、夜の温水プールだ。身体を冷やしたのか? なら、早く『タンスの湯』で身体を温めよう」
 俺がそう促すが、彼は急に慌てだす。
「あ、お風呂ね……」
 どうも、歯切れが悪い。
 あれか? 男同士とはいえ、一緒に真っ裸で大浴場に入るのが、恥ずかしいのか。

   ※

 クーパーガーデンを出て、また玄関で男女が別々になる。
 先ほどの更衣室に向かうため、バラバラに行動せねば、ならないからだ。
 左右に別れた階段を進んで、そのまま、更衣室で水着を脱ぎ、大浴場と露天風呂のあるタンスの湯に行ける。

 行きは疲れたが、帰りはこりゃ楽だ。

「じゃあまたね」
 どこからか、若い女性の声が聞こえてきた。
 見れば、競泳水着に眼鏡の女子。
 北神 ほのかだ。
 リキに別れを告げて、奥の女子専用廊下へと進んでいく。
「うん。ありがとな、ほのかちゃん」
 頬を赤くした力がオーバーに両手をブンブンと振って、別れを惜しむ。


「リキ、結構、順調みたいだな」
 彼の背中に声をかけてみる。
「ああ、タクオ! こりゃ、イケるかもだぜ!」
 拳を作って、はしゃぐリキ。
「だといいな」
「そうだ! 今から俺と一緒に露天風呂へ行こうぜ! マブダチとして!」
「ああ。俺もちょうど、ミハイルと行くところだったんだ……なあ、ミハイル?」
 隣りに視線を戻すと……そこには誰もいなかった。
「なっ!? ミハイル? どこだ?」
 心配になって、辺りを探すが、どこにもいない。
「タクオ、ミハイルのやつなら……ほれ。もうあっちに行ったぜ?」
 リキの指差す方を見れば、階段を物凄いスピードで走り去るミハイルの姿が。
 うむ、濡れた水着の小尻も最高……じゃなかった!
 なんであいつ、逃げていくんだ?
 ちょっと、腹が立つわ。

「まあタクオ。ミハイルもなんか用事あんじゃね? 腹でも壊したとかよ」
「な、なるほど……」
 それなら、確かにあの動揺した姿も頷けるか。
 結構、あいつ。ああ見えて、恥ずかしがり屋だからな。

   ※

 更衣室で、水着を脱ぎ、近くにあった小さなタオルを手に取ると、早速、大浴場に入って見た。
 中はかなり賑わっている。
 おじいさんや親子たちで、ガヤガヤと騒がしい。
 全員フル●ンで、見ていてエグいがな。

 俺は簡単にシャワーで身体を洗い流すと、まずは露天風呂である『タンス湯』へと向った。
 別府の夜景を楽しみながら、塩水で温められた天然温泉らしい。
 たまには、都会から離れた静かな高原で、リラックスしたいからな。

 大浴場を抜けて、露天風呂に出た。

 湯船は全部で、上から4段に別れた構造になっている。
 一段目に屋根があり、二段目から完全に露天風呂。三段目が一番大きく、また足湯も完備。最深部が寝湯になっていて、石造の枕まで完備。
 こりゃあ、日々の疲れが取れるってもんだ。

 俺は迷うことなく、寝湯の方へ降りていく。

 最近、自作『気にヤン』の執筆を追い込んだせいで、肩がかなり凝っているから。
 少しでも肩こりをほぐしたい。

 湯船につかり、仰向けになって、寝てみる。
 枕もいい感じの高さで、ちょうど耳に水が入らないぐらいだ。
「ごくらく、極楽~」
 なんて鼻歌が出るぐらい快適。
 どうしても、身体の力を緩めると、足先が浮かんでしまうが、そんなこと気にならないぐらい、気持ちが良い。

 上を見上げれば、星々がたくさん広がっていて、最高のプラネタリウム。
 前方に目をやれば、別府湾や街の夜景が見渡せる。

 ちょっと、熱すぎるぐらいの温泉だが、半身がどうしても、水中から浮かんでしまうので、濡れた素肌を、前方から吹きつける強い風が、火照った身体を冷ます。
 これはこれで、気持ちが良いものだ。

「来て良かったなぁ」

 と目を瞑って、呟いてみると……。
 誰かが俺の言葉に同調してくる。

「だよな!」

 瞼を開いて、声の主を探す。
 左側には誰もいない。
 じゃあ、逆の右を見てみるか……。

「うなぎぃっ!?」

 水中にうなぎが泳いでいる。

「な、なんだこいつ!? どこから入ってきたんだ!」
 パニックを起していると、大きな手が俺の肩をつかみ、静止させる。
「どこ見てんだよ、タクオ? 俺だよ」
「へ?」
 うなぎの持ち主は、千鳥 力。その人であった。

「ああ……お前だったのか。未知の生命体がこの別府に落ちてきたかと思った」
「ハハハッ、宇宙人なんて信じてんのかよ、タクオってやっぱ変わってんな」
 そう言って、俺の背中をビシバシ叩く。
 いや、確かに君のおてんてんは宇宙人だよ。

 だって、ごんぶとだし、長すぎるし、水中から顔を出すなんて……。


 咳払いして、動揺を隠そうとする。
「お、おほん! お前のって、その……デカいんだな」
 恐る恐る、彼の股間を指差す。
「はぁ? そうか。フツーじゃね?」
 いや、異常だ! 見たことない! 信じたくもない!
 馬並みだ。
「普通ではないだろう。リキ、お前のってさ。何というか、デカいというか、長さもあるし……」
 怖いよぉ!
「そんなに驚くなよ、ハハハッ。タクオが小さすぎんじゃね?」
 比較したことないけど、普通の部類だと思ってます。
「だって、浮かぶか? 普通……」
「え、タクオは浮かばないの?」
 巨乳の人が浮かぶと聞くが、男の話は初めてだ。

「ないよ……」
「そっかぁ。まあ、俺もあんまり温泉とかこねーから、わかんねーや。うちの親父とかも浮いてるしな~」
 家系だってか!

 リキは俺のことなど気にせず、温泉を楽しんでいる。

 だが、ここである疑問というか、不安を覚える。
 ミハイルのことだ。
 彼は幼いころから、リキやここあと一緒に遊んでいたらしい。
 多分、お泊りとかも。
 ならば……ミハイルのサイズも知っておかないと。
 だって、怖いじゃん!

「なあ、リキは……ミハイルと風呂とか、入ったことあるのか?」
「え? ミハイルと? あるよ。近所だし、ヴィッキーちゃんにはお世話になってるしなぁ」
「じゃあ、そのミハイルってお前と同じぐらいの……そのサイズだったか?」
 彼の回答に思わず、生唾を飲み込む。
「うーん」
 しばらく考え込むリキ。
 沈黙が怖い。
「最近は一緒に入らないからなぁ……多分、同じぐらいじゃね?」
 ファッ!?
「そ、そうなんだ……」
 あの華奢な身体で、どうやって、『ガンホルダー』におさめるというのだ?


 と、ここで、また新たな疑問が俺の頭に浮かぶ。
「なあ。ところで、そんなに長いサイズのをどうやってパンツに入れるんだよ?」
「え? 太ももにゴムのバンドで折りたたんでるぜ。普通のことだろ?」
 あっさり、爆弾発言をするリキ。いや、リキ兄貴。
「そ、そうですね。普通のことですよね。普通の……」
 なぜか縮こまってしまう俺だった。

   ※

 長い、長すぎる……なにがって?
 この隣りの野郎のことだよ。
「それでよ、ほのかちゃんのどこがいいかってよ。まず、あの真面目そうな顔とは反したワガマボディ! それに眼鏡の奥からたまに見える鋭い眼差し。あと、毎回制服着てくるというこだわり! たまらねぇよな! あとさ、気づかいもできるし、芯が強い女の子だって思うわけ。自分の気持ちは曲げない潔さ! 全部、全部が可愛すぎて……」
 うるせぇ!
 お前がどれだけ、ほのかのことを想ってることは、もうわかったよ。
 一時間近くも聞かせられるこっちの身にもなってくれ。
 もうさすがに、熱さで身体のぼせてきた……。
「悪い、リキ。先にあがるわ」
 ちょっと、熱で頭がふらつく。
 フラフラと立ち上がろうとする……が、ごつい彼の大きな手が俺の腕を掴む。
「ちょ、ちょっと待てよ! タクオ! これからがいいところなんだ、もうちょっと付き合ってくれよ!」
「話なら温泉を出てからでいいだろ……」
「いや、俺の気持ちはこの夜景を見ながら、マブダチのお前と語り合いたいんだって!」
 俺の腕を一向に離そうとしないリキ。
 だが、もう相手をしてられん。
 早く出ないと俺が倒れそうだ。

「悪いが出るぞ……」
 必死の思いで、湯船から脱出しようとした瞬間だった。
 見くびっていた。『剛腕のリキ』の異名を。

 俺の意思とは反して、力づくで引っ張られ、地面に叩きつけられる。
「いってぇ……」

 石畳の上でうつ伏せの状態に倒れてしまった。
 心配したリキが咄嗟に立ち上がる。
「わりぃ! タクオ、大丈夫か!?」
 急いで俺の元へ駆け寄ろうとするが、彼も長時間、湯船に浸かっていたせいか、思ったように足が動かず、フラついている。
「ありゃっ!」
 リキのアホな声と共に、ドシン! とナニかが、乗っかかてきた。

「いってぇぇぇ!」

 倒れこんでいる俺の背中に、リキの巨体がボディプレス。
 あばら骨が折れたかも?

 だが、そんなことよりも、気になるのは、俺の臀部(でんぶ)あたりだ。
 ナニかが、俺の割れ目にグニョグニョとうごめいている。
 ま、まさか!?

「わりぃ、タクオ。こけちまった……」
「そんなことはいい! 早く俺から離れろ! こんなところ、誰かに見られたら……」

 時すでに遅し。
 目の前には、細い脚が4本。

 見上げると、そこには、おかっぱ頭のキノコ頭が二人。
 同じクラスの日田兄弟が立っていた。

「し、新宮殿! まさか、氏は、剛腕のリキとそのような関係……」
「兄者、ここは一つ……」

 お互いの顔を見つめあうと、無言で頷く。

「「ぎゃあああ! ホモダチだぁ!!!」

「……」
 終わったな、俺のスクールライフ。

 先ほどのリキとの『ドッキング』疑惑で、俺は日田の兄弟ともう仲良くできないかもしれない。
 まあ、いつか誤解は解けるだろう……知らんけど。

 攻め役を演じてしまったリキ本人は、なんのことか、さっぱりらしく。
「変な奴ら」と首を傾げていた。
 俺は受けの人だとは思われたくないので、リキに「話の続きはホテルの部屋で聞くから」と先に露天風呂から出た。
 というか、逃げたんだけど。

   ※

 浴衣姿になると、俺は更衣室を出て元の道を辿る。
 エレベーターを使って、二階に降り、ゲームセンターと売店が見えたところで、スマホのベルが鳴る。
 アイドル声優の『YUIKA』ちゃんの可愛らしい歌声……耳の穴から身体癒されるぅ~
 じゃなかったと、着信名を確認すると、古賀 アンナ。

「ん!?」

 思わず、スマホの画面を二度見してしまった。
 だって今、俺たちがいるのは、福岡県から遠く離れた街、大分県別府だ。
 古賀 ミハイルがここにいるのは、わかる。
 だが、アンナはこの場にいない設定のはずだ。設定上。
 
 とりあえず、電話に出てみる。
「もしもし?」
『あっ、タッくん☆ アンナだよ、久しぶり~☆』
 偉くテンションが高いな。
「ああ、久しぶりだな。どうした? 取材の件か?」
『うん☆ 取材しよ! 今から……』
「は? アンナ、悪いが俺は今、別府に来ていて……』
 言いかけている途中で、眼前がブラックアウトする。
 そして、少し冷たくて柔らかい感触を感じた。
 甘い石鹸の香り……。

「だーれだっ!?」

 今日日、やらない行為だな。

「まさか……アンナか」
「せーいっかい☆」
 俺が当てたご褒美に、視界が解放される。
 瞼をこすってみる。
 そこには、正真正銘の金髪美少女が立っていた。

 長い金色の美しい髪を、肩から揺らせて。
 頭には大きなピンクのリボンのカチューシャ。
 上から真っ白なノースリーブのブラウス。
 パールバックルベルトがついたミニ丈のフレアスカート。
 白くて透き通るような細い脚を拝める。
 足もとは、温泉には似合わないガーリーなデザインのリボンサンダル。

 間違いない。
 こんな天使はこの世に一人しか存在しない。
 俺の大事な取材対象、アンナだ。(♂)

「タッくん☆ 来ちゃった!」
「は……?」
 ちょっと、軽く脳内がパニックを起しているのだが?
 なぜ、一ツ橋高校の卒業旅行にアンナが参加しているのだ……。
 いや確かに、ミハイルが一緒なのはわかっている。
 彼女がこの学校の情報を知っていると言うのは、解せん。

「タッくん、ここで取材していこ☆」
「ちょ、ちょっと待て! アンナ、どうして、ここにいるんだ?」
 ここは設定を守らないと今後、おかしくなる。
「え……?」
 額から滝のような汗を吹き出す。
「だって、ここは別府だ。同級生のミハイルは来ているが、何故、部外者のアンナがホテルにいる?」
 そうじゃなきゃ、アンナちゃんストーカー説。
「そ、それはね……そう! ヴィッキーちゃんに教えてもらったからだよ☆ だから、ミーシャちゃんと一緒に来たの! ば、バスは別だったけどね……」
 なんと苦しい言い訳だ。
「なるほどな。だが、今もう夜の9時だぞ? アンナ、今日はどこに泊まるんだ?」
「ミーシャちゃんと同じ部屋だよ☆」
 ファッ!?

 全て、謎は解けたぞ!
 松乃井ホテルに着いた時、俺が宗像先生に、ミハイルの部屋を訊ねたら……。
『ああん? 古賀のことか。あいつは家族と一緒に泊まるって言うから、事前に部屋を決めておいたぞ』
 と語っていた。
 そして、登校時、異常に大きなリュックサックの中身は、この為だったのか!?


「ふむ……了解した。じゃあ取材と行くか」
「うん☆ タッくん、イルミネーションに観に行こうよ!」
「ああ」

 まったく、困った取材相手だな。

   ※

 俺とアンナは仲良く、ホテルのバスに乗り、長い坂道を下っていく。
 外はもう真っ暗だが一際目立つ、煌びやかなイルミネーションが見えてきた。
 松乃井ホテルの道路沿いに、キラキラと輝くライトアップされた美しい木々。
 それに光りのトンネルや、お姫様が乗っていそうなかぼちゃの馬車。
 可愛らしいクマさんやウサギさんがお出迎え。

 色とりどりの鮮やかなイルミネーションが作りだしたこの場所は、まるで別世界。
 日本ではない、ファンタジーの世界に迷い込んでしまう錯覚を覚える。

 バスから降りると、アンナが俺の手を引っ張って、駆け寄る。
「タッくん、見て見てぇ! すごく、キレイだよ~☆」
「あ、ああ。確かに壮観だな……」
 俺はイルミネーションよりも、その灯りに負けないぐらいに輝いている彼女のグリーンアイズに見惚れていた。
 なんだか、変な気持ちになってきた。

 リキが言っていたように、女が非日常的な光景に弱いってやつは、本当のことなのかもしれない……。
 今日はホテルも背後にある。
 あれ、俺ってば、今宵、童貞を捨てられるフラグ立っちゃった?
 いや……無理だって。相手は男だよ。

 煩悩を振り払うために、頭を左右にブンブンと強く振り回す。

「タッくん? どうしたの? 調子悪い?」
「いや、別府にまで、アンナと一緒に来れて……感激していたんだよ」
「そっかぁ☆ アンナも同じ気持ちだよ☆」
 小悪魔的な笑顔を魅せてくる。
 イケるの? 『いいよ』って合図出してるんの?
 ど、ど、どうしよう……『大事なもの』も用意してないし……。


 俺は一人頭を抱え、脳内で理性と野生が壮絶な戦いを繰り広げる。
 その場で、ジタバタしていると、誰かが俺たちに声をかけてきた。

「お~う、琢人じゃねーか!」

 光りのトンネルの奥に、かぼちゃの馬車の前で、一人の男が見えた。
 長テーブルの上には、大きなクーラーボックスが何個も置いてある。
 そして、テーブル下に白いのれんがかかっている。

『美味しくて冷たいアイス販売中♪ トッピング豊富♪ お肌にも優しいオーガニック』

 そんな健康的な文言とは、似合わない販売員がテーブルの後ろに立っている。
 ストライプに刈り上げた坊主頭に、両腕に龍と虎のタトゥー。
 間違いない。見た目シャブ中の売人。善良な福岡市民の夜臼先輩だ。

「わぁ、アイスだって! 美味しそう☆ タッくん、一緒に食べようよ☆」
「え、ちょっ……」
 アンナに手を引っ張られて、光りのトンネルを通り抜ける。

 その先で、夜臼先輩は、怪しく微笑んでいる。
 可愛らしいアイスのプリントされたエプロンをかけているのだが、余計に誤解されやすい。
 
 だが、俺は戸惑っていた。
 それは、今隣りにいるのが、古賀 アンナだからだ。
 ミハイルを知っている人物に出会えば、女装しているとはいえ、正体がバレるのではないか……。
 それだけは、避けたい。
 彼女を傷つけたくないから。

「ヘッヘヘヘ……琢人も隅におけねぇじゃねーか? 童貞だと思ってたけど、こんなカワイイ彼女がいるんなんてよ、ウッヒヒヒ!」
 笑い方が怖い!
 俺の心配は必要なかったようだ。
「カワイイだなんて~☆ うれしい~」
 恥ずかしがる女装少年。
「あ、いや。彼女ではないですよ……」
 一応、弁解しておく。

「はぁ? 琢人……おめぇ、女の子に恥をかかせる気か! 俺りゃあ、そういう中途半端な野郎が大嫌いなんだよ!」
 珍しく怒られちゃったよ。
「す、すみません。今、まだ彼氏彼女未満みたいな関係でして……」
「ほーう。そうかぁ……なら、好都合だべ!」
「え?」
「俺りゃあのアイスを食ってきな! この一つのアイスを二人で仲良くイルミネーション見ながら食えば……ヒッヒヒ。飛ぶぜ? 天国へな」
 ドヤ顔してるけど、ただのお節介なおじさんじゃん。

 夜臼先輩を見ても物怖じせず、アンナは注文を始める。
「えっと、アンナはチョコアイスが好きだけど、タッくんはバニラが好きだから……」
「アンナちゃんって言うのか? ヒッヒヒ……カワイイ顔して、経験済みなのか。こりゃあ、売人の血が騒ぐってもんだ」
 アイスのね。
「俺りゃあ、琢人のダチでよ。夜臼 太一ってんだ。よろしくな、アンナちゃん。ウッヒヒヒ」
 なんで一々、この人の喋り方って誤解を招くのだろう。
「あ、古賀 アンナって言います。ミーシャちゃんのいとこです☆」
「ほぅ、ミハイルの親戚か。なら、サービスだぜぇ。チョコとバニラを一つのコーンにダブルでいいかぁ? ヘッヘヘヘ、これなら、仲良く食べれるぜぇ?」
「じゃあ、それでお願いします☆ 夜臼先輩☆」
「ウッヒヒヒ、琢人。いい子じゃねーか」
 あんたもいい人だね。

「あとよ、新作も売ってんだぜ? ヘッヘヘヘ……乾燥させた『野菜』だぁ、ウッヒヒヒ!」
 そう言って、テーブルの下から出したのは、確かに乾燥野菜のニンジン、オクラ、レンコン、トマトなどなど。
「野菜本来の甘みだからよぉ、太りにくいし、健康的でよぉ。お肌にもいいんだぜぇ~ 今なら安くしてやるよぉ~ 末端価格にして100グラム88円だぜ、ヘッヘヘヘ!」
 正当な価格では?
「お肌にいいんですかぁ☆ じゃあ、おみやげに1キロください☆」
 交渉成立しちゃった、合法的に。