「じゃあどうする? ジャンル変更するか?」
「そうですね。私は最近考えていたんです。センセイにピッタリのジャンルが」
「俺に?」
「ハイ、それはラブコメです!」
「なん……だと?」
童貞の俺にそんなものを書くなんて、土台無理な話ってもんだ。
「俺には無理……だよ」
これまでヤクザものしか、書いてこなかったのに……。
うなだれる俺の肩を白金が優しくポンと叩く。
ニコッと笑ってみせるとこう語りだす。
「取材すれば書けるでしょ♪」
「しゅざい……?」
「やっぱりDOセンセイみたいな万年、童貞には経験してもらうのが一番でしょ!」
「俺になにを経験しろと? まさかお前……未成年の俺とセックスさせる気か!」
白金が顔を真っ赤にさせて反論する。
「んなわけないでしょ! なんで私がDOセンセイと……まあそれもいいですけど。私は今フリーですしね」
よかない。
それにお前の恋愛なぞに興味もない。キモすぎる生態にも興味はない。
※
「取材の内容とは?」
「ずばり! 胸がキュンキュンするような出会い、恋愛でしょう♪」
それからの俺は素早かった。
「ごめん、用事を思い出した。帰るわ……」
「ちょ、ちょっと待って!」
小さくてキモい手が俺にしがみつく。
「やかましい! 誰がそんな戯言のためにクリスマスイブの日に来たと思っている! 仕事だからきたんだ!」
「これも仕事ですよ!」
「取材がか?」
「もちろんですとも♪」
ふむ、どうせこのバカのことだ。
何かよからぬことでも考えているに違いない。
だが、俺もプロだ。話ぐらいは聞いてやらないとな。
「仕方ない。とりあえず、お前の提案だけでも聞いておこう」
「そうでしょ、そうでしょ♪」
ウインクするな、キモいから。
「つまりDOセンセイの作家としての弱点は、以前にも私が指摘したとおり極端すぎるのです」
「極端?」
「はい、つまりセンセイは、現在ほぼ同年代の若者との交流が皆無ですよね?」
ニコニコ笑いながらサラッと人の悩みを暴露するな。
「で?」
「だから先生には高校入学をオススメします」
足元に置いていた自身のリュックを取る。
「帰る」
「だから待ってってば!」
いちいち十代の男子に触れるな! そんなに欲求不満なのか、こいつは。
「絶対に嫌だ。なぜ俺が受験しなかったと思っているんだ!」
「コミュ障だからでしょ!」
「……」
いや、偏差値は悪くないよ? ただの人間嫌いだからね。
「だから、それを治すためにも高校にいきましょうよ!」
なんかバカの白金にしては正論だし~
しかも俺の治療も含まれてるし~
「断る。俺はちゃんと青春を謳歌しているしな」
ゲームと映画でな!
「じゃあ今日、このあとの予定をお聞かせください」
くっ! やはりこのクソガキ、俺に気があるのでは!
「は? なんでお前にプライバシーを侵害されなければならんのだ?」
「言えないんですか? やっぱり可哀そうなイブを過ごすんでしょうね」
このパイ〇ン女が!
「良いだろう、ならば答えてやる、しかと聞けよ」
「どうぞぉ……」
だから鼻をほじるな! 一応お前も女だろ!
「この後、博多社を出たらまずは『自分プレゼント』を選ぶのだ!」
「は? 自分プレゼント? なにそれ、おいしいの?」
「おいしいわ! 一年間、頑張った自分へのご褒美。つまり自分サンタさんがプレゼントを俺にくれるのだ。ちなみに今年はPT4ソフトの『虎が如く8』がプレゼントだ」
虎が如くはご存じ大人気のヤクザゲームだ!
「へぇ……」
「このあとが大事だぞ。デパートで巨大なチキンを買い、そして宅配ピザを頼む。食べ終わると『さんちゃんのサンタTV』を見つつ、アイドル声優の『YUIKA』ちゃんが女声優たちとクリスマスパーティーしているか、SNSをチェック。聖夜の巡回だ!」
『YUIKA』ちゃんとは今一番ノリにのっている可愛すぎる声優さんのことだ。
「それって何が楽しいんですか? 一人で寂しくないんですか? たまに『いま、俺ってなにやってるんだろ?』って我に返りません?」
「返るか!」
ちょっとはある。
「だから、言っているんですよ。DOセンセイはライトノベル作者だというのに、十代の読者が欲しているものがまるでわかってません」
「なんだそれは?」
「一言でいえばラブです」
「なにそれ、おいしいの?」
「おいしいです!」
ちゃんと試食して言ってる?
「ラブコメと言えば、出会いは突然パンチラから。主人公がこけるとヒロインのおしりがパンツ越しに顔面騎乗。照れるヒロインを止めようとすれば、誤って手のひらがおっぱいをモミモミ……と、このように現実世界とリンクしていることが多々ありますね♪」
よくもまあ、そんな恥ずかしい言葉をスラスラと……。
「全然リンクしてないだろ! どこのプレイだ! AVだろそれ!」
「絶対ありますって、この世のどこかで……」
遠い目で現実逃避するな! 戻ってこい!
「お前な……俺は義務教育を九年も受けたが女子のパンチラなんて一回も見たこともない!」
「それはDOセンセイが不登校で半ひきこもりだったからでしょ?」
「今、ひきこもりの話は関係ないだろが!」
いじめるはよくない!
「大ありですよ、人とののコミュニケーションが足りなさ過ぎて、作品に影響がきてないんですよ」
「う……」
「コミュ障、乙!」
くそぉ、こっちばかり攻撃されて黙っている俺ではないぞ。
「ならば、白金……今度は貴様の番だ!」
「へ、私?」
「そうだ、お前のようなキモいロリババアなんぞ誰も相手にせんだろ?」
「ロ、ロリババア!?」
「ああ、そうだ。この天才が新しく考えたあだ名だ」
「ただの悪口でしょ! それに私はまだ二十代です!」
「そう、確かにお前は二十代だ。だが四捨五入すれば、晴れて三十代だよな」
「エ~、ワタチ、イミワカンナイ♪」
今日は白目でベロだしか……。
「勝手にほざけ。世間では二十五歳を超えると『クリスマス』とかいうそうだな? 白金、お前はアラサーでありがなら未だ独身。彼氏の話なんて俺はこの数年きいたこともない。つまりお前は売れ残りのクリスマスケーキと同一だ!」
白金の額が汗でファンデーションが落ちていく。
「DO先生、どこでその禁句を!? あなた平成生まれでしょ!?」
「フッ、最近、歌手の『チャン・オカムラ・チャン』にハマッててな。『チャン・オカムラ』のアルバムと共に時代を遡っていくとその禁句にたどり着いた」
チャン・オカムラ・チャンとは、香港出身の日本人歌手だ。
作詞作曲、全て自分で行い、甘い歌声にキレッキレのダンスが定評のあるスター。
昭和時代からデビューして、現在も大ブレイク中の芸能人。
ファンは略して、チャン・オカムラと言う愛称で呼ぶ。
「くっ! 確かに『チャン・オカムラ』の若いころはそんな概念が……。ですが、昨今は三十路で初婚が当たり前! 初産なんかアラフォーが大半ですよ!」
「お前、それは偏見だろ? お前一個人の言い分であって、婚活や恋愛にがんばる女子はお前の年で既に結婚済み、子供だって2.3人は生んでいるだろう?」
ソースは俺!
「そ、それは、その女子がバリバリ働いてないのよ!」
うろたえるアラサー。悲愴感ぱねぇ。
「フン、差別だな。そういう考えはセクハラ、パワハラを助長させる。今のご時世、女性差別とかいうのだろう。白金女史よ」
はい、論破。
「くっ、正論なのがムカつく!」
ざまあみろ、この俺をいじったのがお前の敗因だ。
「で、その女の子である白金ベイベの本日のご予定は?」
「うう……」
「どうした? さっさと言わんか?」
「きょ、今日は前から欲しかった声優の『マゴ』の写真集を自分にプレゼントします」
ちなみに『マゴ』とはとあるアイドル声優の愛称である。
ん? なにこのデジャブ?
「ここからが大事ですよ。デパートで大きなチキン買って、友達の家で宅配ピザを頼んで、「さんちゃんのサンタTV」見たあと、『マゴ』以外の独身声優が男子同士でクリスマスパーティしているか、巡回を……」
「……」
見つめあうふたり。なんか共通点を感じちゃう。
「お前も俺と同じじゃねーか!」
「同じじゃありませ~ん! 友達と一緒ですぅ」
「ちょい待て、その友達が気になる。まさかとは思うがパソコン画面の『マゴ』を前にイブを祝っているわけではあるまいな?」
俺がそうだから。
「んなわけないでしょ! 『マゴ』と『チャン・オカムラ』は私の夜の恋人……ってなにを言わすんですか!」
いや、お前が勝手に語ったんだろが。
「リア友です」
「異性か?」
「お、女の子ですよ? 世間一般で言う女子会、女子トーク、恋バナとかで盛り上がりますね♪」
「白金が恋バナだぁ? ちょい待て。世代は?」
「二十代ですけど」
「アラサーで同い年だろ?」
「げ? なぜわかったんですか?」
「この天才にかかれば、造作もないことだ。それに恋バナなんて体のいい見せかけだ。どうせ同僚の結婚とか、愚痴と嫉妬が大半で、最後に『チャン・オカムラ』の甘い歌声で慰められて、酒に溺れて朝まで号泣だろが!」
まあかくいう俺も『YUIKA』ちゃんのPV見ながら小説書いて、『チャン・オカムラ』の恋愛ソング聞いて号泣してるからな。
「な、なぜそれを!」
「だから言っただろ? 俺は天才だと! お前が編集として無能だから俺の作品は世にでないのだ!」
俺が「犯人はお前だ!」的な感じで、白金を指すと「うっ!」と漏らす。
だが、ひと時の沈黙の後、不敵な笑みを浮かべた。
「そんなこと、この超カワイイ白金ちゃんに言っていいんですか?」
「は? この世でちゃんづけは『世界のタケちゃん』と『チャン・オカムラだけでいい」
異論は認めない、絶対にだ。
「まあ、それに異論はありませんが、これを見てでもですか?」
白金はスマホを取り出し、ある画像を俺に見せた。
「こ、これは……」
「そうです」
「なんだおまえが変なおじさんか?」
「違うわ! さっき言ってましたよね、『聖夜の巡回』とかなんとか?」
俺の眼に映るのはアイドル声優の『YUIKA』ちゃんだ。
しかも白金とツーショット。クッソうらやましい。
「おまえ、これ加工しただろ?」
「んなわけないでしょ! めちゃくちゃ自然な写真でしょが! 先月、東京のイベントで会いました♪」
「マ、マジか? 生の『YUIKA』ちゃんに会ったのか?」
「ええ、いいでしょ?」
俺も連れて行ってくださいよぉ~ 白金さん。
「なんのイベントだ? ライブか?」
「違います、我が博多社の作家さんの作品がアニメ化されることとなり、『YUIKA』ちゃんの出演が決まったのです。その制作発表会にお邪魔したとき、気軽に写真をとってくださいました。生の『YUIKA』ちゃん、可愛すぎて萌えましたぁ」
「俺だったら萌え死にだ……なんだったら転生して『YUIKA』ちゃんの犬になりたい……」
「キモッ……あ、ちなみにこのアニメ化に成功された作家さんがこちらです」
白金が写真をスワイプさせると、その作家と思わしき輩が我が麗しの『YUIKA』ちゃんとWピースしている。
なんてことだ、キモオタ中年が『YUIKA』ちゃんと同じ空気を吸うことすら許されぬというのに!
「ちょ、まてよ!」
「いや、似てないですよ……」
「つまりあれか? こいつはアニメ化したから『YUIKA』ちゃんとツーショットを撮れたのか?」
「まあそうなるでしょうね」
ロリバアアは「ニシシ」と何かを企んでいる。
「だからDOセンセイも次の企画は、学園ラブコメの路線でいきましょう。いつの世の男子もウハウハなハーレム学園生活に憧れるのです。ヒットすればアニメ化の可能性もグンとあがります。そうなれば、声優の『YUIKA』ちゃんも先生のキャラに配役されるチャンスもあり、生『YUIKA』ちゃんとツーショットがゲットできるかもしれません」
くっ! それはまたとないチャンスだ!
「つまり、そのための高校入学。小説のために取材は必須と言いたいのか?」
「ええ、その通りです」
「だが……この年で入って見ろ? 同学年が年上という気まずい雰囲気になり、絶対クラスにとけこめない自信があるぞ!」
そうだ。コミュ障で年上とか、どんな羞恥プレイだ。
「そう言うと思い、対策は既に盤石です」
ピンと人差し指を立てて見せる。
「なんだ? そんな都合のいい高校がどこかにあるのか?」
「はい、私の出身校に通信制があります」
「通信制?」
聞いたことのない言葉だ。
「はい、それならDOセンセイのようなクソメンタルでも、二週間に一回の授業とレポートさえ出せば卒業までこぎつけますよ」
クソメンタルは余計だ。
「ふむ……」
「どうです? やります? 『YUIKA』ちゃんとのツーショットのために?」
「確かにそれは魅力的だ。だが通信制というものでは、そもそも毎日、級友と交流を重ねることはできないのでは? 入学する意味があるのか?」
俺は中学校の頃、3年間もぼっちだったというのに、2週間に一回の出会いで仲良くなれるとは思えない。
「ええ、絶対にあります! 友達がたくさんできて、卒業生でもあるこの私が保証します♪」
そう言って、小さな胸を叩く白金。
「それが一番、信用できんけどな」
「……」
こうして、俺の取材兼高校入学は決まったのだった。
クリスマスイブの日、俺は編集の白金が提案した『高校への取材』……入学をしぶしぶ了承した。
年が明けてから、さっそく白金と一緒に電車で高校へ見学に行くことになった。
というか既に願書も記入済み、受験ばっちしなのだ。
「なあまだ着かんのか?」
俺と白金は電車の時間を予め、決めた上で待ち合わせていた。
車両と座席も『3両目の一番うしろ』と指定され、白金に出会うや否や「まるでデートみたいですね」と言われ、テンションはダダ滑りだ。
ちなみに白金は天神経由なので、バスと電車を乗り継いで、50分近くは移動に時間を費やしている。
それでもこのロリババアはニコニコと嬉しそうだ。
「あ、見てください。DOセンセイ! 田んぼがいっぱい!」
「どうでもいいわ。しっかし、遠いな……」
「まあまあ、いいじゃないですか? たまには田園に目を向けるのも。心が癒されますよ。ほら、『にわとりせんべい』でも食べます?」
差し出されたせんべいを口に運ぶ。せんべいと言うよりは優しい甘みのクッキーに近い。
「安定のうまさだな……しかし、お前はいつも迷ったりせんか?」
「何がです?」
スカートにボロボロとクズを落としているぞ、やはりガキだなこいつ。
「この『にわとりせんべい』の正しい食べ方だ」
と言って、俺はお尻の部分がかけたせんべいを見せつける。
「どうでもよくないですか?」
「よくないだろ? 顔から食べたら『なんかかわいそう……』とは思わんか?」
「はぁ? ……めんどくさ!」
そう吐き捨てると、視線を窓に戻す白金。
「……」
やっぱ、このつぶらな瞳のにわとりさんを食べると毎回、悲しくなる……。うまいけど。
だが、一言いっておこう。
おほん……にわとりせんべいは福岡市民及び福岡県民のものだ!
東京みやげと勘違いするな!
※
「でも、なんか今日は遠足みたいで楽しいですね♪」
「楽しかねーよ、だいたいお前にとって遠足なんてイベント、どんだけ昔の話だ?」
「エ、ワタチ、ムズカシイコト、ワカンナ~イ」
今日は寄り目か……芸人になればいいのに。
「はいはい、とりあえず死ね」
そうこう言っているうちに目的地についたらしい。
白金が立ち上がって「降りましょう」と促す。
駅の名は赤井駅。
「さんむっ! なにここ? ちょっと市外に出ただけで気温十度以上下がってるだろ!」
「確かに寒いですね……まあ山に囲まれてますし、天神みたいにビルや人が密集しているわけではないですから、体感温度はさがりますよね」
体感温度ってレベルじゃねーぞ!
「さあしゅっぱーつ!」
「今からキャンセルは有効か?」
「残念。もう期限切れですね」
小鬼が!
駅を降りると、いつもは嫌々通っている天神とのギャップがすごかった。
見当たす限り、山と住宅地のみ。
「な、なにもないぞ、ここ……」
「まあ市外ですし……でも、ほらあそこにはショッピングモールの『チャイナタウン』と『ダンリブ』がありますよ」
『チャイナタウン』は主に中国地方から発展しているチェーン店。
『ダンリブ』は福岡市とは敵対関係にある北九州市からなるグループだ。
福岡市はおしゃれな先輩がいる街。
北九州市はちょっとヤンチャな後輩がいる街。
そう思えば、敵対する理由がわかるでしょうか?
赤井駅は両ショッピングモールに挟まれた状態だ。
北が『チャイナタウン』、南が『ダンリブ』といったオセロ状態。
きっと赤井駅周辺の人々が足を運ぶという利点のみで出店しているように見える。
つまりは、その地の住民しか利用しない。
「おい、ここの住民は娯楽なんぞ皆無なのではないか?」
「偏見ですよ、それ……」
「じゃあ、帰りに『チャイナタウン』と『ダンリブ』に下見しましょうよ」
目を輝かせる白金。俺をお前の彼氏なんぞにするな!
「なぜお前なぞとショッピングしなければならないのだ」
「まあいいじゃないですか。これも取材のうちです」
「けっ」
駅に隣接したショッピングモールを抜けると、山に向かって真っすぐと細い道路がある。
「あれはなんていう山だ?」
「さあ、なんでしょうね?」
「それぐらい調べとけ、取材なんじゃなかったのか?」
しばらく歩くこと15分ほど……。
「おい、どんだけ歩かせれば気が済むんだ」
「あ、見えましたよ!」
白金が指差すのは小さな看板『この先 三ツ橋高校』
小さすぎて見逃すだろ、これ。
生徒に優しくない高校だ。
「やっとか……」と思ったのも束の間、更なる難関が俺を待ち受けていた。
「なんだ、このクソみたいに長い坂道は!?」
「ああ、懐かしい~」
アラサーババアが、子供のように校門の前でうさぎのように跳ねまわる。
「ウザいからやめろ。それより長すぎだろ、この坂。それに生徒たちに配慮してないだろ、斜面が傾きすぎだ」
「通称、『心臓破りの地獄ロード』です♪」
です♪ じゃねぇ!
「お前はチビのくせに、こんな坂道を毎回登っていたのか?」
「いえいえ、私は友達とバイクでしたよ」
そんなチート行為が許されているのか。
生徒いう名の垢BANしてほしかったですね、運営さん。
「卑怯だぞ、歩かんか!」
「別に卑怯じゃないでしょ。免許持ってたし」
絶対闇ルートだ!
こんな低身長なやつに免許がおりるわけないだろ! 試験官は眼科行け!
そうこうしているうちに『心臓破りの地獄ロード』は終わりを迎え、複数の巨大な建物が見えてきた。
「あれはなんだ?」
「武道館ですね」
校舎よりも前に目に入ったのは巨大な六角形の建物。
「なに、武道館? ここでいっちょ修業でもすんのか?」
「んなわけないでしょ! ここ、三ツ橋高校は部活に力を入れているんですよ。だから、体育系の建物はかなり充実しているんです」
「要約するとガチムチのホモガキどもが脳筋に特化して、新宿二丁目へと旅立つのだな」
きっとこの武道館は、武道とは程遠く……。
とてもいやらしい稽古、ハッテン場と化しているに違いない。
「いや、女子もいますけど……」
「じゃあ、あれだ。全員が百合に進化して、少子化に拍車をかける不届き者になり、世界破滅だな」
そうだ全部女子が悪い。
俺たち男に見向きもせず、やれアイドルだの、俳優だの……と比較しては幻滅し、仕方なく同性で疑似恋愛をしているのだよ、きっと。
「先生も悪口だけは一級品ですね……小説に対してもそれぐらいの情熱を持ってください」
「褒められても何もやらんぞ」
「これは嫌味ですけどね……」
「……」
武道館を抜けるとY字型の校舎が見えてきた。
広い玄関の前にはたちを待っているかのように、長身の女が一人立っている。
「あ、蘭ちゃん、おっひさ~!」
白金は蘭と呼ぶ女性を見るや否や、走り出し突撃した。
胸部目掛けて、ロケット頭突き。
女はひょいと軽くかわしたすきに、白金の顔面に右フックカウンターをお見舞い。
「いっだい~ うわ~ん!」
「お前から先にやってきたんだろがっ! 正当防衛だ、日葵」
「ひ、ひどい……ぐへっ!」
白金よ……短い付き合いだったな。
骨ぐらい拾ってやるぜ。これで高校入学も阻止できる!
「おい、お前が入学希望者か?」
そう言って仁王立ちしている女性は、サテン生地でツルピカの紫ボディコンだ。
『巨大なメロン』を重そうに両腕で支えている。
こんなクソ寒いのに、胸をおっぽり出すとは……昨年末に天神で出会った痴女先生以上だな。
それにしても、怖い顔だ。
威圧的に俺を睨んでいる。
か、帰りたい……。
「名前は?」
「あ、はい……新宮 琢人です。17歳です」
俺がそう言うとボディコン女は顔をしかめる。
「お前が17だぁ?」
「そうですが……」
長身のためか、腰をかがめて俺の顔を覗き込む。
まるでグラビアのポーズだな。巨乳がブルンブルン揺れて、キモいからやめてくれ。
「ふむ、つまりお前は本来なら高校二年生というわけか?」
「本来? その定義がどこから来ているかはわかりませんが、俺はこれでも社会人です。そこらの子供っぽい学生と一緒にしてもらっては困ります」
「……」
するとボディコン女は目を見開いて、黙り込む。
フッ、やはりこの天才の前じゃ、大人様はいつも論破されまくりだな!
「だぁはははっははは!」
腹を抱えて大笑いする。
あごが外れそうなくらい口を大きく開けて、女とは思えないくらい野太い声で笑う。
げ、下品な女だ!
それになんか酒臭い。酔っぱらっているのか?
のどちんこが丸見えだ、恥ずかしくないの?
「なにがおかしいのですか?」
「お、お前は……クックク……ど、ど、どうしようもないクズだな!」
スクラッチしてんじゃねーYO!
あー苦しいと腹を抱えて、床で笑い転げる。
まあその隣には白目をむいたロリババアが倒れているのだが。
俺はこの時思ったね、こんな大人にはなりたくないYO! とな。
「じゃあ案内しよう」とボディコン女が気絶した白金の首根っこを片手で掴み、廊下を歩く。
「あの、あなたは一体……」
「ああ。紹介がまだだったな。私は一ツ橋高校の責任者でもあり、日本史の教師。宗像 蘭先生だぞ♪」
自分で先生言うな。
俺が認めるまで、お前はただの痴女だ。
「そうですか……あの、宗像先生はそのロリババアとは同級生と聞きましたが……」
「おまえ……今『ババア』って言ったか?」
立ち止まって、俺に睨みを聞かせる。
その顔っていったら、あれだよ。仁王像だよ。
「いえ……白金とはお友達だとか?」
「そんなお洒落な関係ではないよ……このバカとはただの腐れ縁だ」
やはりアホとかバカで通っているのではないか、白金 日葵。
※
「着いたぞ、ここが一ツ橋高校だ」
「え、これが?」
めっちゃ小さな事務所だ。
しかも扉もボロボロ、中をのぞけるように四角い小窓があるんだけど、ヒビが入っとる。
「この部屋だけが一ツ橋高校なんですか?」
「ああ、その通りだ。白金から聞いているだろうが、あくまでも三ツ橋高校の姉妹校であって、本校一ツ橋は校舎を持たない」
「では、一体どうやって勉学するのです?」
「そのためのラジオだ!」
ニッコリ笑って、扉を開く。
軋んだ音を立てる。
まるで、ホラー映画の開幕シーンのようだ。
俺は奥にある茶色のソファーに通された。
まだ白目をむいているロリババアは無残にも床に捨てられた。
テーブルを間に挟んで、反対のソファーに宗像先生は腰をかける。
その際、言うまでもないが、宗像先生のおっぱいがぼよよんと跳ね上がる。
「白金から話は聞いている。じゃあ、願書だしてくれ」
え? 見学じゃなかったの?
「はい……」
俺はバッグから茶封筒を取り出し、テーブルの上においた。
「ふむ……」
宗像先生が書類を目を通している間、俺は事務所内を見渡していた。
殺風景で、職員も誰一人いない。
こんな小規模で百人以上の生徒がいるとは思えんな。
「おい、新宮」
呼び止められて、視線を合わせる。
「書類は全てそろっている。合格だ」
「は?」
「だから合格だ、これでこの春から晴れてお前は一ツ橋高校の生徒だ」
ファッ!
「え? 入学試験はないのですか?」
「ないよ、そんなもん」
キョトンとした顔で、先生は俺の反応を待つ。
「だ、だって普通は試験があるでしょ? せめて、国語、数学、英語くらいは……」
「ねーよ、んなお利口な学校じゃないぞ、ここは!」
じゃあなんだよ! 二十字以内で答えてみろ!
「マ、マジですか……」
「大マジだ」
バカみたい……俺、年末からめっちゃ中学校の教科書、復習してたのがバカみたい……。
こんなことなら年末のタウンタウンの『絶対笑えTV二十四時間』見ればよかったよ。
「新宮、お前はなにか勘違いしているぞ」
「勘違い?」
「ああ、そうだ。ここは不良やひきこもり。そう言ったクズどもが通う場所であり、勉学なんてもんは二の次だよ」
おい、仮にも自分の生徒だろ? 大丈夫か、この教師。
「じゃあ、何が一番なんです?」
俺の問いに、宗像先生は黙って立ち上がるのみ。
近くの棚から汚れたマグカップを取り出すと、インスタコーヒーを入れ、お湯を注ぐ。
「ほれ、外は寒かったろ。飲め」
「い、いただきます……」
すげぇ、まずそうだな。このコーヒー。
「何が一番か……といったな」
コーヒーを啜りながら、宗像先生は窓の外を見る。
「はい。俺はガチガチに勉強するものだと思ってました」
「フッ、まあそれはよい心がけなのだろうがな……だが、ここではお前の常識は通用せんだろう」
なんだ、その答えは……。
「いいか、ここはお前みたいな集団生活に馴染めなかったクズどもの通う高校だぞ? 入学試験なんか設けてみろ? 誰も来ないし、本校はつぶれるぞ? お前だってどうせ中学生時代にドロップアウトしたくちだろう?」
「う……」
的を得ている。だが、唯一的から外れたのは、中学生ではなく、小学生時代でドロップアウトしているところだ。
俺の腐りレベルがあがった♪
「ほれ見ろ、その顔はお前がひねくれものである証だな。いいか、本校一ツ橋高校はそう言ったクズどもを卒業させることを第一にした高校だ」
なんか俺、前科者みたいな扱い受けてない?
「で、ですが、俺は真面目で通ってます。勉学だって必要とあらば、やります! そんな不良とか一緒にしてもらわないで頂きたい!」
宗像先生の目が鋭くなる。
「お前……『自分が特別だ』とか勘違いしてないか? 私からしたらお前みたいな歪んだ無職のニートも、髪を金色に染め上げたヤンキーどもも、全部一緒だ。社会不適合者というやつだ」
悔しいが、正論だ。
集団生活にガッコウという枠内に収まり切れない俺は、確かにドロップアウトした。
その行為自体は、確かにヤンキーなど呼ばれる類と同じ行為を働いている。
ただ、それが社交的であるか非社交的であるかの違いだろう。
「なあ、新宮……お前、なんでこの高校に入学したいんだ?」
なぜかって、その問いには床で泡を吹いているヤツにでも聞いてくれよ。
「志望動機ですか?」
「んま、そう言い方もあるな」
いちいち人を試すような行為をしやがって、このクソビッチめが!
「しゅ、取材ですよ……」
「……取材? なにを取材するんだ?」
「その、10代の男女関係における恋愛です」
「……」
沈黙が辛い。
だがそれを破ったのはまたもや宗像先生だ。
「だぁはははっははは!!!」
「な、何がおかしいんですか!?」
「だって、お前さ……ククク。教師に面と向かって、『ぼ、僕はリアルなJKと恋愛したいですぅ!』とか宣言したようなものだろが!」
そのあたかも、『ぼ、僕はキモい童貞ですぅ』みたいな話し方はやめろ!
童貞は罪じゃない!
俺を……男をぼっちにさせる女たちが悪いんだぁ!
「そ、それは深いわけが……」
「いいぞ、お前。中々に面白いクズだ! それもとびっきりに歪んでいるな……本校の入学生だがな。今年の春にはたぶん、40人から50人は入学すると思う。そこで優秀な新宮くんに問題だ!」
人に指差したらいけないってお母さんに習ってないの?
「?」
「一体そのなかの何割が卒業できると思う?」
そんなクイズ聞いてないけど……これって入学試験なのか?
バカな不良たちを差し引けばいいんだろ。
「半分ですか?」
「ブー、残念! 2割にも満たないぞ」
ファッ!
「そ、そんなに卒業率、低いんですか?」
「ああ、そうだ」
おかしい、白金の話では二週間に一回の対面授業と、「レポートを書くだけ♪」とか豪語してやがったが……。
「なんでそんなに低いんですか? 入学試験がない代わりに、ものすごく難しい勉強とかレポートにおける先生たちの評価が厳しいとか?」
俺の問いに宗像先生は鼻で笑う。
「私たちはこう見えて、すっごく優しい教師だぞ♪ 正直、全日制コースの三分の一レベルの学習量だ。それに問題も下手したらそこらの中学生や小学生よりも低いときもある」
こりゃまた幼稚なところにきたもんだ。
「な、なら、一体……」
「お前らがクズだからだよ」
「……」
言い返せない。
社会が俺を認めなかった。
だから俺は特別な存在であることにこだわっていた。
大人たちからは『普通』でいることを強いられ、世間的に見れば『クズ』なのだろう。
「さっきも言ったように、お前らは学校と言う場所で適応することができず、グレるか引きこもるか? の両極だろ。それが通信制とはいえ、レポートも教師が見張ってないところで、毎日自宅で勉学に勤しむことができるか? 自宅では魅力的なゲームやテレビ、インターネット。まあ新宮のような可哀そうなヤツは別だが……」
おい、サラッと人を憐れむのはやめろ!
「ヤンキーたちはみんなでつるんで、外に遊びにいくよな? じゃあ、いつレポートを完成させる? 期日もちゃんとある。それが学生にとっては当たり前のことなのに、お前らはできない」
「そ、そんな! 俺はこの高校のために中学生時代の教科書を引っ張り出しましたよ!」
「ふふん、そいつは頑張り損だったな。だが、お前はそれこそ、それを今まで中学生時代……つまり不登校時にやっていたか? ひきこもっていた時に、自ら机の上に教科書を開く勇気はあったか? それを三年も継続させるのだぞ? お前らみたいなクズには中々に難しい作業なのだ」
そう言われたらそうだ。
白金の提案を……取材を受け入れることがなければ、教科書なんてもう少しで廃品回収行きだった。
「……そんな、じゃあ俺たちは一体なんのために高校に入学するんですか? 入る前に先生が『勉強もろくにできない』なんて、言われたらこっちもやる気なくしますよ」
「私が言いたいのは勉強に対するやる気ではない。継続と協調性だ」
「協調性?」
「ああ、継続はレポート。協調性はスクリーング、二週間に一回の授業だ。これがまた難しい」
そんなものはオンラインゲームで万年ソロプレイヤーの俺には簡単に聞こえるが。
「なにがです?」
「今日は平日。本校の隣り……全日制コースの三ツ橋高校は通常通り、授業を行っているはずだ。どうだ? お前、今から体験入学しろと言われて、教室に入れるか?」
言われた瞬間、大量の汗が吹き出す。
教室……あそこは刑務所。人権無視。教師が君主で生徒が奴隷。
それに気が付いたときは遅かった。
全てが絶望へと、地獄へと、急降下。
頭の中で、チカッチカッと花火のような眩しい光が、俺の記憶を照らし出す。
「新宮、また忘れ物か! じゃあ、頭だせ」
「なんでこんな問題で間違える!」
「お前は成績がクラスで一番悪い、今日は居残りだ!」
「こんなバカな答えがあるか! やり直しだ!」
「俺が良いと言うまで帰さんぞ。死ぬ気でやれ!」
それを見て、誰かが俺をあざ笑う。
「見ろよ、新宮のやつまた先生に怒られているぜ?」
「バカなんだよ、正直」
「あいつムカつくんだよ、なんつーの? 空気読めないし、暗いし……」
「新宮くんも一緒にどう?」
「おいやめろよ、新宮なんか誘うなよ、暗くなるだろ」
そうだ、ぼっちのまま俺はずっと孤立して義務教育を終えた。
青春なんて……どこにもなかったんだ。
楽しくもない授業を受けて、話の合わない友達と苦笑いしていることに、俺は疲れ果てていた。
もう一人の俺が言う……。
「お前には無理だったんだよ」
「俺に青春なんて二文字は似合わない」
「ひきこもっているほうがお似合いだ」
「家族は優しい。だが一たびまた外に出れば、そこは戦場」
「お前に戦う意思は残っているか?」
やめろ、やめてくれ! 誰か俺を助けてくれ! もうあんな惨めな思いをしたくない!
「…い……おい、新宮? 聞いているか? 大丈夫か、汗がすごいぞ」
酷く動悸を感じ、俺は生きた心地がしなかった。
過呼吸が起き、話すのもやっとだが、ここは白黒ハッキリさせたい。
「はぁはぁ……でも、俺はそんな……中途半端な生き方はしたくない……白黒ハッキリさせないと……」
「いいか、新宮。勉学なんてもん考えてるなら全日制にいけ。ここはお前らのような、普通の学校に馴染めないやつらの……そうだな、避難所みたいなものだ」
俺はそんな可哀そうなやつじゃない! 俺は特別だ! 誰よりもすぐれている!
学校が、周りのみんなが俺に追いついてこれなかっただけなんだ!
天才で小説家で新聞配達でやっているんだ……。
「い、嫌だ……俺はそんな、できそこないじゃない……社会人だ……」
「お前が社会人だと? 笑わせるな」
取り乱して、気がつくと、俺はタメ口で話していた。
「お、俺は働いている……そこらの十代とは……ちがうんだ……」
「何が違うんだ! 私は未成年だろうと、ちゃんと一人で生活しているやつは、社会人として認めてやる。だが、お前はそこらの十代と何ら変わりない! お前は実家暮らしだろうが!」
「か、金なら……ちゃんと母さんに入れている……」
「あのな、それは独り立ちとは言えない。ちゃんと一人で家賃を払い、家事も自分でこなし、身の回りは全て自分で出来てこそ、立派な大人。社会人と言えるのだ。収入があるから社会人と思ったら大間違いだぞ」
「じゃあ……い、今の俺は?」
「ふむ、無職ではないのだろうが、正社員でもないし、かと言って収入だけ食っていける甲斐性もなし。まあ中途半端な状態と言えるな」
俺が一番嫌いな言葉だった。
「いやだ……そんなの。俺は白黒ハッキリさせないと……気が済まないんだ……」
「いいじゃないか、グレーゾーンがあっても」
「そんなの……ただの気休めだ……」
宗像先生は俺の顔を見て「お前はもう帰れ。白金は私があとで送る」と言った。
俺は動悸と過呼吸で、頭がグラグラと揺れる。
思い出したんだ……ガッコウなんてもんがどれだけクソな場所だったってことがさ……。
フラフラになりながら、やっとのことで、俺は帰宅できた。
ベッドに直行すると、宗像先生に言われたことが頭から離れない。
このまま、あの地獄へと戻るのは絶対に嫌だ。
そうだ、入学式で断ろう。
俺には向いていない……。
断るはずだった。
親父から借りたスーツのポケットに入れておいた退学届を、帰り際に出そうと思っていたのに。
俺があいつに出会ってしまったのが、予想外だったんだ。
「おい、お前! さっきオレにガン飛ばしたろ?」
あいつはいわゆるヤンキーで、初対面の俺にケンカを売ってきた。
俺が勘違いじゃないか? と答えたが、あいつはそんな答えでは満足しない。
「じゃあ……じゃあ、なんでオレの方を見てた!」
あいつは入学式だというのに、肩だしのロンT。中にはタンクトップが見える。そして、ショーパン。
という……露出の激しい格好で来やがった。
正直いって俺のどストライクゾーンだった。
「かわいいと思ったから」
「……」
一言。そのたったひとことが俺の失敗でもあり、はじまりでもあった。
「オレは……オトコだぁぁぁぁぁ!」
「へ?」
そうしてあいつは、俺めがけて奇麗なストレートパンチをお見舞いした。
「な、なにをする! 初対面の人間に向かって!」
「うるせぇ! お、お前がオレに……オレにか、かわいいとか言いやがるからだ!」
「かわいいと思ったことが何が悪い!」
あいつが男だとは思えなかった。
声も女のように甲高いし、見た目は100パーセント、女だ。
そう俺だけがそう見えていたのかもしれない。
こいつはまごうことなき、男子だったのだ。
なのに、俺の胸は高鳴っていた。
あいつとの出会いに……ぼっちの俺でも、こいつとなら何か変われそうだって。
そう思ってしまう自分がいた。
何度もガッコウをやめようと思っていた。
だけど、それをあいつが阻止するように、俺にグイグイ来やがる。
その積極的な行動に、社交的なあいつに圧倒されていた。
気がつけば、俺はあいつに告白されて、男だからって断って、女だったら良かったなんて……。
酷いことを言っちまった。
なのに、なのに。
あいつはあきらめない。俺のことを見捨てなかった。
今まで出会って来たどんなヤツよりも、逞しくて、すごいやつだってことに気がついた。
その時は、もう遅かった……。
「あ、あの……わたし……」
目の前には妖精、天使、女神……どの言葉でも表現が足りないぐらいの美人が立っていた。
胸元に大きなリボンをつけて、フリルのワンピースをまとった女の子。
カチューシャにも同系色のリボンがついている。
美しい金色の髪を肩から流すようにおろしていた。
時折、風でフワッと揺れる。
「キャッ」とスカートの裾を手で必死に押さえる姿はとても女の子らしい仕草だ。
「わたしじゃ……ダメですか?」
そう。あいつはこんな俺のために、自分を押し殺して女のふりまでして、ずっと一緒にいてくれる……そんな憎めないやつだった。
だから、俺は退学届を破って捨てた。
こいつとなら、しばらく学園生活をやっていけそうな自信がわいたから。
もう少し、もう少しだけ、頑張ってみよう。
ミハイルと一緒なら……
五月も終わりを迎えるころ、自宅に一通の手紙が届いた。
送り主は、一ツ橋高校の宗像 蘭先生。
なんか久しぶりだな。この人。
最近はミハイルとキャッキャッやってたから、存在感が薄すぎるわ。
そうかわいそうに思いながら、封を破る。
中に入っていたのは、一枚の用紙。
手書きで殴り書きしてある。
『次回のスクリーングから春期試験を始める! 二回やるからしっかり勉強しておけ! 尚、出題範囲は返却されたレポートのみ!』
「あ、もうそんな時期か」
いわゆる期末試験ってやつだ。
一ツ橋高校は、レポートとスクリーングの出席。それから期末試験で一定の成績を残すことで、今期の単位が取得できると聞いた。
スクリーングに行く度に、提出したレポートが返却される。
大体6枚ぐらいの小テストだ。
こんなものは暗記するまでもない。
それに中学生時代のおさらいだしな。下手したら、小学校より低レベルな問題も多い。
アホらしいと、俺は宗像先生の手紙をゴミ箱に捨てようとした。
すると、用紙の裏に何かがクリップで挟んであることに気がつく。
「なんだ?」
クリップを外してみると、そこには一枚の写真が……。
恐る恐る覗いた。
セーラー服姿の宗像先生が、一ツ橋高校いや、三ツ橋高校の教室内で股をおっ開けていた。
仮にも教師だというのに、日頃全日制コースの生徒が勉強している机の上に、尻を乗っけて、グラビアアイドル顔負けのなまめかしいポーズをとっている。
紫のレースパンティーが丸見え。
しかも、自身の唇で襟を掴み、裾をまくり上げている。
つまりパンティと同系色のブラジャーが露わになってしまうのだ。
「おえええ!」
俺は自身の部屋のゴミ箱にゲロを吐いてしまう。
それを聞きつけた妹のかなでが、部屋に飛び込んできた。
「おにーさま! どうなされましたの!?」
涎を垂らしながら、肩で息をする。
「ハァハァ……セクハラテロだ……」
そう言って、写真をかなでに手渡す。
「あら、この方で使ったんですの?」
「んなわけあるか! 捨てておいてくれ……」
もう見たくないので、妹に処分をお願いしておいた。
「捨てるなんて勿体ないですわ……そうですわ! この写真をネットオークションに出品して、お小遣いにしましょう♪」
そう言って、かなでは自室のパソコンを起動し、宗像先生をスキャンし出す。
マジで出品されてて草。
ざまぁねーな。
俺は知らん。
※
「ま、一応、レポートを見直しておくか」
気を取り直して、久しぶりに机に座る。
返却されたレポートに目をやると、全問正解で余裕だった。
幼稚すぎる問題ばかりだからな。
こりゃ単位取得も楽勝ってもんだ。
鼻で笑い、机の引き出しにレポートを直そうとしたその時。
スマホからアイドル声優のYUIKAちゃんの可愛らしい歌声が流れ出す。
俺のお気に入りソング、『幸せセンセー』だ。
ああ、癒される。
着信名はミハイル。
「もしもし?」
『あ、タクト☆ 捕まってよかったぁ☆』
え? 俺、逮捕されたの?
「な……なんのことだ?」
『あのさ、宗像先生から手紙きた?』
「きたぞ。試験のことでだろ」
『う、うん……それで困ったことがあってさ…』
なんだ? まさか試験勉強を一緒にしようってか?
この低レベルなレポートは勉強するまでもないぞ。
暗記してオワタ! なんだから。
「それで? なにが困ったんだ?」
『あ、あのね……返してもらったレポート。試験に出るって知らないで捨てちゃったの……』
ファッ!?
「な、なるほど……。つまり俺のを貸してほしいわけか?」
『うん☆ いい、かな?』
顔を見えんがきっと、ミハイルのことだ。上目遣いで頼みごとをしているのが想像できる。
ダチだからな。仕方ない。
「構わんぞ。いつ取りにくる?」
自然と笑みがこぼれる。
学校以外で会えるってのが嬉しいんだろうな。
『ありがと☆ じゃあ、今からタクトん家に入るね☆』
「え?」
『オレ、今家の下にいるからさ☆』
「な、なに?」
そう言った時には、もう既に足音が階段から聞こえてきた。
トタトタと子供のような可愛らしい小走りで。
バタン! と音を立てて、自室の扉が開かれる。
「タクット~☆ 久しぶり~!」
「お、おう……」
相変わらずの馬鹿力で、ドアを開けたため、少し歪んでしまった。
初夏も近づいたこともあり、彼の装いも一層露出が増す。
薄い生地のタンクトップにショートパンツ。
思わず生唾を飲みこんでしまう。
先ほどの宗像先生とは違って、俺はリバースしない。
その美しい姿を学習机のイスに腰をかけたまま、見とれていた。
「ねぇ、タクトのレポートってどこにあるの?」
固まっていた俺を無視し、ミハイルはズカズカと部屋に入り込む。
俺の机に手をつき、腰をかがめる。
自ずとタンクトップの襟元が緩み、胸元が露わになる。
ピンクの可愛らしいナニかが見えそうだ。
視線をそらす俺に対し、首をかしげるミハイル。
「タクト? 聞いてる? オレ、早く帰ってべんきょーしないと……タクトと一緒に卒業したいからさ」
そう言って、口をとんがらせる。
もちろん上目遣いだ。
彼のエメラルドグリーンの瞳がキラキラと輝く。
クッ! 犯罪的な可愛さだ。
抱きしめたいぜ、ちくしょうめが。
俺は咳払いしてから、引き出しにおさめようとしたレポート一式を彼に手渡す。
「ほれ」
「ありがと☆ この借りは絶対に返すからな☆」
いや、なんか復讐されそうな言い方やめてね。怖い。
「いらぬ気遣いだ。俺とミハイルの仲だろが……」
言いながらもちょっと照れくさい。
「だよな☆ オレたち、マブダチだもんな☆」
太陽のような眩しい笑顔がはじける。
フォトフレームにおさめたいぜ。
「ところでタクトってさ……」
笑ったかと思うと、急にもじもじし出すミハイル。
なんだ? 聖水か?
お花畑なら部屋を出て、廊下の奥にあるぞ。
「あん? なんだ?」
顔を真っ赤にして、何か言いづらそうだ。
「あのね……タクトの誕生日っていつ?」
「なんだ。そんなことか…」
取材のためにチューしたい! とか言うのかと期待してしまったじゃないか。
返せよ、俺の心の準備。
しかし誕生日なんて聞いてどうするんだ?
俺のぼっちを笑いたいのか?
「誕生日は6月7日だよ」
「え!? もうすぐじゃんか! なんでそんな大事なことを早く教えてくれなかったの!?」
恥ずかしがっていたくせに、急に怒り出す。
「なんでって言われてもな……別に聞かれたことないし。ミハイルになんの関係があるんだ?」
俺がまた童貞として、一つ年を重ねるだけの哀れな記念日だぞ。
「関係あるよっ!」
机を叩いて、怒りを露わにする。
こわっ……。
「いや、なんかごめん」
俺悪い事した?
「あと一週間もないじゃん!」
「確かに五月も終わりだしなぁ」
「こんなことしてられない! オレ、もう帰るよ!」
そう言い残すと、ミハイルは当初の目的であったレポートを雑に握りしめ、嵐のように去っていた。
「なんだったんだ、一体……」
あっという間に6月に入り、初めての期末試験となった。
先週、ミハイルにレポートを貸したが、俺はなにも困ることはない。
なぜならば、小中学のおさらいだから頭にちゃんとインプットされているからだ。
勉強する必要性がない。
むしろ、あの低レベルな勉学をするぐらいなら、小説を書いていた方がマシだ。
だが、ミハイルは心配だ。
あいつも頑張っているようだが、前回のレポートの結果はCぐらいだったもんな。
このままだと、一緒に卒業って彼の夢も砕け散るかもしれない。
しかし、こればかりはミハイル自身の努力にゆだねるしかあるまい。
俺は、そう胸に不安を抱えつつ、小倉行きの電車に乗った。
いつもなら、ミハイルの住んでいる席内駅でショーパン姿の彼が飛び込んでくるはずのなのだが……。
虚しく、ドアの音がプシューと言って閉まってしまう。
「ん、遅刻か?」
珍しい。
ミハイルと言えば、おバカさんだが、俺と学校に行くのは嫌ってないし、むしろ遊ぶ時なんかは遅刻なんて絶対しない。
下手したら待ち合わせより2時間も前に到着するような、ストーキングのスキルを持っているやつだ。
おかしいな。
体調でも崩したか?
赤井駅に到着して、ミハイルに電話したが、それでも一向に連絡が取れない。
「どうしたんだ?」
首をかしげながら、とりあえず、俺だけでも一ツ橋高校に向かうことにした。
その間もずっとスマホとにらめっこ。
着信があるのでは? とずっと待っていた。それでも全然かかってこない。
高校の名物、長い坂道『心臓破りの地獄ロード』を登っていると、隣りの車道をバイクが走ってくる。
千鳥 力と花鶴 ここあの二人だ。
「よう! タクオ! ミハイルは一緒じゃないのか?」
バイクを坂道で止めて、俺に声をかける。
「ああ、それが連絡がつかなくてな……」
なんとなく、隣りにミハイルがいないことに寂しさを感じた。
いつもならずっと金魚のフンのようにくっついてくるのに……。
一人だと、こいつらバカみたいなやつでも話しかけてくれるだけで、ホッとする。
「そっかぁ。ミハイルも年頃だからな。自家発電じゃね?」
そう言って、朝も早くから大きな声で下ネタを吐き、笑いだす。
なんでもかんでも、男を自家発電のせいにするのやめてください。
仮にもミハイルですよ?
あの純朴な。
お宅と一緒にしないであげてください。
「それはないだろ……」
呆れた声で否定する。
俺がそう言うと、後部座席に座っていた花鶴がパンツ丸見えでこう言う。
「オタッキーの方が抜きすぎてバテてんっしょ!」
「ああ、そうかい……」
もうどうでも良くなっていた。
「え~ マジで抜きすぎて元気ないじゃ~ん。あとで学校のトイレでもう一発しとけば?」
なんで元気ないのに、また体力使うんだよ。
「はいはい……」
俺はそう言うと、彼らを無視して、坂道を登りだす。
付き合ってられない。
「じゃあまたあとでな~ タクオ!」
「抜きすぎ注意っしょ!」
うるせぇ……。
男性差別だろ。
※
教室についても、俺はソワソワしていた。
ホームルームに近づくというのに、ミハイルの姿が見えない。
まさかと思うが、テスト勉強を徹夜でしていて、寝落ちってパターンか?
う~ん、わからん。
結局、ミハイルがこないまま、ホームルームが始まった。
俺の左隣には、テストなんてそっちのけの腐女子。北神 ほのかが机で卑猥なBLマンガのネームを描いている。
「ひゃっひゃっ……描くぞ描くぞぉ。商業デビューしたら、印税で同人誌を買いまくるんじゃあ!」
涎を垂らしながら、原稿と向き合う変態女子高生。
ていうか、あなたデビュー前から買い漁ってるでしょ……。
教室にツカツカとハイヒールの音が近づいて来る。
淫乱教師、宗像先生の登場だ。
相変わらずのいやらしい格好で、今日は何でか知らんが超絶ミニのチャイナドレス。
胸元に大きな穴が開いていて、胸の谷間はもちろん、ブラジャーまではみ出ている。
エグすぎる……。
「よ~し! 楽しい楽しいホームルームのはじまりだぁ! 出席を取るぞ!」
マジか。もう始まっちゃったか……。
ミハイルのやつ、間に合わなかったな。
彼が遅刻したことを、自分のことのように悔やむ。
その時だった。
ピシャン! と勢いよく教室の扉が開かれる。
俺はその姿を見て、思わず席から立ち上がってしまった。
そうだ、俺がずっと待っていたその人だったからだ。
「ミハイル……」
口からそう漏らす。
「すんません! 遅れました!」
息を荒くして、汗だくで現れた。
純白のタンクトップはしっとりと濡れていて、スラッと伸びた細い太ももは陽の光でキラキラと輝いている。
天使様の降臨じゃ!
「おう! 古賀が遅刻とは珍しいなぁ」
「はぁはぁ……間に合ってよかった☆」
手で汗をぬぐいながら、教室に入る。
「タクト! おはよう☆」
ニカッと白い歯を見せ、笑って見せる。
心配させやがって……。
「ああ……おはよう」
安心した俺はミハイルと一緒に席に座りなおす。
宗像先生が点呼を取り始める。
その間、俺は右隣りに座ったミハイルに小声で話しかける。
今も彼は汗だくで息が荒い。
ピンクのレースハンカチで、頬に垂れる雫を拭う。
「なぁ、ミハイル。お前が遅刻なんて……どうしたんだ?」
「ごめん。オレ今バイトやってからさ☆」
「えぇ!?」
思わず大きな声で反応してしまった。
それに気がついた宗像先生が、俺めがけてチョークをぶん投げる。
「くらぁっ! 私語は慎め、新宮! ブチ殺すぞ!」
いや、額からなんか暖かい液体が流れてくるのを感じるんすけど。
もう死んでません?
「す、すいません……」
冷静さを取り戻し、またミハイルに質問する。
「バイトってなんでだよ。お前はヴィッキーちゃんが働いているから、金には困ってないだろ?」
「いや、それはその……欲しいものがあって……な、な、ナイショだよ! 」
急に顔を真っ赤にして、俺から目を背ける。
なんだ、怪しいぞ。
ダチの俺に話せないような、やましいことでも始める気か?
「そ、それより、タクト。テスト頑張ろうな! オレ、タクトから借りたレポートでしっかり勉強してきたゾ!」
俺はそれを聞いて顎が外れるぐらい、大きく口を開いてみせた。
「なっ! ミハイルが試験勉強だと……」
「へへん、驚いたか☆」
ない胸をはるな!
「バイトもやって、勉強もやってたから……遅刻したってことか?」
俺がそう言って見せると、ミハイルは照れくさそうに笑う。
「ま、まあな☆ 慣れないことしたから、ちょっと疲れちゃって……」
よく見れば、彼の目元には大きなクマができていた。
その顔を見てすぐに理解した。
頑張ってるな、こいつ……無理しやがって。
お母さん、泣けてきちゃったわ。