無事にというか、今回は男子が優遇されて筆記試験は終了。
お昼ごはんの時間になった。
千鳥や花鶴は弁当を持ってきていないので、学校近くの飲食店までバイクに乗って向かうらしい。
それを走って追っかける一匹の豚じゃなかったトマトさん。
文字通り、花鶴の尻をエサにしてブヒブヒ言いながら、喜んでいた。
教室に残った男子は俺とミハイルのみ。
他には北神 ほのかなどの大人しい女子たちが弁当を各々机の上に取り出す。
もちろん、俺もミハイルも弁当のフタを開ける。
「いただきますっ」
手を合わせて、お百姓様に感謝する。
そこを白い華奢な細い手が止めに入った。
ミハイルだ。
「ちょっと待って!」
頬を膨らませて、睨んでいる。
「どうした?」
「お弁当、交換する約束じゃん!」
「え……」
「前はしただろ。オレ、タクトのためにちゃんと弁当作ったんだから! こう・かん!」
子供のようにすねる。
交換ていうか、ほぼ強要だよね。
お目当ては俺のたまご焼きだろう、どうせ。
「わかったわかった、ほれ……」
言われて仕方なく互いの弁当を交換する。
ミハイルが用意してくれた弁当を手に持つと、ずっしりと重みを感じる。
「な、なにが入ってんだ……」
恐る恐る弁当箱のフタを開いてみると、そこには色とりどりの旨そうなおかずがぎっしり。
巨大なハートの形をしたハンバーグ、星の形をしたポテト、スパゲッティ、タコさんウインナー、そして白飯が詰められていたのだが、桜でんぶで文字が書かれており……。
『せかいで一人だけのダチへ☆』
なにこれ……。
俺って、生涯でミハイルしかダチを作っちゃいけないってこと?
ふと、隣りを見れば、俺が焼いたたまご焼きを嬉しそうに頬張るミハイルが。
「んぐっ……んぐっ……ぷっはぁ……はぁ、おいし☆」
相変わらずのエロい咀嚼音だ。
ま、いっかととりあえず、俺も彼の作った愛妻弁当ならぬマブダチ弁当を頂くのであった。
※
昼食を終え、午後の体育まで少し時間が余った。
俺とミハイルが、何気ない話で時間を潰していると、急に教室の扉が勢いよく開いた。
弁当を持参してくる連中は俺たち以外、みんな大人しい。
だから、全員ビクっとした。
「おぉ? なんだっ、こんだけかよぉ」
目に入ったのはその奇抜なファッションだった。
レザーベストを素肌に着て、両腕には龍と虎のタトゥー。
それから髑髏の刺繍が入ったハーフパンツにサンダル。
頭はストライプ状に刈りあげた坊主。
酷くやつれていて、目の下には大きなクマ。
ギラギラした目つきで、見るからにヤバそうな人間だと、俺でもわかる。
こいつはきっと薬中だ……。
いかん、ミハイルを守らないと!
「ちっ、これじゃ。あんまり売れないねぇなぁ……」
やはりシャブを売る気だな。
俺は机の上で小さく拳を作った。
「ねぇ、琢人くん」
ほのかが俺に耳打ちする。
「どうした、ほのか……あいつを知っているのか?」
「噂だけど……なんか最近まで留置場に入っていた夜臼先輩じゃないかな」
なん、だと!?
「つまり犯罪を犯して、お巡りさんのお世話になっていたというのか?」
一ツ橋高校は確かにヤンキーみたいな連中が多いが、ここまでヤバい人、しかもムショあがりのヤツなんて聞いたことない。
「あくまでも噂だけどね。『夜臼先輩だけはヤバい』って千鳥くんも言ってたよ」
「あの千鳥がビビるような相手か?」
「うん……目を合わせないほうがいいかも」
「そうだな」
俺とほのかは、互いに頷きあい、夜臼先輩から視線をそらす。
「お~い、てめぇら。俺りゃあよ、夜臼 太一ってもんだけどよぉ……」
自己紹介を始めたよ……早く教室から出ていけ。
「へぇ、太一ってんだ。オレはミハイル。よろしくな☆」
机の上で、顎に手をつきながら、フランクに話しかけるミハイルちゃん。
怖いもの知らずだな。
「おう、ミハイルってのか……へへん、良い態度じゃねーか」
不敵な笑みを浮かべる夜臼先輩。
「ちょっ! ミハイル、やめとけ!」
俺は必死に彼をとめようとするが、当の本人は「なんのこと?」と言って悪びれることもしない。
むしろ夜臼先輩に興味津々のようだ。
「こらぁ! てめぇ……なにコソコソ喋ってやがんだ、オイッ!」
そう言って俺を睨めつける。
気がつけば、舌をなめまわしながら、こっちにグイグイ近寄ってきた。
「お、俺のことですか?」
恐怖から背筋がピンとなる。
ヤベェよ、薬中とか急に包丁とか出してくるんじゃないか?
死にたくない。
「おめぇ……名前なんてーんだよ?」
喋りたくねぇ。
俺が躊躇していると、隣りにいたミハイルが勝手に紹介し始めた。
「太一、こいつはオレのマブダチでタクトっていうんだよ☆」
こんな時でさえ、ミハイルは満面の笑顔で応対。
「へぇ……琢人っていうのか。教えてくれてありがとよ、ミハイル」
「別にいーって、太一もこの学校の生徒なんだろ? 気にすんなよ」
だからなんでそんなに社交的なの?
怖くないの?
どう見ても、年上に見えるよ。
怖くなって、ほのかの方を見たが、彼女は他人のふりをしていた。
「なぁ、琢人。おめぇよ、いいもん買わねーか?」
キタキタ! これ、絶対白い粉のやつだ。
「な、な、なにを買うんですか……」
生きた心地がしない。
「何をって、おめぇ、野暮なこと聞くんじゃねーよ。そいつを一回でも味わってみろ。もう病みつきだ。そのせいで、俺りゃあよ、この前サツにパクられちまって大変だったぜ。ま、蘭ちゃんがサツにかけあってくれたから、早めにシャバに出れたけどよ」
超ヤバいやつじゃん。しかもよく見ると、夜臼先輩の首筋や腕には、紫色の小さなアザみたいプツプツが、そこらじゅうにある。
重症のジャンキー野郎だ……。
生唾を飲み込む。
「ら、蘭ちゃんって……宗像先生と年が近いんすか?」
恐る恐る聞いてみた。
「バカ野郎、俺りゃあ、もう今年で36だぞ。蘭ちゃんの方が年下だよ。いい女だよな、あの先生」
めっちゃ笑ってる。
下から見てるせいか、超悪い顔に見える。
ヤベッ、宗像先生がヤラれちゃうかも……。
「そうだったんすね……」
「まあな、つまらねー話だよ。俺りゃあこの商売でしか生きていけないんだからさ。しみったれた話は終わりにしてよ、今日は極上のブツを手に入れたんだ……なあ、琢人。おめぇになら、初回のみタダで味わせてやるぜ? ヘヘヘッ……ま、蘭ちゃんには内緒でよ」
俺をシャブ中にする気か!
嫌だ、それだけは断固として断る!
そんなアングラ取材は、某闇金マンガで勉強しているので、間に合ってます。
「いや、いらないっす……」
震えた声でそう言うと、夜臼先輩は顔を真っ赤にして激怒した。
「んだと! 琢人、てめぇ……俺りゃあの好意を受け取れねーってか? 今回だけ、タダにしてやるってのによ!」
「……」
なにも言い返せなかった。怖すぎて。
「タクトが嫌がってんじゃん。もうやめてやれよ、太一」
怖がる素振りも見せず、逆に腰に手をやって怒ってみせるミハイル。
「だってよ、琢人が俺りゃあのアイスを食わないっていうからよぉ……」
アイスだと? やはり覚醒剤じゃないか!
噂では、売人たちはシャブをアイスと言う聞く……。
「え、アイス? 美味しそう!」
乗っかるミハイル。
意味をわかってないんだ。
「おっ! ミハイルは食ってくれるのか? 俺りゃあの極上アイス。天国にブッ飛んじまうぜ?」
「食べる食べる☆ デザートに美味しそう!」
違う意味の天国だって!
「おい、ミハイルやめとけ。夜臼先輩の言っているアイスは、お前の知っているアイスじゃないんだ」
「え? なんのこと?」
首をかしげるミハイル。
そうこうしていると、夜臼先輩がどこからか、大きな肩掛けボックスを持ってきた。
「もう持ってきちまったよぉ、遅かったな琢人。残念だが、ミハイルにはこのブツの良さがわかるのさ。同じヤンキーだからなぁ、クッククク……」
こんの野郎。俺のマブダチを闇落ちさせる気だな。
「ほれ、ミハイル。これが俺りゃあの自信作だっ!」
ボックスを机の上にドシンッ! と乗せた。
そして、ゆっくりと蓋が開かれる……。
中から禍々しい白の煙が漏れ出た。
「さあ好きなのを選びな……」
くっ! もう手遅れなのか。
俺は悔しさから瞼を閉じる。
ミハイルを守れなかったたことが辛くて……。
「うわぁ☆ 美味しそう! じゃあ、オレこのチョコアイスが良い!」
えっ?
「いい目してんじゃねーか。俺りゃあが作った自信作だからよぉ。トッピングするか?」
「うん☆ じゃあバナナとナッツをお願い☆ ホントにタダでいいの?」
「おおよ、今日だけだからなぁ。ヒヒヒッ、このことは蘭ちゃんには内緒な」
俺は机から転び落ちて、床に頭を強くぶつけた。
モノホンのアイスだったんか……。
「なんだ? 琢人も食いたくなったか? しょうがねーヤツだ。今日だけだぞ? 他の子たちも今日だけサービスしてやる。俺りゃあのアイスはオーガニックで身体にいいし、トッピングも豊富だぜぇ、ヒッヒヒ……」
それを聞いて今まで脅えていたクラス中の女子たちが、夜臼先輩の元にむらがる。
「ヒッヒヒ、これだからアイスの売人はやめられねぇーな。琢人、お前はなんのアイスが良いんだよ?」
「じゃあ……バニラで……」
あとで話を聞くと、夜臼先輩は校舎で無断でアイスを販売していた為、三ツ橋高校に通報されて捕まったらしい。
妻子持ちの善良な福岡市民でした。