ミハイルがMVPを勝ち取り、運動会は無事に終わりを迎えた。
いや、正確には皆、心身共にボロボロだ。
俺はミハイルの乳首に触れてしまったようで、グーパンされて鼻血ブー。
変態眼鏡女子、北神 ほのかはアイドルのブルマをガン見して大量出血。
生徒会長の石頭くんは、逆立ちを長時間したため、顔が真っ赤になり、気絶。
赤坂 ひなたは、ミハイルのデコピンで白目を向き泡を吹いている。
確かに開会式の宣言通り、殺し合いになってしまった。
結果的だが。
まあ命はあるので、よしとしよう。
意識のある者たちは全員、朝礼台の前で二列になって立ち並ぶ。
俺たちが並び終えるのを確認し終えると、宗像先生、光野先生が朝礼台に並んで立つ。
そしてマイクの前に立ち、こういった。
「みんな、いい殺し合いだった! 今年の生き残りは我が校の女子、古賀 ミハイルちゃんに決まった」
だから女子じゃないって。ボケたの?
「ミハイルちゃん、願いを聞こう。前に出ろ」
まだそんなアホなことを言ってるのかよ……。
宗像先生に、名を呼ばれて指示通り、朝礼台の前に立つ。
「お、オレ?」
「そうだ、この宗像 蘭ちゃんが一つだけ願いを叶えてやろう」
どこから持ってきたのか、金色に光るカチューシャを頭にしていた。
おそらく、パーティなどの時に使われる仮装用だろう。
神様ぶってんじゃねぇ。
当のミハイルは聞かれて、困っているようで、何度か振り返っては、俺の顔をうかがう。
「ど、どうしよう。タクト……」
なんだか見ていて哀れだな。
ミハイルとしては、俺を勝たせたかったのに、事故とはいえ、負かせてしまったものな。
不本意なのだろう。
しかし、勝ちは勝ちだ。彼に報酬がもらえるのなら、それはもらうべきことだ。
俺は後ろから、声をかけた。
「ミハイル。俺のことは気にするな。お前の望むことを言えばいい」
彼が遠慮しなくていいように、俺は親指を立てて笑ってみせる。
すると、安心したようで、胸をなでおろしていた。
「う、うん☆ じゃあ、今回はオレが願い事するゾ」
「ああ」
てか、今回ってことは次回もあるんですか? この鬼畜運動会。
ミハイルはもじもじとしながら、小さな声でなにかを宗像先生に伝える。
あまりの小声に、宗像先生も顔をしかめる。
どうやら恥ずかしいお願いのようだ。
先生が何度か「ん、なんだって?」と聞き返す。
しばらくして、「ほうほう……そんなことでいいのか?」と驚いていた。
そして、ミハイルはこちらへ、そそくさと戻ってきた。
頬を赤くして、体操服の裾を両手で掴んでいる。
俺の方をチラッと見て、背を向けた。
小さな桃のような尻がプルンと震えた気がする。
願いを聞いた宗像先生が、マイクを通してこう叫ぶ。
「今、古賀からしかと願いを聞いた! その願い、この蘭ちゃんが叶えてやろう!」
宗像先生は、ケツからハート型のスティックを取り出す。
あの女のブルマは四次元にでも繋がってんのか?
ほいほい、何でも出しやがって。きたねー。
くるっとスティックを振り回す。
そして「えぇいっ!」と叫び、棒先をミハイルに向けた。
「うむ、これで古賀の願いは無事にかなった……」
別に特段、何か変化が起こったようには見えない。
ミハイルもキョトンとした顔で突っ立っている。
「えぇ! 願いかなったんだぁ」
小さな口を半開きにして、驚く。
いや、なにも起こってないだろう。
すかさず、俺は彼の肩をチョンチョンとつつく。
「なあ、宗像先生に一体なにを願ったんだ?」
そう問いかけると、彼は頬を赤くしてうつむく。
「えっ……な、ナイショだよ」
「ダチの俺にも言えないことか?」
「オ、オレだって恥ずかしいことぐらいあるもん!」
なぜ逆ギレ?
「わかったよ……」
ちょっと彼の願い事は気になるが、エッチなことでも願ったのかもしらんしな。
ここは紳士として、潔く退こう。
「えー、ただいまを持って、第一回ドキドキ深夜の大運動会は閉会する! MVPは一ツ橋の古賀 ミハイル! 団体戦の勝利校も我が一ツ橋の勝利である! 先生は嬉しいぞ、来月のお給料が倍になるからな。しこたま、酒が飲めるってもんだ♪ だあっはははは! これにて一件落着!」
なんか、バカが勝手にほざいてらぁ。
「く、くぅ……楽器代が…」
裸の音楽教師、光野先生は頭を抱えていた。
生徒をギャンブルになんて使うから、罰が当たったんだよ。
良かったね。
宗像先生の下品な笑い声が運動場にこだまする。
「だあっはははは……」
よっぽど嬉しいんだな。
あ、そう言えば、一年分の単位はどうなったんだ?
優勝したミハイルに贈呈されたってことだろうか……ま、どうでもいいや。
その時だった。
グラウンドを照らしていた灯りが、ガタンと一気に落ちてしまう。
辺りは真っ暗になり、驚いた女子たちが悲鳴をあげる。
マイクとスピーカーの電源も落ちたようで、宗像先生が暗闇の向こうで一生懸命、大きな声で何かを離すが、俺たちのところまでは聞こえてこない。
ミハイルが俺にいった。
「なあタクト、停電かな?」
彼の顔はよく見えないが、女子と違って別に驚いている声音ではない。
「違うだろう……あれじゃないか? もう深夜近いだろう。それで学校の電源が落とされたんじゃないか?」
「そっかぁ、さすがタクト☆ あったまいいな~」
なんだろう、褒められているのにバカにされているような。
普通に考えたら、こんな深夜まで大騒ぎしていたら、ご近所迷惑ってもんだ。
ひょっとして、クレームでも入ったのでは?
生徒たちは動揺していたようで、声だけで互いの存在を確認しあう。
「ねぇねぇ、そこにいるよね?」
「こわ~い」
「ハァハァ……今ならブルマを脱がすチャンスだ…」
最後痴漢がいるね。
暗い運動場の中を何やら、騒がしい音が聞こえてくる。
バキッ! ボキッ! カランカラン……。
一体、何の音だ?
俺はその方向へ足を近づける。
すると、次にシュポッ! という音がして、微かな明かりが灯される。
ライターだ。
誰かが火をつけてくれたのだと、ほっとしたのも束の間。次の瞬間、ゴオオオ! と激しく燃え上がる。
気がつけば、運動場の中央に燃え盛る巨大な炎が、空へと昇っていく。
「な、なにが起こったんだ?」
あまりの火の勢いに、火傷をしそうになってしまった。
近くにいるだけで、高熱を感じる。
後退りして、様子を遠くから眺めた。
じっと見つめていると、火の周りに人がひとり立っているのを確認できた。
体操服にブルマ姿の……宗像先生だった。
先生は、バットを膝で真っ二つに折ると、その破片を火柱に放り投げる。
躊躇なく何度もバットをブッ壊す。
よく見れば『三ツ橋高校 野球部』と書いてあった。
「宗像先生、なにをやってやがるんですか!?」
「あ? 見りゃわかるだろう。キャンプファイヤーだ。学校の照明が落ちたからなぁ。代用だ」
いや、それ学校の備品でしょ?
俺知らないよ。絶対怒られるだろう。
「新宮、みんなをここに集めてくれ」
「え? まだ何かするんですか?」
「バカヤロー、昼メシ……いや夜メシを食べさずに生徒たちを帰すわけにいかんだろ? 今からメシだ、メシメシ」
「は、はぁ…」
もう日付変わりそうなんだけど。
さっさと帰してくれたほうが、親御さんも安心だと思いますよ?
※
一ツ橋高校と三ツ橋高校の生徒たちは、宗像先生が作ったキャンプファイヤーを中心に囲んで座り込む。
気がつけば、弁当が配られてきた。
缶ジュースもついているが、みなバラバラの味だ。
なんか嫌な予感がする。
「それじゃ、みんな弁当と飲み物は行き届いたなぁ? 新宮! お前、いただきますの挨拶しろ」
高校生にもなって、そんな挨拶するか!
だが、先生に歯向かうとあとが怖い。
俺は立ち上がって、手と手を合わせる。
「では、みなさん。手を合わせて……いただきま~す」
「「「いった~だきます!」」」
ここは保育園か?
昼食ならぬ、夜食をみんなで楽しむ。
弁当はジュースと違って、全て同じおかずだ。
俺は近くにいた宗像先生に恐る恐るたずねる。
「あの、宗像先生?」
先生は貪るに弁当箱に口をつけて、かっこむ。
「うめっうめっ……久しぶりの銀シャリだぜぇ!」
この人、一体どんな生活してんだ?
一気に口の中へ放り込むと、ジュースではなく、ハイボールで流し込む。
「かぁーーーっ!」
職務怠慢もいいところだ。
やっとのことで、俺に気がつく。
「どうした? 新宮?」
「あの、この弁当とジュース。どこで手に入れたんすか? 先生が買ったんすか?」
俺がそう言うと、先生は「だあっはははは!」と大きく口を開いて笑い声をあげる。
「そんなわけないだろう。昨日、三ツ橋の職員室から仕出し弁当をかっぱらっておいたんだ♪」
ファッ!?
「あとジュースはさっき、運動場の自販機をバールでこじ開けて取り出したんだ」
窃盗団じゃん。
「は。はぁ……」
「ま! 三ツ橋の校長先生からのプレゼントと思って、ありがたく食っちまえ!」
宗像先生は、俺の背中をバシバシと叩く。
この女、俺たちが卒業する前に、懲戒免職くらうんじゃないか。
というか、一ツ橋高校が存続していることすら、怪しい。
弁当を食べながら、みな今日の運動会の話で盛り上がる。
キャンプファイヤーなんて、小学生の林間学校以来だ。
ミハイルは疲れ切ったようで、俺の肩に頭を乗せて夢の中。
悪くない運動会かもな……。
そう余韻に浸っていると、なにやらドタドタと足音が騒がしい。
暗みの中、一人の男がこちらへと向かってきた。
白髪交じりの中年。
俺たちをジロっと睨みつけ、拳をつくり、怒りを露わにしている。
「貴様ら! なにをやっとるかっ!?」
「誰だ、あのおっさん……」
俺がそう呟くと、近くにいた宗像先生が見たこともないぐらいの驚いた顔を見せる。
目を見開き、顎が外れるぐらい大きな口で、脅えているようにも見えた。
「や、やばい!」
普段からマイペースな先生にしては偉く、焦っているようだ。
「お前ら! さっさと帰れ! 三ツ橋のクソ校長が来やがった! 逃げるぞ!」
「え?」
「いいから! みんな、赤井駅に向かって全速力だ!」
そう吐き捨てると、宗像先生は一目散にすっ飛んでいった。
全速力で運動場を駆け抜ける。
気がつくと、暗闇の中に消えていった。
三ツ橋の光野先生も同様だ。
「貴様らぁ! この騒ぎはなんだっ!」
怒れる校長を無視して、俺たちは全速力で散らばっていく。
「捕まると退学になるぞぉ!」
まるで運動場に変態が現れたかのような扱い。
俺は眠るミハイルをお姫様だっこして、学校から抜け出した。
「もうこんな学校いや……」