俺たち一ツ橋高校の生徒は、いつもならこの時間下校しているはずなのだが……。
無責任教師、宗像 蘭によって教室へみんな集められた。
夕方に授業開始ということもあって、クラスの中はざわざわしていた。
「なあ、今からなにやるんだよ」
「えぇ……すぐ帰れないのかな」
「それより、お前ら宗像先生のムフフ写真見たかよ? あのせいで俺は右手が大忙しだったぜ……」
ん? 最後の人、なんかやつれているよ。
病欠しといたら。
皆が皆、初めての出来事にうろたえる。
そこへ先ほど、目にした汚物……アラサーの体操服(ブルマ)の宗像先生が現れる。
ブルンブルンと無駄にデカい乳を上下に揺らせながら、教壇に向かう。
何も言わずに背を向ける。
俺はそこで、「ウオェッ」とえづく。
なぜかというと、ブルマから紫のレースがはみパンしていたからだ……。
きったねぇな、ちゃんとしまえよ!
絶対サイズあってないだろ……。
隣りに座っていたミハイルが俺を気づかう。
「タクト、大丈夫か? 気持ち悪いの?」
緑の瞳を潤わせて、俺の顔をしたからのぞき込む。
するとタンクトップの襟が重力によって、下に垂れる。
彼の素肌が自然と露わになる。
女子と違って下着をつけているわけではないので、思わず瞼を閉じてしまった。
別に気をつかう必要性なんてないのに……。
顔が熱くなるのを感じると、ミハイルとは反対側に首を向ける。
早く首を曲げすぎたせいで「グキッ」という鈍い音がした。
「いつつ……」
痛めたかもしらん。
反対方向には、紺色のプリーツスカートに白いブラウスの制服。
私服が許されている一ツ橋高校には似合わない姿。
眼鏡をかけたナチュラルボブの女子、北神 ほのかだ。
あくまでも外面の表現だからね。
内面はこの人、超ド級の変態さんだから、近づいちゃダメだよ。
彼女なら恥じる必要もないと、閉じていたまぶたを開く。
そして、じーっと北神を見つめた。
いや、別に見たくてみているわけではない。
ミハイルの胸元があまりにも刺激的すぎて、一時的に視線をそらしたにすぎない。
その状態を維持していると、自ずとほのかが俺の視線に気がつく。
「あれ? どうしたの。琢人くんたらっ……。私の顔にナニかついている? おてんてんとか?」
ついてるか!
「いや、ちょっと首が回らなくて……」
咄嗟にウソをつく。
「そうなんだぁ。新作のBLをダウンロードして、自家発電、連発して寝違えちゃったとか?」
誰がそんなことで寝違えるんだよ。
「いや、それはその……」
言葉に詰まっていると、背を向けたミハイルが後ろから叫ぶ。
「タクト! なんでほのかばっかり見てんだよ! こっち向けよ、心配してんのに!」
そう言うと、ミハイルは俺の頭に両手をそえた。
細い指が耳の辺りにくる。ちょっと冷たい。
思わず、ゾクッとした。
微かに石鹸の甘い香りが漂う。
この柔らかい手の感触、匂い、アンナと同じだ。
ますます動揺してしまう。
体温と鼓動の速さが急上昇。
「タクト? やっぱ熱あんじゃないのか? こっち向け、よ!」
俺は強制的に視線を戻される。
さっきよりも、ものすごい速さと力で、「ボキッボキッ!」と音を立てて。
「いっつ!」
ヤバい、本当に首を壊しちゃったかも……。
あまりの激痛に、恥など吹っ飛んでしまった。
ミハイルは「むぅ」と唸らせて、俺の両目をのぞき込む。
もうキスしちゃいそうなぐらい至近距離。
「別に熱はなさそうだな……ホームルーム中はちゃんと黒板見ろよ」
いや、おまえに無理やり釘付けにされたんだよ。
しかも、首が本当に回らなくてしまった。
どうすんだよ、これ。
俺たちがそんなことで戯れていると、宗像先生が何やら「カッカッ」と音を立てている。
見えないが、きっと黒板にチョークで文字を書いているのだろう。
書き終えると、こう叫んだ。
「よしお前ら! 今日集まってもらったのは他でもない!」
俺は宗像先生を見ることができず、ずっとミハイルの横顔を拝んでいた。
なに、この羞恥プレイ……。
「五月といったらなんだっ!?」
知らんがな。
「そう! 運動会だっ!」
俺はそれを聞いて、ボソッと呟く。
「普通、秋だろ……」
地獄耳にその言葉が届いたのか、宗像先生が「なんだと! 新宮!」と言って激怒する。
顔は見えんからわからんけど。
ところで、俺はいつまでミハイルをガン見してればいいんだ?
「福岡は五月にやるんだよ、バカヤロー!」
だから、知らないって。
「ていうか、なんでお前はこっちを向いてないんだよ! この蘭ちゃんがブルマ姿でいるというのに!」
いや、結構です。
そうは言いたくても俺自身、首が回らないから困っていた。
すると、北神 ほのかが代わりに答える。
「先生っ。新宮くんは自家発電のしすぎで寝違えているみたいです!」
違うわ! 断固として否定する。
自家発電も最近してないし、寝違えたのもウソだ。
ミハイルのせいで、首がおかしくなっただけ。
ざわつく教室。
「おい、新宮のやつ、どんだけしたんだよ……」
「あれじゃね? 一日何発できるか極限にチャレンジしたとか?」
「ハァハァ……ぼかぁ、最高十回だよ」
だから誰もそんなことで競ってねーよ。
騒然とするなか、後ろの席の千鳥と花鶴はゲラゲラと下品な笑い声をあげている。
「ハッハハ! タクオも元気だなぁ。相変わらず」
なんか俺ってそんなイメージ固定してんの?
「超ウケる! あーしのオヤジみてぇ」
え、花鶴さんのお父さんってそんなに元気なんですか……軽く引きました。
そんなカオスな空間の中、ミハイルだけがキョトンとした顔で俺を見つめる。
「タクト……自家発電ってレンジでケーキでも焼いてたのか?」
首をかしげる。
君は本当に無知だね。そして言っていることが、いちいち可愛すぎるんだよ。
「いや、ミハイル。そうじゃなくて……」
言いかけた瞬間だった。
何か硬いものが俺の頭をガシっと当たる。
これは人の手だ。
先ほどのミハイルより、ゴツくて太い指。
指に力が入ると、激痛が走る。
「いってぇ!」
「ふむ、確かに寝違えているようだな……」
姿は見えないが、その声の主は、女性。
ミハイルが心配そうに俺を見つめている。
「タクト……やっぱりケガしてるじゃんか。早く言えよな」
お前がケガさせたんだよ!
「新宮、先生に任せろ。こんな首じゃ、運動会も頑張れないもんな♪」
「え……」
俺は相手が言っていることを、理解できなかった。
そして、「フンッ!」というおっさんのような低い声がする。
一瞬だった。
目の前には小顔のミハイルがいたのに、「バキッバキッバキッ!」と音を立てると、映像が天使からゲテモノおばさんに切り替わってしまう。
上から鋭い目つきで、俺の頬を両手で掴んでいる。
宗像先生だ。
「ふむ、これでよし♪」
先生はそう言うと、俺に優しく微笑む。
気を使ってくれて、とてもありがたいんですけど、僕の首壊れてません?
※
「えー、ではホームルームに戻る。先ほども言った通り、本日は第一回ドキドキ深夜の大運動会だ」
そんなこと、さっきは言ってないだろう。
「各々ちゃんと体操服は持ってきたか?」
持ってきてるわけないだろ!
あの少ない情報量で、どうやって体操服って思いつくんだよ。
ちゃんと手紙に必要事項は書け!
「先生、俺は持ってきませんよ」
手を挙げていうと、他の生徒たちも「私も」「僕も」とほぼ全員が挙手する。
それを見た宗像先生は「なにぃ!?」と顔をしかめる。
「忘れたのか……。ちゃんと手紙出したのに」
うん、手紙だけは送られてきたけど、情報は出してないね。
「しゃーない。この教室に全日制コースの奴らが置いてる体操服があるはずだ。それを着ろ」
ファッ!?
なんで人の物を着ないといけないんだ。
絶対に汗臭いやつだろ。
「先生、さすがにそれはちょっと……」
俺が苦言を申し出ると、宗像先生は「だぁっははは!」と口を大きく開いて笑いだす。
「なんだ? ブルマの方がいいか?」
「俺にそんな趣味はありませんよ……」
宗像先生の提案で、急遽、各自机のフックにかけてある、体操服の入った袋を手にする。
俺が勝手に借りた人の名前は『漆黒の騎士、ヒロシ・デ・ヤマーダ』
中二病のやつか。
「あ、これじゃ。オレは着れそうにないや」
隣りを見ると、ミハイルが5Lぐらいはありそうなデカい短パンを両手に広げていた。
お相撲さんかよ。
「そうだな……ミハイルには無理があるだろ」
「どうしよ。宗像センセー! オレだけ体操服大きいんで、私服でいいっすか?」
彼がそう言うと、先生は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「バカモン! 運動会には体操服は絶対必要だ!」
じゃあ体育の授業もちゃんとやれよ!
「でも……サイズがあわないし…パンツでちゃうよ」
ミハイルがうなだれていると、何やら「ドシンドシン」と地震のような大きな音と揺れを感じた。
「古賀ぐぅ~ん!」
振り返ると、そこには巨体の女の子が……。
こんなお相撲さん、クラスにいたっけ。
「わだぢのとよがったら、交換ぢない?」
そう言うと彼女は、女子用の体操服を持ってきた。
「うん、いいよ☆」
ミハイルは別に拒むこともなく、体操服を交換した。
そして両手に広げるのは、ちいさな小さな紺色のパンツ型ブルマ……。
「よし、これなら着れそう☆」