長浜 あすかは、ふてぶてしく腕を組んで立ちふさがる。
こんなにオラっているアイドルは初めてみた。
「なにをやってんのよ、早くいらっしゃい!」
ちきしょう、なんでこいつと一緒に写真なんか撮らないといけないんだ。
全然うれしくねえよ。
どうせならアンナとプリクラを撮影した方がいい思い出になるわ。
「はぁ……んじゃ、ミハイル撮ってやるか」
「そだな☆」
気がつけば、こっちが撮影してやる身分に立場が逆転していた。
近くにいた男性店員が、インスタントカメラを手に持ってこういった。
「では、3万円分ですので、6枚のチェキを撮影できます」
そんなにいらねぇ!
「フン! なんだかんだ言ってアタシを推しているんじゃない。散財するオタと変わらないわ」
違う。ただアル中の姉が酒を買いすぎただけだ。
思考がポジティブすぎだろ。
俺とミハイルは、長浜 あすかを挟んで両側に立つ。
「では、一枚目いきまーす!」
といって店員がカメラを構える。
長浜と言えば、この時ばかりはブリッ子のアイドル顔に豹変する。
あざといやつだ。
店員が「ハイ……チーズ」と言う直前だった。
なにを思ったのか、ミハイルが間を詰め、俺の左腕にくっつく。
「お、おい……」
「チーズ!」
驚く俺をよそに、笑顔でパシャリ。
「ちょっとぉ! 被っちゃったじゃない!」
アイドル顔をやめてブチギレる長浜。
当のミハイルは悪ぶった素振りもせず「え、ダメなの?」と聞いてる始末。
彼はアイドルキラーだな。
店員が「一枚目の確認お願いします」とチェキを持ってきた。
写真を見ると、ミハイルと俺が中心となって撮影されていた。
俺たちの方がアイドルの長浜より目立つ形となっててしまう。
なんかアレだよ。
地方の旅行にいったとき、現地の偉人とかいるじゃん。
その銅像をバックにして記念写真とった感じ。
完全にミハイルの方が、長浜を食ってしまった。
「ほう、よく撮れているな」
「うん☆ いい記念になったよな☆」
俺とミハイルは腕と腕をくっつかせて、仲良く写真を楽しむ。
それを背後から見ていた長浜が、怒りの声をあげる。
「ちょっと! アタシがメインじゃなきゃダメでしょうが!」
「あ、なんかすまん……」
ミハイルとイチャこいてしまって、存在を忘れていたので、一応謝っとく。
「どうしたの? 写真は撮ったからいいじゃん」
この人は本当に空気を読めないな。
素で言っているところが、また彼女を傷つけてしまう。
「良くないわよ! さ、撮りなおすわよ!」
そして二回目を撮りなおすことになったのだが、またもミハイルが俺とくっつきたがるので、同様の現象が起こってしまう……。
ミハイルは彼女のことを空気として、扱っているようだ。
なんて恐ろしいお人なんだ、無惨。
「ちょっとぉ! あんた、芸能人のアタシより目立たないでよ!」
そりゃそうだ。
「でも、3人で一緒に撮ってることに変わりないじゃん」
間違ってはない。
だがアイドルと写真を撮っているというよりは、ただただ、俺とミハイルの仲良さを記念にしているような撮影会だ。
「キーーーッ! もう頭にきた!」
長浜 あすかは顔を真っ赤にさせると、なにを思ったのか、ステージ(牛乳瓶のケース)から飛び降りた。
そして、ミハイルとは逆の方向、つまり俺の右側に立つ。
だが、それだけではなかった。
彼女は俺の腕に抱き着くように身を寄せる。
ふくよかな胸が、プニプニと腕に伝わってきた。
ウオェッ!
「さ、これであたしが目立つわね♪」
満足そうにおでこの上でピースする。
「あぁ! なんでタクトにくっつくんだよ! 離れろよ!」
今度はミハイルが怒り出す。
彼女を俺から盗られまいと、左腕を引っ張る。
「いててて!」
あなた、馬鹿力なんだから勘弁してよ。
「は? あなたさっき言ったじゃない? 三人で一緒に撮れるなら問題ないでしょ」
と言って、いじわるそうにニタリと微笑む。
「クッソ! 卑怯だぞ!」
いや、別に間違ってはないよ。
それより、ひっぱるのやめてね。すごく痛いから。
ミハイルはボンッ! と音を立て、顔を真っ赤にする。
しばらく「ウーッ」と長浜を威嚇していたが、何かを思いついたようで、引っ張ていた腕の力を緩める。
と思ったのも束の間、今度は逆に俺の胸に飛び込んできた。
文字通り、胸に両手でしがみつく。
まるでコアラのようだ。
じゃあ、あれか? 俺はただの木か?
「ちょっと! あなた。そんなに芸能人より目立ちたいの?」
長浜さん、違いますよ。
彼の目的はカメラを自分に注目させることではなくて、俺の視線を釘付けにしたいだけの変態さんです。
「違うもん! このまま撮りたいだけ! じゃあ写真、撮ってくださ~い☆ 連写でいいでーす!」
「ちょ、まっ……」
彼女が止めようとしたが、時すでに遅し。
店員さんがミハイルの注文を了承し、バシャバシャと連写してしまった。
「おつかれさまでーす。確認お願いします」
そして集まったのは、残り5枚もの俺とミハイルのイチャこいたチェキ。
トランプのように手の上で広げるミハイル。
「やったぁ! キレイに撮れてる☆」
酷い……。
「キーッ! なんなのよ、あなたたち! 本当にアタシを推しているの?」
だからなんで俺たちが推している前提で話すんだ。
「え? 押すってなにを?」
ミハイルに限っては、文字変換ができてない。脳内で誤字している。
「あたしを応援しているってことよ!」
長浜がそう説明すると、ミハイルは「ああ…」と納得していた。
「まあ応援はしてるよ……同じ高校の子だし」
それは推しとはいえないレベルなんですけど。
「フン! ならいいわ! 今日は許してあげる」
と言って、長い黒髪を手ではらう。
てか、それで納得できるあなたも中々におバカでポジティブな人なんですね。
さすが芸能人、メンタルが最強だ。
長浜 あすかがやっと落ち着いてくれたところで、俺たちは写真を持ってその場を去ろうとする……そのときだった。
彼女が俺たちをひきとめる。
「待ちなさいよ! 握手は!?」
あ、忘れてた。
「もう写真だけで良くないか」
俺がそう言うと逆鱗に触れたようで、再度、顔を真っ赤にして怒りを露わにする。
「なんですって!? この長浜 あすかと握手できるのよ! あなたたちみたいなキモオタは金を払わないと女の子に触れることなんてできないでしょ! またとないチャンスなんだから!」
この人、ファンを大事にしてないよね。
「まあ……確かに権利は買っちゃったから握手しとくか」
ついでだし。
俺がそう言って手を差し伸ばすと、隣りに立っていたミハイルがその手を叩き落とす。
「いって!」
「ダーメ、タクトは女の子に触れるとオオカミさんになっちゃうから」
なんだよ、その偏見は……まるで俺が暴漢みたいじゃないか。
「だから代わりにオレが握手してやるよ☆」
「ええ……」
もうミハイルくんってば度が過ぎるよ。
「あら、あなたはよっぽどこのアタシを推しているみたいね」
ポジティブだなぁ。
これだけ、図太いなら芸能界のてっぺん獲れるかも。
「うん☆ じゃあ握手しようぜ☆」
「そうね♪」
なぜか意気投合して、お互いニコニコ笑いながら握手を交わす。
もうこれ握手会じゃなくて、ただの別れの挨拶じゃないか?
握手をすること、12秒。
店員が「そこまでです!」とタイムウォッチを止めた。
計るまでもないと思うのだが。
「じゃあ、ボランティア活動がんばれよ☆」
「フン! あなたも今度アタシの曲を聴きなさい♪」
この二人は話が噛み合ってないな……。
そして、俺たちは大量のビニール袋を持ってヴィクトリアが待つ家に戻っていった。
帰ってくると、ヴィクトリアは腹を出して、いびきをかいていた。
「フガガガッ……ミーシャ…ねーちゃんがカノジョ探してやるからなぁ」
例のラブドール疑惑を夢の中にまで持ち込んでいるのか。
それを聞いたミハイルが苦笑いする。
「変なねーちゃん☆ オレはダチのタクトがいるから、カノジョなんていらないのにな☆」
「え……」
一生、童貞でいたいってことでいいんですか?
俺が絶句していると、ミハイルが問いかけた。
「タクトも一緒だろ?」
つまり俺たち一生、童貞でいないといけないんですか……。
「まあ、友達は大切にしないと、な……」
「だよな☆」
結局、今年のゴールデンウィークはほぼ休むこともなく、怒涛のスケジュールで終わりを迎えた。
余談だが、このあと酔っぱらったヴィクトリアの相手をするのだが、深夜まで帰してもらえないのは言うまでもないだろう。
誰か、モチベーションをあげるために、お給料ください……。
俺は人生で初めてクッソ忙しいゴールデンウィークを味わった。
というか、ほぼほぼ巻き込まれたといったほうが正しい表現かもしれない。
そこで、今回起こった出来事をなるべく忘れないうちに、ノートパソコンにデータ入力する作業を行っていた。
ミハイルの姉、ヴィクトリアから解放されて帰宅したのも深夜12時を超えていたのだが、この興奮をなるべく早くタイピングしておきたかった。
夢中でキーボードを打っていると、スマホのアラームが鳴る。
「もうこんな時間か……久しぶりの徹夜だな」
朝刊配達に行かないと。
俺は家族を起さないように静かに、家を出た。
毎々新聞、真島店に着くと、店長が朝もはよから元気な声で挨拶してきた。
「ああ、琢人くん! おっは~」
今日び聞かないあいさつだね。
「おはようございます」
そう言うと、店長が目を丸くして俺の顔をまじまじと見つめる。
「琢人くん、何かあった?」
「え……」
「きみ、すごく顔が赤いよ」
「お、俺が?」
配達店の中にあった鏡で自身を見つめる。
確かに店長の言うように、頬が赤い。
「熱でもある?」
心配そうに店長が俺のおでこを触る。
「ないねぇ……興奮してるの?」
ギクッ!
というか、なんでこの人は俺の心情を必ず当てにきやがるんだ。
心理学でも学んでのか?
「ちょ、ちょっと小説を書いていたら、徹夜しちゃって……」
頭の中を駆け巡るアンナちゃん。
ずっと彼女が脳内で、可愛くダンスしているのが止まらないんです。
重症ですね。
「そうなんだ。よかったね! きっといい取材ができたんだよ」
ニカッと目をつぶり、自分のように喜んでくれた。
マジでこの人の方がお父さんぽいよな。
付き合いも長いし、俺のダディになってほしいわ。
「そっすね……じゃあそろそろ配達いってきます」
「うん、興奮しすぎてスピードあげたらダメだよ~」
なんか俺が変態みたいな表現だな……。
俺は火照った身体を冷ますように、バイクを飛ばす。
もちろん法定速度で。
5月に入ったとはいえ、まだ夜明けは肌寒い日が続く。
しかし、あれだな。
もう何年も朝刊配達やっているんだけども、真っ暗な住宅街をバイクで一人走るのはゾッとする。
小学生の時なんかはおばけとか信じちゃって、そういう怖さがあったけど。
今はそんな可愛らしい恐怖じゃなくて、ひとが一番怖いよな。
だってたまに暴走族に出くわしたりしたときなんかは、からまれるんじゃないかって、ブルっちゃうぜ。
24時間営業の店の前にあいつらはたむろして、ケラケラ笑っているんだもん。
そう人間が一番この世で怖いんだよ。
とある家のポストに新聞を入れ込んだ瞬間、パンツ一丁のおじさんが出てきたりするんだぜ。
俺がビックリして「ギャーッ!」って悲鳴をあげたら、おじさんが暗闇の中でこう囁くんだ。
「若いのに偉いね。おつかれさん」
ただの優しいおじさんで草も生えそうなのだけど、心臓が破裂しそうだから、もうちょっと派手に出現してほしいものだ。
そうこうしているうちに、配達ルートの折り返し地点まで来た。
真島という地域はけっこう坂道が多くて、バイクでも坂を上るのに苦労する。
「トットット……」と音は立てるがあくまでも原動機付のチャリだからな。
狭い路地へと曲がろうとしたその時だった。
「誰かが見ている……」
確かに感じるぞ、視線を。
恐る恐る、振り返る。
電柱の後ろに人影が見えた。
心臓の鼓動が早くなる。
こういう時は落ち着いて行動すべきだ。
相手は見たところ、徒歩だ。
だが俺は原チャリに乗っている。
逃げるが勝ちだ!
とりあえず、配達は一時中断して、店長のところまで逃げよう。
俺はそう決断するとアクセルを吹かす。
エンジンの音で威嚇する意味もある。
そうして、発進しようとした瞬間、人影もササッと動き始めた。
「う、うひゃあ!」
恐怖から思わず、アホな声で叫んでしまう。
だが、マジで怖い。
殺人鬼だったらどうしよう。
まだ死にたくないぞ、俺は。
バイクを猛スピードで走らせたが、例の坂道のせいで思うように速度が上がらない。
「はぁはぁ……早く進みなさいよぉ!」
ビビりすぎてオネェ言葉になってしまう。
怖くて後ろを見ることはできないが、確かにその足音は近いづいてくる。
「タタッ…タタッ…」
と俊敏な動きでこちらへ着実に向かってきた。
「ひ、ひぃぃぃ!」
もうダメだと思い、目をつぶって死を覚悟した。
母さん、今までありがとう。
かなでも元気でな。
六弦は無視で。
最後に、一目アンナの笑顔を見たかった。
「アンナ……」
涙がこぼれおちる。
「止まってください……」
「え…」
目を開くと、時速40キロは出しているバイクに並んで走っている人間が。
俺は暴漢か何かと思っていたが。
そいつは華奢な細い身体の女性だった。
ただ、めっちゃ両手を振って、全速力でマラソンしている。
「センパ~イ……」
「ぎゃあああ!」
別の意味でホラーだった。
だって三ツ橋高校の現役JK、赤坂 ひなただったから。
こんなところにいるなんて思いもしなかった。
ひなたは真島からJRで2駅も離れている梶木に住んでいる。
なのに、こいつは今ここにいる。
奇跡という名の恐怖。
つまりはストーカーである。
とりあえず、俺はバイクを止めた。
「はぁはぁ……驚かすなよ、ひなた…」
ひなたも足をとめるが、全然呼吸が乱れてない。
こいつはバケモノか?
「センパイ。酷くないですか……この前の取材…」
ああ、そうだった。あのあと放置してたし、忘れてた。
長い前髪で目を隠し、だらんと立ちふさがる。
しかも電柱に潜んでいたという時点で通報レベルだ。
「あ、あれか……本当にすまない」
とりあえず、頭を下げる。
「いいんですよぉ。私は別に怒ってませんから」
冷たい……なんて声だ。
悪寒が走って、膝が震えだす。
この子、こんなに怖い女子高生だったけ?
「つぐない……してください」
なにそれ? まさか命で償えってこと?
ナイフとか持ってないよね……。
「わ、わかった! なんでも言ってみろ」
彼女の行為はほぼ脅迫に近かった。
「じゃあ……このまま一緒に新聞配達しましょ♪」
急に笑みを浮かべる。
声も優しくなった。
その豹変ぶりが、更にサイコパスだ。
「へ? 配達?」
「はい! 仲良く朝のデートを楽しみましょうよ♪」
デートになるの?
君には賃金発生しないよ。
俺はかなり動揺したが、追ってきた相手がひなただとわかってから、徐々に落ち着きを取り戻した。
そして彼女にこう切り出す。
「なあ俺はバイクで配達するんだぞ? お前は徒歩じゃないか……ついてこれんだろう」
「センパイったら♪ 私は水泳部のエースなんですよ。余裕ですってば♪ 梶木から走ってきたんですよ?」
夜中にランニングすな!
マジで怖いわ。
「わ、わかった。じゃあ一緒に配達するか」
「はい♪」
そして前髪をかきあげると、笑顔のひなたが確認できた。
俺はバイクにまたがり、ひなたはそれに平行して走る。
彼女の凄さというか怖さは、笑顔で「何部配達するんですか?」と全速力で走りながら質問してくるところだ。
息も乱さず。
時速30キロは出しているんだぞ……。
やっとのことで配達を終え、俺はバイクを店に返しにいった。
その間、ひなたは近くの自動販売機で待機してくれた。
震える手でバイクの鍵を店長に渡すと、「大丈夫? 興奮のしすぎじゃない?」と聞かれた。
確かに興奮したよね、怖すぎて。
自動販売機にもたれかかるひなたを呼び止める。
「待たせたな」
「ううん、全然大丈夫ですよ♪」
屈託のない笑顔で俺を迎える。
前回のひなたとのデートは、確かに俺のせいで彼女を悲しめることになった。
ズボンのポケットから財布を取り出し、小銭を自動販売機に入れる。
「なあ、何か飲まないか?」
「いいんですかぁ。じゃあ、ホットココアで♪」
「わかった」
彼女の分と俺のコーヒーを買い、二人で道を歩き出す。
朝陽がアスファルトを明るく照らす。
ひなたに暖かいココアを渡すと、彼女は「ありがとう」と微笑んだ。
頬に缶を当てて、うっとりしていた。
「あったかい……センパイが私にくれた初めてのプレゼント」
俺はコーヒーを飲みながら、思った。
この子、病んでる。
真島駅までたどり着くと、ひなたは満足したようで「JRで帰る」と別れを告げる。
「今日のデート、絶対ラブコメに使えますよね♪」
そう言って、出勤するサラリーマンたちにまぎれて去っていった。
いや、絶対に使えないよ……今日の取材は……。
何かとトラブル続きの日々が多かったが、平日になれば、また静かな日々に戻る。
これはこれで、寂しいというか、つまらない毎日でもあるのだが、身体を休めるのにいい機会だ。
俺は溜まった疲れを昼寝で回復させていた。
勉強と仕事以外は。
それから数日が経ち、この日も俺はベッドで寝込んでいた。
だが、完全には休みきれていない。
原因はスマホだ。
アラームが数分置きに鳴り続ける。
ミハイルとアンナのダブルL●NE攻撃。
腐女子の北神 ほのかによるEメール。臭そうなデータ付き。
それからちょっと病みだした三ツ橋高校のJK、赤坂 ひなたの執拗な「今なにしてますか?」という連続攻撃(闇属性)
「はぁ……」
心身、疲れ果てた俺は二段ベッドの上でため息をつく。
そこへ、妹のかなでがひょっこり顔を出す。
ベッドの柵にあごをひっかけて、「おにーさま、大丈夫ですか?」と聞いてくる。
「いやぁ……ちょっと人間関係に疲れた」
マジでリセットしたい。
「そうですか? 万年ぼっちで妹でシコる童貞のおにーさまよりマシじゃないですか♪」
こんのやろう……。
「なにか用か?」
「あ、そうでしたわ。おにーさま宛てにお手紙ですの」
そう言うとベッドの上に茶色の封筒を置く。
寝転がったまま、俺は封を切った。
中身を見ると怪文書のようなきったねー字で書かれた手紙が。
A4用紙をまるまる一枚使って、デカデカとこう書いてあった。
『今度のスクリーングは夕方6時に来るように!』
宗像 蘭より。
読み終えるともう一枚、何かが便せんの裏にあることに気がつく。
パラッと布団の上に落ちたのは一枚の写真。
青く透き通った海、白い砂浜、そこに寝転ぶ一人の女性。
際どいマイクロビキニで、大事なナニかがもう少しで見えそうだ。
黒い長髪をなびかせ、妖しく微笑むその女は……手紙の送り主じゃ! ボケェ!
「うぉえっ!」
俺は急いで写真を封筒に戻すと、かなでに「これ捨てといて」と手渡した。
かなでは首をかしげながら、部屋のゴミ箱にそっと入れた。
グッジョブ、我が妹よ。
「しかし……なんでスクリーングが夕方の6時なんだ?」
もう一度、便せんを確かめたが、やはり間違ってない。
俺が困っていると、スマホからアイドル声優のYUIKAちゃんが可愛らしい歌声を流す。
毎度おなじみの『幸せセンセー』
何回、聞いてもいい曲だ。
癒される、過去にこれを着信に設定した俺氏、最高かよ。
画面を見ると着信主は古賀 ミハイル。
「もしもし?」
『あ、タクト。久しぶり☆』
おかしいなぁ、YUIKAちゃんみたいな甲高くて可愛い声がここにもいるよ?
「久しぶりだな」
ていうか毎分、L●NEしてくるのやめて。
もうアプリがバグりそうだよ。
『タクトのところにも宗像先生から手紙きた?』
「ああ、来たぞ」
キモいセクハラ写真と一緒に。
『なんか今度のスクリーングって夕方にやるの? 朝の六時の間違いじゃないの、これ』
「いや、わざわざ、あのオバサンが手紙を送ってきたぐらいだ。確かなのだろう」
『そっかぁ……じゃあ、いつもの電車の時間じゃなくて、夕方に一緒に行こうぜ☆』
なるほど、ミハイルは一緒に学校に行きたかったから連絡してきたわけか。
「かまわんぞ」
『うん、約束☆』
「ああ」
『ところで、タクトにも写真って送られてきた?』
「ブフッ!」
思わず唾を吐きだしてしまった。
近くにいたかなでの顔にかかり「なにをしますのよ!」と怒られてしまった。
「ミハイルのところにも来たのか?」
『オレは見てないけど、封筒に名前がなかったからねーちゃんが怪しい人かもって先に見たんだ。そしたらねーちゃんが顔を真っ赤にして写真ビリビリに破っちゃった。だからオレは見れてない』
見なくてよかったです。
ヴィッキーちゃん、ナイス。
「ああ、アレな。きっと異物混入だから見なくて正解だったと思うぞ」
『ふーん。タクトとねーちゃんだけって……なんかずっこいぞ!』
全然ずるくありません。
お姉さんは君を守ったんですよ。
「じゃあ、5時半ぐらいの列車に乗るからそれでいいか?」
『うん、スクリーング楽しみにしてるよ☆』
そうして別れを告げた。
だが、一体宗像先生はなにを考えているんだ。
ま、どうせくだらないことだろ。
~数日後~
俺は日が暮れるころになって、家を出た。
列車に乗り、途中でミハイルと同車する。
彼はいつも通り、タンクトップにダメージ加工のされたショーパン。
小さなお尻がキュッと際立つタイトなデニム。
夜が近づいていることもあってか、俺の太ももにピッタリと並べるその白くて華奢な細い美脚は思わず生唾を飲み込む。
「ゴクン!」
ミハイルはそんな俺の心を知ってか知らずか、もっと顔を近づけ、俺の目の中をじっと眺める。
「タクト? 大丈夫か? 顔が赤いけど」
ピンク色の唇が潤っている。
小さな唇が少し開くと、唾液の細い糸が光る。
「いや、なんでもない……」
「調子悪いならちゃんと言えよ」
何故だ……アンナモードでないのに、こんなにも魅力的に感じてしまうのは。
いかんいかん、こいつは古賀 ミハイルだ。
おとこ、おとこ!
そう自分に言い聞かせて、邪心を払うかのように頭を横に振る。
「なあ、タクトぉ。どうしてこっち見てくんないだよぉ! さびしいじゃ~ん」
俺は熱くなった頬を隠すかのように、窓の景色を楽しんだ。
電車に揺られること30分。
目的地の赤井駅に着く。
「久しぶりだな……」
赤井という土地は都市部からかなり離れた土地で、大きな山々に囲まれた盆地だ。
住宅街ばかりで、あまり店や高層ビルも少ない。
だから天神や博多ほど、人口も少ないため、自ずと空気が清んでおいしく感じる。
背伸びをして、一ツ橋高校へと向かった。
大きな校門を抜けると長い坂道、通称『心臓破りの地獄ロード』のお出迎え。
相変わらず、この坂道は膝にくる。
俺とミハイルが黙って、坂道をのぼっていると隣りの車道をバイクが追い抜いていく。
「ひゃっほ~ ミーシャ♪」
「ミハイル、先に行っているぜ!」
二人乗りの花鶴 ここあに千鳥 力。
千鳥が運転していて、ハゲを隠すかのようにヘルメットとサングラス。
後部座席に腰を下ろす花鶴は相変わらずの超ミニスカートを履いていた。
もちろん、追い風でスカートはめくれあがっている。
ヒョウ柄のパンティが丸見えだ。
この人はもうスカートを履く必要性がないんじゃないかと思えてしまう。
「うん、あとでな! オレはタクトと一緒だから☆」
といって、笑顔で彼らに手を振る。
当の俺は隣りで「ぜぇぜぇ」を息を荒くしているのに、ミハイルはケロッとしている。
やっとのことで、長い坂道を昇り終えると、そこには一人の女が立ちふさがっていた。
キッとこちらを睨みつけ、俺とミハイルを交互に見つめると、妖しく微笑んだ。
「だぁっははは! よくぞ来たな! 新宮、古賀!」
赤い夕陽をバックに下品な笑い声をあげる。
「宗像先生……その前にその格好、なんですか?」
俺が指差す方向には、結婚前のアラサー女子とは思えない服をまとったお人が……。
靴はバッシュ、紺色のニーハイ、ブルマ、そして名前の刺繍が入った体操服。
ひらがなでこう書かれていた。
『3-1 むなかた らん』
ファッ!?
「ああ、これか? だって今日運動会だろ? 先生だってジャージぐらい着るにきまっているだろ」
そう言って、また大きく口を開き豪快に笑いだす。
あの……ジャージじゃないです。
完璧コスプレですよね?
だってもう立派に育ちすぎた巨乳で体操服がパッツパツですよ。
アラサーのブルマなんて見たくないです。
どこかの大人向きな映画にでも出演してきたらどうですか?
「さあ! 始めるぞ!」
「ナニをですか?」
「夜の大運動会だぁ!」
「……」
聞いてねぇ!
「やったぁ! 楽しそう!」
隣りを見ると、ミハイルがピョンピョンとその場で飛び跳ねていた。
時折タンクトップがめくれ、胸元がチラチラと見えてしまう。
彼の方が個人的にはとても可愛らしく、魅力的に感じます。
これは病気でしょうか?
俺たち一ツ橋高校の生徒は、いつもならこの時間下校しているはずなのだが……。
無責任教師、宗像 蘭によって教室へみんな集められた。
夕方に授業開始ということもあって、クラスの中はざわざわしていた。
「なあ、今からなにやるんだよ」
「えぇ……すぐ帰れないのかな」
「それより、お前ら宗像先生のムフフ写真見たかよ? あのせいで俺は右手が大忙しだったぜ……」
ん? 最後の人、なんかやつれているよ。
病欠しといたら。
皆が皆、初めての出来事にうろたえる。
そこへ先ほど、目にした汚物……アラサーの体操服(ブルマ)の宗像先生が現れる。
ブルンブルンと無駄にデカい乳を上下に揺らせながら、教壇に向かう。
何も言わずに背を向ける。
俺はそこで、「ウオェッ」とえづく。
なぜかというと、ブルマから紫のレースがはみパンしていたからだ……。
きったねぇな、ちゃんとしまえよ!
絶対サイズあってないだろ……。
隣りに座っていたミハイルが俺を気づかう。
「タクト、大丈夫か? 気持ち悪いの?」
緑の瞳を潤わせて、俺の顔をしたからのぞき込む。
するとタンクトップの襟が重力によって、下に垂れる。
彼の素肌が自然と露わになる。
女子と違って下着をつけているわけではないので、思わず瞼を閉じてしまった。
別に気をつかう必要性なんてないのに……。
顔が熱くなるのを感じると、ミハイルとは反対側に首を向ける。
早く首を曲げすぎたせいで「グキッ」という鈍い音がした。
「いつつ……」
痛めたかもしらん。
反対方向には、紺色のプリーツスカートに白いブラウスの制服。
私服が許されている一ツ橋高校には似合わない姿。
眼鏡をかけたナチュラルボブの女子、北神 ほのかだ。
あくまでも外面の表現だからね。
内面はこの人、超ド級の変態さんだから、近づいちゃダメだよ。
彼女なら恥じる必要もないと、閉じていたまぶたを開く。
そして、じーっと北神を見つめた。
いや、別に見たくてみているわけではない。
ミハイルの胸元があまりにも刺激的すぎて、一時的に視線をそらしたにすぎない。
その状態を維持していると、自ずとほのかが俺の視線に気がつく。
「あれ? どうしたの。琢人くんたらっ……。私の顔にナニかついている? おてんてんとか?」
ついてるか!
「いや、ちょっと首が回らなくて……」
咄嗟にウソをつく。
「そうなんだぁ。新作のBLをダウンロードして、自家発電、連発して寝違えちゃったとか?」
誰がそんなことで寝違えるんだよ。
「いや、それはその……」
言葉に詰まっていると、背を向けたミハイルが後ろから叫ぶ。
「タクト! なんでほのかばっかり見てんだよ! こっち向けよ、心配してんのに!」
そう言うと、ミハイルは俺の頭に両手をそえた。
細い指が耳の辺りにくる。ちょっと冷たい。
思わず、ゾクッとした。
微かに石鹸の甘い香りが漂う。
この柔らかい手の感触、匂い、アンナと同じだ。
ますます動揺してしまう。
体温と鼓動の速さが急上昇。
「タクト? やっぱ熱あんじゃないのか? こっち向け、よ!」
俺は強制的に視線を戻される。
さっきよりも、ものすごい速さと力で、「ボキッボキッ!」と音を立てて。
「いっつ!」
ヤバい、本当に首を壊しちゃったかも……。
あまりの激痛に、恥など吹っ飛んでしまった。
ミハイルは「むぅ」と唸らせて、俺の両目をのぞき込む。
もうキスしちゃいそうなぐらい至近距離。
「別に熱はなさそうだな……ホームルーム中はちゃんと黒板見ろよ」
いや、おまえに無理やり釘付けにされたんだよ。
しかも、首が本当に回らなくてしまった。
どうすんだよ、これ。
俺たちがそんなことで戯れていると、宗像先生が何やら「カッカッ」と音を立てている。
見えないが、きっと黒板にチョークで文字を書いているのだろう。
書き終えると、こう叫んだ。
「よしお前ら! 今日集まってもらったのは他でもない!」
俺は宗像先生を見ることができず、ずっとミハイルの横顔を拝んでいた。
なに、この羞恥プレイ……。
「五月といったらなんだっ!?」
知らんがな。
「そう! 運動会だっ!」
俺はそれを聞いて、ボソッと呟く。
「普通、秋だろ……」
地獄耳にその言葉が届いたのか、宗像先生が「なんだと! 新宮!」と言って激怒する。
顔は見えんからわからんけど。
ところで、俺はいつまでミハイルをガン見してればいいんだ?
「福岡は五月にやるんだよ、バカヤロー!」
だから、知らないって。
「ていうか、なんでお前はこっちを向いてないんだよ! この蘭ちゃんがブルマ姿でいるというのに!」
いや、結構です。
そうは言いたくても俺自身、首が回らないから困っていた。
すると、北神 ほのかが代わりに答える。
「先生っ。新宮くんは自家発電のしすぎで寝違えているみたいです!」
違うわ! 断固として否定する。
自家発電も最近してないし、寝違えたのもウソだ。
ミハイルのせいで、首がおかしくなっただけ。
ざわつく教室。
「おい、新宮のやつ、どんだけしたんだよ……」
「あれじゃね? 一日何発できるか極限にチャレンジしたとか?」
「ハァハァ……ぼかぁ、最高十回だよ」
だから誰もそんなことで競ってねーよ。
騒然とするなか、後ろの席の千鳥と花鶴はゲラゲラと下品な笑い声をあげている。
「ハッハハ! タクオも元気だなぁ。相変わらず」
なんか俺ってそんなイメージ固定してんの?
「超ウケる! あーしのオヤジみてぇ」
え、花鶴さんのお父さんってそんなに元気なんですか……軽く引きました。
そんなカオスな空間の中、ミハイルだけがキョトンとした顔で俺を見つめる。
「タクト……自家発電ってレンジでケーキでも焼いてたのか?」
首をかしげる。
君は本当に無知だね。そして言っていることが、いちいち可愛すぎるんだよ。
「いや、ミハイル。そうじゃなくて……」
言いかけた瞬間だった。
何か硬いものが俺の頭をガシっと当たる。
これは人の手だ。
先ほどのミハイルより、ゴツくて太い指。
指に力が入ると、激痛が走る。
「いってぇ!」
「ふむ、確かに寝違えているようだな……」
姿は見えないが、その声の主は、女性。
ミハイルが心配そうに俺を見つめている。
「タクト……やっぱりケガしてるじゃんか。早く言えよな」
お前がケガさせたんだよ!
「新宮、先生に任せろ。こんな首じゃ、運動会も頑張れないもんな♪」
「え……」
俺は相手が言っていることを、理解できなかった。
そして、「フンッ!」というおっさんのような低い声がする。
一瞬だった。
目の前には小顔のミハイルがいたのに、「バキッバキッバキッ!」と音を立てると、映像が天使からゲテモノおばさんに切り替わってしまう。
上から鋭い目つきで、俺の頬を両手で掴んでいる。
宗像先生だ。
「ふむ、これでよし♪」
先生はそう言うと、俺に優しく微笑む。
気を使ってくれて、とてもありがたいんですけど、僕の首壊れてません?
※
「えー、ではホームルームに戻る。先ほども言った通り、本日は第一回ドキドキ深夜の大運動会だ」
そんなこと、さっきは言ってないだろう。
「各々ちゃんと体操服は持ってきたか?」
持ってきてるわけないだろ!
あの少ない情報量で、どうやって体操服って思いつくんだよ。
ちゃんと手紙に必要事項は書け!
「先生、俺は持ってきませんよ」
手を挙げていうと、他の生徒たちも「私も」「僕も」とほぼ全員が挙手する。
それを見た宗像先生は「なにぃ!?」と顔をしかめる。
「忘れたのか……。ちゃんと手紙出したのに」
うん、手紙だけは送られてきたけど、情報は出してないね。
「しゃーない。この教室に全日制コースの奴らが置いてる体操服があるはずだ。それを着ろ」
ファッ!?
なんで人の物を着ないといけないんだ。
絶対に汗臭いやつだろ。
「先生、さすがにそれはちょっと……」
俺が苦言を申し出ると、宗像先生は「だぁっははは!」と口を大きく開いて笑いだす。
「なんだ? ブルマの方がいいか?」
「俺にそんな趣味はありませんよ……」
宗像先生の提案で、急遽、各自机のフックにかけてある、体操服の入った袋を手にする。
俺が勝手に借りた人の名前は『漆黒の騎士、ヒロシ・デ・ヤマーダ』
中二病のやつか。
「あ、これじゃ。オレは着れそうにないや」
隣りを見ると、ミハイルが5Lぐらいはありそうなデカい短パンを両手に広げていた。
お相撲さんかよ。
「そうだな……ミハイルには無理があるだろ」
「どうしよ。宗像センセー! オレだけ体操服大きいんで、私服でいいっすか?」
彼がそう言うと、先生は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「バカモン! 運動会には体操服は絶対必要だ!」
じゃあ体育の授業もちゃんとやれよ!
「でも……サイズがあわないし…パンツでちゃうよ」
ミハイルがうなだれていると、何やら「ドシンドシン」と地震のような大きな音と揺れを感じた。
「古賀ぐぅ~ん!」
振り返ると、そこには巨体の女の子が……。
こんなお相撲さん、クラスにいたっけ。
「わだぢのとよがったら、交換ぢない?」
そう言うと彼女は、女子用の体操服を持ってきた。
「うん、いいよ☆」
ミハイルは別に拒むこともなく、体操服を交換した。
そして両手に広げるのは、ちいさな小さな紺色のパンツ型ブルマ……。
「よし、これなら着れそう☆」
宗像先生の無茶な提案により、俺たちは急遽、全日制コースの三ツ橋生徒が使用している体操服を無断で借りることになった。
「よぉし。みんな体操服はちゃんとゲットできたな」
教室を見渡し、満足するアホ教師。
ていうか、ゲットじゃなくてパクッてんだろ。
「じゃあ、今から体操服に着替えてグラウンドに集合な!」
ん? グラウンド?
確か通信制コースの一ツ橋高校は、グラウンドの使用が許可されなかった話を聞いたことがある。
「宗像先生。武道館じゃないんですか?」
手をあげて質問する。
「武道館? 使えないぞ。あそこは今の時間は閉鎖中だ。いつもグラウンドは部活しているガキたちが邪魔でよ。昼間使えないから夕方に運動会するんだろうが」
なんかまるで俺がバカみたいな扱いされている。
その証拠にやれやれと肩をすくめて、深くため息を吐く。
武道館が使えないとなると、更衣室はどうするんだ?
地下にある更衣室で、前は着替えたのだが。
再度、俺が質問をする。
「先生~! じゃあ、着替えはどこでしたらいいんすか?」
「あぁ? この教室でやればいいだろ」
キョトンした顔で悪びれることもなく、言う。
ウッソ~!
小学生たちの体育じゃないんですよ、先生。
もう出るとこ出てるし、モジャモジャなんだから……。
宗像先生の発言にざわつく生徒たち。特に女子。
「信じられな~い! 男子に見られるのイヤ!」
「ひどい、宗像先生ったら……お嫁にいけなくなるよ」
「私は…見られる方が好き、かな?」
かなじゃねぇ!
誰だ、変態を入学させたやつは……。
盛大にブーイングが起きる。
それを見た宗像先生は教壇をバンッ! と叩きつける。
「やかましいわっ! お前らみたいな、ちんちくりんの裸なんて誰も見るか! 先生だって毎日、事務所で着替えているんだぞ! たまに三ツ橋高校の校長に見られるがなんとも思わん!」
それはそれで、羞恥心がぶっ壊れているのでは?
ふと、隣りにいたミハイルに目をやる。
彼は頬を赤くして、うつむいていた。
そして何やらボソボソと呟いている。
「タクト以外に見られるのはイヤだなぁ……」
そう言って、小さな胸に手を当てる。
俺はドキッとしてしまった。
ミハイルとアンナが被って見えたからだ。
守らないと!
そう本能的に思った俺は、再度、挙手する。
「宗像先生! 隣りの教室とこの教室で、男女分けて着替えたらどうですか?」
俺がそう言うと、女子たちが歓声をあげる。
「それいい!」
「名案!」
「チッ、せっかく露出できるチャンスだったのに」
最後の人、退学してください。
宗像先生は若干、不機嫌そうだが、女子たちの反応を見て、渋々頷いた。
「わかったわかった! なら、そうしろ! 先生は先にグラウンドで待っているからな」
そう言うとどこか悔しげな顔をして、去っていった。
去り際、後ろ姿を確認すると、未だにはみパンしていた。
吐き気を感じ、口に手をやる俺妊婦。
「ウォエッ!」
えづくと、ミハイルが背中をさすってくれた。
「大丈夫か、タクト? なんか悪いもんでも食べたのか?」
非常に悪いモノを見て、吐きそうです。
「も、問題ない……」
宗像先生がどうにか、俺の提案をのんでくれたので、女子たちは安心して隣りの教室に移動する。
残ったのはむさ苦しい男子たち。
ハゲの千鳥 力は既に上半身素っ裸だ。
鍛え上げられた筋肉を披露する。
「フンッ!」
誰も見てないのが、いたたまれない。
女子たちが教室から全員出ていくのを確認し終えると、俺も服を脱ぐ。
まずはズボンから手にかけた。
すると隣りにいたミハイルが甲高い声で悲鳴をあげる。
「イヤァッ!」
一瞬、アンナがいるのかと思った。
「ん? どうした、ミハイル?」
何を思ったのか、彼は目を両手で隠し、頬を赤くしている。
いないいないばあっ! がしたいのかな?
「タ、タクト! なんで脱ぐんだよ!」
「なんでってそりゃ着替えるからだろう……」
「あ、そうだったな…アハハ、オレ、何を勘違いしてたんだろ」
笑ってごまかす女装癖の少年。
きっとあれだな、アンナモードが抜けてないんだろう。
思わず女子の反応をしてしまったに違いない。
「じゃあオレも着替えよっと」
そう言って、ミハイルは机の上に体操服を出す。
もちろん、女子のブルマもだ。
名前が入れてあったから見ちゃったけど、『雲母 くらら』
どっちが苗字で名前かわからない。
俺はささっと着替えを済ます。
久しぶりに真っ白な体操服を着用した。
おまけに赤白帽つきだ。
こんなの小学生以来。なんか懐かしく感じるぜ。
隣りを見ると、ミハイルが「うーん」とタンクトップの上から体操服を着ようとしていた。
チッ、脱がないのか!
なんか残念だし、憤りを感じる。
上着を着ると、次に彼が手を出したのは紺色のパンツ型ブルマ。
思わず生唾を飲み込む。
つ、ついにそれを履くのか……。
ショートパンツのボタンを外し、チャックをスルスルと下ろす。
横から見ている俺からすれば、何という背徳感。
彼は男だというのに、まるで女の子がお着換えしているところをタダ見しちゃっている気がする。
息を潜み、その姿を己が眼に焼きつける。
「よいしょっと……」
頬を赤くしてショートパンツを太ももから下ろす。
その瞬間、俺は目を疑った。
なぜならば、男の彼からしたら見慣れぬ色が出現したからだ。
淡いピンク色のパンツ……いや、この場合パンティーが正式名称だ。
幼い女児に大人気のアニメ『ボリキュア』がプリントされた下着。
それ、この前、アンナの時に買ったやつだろ!
マジで履いてたんかい!
俺は絶句していた。
まさか、本当に普段から使っていたとは……。
もうこいつ女装のしすぎで、男装時と区別できなくなったのでは? と心配になる。
俺はそのボリキュアちゃんに、しばらく釘付けだった。
すると誰かが背後から頭を叩く。
「いってぇ!」
「なーに、ミーシャのことばっか見てるん? オタッキー」
振り返ると、なぜかそこには、ここにいるべきでない女性が。
ヒョウ柄のブラジャーとパンティー、上下丸出しで俺に注意する。
「花鶴!? なんで女子のお前がここにいるんだよ!」
「は? だって移動するんのもめんどいじゃん」
「もういいから下着を隠せよ!」
「別にいいじゃん♪ あーしたちダチじゃんか♪」
そう言って、なぜか俺に肩を組んでくる。
自然と彼女の柔らかい胸が、頬にプニプニとくっついてくる。
「うっ、ぐるしい……」
「ほれほれ~ ダチなんだからかたい事を言わずに仲良く着替えるっしょ~♪」
ここはストリップ劇場でしょうか?
僕は踊り子さんにチップを渡した覚えはありませんけど。
花鶴 ここあは驚く俺を見て、ゲラゲラ笑う。
「ハッハハ、あーしにブルマはかせてよ。オタッキー♪」
ここはそういうお店じゃありません!
「こ、断る!」
キモいから。
花鶴は俺にアームロックをかけて逃げられないようにする。
「まだ言うか! ダチならブルマはかせよ~ん♪」
「うぐぐ……」
こいつ、女だっていうのになんて馬鹿力なんだ。
ミハイルに引けを取らない腕力だ。
さすが伝説のヤンキーの一人か。
花鶴に腕で締められ、俺は足をバタバタさせながら、もがきくるしむ。
するとそれに気がついた男子たちが、騒ぎ出す。
「あ、ブラジャー!」
「お、パンティー!」
「パシャパシャッ!」
いや、最後のやつ盗撮魔だろ。
しかも全員、身体しか見ていない。
「オイ! ここあ! なにやってんだよ! 女子は隣の教室だゾ!」
と顔を真っ赤にして怒鳴る彼こそ、この教室に似合わぬ格好だ。
白い体操服に、紺色のブルマ。
小さな桃のような尻にフィットしたパンツ……じゃなかった。あくまでもブルマ。
太ももに食い込み、股間が少し膨らんでいる。
うん、これでようやく確認できたよ。
彼が男の子だってね!
両腕を腰に当て、花鶴に注意する。
「タクトから離れろ!」
真面目に赤い帽子をかぶって、ゴム紐まであごにかけている。
なんか、小学生時代の体育時間に戻ったみたい。
男子がふざけていると、怒ってくれる委員長タイプの女子。
ただし、股間が若干、膨らんでいる子なんだけど。
「ハァ? 別によくね? あーしらダチじゃん」
「タクトはオレのマブダチなんだよ! とにかく女のここあは、この教室から出ていけ!」
ミハイル委員長はそう言うと、花鶴さんを俺から力づくで引きはがす。
そして、まだ着替えを終えていない彼女を教室から廊下へと叩きだした。
「男子以外はこの教室使用禁止だゾ!」
そう吐き捨てると、体操服を廊下に投げ捨て、ピシャンと教室の扉を閉めた。
俺を見てニッコリ笑う。
「タクト! このたいそーふく、動きやすいよ☆」
だろうね。そういう設計なんだから。
ただ、それって女の子のブルマなんだけど。
わかってて、やってないよね?
体操服に着替えた一ツ橋高校の生徒たちは、グラウンドに集まった。
日頃は中々使わせてもらえない大きな運動場。
いつもはここで、全日制コースの部活動が行われている。
だが、今日はもう夜の7時を迎えようとしている。
三ツ橋の生徒たちは、着替えを済ませて、俺たちとは反対にグラウンドから退場していく。
「まったくこんな時間から授業を始めるなんて、宗像先生は一体どんな思考回路をしているんだ? 終わるころには深夜だろ。未成年が帰る時間じゃないぞ……」
そう言いながら、運動場の真ん中に立つ。
俺の隣りにはミハイルがニコニコ笑って並んでいた。
「でも、こんな遅い時間に遊べる授業なんて楽しいじゃん☆ オレ、ワクワクすっぞ!」
え? 聞き間違えかな。
君はそんなこと言う人じゃないでしょ。著作権侵害で訴えられるからやめてね。
他の生徒たちはバラバラに散らばり、各々が好きな場所で座ったり、談笑したりしていた。
酷い奴らなんか、近くにあったサッカーボールで勝手に遊んでやがる。
なんともしまりのない運動会なんだ。
そこへ「ピーーッ」とグラウンドに設置されていた無数のスピーカーがハウリングを起す。
俺とミハイルは慌てて、耳を塞ぐ。
「うるせぇ」
「キャッ!」
いや、だからなんで君はいつも不意を突かれると女子になるの?
俺の目の前には朝礼台がある。
見上げると、目を覆いたくなるような光景が……。
もう何度も見ているけど、アラサー教師、宗像 蘭 (体操服とブルマとニーハイ)
エグい。
「あーあー、テステス」
わざとらしく咳払いすると、先生はこういった。
「これより、第一回ドキドキ深夜の大運動会を開始する! 全員、前にならえ!」
静まり返る運動場。
グラウンドに紛れ込んだカラスが虚しく鳴き声をあげる。
前にならえと言われても、誰も列を作ってないんだよね。
ミハイルが、なにを思ったのか、俺の前に立ち。
腰に両手をやる。
どうやら、背の低い彼が一番前ということらしい。
ふむ、ならば俺もミハイルの行動に従うか。
俺は前に腕をピシッと真っすぐに伸ばす。
ミハイルの背中に人差し指が触れると、彼は「アンッ」といやらしい声をあげた。
後ろに立っている俺からすると、この位置はとても素晴らしい。
なぜならば、クイッと小さなお尻に食い込むブルマが拝めるからだ。
普通、男子と女子は一緒に並ばないはずなのだが……あ、男同士だったね。
ミハイルと俺が二人して、朝礼台の前にピッタリ並ぶと宗像先生が嬉しそうに笑った。
「おお! 古賀は偉いなぁ。お前らも古賀を見ならえ! ちゃんと列に並ばないと欠席扱いにするぞ、バカヤロー!」
怒鳴る宗像先生の大声は、小型のマイクじゃおさまりきれず、またもや激しくハウリングを起こす。
それに驚いたというか、恐怖を感じた生徒たちがあれよあれよと、俺たちの後ろに集まる。
いい年こいた高校生たちがミハイルを先頭に、両手を伸ばし、前の人のとの距離を調整する。
なにこれ? ガキじゃん。
というか、生徒の集まりが少ないから一列しか、できてない。
通信制の一ツ橋高校は、入学している生徒数が100人以上いるが、スクリーングにちゃんと顔を出すものは限られている。
籍だけ置いといて、レポートも出さずにとりあえず身分だけ確保している、なんて輩もいるらしい。
だから、せいぜい集まっても30人ばかり。
この人数で運動会なんてできるのだろうか?
「よし、ちゃんと並んだな。それでは、我ら一ツ橋高校に牙を向く、クソどもの入場だ!」
「ク、クソぉ!?」
俺がアホな声でリアクションをとっていると、スピーカーから音楽が流れ出す。
『あか~い、あか~い、山に囲まれたぁ~ 我ら我ら~ あぁ~ あか~い、あか~い……』
もう赤いのは分かったから早く唄えよ!
『赤井のぉ~赤井のぉ~ 山にそびえたつ~ 我らが我らが~ 母校ぅ~』
うるせぇ、そしてしつこい。
『みっつ、みっつ、三ツ橋高校ぅ~』
あ、これ三ツ橋の校歌だったのか。
作詞家はクビにしたほうがいいと思う。
ピッピッピッと一定の調子で、笛を鳴らしながら行進する軍団が運動場に現れた。
先頭に立って、指揮しているのは黄金。
金ぴかに光るゴールデンブーメランパンツ。
たるんだ腹と胸をブルンブルンと上下に振るわせ、剛毛の手足、オプションで大量の汗を散らしながら、こちらへ向かってくる。
「あ、あのおっさんは……」
忘れることなんてできない。
そうだ、彼は一ツ橋高校の音楽を担当している教師。
名はまだ知らない。
ただ、言えるとしたら裸の指揮者。
それを目にしたミハイルが「うっ!」と拒絶反応を起こす。
「また、あのおじさんだぁ……」
どうやら、彼は前回のスクリーングで、あの裸体を見てからトラウマになってしまったらしい。
「こぉーしん! やめぇ!」
そう叫ぶと、裸教師の後ろに並んでいた生徒たちが、一斉に足を止める。
俺たちの隣りに列を作る。
よく見れば、みんな見たことのある奴らばかりだ。
三ツ橋高校の生徒たちだった。
水泳部の赤坂 ひなた、福間 相馬。
音楽の授業で叱られまくっていた吹奏楽部の生徒たち。
それから、以前、廊下で出会った生徒会メンバー。
全員が俺たちと同様の体操服を着用している。
ていうか、こっちがパクッている身なんだけども。
ちょうど、隣りに並んだ赤坂 ひなたに声をかける。
「おい、ひなた。なんでお前がここにいるんだ?」
俺に気がつくと、手を振って笑う。
「あ、新宮センパ~イ! この前は夜明けにお世話になりましたぁ!」
変な言い方するんじゃない!
君が一方的にストーキングしにきただけだろがっ!
それを聞き逃すミハイルではない。
「夜明け? タクト……聞いてねぇんだけどさ」
顔を半分だけこちらに向け、睨みをきかせる。
おお、こわっ。
「ご、誤解だよ。あとでちゃんと説明するから……」
って、なんで俺が悪い前提で話しているんだ?
「絶対だかんな!」
そう言うと、ミハイルは「フンッ!」と視線を元に戻す。
怒っているのは理解できるんだけど、それよりも気になるのはあなたのお尻です。
だって、なんか睨みきかしたりしているけど、女の子のブルマはいているもん。
可愛いし、触りたくなるじゃん。
なんだったら、顔を埋めたい。
俺がジッとミハイルの小尻を後ろから見つめていると、ひなたが叫ぶ。
「ちょっとぉ! なんでミハイルくんがブルマしてんのよ! 女の子しか履いちゃいけないんだよ!」
た、確かに……。
ビシッと人差し指をさすひなた。
彼女もブルマ姿で、小麦色に焼けた素足がいつもより良く見える。
ミハイルがひなたに気がつき、振り返る。
「別にいいじゃん。だってオレってさ、身体が細いから男子の服じゃデカすぎるんだもんっ!」
そんなことで、ない胸をはるな!
「ハァ!? なによ! 男の子のくせして、痩せていることを女の子の私に自慢する気!?」
地面をドカドカ蹴りだす、ひなた。
ミハイルは鼻で笑って、首元にかかっていた髪の毛を払う。
「たぶん、ひなたのブルマじゃ大きくて、オレは着れないもん」
それは彼女がデカ尻だと言いたいのか。
「キーッ! 言わせておけばっ!」
ひなたのやつ、男のミハイルに嫉妬してやがるぜ。
アホくさ。
※
朝礼台の上には、ブルマ姿の宗像先生とゴールデンパンツの中年教師が立っている。
なんともカオスな光景だ。
「えー、では三ツ橋高校のみなさんに集まってもらったところで、開会式を始めようと思う! 互いのリーダーは前へ!」
宗像先生がそう言うと、事前に打ち合わせしていたかのように、三ツ橋からは坊主頭の生徒会長、石頭 留太郎くんが出てきた。
肝心の一ツ橋高校からは誰も前に出ない。
だって、そんな話聞いてないもの……。
宗像先生が、しびれをきらしたかのように、マイクに向かって叫ぶ。
「なーにをやっとるか! 一ツ橋の代表は新宮! お前だろうが!」
聞いてねーよ!
「俺?」
自身の顔を指してみる。
「今期の入学生で一番期待しているって言っただろがっ!」
それめっちゃ前に言われたことじゃん。
なに引きずってんの。
俺はため息をはく。するとミハイルが振り返って、胸の前で拳を作る。
「ファイト、タクト☆」
ふむ……ブルマ姿の可愛い子に頼まれちゃ、断りきれないよな。
渋々、前に出る。
隣りに立つ石頭くんが俺を見てこういった。
「新宮くーーーん! 元気ですかーーー!? 正々堂々とがんばりましょーーー!」
うるせぇーーー!
「りょ、了解……」
もう欠席扱いでいいから、早く帰りたい。
俺と坊主頭の好青年、石頭くんは朝礼台の前に並び立つ。
一本のマイクが置かれていた。
「えー、では開会式を始める!」
デカデカと大きな声で叫ぶ宗像先生。
隣りには眼鏡をかけた裸体の中年教師が……。
ブルマ着たアラサーとゴールデンパンツのおっさん。
変態同士、このまま結婚したら?
お似合いだよ。
「今回は三ツ橋高校の光野先生と全日制コースの生徒たちが複数参加してくれた……それにはちょっとした訳があるのだが……」
あの裸先生の名前って、光野って言うんだ。
ゴールデンパンツと言い、ピッカピカな人だね。
「本大会はバトルロワイアル形式で、行われる。つまり……今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます」
ファッ!?
一体、何十年前のネタだよ!
しかも、俺の大好きなタケちゃんをブルマで汚すな!
せめてジャージ着てやりなおせ!
ざわつく運動場。
ただ、驚いているのは通信制コースの生徒たちだけだ。
全日制コースの学生たちは別に驚くこともない。
どうやら、事前に情報を仕入れていたようだ。
俺の隣りに立っている生徒会長、石頭くんはピシッと背筋を伸ばして、光野先生の股間を見つめていた。
うーん、石頭くんって片思いしちゃってる?
しかし、宗像先生の思いつきというか、お遊びにも程があるってもんだ。
俺たち未成年を集めて、こんな夜から殺し合いとか……ちょっと教育委員会が黙ってませんよ。
悪い冗談だ。
俺は一ツ橋代表として、マイクを使い、訴える。
「質問いいでしょうか?」
「新宮! 私語してんじゃねぇ!」
ちゃんと手をあげて質問してやっただろうが。
いつまであの映画好きなんだよ。
「すみません……」
「てめーら、大人なめてんじゃねーぞ!」
なめてねーよ。ちゃんと敬語使ってるだろが。
宗像先生は意外とタケちゃんのファンだったのか。
ま、それはいいけど、ちゃんと授業やれよ。
「質問は一個までだ! 二個言ったら欠席扱いするぞ、コノヤロー!」
酷い……なんてブラックな運動会だ。
「あ、あの……バトルロワイヤル形式でしたっけ? 勝者には一体のなんのメリットがあるんですか?」
「質問は一個にしとけったろ!」
もうどうでもいいわ…。
宗像先生は「まあいい」と咳払いして、改めて説明を始めた。
「今、我が校のホープ。新宮 琢人が質問してくれたことだが……」
人を勝手に希望にすんな!
「バトルロワイヤル形式で、最後まで生き残った者には、一年分の単位をやろうと思う」
ファッ!?
なにを言ってんだ、コイツ。
運動会でMVPとったら、一年間、学校通わなくてもいいのかよ……。
とんだ教師だな。
宗像先生の発表に歓声をあげる生徒たち。主に一ツ橋のヤンキーたちだ。
「ヒャッハー! これで勝てば一年間遊べるぜ!」
「シャッアー! 単位ヤバかったらラッキー♪」
「ぼ、ぼかぁ、それよりも宗像先生の追加写真が欲しいな、ハァハァ……」
あれ? 最後はヤンキーくんじゃないね。
反して、一ツ橋の真面目組は正直、嬉しそうじゃない。
そりゃそうだろ。
毎日、コツコツとレポート書いて提出して、スクリーングにも真面目に通っている身分からしたら。
こんなこと、前代未聞だし。
バカバカしくなってくる。
俺もそのうちの一人だ。
「あ、あと、これは通信制コースの一ツ橋高校の諸君のみだ。全日制コースのみんなには悪いが、単位はやれない。だってあのクソバカ校長が許さないからな」
えぇっ、かわいそう。
なんのために集められたんだよ。
「その変わりと言ってはなんだが、本大会で優勝をおさめたのものは『なんでも一つだけ叶えちゃう権』を授与する!」
な、なにを言いだすんだ……。
七つのボールでも探したあとみたいな、サプライズじゃないか。
宗像 蘭、お前にそんな神的権限はないだろう。
ふと後ろを振り返ると、三ツ橋高校の生徒たちが何やら不敵な笑みを浮かべていた。
一番最初に目が行ったのは、赤坂 ひなた。
「フフッ……絶対に生き残ってセンパイと毎日、新聞配達させてもらうんだから…」
いや、あなたこの前、一緒に配達したやん。
それにただの仕事だから、願うことじゃない。
その次は赤坂 ひなたの背後にいた福間 相馬。
「うっし! 俺は赤坂とラブホっ!」
それはダメ。ただの犯罪。合意の元でじゃないと、法で裁かれるよ?
最後は光野先生率いる吹奏楽部。
「全国優勝をこの大会で勝ち取るチャンスよ! 3年の先輩たちと光野先生のためにも絶対生き残るわよ!」
「「「おお!!!」」」
ちょっと、待って。
音楽コンクールは実力で勝てよ。
他力本願だったら、もう出場するな。
俺はため息をついて、頭を抱える。
「なんなんだ、このバカみたいな運動会は……」
呆れていると、石頭くんがこういった。
「新宮くんは負けるのが怖いのですか?」
彼の瞳は光りこそなかったが、その眼差しはとてもまっすぐだ。
「いや、別にそういうわけでは……」
「ならば、僕と真剣勝負しませんか? 一ツ橋の皆さんにも『なんでも一つだけ叶えちゃう権』はもらえるそうですよ」
あのさ、君。仮にも生徒会長だよね?
そんな子供じみたこと、マジで信じてるの……バカじゃん。
「は、はぁ……」
「もし新宮くんに好きな子がいたとしたら……。僕が優勝して『その子と付き合いたい』なんて宗像先生に願ったらどうします?」
こいつ…俺を煽る気か。
「俺に好きな子なんて……」
いいかけた瞬間、脳裏をよぎる。
イガグリ頭の石頭くんとミハイル、いやアンナが口づけを交わす光景が。
胸にグサリと、槍が刺さった気分。
ふと、振り返る。
ミハイルが立っていた。
体操服にブルマ姿の可愛いアイツ。
俺の視線に気がつき、笑顔で手を振る。
「タクトォ! がんばれよ~」
あんな無垢な顔をしたヤツの唇を奪われるなんて……。
ミハイルの隣りにいていいのは、俺だけだ!
歯を食いしばって、覚悟を決める。
「いいだろう。石頭君、俺と真剣勝負だ」
「やはり君は一ツ橋のホープですね。いい殺し合いを期待してます」
そう言って拳と拳で、無音のゴングを鳴らす。
ていうか、命はかけないからね。
殺しちゃダメ。
俺と石頭くんの姿を見て、宗像先生が高らかに笑い声をあげる。
「だあっはははは!」
相変わらず、品のない笑い声だ。
アゴが抜けるぐらい大きく口を開いてる。
のどちんこが丸見え。
こんな体たらくだから、嫁の貰い手がないんだ。
「その意気やよし! さすが、私の弟子だ! 新宮!」
お前のところに入門するバカはいない!
「あと、言い忘れたが、これだけの優勝賞品を準備しているんだ。負けた高校には罰があるからな」
「え……」
思わず、背筋が凍る。
「負けた高校は全体責任として、運動会のあと、一晩かけて校舎、武道館、食堂、それから同じ系列の保育園、短大を掃除してもらう」
「ハァッ!?」
なにそれ、絶対に負けたくない。
それに対して、生徒会長の石頭くんが手を挙げる。
「宗像先生、よろしいでしょうか?」
「うむ、なんでもいいたまえ」
「その罰として掃除する際は、未成年の僕らだけが掃除するのでしょうか? さすがに未成年だけで残るのは良くないかと……」
さすが、生徒会長。
間違ってない、偉いぞ!
「ああ、それについては問題ない。負けた方の教師が一緒になって掃除するからな。保護者の人にも先ほど許可をもらっている」
おかあさーん! 認めちゃダメだよぉ!
「そうですか。ならいいんです」
ニコリと笑って納得する、無能な生徒会長。
しかし、引っかかる。
このバカ教師が負けたら徹夜で掃除する、なんて発想をするのはおかしい。
何か裏がありそうだ。
先生たちにとっては、デメリットしかない。
そこで俺がもう一度手をあげる。
「すいません。少しいいですか?」
「新宮!」
と叫んだあと、ブルマの中に手を突っ込む。
股間から小さな何かをつかみ取ると、俺の顔に目掛けてぶん投げた。
その行為に俺は驚き、思わず口を開いてしまった。
謎の物体は超速球でスポンと、俺の口内へストライク。
なんか暖かくて、フニャフニャしている。
恐る恐る、舌先で確かめると、微かに甘い。
グミか。
「私語は慎めったろ! で、質問はなんだ」
こんのやろうが、きたねぇもん食わせやがって。
グミを飲み込んでから、こう言った。
「失礼ですが、先生たちにとっては何もいいことないじゃですか?」
俺がそう質問すると、宗像先生はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、妖しく微笑む。
「だあっはははは! それなら心配ご無用だ! 私たち一ツ橋高校の教師たちはみんな、お前らに今月の給料をぶっこんでやったからな!」
「は?」
ちょっと、言っている意味がわかんない。
「つまりだな。この運動会は賭け試合だ。勝った高校の教師は今月の給料が二倍になっちゃうんだ!」
クソじゃねーか。違法だ!
俺は開いた口が塞がらなかった。
宗像先生は「だからお前ら絶対に勝てよ」と脅しをかける。
それまで沈黙していた光野先生がやっと口を開く。
「えー、宗像先生のおっしゃった通りだ。私もこの前、高額な楽器を借金してまで購入したからな……。すまんが、三ツ橋の諸君には死ぬ思いで頑張って頂きたい」
うん、こいつもクソ教師だったのか。
終わってんね、この学校。
一通りのブッ飛んだ説明を受けると、生徒会長の石頭君が俺に言う。
「さ、選手宣誓をしましょう。新宮くんは僕に合わせてくれればいいので」
「ああ、了解した」
なんで俺たち、一ツ橋の奴らには事前情報がないんだ?
三ツ橋の奴らだけ、把握してるのがムカつく。
きっと、宗像先生のことだから、俺たちに伝えるのを忘れてんだろうな。
石頭くんが一歩前に出る。マイクの前で手を掲げる。
俺も慌てて、彼の隣りに立ち、同様の行動をとった。
「宣誓! 僕たち~」
と彼が叫ぶ。
あ、次は俺が言うのか。
「私たち~」
ちょっと待て。このセリフは女の子の役だろ。
俺のそんな疑問を無視して、石頭くんが続ける。
「生徒たちみんなは~ 日頃の練習の成果を~」
あれ? また俺がつなげるの?
どう言えばいいかな?
「仲間たちと協力し~」
うむ、こんなもんだろ。定型文は。
すると石頭くんが俺を見て、ニヤリと笑った。
きっと「グッジョブ」と伝えたかったのだろう。
「裏切り、騙しあい、滅多糞にぶん殴り、蹴っ飛ばして……」
おいおい、なにを言いだすんだよ。
「誠心誠意、殺し合いすることを誓いますっ!」
石頭くんが壊れた。
なに恐ろしいことを言ってんだよ……。
言い終えると、ヒューッと冷たい横風が俺たちの前を通り過ぎる。
砂が目に入った。
殺伐とした空気の中、宗像先生は腕を組んで、上から俺をギロッと睨んだ。
「よくぞ言った! お前ら、最後の一人になるまで殺し合え!」
教師のいう事じゃねー!
「では、これにて開会式を終了する」
こんな世紀末な式典は初めてだよ。
※
とりあえず、式を終えると、俺たち一ツ橋の生徒たち、それから全日制コースの三ツ橋の生徒たちは二つにグループ分けされた。
一ツ橋が紅組、三ツ橋が白組。
その証拠に俺たちは帽子を全部、赤色にそろえる。
運動場に白いラインが楕円形に描かれる。
光野先生がTバック姿で、引いてくれた。
紅組が左側、白組は右側。
双方、白線の外側で固まって座る。
次の指示が出るまで、各々先ほどの話で盛り上がる。
「なあ、タクト。本当に人を殺さないとダメなの?」
涙を浮かべて、俺に相談してくるミハイル。
「そんな訳ないだろう……間に受けるな、ミハイル。普通に勝て」
悪ノリがすぎて、純朴なミーシャが困っているんだろうが。
「ねぇ、琢人くん。優勝したらなんでも願いが叶うんだよね!?」
鼻息を荒くして、興奮するのは北神 ほのか。
体操服が小さいようで、胸がパツパツだ。
キモッ。
「あれは、宗像先生が俺たちを勝たせたいがために言ったウソだろ」
誰が信じるか、生徒たちを賭け試合にするクソ教師のことを。
「わかんないじゃん! 私だったら、図書館にBL本を大量にぶち込みたいって願いにするわっ!」
ナニ言ってんだ、コイツ。そんな生臭い書物は学校が許すわけないだろうに。
「あーしは彼氏が欲しいかな~」
驚いた。『どビッチのここあ』らしからぬ、可愛らしい発言だ。
「なんだ? 花鶴はそんな願いでいいのか?」
おめーさんは、いつでもパンツをモロ出しだから、きっとそういう悩みごとはないと思ってたよ。
セ●レには苦労しないだろう。
「そりゃ、あーしだって彼氏欲しいっしょ。男らしい野郎がいいかな~」
「へ~」
どうでもいいと、鼻をほじる。
それを横で聞いていたミハイルが、急に立ち上がる。
「タクトは男らしくないよ。ものすごく汚くて女々しいヤツだからな! ここあは狙っちゃダメだゾ!」
「ブッ!」
思わず、唾を吐きだす。
近くにいた日田の兄弟に顔射してしまった。
「なに、マジになってんの? ミーシャってば」
花鶴は腕を頭の後ろにやり、腰を伸ばす。
丈があってない体操服がめくりあがり、ブラジャーが露わになる。
「ちゅーこく! タクトは変態だから願うなよ!」
オレってアンナちゃんを含めて、ミハイルにそんな風に見られてたんだ。
ちょっと軽くショックだわ。
「ハァ? 変なミーシャ。それに願いごとを決めるのはあーしっしょ♪」
鼻歌交じりで去っていく。
後ろ姿を見せると、俺はため息をつく。
こいつもはみパンしてらぁ。ブルマは身体が大きい人には向いてないな。
宗像先生の言った『願い事』でガヤガヤとにぎわう。
そんなことをしていると、準備が整ったのようで、運動場に白いテントが設置されていた。
テントの中には横長のテーブルにパイプイス。
一列になって、宗像先生、光野先生が座っていた。
スピーカーから酒やけしたガラガラ声が流れる。
「あー、では第一種目、『ファイナルデッド二人三脚』を行う!」
なんだよそれ。ただの二人三脚だろ。
「すぐにペアを作るように! 尚、本種目は早いもの勝ちだ。四つのペアを走らせ、一番最初にゴールしたものが次の試合に進める。その他の奴らは脱落、つまり死亡だ」
だから死なないだろうが。
「なるほど、二人で勝ち残ればいいわけか……」
俺が情報を整理していると、ミハイルが俺の腕に抱き着く。
「タクト! オレとペアを組もうぜ☆」
「ああ……」
組まないと殴られそうだもんね。
※
俺はミハイルの細くて白い脚に、紐を通す。
「あひゃっ、くすぐったいよ☆」
変な声を出すな。ドキッとするだろうが。
彼の右足と俺の左足を密着させ、紐で固定する。
「勝つぞ、ミハイル」
「うん☆」
俺たち以外にレースに出場したのは、一ツ橋から日田兄弟。
それから三ツ橋の吹奏楽部の女子二人、あとは生徒会のおかっぱ女子組。
光野先生がスタートラインに立つ。
もちろん、パンツ一丁で。
夕陽が落ち、辺りは暗くなりだす。
「よおい……」
ピストルの音が運動場に鳴り響く。
「ドン!」
「いくぞ、ミハ……」
言いかけた時は既に遅かった。
「うぉおお!」
ミハイルは全速力で、走り抜ける。
他の連中なんか、全然追いつけないほど。
もちろん、この俺もだ。
つまり、どういう状態かというと、馬にロープをかけて引きずり回されているようなものだ。
ミハイルの速度についていけなかった俺は、地面に顔を叩きつけられる。
「いってぇ! ちょっ……グヘッ…待って!」
だが、俺のそんな叫びもむなしく、彼の耳には届いてない。
「負けないゾぉ!」
両腕をブンブン振り回して、走り抜ける。
その度に、俺の頭が上空にバウンドしてはまた地面に直撃する。
なんて馬力だ。
もう処刑に近い。
口の中が土でいっぱいになった頃、やっとのことで彼が足を止める。
俺はよろよろと立ち上がった。
「ゴールしたのか?」
土をペッペッと吐きだしながら、ミハイルに聞く。
「ううん! まだだよ! 変な箱が置いてある」
「箱?」
目の前を見ると、机の上に青いプラスチックのケースが。
箱の中は白い粉で埋もれていた。
「なんだこれ?」
「ああ、こりゃアレだな。アメ食いだ。この砂の中にアメが入っているから、手を使わずに口で探せ」
「わかった!」
俺とミハイルは同時に顔を突っ込む。
目をつぶると、唇の感触だけで固形物を探し出す。
ミハイルの行動は確認できないが、きっと彼なら大丈夫だろう。
「ペロッ、チュッチュッ……んんっ…プハッ! ハァハァ…」
なんだ? 隣りからめっちゃいやらしい音が聞こえてくる。
「んん……も~う、なにこれぇ。んん、チュッチュッ…」
俺はアメ探しどころでは、なくなっていた。
耳をすませば、聞こえてくる。このエロチックな咀嚼音。
「んちゅっ、ぱぁ……レロレロ、んっ、ちゅちゅ……」
なんか音がどんどん俺の方へ近づいてくる。
まさかな…嫌な予感が走る。
俺だけでも先にアメをゲットして、顔を上げようと急ぐ。
負けじと、その音も早くなる
「レロレロ……」
クッソ! 中々、見つからないな。
「んっ、ハァハァ……チュッチュッ」
迫りくる可愛い声。
ヤバい!
カプッ!
やっと見つけた。
前歯でしっかり固定すると、勢いよく顔をあげる。
「プハッ!」
どうにか、彼が近づく前にアメをゲットできたな。
ん? なんかアメが重たく感じる。
何かこう、横に引っ張られるような……。
白い粉で視界が覆われていたので、よくわからなかったが、微かに「ハァハァ」と誰かの吐息を感じる。
瞼をパチパチさせて、粉を落とす。
すると徐々に、視界が回復してきた。
「タ、タクトぉ?」
「あ……」
寸前だった。
俺とミハイルは接吻する直前で、静止していた。
そう、一つのアメを二人でかじっていた。
気がついたミハイルは驚いて、歯の力を緩める。
自然とアメは俺の口に入り込んだ。
ビックリしていたのは、彼だけではない。
俺は思わず、アメを飲み込んでしまった。
「食べ、ちゃったんだ……」
彼は頬を赤くして、俺を見つめる。
これは事故だ。
だが、彼と唾液交換してしまったことも事実だ。
その後、俺とミハイルはめちゃくちゃ突っ走って、首位を獲得できた。
まるで全てを忘れたいがために……。
二人三脚のレースは終了し、勝利したペアが次の種目へと出場できることになった。
生徒の三分の一ぐらいが脱落。
テント前にはスコアボードが立てられている。
白組である三ツ橋が9点。紅組である一ツ橋が8点。
五分だな……。
宗像先生がマイクを手に持つ。
「続いて~ 第二種目! 『死ぬまで帰れ騎馬戦』を始める!」
だから、なんで戦って天国にいかないといけないんだよ。
死ぬのが前提とか、ヴァルハラか?
「先ほどとは違い、四人でグループを作れ!」
「またか……めんどくさいなぁ」
ふと後ろを振り返る。
そこには赤い帽子を被った華奢なブルマ姿の少女……じゃなかったミハイルが。
何やらニコニコ嬉しそうに笑っている。
しかも、俺の背中にぴったりと胸をくっつけている。
ドキドキしちゃうからやめてね。
「タクト! もちろん、オレと組むよな☆」
目をキラキラと輝かせて上目遣い。
「ああ……」
どうせ断ったら怒るんだろ。
「はいはーい! あーしも混ぜてまぜて~♪」
そう言って手を振るのは、花鶴 ここあ。
「えー。オレとタクトの二人でじゅーぶんだっつーの」
いや、騎馬戦はふたりじゃ無理だってーの。
「いいじゃん、ダチだろ~ ミーシャってば~」
そう言うと花鶴はニヤニヤ笑って、自身の胸をミハイルの顔にグリグリとくっつける。
やられた本人はすごく嫌そう。
「やめろよ、ここあ! キモい!」
ひどっ! 仮にも幼馴染の間柄なのに。
「あ、年上のあーしをそんなん言うのはこの口かぁ~?」
花鶴は何を思ったのか、ミハイルの頬を片手で掴み、力を入れる。
するとあら不思議、彼の小さな唇がぶに~っと前に出る。
おちょぼ口してるみたい。
ちょっと、かわいいかも。
いいなぁ、俺もやりたいわ。
「だに、ずずんだよぉ! ごごあ!」
両腕をブンブン振り回すが、彼の手が花鶴に当たることはない。
身長の差だ。
「ハハハッ! あーしを仲間外れにしようとするからっしょ♪」
あのミハイルを片手で制御するとは……さすがどビッチのここあさん。
そこへ一人の巨人が現れる。
頭が禿げあがったおっさん。
「お前ら、仲間割れしてる場合じゃねぇだろ!」
コツン! と二人の頭を小突く。
「キャッ」
「いってぇな」
ミハイルの方が女らしくて草。
「タクオ! 俺も加勢するぜ」
そう言って、親指を立てるのは千鳥 力。
「リキ! お前までオレたちの邪魔すんのかよ! 二人でじゅーぶんなのにっ!」
いや、だから無理だって。
ルール、わかってんの? この人。
「ああ、これでちょうど四人だな。そうしてくれ」
半ばどうでもいいと言った感じで答えた。
人に声をかけてメンバーを集めるのも一苦労だしな。
ミハイルと昔から仲の良いこの二人なら、連携も取りやすいだろう。
「もう、タクトのバカッ!」
俺の思惑とは裏腹に、ミハイルは不機嫌そうに地面を蹴り上げる。
なんで怒ってんだ?
あれか、女子の北神 ほのかとか欲しかったのか?
一応、あいつも可愛いし。一応、おっぱいもデカいし。ただ、変態だけど。
※
俺たちは役決めをするまでもなく、配置は自ずと決まる。
先頭の騎馬が千鳥、そして後尾の騎馬役が俺と花鶴。
そして肝心の騎手はミハイルだ。
各々、準備が整ったところで、宗像先生からルールが説明される。
「この競技に関してだが、至ってシンプルだ。一つでも相手の帽子を奪ったグループは勝ち。そのまま三種目に出場できる! 勝負がついた時点で勝っても負けても退場してもらう!」
「ふむ、本来の騎馬戦とは違って、団体戦ではないのか……」
あごに手をやり、作戦を考える。
すると、誰が俺の肩をポンッと叩く。
「タクト☆ オレがついってから負けないって☆」
ウインクする天使が一人。
「わかった、頼んだぞ。ミハイル」
「うん☆」
俺は前から見て、左側の騎馬役になった。
右手を先頭の千鳥と繋ぎ、鐙をつくる。
反対側の手で彼の肩に手を当て、騎手役のミハイル様の鞍が出来上がり。
「よぉし、三人とも! 気合入れろよな☆」
そう意気込み、彼は軽々と地面から跳ね上がる。
ストッと腰を下ろし「立っていいゾ☆」と叫ぶ。
命令された通り、俺たちはミハイルを乗せて立ち上がった。
そこでやっと気がつく。
彼のブルマが……いや、小さな桃のような尻が、俺の左腕にぴったりくっついていることに。
思わず、生唾を飲み込む。
だって目の前に女子のブルマが……あ、いや男だった。
俺の邪な考えを察知したのか、ミハイルが振り返る。
「タクト!」
「え……」
「気張れよな☆」
「あ、はい」
なぜか敬語。
だって別の意味で緊張して、ドキドキしちゃうもん。
試合どころではない。
そうこうしているうちに、ピストルの音が鳴り響く。
「はじめぇい!」
「リキ! あそこのグループに向かってくれ!」
ミハイルが指をさして、千鳥に命令する。
「おし、まかせろ! タクオ、飛ばすからちゃんとついてこいよ」
「ああ……」
俺はどこか上の空だった。
頭の中はミハイルちゃんのブルマとお尻でいっぱい。
「いっけぇ!」
ミハイルの叫び声と共に、千鳥の手に力が入る。
瞬間、激しい豪風が目の前を舞う。
気がつくと、俺は一人で立っていた。
というのも先頭の千鳥が先走りしすぎて、俺だけついていけず、伝説のヤンキー三人だけで敵陣に突っ込んでいく。
「あらら……」
一人、運動場で置いてけぼり。
こんなところでも俺はぼっち、放置プレイを楽しまないといけないのか?
ミハイルたちはもう遠いところで、頑張ってらっしゃる。
騎馬戦って3人でもやれたんすね。
初めて知りました。
俺はその場で体操座りする。
半分、涙目だけどな。
数分後、ミハイルたちが帰ってきた。
「あれ、タクト。そんなところにいたの?」
片手に白い帽子を持って。
見上げると、ミハイルの金色に輝く長い髪が眩しく感じた。
「すまん、力不足だったな……」
完全にすねていた。
置いていかれたことに。
「アハハ……気にすんなよ、タクト。勝てたからいいじゃん☆」
「そうだぜ、タクオ! 無能もスキルの一つだぜ?」
おい、ハゲ。お前いま俺のこと無能って言ったか。
ぶち殺すぞ!
「オタッキーてば、あれじゃね。自家発電のしすぎでバテてたんじゃね?」
違うわ! Me Too運動起こすぞ!
「え? タクトってば、こんな時もレンジでお菓子作りしたかったのか」
頭痛い……。
「ミーシャ、オタッキーはあれだよ。ブルマで興奮したんっしょ♪」
ケラケラと品のない笑い方だ。
しかし、当たっている。
見ていたのは女子じゃなく、男子のミハイルだが。
「えぇ、ブルマって、ただのたいそーふくだゾ?」
純真無垢なミハイルちゃんには、ブルマの尊さが理解できてない。
「あーしが魅力的すぎんしょ♪」
頼んでもないのに、尻を突き出す。
いや、断じてお前じゃない。
それを聞いたミハイル殿が顔を真っ赤にする。
「なんだと! タクト、ここあのブルマをそんな目で見てたのかよ!」
違うって、あなたの見てたんだよ。
それを面と向かって、言えってのか?
「違うよ……」
「じゃあ誰のブルマ見てたんだ!?」
なにこの尋問、死にたい。
「言ってやれよ。タクオ……おめーも男だろが」
千鳥、男だからこそ、言えないよ。
俺は立ち上がって、ズボンについた砂を手ではらう。
ミハイルは未だ、千鳥と花鶴たちの上に乗っかっている。
聞こえるか聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。
「見てたのはお前……だよ」
頬が熱くなるの感じた、と同時に背を向けて退場する。
チラッと、彼を見たが「へ?」といった顔して、首をかしげていた。
「おまえってことは……オレ?」
自身の顔を指差してはいるが、理解できてないようだった。
お馬さんの二人は、顔を見合わせて答えを探る。
「タクオは一体誰の尻を見てたんだ」
「リキのケツじゃね?」
それはない。