次の日、アンナに指示された時刻の博多行き列車に乗り込む。
指定されたのは三両目の車内だ。
彼女は小倉よりの席内駅から乗っているので、既に車内でこちらに手を振っていた。
満面の笑みで。
女装しているアンナは相変わらず、本物の女よりも女らしく、周りの男たちが皆振りかってしまうほどの可愛さだ。
今日のファッションも一段と気合が入っている。
ピンク地のブラウスを着ていて、胸元には大きな白いリボン。
また袖が肩からシースルーになっていて、彼女の素肌が拝める。
ボトムスもいつもより丈がかなり短いプリーツの入ったミニスカート。
足もとは真夏仕様となっていて、ヒールの高いリボンがついたサンダル。
くっ! 水着を着る前に俺を殺す気かっ!
頬が熱くなるのを感じると、なんとなく咳払いをする。
「おっ、おほん! よう、アンナ」
「おはよう☆ タッくん!」
車内に乗車していた男子が一斉に俺を睨んだ。
「んだよ、あいつが彼氏とかマジねーわ!」
「クソッ! 暑い日にイチャつくなよ……」
「やだぁ、ボクはあの子のお尻とってもキュートに感じちゃう♪」
え……? 俺のこと?
ま、こいつらアンナの正体を知ったら、みんな怖がったり、逃げ去ったりするんだろ?
悪いが、彼女は俺の大事な取材対象だ。
お前らにはやらんよ。
あれ、ちょっとリア充を楽しめてないか? 俺って……。
いやいや、アンナは男だぞ。ノーカウントだ、琢人。
「どうしたの、タッくん☆」
気がつけば俺の懐に入り、上目遣いで攻撃してきやがる。
キラキラと輝くグリーンアイズがまぶしい。
「あ、いや……今日の服も似合っているな」
なんとなく、視線を逸らす。
俺が女装男子にベタ惚れしている……とか、見透かされている気がして。
「ホント? うれしぃ☆ 今日のために水着と一緒に買っておいたんだ☆」
「そう、なのか?」
確かに言われたら、こいつ。毎回取材の時の服が違うよな。
気になったので、質問してみた。
「なあ、いつもどこで買っているんだ?」
「えっとね……アンナはだいたいネットで買うかな。ポチポチって……スマホで☆」
だよな。ミハイルくんがレディースファッション店にウキウキショッピングして、試着室に入る度胸ないよね。
「なるほどな……」
「でも、今日着る水着はちゃんとお店に行って買ったよ☆ だって水着だもん☆」
ファッ!?
「えぇ……つ、つまり試着したのか?」
「うん、もちろんだよ☆」
女の子たちと一緒に? ヤバくない?
犯罪でしょ。
だが、彼女は悪びれる様子もない。
「ネットで良くないか?」
「ダメだよぉ。水着は服と違うから、ちゃんとバストとかヒップとか、ジャストサイズじゃないとイヤ。それにパッドも合うやつ使わないと可愛くなれないもん」
なに、本気出してんのさ。
「まあ男の俺にはよくわからんな……」
ってあなたも男だろ!
怖くなったので、この話はこれで終わりにしておいた。
※
俺たちが向かう海の中道海浜公園は、地元の真島より二駅、博多よりの梶木駅で一旦降りる。
そして、ホームを移動して、『海の中道線』というローカル線に乗り換えた。
線路は単線で、車窓から見える風景も都心部から田舎へとガラッと変わってしまう。
心なしか、先ほどまで乗っていた鹿児島線の車両より、揺れが強く感じる。
経営が逼迫しているのでは? と心配になるが、そうでもない。
車内は若者でごった返している。
みんな軽装に、ビニールバッグを手にしているから、プール開きが目的なのだろう。
「楽しみだね、タッくん☆」
「ああ、プールなんて10年ぶりぐらいかな……」
「そうなの?」
「うむ、俺は親父にレスキュー活動の練習とこじつけされては、深い大人用のプールにぶちこまれていたからな。それ以来、ちょっとプールがトラウマなんだ」
マジで水怖い時ある。
「そうなんだ……じゃあ、嫌だった? 今日のこと」
涙を浮かべるアンナ。
「いや、今日は違うよ。純粋に楽しみにしていたさ」
なんてたって、初めての水着姿を拝めるんだから。
スマホの容量もしっかり空けておいたし、防水ケースもネットで購入。
ついでに、三脚付きの自撮り棒まで買っておいたから、水中でアンナの色んなポーズを資料用として保管可能だぜ。
「じゃあ、今日がタッくんのほぼ‟初めて”のプールになるのかな?」
「ふむ。まあそうじゃないか? 親父たちと行っても遊んでた記憶ないから」
トラウマだからね。
「アンナとのプールが初めてなんだ。うれしい……」
頬を赤くして、今日はローカル車両の床ちゃんがお友達か。
ところで、なにがうれしいの?
※
電車が海の中道駅に着く。
すると、若者は一斉に電車を飛び降りて、走り去っていく。
ギャーギャー騒ぎながら、日差しの強いアスファルトを元気に飛び跳ねていた。
なぜ人は海やプールが近いとこんなにもテンションが上がるというか、バカになるのだろうか?
そう思いながら、ため息をもらす。
駅を出ると、すぐに海の中道海浜公園の入口だ。JRと直結している。
公園のスタッフが立っていて、声をかけられる。
「プールですか?」
「あ、はい。そうっす」
「じゃあ、こちらで料金いただきますね。公園は使用されませんよね?」
「はい、プールのみです」
こんな暑い日に、誰がだだっ広いお花畑を見に行くというのか……。
「学生さんですか?」
「あ、高校生とむしょ……じゃなかった大人がひとりっす」
俺がそう伝えると、アンナは少し落ち込んでいた。
いや、もちろんアンナの中身は高校生で間違っていないのだが、彼女が最初に無職と設定してしまったので、嘘を貫き通すしかないのである。
高い嘘になってしまうな。
チケットをもらうと、近くにバスが待機していた。
黒く焼けた中年のおじさんが、手を振る。
「アインアインプールをご利用の方はこちらにお乗りくださーい! お金は取りません。プールのチケット代に含まれております」
海の中道海浜公園は、260ヘクタール以上もある巨大な国営公園である。
そのため、アインアインプールに移動するのに、炎天下の中、歩いて向かうのは、地獄だ。
熱中症で倒れないようにと、園の粋な計らいだ。
エアコン付きのバスは最高だからな。
バスに入ると、既に何人かの若者は、浮き輪を膨らませていた。
気が早いな。
それを見たアンナが俺に言う。
「あ、アンナもバナナの浮き輪持ってきたの☆ 今のうちに膨らませおこ☆」
彼女はかごバッグから、ビニール製の浮き輪を取り出した。
かなり大きい。
「ふぅ~ ふぅ~」
顔を真っ赤にして、透明の空気栓に小さな唇を当てる。
「はぁはぁ……けっこう、おっきいもんねぇ。このバナナ……」
火照った顔で息を荒くする。細い首からは一粒の汗のしずくが流れた。
どこか、色っぽく感じる。
だが見ていて、かなりしんどそうだ。
ここは男の俺が、手を貸してあげよう。
「貸してみろ。一人じゃ無理だろう」
「うん☆ こういうのは男の子が得意だもんね☆」
あれ? 僕も君も男だったよね……?
浮き輪を渡されて、あることに気がついた。
空気栓にベッタリと残されたアンナの口紅。
「ごくり……」
こ、これは、いわゆる間接キッスというやつでは?
しかもよく見れば、彼女の残した唾液がキラリと光って見える。
ディープ間接キッスだ!
「どうしたの、タッくん? ひょっとして、喘息持ちとか?」
「いや、違う。任せろ、俺は至って健康体だ。肺活量も自信がある」
俺は深く息を吸うと、赤く染まった空気栓に口づけ。
浮き輪の中に、空気を入れると見せかけて、ついでにアンナの唾液も口紅もゲットだぜ!
その後、俺は同様の行為をバスがプールにたどり着くまで、何度も何度も繰り返した。
いや、楽しんだというべきか……。
終わるころには、チアノーゼを発症しており、意識が遠のいてしまうほどである。
だが、それぐらい甘くていい香りを堪能できたので、これはこれで最高でした。
「さ、タッくん。プールに入ろ☆」
「ああ……」
俺は今日、酸欠で死んでしまうかもな。
アインアインプールの大きな門をくぐり抜けると、そこには広大な敷地に様々な形のプールがたくさんあった。
流れるプール、水面に建てられたアスレチック、スライダープール、その他にもいろんな遊べる場所が揃っていた。
「うわぁ☆ 楽しそ~☆」
横からアンナの瞳を覗くと、真夏の太陽に照らされてか、いつも以上にキラキラと輝いて見える。
「……」
俺はプールよりもアンナに見とれていた。
それに気がついたのか、彼女が俺の左腕を引っ張る。
「ねぇ、早く水着に着替えよ☆」
「おぉ……そうだったな……って、え?」
ちょっと待てよ。
アンナは今女装しているよな。
正体は男なんだから、俺と同じ男性の更衣室で着替える気か?
しかし、そうなると……股間のアンナちゃんじゃなくて、ミハイルくんが丸見えになってしまう。
一体、どうしたらいいんだ!?
考えろ、琢人!
必死に思考を巡らせるが、一向に解決策が浮かばない。
「タッくん? なにやってんの? 早く入るよ!」
「え……一緒に入るのか?」
思わず、本音が出てしまう。
「はぁ? タッくんは男の子だから、一緒には入れないよ! バカなこと言わないで。まさか、他の女の子の裸とか見たいの!? タッくんのエッチ!」
ええ……。
そこまで設定を貫くんすか?
でも、それはさすがに犯罪なのでは。
「いや……アンナ。断じてそんな意味ではない。その、あれだ。アンナが他の女性と着替えるのに、ためらいはないのか?」
俺がそう問うと、彼女は真顔で答える。
「当たり前じゃん。アンナは女の子だもん」
ぷくーっと頬を膨らませて見せる。
いや、可愛いのはわかるよ。
けどさ、限度ってもんがあるじゃない。
「だがしかし……」
「もう! タッくんがそんなエッチな人だと思わなかった! アンナ、タッくんが喜ぶと思って、新しい水着を用意してたのに……フン!」
そう言って、アンナはスタスタと更衣室に入ってしまった。
もちろん、女性専用のだ。
女装男子専用は、今のところないからね。
一人残された俺は、とりあえず、男性の更衣室に入っていったが、アンナの正体が他の女性にバレるのではないか? と不安で頭がいっぱいだった。
「まあ、股間さえ隠せば、大丈夫……か」
そう自分に言い聞かせて、水着に着替える。
中学生時代に学校から支給された水着。
『3-1 新宮 琢人』
と名前がつけられているので、迷子になっても無問題。
ロッカーから財布を取り出し、現金を防水用の首かけポーチに移す。
そして、防水ケースに入れたスマホと自撮り棒を持って、いざ出陣。
これはあれだ。
グラビアアイドルの水着撮影会に参加するガチオタの姿と酷似している。
だが、それでいい!
アンナの可愛い水着姿を、脳裏に焼きつけるだけでは足りん!
しかと、デジタルフォトとして記録しておかねば。
「よし!」
覚悟を決めて、更衣室から出ると、既にプールサイドには、一人の天使が立っていた。
白のビーチサンダルを履いていて、スラッと伸びた白くて細い脚。
太ももに深く食い込むピンクのボトムス。フリル付きで、彼女らしい。
トップスも同様にフリルで覆われており、胸元は控えめなサイズ。
黄金色の長髪は、頭の真ん中でお団子状に纏められていた。
その子は、俺に気がつくと、笑顔で手を振る。
「タッく~ん☆ こっちこっち!」
俺は唇を噛みしめて、今まで死ななくて良かったと、心の底からそう思えた。
母さん、産んでくれてありがとう。教育に関してはクソ親だけど。
この時のために、俺は生き残ってきたんだな……。
グッと拳を作って、ガッツポーズ。
やったぜ!
「ねぇ、タッくん? どうしたの?」
気がつくと、その水辺の天使は距離を縮め、俺の顔を覗き込む。
無防備なことに、腰をかがめて、手はお尻の後ろにやる。
こ、これは……世に聞く伝説のグラビアアイドル『ヒナ』が編み出した『ヒナポーズ』では!?
だが、ヒナとは違い、胸がぺったんこだ。
谷間なんて皆無。
だが、それがいい!
「タッくんってば! 熱でもあるの?」
人が余韻に浸っていると、更にグイグイと俺に身を寄せる。
グリーンアイズの瞳が、なんとも綺麗だ。
小さな唇も、ピンク色の口紅がぬられていて、プルンと柔らかそう。
いかんいかん!
首を強く左右に振る。
このままでは、自然の流れでキッスをしてしまいそうだった。
取材だ、取材。
これはラブコメに必要なことだ。
初心を忘れちゃいけない。
「待たせたか? アンナ」
「ううん☆ タッくんこそ、急がなかった? アンナは前もって家で水着を着てきたから、すぐに出れたけど」
なるほど。
だから、他の女性にバレなかったのか。
「さっきのバナナも持ってきたから、あとでプールで遊ぼ☆」
「おおう」
先ほど、俺が死ぬ思いで膨らませたバナナの浮き輪が地面に置いてあった。
ん? そう言えば、女装しているから忘れていたが、彼女のバナナが見当たらない。
ジッとアンナのビキニラインを眺める。
ちゃんと、おてんおてんのもっこり具合を確かめないと。
「ん~」
ない。
以前、ミハイルがブルマを着用していた時は、確かに矮小なふぐりを見ることができた。
アンナにはそれがない。
なぜだ?
確かラブホでスク水のコスプレしてた時も、つるんとした股間だった。
黙って、彼女の股間を凝視していたら、アンナがボンッと音を立てて、顔を真っ赤にさせる。
「ちょ、ちょっと! タッくんってば、どこ見てんの!」
ポカポカと、俺の胸板を叩く。
あ~、彼女の小さな手が当たって、気持ちが良い~
「す、すまん……その水着が似合っていて、ついな……」
こういう時は褒めて逃げよう。
「え……この色、好き?」
頬を赤らめて身体をくねくねとする。
照れているようだ。
「ああ、すごく好きだ。可愛いと思う」
「そ、そっか……良かったぁ☆」
「なあ、一枚写真撮ってもいいか?」
「うん……いい、よ」
上目遣いで、俺の目を真っすぐ見つめる。
※
その後、アンナを近くのヤシの木に立たせて、写真大会の始まり。
一枚なんてわけない。
連写で数千枚は撮った。
「アンナ、次は座って片脚を伸ばしてみてくれ。それから、視線はこちらに」
「えぇ、まだ撮るの? もう、これで30回目じゃない?」
呆れながらも、しっかり俺のリクエストに応えてくれる。
「いや、これはれっきとした取材なんだ」
ウソだけど。
「なら仕方ないよね☆」
「うん、仕方ない」(棒読み)
俺たちは、小一時間、プールサイドで撮影を繰り返した。
周りの客たちは、俺とアンナのことを芸能人とカメラマンの間柄と錯覚するほどに。
「ねぇねぇ、ママ。あのお姉ちゃん、げいのーじん?」
「しっ! 見ちゃダメよ! あのお姉ちゃんはきっと卑猥な本の撮影しているんだから!」
「パパはあの子のグラビア出たら、買うけどな……」
売らねーから!
この撮影は俺専用なの!
「ねぇ、タッくん。そろそろもう良いかな? 暑いし、まだサンオイルも塗ってないし……」
「すまん、そろそろやめよう」
ん? 今、サンオイルって単語が出たような。
「背中だけぬってくれる?」
気がつくと、アンナはビニールシートを広げ、うつ伏せに寝ていた。
自ずと、桃のような小さなお尻が、目に入る。
ごくり……生唾を飲み込む。
「俺がぬってもいいのか?」
「うん。だって背中とお尻は自分じゃ無理だから」
つまり、背中とお尻は俺の手で直接触って良いと、捉えていいですね。
サンオイルの蓋を開け、ブジュッと音を立ててたっぷり白濁液を、彼女の白い背中に流し落とす。
冷たかったせいか、アンナは「キャッ」と可愛らしい声をあげた。
そして、俺はゆっくりゆっくりと、彼女の身体にオイルを伸ばしてあげる。
特にお尻を重点的に。
サンオイルをお互い仲良く塗りあった後、しっかり準備運動をする。
まずは流れるプールに入ることにした。
アンナはバナナの浮き輪を持って、水の中に浮かばせる。
そして、ひょいっと浮き輪にまたがる。
「アハハッ! 楽しい~☆」
お馬さんに乗る幼児のように、はしゃぐ15歳(♂)
まあ、アンナだから許せる所業か。
それを下から、俺は眺めて泳ぐ。
いいアングルだなぁ~
もちろん、自撮り棒を手に持ち、ローアングルからの動画撮影中だ。
どんなアンナも見逃すことはできない。
しばらく、そんなことをして遊んでいると、後ろから若い男たちがキャーキャー騒いで、こっちに近づいて来る。
水面でボール遊びして、俺たちに気がついていない。
ドンッ! と大きな音を立てて、アンナの乗ったバナナボートが転覆。
咄嗟に、俺は自撮り棒を投げ捨て、水中に滑り落ちる彼女を両手でキャッチした。
「キャッ!」
「だ、大丈夫か!?」
辺りは静まり返る。
なぜかと言うと、俺の両手にある。
ムニムニ……その感触を味わう。
あまりやわらかくない。不自然な感じ。
そうだ、人工的な肌の感触、シリコンとか……つまり、それを外してしまえば、カッチカチやぞ! てなぐらいにぺったんこ。
事故だが、大事な取材対象の胸を揉んでしまった。
今も尚、俺の両手はなかなか彼女の小さなおっぱいから、逃れることができずにいる。
魅力的すぎるのが悪い。
体感で言えば、5分ぐらい揉んでいたような気がする。
落ち着け、まず謝ろう。
「す、すまん……」
ここで、ようやく彼女の身体から手を離す。
アンナといえば、顔を真っ赤にして俯いていた。
泣いているのか? と心配した。
「……ううん。アンナこそ、嫌な思いさせなかった?」
「え?」
「アンナっておっぱいないし、ていうか、硬かった……でしょ?」
頬を赤らめて、恥ずかしそうにしている。
気にするところ、そこなんだ。
不慮の事故とは言え、怒っても良そうなもんだが。
「う……まあ、その……別にデカければ良いってもんじゃないだろ」
俺ん家のかなでみたいに、キモ巨乳だったら、しんどいよ。
「でも、アンナの胸ってぺったんこだし……」
気がつくと、彼女が乗っていたバナナボートはどこかに流れて行ってしまった。
俺のスマホも同様に。
流れるプールだと言うのに、俺とアンナはそこで立ち止まり、流れに反している。
他の泳いでいた客たちは、その様子を見て、カップルがケンカしているように見えたようだ。
「ヒューヒュー、プールで愛の告白かよ」
「うっわ! こんな暑い日に他人のイチャイチャとか見たくねぇ~」
「彼氏の方、キュートなお尻だわ……」
え? 俺のこと?
ガチの人からすると、俺のケツって、モテるんだろうか……。
尻の力を緩めないでおこう。
「なぁ、アンナ。俺は正直いって、胸の大きな女の子は苦手だ。アンナぐらいの、その……大きさが好きだ。だから、そう落ち込まないでくれるか?」
あれ? 言ってて、おかしく思った。
だって、こいつ女の子じゃないよ。男の子じゃん。
「ホント!? タッくんはぺちゃんこが好きなの?」
大きな声で人の性癖を暴露しないでください。
「う、うむ。まあな……」
「やった☆ なら安心! さ、遊ぼ☆」
気を取り直したアンナは、俺の腕を力強く掴むと、流れてしまったバナナボートを探しにいくのだった。
だが、先ほどの二人のやり取りを聞いたママさんたちが、俺を見て睨む。
「ねぇ、あの男。つるぺたが好きなんだって!」
「ゴリゴリのロリコンじゃない!」
「みんな、アイツに子供たちを近づけないようにしましょ! きっとロリもショタもイケるタイプよ!」
えぇ……俺って、バイセクシャルなの?
しかも、小児性愛者?
病院行かなきゃ。
※
バナナボートとスマホは、プールの係員が預かっていてくれたようで、無事に手元に返ってきた。
その後もしばらく水中で雑談しながら、二人で楽しむ。
流れるプールは、一番の人気らしく、水が見えなくなるぐらいたくさんの人で埋もれていた。
家族や友人同士で来ている客もいるが、カップルが多く感じる。
色んな奴らがいたが、大半は人目もはばからず、イチャイチャしていた。
気がつけば、俺たちの周りはカップルだらけ。
彼女が彼氏に抱っこしてもらい、自身の脚を彼の腰にからめる。
そして、彼氏は満足そうに、そのまま歩き出す。
コアラかよ。
だが、そんな愛くるしい動物とは違い、相手は人間同士だ。
交尾前のオスとメスみたい。
互いの鼻と鼻をくっつけて、見つめ合い、笑っている。
そう言えば、アインアインプールがある海ノ中道海浜公園の近くには、リゾートホテルやラブホがたくさんあったな……。
前戯なら、他でやってくれ。
小さなお子さんもいるんだから。
俺は、そいつらを汚物を見るようかのように、見下す。
「はぁ……ここは公共の場だってのに、盛りのついたバカどもは……なぁ、アンナ? 場所変えるか?」
俺がそう聞くと、彼女は頬を赤くして、黙り込んでしまう。
ん? アンナモードだから、恥ずかしいのか?
「あの……タッくん……」
白くて細い首が「ギギッ」と軋んだような音を立てて、横に動く。
「どうした、アンナ」
「あれ、やろっ……か?」
そう言って、周りのバカップルどもを指差す。
「え?」
「カップルてさ……あーいうのをやるんだよね? フツーの恋人同士なら」
「いや、一概には言えないと思うが……」
「アンナ思ったの。ラブコメの取材には、タッくんが『ドキドキする要素が必要不可欠』だって。だから、しよ?」
そう言って、上目遣いで、俺を誘う。
「つまり、取材に必要だと?」
生唾を飲み込む。
「う、うん……タッくんさえ、いいなら」
頬を赤くして、視線は水面に。
黙ってはいるが、「早くしよ」と、俺からの返事を待っているように感じた。
「そうだな……なんでも、やってみないことには、始まらないものな。挑戦してみるか」
アンナは黙って頷く。
※
黙って水中をゆっくり歩く。
ただ違和感があるとしたら、視界が塞がれている。
ピンクのフリルがついた可愛らしい水着。
白くて細いウエストに、小さなおへそ。
彼女の体温が肌を通して、伝わる。
アンナは俺の腰に脚を回して、腕は背中に回す。
太陽の光りで、彼女の顔は影になり暗くなっていて、少し分かりづらいが、見たことないぐらい真っ赤になっているのだろう。
「どう? タッくん?」
「な、なにがだ」
「その……ドキドキする?」
聞かんでもわかるだろ! 心拍数が爆上がりで死にそうだ!
「ああ、これなら間違いなくドキドキしてしまうな」
「そっか……なら、役に立てて嬉しい☆」
見上げると、ニッコリ笑うアンナの可愛らしい顔が、目の前にある。
その距離、10センチほどか。
もうすぐ唇と唇が、くっつきそうなぐらい。
密接している。
一体、俺はナニをやっているんだろうか?
男と男で。
俺は、彼女の身体を支えるために、細い太ももを両手で掴んでいる。
別にわざとやっているわけじゃないが、自然と彼女のヒップラインに、指が触れてしまう。
それだけじゃない。
大好物の貧乳というか絶壁のちっぱいが、目前にある。
最後に、俺の股間と彼女の股間がペッティングしちゃってる。
プールをゆっくりと歩いているはいるが、上下に身体が揺れる。
その際、互いの股間が擦れて刺激しあう。
り、理性がブッ飛びそうだ……。
その時だった。
プールサイドにあるスピーカーから、
「ブーーーッ!」
と音が鳴り響く。
『ただいまから5分間の点検作業が始まります。係員が水中を泳いで作業しますので、お客様はプールから出てください!』
それまでイチャこいていたカップルたちも、一斉にプールから出ていく。
アンナも俺の身体から降りて、ドキドキタイム終了。
「タッくん、点検だって。休憩でもしよ☆」
彼女が手のひらを差し出すが、俺は今、それどころではない。
股間を沈静化しない限り、水面から出てはいけないのだ。
同じ男だというのに、アンナは特に症状が出ていないように見える。
俺だけか……。
「あの~! 君、早く出てよ! 作業できないでしょ!」
近くの係員が、メガホンを使って注意してきた。
だが、動けん!
「タッくん? 具合でも悪いの?」
アンナが首を傾げて、俺を心配そうに見つめる。
君が提案したのが悪いんだよ。
「ん? そこの君、具合が悪いのか?」
「あ、そう見たいです」
違うだろ! アンナ!
「よし、医務室に連れて行こう!」
「お願いします。タッくん、プールで身体冷やしちゃったのかな」
後に、俺は医務室で「至って健康」だと医師に告げられるのであった。
俺の股間はなんとか沈静化できた。
プールサイドにあった時計を見ると、昼の12時を越えていた。
腹が減るわけだ。
「そろそろ昼メシにするか?」
「うん☆ なにを食べよっか」
流れるプールから少し離れたところに、フードコートがあった。
ラーメン屋、タコス屋、お好み焼き屋。それから、海ノ中道海浜公園が運営している売店。
「さて、なにを食うか……アンナはなにがいい?」
「うーん。えっと、とんこつラーメンとフライドポテトと……」
「王道だな。俺もラーメンにするか」
店員に声をかける。
「すいません。ラーメン二つとポテトを一つ」
「ありがとうございます! 合計で2000円になります!」
たっか! ま、いっか。経費で落ちるし。
と思って、防水ケースから少し濡れたお札を取り出す。
それをアンナが止めに入る。
「待ってタッくん。まだ追加したい」
「え……」
「あとは、カツカレー、唐揚げ、たこ焼き、焼きそば、フランクフルトを一つずつください☆」
「かしこまりました! 合計で5000円になります!」
二人分の食事代じゃねぇ!
忘れてた胃袋は、健康な男の子だったね。
多めにお金持ってきていてよかった……。
※
「ふぅ~ お腹いっぱい~☆」
そうは言うが、相変わらずアンナの腹はほっそいまま。
全然、腹が出ないところが、怖い。
この子の胃袋は、四次元ポケットに繋がってやせんか?
「ねぇ、タッくん。デザートにかき氷でも食べない?」
目をキラキラと輝かせる大食い女王。
まだ食うのかよ。
「構わんが……俺はラーメンだけだったのに、アンナはたくさん食べたろ? まだ腹に入るのか?」
俺がそう言うと、彼女は顔を真っ赤にして怒る。
「デザートは別腹っていうでしょ!?」
あなたの身体ってホントにどうなってんの……。
「了解した。じゃあ買うか」
「うん☆」
再度、売店に戻り、かき氷の種類を眺める。
かなりの種類がある。
「ん……あれは」
一つ気になった味がある。
それはブラックコーヒーかき氷。
コーヒー好きとしては、これは試してみたいな。
「俺はコーヒー味にしてみるよ」
「ん~ アンナは定番のイチゴ味かな☆」
「ま、それならハズレはないな」
店員を呼んで、注文する。
「あ、コーヒー味はミルクかけますか?」
「いや、そのままで」
コーヒー好きとしては、素材そのままの味を楽しみたいのだ。
「イチゴ味は、練乳かけますか?」
「いっぱい、かけてください☆」
なんか言い方が卑猥に聞こえるのは、俺だけでしょうか?
天使スマイルのアンナのお願いに応える店員。
「じゃあカノジョさんには、ピンクのシロップが隠れるぐらい、真っ白になるまでぶっ掛けてやりますね!」
「うれしい~☆」
いや、喜ぶなよ。アンナ。
できたてのかき氷を持って、テーブルに向かう。
座って、いざ実食。
真っ黒に染まった氷をスプーンですくう。
それを口に運ぶ。
「ん……ぶふっ!」
あまりのまずさに、地面に吐き出してしまった。
肝心のコーヒーが不味すぎる。
味が薄いし、コーヒーとはいえるものではない。
なんというか、駄菓子の味に近い。
注文したことを後悔した。
仕方ないので、氷が溶けるのを待って、液体にしてから一気に飲むことにした。
溶けるのを待っている間、向かい側に座っているアンナに目をやる。
俺とはちがい、嬉しそうにかき氷を食べている。
「あま~い☆ おいし~☆」
頬をさすって喜んでいる。
ま、この笑顔を見れただけでも、買った甲斐があったってもんか。
※
かき氷を食べ終わると、急に激しい腹痛を起こす。
どうやら、あのコーヒーかき氷が悪さしたようだ。
トイレに行きたくなった俺は、彼女を一人プールサイドで待つように伝える。
「うん、わかった☆ このヤシの木の下で待ってるね☆」
「すまんな」
ちくしょう。
もう二度とあのかき氷は頼まんぞ。
しばらく便器と戦いを繰り広げる。
体重2キロぐらい落ちたんじゃないだろうか?
手を洗うと、鏡の前にゲッソリした自分を確認できた。
腹をさすりながら、トイレを出る。
アンナが待つヤシの木に向かう。
すると、なにやら甲高い女の悲鳴が聞こえてきた。
「や、やめて!」
声の方向を見ると、アンナが二人の男に囲まれていた。
「いいじゃん、お姉ちゃん。一緒に泳ごうよ」
「その髪、天然? 外国人なの? 観光なら俺たちが福岡を案内してあげる」
見るからにチャラ男って感じの輩たちだった。
初対面のアンナの髪を、汚い手で触りやがる。
怒りがこみあげてくる。
「い、いや!」
男の手を振りほどこうとするが、ナンパ男たちはしつこい。
「なんだよ? 別になにもしないって。ただ、俺たち連れがいないから寂しいだけだって」
そう言いながらも、アンナの前に立ちはだかる。
彼女は何度も逃げようとするが、男たちは先回りして、動きを止めようとする。
見ていてイライラする。
中身はあの伝説のヤンキー、ミハイルなのに。
なぜ女装すると、か弱い女の子として設定を貫こうとするのか?
前も映画見ている時、知らない男に触られても、結果的にそれを許していた。
殴ってやればいいのに。
あ~ 腹が立つ。
今もずっと二の腕を触られるが、困った顔していて、抵抗しない。
美しい金色の長い髪を、知らない野郎に触らせやがって!
そこまで、俺に正体をバレるのが嫌なのか……。
ブチンッ!
何かが頭の中で切れた音がした。
考えるより、身体が動く。
「おい、お前ら。その子を離せ」
ナンパ男の背後に立ち、冷えきった声で呟く。
「うわっ! なんなんだよ、お前!」
「タッくん!」
涙目のアンナが、俺を見つけて安堵する。
そして、俺の背中に逃げ込んだ。
「大事ないか? アンナ」
「うん……でも、この人たちがしつこくて」
怒りを抑えるために、拳を作る。
「お前ら、連れになにしてくれてんだ?」
睨みをきかせる。
だが、男たちもひるまない。
「なっ! 急に出てきてなんだよ、お前!」
「そうだよ! その子は俺たちと遊びたいんだよ!」
どこまでも身勝手な奴らだ。
しかし、こいつらアンナの股間に、おてんおてんがあると知ったら……いや、これはやめておいてあげよう。
「あのな、この子は俺と一緒に、取材……つまりデートをしているんだ。お前らとは遊ばないぞ。どこか、他の女の子を口説け」
あれ? 言っていて違和感を覚える。
そっか、アンナを女の子として表現しているせいか。
「はぁ!? じゃあ、なにかよ! お前みたいな根暗で童貞でオタクで、声豚みたいなやつとそのパツキンちゃんは付き合ってるとでも言いたいのかよ!」
おいっ! 言い過ぎだ!
見た目だけで、よくそこまで考察できたな。
「ああ……だよな、アンナ」
ウインクして彼女に話を合わせるように伝える。
「う、うん。タッくんとアンナは……つ、付き合ってるもん!」
顔を真っ赤にして、恥ずかしがるアンナ。
俺もなんだか恥ずかしくなってきた。
ナンパ男たちは顔を見合わせてこう言う。
「信じられるか? こんなイカくさそうな男とこの天然パツキン美少女が?」
「いーや、ないな。根暗なオタクがこんな超絶美少女と付き合えるなんて状況……ありえねーよ」
ちょっと待って。さっきからなんで俺だけそんなにディスられるの?
傷つくんですけど。
しばらく、俺とアンナを交互に眺める男たち。
まだ納得できないようだ。
「なら証拠を見せてくれよ」
「そうだよ、カップルならやることやったんだろ?」
「なっ、ナニを言っているんだ! お前ら!?」
予想外の言葉に激しく動揺する。
「証拠を見せてくれたらあきらめるぜ?」
「ああ、ラブラブなところを見せてくれや」
いやらしくニヤニヤと笑みを浮かべる。
クソがっ! こいつら、どうしても俺たちの関係を引き裂きたいのか!
ぐぬぬっ……と、歯ぎしりをする。
言い返す言葉がない。
なぜなら、彼らが言う証拠ってやつを提示できないからだ。
「アンナ。もういいよ、こんな奴らに付き合う必要はないぞ」
彼女は黙って俯いている。
「ほーら、彼氏じゃないのにブッてんじゃねーよ」
「できねーなら、彼氏失格だな」
俺を指差して嘲笑う。
その言葉を聞いて、アンナが急に首を上げる。
「あの……証拠見せます!」
「え?」
「タッくん、さっきのもう一回、しよ?」
「さっきの?」
「その……アンナを抱っこして」
「あ、あれを今ここでやるのか!?」
「うん……」
頬を赤くして、アンナが俺に抱きつく。
そして、俺は彼女を持ち上げて、ペッティング。
胸と胸、股間と股間、鼻と鼻、密接に繋がる。
それを見た男たちが、逆に悲鳴を上げる。
「キャーッ! なんてハレンチなの、あんたたち!」
「ヤるなら他でやりさないよ!」
そう叫んで、逃げていく。
勝ったな……。
だが、同時になにかを失くした気がする。
その証拠に、周りにはたくさんのギャラリーが出来ていた。
「タッくん。無理やりさせてごめんね。あんな風にタッくんが悪く言われるのが許せなかったから」
「いや、俺は構わんが……」
それより早く降りてくれない?
せっかく、沈静化した俺の股間が、また暴走しそうなんだが。
例のナンパ男たちに絡まれた事により、アンナはすっかり元気をなくしていた。
いや、恥じているという表現の方が、正しいかもしれない。
頬を赤く染めて、黙って俯く。
俺を養護するための“パフォーマンス”だったとはいえ、中々に破廉恥な行為だったからな。
あとになって、恥ずかしさがこみあげてきたのだろう。
その後、何度かプールで泳いだりしたが、全然楽しそうじゃない。
なんだか、悪いことをした気分だ。
やり方はどうあれ、俺を守ろうとしたのは事実じゃないか。
仮とはいえ、彼氏役の俺がしっかりアフターケアしてやらんとな。
水面が夕陽でオレンジ色に輝きだした。
時計を見れば、もう夕方の4時半近く。
このプールは5時で閉園だ。
今日の取材が、こんな風に終わるのはなんともかわいそすぎる。
なにかアンナが元気になることはないだろうか?
そう頭を悩ませていると、どこからか、歓声が湧き上がる。
「なんだ?」
フードコートの横に大きなステージが設置されており、そこにたくさんの人だかりができていた。
なにやらイベントをやっているらしい。
スピーカーからアニメ声が聞こえてきた。
「許さないわよ! イケメンガー!」
ん? 聞いたことのある名前だ。
「ぐわっははは! また会ったな、ボリキュアども! 今度こそ駆逐してやるぅ!」
あ……これだ!
俺はすぐにアンナへと伝える。
「アンナ、あっちでボリキュアショーってやってみるたいだぞ!」
するとアンナは、ピョコンと首をまっすぐ立てる。
そして、「え、どこどこ?」と辺りを見渡す。
「あそこだよ。せっかくだから、見ていくか?」
「うん☆」
彼女に笑みが戻る。
良かった、おこちゃまなやつで。
※
俺たちは、急遽ボリキュアショーを観覧することになった。
前回、かじきかえんで観た時より、出演しているキャラは少ない。
今期のボリキュア『ロケッとボリキュア』から、ボリエール、ボリアンジュ、ボリエトワールの3人。
それから、今年は生誕15周年ということもあってか、初代の『ふたりはボリキュア』からボリブラックとボリホワイトが参戦。
いつもながら、敵役はイケメンガーひとりのみ。
5人対1人っていじめだよね……。
必殺技を連発するボリキュアたちだったが、毎度の展開で、イケメンガーがチート並みのスキルで、全員をブッ倒す。
というか……ボリキュアが勝手にずっこけた演出なのだけど。
気がつけば、意気消沈していたアンナはどこにいったのやら。
近くにいた幼いキッズたちと叫んでいた。
「ボリキュア、がんばれ~! イケメンガーに負けちゃいや~!」
元気になったのは嬉しいのだけど、ねぇ……。
金髪のハーフ美少女がさ。一番前で、ステージに向かって大声で叫ぶんだぜ?
彼氏役は辛いよ。
どこからか、キッズたちのパパさんママさんが失笑していた。
うちの彼女役。しんどいです。
アンナに目をつけたイケメンガーが、指をさす。
「ほほう~ アインアインプールにも『アクダマン』になりそうな、いい子供たちがいるなぁ~」
あれ、この流れ。前にもあったような。
「イヤァ~! またアンナたち良い子をさらう気ねぇ!」
迫真の演技でまんまと乗っかる女装男子、15歳。
「フッハハハッ! その通りだよぉ、お嬢さん。君をアクダマンにしてやろう」
そう言い放つと、イケメンガーは舞台から降りて、俺の隣りにいたアンナと近くに座っていた女児を数人に連れて行く。
もちろん、合意の元でだ。
だって、このあとボリキュアたちが勝利して、写真を撮れる特典つきだからな。
みんなこぞって、参加したがる。
「キャ~! タッくん、助けてぇ~」
自分からステージに上がりやがるくせに、わざとらしく叫ぶアンナ。
俺に手をさし伸ばしてはいるが、脚はしっかり後ろへ進む。
周りにいたママさんパパさんが、それを見て笑い出した。
「可愛らしい二人ね」
「おもしろいカップルだ」
「むむむっ! あの女史は以前、かじきかえんで出会った同志では!?」
左を見ると、真っ黒に焼けた男がいた。
望遠レンズ付きの高そうなカメラを首からかけている。
頭には、プラスチック製のピンク色のカチューシャ。
そしてフリルがついたワンピースタイプの水着を着ていた。サイズはきっと子供用なのだろう。
ピチピチで、もう生地が破れてしまいそう。
エグすぎる大友くんだ!
類は友を呼ぶ……か。
博多って変態が多い街なんですね。もう引っ越そうかな。
その光景に俺が絶句していると、ステージでは物語が進行していく。
倒れたボリキュア戦士たちに向かって必死にエールを送るアンナ。
「ボリキュア、がんばれぇ~」
あなたが一番目立ってどうすんのよ。
「フハハハハ! この子たちを全員アクダマンにして、アインアインプール。いや……海ノ中道海浜公園を征服してくれるわぁ!」
スケールちっちぇ!
不穏なBGMが流れだした、その時だった。
「いいえ、そんなことはさせないわ……」
よろよろと立ち上がるボリブラック。
「そうよ。こんなときこそ、力を合わせて良い子たちのために戦うの!」
ブラックから手を借りて、起き上がるボリホワイト。
「「「先輩たちの言う通りよ!」」」
声を合わせて叫ぶのは、今期のボリキュア戦士。
その後は、テンプレ通りの展開だ。
各戦士たちによって、フルボッコにされるイケメンガー。
捨て台詞を吐くと、優しくアンナや女児たちを解放する。
気づかい半端ないっす。
「アインアインプールも海ノ中道も私たちがいる限り、悪い子の好きなようにさせないわ!」
夕陽にむかって、高々と拳を突き上げる。
ボリブラック。
だから、なんで海ノ中道だけ限定なの?
せめて福岡市ぐらい守れるでしょ。ヒーローなんだから。
閉幕と同時に、撮影会が始まる。
捕らわれたアンナと女児たちはVIP待遇だ。
ボリキュアの5人が、周りを囲んで撮影タイム、スタート。
アインアインプールのスタッフがポライドカメラで、無料で撮ってくれた。
それをもらったアンナは、満足そうに舞台から降りてきた。
「タッくん! 見てみてぇ! ボリキュアと写真撮れちゃった☆」
「ハハ……良かったな、アンナ」
俺は既に呆れていた。
「これもタッくんのおかげだよ☆ ありがと、タッくん☆」
いや、それは違うと思う。
あなたの演技力が素晴らしかったんじゃないんですか、知らんけど。
※
「写真も撮れたし、そろそろ帰るか?」
「うん☆ 楽しかったね、初めてのプール☆」
「ああ、そうだな……」
互いに見つめあって笑い合うと、二人で仲良く更衣室に向かう。
歩いていると、とあるカップルに声をかけられた。
「あの、すみません。良かったら写真撮ってくれませんか?」
いかにもリア充って感じの好青年だ。
どうやら、彼女とのツーショットが欲しいらしい。
「いいですよ」
俺は快くそれを引き受ける。
何枚か撮り終えると、スマホを相手に見せて確認させた。
青年が「ありがとうございます」と頭を垂れたので、俺は「いえ、気になさらずに」と背を向けた。
だが、ガシッと強い力で肩を掴まれる。
振り返ると、青年がニカッと笑っていた。
「お返しにカノジョさんとの、写真撮りますよ」
言われてすごく困った。
俺たちは確かにカップルぽく振舞ってはいるが、実際は違う。
そう思って、断ろうとしたら、アンナが代わりに答えてしまう。
「いいんですか!? じゃあ、タッくん。撮ってもらおう☆」
「え……ああ」
流れで、俺たちまでツーショットを撮ってもらうことになってしまった。
アンナはどこか嬉しそうにしている。
俺の左腕に、小ぶりの胸を押し付けて「ハイ、チーズ」と一枚撮られた。
もちろん、彼氏役の俺はガチガチに固まってしまう。
「もう一枚、撮っておきましょう!」
青年がいらぬ気づかいをする。
すると、アンナが俺にしか聞こえないぐらいの小さな声で囁いた。
(来年の夏も絶対に来ようね……)
え? 俺たちの取材っていつ終わるんですか。
アンナとの、初めてのプールデートは無事に終了した。
とても楽しかったです……なぜならば、可愛いアンナちゃんのビキニ姿を3000枚ほど、保存できましたので。
毎晩、自室で1人、パソコンで写真を各フォルダに分別する。
『使えそう』
『可愛い』
『ブレてるが消したくない』
そんな風に名前をつけて、しっかり番号を振り分けていく。
ああ、この作業たまらなく楽しいぜ。
早く次のプール取材、来ないかな。
連日、徹夜でそんなことを繰り返していると、すぐに一週間が経った。
※
スマホのベルで目が覚めた。
着信名を見ると、ミハイル。
「ふぁ……もしもし」
『タクト? おはよ☆』
「ああ、おはよう。今何時だ?」
『え、朝の4時半☆』
朝じゃねーだろ。夜明けだ。
「んで、何の用だ?」
『今日さ、終業式じゃん』
「そうだったな。明日から夏休みってわけだ」
やっとバカな高校から解放される至福の時。
『それでさ。タクトはちゃんと今日の準備した?』
「準備? 登校に必要な物ならちゃんとリュックサックに入れてあるぞ」
『さすが、タクトだな☆ じゃあ、あとでいつもの電車でな☆』
「おおう……」
準備ってなんだ?
しかも、ミハイルのやつ。なんだかテンションが高い声だった。
夏休みになるから、毎日遊べるってことで嬉しいのか?
ま、家を出るまでしばらく、また仮眠を取ろう。
※
朝食をとったあと、いつもどおり、小倉行きの電車に乗る。
二駅過ぎて、席内駅に止まる。
ホームの上で、一人の小さな少年が手を振っていた。
古賀 ミハイルだ。
迷彩柄のタンクトップに、薄色のデニムショートパンツ。
そして、なぜか背には大き目のリュックサックを背負っていた。
珍しい。
「おはよ☆ タクト!」
当然のように、俺の隣りに座る。
細くて白い脚をピッタリとくっけて。
思わず、ドキッとしてしまう。
「お、おはよう」
「今日の学校。楽しみだよな☆」
「え? なにがだ? ただの終業式だろ」
「宗像センセが言ってたゾ。一ツ橋高校だけだって。あんな特別な終業式はって」
「はぁ……」
なんのこっちゃ。
あれか、ヤンキーばっかりが通っている高校だから、殴り合いでもするんだろうか?
いやいや、さすがにそれはないよな。
ガチンコでも、俺はファイトできないひ弱な一般学生。
おてんてんで戦うってなら、まあ話は別だが……。
妙に上機嫌なミハイルが気にはなるが、登校に前向きなことは良い心がけというものだ。
鼻歌交じりの彼と共に、赤井駅で降りて、一ツ橋高校へ向かった。
校舎に着くと、なにやら騒がしい。
駐車場に大きなバスが一台、止まっている。
そこに生徒たちがたくさん集まっていた。
皆が皆、大きなカバンやトランクなどを抱えて。
「ん? どういうことだ……今日は終業式だろ?」
「そうだよ。だから、バスに乗って行くんじゃん」
ミハイルが目を丸くして言う。
俺が首を傾げていると、そこへ宗像先生が現れた。
「よぉ! 新宮に古賀も来たのか! えらいえらいっ!」
今日も酒くさい。
アル中が移るから、どっかにいってください。
しかし、今日の宗像先生は、装いがいつもと違う。
いや、確かに淫乱教師であることは知っているのだが、なんか違和感を感じる。
スカートはいつものように、超ミニ丈のタイトスカートに黒のストッキングとピンヒール。
問題は上半身だ。
頭に小さな帽子を被り、ふくよかな胸はジャケットで隠してある。
おかしい。
この破廉恥バカは、だいたい露出を好む。
ならば、汚いデカチチは放り出しているはずなのに……。
俺が怪訝そうに、先生を見つめていると、口を大きく開いて、下品な声で笑い出す。
「だぁはははっははは!」
相変わらず、うるせぇ!
そして、のどちんこが丸見えだ。
中身、ほんとただのおっさんだろ。
「どーした、新宮? そんなに今日の私のファッションが気になるのかぁ~」
嫌らしくニヤニヤ笑いやがる。
「違いますよ……」
「じゃあ、どうしてだ? この私で使いたいのか? 写真を撮ってもいいぞ」
誰が撮るか!
それを鵜呑みにしてか、隣りにいたミハイルがブチギレる。
「タクトっ!? 宗像センセの写真なんか撮って、何に使うんだよ!?」
「いや、撮らないし、使うこともないから……」
アンナモードで、たくさん撮らせておいてよく言うぜ。
いつも、お世話になってます。
ムキーッと猿のように、怒るミハイルを一旦放置して、話題を変える。
「宗像先生、一体どういうことですか? 先生、いつもの服装じゃないし、あのバスはなんですか?」
そう問うと、宗像先生はキョトンとした顔で返事をする。
「え、新宮……まさか、手紙読んでないのか?」
「手紙? なんのことです?」
すると、宗像先生はその場で「あちゃ~」と頭を抱えた。
それを聞いてミハイルも驚く。
「タクト! じゃあ、ちゃんと準備してないの!?」
「は? 準備って終業式のだろ」
あれ、俺がなにか間違ってる?
「だから、オレが朝、ちゃんと電話で聞いたのに!」
なぜか悔しそうに歯を食いしばるミハイル。
「どういうことだ……俺には全然わからんのだが」
状況が把握できず、混乱していると、ミハイルが半泣き状態で叫んだ。
「今日は終業式だから、バスでみんなで別府温泉に行くのっ!?」
「ハァッ!?」
ちょっと、言ってる意味がわからない。
何故、終業式なのに、旅行するんだ?
「よくわからないのだが……それって泊まりなのか?」
「そうだよ!」
めっちゃキレてるよ、ミハイルママ。
泣いてるし……。
俺たちが言い合いをしていると、宗像先生が間に入る。
「悪い悪い。どうやら、新宮のことだけ、手紙を出し忘れてたみたいだ、てへぺろ♪」
舌を出して、笑ってごまかす。
お前の凡ミスじゃねーか。
ブチ殺すぞ、コノヤロー!
「え~ じゃあセンセ……タクトは着替えとかどうするんすか?」
「まあ……あれだ。私の下着でも使えばいいじゃないか。Tバックだから、お尻が楽だぞ~」
「そっか。なら、大丈夫っすね☆」
全然、良くない。
女もんのパンティーで、しかもTバックとか。
「しかし、宗像先生。なぜ、終業式だというのに旅行するんですか?」
「ああ……それはだな。本校特有の事情があってな。うちの高校は通信制だし単位制だろ。だから、今期で卒業する生徒もいるんだ。ごく僅かだがな。だから、卒業旅行も兼ねて、終業式は毎回、旅行をするようにしているんだ」
なにその終業式。
「じゃあ会場はどこでやるんですか?」
「昔はちゃんと、会館借りてやってたけど、もうめんどくせーだろ? だから、バスの中で今期は終業ってことにした。司会役の私はバスガイドさんも兼ねてる♪」
めっちゃ笑顔で酷いこと言っているんすけど。
「はぁ……じゃあ、今からバスに乗って、別府まで行くんすね……」
俺だけ知らされていない孤独さよ。
「とりあえず、早くバスに乗れ! 三ツ橋高校の校長に見つかったらヤバいからな」
「え、どういう意味です……」
なんか嫌な予感。
「野暮なこと聞くなよ。このバスは、全日制コースの部活で使うやつだ。遠征とかでな」
「それを無断で拝借したってことですか」
「新宮、パクったみたいな言い方するなよ。バレなきゃいいんだよ。こういうのは」
ふと、運転席に目をやると、ガタガタ震えた一ツ橋高校の男性教師が見えた。
確か現代社会の先生だ。
なぜ彼が、ハンドルを握っているんだ?
「宗像先生。運転席に現代社会の先生がいるんですけど……」
「あいつか、あのバカは知ってると思うが、本校の卒業生でな。私が雇ってやったからさ。こういう時使えるんだな、ハハハッ!」
そう言えば、バーベキュー大会の時も良いように使われていたな。
かわいそうに……。
バスの中に入ると、普段なかなか登校しない奴らがたくさんいた。
遅刻が多い、千鳥 力と花鶴 ここあも既にシートの上で、ゲラゲラ笑っている。
もちろん、変態女先生こと北神 ほのかや自称芸能人の長浜 あすかまで。
ほのかは別として、他の奴らは真面目にスクリーングしてないだろ。
遊びの時だけ、本気になるなんて……。
俺がそう呆れていると、近くの席から声をかけられた。
「よう~ 琢人じゃねぇか」
柄の悪いおっさん……じゃなかった、無駄に健康オタクな夜臼先輩じゃないですか。
「あ、夜臼先輩も旅行に参加されるんすか?」
この人、確か今36歳だったよな。
10代の若者と旅行とか、抵抗ないの。
「おうよ! 別府でなら俺りゃあのアイスも売れるかもしれないだろぉ~」
そう言って、クーラーボックスを取り出す。
「そ、そうですか。売れるといいですね……あの、気になったんですけど、ひょっとして、夜臼先輩って、今期で卒業されるんですか?」
だって36歳だよ? もう良くない?
「バカ野郎! 俺りゃあ、まだ単位10ぐらいしか、取れてねーよ。恥ずかしいこと言わせんなよ」
えぇ……。
確か、一ツ橋高校を卒業する必須単位は最低でも60単位ぐらい必要だった気が。
新入生の俺ですら、今期で20単位ぐらい取得する予定なのに。
「夜臼先輩って入学して何年目っすか?」
「俺りゃあか? へへへ、5年目だよ。けどよ、一回退学してっから、まあ合計すると13年目かな。まあ売人しかできねーからさ。カミさんが卒業しろってうるせーんだよ」
ファッ!?
13年生の高校生なんて、初耳だ!
「ちょ、ちょっと待ってください。退学って宗像先生にされたんですか?」
「バーカ、蘭ちゃんは優しいからそんなことしねーよ。それに蘭ちゃんとは先輩、後輩の仲だったんだぜ? 俺りゃあがバカだからよ。8年経っても単位が取れなくて、一回てめぇから退学をして、再入学したのよ」
泣けてきた……。
後輩だった宗像先生が、今では教える側になっちゃったのか……。
てか、この人生きていくスキル持ってんだから、もう中卒でいいだろ。
「おい、なーに湿っぽい話をしているんだ? 新宮!」
振り返ると、バスガイドのコスプレをした宗像先生がニッコリ笑っていた。
「あぁ、夜臼先輩の経歴を聞いてました……」
聞いちゃいけないことだったのかな。
「だぁはははっははは!」
なにがおかしい! 人の不幸を笑うな!
「うっひゃひゃ! マジウケるよな! 蘭ちゃんが先生で、俺りゃあが生徒でよ」
あなた、もうこの高校やめろよ。
「あー、おかしい! 私が一ツ橋高校に教師として赴任して来た時、夜臼がまだいやがって、クッソ笑ったわ!」
「だよな、蘭ちゃん先生」
あんたら、そんなんでいいの?
「ま、そんなことより、今から終業式を始めるぞ! 席につけ、新宮!」
「あ、はい……」
俺が立ち去ろうとした際、夜臼先輩が「琢人、あとで上物の“野菜”をやるからな」と囁く。
周辺にいた生徒が野菜という言葉を隠語として、捉えたようで、震えあがっていた。
俺の座った席は、後ろから二番目のシート。
窓側には既にミハイルが座っていて、「こっちこっち」と座席をポンポンと叩き、促す。
※
バスが出発し、しばらく国道を走った後、高速道路に入る。
そこで、宗像先生が立ち上がって、マイクを手にする。
「あーあー、テステス。これより、春期終業式を始める。この前の試験とレポート。それからスクリーングの出席回数を見合わせて、単位を与えている。テストの答案用紙と一緒に取得単位結果表を配布するから、各自席で待っていろ」
そう言って、前から順番に書類をひとりひとり、渡し始める。
だが、宗像先生は生徒に渡す際、一声かける。
「おし、夜臼は今期もてんでダメだな。取得できた単位はたったの3だ」
「あちゃ~」
夜臼先輩をこれ以上いじめないであげてください。
もちろん、マイクで話しているから、スピーカーから丸聞こえ。
その後も次々、生徒の欠点ばかり言いやがるから、落ち込む奴らが大半だった。
最後の方で、俺とミハイルの番になった。
「うむ。新宮はパーフェクトだ。テストも満点だし、単位も全単位取得できた。さすがはこの私が見こんだルーキーだな!」
そう言って、書類を受け取ったが、何も嬉しくない。
このレベルで、満点とか逆にディスられた気分。
「あ、あざっす……」
「そして、最後は古賀だな。ちょっとレポートの答えが意味不明なことばかり書いてあって、『マジこいつバカだわ』と感じたが……」
ひでっ!
「ご、ごめんなさい……」
泣き出すミハイル。
「だが、しかしだ! 後半からほ~んのちょっとだが、成績もあがってきた。この前の期末試験もまあ酷いもんだったが、がんばったから、新宮と同じく全単位取得だ! よくがんばったな、古賀!」
ニカッと歯を見せて笑う宗像先生。
それを見て、パァーっと顔が明るくなるミハイル。
「宗像センセ! ありがとう!」
喜びのあまり、宗像先生に抱きつく。
泣きながら、「ホントーにありがと~」と感謝していた。
対して、宗像先生は、彼の頭を撫で回す。
「よしよし、古賀は男のくせに可愛いし、ちっこい尻を叩くのも先生は大好きだからな! この調子で卒業までがんばれよ! お前は新宮と同じく私が見込んだ、期待のスパンキングボーイ……じゃなかった。ルーキーだ! 多分」
絞め殺すぞ、こいつ!
えこひいきじゃねーか。
しかも、俺の大事なダチを、性のはけ口にしやがって!
だが、ミハイルはそんなことお構いなしで、泣いて喜ぶ。
「うん☆ オレ、宗像センセについてく!」
「よし! 私に任せろ! さ、くっだらねぇ終業式はもう終わりだ。高速に入ったし、別府に着くまで、ハイボールをキメるか!」
もうお前、教師やめちまえ!
「なら、オレが作ってきたジャーマンポテトでも食べるっすか☆」
リュックサックからネッキーがプリントされたタッパーを持ち出す。
「おお、こいつは酒が進みそうだ。古賀はいい婿さんになるなぁ~ ヴィッキーのやつ、こんな洒落たつまみで、晩酌してやがるのか……」
「ハイ☆ ねーちゃんはあんまり料理しないんで☆」
虐待だよ、それ。
※
高速で走ること、二時間ぐらい。福岡県を抜けて大分県の別府温泉にたどり着いた。
俺たちが泊まるホテルは、松乃井ホテル。
高い山の上に高層ビルがいくつも連なって出来た温泉ホテルだ。
バスから降りると、ロビーに集まり、部屋割りをすることになった。
俺は千鳥と一緒の部屋になった。
「タクオ! 今夜はよろしくな!」
えぇ……ミハイルの方が良かったよ。
「ああ、よろしくな」
続々とペアが決まっていく中、ミハイルだけが一人残された。
「よし、じゃあ、これで部屋割りは決まったな。各自、好きに遊んでいいぞ。夕方の6時になったら食堂に集まれ! それまで解散!」
みんな歓声を上げて、散り散りに去っていく。
「ちょ、ちょっと! 宗像先生!」
エレベーターに向おうとする先生の腕を掴んで、止めに入る。
「なんだ、新宮? 私と同室して童貞を捨てたいのか?」
「違いますよ! どうしてミハイルだけ、1人なんすか!」
フロアで1人ぽつんと立つ彼を指差す。
頬を赤くして、どこか恥ずかしげにしている。
「ああん? 古賀のことか。あいつは家族と一緒に泊まるって言うから、事前に部屋を決めておいたぞ」
「家族……?」
「まあそういうことだから、心配すんな」
先生はそう言うと、ハイボール片手にエレベーターに乗って、どこかに行ってしまった。
「タクオ、ミハイルなら大丈夫だろ」
笑顔を見せるハゲ。
「うーむ。まあ本人の望みなら仕方ないな……とりあえず、部屋に荷物を置きに行くか」
「おお! プールがあるから、そこで遊ぼうぜ!」
「了解した」
去り際、ミハイルに声をかける。
「またあとでな。ミハイル」
俺がそう言うと、なぜかビクッとして、顔を真っ赤にする。
「え!? う、うん。プールでね……」
なんか様子がおかしいな。
エレベーターのドアが閉まる際、彼は床をじーっと見つめていた。
別府にまで来て、床ちゃんを友達に追加するとはな。
千鳥が8階のボタンを押すと、こう言った。
「そう言えば、タクオって着替えとか持ってきてないんだろ? 水着どーすんだ?」
「あ……」
「しゃーねから、ブリーフで泳げよ」
絶対に嫌です。
同室になった千鳥と俺は、一旦部屋に荷物を置きに行く。
部屋は8階の一番奥。
エレベーターからは、かなり遠いが、窓から見える景色は最高だ。
洋室で大きなベッドが二つ。小さなテーブルがあった。
事前に用意していた千鳥は、バッグから水着や浮き輪などを取り出す。
俺と言えば、なにも所持していない。
だって、旅行なんて聞いていなかったんだからね……。
持参したものといえば、簡単な筆記用具といつもの相棒、ノートPCぐらいだ。
このままでは、本当に千鳥が言うように、ブリーフでプールを泳ぐことになるのだろうか。
頭を抱えていると、千鳥がテーブルの上にあるパンフレットを俺に見せつける。
「なぁ、タクオ。ここのプールってレンタルの水着あるらしいぜ?」
「ま、マジか!?」
「ああ、有料だけどな」
「助かったぁ……」
俺が胸をなでおろしていると、千鳥がこう言う。
「でもよ、服はどうすんだ? 下着がないじゃん」
「う……」
「俺のはサイズがデカいからタクオには履けないぜ? 宗像先生からパンティーでも借りろよな」
えぇ……だってレースのTバックだろ……。
もう俺はお嫁にいけないかも。
※
支度を終えると、俺たちは再び、ロビーに降りた。
ホテルの玄関外には、常に移動用のバスが待機している。
ここ、松乃井ホテルは巨大な敷地と急斜面の長い坂に建てられている。
だから、各施設に移動する際は、バスを使った方が良いと職員に促された。
バスはもちろん無料。
俺と千鳥が車内に入ると、見慣れた顔ぶれが揃っていた。
宗像先生、日田の双子、北神 ほのか、長浜 あすか。
「おう、新宮たちもプールに行くのか!? 乗ってけ乗ってけ!」
言いながら、ハイボールをがぶ飲みする宗像先生。
足もとに、空き缶の山が出来ていた。
こいつ、もう死ぬな。
「あれ、ミハイルはいないな……」
あいつのことだから、すぐにバスに乗っているかと思ったが。
「古賀か? あいつなら、花鶴と前のバスに乗ってたなぁ~」
豪かいにげっぷをする独身女性、宗像 蘭さん。
「そ、そうっすか……」
プールに着くと、俺はすぐに男性用の水着をレンタルした。
金はもちろん、自腹。
精算を済ませていると、宗像先生があるものを俺に渡す。
「ほれ。着替えがないんだろ? 下着ぐらい替えないとダメだぞ♪」
そう言って何か丸いものを、俺の手に残し、去っていく。
広げて見れば、紫のレースパンティー。Tバック……。
レジのお姉さんが、「うわっ」とドン引きしていた。
クソがっ!?
二階に上がって男子の更衣室へ入る。
中はかなり広い。
この前、アンナと海ノ中道のアインアインプールに行ったが、規模が違う。
数百人は入れそう。
着替えを済ませると、誰かが俺の背中をポンポンと叩いた。
振り返ると、そこには男子更衣室に似合わない可愛らしい女の子……ではなく、ただのミハイルきゅん。
「おっせーぞ、タクト!」
既に水着に着替えていた。
俺はまじまじと彼をながめる。上から下まで。
何故かって?
アンナモードとの比較をしておかねば!
男装時なんだから、お乳首を隠す必要はないはずだ。
それがすごく気になる。
俺はプロの作家だ。
そう、これは取材。ヒロインの特徴を把握しておかないと作品に還元できない。
「……」
黙って彼を見つめる。
ボトムスは黄色でドット柄のボクサータイプ。
かなりタイトなデザインだ。彼の小さな桃尻がプリッと目立っている。
肝心の胸部は……なっ!?
「なぜ着ているっ!?」
思わず声に出してしまう。
激しく動揺した俺は、彼の胸元を指差した。
「な、なぜって……胸は隠すに決まってんじゃん! バカなの、タクト!?」
おいおい、おバカなミハイルくんに、馬鹿呼ばわりされちゃったよ。
てか、男は普通、胸は出すもんだ。
チッ! 見れるかと思ったのに……。
ちょっと、すねてみる。
「オレの今日の水着、そんなに不満?」
頬を膨らませて、上目遣い。
「いや、似合っているよ……」
「じゃあなんで、そんな怒ってんの?」
「怒ってないさ」
確かにカワイイ。似合っている。
トップスは同系色のタンクトップタイプ。
ボーイッシュな感じで、すごく好きです。
でも、僕は中身が見たかった!
「なぁ。タクトってば、なんで泣いているの?」
「いや、目にゴミが入っただけさ……」
「それってヤバいじゃん。目薬貸そうか?」
「だ、大丈夫だもん……」
「変なタクト」
更衣室を出て、とぼとぼと歩く。
俺は肩を落とし、目の前の小尻を眺める。
「タクトぉ~ 早く早くぅ~☆」
振り返る天使(♂)
だが……、なぜ上半身を裸体にしない!?
残念だが今日はおケツを堪能するしかないのだな。
「ああ……今行くよ」
覇気のない声で返事をしたせいか、ミハイルが立ち止まって、俺の胸を指で小突く。
「ねぇ、タクト? なんでそんな顔してんの?」
上目遣いで、グリグリと指を回す。
「あ、ああ……」
どうせ回すなら、もうちょっと左がいいです。乳首があるので……。
「ひょっとして、オレの水着のせい?」
頬を膨らませて、不服そうだ。
「いや、断じて違う。個人的な……そう小説のことを考えていた」
ちゃんと作品に、ヒロインの乳首の色を書かないとダメだもんね♪
「しょーせつ? あ、そっか。今日の旅行も取材なんだな☆」
急に態度を変え、目をキラキラと輝かせる。
「そ、その通りだ」
ヒロインの乳首を見たいという、ただの欲望だが。
「なら、オレも手伝うよ☆」
じゃあ、今すぐ裸になれ!
※
松乃井ホテルの敷地内になる別館。
通称、『波に乗れビーチ』
売りとしては、屋内に作られた南国風の海水浴場らしい。
二階の更衣室から出ると、ヤシの木に覆われたプールが目に入る。
「うわぁ~ 海みたい~☆」
身を乗り出して、下を眺めるミハイル。
「おい、危ないぞ」
と注意しつつ、俺は桃尻をガン見しているのだが。
一階には、波が出る大きなビーチ。
プールを囲むようにたくさんのデッキチェアが設置された。
まるで、ハワイに来たような感覚を覚える。
俺とミハイルはさっそく、一階に降りようと小走りで向かおうとした……その時だった。
「アアアッ! イッちまうぜ~!」
どこからか、男の叫び声が聞こえてきた。
二階にはフードコートがあるのだが、その隣りに小さなのぼりが立っている。
『ドクターフィッシュ ご利用できます! これであなたも美肌に!』
ビニール製のプールにタトゥー姿の男が、両脚を浸けている。
白目を向いて、口元からは泡を吹き出す。
確かにイッちゃてる……。
「あぁ~ お、俺りゃあの、か、角質が! 皮膚が!」
いや、解説せんでもいいよ。
というか、夜臼先輩がドクターフィッシュでリラクゼーションしているせいか、周りの人たちが怖がって、近づけない。
「パパ、あの人変だよ?」
「見ちゃダメだよ! あの人は絶対危ないお薬に手を出してる悪い人だからね!」
「あなた、早く通報しなさいよ!」
おいおい、人を見た目で判断しちゃダメですよ。
あの人はごく普通の一般市民ですので。
「アアアッ! こいつはキメちまいそうだな……」
彼の言い方はさておき、なんだか気持ちよさそうだ。
「なあ、タクト。太一がやってるのってなあに?」
「あれはドクターフィッシュって言うんだ。魚が人間の悪い所を食べてくれて、綺麗なお肌になれるらしいぞ」
「ホントか!? なら、オレもやってみたい!」
偉く乗り気だな。
「まあ、俺も未体験だし、やってみるか?」
「うん☆」
夜臼先輩の隣りにお邪魔する。
ビニールプールの中には、無数の小さな魚たちがうようよと泳いでいた。
俺たちが足を入れると、すぐに寄ってくる。
そして、小さな口で肌に触れる。
ちょっと、こそばゆいが、なんだか気持ちが良い。
「おう、お前らもコイツらでキメちまう気か?」
「ま、まあ俺たちやったことないんで……」
俺がそう言うと、夜臼先輩は不気味な笑みを浮かべた。
「琢人。コイツらよ。小さいガタイのくせして、ヤルことやっちまう奴らなんだぜ? 俺りゃあよ、アトピーが酷いんだが、コイツらに皮膚を食ってもらって、何度もイッちまったぜ……」
健康的に昇天されて何よりです。
「そ、そうなんですか……あれ、じゃあ夜臼先輩の身体中にある紫色のプツプツって……」
「おうよ! アトピーだ」
症状が良くないから、いつも健康に気を使われてたんですね。
「んっ、んんっ! あ、ああん!」
俺と夜臼先輩が雑談していると、左隣りから何やら女性の喘ぎ声が。
視線を隣りにやると、ミハイルが荒い息遣いで、頬を紅潮させていた。
時折、ビクッビクッと身体を震わせて。
「ミハイル? どうしたんだ?」
そう尋ねると、なにを思ったのか、俺に抱きつく。
「あ、ああん! こ、このお魚ちゃんたちが……はぁはぁ……止まんないよぉ!」
なんて声を出してんだ。
俺の腕にしがみついて、悶えている。
なるほど、ミハイルは感じやすいタイプなのか。
それにしても、エロい。
「ハハハッ! ミハイルも俺りゃあみたいにデリケートな肌なのかもな。たくさん、イッちまえよぉ。ツルツルお肌になれるぜぇ~」
あのさっきから、『イクイク』ってどこに行くんですか。
「大丈夫か、ミハイル? 出るか?」
「イヤッ……ま、まだ、入ってたいかも……く、くすぐったいけど……あああん! なんか、気持ちいい☆」
どうやら、ハマったようだ。
「あああん! す、すごいよぉ、タクト~! オレ、なんか頭が変になっちゃう~!」
たかだか、小魚どもで感じやがって。
ちょっとだけ、嫉妬を覚えちゃう。
「くっ! 俺りゃあもまたイッちまいそうだぜぇ~!」
そう言って、泡を吹くアトピー患者。
「はぁはぁ……すごく、いいよ。これぇ……」
変な声で喘いだり、騒いだりしている人たちに挟まれて、俺は一体どうしたらいいんでしょうか?
「タクトぉ~ この子たち、止まらないよぉ~ 気持ち良すぎるから、どうにかしてぇ~!」
このプールから出ればいいだけだよ。