五月も終わりを迎えるころ、自宅に一通の手紙が届いた。
送り主は、一ツ橋高校の宗像 蘭先生。
なんか久しぶりだな。この人。
最近はミハイルとキャッキャッやってたから、存在感が薄すぎるわ。
そうかわいそうに思いながら、封を破る。
中に入っていたのは、一枚の用紙。
手書きで殴り書きしてある。
『次回のスクリーングから春期試験を始める! 二回やるからしっかり勉強しておけ! 尚、出題範囲は返却されたレポートのみ!』
「あ、もうそんな時期か」
いわゆる期末試験ってやつだ。
一ツ橋高校は、レポートとスクリーングの出席。それから期末試験で一定の成績を残すことで、今期の単位が取得できると聞いた。
スクリーングに行く度に、提出したレポートが返却される。
大体6枚ぐらいの小テストだ。
こんなものは暗記するまでもない。
それに中学生時代のおさらいだしな。下手したら、小学校より低レベルな問題も多い。
アホらしいと、俺は宗像先生の手紙をゴミ箱に捨てようとした。
すると、用紙の裏に何かがクリップで挟んであることに気がつく。
「なんだ?」
クリップを外してみると、そこには一枚の写真が……。
恐る恐る覗いた。
セーラー服姿の宗像先生が、一ツ橋高校いや、三ツ橋高校の教室内で股をおっ開けていた。
仮にも教師だというのに、日頃全日制コースの生徒が勉強している机の上に、尻を乗っけて、グラビアアイドル顔負けのなまめかしいポーズをとっている。
紫のレースパンティーが丸見え。
しかも、自身の唇で襟を掴み、裾をまくり上げている。
つまりパンティと同系色のブラジャーが露わになってしまうのだ。
「おえええ!」
俺は自身の部屋のゴミ箱にゲロを吐いてしまう。
それを聞きつけた妹のかなでが、部屋に飛び込んできた。
「おにーさま! どうなされましたの!?」
涎を垂らしながら、肩で息をする。
「ハァハァ……セクハラテロだ……」
そう言って、写真をかなでに手渡す。
「あら、この方で使ったんですの?」
「んなわけあるか! 捨てておいてくれ……」
もう見たくないので、妹に処分をお願いしておいた。
「捨てるなんて勿体ないですわ……そうですわ! この写真をネットオークションに出品して、お小遣いにしましょう♪」
そう言って、かなでは自室のパソコンを起動し、宗像先生をスキャンし出す。
マジで出品されてて草。
ざまぁねーな。
俺は知らん。
※
「ま、一応、レポートを見直しておくか」
気を取り直して、久しぶりに机に座る。
返却されたレポートに目をやると、全問正解で余裕だった。
幼稚すぎる問題ばかりだからな。
こりゃ単位取得も楽勝ってもんだ。
鼻で笑い、机の引き出しにレポートを直そうとしたその時。
スマホからアイドル声優のYUIKAちゃんの可愛らしい歌声が流れ出す。
俺のお気に入りソング、『幸せセンセー』だ。
ああ、癒される。
着信名はミハイル。
「もしもし?」
『あ、タクト☆ 捕まってよかったぁ☆』
え? 俺、逮捕されたの?
「な……なんのことだ?」
『あのさ、宗像先生から手紙きた?』
「きたぞ。試験のことでだろ」
『う、うん……それで困ったことがあってさ…』
なんだ? まさか試験勉強を一緒にしようってか?
この低レベルなレポートは勉強するまでもないぞ。
暗記してオワタ! なんだから。
「それで? なにが困ったんだ?」
『あ、あのね……返してもらったレポート。試験に出るって知らないで捨てちゃったの……』
ファッ!?
「な、なるほど……。つまり俺のを貸してほしいわけか?」
『うん☆ いい、かな?』
顔を見えんがきっと、ミハイルのことだ。上目遣いで頼みごとをしているのが想像できる。
ダチだからな。仕方ない。
「構わんぞ。いつ取りにくる?」
自然と笑みがこぼれる。
学校以外で会えるってのが嬉しいんだろうな。
『ありがと☆ じゃあ、今からタクトん家に入るね☆』
「え?」
『オレ、今家の下にいるからさ☆』
「な、なに?」
そう言った時には、もう既に足音が階段から聞こえてきた。
トタトタと子供のような可愛らしい小走りで。
バタン! と音を立てて、自室の扉が開かれる。
「タクット~☆ 久しぶり~!」
「お、おう……」
相変わらずの馬鹿力で、ドアを開けたため、少し歪んでしまった。
初夏も近づいたこともあり、彼の装いも一層露出が増す。
薄い生地のタンクトップにショートパンツ。
思わず生唾を飲みこんでしまう。
先ほどの宗像先生とは違って、俺はリバースしない。
その美しい姿を学習机のイスに腰をかけたまま、見とれていた。
「ねぇ、タクトのレポートってどこにあるの?」
固まっていた俺を無視し、ミハイルはズカズカと部屋に入り込む。
俺の机に手をつき、腰をかがめる。
自ずとタンクトップの襟元が緩み、胸元が露わになる。
ピンクの可愛らしいナニかが見えそうだ。
視線をそらす俺に対し、首をかしげるミハイル。
「タクト? 聞いてる? オレ、早く帰ってべんきょーしないと……タクトと一緒に卒業したいからさ」
そう言って、口をとんがらせる。
もちろん上目遣いだ。
彼のエメラルドグリーンの瞳がキラキラと輝く。
クッ! 犯罪的な可愛さだ。
抱きしめたいぜ、ちくしょうめが。
俺は咳払いしてから、引き出しにおさめようとしたレポート一式を彼に手渡す。
「ほれ」
「ありがと☆ この借りは絶対に返すからな☆」
いや、なんか復讐されそうな言い方やめてね。怖い。
「いらぬ気遣いだ。俺とミハイルの仲だろが……」
言いながらもちょっと照れくさい。
「だよな☆ オレたち、マブダチだもんな☆」
太陽のような眩しい笑顔がはじける。
フォトフレームにおさめたいぜ。
「ところでタクトってさ……」
笑ったかと思うと、急にもじもじし出すミハイル。
なんだ? 聖水か?
お花畑なら部屋を出て、廊下の奥にあるぞ。
「あん? なんだ?」
顔を真っ赤にして、何か言いづらそうだ。
「あのね……タクトの誕生日っていつ?」
「なんだ。そんなことか…」
取材のためにチューしたい! とか言うのかと期待してしまったじゃないか。
返せよ、俺の心の準備。
しかし誕生日なんて聞いてどうするんだ?
俺のぼっちを笑いたいのか?
「誕生日は6月7日だよ」
「え!? もうすぐじゃんか! なんでそんな大事なことを早く教えてくれなかったの!?」
恥ずかしがっていたくせに、急に怒り出す。
「なんでって言われてもな……別に聞かれたことないし。ミハイルになんの関係があるんだ?」
俺がまた童貞として、一つ年を重ねるだけの哀れな記念日だぞ。
「関係あるよっ!」
机を叩いて、怒りを露わにする。
こわっ……。
「いや、なんかごめん」
俺悪い事した?
「あと一週間もないじゃん!」
「確かに五月も終わりだしなぁ」
「こんなことしてられない! オレ、もう帰るよ!」
そう言い残すと、ミハイルは当初の目的であったレポートを雑に握りしめ、嵐のように去っていた。
「なんだったんだ、一体……」