「ついたぁ!」
 15歳にもなる高校生の青年が、道の真ん中でぴょんぴょん飛び跳ねる。
 彼の名は、古賀 ミハイル。
 伝説のヤンキー、『それいけ! ダイコン号!』のひとりである。
 
 そんな半グレの男だが、可愛いものに目がない。
 今も大きな猫の写真がプリントされた看板の下で、踊るように喜んでいる。
 ジャンプしている際に、タンクトップがめくれあがり、ピンク色のナニかが見えそうになり、思わず目をそらす……。

 席内市に新しくオープンしたネコカフェ。
 その名も
『んにゃ!』
 席内店である。
 
 アホそうな店名だ。
 これが全国展開しているという時点で、日本は終わっているな。
 俺が呆れていると、ミハイルが興奮気味に腕を引っ張る。

「なぁなぁ、タクト! 早く入ろうよ☆」
 彼の目は一段とキラキラしている。
 宝石のように輝くエメラルドグリーンの瞳。
 俺としては、こっちの子猫を指名したいもんだ。

「そんな急がなくても……」
 俺がそう言いかけると、彼の小さな手が口を塞ぐ。
「ダメだゾ! 席内って新規開店すると、じーちゃん、ばーちゃん達がこぞって集まるんだからな!」
「んぐんぐ……」
 唇を開けないため、首を縦に動かしてみる。
 息はできないが、これはこれで心地よい。
 ミハイルの小さくて細い指が、俺の唇に触れている。
 彼の手からは、甘い石鹸の香りがした。
 ハァ~ 香しい。

「タクト、席内の店だから、ここはオレに任せておけって☆」
 そう言って親指を立てる。
 いや、あなただって、今日初めて来る店なんでしょ?
 地元は関係ないじゃん。
「ふごふご……」
 未だ、俺は彼の華奢な指と接吻中。
 せっかくだから、一瞬ぐらいペロッと舌を出して、食感を味わってもいいだろうか?

「よし。いい子いい子☆」
 ミハイルは満足そうに、俺の頭を撫でる。
 やっとのことで、口から手を離すと、今度は俺の手を握って、店の中に入っていく。

 店舗としては、かなり大きな敷地だ。
 席内市の顔と言ってもいい、ダンリブの目の前に開店した。
 旧三号線の道路をまたいで、交番の隣りにある。

 ネコカフェだが、それ以外にも猫の販売やいろんな商品を揃えている。

 自動ドアが開くと、「んにゃ~♪」と猫の鳴き声が……。

 通訳すると、「いらっしゃいませ」でいいんだろうか?
 参ったな。俺はこう見えて犬派なんだが……。

 そんな思惑とは裏腹に、隣りに立っているミハイルはテンション爆上がりだ。

「んにゃ! 許せない可愛さだな☆」
 身震いを起してまで、喜びをかみしめている。
「良かったな……」
 俺はちょっと引き気味。
 大の男がネコ語使うなんて……好きだ!
 ただ、やるならアンナモードの時でお願いします。
 以前のネコ耳メイドがいいです。


 俺が悶々としていると、店の中にいた若い女性店員が声をかけてくる。
 エプロンを首からかけていて、肉球のイラストがプリントされていた。

「いらっしゃいませにゃん! 初めてのお客様ですかにゃん?」
「あぁ!?」
 思わず、ブチギレてしまった。
 いや、ミハイルは可愛いから許せるんだけど、成人したお姉さんが言うのはしんどい。
 怒ってごめんなさい。
 冷静さを取り戻して、答え直す。

「そうです、二人です……」
「にゃーん♪ ありがとうございますにゃーん!」
 ブチ殺してぇ!
 この店の社員は、一体どんな教育してんだ。

「あ、これ。チケットをもらったんすけど」
 そう言って、毎々新聞の店長からもらったチケットを二枚取り出す。
「にゃ、にゃ! 株主様だったにゃんごねぇ~」
 日本語で話せよ、クソが。
 しかも、俺は株主じゃねぇ!
 もらいもんだよっ!

「いや、職場でもらっただけで……」
 俺がそう説明しようとするが、馬鹿なネコ店員は近くにあったマイクを片手にアナウンスを流す。

『株主様が来たにゃんよ~! みんなでおもてなしするにゃ~ん!』
 ファッ!?

 なにを言ってんだ、コイツ!
 俺がその店員を止めようとするが、時すでに遅し。

 どこから来たのか、俺たちの周りに気がつくと、同じくネコ語で話すおっさんやおばさんが集まってきた。

「んにゃ~ん!」
「にゃんにゃん♪」
「フゴロロロ……」

 全員、真面目に演じているけど、頭が白髪なんだよなぁ。
 そうか、地元住民の中年しか雇えなかったのか……。
 席内も高齢化社会だものね。

「アハハ! カワイイ~☆」
 ミハイルはそのおぞましい光景を見て、なんと喜んでいた。
 これが可愛いんか?
 ウソでしょ……。


    ※

 しばしの洗礼を受けた後、(おっさんとおばさんに囲まれて、ネコ語を連発された)俺とミハイルは、カウンターに連れてこられた。
 お姉さんが言うには、今回店長からもらったチケットで、1時間の利用が無料らしい。
 こんな店に金を使うのは、もってのほかだ。
 タダでよかった。

「んにゃ。にゃんこたちのおやつはどうするですかにゃん?」
「あぁ!?」
 いかんいかん、またキレてしまった。
 咳払いして、どういう事か聞いてみる。
「おやつってなんですか?」
「にゃんにゃんは、とっても繊細ですにゃん。シャイな子たちには、コレが一番仲良くなれるグッズにゃん!」
 喋ってて、疲れません?
 仕事のあと、絶対ロッカーとかブン殴ってるでしょ。
 俺だったらこんなクソみたいな職場は辞めますね。


「つまりオプションですか?」
「んにゃ~」
 ハイって言えよ、こいつ。
 グッと拳を作って、怒りを堪えていると、隣りに立っていたミハイルが俺の腕を掴む。
「なあタクトぉ。オレ、ネコたちにおやつあげてみたい~ ダメェ?」
 そう言って、下から俺を上目遣いする金髪の子猫ちゃん。
 ふぅ……。
 こんなことされたら、財布の紐も緩くなるってもんすよ。

「二人分お願いします」
「ありがとうございますにゃーん♪ お二つで1650円ですにゃんよ」
 たっか!
 人間様より、いいもん食ってんじゃねーか。
「あ、はい……」
 仕方なく、金を払う。
 チクショー! 今回のは『デート』じゃないからなぁ。
 あくまでダチとのお遊びだから、担当の白金は経費で落としてくんないよなぁ。
 痛い出費だ。

「それでは、お二人様ご入場~♪」
 カウンターに置いてあって、鈴を鳴らす。
 ていうか、今普通に喋ったぞ。
 すでに疲労がピークに達した俺に対し、ミハイルは太陽のような晴れ晴れとした笑顔でこう言った。

「ありがとな、タクト☆」
 ま、この可愛い笑顔を見れただけで、お釣りくるレベルか……。