「誰だ、お前」
「え?」
「ここは子供の来るところじゃない。早く小学校に帰りなさい」
と俺は優しさから、少女を外へと追い出そうと背中を押す。
「ちょ、ちょっと待って!」
「うるさい、ママに言いつけますよ」
「イ、イヤー!」
俺と少女が自動ドアの前で来ると、受付のお姉さんが立ち上がった。
「あ、あの! そのちっこい人が白金です!」
「え……このガキが?」
俺は足元にいる未知の生命体を指さす。
「ガキとは失礼ですね! これでも私は成人した立派なレディーですよ♪」
そういって、自称成人ロリッ娘はウインクしてみる。
低身長で一三〇センチもないだろう。俺はこんな成人女性をこの世で見たことがない。
「お前が俺より年上だと言いたいのか?」
「ええ、そうですよ。新宮 琢人くん」
えっへんと偉そうに両腕を組む。
「じゃあ証拠を見せろ」
「え? 証拠?」
「そうだ、成人しているんだろ? もう第二次性徴は終えたのだろう? なら俺に見せてみろ」
俺がそう吐き捨てると白金は顔を赤らめて、自身の胸を両手で隠す。
「な、なにを言うんですか!? 女の子におっぱいを見せろなんて! あなたは変態さんですか!?」
「そんなことは自覚している。だが、お前の胸は貧乳とも呼べない。俺が見たい『大人の証拠』とは俗にいうおっぱいではない」
「じゃ、じゃあなんですか?」
白金が息を呑む。
「そんなもの決まっているだろうが。お前の股間。草原を見せろ」
「なっ!」
ボンッと音を立てて、顔が赤くなる。
「ほらどうした? 成人女性なら草が生えているのだろ? ちなみに俺は小学四年生の時、既にフサフサだったぞ?」
俺は自慢げに自身の股間を押し出した。
「そんなもの見せられるわけないでしょ! バカ!」
「ほう……ならやはり俺はお前をただのクソガキと認識するぞ」
白金は「ぐぬぬ」と悔しげそうにこっちを睨んでいる。
「み、見せればいいのね……」
「フン、だろうな」
「じゃあ……しかと見なさい!」
そう言って、彼女はワンピースの裾を豪快にたくし上げた。
俺の瞳に映るのは今時、小学生も履かないようなクマさんパンツ。
それを見た俺は鼻で笑う。
「やはりガキだな」
「本番はこれからよ。み、見てなさい!」
涙目でパンツに手を掛けようとしたその時だった。
「ストーップ!」
受付のお姉さんがデスクから飛び出し、俺と白金の間に入った。
「白金さん! あなたバカでしょ!?」
「だ、だって……この子が私のこと……」
「だってもクソもありません! 子供相手にむきになって……あなた大人でしょ?」
まるでダダをこねる子供を、お母さんが説教しているように見える。
ちなみに、白金の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。きったね。
「あ、あなた……私の裸が目的だったの!?」
「お前の裸なんぞに興味などない。俺は物事を白黒ハッキリさせないと気が済まない性分でな。だから、お前みたいなわけのわからん生物は正直言って……キモい」
「う……うわ~ん!!!」
泣いたぞ、これ。やっぱどう見てもガキだろ。
「ちょ、ちょっと、白金さん! 泣かないでよ、もう……」
受付のお姉さんは泣きわめく迷子を慰めるように、白金の頭をさすっている。
なにこれ、なんの喜劇?
「おい、俺はこんなバカに呼び出されたのか? 十代の貴重な青春時間だぞ? もう帰っていいか?」
そういって踵を返すと、小さな手が俺を止める。
「そ、そうはいかないんだからね、えっぐ……」
「たまごならスーパーで買え。俺の近所のスーパー『ニコニコデイ』がおすすめだ」
「そんなの、いらんもん! 私は仕事のお話がしたいの!」
「ほう、この天才の俺とクソガキが仕事の話ねぇ」
俺が笑みを浮かべると、白金は「バカー!」と言ってポカポカと殴りかかってきた。
「受付のお姉さん、らちがあきませんよ。俺、もう帰っていいですか?」
「あ、いや、ちょっと待ってね……コイツを大人しくさせるから……」
受付のお姉さんですら、『コイツ』呼ばわりか……。
しばらく待つこと数十分。
お姉さんにアメとムチで説教された白金は、瞼を大きく腫らせて戻ってきた。
「あ、あの、こちらから呼び出したのに……取り乱して申し訳ございませんでした」
「さすが、大人様だな。気持ちのいい謝罪だ」
白金は唇を噛みしめながら、エレベーターのボタンを押す。
「あの、なんで私のこと……外見を、そんなに疑ったりしたんですか?」
「さっきも言っただろ? 俺は白黒ハッキリさせないと気が済まないんだ」
「そうですか……じゃあ、ハッキリしたので、私のこと大人っぽいとか思いました?」
目を輝かせて、俺を見上げる未知の生命体。
「全く持って思わん。ただ、お前に対する第一印象は……」
「うんうん、きっとカワイイ! とか、キレイ! とか、彼女にしたい! とか……」
「キモい」
「……」
ひと時との沈黙をチーン! とエレベーターが目的の階についたことを知らせる。
「ふん! じゃあ、こっち来てください」
『ゲゲゲ文庫 編集部』とある。
「ゲゲゲ文庫? 聞いたことない名だ」
「ええ? 琢人くんって14歳でしょ? ライトノベルとか読まないんですか?」
「ライトノベル? ああ、なんか童貞に媚を売りまくりのイラストでどうにか売れている紙切れのことか」
「……いま、なんて言いました?」
この時ばかりは、彼女から凄まじい殺意の波動を感じ、それ以上は持論を持ち出すことはなかった。
「いや、忘れてくれ」
「そうですかぁ」
満面の笑みで俺を見上げる白金。
きっしょ!
「これが漫画とかでよく見る打合せ室か」
「えっへん! カッコイイでしょ?」
「いや、お前のことではない」
「むぅ。そこは素直に喜んでいいじゃないですか!」
イスに座るように促され、白金はポケットから小さなケースを取り出し、自己紹介をはじめた。
「えー、改めまして、私、ゲゲゲ文庫担当の白金 日葵です。よろしく、センセイ♪」
眼もとでピースしてウインク。
こいつの決めポーズか。
「キモいから、一々ウインクなぞすんな」
「かわいいって思ったくせに~ 嬉しいくせに~ 素直じゃないんだから、センセイは~」
「担当をチェンジで」
「うちはそういう店ではありません!」
言いながら、白金は名刺を俺に差し出した。
確かに博多社の社員であり、ゲゲゲ文庫の担当編集だ。
「その先生というのはやめろ。俺はこういうものだ」
お返しに中学校の学生証を見せる。
「いやいや、そんなの見ればわかりますし、センセイの本名は存じ上げております」
「そうか。だが、俺はまずこの……詐欺めいた話。出版だったか? 訳がわからん、それを説明しろ」
ガキ相手だと、偉そうになってしまうな。
「あのですね……さっきから年上に対して、偉そうですよ。私こう見えて二十四歳ですからね♪」
24歳? こいつがか? 嘘こけ。
「お前がか?」
「はい♪」
「キモッ……」
「……」
ジト目の白金を無視し、本題に戻す。
「大体、なぜ俺の本名や住所、それに電話番号まで知っている? あれか、出版社は個人情報を売買しているのか」
「んなわけないでしょ! まあそれについてはなんというか……」
どうも歯切れが悪い。
「ほれ見ろ、やはりやましいことでもあるんだろ」
「ないです! その……匿名のファンの方から推薦があったんですよ」
「推薦?」
俺は推されるほどのアイドルではない……。
「はい、センセイはオンライン小説で作品をずっと投稿されていますよね?」
「ああ。もうやり始めてかれこれ4、5年はな」
母さんにバレないようにコツコツと……。
だが、腐女子の力とコネクションには恐れ入る。
投稿し始めて、3日でバレた。
「一人の熱烈なファンの方からご連絡があり、センセイの作品をぜひ出版してほしいと……」
「……なるほど。だが、それと個人情報にどうつながる?」
俺がそう核心を突くと、白金の額は尋常ないほど汗が流れている。
おかしいな……もう俺はこのビルに入ってから、エアコンがガンガン聞いている部屋にいるせいか、汗なんざ乾いたぞ。
「そう来ましたか……」
「あれか? 探偵まがいのことして、俺の家の近所を徘徊……ストーキングしていたのか?」
「だからそんなことしませんってば!」
白金が机を叩きながら、身を乗り出す。
「その……本当にその個人情報の件については申し訳ないと思ってます……」
乗り出した身体を戻し、しゅんとした顔でうつむく。
「何か事情があるのか?」
「ええ、実はその匿名のファンは、センセイの個人情報を事前に入手していました」
「なにそれ、こわっ!」
「でしょ? ですから、このことはご内密でお願いします」
そう言って、白金は神頼みするかのように俺に手を合わせる。
俺はため息をついて、彼女の両手を膝に戻すように促した。
だが、一体誰が俺の個人情報を流した?
家族はありえない、友達なんざもう何年もいない。
クラスメイトか? それともバイト先か?
いくら考えてもわからん……。
「まあお前の言い分はわかった。だが、なぜファンの一声だけで、俺の作品を出版することになるんだ?」
「それがセンセイの作品はなんというか……ごくごく一部のファンにはすごく人気があるのですが……」
聞き捨てならんセリフをサラッと吐きやがったな。
「私もセンセイの作品を読んだところ、何が面白いのかさっぱりわかりませんでして……」
苦笑いがちょっとリアルに傷つく。
ムカつくがこいつは仮にも出版社の編集だ。
プロからの意見を初めて聞いたこともあって、グサッと刺さるものがあるのな。
「ふん、お前のようなクソガキに、俺の崇高な作品の面白さがわかってたまるか」
虚勢でもここは対抗しておかねば。
けど、胸のハートはズタボロ……泣きそう。
「ふん、お前のようなクソガキに、俺の崇高な作品の面白さがわかってたまるか」
わざわざ天神まで来たのに、ボロカス言われるとか……。
児童虐待で訴えてやりたいわ!
「ええ、センセイの言い分はごもっともです。編集部でもごく僅かですが……センセイの作品にすごく惹きつけられた人もいるんです」
ごく僅か……なのがムカつくが、まあ良しとしよう。
「ほう。やはりお前のようなクソガキではなく、大人様はよくわかっていらっしゃる」
「だ~か~ら、そういうことを言いたいのではないです!」
左右のツインテールを獅子舞のように振り回す。キモいからやめろ。
「つまり?」
「センセイの作品は極端すぎるのです」
「……?」
白金はキモいほどに、童顔で小学生の女児にしか見えないのだが、その時だけは立派な大人の鋭い眼をしていた。
「センセイの作品は、主に暴力を題材とした作品が多いですよね」
「フッ、まあな。俺は『世界のタケちゃん』の崇拝者だからな」
世界のタケちゃんとはお笑い芸人でありながら、映画監督である。凄まじい暴力描写とその美しい映像に定評のあるお方だ。
「ハァ……いわゆる中二病ですね」
「はっ? お前、俺の作品に文句つけるのはいいが、タケちゃんの映画をバカにしたら許さんぞ」
タケちゃん、誹謗中傷。ダメゼッタイ!
「そこにこだわっているのが、中二病特有の症例ですね」
え、俺って入院したほうがいいの?
どこか、中二病の病棟とかありますかね……。
「だが、俺にも一定数の読者がいるのだろう? その人たちがいなければ、この場もなかったわけだ」
「まあそれに異論はありませんが、先ほども言った通り、センセイの過激すぎる暴力描写、表現はライトノベル界ではあまり受け入れられない傾向があります。今はどちらかと言うと、夢がある異世界ものとか……」
そのワードを聞いて、俺は鼻で笑う。
「異世界だ? あんなものはただの現実逃避だろ? 死んでまで、手に入れたいとは思わんな。自殺願望が強すぎるんだ……。現実世界で何かを成し遂げろ!」
だから、あなたも生きて!
「そんなの、流行なんだから仕方ないでしょ!」
机をバシンと強く叩いて、怒りを露わにする白金。
※
「ならば、なぜこの天才の俺がライトノベルの担当に呼び出される?」
「それが他の作家さんや下読みさんに読ませたら、半数の作家さんたちが声を揃えて『おもしろい!』と言うのです」
「ふむふむ、さすが大人作家さんたちだな。よくわかっていらっしゃる」
「しかも必ず『他の作品はないのか?』と皆さん、しつこく聞いてくるんですよ……めんどくさ!」
「お前……最後のわざとだろ?」
人が気持ちよく聞いていたのに、クソがっ!
「……つまり、これはある種、我々編集部の賭けでもあります。センセイの作品をおもしろくないという人は大半ですが、一部の読者はセンセイの作品に一度ハマるとそこから抜け出せないくらい、のめり込む魅力があります。ですので……どうか、センセイの作品をオンラインに留めることなく……私たちで『紙の本』にしませんか!」
「……」
悪い気分ではなかった、大勢の大人たちが俺の作品を読み、皆が「おもしろい」と言った。
少しだけど……。
だが、この趣味は俺のものだけであり、それを販売すれば、読者や編集部の気まぐれで作品のクオリティが下がってしまうリスクもある。
迷っていた。
でも、誰かの手のひらが俺の背中を押そうと必死に感じる。
俺と一緒に数年間、歩んできた小説。
読者のみなさんだ。
「センセイ、ダメ……ですか?」
そう、この呼ばれ方も心地よい。
齢十四にして、大の大人(クソガキだが)が俺のことを『センセイ』と呼ぶ。
「おもしろい……」
「え?」
俺は気が付くとその場で「ハハハハハ!」と高笑いしていた。
その大声に、編集部の社員たちから視線が集まる。
「あ、あのセンセイ? 何がおかしいんですか?」
「いや、すまん……これが笑わずしていられるか、ハハハハハ!」
白金は首をかしげて、俺を見つめている。
覚悟なら決めた。
「いいだろう、今日から俺は『センセイ様』だ。お前の会社で出版させてやろう」
偉ぶった発言に、白金はジト目でしらける。
「その話し方、辞めたほうがいいですよ……中二病満載ですし、それに出版するのって、たくさんの大人やお金が動くんですから」
「俺のために、人材や金をとくと使うがいい」
「いやいや、本当に皆さん狭き門に向かって、頑張っているんですよ? センセイみたいな人、初めてです……」
呆れ顔で白金は用意していたと思われる茶封筒を取り出した。
中から数枚のイラストが机に並べられた。
「うちの看板イラストレーターさんたちです。どの方とタッグ組みたいですか?」
「タッグ? 俺はプロレスなんて知らんぞ? せいぜいが『ヒキ肉マン』の王位争奪戦ぐらいしか知らん」
「いや、範囲狭すぎでしょ」
「仕方ないだろ、この文豪でもある天才の俺はスポーツなぞ一切せん! 万年、帰宅部だぞ」
帰宅部と言う名のエース。
「意味が違いますよ……さっきも言った通り、うちはライトノベルです。ですから、表紙はこういうイラストレーターさんにご協力していただくのです」
並べられたイラストと呼ばれるものは全て女の子が全面に出ており、肝心の主人公はほぼヒロインの背後にいる。
女の子の肌の露出が多く、巨乳が多く、パンチラが多く、萌え要素が多く、オタクが書いたオタク読者のための小説となるのだろう。
「おい、なんなんだ。これは?」
「え? 気に入りませんか?」
「気に入るもなにも、肝心の主人公がほとんどモブと化しているではないか」
「まあ仕方ないですよ。ターゲットとしている読者さんは先生のような中二病を患った患者さんですし……」
おいサラッと読者をディスったぞ、こいつ。
「それにセンセイだって本屋さんで可愛い女の子のイラスト並んでたら、目に留まりやすいでしょ?」
悔しいぐらい正論だ。
この前なんか本屋で表紙に釣られて、売り場を歩いていたら少女マンガコーナーにたどり着いてしまった。
あの時の、女子たちの「てめぇ、男が来ていいとこじゃねーんだよ!」オーラは半端なかったな……。
「う、まあ確かに『かわいいは正義』に異論はない。だがな、俺の作品は基本、男に媚びた作品は書いてない。全員、男が主役だ。モブも込めてな」
ホモじゃないよ?
「確かにそうでしたね……どうしましょ?」
「じゃ、この話はなかったことで!」
そう言って俺が席から立ちあがると、白金が俺の手にしがみつく。
「ちょ、ちょっと待って! 良いイラストレーターさん捕まえますから!」
「この天才を唸らせるような画家などいるか!」
俺たちが大声で押し問答していると、エレベーターが開く音がした。
「あ、白金さん。今回のは自信ありますよ!」
その一声で俺は動きを止めた。
なぜならば、目の前に現れたのが人間ではないからだ。
そう言葉を発する生き物は眼鏡をかけた巨大な豚だ。
いやいや、落ち着くのだ琢人よ……人生で一日に二回も未知の生命体と出会うものか。
「トマトさん! 良いところに来ました!」
「トマト?」
そう呼ばれた豚は、汗をだらだらと流し、萌え絵のハンカチで額を拭いている。
汗で濡れたシャツは大雨に打たれたようにびしゃびしゃ、肌が透けて乳首まで丸見えだ。
これって、なんの拷問?
俺の前を通り過ぎる豚が、白金にたずねる。
「白金さん、この少年は?」
「あ、この方はつい先ほどデビューが決まった作家さんです」
勝手に決めるな!
「これはこれは……小説家の方でしたか。私、イラストレーターやってます、トマトです」
トマトだと? お前には到底、似合わないペンネームだ。トマトに謝れ。
せいぜい、お前が似ているのはそのフォルムだけだ。
そんなにトマトが好きなら毎日リコピンだけ摂取しまくって痩せろ!
だが、見るからにここにいるクソガキの白金とは違い、年上に見える。
ここはそれ相応の対応をせねば……。
「はじめまして、俺は新宮 琢人です」
立ち上がるとしっかり頭を深々と下げる。
「ええ! なんでトマトさんだけ年上扱い!?」
と俺の隣りでバカが騒ぐ。
「ハハハ、白金さんは童顔ですからね」
「あれは童顔とかいうレベルじゃありません。多分、どっかの惑星から侵略にきたキモい生き物に違いありません」
「聞こえてますよ!」
白金を無視し、トマトと名乗る豚と二人で会話を進める。
「あ、これ。僕が書いているイラストです」
トマトさんが差し出した一枚のイラストに、俺は目を奪われた。
ゴミが溢れる路地で、ガチムチマッチョの男が血だらけになりながらも、這いつくばっているものだった。
なんか、こうズシンと来た。
男は中年に見える。
黒服のスーツがビリビリに破れている。
恐らく誰かと戦ったあと、命に代えてもどこかへ、なにかを伝えるために必死に足掻いているのだろう。
「素晴らしい……」
俺は圧倒的な画力に衝撃を受けていた。
「これ……本当にトマトさんが描かれたんですか?」
「ええ、汚い絵ですみません……」
トマトさんはエアコンがガンガン効いた部屋の中だというのに、滝のように汗を流している。
「汚いなんてご謙遜を……この絵は俺の小説に出てくる主人公にぴったりです」
「そ、そうなんですか? なら差し上げますよ」
「いいんですか?」
やった! タダでゲットだぜ!
「はい……僕、いつも白金さんにダメ出しばっかりうけているんです。『トマトさん、童貞だから女の子の身体がわかってない。仕方ないから女子高の校門で待ち伏せて、JKを盗撮してこい』っとかて……」
「それ犯罪じゃないですか? このクソガキに騙されてますよ、絶対」
「エ~、ワタチ、まだコドモだからワカンナイ」
今時アヘ顔でダブルピースか……。
「いっぺん死んで来い」
「ハハハ、白金さんともう仲良くなられたんですね」
おい豚。あんま調子こくなよ?
※
「新宮先生はまだ学生さん?」
「ええ、中学二年生です」
「いやぁ、すごいな~ 僕なんか20代なのにまだまだ食っていけないよ」
「いえ、プロのイラストレーターさんとして誇るべきですよ」
「すいません……なんかさっきから私抜きで話を進めてません?」
俺とトマトさんを交互に睨む白金。
わがままっ娘だな。
「ああ、子供は帰ってゲームでもしてなさい」
「はいはい、じゃあ帰って『超ヒゲ兄弟』でも……って帰るか!」
ふむ、下手くそなノリツッコミだな。
「でも、これで出版決定ですね♪ パートナーはトマトさんで決まり!」
「え、僕なんかとでいいんですか!?」
「いいんでしょ? センセイ」
上目遣いがあざとくてムカつく。
「む……確かにトマトさんなら、俺の作品を任せてもいいです」
「やった~! これで二人の合作が出版されますよ♪」
白金がトマトさんと手を叩いて、喜びを分かち合う。
「苦節十二年……やっとデビューまで漕ぎつけた……」
トマトさんは感激のあまり、人目もはばからず、号泣している。
「じゃあ、イラストはトマト先生。原作は『絶対最強戦士 ダークナイト』センセイで決まりですね♪」
「……」
なんだろう。なんだっけな~
どっかで聞いたかもしれんが、まあ一応聞いてみよう。
「そんなダサい名前の小説家がいるのか?」
「ダサいって……ご自身のペンネームでしょ?」
俺もトマトさんに影響を受けたのか、室内が暑く感じ、わき汗が滲むのがわかる。
「どこでその名前を知った?」
「センセイのペンネームは『絶対最強戦士 ダークナイト』でホームページに登録してましたよ?」
俺の黒歴史だ。
そうだった…忘れていたんだ。
頭の片隅に丸投げしていて、自分の良いように記憶を改ざんしていたに違いない。
ああ、時を戻せるなら戻したい。
オンライン小説に初めて投稿したのが小学校の四年生の終わりぐらいだったか……。
当時の俺は
「めちゃんこカッコイイ名前にするお!」
と、その場で考えた名前を五年も登録したまま、改名するのを忘れていたのだ。
そう、ただただ作品だけにこだわり続けた結果、ペンネーム改名という行為に頭が回らなかったのだ。
うう……死にたい、こんな名前で俺はデビューするのか?
書店にあの中二臭い名前が本棚に並んだら、もうお嫁にいけない。
「あの、ダークナイトセンセイ?」
「俺をその名で呼ぶな! 頼むから」
にひん! と笑みを浮かべる白金。
俺の弱点を見つけたとでも、言いたげだな。
「いひひ……どうしよっかな~」
「頼む! その名前だけは絶対に嫌だ!」
「誠意が見えませんね~」
ロリババアのくせして!
だが、やむを得ない……。
「この通りだ! 頼む!」
俺が恐らく人生で初めて頭を下げると、ほくそ笑む白金のおぞましい顔が想像できる。
「仕方ないな~ まだまだ琢人くんもおこちゃまですもんね~」
このパイ〇ン女が……いつか必ず殺す!
「じゃあ、改名しますぅ?」
そのちっさい二つの鼻の穴に、俺のぶっとい指をぶっこんでやりたいぜ。
※
だが、いざ改名と言われても、五年もペンネームなんて考えていなかったもんな……。
待てよ、俺がデビューするということは俺の作品が、作家名がクラスでバレることもあり得る。
ここは……。
「そうだな……『DO・助兵衛』で頼む」
俺は自信ありげにそう言う。
反して、白金とトマトさんの表情が凍りつく。
「センセイ……真面目に考えてます?」
「そ、そうですよ。デビューするんですよ? そんな名前、フザけすぎですよ」
説得しようと焦るトマトさんのおっぱいが激しく揺れる。
頼むからこの拷問を止めてくれ。
「いや、トマトさん。俺は至って真面目に考えましたよ……」
「では、一体どんな意味が……」
トマトさんは俺の命名したペンネームに驚愕のあまり、数歩退く。
だが、俺にはその反応が予想の範囲内であり、自信満々に答える。
「つまりはこうです。俺は今まで『絶対最強戦士 ダークナイト』て通ってました……ですが、デビューするとなれば、クラスの奴らが目をつけるかもしれない! そうなったらすぐに噂が広まり、クラスのいい笑いもの。コミュ障の俺ではあんなリア充どもなんて、太刀打ちできない! だからそれだけは阻止したいのです」
「そ、そういう理由であれば、尚さら……」
「尚さら、この天才……つまり、俺とは思えないようなバカな名前がいいでしょう」
「え……」
俺の説明に固まるトマトさん。
「ダークナイトも十分、バカそうですけどね……」
なんだろな……エアコンが効きすぎてませんかね、このビル……。
あれは去年の暮れの出来事だった。
「へっくし!」
俺は例年以上の大雪の中、天神のメインストリートとも言える渡辺通りを歩いていた。
クソ出版社に通うになってからというものの、少しずつだが通り名もなんとなく把握しつつあった。
「あんのクソガキ、この天才をこんな日に呼びつけるとは何事か」
そう吐き捨てながら、すれ違う人々を睨む。
「ひっ!」
「不審者!」
誰がだ? このリア充どもが!
こんな平日によくもまあこんなにゴミのように集まれるものだ。
「恵まれない子供たちに募金をおねがいしまぁ~すぅ!」
「ちっ、どこの理系女子だよ……」
数十メートルも一列に並んだ少年少女たちが募金箱を持って、大声で叫んでいる。
健気なことに皆、薄手の制服で立っていた。
ダッフルコートを着ている俺でさえ、ガクブルだというのに、これは立派な児童虐待と言えよう。
彼らの最後尾まで目で追う。
列の最後に立っていたのは、若い女だった。
どうやらこの学生たちの責任者だろう。
だが、俺はここであることに気がついた。
生徒たちは手足を震わせながら、街行く人々に声をかけている。
そんなこと、このリア充どもには声など届かん。
なぜなら、今日は12月24日。
リア充によるリア充のためだけの特別な日だからだ。
そう、クリスマスイブ。
かくいう、この天才も暇を持て余しているわけではない。
だが仕事となれば、話は別だ。
暖かい家に帰りさえすれば、「さあ楽しい楽しいパーティーのはじまりだぁ!」がはじまるのだ。
まあ俺の予定はさておき、この哀れな学生たちを見逃すことがどうにも引っかかる。
なぜならば、責任者である女は自分だけ、分厚いダウンコートに手袋までしている。
これだからは大人様は……。
「おい、お前ら学生か?」
「あ、はい! 中学生です。今、募金をしているんです」
「そんなのは見ればわかる」
「よかったら!」
一人の少年が目をダイヤのように輝かせ、俺にササッと募金箱を差し出す。
いや、俺はそんなしょうもうない箱に入れる金は持ち合わせてはいないぞ?
まあチワワみたいで可愛いくも見えるのだが。
「なあ、お前らはこんなクソ寒い大雪の中、一体なにをしている?」
「募金ですけど……」
「それは偽善行為、自己満足でしかないな。お前自身、この行動に何を感じる?」
少年は俺の問いに戸惑い、隣りの少女に「変な人が来た」みたいな顔で問いを振る。
「あの……私たちは貧しい国の……恵まれない子供たちに暖かい毛布や食事を送りたいんです」
少女がこれまたダイヤのように純真無垢な目で俺を誘う。
これは新興宗教か何か?
騙されんぞ! JCごときにこの俺が屈することなど……。
「そんなのはその国自体に問題があり、政治家にでも任せろ。お前らには一切、関係ない。大人様にでも任せておけ。それこそ、俺たちの知らんところで政府が助けている可能性もある」
ソースは都市伝説!
「で、ですけど……私たちの気持ちは本物です」
う、そんなに見つめるな! 可愛すぎるぞ!
「いいか、目を凝らして周りをよく見ろ! お前らは騙されているのだ! これは陰謀だ!」
「陰謀って……」
JCちゃんの口元が引きつる。
「だがな……お前たちの気持ちだけは認めてやる」
「あ、ありがとうございます♪」
そう見つめるJCちゃんは頬を赤らめて、手足を震わせている。
かわいそうで、抱きしめたくなっちゃう!
「あの……お兄さんのお気持ちだけでいいんです……よかったら、募金に協力していただけませんか?」
募金箱を突き出す。
なにこれ、新しい武器なの? 殴られたら痛そう。
俺はため息をつき、「どうしようもないバカだな」と呆れかえる。
「仕方ない」
そう言うと、JCちゃんとDCくんが顔を明るくさせる。
「「募金、ありがとうございます!!」」
深々と俺に首を垂れる。
「勘違いするな」
「え?」
「俺は募金するなぞ、一言も発しておらんぞ。そのなんだ……俺にはお前らの方がよっぽど! 恵まれない環境にいるように見えるぞ」
「……?」
「おいそこの女子よ」
「私ですか?」
DCでも良かったのだが、可愛かったのでJCを指名した。
「お前に問いたい。さっきこう言ったな? 『恵まれない子供たちになんちゃらかんちゃら』と」
JCちゃんの発言は記憶していたが、恥ずかしいので皆までは言わずした。
「そうですけど……」
「今のお前らを見ろ、すぐにでも凍え死にそうだ」
左手でアホみたいに並んだガキどもをなぞるように、腕をピシッと伸ばす。
だが、そんなパフォーマンスにはJCちゃんは臆することもない。
「いえ! そんなことは全然ありません! むしろ私たちは恵まれない子供たちのことを思うだけで、こう……。胸が熱くなってくるんです! だから今もポカポカした気持ちです♪」
そうは言うけど、今もめっちゃ震えているやん。
俺はポカポカしているらしいバストに目をやると、ふくらみかけの乙ぱいが最高にイイ感じだ!
目をそらして、咳払いをする。
「オホン! いいか。お前らのような中学生がなぜこんな所で募金などという偽善行為に加担しなければならないのだ? お前らは見たころ、二年生ぐらいだろ?」
「そうですけど」
だよね。微妙な乳加減が中二少女って感じです。
「三年生になったらどうする? 当然、高校受験があるだろ。来年もやらないなら、立派な偽善行為だろが! つまりお前らが来年の今頃は、暖かい自宅で受験勉強に勤しむわけだ……」
「そ、それは……」
JCちゃんの目に涙が浮かぶ。
ヤベッ、ちょっと言い過ぎたかも? てへぺろ♪
「ちょっと、あなた! うちの生徒になんなのよ?」
騒ぎを聞きつけ、一人の若い女が俺の前に立ちはだかった。
コイツが、犯人か……。
「ちょっと、あなた! うちの生徒になんなのよ?」
寒空の中、薄着で立っている中学生たちとは対照的に、暖かそうなコートで厚着した若い女が、俺に突っかかてくる。
「あなたさっきから聞いていればなんなんですか?」
「率直な感想を言ったまでだ。それと、俺が文句を言いたいのはお前だ、女!」
俺はビシッと「犯人はお前だ!」的な感じで指をさす。
決まったな。
「はあ!?」
「お前、こいつらの責任者。つまり担任の教師だろう?」
「そうですよ、ちゃんと保護者の方にも許可を取ってますし、だいたいこの募金は毎年、本校の行事の一つです」
え……なんてブラック校則。
「そんなもの、さっと今日でやめちまえ! フン、偉そうに語るな! 女!」
辺りがピリッとする。
周囲には見物人ができていたが、俺は構わず続ける。
「ガッコウの決まり事だろうが、なんだろうが……だいたい、こいつらはなぜ制服だけなのだ?」
「そ、それは……本校の中学生ですから当たり前です」
確かにJCの制服は、人間国宝なのは認める。
「意味がさっぱりわからん。なぜ教師のお前だけコートの着用が許され、こいつらは許されていないのだ?」
「ま、迷子にならないため……とか。何より学生である身分が見ればすぐにわかるから……ですよ!」
女教師は反論するが、しどろもどろだ。
「そんな理由でガキどもをこんな寒い日に! クリスマスイブに立たせるな!」
少年少女は俺に釘付けだ。
かっちょええ、俺ってばさ。
「べ、別にあなたには関係のないことでしょ!」
「大有りだ! 視界に入るだけで吐き気がする。だいだいだな、クリスマスイブとかいう日は、いつからこんなクソイベントに成り下がったのだ?」
「はぁ?」
「俺の記憶では……クリスマスイブとはだな。赤いサンタさんが夜中に『ほっほほ、いい子にはプレゼントじゃ♪』と布団におもちゃを置いてくれる優しいおじさんが、わざわざどっかの国からおうちに遊びに来てくれる一大イベントなんだぞ!」
「「「……」」」
一同、沈黙する。
あれ? みんなもうサンタさんを信じてないの?
「それがなんだ、街を歩けば、カップル、アベック、彼氏彼女……乱交パーティーじゃないか!」
「あ、あのね、君はいったい何が……」
「まだ話は終わっておらんぞ、女。それだけでも、俺はこの天神を歩く際、イライラがマックスだというのに、こんな偽善行為をされてみろ? 俺が帰ってウハウハしながら、一人パーティーしているのが寂しすぎるだろが!」
俺の持論に呆れかえる女教師。
「……ねえ、それってあなた自身に問題があるんじゃない? ただのひがみよ。私たちの邪魔するなら帰ってくれる?」
「断じてひがみなどではない! 不愉快なだけだ! それにお前らの方がよっぽど俺の仕事を邪魔しているぞ?」
「しごとぉ? 君、見たところ未成年でしょ?」
あざ笑うかのように、女教師は俺を見下す。
「だからなんだ?」
「子供は早く帰りなさい!」
「俺は社会人だ!」
睨みあう二人に、一人の少女が間に入った。
「ケンカはらめぇ!」
聞き覚えがある。
幼く甲高い……いや、忌々しく気持ちの悪い声だ。
「DOセンセイ! こんなこところで油売ってないでさっさと打合せしますよ!」
くっ、おまえが一番「らめぇ」な人間だ、クソ編集白金めが。
しかも今日のファッションと言ったら、リボンまみれのファーコートだ。
フードが耳付きとか……。
こいつ絶対、安い理由で子供服を購入しているだろ?
「センセイ……?」
女教師とその子分……じゃなかった少年少女がキョトンとしている。
「そうだ、俺はお前と同じ『センセイ様』なのだ! わかったか、この虐待教師が!」
「な! なんですってぇ……」
女教師は両手で拳を作って、怒りを露わにしている。
「ふん、感情的になるということは、図星のようだな。わかったらお前もさっさとコートを脱げ! そうしたら、今の発言を撤回してやるぞ」
俺は「やったぜ!」と笑みを浮かべる。
「なんでそうなるのよ!?」
「お前の可愛い生徒たちが震えながら、寒空の中がんばっているのだ。可哀そうだとは思わんのか? 女、教師ならばお前も同じ立場になるべきじゃないか」
「な! ……わ、わかったわよ! そうすれば、あなたは満足?」
胸元をさっと隠して、頬を赤らめる。
「ああ、大満足だとも……」
「脱げばいいんでしょ!」
「なんかDOセンセイって、いつも人に脱衣させてません?」
隣りの白金がため息交じりに苦言を漏らす。
「まあ黙ってみていろ、白金よ」
女教師がコートを脱ぐと、真っ赤なシースルーのワンピースをまとった痴女が現れた。
胸元もパッカリ開いていて、背中もスケスケ、おまけに国民的アニメの少女のようなミニ丈。
パンチラ祭りじゃわっしょい!
これはプレイだ、しかもかなりの高度な放置プレイ!
「これで……満足?」
そういう女教師は恐らく寒さからではなく、恥ずかしさから顔を赤らめて、小刻みに震えている。
胸元を隠し、身体を丸めている。
これも寒さからの行為ではあるまい。
「ほう……これはこれは、いい趣味をしてらっしゃる。さすがは大人様だな!」
俺は手を叩いて歓喜した。
すると周囲からも拍手があがる。
「ヒューヒュー!」
「いいぞ姉ちゃん!」
「そんな格好されちゃ、おっ立って募金したくなってきた!」
ふっ、これが琢人マジック。
てか、最後のやつ、アウトじゃん。
「胸デカッ、エロッ! まるで痴女じゃん……」
白金も唖然としていた。
「こ、これは彼氏が……」
生々しい言い訳だった。
「「せ、先生……」」
少年少女が「見ちゃいけないものをみちゃった……」って顔で女教師を見つめる。
「傑作だな、先生さんよ。つまりはあれだ。あんたは彼氏のご趣味でプレイ中だったわけだ!」
俺が高笑いしていると、次々とギャラリーが増え、もうこれはコスプレ会場ですな。
「少年少女よ!」
そう叫ぶと、一斉に視線が集まる。
「この先生はな! 君たちには『通年行事だ』とぬかしつつ、肌寒い制服で募金させていた! だが、自分は教師という身分でありながら、このハレンチな格好で絶賛、羞恥と放置のミックスプレイ中だ!」
「プレイとかじゃないわよ!」
女教師のツッコミを無視し、続ける。
「このあと、君たちが信頼していた先生は楽しい楽しいデートが待っている……そう、つまり彼氏に『ねぇ、キミは可愛い生徒たちの前でこんな恥ずかしい格好して募金してたんだろ? 興奮したろ?』とか言われ、センセイは『もう待てないわ! 抱いて!』とか言って、ワイン片手にズッコンバッコンなわけだ!」
「「……」」
純真無垢な生徒たちが汚物を見るかのような目で、痴女を見つめる。
「ち、ちがっ……みんな、違うのよ? 私だって本当に募金したかったのよ? 彼氏とのデートは二の次よ?」
最後のデートが余計だな。
こいつら生徒たちからしたら、このあと直帰でパパとママと健全なパーティーをするだけだろ。
「いやいや、先生さんよ。今更、言い逃れはできまい」
女教師は「ぐぬぬ」と何か言いたげだ。
「そりゃコートを脱げないわけだ。それなら、そうと言ってくればいいじゃないですか、センセイ」
ヤベッ、笑いが止まらん。
「DOセンセイ、鬼すぎ……」
白金がぼやくが、俺は無視した。
こんなにおもしろい大人様は久しぶりだからな。
俺の高笑いに釣られて、周囲からはクスクスと笑い声が漏れる。
女教師は顔を真っ赤にさせて、涙目で俺を睨む。
「気に入ったよ、先生。ちょっと、そこの女子よ」
俺は先ほどまで話していたJCちゃんを呼び戻す。
「え? 私ですか?」
「さ、その募金箱を先生に渡してくれ」
「は、はぁ……」
少女は首をかしげながら、女教師に募金箱を手渡す。
「これでこそ、平等だ! だから、俺はこのなけなしの金を今からこの先生、一個人に募金することに決めたぞ!」
高らかに福沢諭吉を一枚、天に伸ばす。
辺りから「おお!」という周囲の反応が心地よい。
「は? いいわよ、そんな大金。あなた未成年でしょ?」
「先ほども言ったでしょう。俺も同じ『センセイ様』なんですよ。収入はあるのだよ」
俺はそう吐き捨てると、募金箱に諭吉をそっと入れてやった。
「あ、ありがとうございます……」
屈辱をかみしめて、頭を下げる女教師。
ああ、これだから大人様をいじるのは愉快でしかたない。
「もう気は済みましたか? 小説家の『DO・助兵衛』先生?」
あれ? なんだろうな? なんだっけなぁ……。
クリスマスイブにふさわしくないバカげた名前が……。
ツンツンと俺の腰を突っつく白金に気がついた。
「もう気は済みましたか? 小説家の『DO・助兵衛』先生?」
その場にそぐわない名前から、ざわつきだす少年少女たち。
「白金くん、君は誰のことを言っているのかな?」
「いやいや、そんなフザけた名前はあなただけでしょ?」
白金がジト目になっている。
ヤバい、こいつの攻撃ターンになっているぞ。
「ハハハ、これだからは子供は……ささ、ママのところまで送りまちょね」
「私はれっきとした成人女性です!」
クソッ! お前のキモい体型を使って逃げようとしたのに。
「なんのことやら……俺と君はたぶんあれだ。どこかの遊園地で迷子的な出会いをしただけだろう?」
「言い逃れ……できませんよ? センセイだって、さっきあの女性に言ってたでしょが!」
「な、なんのことだ……」
フケもしない口笛で、ごまかす。
「平等でしたっけ……?」
ニヤけだしやがった……図ったな!
「センセイのペンネームも暴露してこそ、ここは平等ということですよ。DO・助兵衛先生♪」
するとどこからか
「プッ、ダッセ!」
「スケベだってさ」
「自分が一番の羞恥プレイだよな」
俺はそんな性癖を持ってないよっ!
「ガッデム!」
両手で激しく頭を左右に振り回す。
「あ、あなた……ホントにそんなバカげた名前で活動しているの?」
女教師が憐れむような眼でこっちを見る。
あたかも「きっとこの子もいろいろあったのね……」みたいな近所のおばちゃん的な目でみるな!
「そうですよね~ DOセンセイ♪」
「クソガキ、お前あとで覚えてろよ」
「文句はあとで聞きますから、ささっ、お仕事お仕事♪」
いつか殺す……いや殺すだけじゃ物足りない。
ここはどっかのロリコン御用達の風俗店に「合法ロリですよ、タダであげます」と性奴隷にしてやろう。
「お前のせいで、俺の評判はがた落ちだ!」
「DOセンセイの評判なんて、ネットでボロカスですよ」
俺は白金に手を取られ、その場から連れ出される。
人込みを掻き分け、すれ違いざま何度も
「スケベ」
「ヘンタイ」
「性の権化」
と、ディスられるおまけつきだ。
だが、去り際に一つの声で呼び止められた。
「あ、あの……ドスケベ先生!」
そのストレートすぎる直球は、俺の眉間に直撃し、気絶するところだった。
俺を呼び止めたのは先ほどのJCちゃんだ。
「おい……そこは『お兄さん』とかでいいんだよ? それに俺はドスケベではなく『DO・助兵衛』だからね」
そう言い直すと、少女はクスクス笑っている。
「でも、私は素敵な名前だと思いますよ」
この少女は、中学校であの痴女教師に洗脳とかされているんだろうか。
「あの、これ……忘れるところでした」
差し出したのは一つの人形。
フェルト生地のサンタクロースのキーホルダーだった。
「なんだこれは?」
「募金された方には全員にお配りしています。私たちからのクリスマスプレゼントです♪」
なにこれ、施しを受けたみたいで、こっちが可哀そうなんですけど?
女子からクリスマスプレゼントもらうなんて、初めてなんですけど!
「これは……手作りか?」
「はい、みんなで徹夜して作りました」
嫌だ。泣けてきた……。
「そうか、お前らもあんなハレンチ教師じゃ、いろいろと苦労するな」
俺がそう突っ込むと、また少女はツボにハマり、クスクス笑いだす。
何がおかしいの?
あーあれね、ハシ落としたり、駅のハゲ見たりして笑う年ごろね。
「うまく言えないんですけど……きっと、あなたにもいつか……クリスマスを一緒に過ごせるひとが現れると思います」
少女は満面の笑みで俺を見つめている。
正直、惚れそう。
君がそのひとになってくれるの?
「お、俺に……?」
予想外の言葉に動揺する。
「DOセンセイ、さすがにJCに手を出したらダメですよ~」
耳元でバカが俺に囁く。
「なぜそう断言できる? 俺はこう見えて、もう何年も友達すらいない。なぜ年下のお前がそうも言い切れるのだ?」
「だって……ふふふ」
「な、なにがおかしい?」
「見ず知らずの私たちに気を使ってくれて……大人の先生に啖呵を切る人、初めて見ましたもん。ドスケベ先生は、きっと優しいひとなんだろなって思いました」
人の性格を読書感想文のようにまとめるな!
「ま、まあ……俺は白黒ハッキリさせないと気が済まない性分なのでな。お前ら生徒たちだけが薄着なのが、不平等と感じただけだ」
「確かにすぐケンカになっちゃいそうな性格ですね」
「まあ……な」
「でも、私は素敵だと思います。どうかあなたにも良いクリスマスイブを過ごせますように」
そう言うと、少女はその場で祈りをささげた。
この子は女神か?
じゃあ、この場で君が俺の彼女になってくれ!
俺ならこの子を幸せに、(いっぱいエッチなこと)してあげるのに。
「お、おう……」
「へへ、DOセンセイたらJCに照れてやんの!」
「お前はあとで覚えてろよ」
「あっかんべー!」
少女は最後まで、俺に手を振っていた。
だが、彼女言った言葉、なぜかグサッと来た。
あの少女のセリフはなんの信ぴょう性もないのに、なぜか予言めいたものを感じる。
なんだこの胸の高鳴りは……。
例の募金騒動を終えると、俺と白金は天神にある博多社のビルで、次作に向けて打ち合わせを始めた。
「DOセンセイ。それにしても……さっきの女先生への発言は酷すぎですよ」
「なにが酷いんだ? 俺は正論を言ってやっただけだ」
「はぁ……じゃあ原稿を見せてください」
「じゃあ……とはなんだ? おまえが呼び出したくせに、この天才の原稿を提出されることを、光栄に思え!」
「はいはい、じゃあ天才センセイのアイデアをもらいましょうか」
鼻をほじりながら、話すな!
俺はリュックサックから、原稿を取り出し、机の上に置く。
それを白金が「では、拝読させていただきます」と一礼してから、目をやる。
今回のは初めての短編だ。
原作については俺の発案でほぼストーリーを決めていたのだが、今回は編集の白金から宿題が出た。
その理由は俺の作品の発行部数が関係していた。
現在の『DO・助兵衛』作品が単行本にされたのは、残念なことに3冊のみだ。
処女作。『ヤクザの華』は一冊目こそ、「ライトノベルなのに大人向け」とか「残虐な描写がたまらない」とか、一定数の評価は得られた。
売り上げも好調だった。
これは古くからの俺のファンがライトノベルユーザーへの布教が入ってたらしい。
一巻こそ売れ行きや評判は上々だったのだが、そうはうまくいかない。
大半のライトノベル読者は二巻で
「つまらない」
「萌えない」
「可愛い女の子がいない」
など、文句を垂れる始末。
ネットでもレビューが大荒れ。星がゼロに等しかった。
三巻でそのクレームを白金が考慮し、「女キャラ出しましょうよ」との強引なテコ入れを行った。
当然、ヤクザな主人公なわけだから、女も極道なわけだ。
萌える要素なんて、これっぽちもないに決まっているだろう。
そして、打ち切り……。
見かねた編集の白金が「次は、流行りの異世界でやっちゃいましょう!」との提案を元に、今回初のファンタジーを書いてきた。
自信作だ。
あの白金も俺の原稿を読みながら、目を光らせている。
そうかそうか、おもしろすぎるんだな。
出版決定、重版決定だ。
夢の印税生活、ヒャッハー!
だが、俺の予想と反して、原稿を読む白金の顔はどんどん険しくなっていく。
「……」
読み終えると、眉間にしわを寄せて、こめかみに手をあてる。
どうやら、なにか言葉に詰まっているようだ。
「今回のはすごいだろ。壮大なファンタジー長編になるぞ」
俺は胸を張って笑みを浮かべる。
「チッ、クソみえてぇだな……」
「は?」
「クソですよ、キングオブウンコ、ウンコオブジエンド」
てめぇは、何回クソを連呼するんだ!
俺の小説は肉便器じゃねー!
「そ、そんなはずは……俺は確かにお前が言った通り、王道の異世界ものを書いてきたぞ!」
「コレがですか?」
原稿をゴミのように雑に扱う白金。
酷い! 俺が徹夜で書いた小説を……。
「ちょっと、私が読んでみていいですか?」
「おうとも!」
すると、白金は小学生が授業参観で「未来の私へ」みたいなキモい喋り方で読み始めた。
タイトル
『中年ヤクザ。抗争中におっ死んだけど、異世界に転生してユニークスキル違法薬物を使い、世界をハッピーにするぜ!』
俺の名前は、中毒組の若頭、とらじろう。
確か、抗争中に俺は……。
目の前は、真っ白な雲が一面に広がっていた。
ここは天国か?
「とらじろう。中毒組のとらじろうよ……」
一筋の光りと共に、美しい女神が現れた。
「なんだってんだ? ここは……あんたは誰だ?」
「私はこの世界の神です。シャブ中で死んだあなたを召喚したのです」
「ウソだろ……俺は鉄砲の弾食らっておっ死んだんじゃ……」
「いえ、ただのオーバードーズです」
我ながら、幸せな死に方したんだな。
「そんな、クズのあなたにチャンスをあげます」
「は?」
「この世界を救ってください」
女神が言うには、この世界を魔王から救ってほしいのだとか。
俺がこの異世界で生きていくため、チートスキルをくれるという。
だから、俺は現世でも役立ったものを、女神に頼んだ。
異世界に舞い降りた俺は、まず国王をシャブで操り、城内を違法薬物(ユニークスキル)で腐らせて、マインドコントロールしてやった。
全兵をシャブ中にして、泡吹きながら魔王軍にカチコミ入れてやるのさ!
「てめぇが魔王組の組長か!?」
聖剣ドスカリバーを構え、俺は魔王に奇襲をかける。
「人間の分際で……このわしに」
魔王が毒の息を吐く。
だが、そんなことに臆する俺じゃない。
シャブが常に体内に入っているから、いつでもハイなのさ。
「なっ! わしの毒がきかぬだと! 貴様、まさか女神の聖水を……」
「そんなもん使ってねーさ。俺は転生スキルをシャブ漬けにしているのさ! だから毒なんてハイにもらないぜ!」
魔王は腹を切り裂さかれると、膝をつく。
「このわしが……お前ごときに……」
「ガタガタうるせぇ! お前もシャブを食らえ!」
引き裂いた腹のなかに、真っ白い粉をぶち込んでやった。
一分後……。
「……うわぁい♪ ここはどこ?」
どうやら、幼児退行しちまったらしいな。
いきなり末期になるとは、ハッピーな奴だぜ。
「フッ、天国だ!」
シャブ漬けになった異世界は、違法薬物でみんなハッピーな気持ちになれましたとさ。
了
読み終えると白金はため息をつく。
「はぁ……」
「泣けるな、ラスト」
この一か月、慣れない異世界アニメを見て勉強したからな。
感動もののファンタジー巨編だ。
「バカですか? これのどこが異世界ものなんですか?」
「は? 俺はちゃんと王道にしたぞ? 冒頭で主人公を死なせて、女神からスキルをもらって、魔王を倒し、異世界を救ったじゃないか」
「こんの……アホぉぉぉ!」
キンキン声が窓ガラスを激しく震わせる。
思わず、俺は耳を塞ぐ。
周りにいた編集部の社員たちも同様だ。
「うるさいぞ、貴様!」
「なんで転生するのに、死に方がオーバードーズなんですか!? こんな転生するやつは一般人じゃないでしょ! しかも女神もなんで与えるスキルは違法薬物なんですか? こんなのみんなが憧れるチートスキルじゃないですよっ! このヤクザなら現世でもやれたことでしょ? 読者は非日常的なファンタジーライフを求めているのに、アングラすぎるんですよ! 最後なんて、『違法薬物でみんなハッピーな気持ちになれましたとさ』って、この世界の住人がオーバードーズで全員死んでるでしょうがっ! バッドエンドすぎます!」
「バッドエンドもあれだ。今流行りの『ざまぁ』とか言う王道だろ?」
「邪道! 意味わかってないでしょ、DOセンセイは!」
「「……」」
そして、俺の原稿はゴミ箱行きになるのだった……。