「ちょっと、あなた! うちの生徒になんなのよ?」
 寒空の中、薄着で立っている中学生たちとは対照的に、暖かそうなコートで厚着した若い女が、俺に突っかかてくる。

「あなたさっきから聞いていればなんなんですか?」
「率直な感想を言ったまでだ。それと、俺が文句を言いたいのはお前だ、女!」
 俺はビシッと「犯人はお前だ!」的な感じで指をさす。
 決まったな。

「はあ!?」
「お前、こいつらの責任者。つまり担任の教師だろう?」
「そうですよ、ちゃんと保護者の方にも許可を取ってますし、だいたいこの募金は毎年、本校の行事の一つです」
 え……なんてブラック校則。
「そんなもの、さっと今日でやめちまえ! フン、偉そうに語るな! 女!」
 辺りがピリッとする。
 周囲には見物人ができていたが、俺は構わず続ける。

「ガッコウの決まり事だろうが、なんだろうが……だいたい、こいつらはなぜ制服だけなのだ?」
「そ、それは……本校の中学生ですから当たり前です」
 確かにJCの制服は、人間国宝なのは認める。
「意味がさっぱりわからん。なぜ教師のお前だけコートの着用が許され、こいつらは許されていないのだ?」
「ま、迷子にならないため……とか。何より学生である身分が見ればすぐにわかるから……ですよ!」
 女教師は反論するが、しどろもどろだ。
「そんな理由でガキどもをこんな寒い日に! クリスマスイブに立たせるな!」
 少年少女は俺に釘付けだ。
 かっちょええ、俺ってばさ。

「べ、別にあなたには関係のないことでしょ!」
「大有りだ! 視界に入るだけで吐き気がする。だいだいだな、クリスマスイブとかいう日は、いつからこんなクソイベントに成り下がったのだ?」
「はぁ?」
「俺の記憶では……クリスマスイブとはだな。赤いサンタさんが夜中に『ほっほほ、いい子にはプレゼントじゃ♪』と布団におもちゃを置いてくれる優しいおじさんが、わざわざどっかの国からおうちに遊びに来てくれる一大イベントなんだぞ!」

「「「……」」」

 一同、沈黙する。
 あれ? みんなもうサンタさんを信じてないの?

「それがなんだ、街を歩けば、カップル、アベック、彼氏彼女……乱交パーティーじゃないか!」
「あ、あのね、君はいったい何が……」
「まだ話は終わっておらんぞ、女。それだけでも、俺はこの天神を歩く際、イライラがマックスだというのに、こんな偽善行為をされてみろ? 俺が帰ってウハウハしながら、一人パーティーしているのが寂しすぎるだろが!」
 俺の持論に呆れかえる女教師。
「……ねえ、それってあなた自身に問題があるんじゃない? ただのひがみよ。私たちの邪魔するなら帰ってくれる?」
「断じてひがみなどではない! 不愉快なだけだ! それにお前らの方がよっぽど俺の仕事を邪魔しているぞ?」
「しごとぉ? 君、見たところ未成年でしょ?」
 あざ笑うかのように、女教師は俺を見下す。
「だからなんだ?」
「子供は早く帰りなさい!」
「俺は社会人だ!」
 睨みあう二人に、一人の少女が間に入った。

「ケンカはらめぇ!」

 聞き覚えがある。
 幼く甲高い……いや、忌々しく気持ちの悪い声だ。

「DOセンセイ! こんなこところで油売ってないでさっさと打合せしますよ!」

 くっ、おまえが一番「らめぇ」な人間だ、クソ編集白金めが。
 しかも今日のファッションと言ったら、リボンまみれのファーコートだ。
 フードが耳付きとか……。
 こいつ絶対、安い理由で子供服を購入しているだろ?

「センセイ……?」
 女教師とその子分……じゃなかった少年少女がキョトンとしている。
「そうだ、俺はお前と同じ『センセイ様』なのだ! わかったか、この虐待教師が!」
「な! なんですってぇ……」
 女教師は両手で拳を作って、怒りを露わにしている。
「ふん、感情的になるということは、図星のようだな。わかったらお前もさっさとコートを脱げ! そうしたら、今の発言を撤回してやるぞ」
 俺は「やったぜ!」と笑みを浮かべる。
「なんでそうなるのよ!?」
「お前の可愛い生徒たちが震えながら、寒空の中がんばっているのだ。可哀そうだとは思わんのか? 女、教師ならばお前も同じ立場になるべきじゃないか」
「な! ……わ、わかったわよ! そうすれば、あなたは満足?」
 胸元をさっと隠して、頬を赤らめる。

「ああ、大満足だとも……」
「脱げばいいんでしょ!」
「なんかDOセンセイって、いつも人に脱衣させてません?」
 隣りの白金がため息交じりに苦言を漏らす。
「まあ黙ってみていろ、白金よ」

 女教師がコートを脱ぐと、真っ赤なシースルーのワンピースをまとった痴女が現れた。
 胸元もパッカリ開いていて、背中もスケスケ、おまけに国民的アニメの少女のようなミニ丈。
 パンチラ祭りじゃわっしょい!
 これはプレイだ、しかもかなりの高度な放置プレイ!

「これで……満足?」
 そういう女教師は恐らく寒さからではなく、恥ずかしさから顔を赤らめて、小刻みに震えている。
 胸元を隠し、身体を丸めている。
 これも寒さからの行為ではあるまい。
「ほう……これはこれは、いい趣味をしてらっしゃる。さすがは大人様だな!」
 俺は手を叩いて歓喜した。
 すると周囲からも拍手があがる。

「ヒューヒュー!」
「いいぞ姉ちゃん!」
「そんな格好されちゃ、おっ立って募金したくなってきた!」
 ふっ、これが琢人マジック。
 てか、最後のやつ、アウトじゃん。

「胸デカッ、エロッ! まるで痴女じゃん……」
 白金も唖然としていた。
「こ、これは彼氏が……」
 生々しい言い訳だった。

「「せ、先生……」」

 少年少女が「見ちゃいけないものをみちゃった……」って顔で女教師を見つめる。

「傑作だな、先生さんよ。つまりはあれだ。あんたは彼氏のご趣味でプレイ中だったわけだ!」
 俺が高笑いしていると、次々とギャラリーが増え、もうこれはコスプレ会場ですな。

「少年少女よ!」
 そう叫ぶと、一斉に視線が集まる。
「この先生はな! 君たちには『通年行事だ』とぬかしつつ、肌寒い制服で募金させていた! だが、自分は教師という身分でありながら、このハレンチな格好で絶賛、羞恥と放置のミックスプレイ中だ!」
「プレイとかじゃないわよ!」
 女教師のツッコミを無視し、続ける。

「このあと、君たちが信頼していた先生は楽しい楽しいデートが待っている……そう、つまり彼氏に『ねぇ、キミは可愛い生徒たちの前でこんな恥ずかしい格好して募金してたんだろ? 興奮したろ?』とか言われ、センセイは『もう待てないわ! 抱いて!』とか言って、ワイン片手にズッコンバッコンなわけだ!」

「「……」」
 純真無垢な生徒たちが汚物を見るかのような目で、痴女を見つめる。

「ち、ちがっ……みんな、違うのよ? 私だって本当に募金したかったのよ? 彼氏とのデートは二の次よ?」
 最後のデートが余計だな。
 こいつら生徒たちからしたら、このあと直帰でパパとママと健全なパーティーをするだけだろ。

「いやいや、先生さんよ。今更、言い逃れはできまい」
 女教師は「ぐぬぬ」と何か言いたげだ。
「そりゃコートを脱げないわけだ。それなら、そうと言ってくればいいじゃないですか、センセイ」
 ヤベッ、笑いが止まらん。
「DOセンセイ、鬼すぎ……」
 白金がぼやくが、俺は無視した。
 こんなにおもしろい大人様は久しぶりだからな。

 俺の高笑いに釣られて、周囲からはクスクスと笑い声が漏れる。
 女教師は顔を真っ赤にさせて、涙目で俺を睨む。

「気に入ったよ、先生。ちょっと、そこの女子よ」
 俺は先ほどまで話していたJCちゃんを呼び戻す。
「え? 私ですか?」
「さ、その募金箱を先生に渡してくれ」
「は、はぁ……」
 少女は首をかしげながら、女教師に募金箱を手渡す。

「これでこそ、平等だ! だから、俺はこのなけなしの金を今からこの先生、一個人に募金することに決めたぞ!」
 高らかに福沢諭吉を一枚、天に伸ばす。
 辺りから「おお!」という周囲の反応が心地よい。

「は? いいわよ、そんな大金。あなた未成年でしょ?」
「先ほども言ったでしょう。俺も同じ『センセイ様』なんですよ。収入はあるのだよ」
 俺はそう吐き捨てると、募金箱に諭吉をそっと入れてやった。
「あ、ありがとうございます……」
 屈辱をかみしめて、頭を下げる女教師。
 ああ、これだから大人様をいじるのは愉快でしかたない。


「もう気は済みましたか? 小説家の『DO・助兵衛』先生?」

 あれ? なんだろうな? なんだっけなぁ……。
 クリスマスイブにふさわしくないバカげた名前が……。
 ツンツンと俺の腰を突っつく白金に気がついた。