気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


「ね~え、タッくん……タッくんてば……」
 目の前には一人の少女がいる。
「たっくん、起きてよ☆」
「ああ、ミーちゃんか……おはよう」
 俺がミーちゃんと呼ぶ彼女は緑の瞳を輝かせ、金色の髪はポニーテールにして大きな赤いリボンでまとめている。
 しかも、かわいらしいフリルのエプロンをかけている。
 これで猫耳つければ、最高かよ。

「おはよ☆ 朝ご飯できたよ?」
「もうそんな時間か」
「顔を洗っておいでよ。私、リビングで待ってるね☆」
 そう言うと彼女は俺の頬に軽くキスをする。

「お、おう……」
 俺は戸惑いながらも、言われるがままに歯磨きと顔洗いを済ませ、リビングに着く。

「うん! スッキリしたね☆ 今日もタッくんはタッくんだね☆」
「そういう君はミーちゃんだな」
「「ふふふ」」
 見つめあって互いを確認するとイスに座る。

「今日もあっついね~」
 そう言って彼女はエプロンを隣りのイスにかけると、胸元があいたキャミソール姿になった。ちなみにイチゴ柄。
 パタパタと襟元で仰ぐ。その度に透き通った美しい白肌が垣間見える。
 もう少しで胸が見えそうだ。
「……」
 俺が呆然と彼女を見つめていると、「タッくん、早く食べないとお仕事遅れちゃうよ」と朝食を早くとるように促される。

「あ、いただきます」
「どうぞ☆」
 テーブルに並べられたのはホットサンド、サラダ。コーヒー。
 ホットサンドに手をつけると、俺好みの卵の味付けだということがわかる。甘いやつ。

「おいしい?」
 彼女は俺のことを愛おしそうに両手で頬づいて眺めている。

「ミーちゃんは食べないのか?」
「私はあとがいい」
「なんで?」
「だって、タッくん。今からお仕事でしょ? 帰ってくるまで長いこと会えないじゃん、寂しいから目に焼き付けときたいの」
「そ、そうか……」

「ほら……ケチャップついてるよ」
 ミーちゃんは俺の口元からケチャップを細い指で拭う。
 それを自身の桜色の唇に運んだ。
「間接キス☆ って、もうこんなのじゃときめかない?」
「……」

「ねぇ、タッくん……私のこと、今でも愛している?」
「もちろん……だよ、君ほどかわいい子はこの世で見たことがない」
「もう!」
 そう言うと彼女は頬をふくらませた。
「なんだ?」
「なんだじゃないでしょ? 私の質問に答えてない! もう一度聞くよ? 私のこと愛している?」
 むくれる彼女に俺は苦笑する。
「すまない……言い忘れていたよ。俺はミーちゃんを世界で一番愛している」
「嬉しい☆」
 そう言うと彼女はテーブル越しに俺の唇を奪った。
「ん……」



「だぁぁぁぁぁ!」
 なんだ今のクソみたいな夢は!?
 俺がなぜ、あんなやつと……。
 あいつは……あいつは、まごうことなきヤンキーで正真正銘の男の子!
 古賀(こが) ミハイル。
 俺は「やりますねぇ~」の動画を見すぎた影響が出たのか? と自身を疑った。


 スマホを見ると午前3時を示していた。
 もう少しでアラームが鳴るところだ。
「仕事、行くか……」
 俺はアラームを解除すると、簡単に着替えを済ませ、家族を起こさないように静かに家を出た。

 先ほどまで見ていた悪夢を振り払うかのごとく、自転車のペダルを力いっぱいこぐ。
 なんで、あいつなんかが夢にでるのかね……。
 古賀 ミハイルか。
 正直、今まで俺はノン気だと思っていたのに、まさか両刀使いではあるまいな?
 いかんぞ、琢人。あれは女のように見えるが、ただの男だ。
 認識を改めよ!


「おはようございます」
 店に入ると、既に何人かの同僚が支度を済ませて、バイクを店から出していた。

「おはよう、琢人くん。昨日は入学式だったんだろ? どう、可愛い女の子とかいた?」
 期待を膨らませた『毎々(まいまい)新聞』真島(まじま)店の店長が言う。
「いやぁ……」

 一瞬、脳裏にあいつが浮かんだ。
 古賀 ミハイル……確かにあいつは俺が出会った人生でどんな女の子よりもかわいかった。
 天使だ、天使すぎる男の子だ……。
 そんなグレーゾーンな輩は俺の性格が認めることなどないのだよ!

「店長……尋常ないぐらいのバカ学校で、ブスばかりでしたよ」
「そ、そう……」
 店長の苦笑いが辛い。
「で、三年間やれそう?」
 そう言いつつ、店長はぎゅうぎゅうに丸めた新聞紙の束をバイクの荷台に積んでいる。
「どうですかね……」
 俺は視線を店長からバイクにそらす。

 この毎々新聞の真城店でお世話になって、早6年。
 小学校4年生にして、この世に絶望し「学校なんて俺にはいりません!」と豪語し、まだ白髪の少ない店長にせがんだ。
 店長はあの時「君が学校に行きたくなるまで責任をもって預かるよ」と優しく頭を撫でてくれた。
 いつだって俺の味方でいてくれた。登校刺激もしないし、「うんうん」と俺の話を聞いてくれる恩人だ。

「だってさ、僕もずっと思ってたんだよ……琢人くんを小さいな時からここで預かってはいるけど、このままでいいのかな? ってさ」
「なにがです?」
「琢人くん、中学校だってろくに通わなかったでしょ? 正直、休日に映画ばかり見に行く君がね……僕は責任感を感じてしまうんだよ」
 いや、映画館はリア充も行きますよ? 映画を責めないでくださいますか?

「……」
「君が小学生の時、この店に来て以来、頑張っているのは知っているよ。けど、同じ年代の子たちは毎日学校に行って、友達と勉強して、帰りなんか天神(てんじん)とかで遊んじゃってさ……」
 最後の言葉に引っかかる俺は、すかさずツッコミを入れる。

「天神なら俺もよくいってますよ」
「いや、それって“もう1つ”の仕事でしょ?」
 もう1つの仕事とは小説家のことだ。
 相変わらず的確なツッコミ返しだ……俺は幼いころからこの人のことを掴みづらいところがある。
「それは否定できませんが……」

「僕はさ……高校いけてないんだよ」
「店長って中卒だったんですか?」
 教養のありそうな喋り方をするのでてっきり大学までいっているのかと思っていた。
「うん、僕の父が病で倒れてからはこの店を手伝ってさ……恋愛だってろくにできなかったよ……」
「でも、奥さんもお子さんもいらっしゃるじゃないですか?」
 そう言って、店長の自宅でもある、店の二階を指してみる。
「ああ、それはね……」
 そう言うと店長は少し遠い目で、どこか寂しそうに語る。
「実は僕、お見合い結婚なんだよ」
「はぁ……」
「別に妻のことも愛しているし、子供も生まれて幸せだけどさ……」
 それってリア充じゃないのか? なんだ自慢か?

「ならいいじゃないですか? 俺もいつかは……とか思いますけど。別にお見合いでも良くないですか?」
「でもさ……君みたいな若い男の子がこう、なんていうかさ。勿体ない気がするわけだよ」
 いや、なんか今日の店長えらく語っちゃってるし、俺の存在もすんげー可哀そうなやつになってるよ?
「青春は1回しかない……そんな気がするんだ。だから君には取り返しのつかないように、高校生活を楽しんでほしいよ」

 おっかしいな~ これって何かのフラグ?
 俺は入学式の帰り際。駅のホームでクソ編集のロリババアとメールのやり取りを終えたあと……。
 退学しよっと♪ てへぺろ☆
 みたいな感じで決心してたはずなのに、なんでバイト先の店長にここまでガチガチにマウンティングされているの?


「店長のお気持ちはありがたいです。ですが、俺は……この新聞のように物事をなんでも白黒ハッキリさせないと落ち着かない性分でして……昨日も入学した高校のバカさ加減に呆れていました。正直、動物園ですよ、あそこは」
 いや、マジで。
「フフ、バカだろうと動物園だろうといいじゃないか。はい、バイクの準備OKだよ」
 そう言って店長がバイクを外に下ろす。
 なんかこのまま「君の高校生活は僕が逃がさない!」てな感じになってない?
 ここは丁重にお断りすべきだ。

「俺はあんなところ、絶対にイヤです」
 それを聞いた店長がニッコリと俺に微笑みかける。
「顔を見ればわかるよ。何年君を見ていると思うんだい? だからこそ、僕にはわかる」
 店長は嬉しそうに語る。
「え?」
「入学前の君とは顔つきが違うんだよ。なんだか嬉しそうに見えるよ、僕には」
 そんな人の顔でなにがわかるんだ?
 能力者とでも言いたげだな。
 一時期流行ったよな、俺の右目には邪眼がっ! とか……。

「俺の顔がうれしそう……?」
「うん」
 店長は「次は君の番だよ」と微笑むと、バイクの鍵をまるでバトンのように手渡す。
「じゃあ気をつけていっておいで」
「はい、いってきます」

 俺はアクセル全開でバイクをぶっ飛ばす。もちろん法定速度でな。
 なんなんだ、みんながみんな。俺をまるで『可哀そうなヤツ』みたいな扱いしやがって……。
 立派な社会人だし、小説家だし……。
 べ、別に収入だってあるんだからね!

 そんなに人格破綻者に見えるか?
 友達だって、小学……三年生まではいた……よね? 記憶が曖昧すぎる。

 恋人だって、きっと俺の小説がアニメ化さえすれば、アフレコ現場に取材して可愛いアイドル声優に出会い、『先生の大ファンなんです! 抱いて!』と迫れて、今流行りの『授かり婚』も乙な生き方だろう。

 まあかく言う俺はそんな不作法な真似はしない。
 ちゃんと声優とSNSで匂わせてからの結婚して、子供を三年後に生むのがベストだ。
 なぜ三年も空白がいるのかというとだな。
 声優の嫁さんとイチャイチャする時間がないだろ?
 子供にとられるまでは俺のもの!
 そう、最高な人生計画、明るい家族計画。
 すべては俺のシナリオ通りなのだ。
 

 だから……みんな。そんなに俺を憐れむような目で見ないでくれ。
 俺は今までだって一人でなんでもやってこれた。それなりに楽しめていた。
 あんな動物園だけは絶対に嫌なんだよ。

「そろそろか……」
 スマホで時刻を確認すると、『19:00』
 衛星放送でラジオを流しているらしく、自宅にバカでかいアンテナが送られてきた。
 それをテープに録音したり、聞くことで毎日の授業となるらしい。
 これまたアナログなこって。

「ったく、なんでこんなおもしろい番組ばっかやっているゴールデンタイムに勉強なんだ? 朝、やれよ」
 文句を言いつつ、机の上にはちゃんと教科書とレポートを用意している。
 俺が見るに空欄を埋めたり、選択式の小テストのようなものだ。
 正直、内容も中学校のおさらいに近い。
 入学前にめっちゃ勉強していた俺がバカらしく思える。

 放送が始まり、教師らしき男性が棒読みで授業をはじめる。
 声優学校に通ったら?


「それではレポートの問一がありますね、これは〇〇です」
「え!?」
 まんま答えじゃん!
 その後もほぼほぼ答えを言って三十分の授業は終わり「また来週~」

 他の授業も大半がそれ。

「……」
 俺は入学式に配られたプリントを出し、説明を読み直した。

『入学したバカどもへ、どうせお前らはラジオ自体を聞かないでレポートを他人から写そうとしているのがバレバレだ』
 写すまでもないんですけど。
『とりあえず、何かわからないことやラジオを聞き逃したり、録音できなかったりとトラブルにあったときは一ツ橋高校の事務所に来い! べ、別に毎日来てもいいからな! 私は暇とか寂しいとかじゃないぞ!』
 最後のセリフ、キモッ!


 翌日、新聞配達を終えた俺はアポなしで一ツ橋高校に出向いた。
 だって、クソだって判明したんだもの!

 俺はわざわざ、文句だけ言いに一ツ橋高校へと出向いた。
 電車代はもち自腹、返してくれますかねぇ。

 今日は平日なので全日制コースの三ツ橋高校は授業中だ。
 俺が私服なもんで、校舎を歩いていると制服姿のリア充どもが「なんだ、コイツ?」みたいな一瞥しやがる。
 一ツ橋高校の生徒だ! という顔で歩く。
 廊下を何食わぬ顔で歩いていると明らかに校則違反のミニ丈JK。三ツ橋生徒とすれ違う。
 いい生足、痩せすぎず筋肉質なところが健康的で素晴らしい。

「ちょっと、そこのきみ!」

 振り返るとそこにはボーイッシュなショートカットの女子がいた。
 いかにも部活やってますってかんじの活発そうな子だな。
 日に焼けていて、スクール水着とか着せたらエロそう。

「え、俺?」
「そうよ、きみよ!」
 きみとかいってけどさ……お前年下だろ? 敬語使え。

「なんか用か?」
 俺は「そのケンカ買ってやる」と彼女と真っ向から向き合う。
 ちょっと照れちゃう。褐色で目も大きいし、筋肉質なせいか胸もあまりない。
 まあまあ好みかも~ 貧乳スク水、大好物!

「あのね、言いたいことはたっぷりあるわ! あなた、なんで私服で登校しているの?」
 そう来たか。
「俺は三ツ橋の生徒ではない。通信制の一ツ橋の生徒だ」
 すると彼女は顔を真っ赤にして、うろたえる。
「ウ、ウソよ! そう言ってたまに私服で来る生徒とかいるのよ! あなたは風紀を乱しているわ! それに不法侵入とも限らないわ」
 いや、お前のミニ丈スカートの方がよっぽど男子の風紀を乱しているがな。

「あのな、俺は暇じゃないんだ……」
 そう言うと、彼女に背を向けた。
「待ちなさい! 証拠を見せなさい!」
 は? 俺は高校生ですけど、男ですけど、股間でも見たいのか?
「なんだ、俺を小学生と疑っているのか? そんなに俺の股間を確認したいのか?」
 JKは耳まで真っ赤になる。
「バ、バカ! 生徒手帳よ!」
「なんだ、そっちか……」
「普通そうでしょ!」
 俺はからっていたリュックから生徒手帳を出す。

 まあなんだ、この生徒手帳とやらに俺は長年苦しめられていたのだが、1つだけ有効利用できるぞ。
 映画館だ。今まで大人料金だったからな。学生として割引されるのが最高だ。

「ほれ」
「ん~」
 彼女はじっと俺の生徒手帳を見る。
 そんなに人の証明写真見つめないで、惚れちゃいそう。
「あ!」
 思い出したかのように、彼女は姿勢を正す。まるで軍隊のようだな。
「あ、あの! 年上の方とは思いませんでした! 失礼しました!」
 そう言って気まずそうに、彼女はその場から立ち去ろうとしたが、そうはいかん。
 フェアじゃない。

「待てよ……お前、俺にだけ個人情報を晒させる気か」
「な、なんのことでしょう……」
 その振り返り方は錆びたロボットだな。油をさしてやるから服を脱げ!
 色々と確認してやる。

「お前も見せろ、生徒手帳。俺に“不法侵入”とかいう疑惑を立てたんだ。お前が不法侵入者だったらどうする?」
「はぁ! 私は見ての通り、正真正銘のリアルJKで、三ツ橋高校の生徒ですよ」
「わからんだろ、ただの通りすがりのJKのコスプレをしたおばさんかもしらん」
「そんなやつどこにいるんですか!」
「俺の知り合いでいるんだよ。アラサーのくせして、子供服を平気で着用しているバカ女が」
 バカ女とは度々、劇中に現る『ロリババア』の担当編集のことだ。
「ええ……」


「まあとにかく見せろ」
「知ってどうするんですか! ま、まさか私のことを狙って……」
 そうやって、胸を隠すぐらいならミニ丈になぞすんな! 男は勘違いしやすい生き物だということ再確認しろ。
 自意識過剰な子だ。こういう子、ダメネェ~ ワタシ、キライネ~

「それは違う。不平等だと言いたいのだ。俺だけ見せて、お前が見せないというのがだ」
「は?」
「俺は物事を白黒ハッキリさせないと気が済まない性分なのでな」
「白黒って……ま、まさか! 私の……見たんですか!?」
 そう言って、ミニのくせしてスカートの裾を少し下ろす。
 白黒のパンツってなんだろ? シマパン?

「お前の脳内はお花畑か? 勘違いだ。立場が平等であるべきだろう。俺とお前はコースさえ違えど、同じ五ツ橋(いつつばし)学園の生徒だ。そこはちゃんとしっかりさせろ」
「わ、わかりました……」
 そう言うと、JKはブレザーの胸ポケットから生徒手帳を取り出した。
「ふむ……」
 証明写真の頃はまだロングヘアーか。今のショートカットの方が俺好みだな。
「な、なんですか? もう良くないですか? 長くないですか?」
「まだ見終わってない」
 名前は1年A組、赤坂(あかさか) ひなた……スリーサイズは書いてないよな……。

「赤坂 ひなたか、認識した。今度からは気をつけろよ」
 俺がそう名前を呼ぶと、赤坂はなぜかビクッとした。
「は、はい……」
「お前の性格も中々におもしろいな。いいセンスだ」
 一度でいいから言ってみたかった。
「いい……センス?」
 お前も言いたかったのか。

「若いのに大した根性だと褒めている。お前も曲がったことが大嫌いなタイプだろ?」
 赤坂は目を丸くして俺を見つめている。
「なんで……わかったんです?」
「この天才、新宮 琢人がそうだからな……」
「そう、ですか……」
 なぜか彼女は言葉を失っている。
 しおらしいところもあるのね……あ、女の子だから聖水か!?
 これは撤収してやらねば! 俺ってばジェントルマン♪

「赤坂、お前は女だ。俺のように衝突ばかりしていたら、いつか身を危険に晒すぞ? もうこういうことはやめとけ」
「な、なんで新宮先輩にそんなこと言われなきゃ……」
 年上って分かったからって、先輩呼ばわりすな! 仮にも身分的には同級生だろが!
「忠告はしたからな、じゃあな!」
 そう言って、俺は振り返らずに手を振った。
 やべっ、今の俺って超カッコよくない? 惚れさせてしまったかも?

 一ツ橋高校の事務所にたどり着くとノックを2回ほどする。
 奥から「入れ」と女の声が聞こえる。

「失礼します」

 事務所のカウンターの後ろで、宗像先生は一人背中を向けて座っていた。
 ボロくて汚いマグカップでコーヒーを啜りながら、レポートに目を通している。

「おう、新宮か? なんだ、わからないことでもあったか?」

 イスを回した宗像先生はこれまた風紀乱しまくりな格好をしていた。
 全身チェックのボディコン、胸元ザックリ、座っているのでパンツもモロ見え。
 紫のレースか……。

「わからない? ……このアホな問題がですか?」
 リュックから昨晩書き上げたレポートを宗像先生の机に放り捨てる。
「ふむ……おお、お前頭いいな! 全問正解だ、よくできました♪」
 なんだろう、褒められているのに、この屈辱感は。

「あのですね……ラジオで答え、丸分かりなんですよ。ただ、教師が言ったことを空欄に埋めるだけの作業じゃないですか? バカにしているんですか?」

 そう言うと、宗像先生は鬼の形相で立ち上がった。
 ピンヒールをはいているせいもあって、男の俺が見上げてしまう。しかもこの人、元々が女にしては背が高いし……。

「新宮……お前。文句だけ言いに、わざわざこの私へと会いにきたのか!」
 こわっ! 生徒を恫喝している教師とか、今時いるんすね。

「そ、そうですよ。こんなんじゃ、卒業とか楽勝すぎるでしょ。通う意味あるんですか?」
「何が言いたい?」
 彼女の目はどんどん険しくなる一方だ。
「こんなレベルで高校卒業とかありえんでしょ? それに先生は“レポートを写すな”と強調されていたでしょ? 写すまでもないって言いたいんですよ!」
 宗像先生は俺の問いに睨みを聞かせると、何を思ったのか、棚から汚いマグカップを取り出す。
 その汚いマグカップでコーヒー飲ますの? やめて、俺いらないよ?

「新宮……本校で一番、大切なものは何だと思う?」
「ん~、勉強?」
「ばかもん」
 宗像先生は棚から賞味期限のシールも曖昧なインスタントコーヒーを取り出すと、お湯を注ぐ。
 うわっ! 腐ってないの?
「ほら、座れ」
 そう言うと事務所奥のソファーに通される。
 どうやらここが、生徒と会話する場所らしい。
 得体のしれないコーヒーを机に置くと、先生はドスンと反対のソファーに座る。
 パンモロってレベルじゃねーぞ。

「いいか、お前のはじめての授業は“継続”だ」
「は、はぁ……」
 これって絶対授業とか言いつつ、説教に入るパターンだろ。
「あのな、全員が全員、ラジオを聞ける環境も多くない」
 今時、ラジオなんてどこでもあるだろ!

「新宮、お前は恵まれた環境で育っているだろ?」
 恵まれた? 俺が? 小学生でドロップアウトしたこの俺が!?
「そうは思いませんが……」
「まあ聞け。お前みたいな親御さんが二人そろって健在なのが当たり前……ってのが恵まれているんだ」
「でも、だからって……こんな小学生でも解けるような、(というか、ただ書くだけ)問題で卒業させるとか……」
「だからお前は自身を社会人とかいうのだろ? お前自身が特別な存在であって、『俺はあんな不良どもと違う。これでレポート写すとかどんだけバカなんだ』とかな」
 いやそこまでひどいことは考えてませんが。
「まあ俺の言いたいことはだいだいあってます」
「いいか、お前のようにちゃんと義務教育を受けてきたものばかりではないのだ。だからあいつらには……ラジオがないと知識がないのだよ」
 ん? それってどこの国。

「この日本でそんなスラム街があるんですか?」

「馬鹿者!!!」

 その時ばかりは俺も背筋がピンッと立つ。
「吠えるなよ、若造が! お前のように恵まれた環境でぬくぬくと育ったやつには言われたくないんだよ!」
「う……」
「新宮、お前は不良たちを目の敵にしているが、ちゃんとあいつらと正面から向き合ったことはあるか?」
 なんでそんなことをしないといけないんだ、あいつらは犯罪者予備軍だろ! あ、オタクもか。

「この俺がですか? あんなめっちゃグレーゾーンなやつらと仲良くできるわけないじゃないですか? それこそ、喫煙だってするし、下手したら無免許に前科だってあるかもしれない連中でしょ?」
 俺の持論に宗像先生の眉間にはめっちゃしわが寄っている。
 しかも感情的になっているせいか、足を開いてガニ股になっており、おパンツどころの騒ぎではなくなっている。

「だからどうした?」
「……俺は真面目でやってますし、物事を白黒ハッキリさせない性分なので奴らとは相容れない立場といいますか……」
「それだけか?」
「はい……」
 宗像先生は不味そうなコーヒーをがぶ飲みすると、ため息をついた。


「お前、親がいない子供のことを考えたことあるか?」
「それは……なかったです」
「いいか、あいつらだって最初からワルだったわけではない。お前と一緒で何かにぶつかって挫折したにすぎない」
「……」
「もし本校がなくなってみろ? あいつらはどうなる? 行き場を失い、更生するチャンスも持てないだろ?」
「そんなのは甘えでしょ? 己を高めればいいだけであって……」
 俺がそういうと宗像先生は、自身の頭を乱暴にグシャグシャとかく。
「はぁ……ああ言えばこう言うな、お前は。『日葵(ひまり)』も偉い逸材をおくってきたもんだ……」
 日葵というのは俺の担当編集のロリババアだ。

「あのな……中卒だと、取れない資格や賃金だって差がでるんだ」
「それがなんですか?」
「お前のように親御さんも健在で実家暮らしなやつはヤンキーには少ない。片親か家族として機能していない家庭が多い」
「……」
「入学した理由が“給料アップ”という不純な動機であろうといいじゃないか。それがきっかけであいつらが犯罪に走ることなく、立派に卒業できたら私は嬉しい。まあ十代で家庭を持っているヤンキーは好かん! だが……それはお前も同じだぞ、新宮」
 なにが? 俺は奥さんいないですよ? アラサーのひがみはやめてくださいな。

「あいつらとは……違います」
「私から見れば、全く変わらん。だから少しはお前のその……なんだ? 優しさをあいつらにもわけてやってくれないか?」
 そう言うと宗像先生は俺に優しく微笑みかける。

「俺がですか?」
「ああ、お前は私が一番期待しているルーキーだ。歪んだお前ならあいつらとも仲良くやれそうだ。しかもお前には出席番号一番としてリーダーシップを発揮してもらわないとな☆」
「はあ!? なんで俺が一番なんですか?」
「あれ? 知らなかったのか? 出席番号は願書が受理された順番、先着順で決まる。お前が今年一番に出したから、出席番号も同様だ」
 謀ったな! あんのクソ編集めが!

「そう……ですか。でも、俺はリーダーなんてまっぴらごめんです!」
 俺がそう言うと宗像先生は巨大なメロンを投げ売りして笑う。


「だぁはははっははは!」


 下品な笑い方だ。そんなんだから嫁の貰い手がないのだ。
「私にはそうは見えんぞ! お前の性格はかなりお節介なやつだからな!」
「なっ!」
 先生は立ち上がると、俺にそっと近づく。

「お前も……苦労したんだな」

 そっと宗像先生が俺を優しく抱きしめる。
 先生のふくよかな谷間に顔を埋めると、心臓の音が聞こえる。
 わぁい! バーブー!

「な、なにを!」
「照れるな。お前がそうやって、壁にぶつかるたび、私が抱きしめてやる。誰かと比較するな。そんなに自分を責めるな」
 おっぱいで息ができない。窒息死そう……。

「は、離してください!」
 俺は突き飛ばすように、宗像先生の腕を離す。
「どうした? 童貞を捨てさせてあげてもいいのに……私はこう見えてテクはもっているつもりだが……」
 キモいわ! 俺はあいにく巨乳が大嫌いなんだよ!

「お、俺をおちょくっているんですか!?」
「いいやぁ」
 そう言う先生の笑みはとても大人っぽく、危険な匂いがする。とても甘く、毒々しい。

「俺は……今までだって、一人でやれてきたんだ!」
「だからなんだ?」
「……だから俺をそんな憐れむような眼で、見ないでください!」
 そう言い残すと、宗像先生に背を向けた。
 逃げるように、事務所の扉に手を掛けた瞬間。

「新宮!」

 振り返ると、先生はまた優しく微笑む。
「な、なんですか!?」
「忘れ物だ」と言って、俺に投げキッスを放り投げる。

 やめろぉぉぉぉ!!!
 いろんな意味でメンタルがボロボロになる。
 俺は先生の振る舞いを無視して、事務所を後にする。

「くっそぉぉぉ! あんのアバズレ教師めが!」
 
 このあと口直しにアイドル声優の『YUIKA』ちゃんのPVをめちゃくちゃ見まくった!

 入学してから早一週間。
 全てのレポートは書き終えた。
 さて、課題はこれからだ。宗像先生の言っていた『継続』……。
 わかってはいるつもりだ。継続に関しては今のところ……大丈夫だ、問題ない!

 一ツ橋高校、第1回目のスクーリングがやってきた。
 もちろんこの天才はいつものように、早朝、新聞配達を終えているので眠気はMAXだ。
 いつもなら仮眠を取っている時間だからな。

 朝の電車ってのは気にくわない。
 日曜日とはいえ、部活に通う『制服組』がいるし。
 まあ好みのJKがいたら目に焼きつけるけどな!
 

 過疎化しつつある赤井(あかい)駅を一人歩く。
 そこでもやはり制服組と一緒に歩く事となり、実質は「一緒にいこう!」的な萌えイベントにも脳内変換できなくもない。
 というか、JKが周りにいるだけで、嬉しいよね!

 通称『心臓破りの地獄ロード』を登り終えると、校舎の裏口(玄関のことね)に入る。
 玄関前にはアラサー痴女、宗像(むなかた)先生の姿があった。

 え~、本日のファッションですが、これまた酷いですね~
 網目の荒い網タイツ、マイクロミニのタイトスカート、それにレザーぽい黒のノースリーブ。しかもへそ出し。
 どこの映画に出てくるビッチですかね~

「おう! 新宮、おはよう!」
 大声で俺を指名するな! 全力でチェンジを要求する!
「お、おはようございます……」
「なんだ? 元気のないやつだな……さては、“自家発電”のしすぎだな!」
 と吐き捨てて、俺の可愛い小尻をブッ叩く。

「いって! セクハラですよ、宗像先生!」
「うむ、元気がでたな! それでこそ学生だ! そしてセクハラではない、スキンシップだ」
 それってセクハラの言い訳の代名詞ですよね……。

「それに減るもんでもあるまい? お前は男だしな」
「男でもメンタルはすり減りますけど……」
「ハッハハハ! 元気があってよろしい! さあ今日のスケジュール表をとって、自分の教室に上がれ!」
「スケジュール表? なんです、それ?」
「ん? ああ、入学式でも言ったように、本校は校舎がない……ので三ツ橋高校の生徒たちが教室を利用する場合があるわけだ。毎回スクーリングでは授業ごとのスケジュールを組み見立ている。ほれ、あのプリントだ」
 そう言って、宗像先生は背後のカラーボックスを指す。
 箱の上には小さなコピー用紙があった。
 確かに授業ごとに教室がコロコロと変わっている。
 面倒くさい学校だ。


 俺がため息をついていると、宗像先生が。
「おう! 花鶴(はなづる)千鳥(ちどり)じゃないか!」
 と声をかける。

「う……」
 嫌な予感。

 続いて。
古賀(こが)も、おはよう!」
 と叫ぶ。
 その名前に俺は酷く悪寒を覚えた。

 逃げるように靴箱に向かうと、スリッパに履き替える。
 そして、階段を上ろうとしたその時だった。

「あ! オタッキーじゃん!」
「お、タクオ」

 クソ! 地雷を踏んでしまったか!
 赤髪ギャルの花鶴(はなづる) ここあ。それにハゲで老け顔の千鳥 力(ちどり りき)

「おはにょ~♪」
 なにがにょ~♪ だ。俺は売り出し中のルックス重視の女子アナではない!
「おう……」
「なんだよ、タクオ。元気ねーじゃん」
 そう言って、千鳥が俺の頭をグシャグシャと掻き回す。
 やけに俺の身体を触ってくるやつだ。
 正直、コイツはゲイなのか? と疑ってしまう。

「別に……元気がないわけじゃないよ」
「ならどうした? 自家発電のしすぎか?」
 お前もか……どうしてこう十代男子の一日を自家発電のみと短絡的な考えにたどり着くのか。

「違うよ……まあ千鳥には関係ない」
「連れないこと言うなよ……ダチだろ?」
「おい、いつ俺とお前たちは交友関係に至ったんだ。この前、会ったばかりだろが」
「は? 自己紹介しただろ?」
「そうじゃん、あーしのことも覚えてっしょ? ならダチじゃん」
 ダチじゃんじゃねー。その前に花鶴よ、お前は女子としてちったぁ恥じらいを持て。
 胸元ザックリ丸なトップスを好み、今日もまたパンモロに近いミニスカか……。
 悪いが範囲外だ、貴様は。
 男ウケするファッションというものをまるでわかってない!
 ちょっと、『い●ご100%』でも読んできなさい!

「意味がわからん。俗にいう友達とはだな……」

「「ハハハハッハ!」」

 花鶴、千鳥の両者が腹を抱えて笑う。
「ダチなんてノリだっつーの!」
「そうだよ? フィーリングっての?」
 なんかそのフィーリングってワード。エロい。
「まあ。お前らがそう思うならそれでいい」
「そうそう、それでいんだよ。タクオ……なあミハイル。お前もそう思うだろ?」

「……」
 相も変わらず、無言か。古賀 ミハイル。
 そして、なぜまた顔を真っ赤にさせて床と会話を楽しんでいるのだ?

「ミハイル?」
「どしたん? ミーシャ」
「……」
 ここは退散しよう。

「じゃあ、俺は先に教室へ向かうぞ」
「おう! あとでな!」
「まったね~ オタッキー」
 本当にコミュ力の塊だな、こいつらは……。

 教室に入る際、扉に手を掛けると勝手に扉が開く。
 驚いた俺は思わず、数歩退く。

「あっ、きみは……」

 開かれた扉の前には、一人の眼鏡少女が立っていた。
 紺色のプリーツスカートに白のブラウス。まるで制服組だな。

「俺を知っているのか?」
「あの……入学式で“お尻だけ星人”になったひとだよね?」
「……」
 ん~なんだろっけな? そんなこっとあったけ?
 キミ強いよね? だけど、俺は負けないよ?


「あいにくだが……そういうあだ名は持ち合わせてないぞ?」
「ふふふ、ごめんなさい……私も今年から一年生になります。北神(きたがみ) ほのかです」
 律儀に斜め四十五度でお辞儀する。まるでデパートの店員だな。

「そうか、認識した。俺は新宮。新宮 琢人。頼むから変なあだ名はよしてくれ」
「んふふ……」
 そう言って笑う眼鏡女子、北神 ほのかは口を隠しながらよく笑う。
 まあ眼鏡でJKの制服みたいな格好しちゃってさ、ナチュラルボブがいいよね。
 花鶴とは違い、まあまあタイプかな。
 ただ胸が発達しすぎているのがしゃくだ。

「君は……入学式の時に俺を助けてくれた子か?」
「助けるだなんて……んふふ」
 なにがおかしいんだ? またあれか? 箸を落としただけわらう年ごろから抜け出せてないのか、こいつは?

「私は手を貸しただけだよ? 新宮くんっておもしろいね」
「何がだ? 俺はただの天才だ」
「そうなんだ……んふふ」
 なんなんだ、この笑い上戸は芸人なら女神なんだろね。
「じゃあ、またね。新宮くん」
「ああ」
 そう言って、北神は可愛らしい白のハンカチを持って、廊下を急ぐ。
 まああれだ。エチケットだが……聖水だろ、草!


 教室に入るとこれまた異様な空気が流れていた。
 入学説明会の時と似たような状態。
 つまりは境界線が引かれている。そうここは戦場だ。
 非リア充軍、リア充軍、共に戦線を繰り広げいている。
 もちろん俺は前者だが、これはいわゆるお約束なパターンだ。

 そう説明会の時と同じ位置に皆座っているために、俺の席はほぼ決まったようなもの。
 俺は仕方なく境界線ギリッギリのイスに座る。
 リュックを机のフックにかけて、一時間目の教科書とノートを取り出す。
 平然を装っていたのに、めまいがしてきた。

 動悸がする……中学生時代の『嫌な』思い出がフラッシュバックする。

『なんで新宮が学校に来てんだよ?』
『お前なんか、ずっと家にこもってろよ』
『死ねよ、マジで』

 息苦しい……。胸が張り裂けそうだ。


「……おはよ」


 動悸が治まった。その声で。
 とても弱弱しいが、心地よく暖かい。
 まるで、アイドル声優の『YUIKA』ちゃんのような天使の甘い声。
 右隣りを見ると、以前俺を殴った張本人で、ヤンキーの古賀 ミハイルが座っていた。


「え?」
 聞き取れないので、思わず反応してしまった。

「だから……タクト、おはよう」
「あぁ、おはよう」
 ってか、サラッと下の名前で呼ばれたな……。
「フン!」
 なんで挨拶だけでそんなに怒ってんの? 反抗期かしら?

「……悪い。あまりにも小さな声で聞き取れなかったよ」
 そう言うと、ミハイルは顔を真っ赤にさせて立ち上がる。
「なんだと! オレがまるで“もやし”みたいじゃん!」
 ふむ、そのワードは北九州よりの言い回しか?
 もやし? なにそれ、おいしそう……。
 キムチの素でご飯のおともになれそうじゃない? メモしておくわ。


「は? 聞こえなかったと言っただけだ。そんなに怒ることでもあるまい」
 俺がそう吐き捨てると、ミハイルは「ムキーッ!」まるで子ザルのように床を足で叩きつける。
「オレがタクトみたいなオタクに、挨拶してやったんだ! ありがたく思えよ!」
 いや、なにそれ意味がわからないわ。反抗期だから色々大変ね。

「まあオタクだとはほぼ自覚している……だが、古賀。そろそろ席に座れ、チャイムがなるぞ」
「はぁ!?」
 チャイムってわからない? ヤンキー用語に変換するとなんていうの?

「おーい、みんな席に着けよ~ 楽しい楽しいホームルームの時間だぞぉ~」

 そう言って、教室に入ってきたのはご存じクソビッチの宗像 蘭先生。
 歩く度におっぱいがぼよんぼよん……気色悪いったらありゃしない。

「ん? 古賀? どうした? なにを突っ立っている?」
「う……」
 ミハイルはまた顔を真っ赤にさせると席に座って、今度は机がお友達として追加されたようだ。

「……覚えてろよ、タクト」
 なにを? 君は早く基礎的な会話を覚えなさい。


「それじゃ、出席とるぞ~ ちなみに朝と帰りでも出席とるからな~ お前ら見たいなクズは朝だけ点呼とって帰りやがるからな~」
 な! その手があったか!


「じゃあ、出席番号一番! 新宮 琢人!」
「……はい」
「ああ! 声が小さい! ちゃんと大きな声で返事しろよ、バカヤロー!」
 お前はどこの反社会的勢力だ。

「はぁい……」
「チッ! 根性のなってないやつだ……」

「てか、オタッキー。一番とかウケる~」
 花鶴か……ハイハイ、ワロタワロタ。

「じゃあ、次。二番、古賀 ミハイル!」
「っす……」
「次、三番……」
 ちょい待て、なんでミハイルだけ、小声でもつっこまねーんだよ、ババア!

「三番! 北神 ほのか! 北神? あれ……さっきいたけどな?」
 ああ、今あの子は聖水の儀式中だろ。
 ここは紳士である俺が、代わりに出席をとってやるか……。

 俺は手をあげてこういった。
「せんせ~い、北神さんはお花を摘みにいってま~す!」
「ああ!? どこにだ?」
 クッ! どこもかしもバカばかりだ!
 しかも周囲の連中も。

「花なんてこの辺に咲いているのか?」
「高校生で花摘みとかバカだろ?」
 いや! お前がバカだ!


「新宮! どういうことだ? なんで、北神がわざわざ授業中に花なんて探しにいくんだ!」
 お前、それでも教師か! しかも女だろが!
「え~、それはですね……女の子、特有の儀式ですよ(知らんけど)」
「ふむ……生理か?」
 女子たちが一斉に俺を睨む。
 んでだよ! 俺は何も悪いことしてないのに!

「さ、さあ……」
 するとミハイルが鼻で笑う。
「オタク用語だから、わかんないんじゃねーの?」
「いや、オタクは関係ないだろ……」

 廊下をバタバタと走る音が鳴り響くと、扉が開く。
「あ、あの……すいません! 遅れました……」
「おう! 北神、いたのか? ところで花なんてどこに咲いてた?」
「え……」
 顔面蒼白になっているじゃないか! これは公開処刑というものだ。
 北神よ、君は理解しているんだね。よかった常識的な女の子で。

「な、なんのことです?」
「新宮がな、お前が『お花を摘みにいっている』と言うのでな」
「……」
 涙目で俺を見つめている。いやぁ、地雷ふんじゃったかな?

「あの、お花……ではないです」
 おまっ! 言うのか! 俺のジェントルマンぶりに感動してよかったのに!
「じゃあなんだ? さっさと言え! 三十路前の一分一秒はとても貴重だ。スパ●ボの周回ルートもあるしな」
 いや、最後いらんだろ。俺は1回クリアすれば、満足するけど。

「えっと……おトイレです……」
「そうか。今度から五分前には終わらせておけよ! まあ生理現象ならば仕方あるまい。生理だけにな!」
「……」
 ハハハ、誰か冷房つけてます?

「あはははっは! 超ウケる、センセイってば」
 花鶴……お前も一応、女だろ?
「お、花鶴。よくこの私のギャグセンスについてこれるな」
「マジ、ウケる!」
 全然うけねー! 寒いよぉ、ここは寒すぎるよ……そして、周囲の女子たちが超怖いのよ。

「よし、爆笑も取れたし……北神、席に戻れ」
「はい……」そう言うと、彼女は俺の左隣りの席に座った。
 涙目で必死にこらえている。
 なにこの子、超かわいそう。


「北神、済まなかった……俺が余計なことをしてしまった」
「ううん、新宮くんは悪くないよ……」
 そんな涙いっぱいで言われてもね。

「だから言ったじゃん。オタク用語だからわかんねーんだよ」
 古賀 ミハイル……お前、どんな環境で育ったんだ……。

 ホームルームは無事終えた。
 数分後に一時間目の授業が始まる。
 どんな怖い教師が来るか、俺はガッチガチに固まっていた。

「はい、みんな席について~」

 若い男性教師だがやる気なさそうだな。
 教師という立場でありながら、ロン毛だし、無精ひげだし。
 太っちょお兄ちゃんで、汗かきまくっているしね。
 見た目からしてオタク側に近い。

「え~、現代社会をはじます。教科書を開いてください」
 とは言ったものの、大半が教師の脱線話で三十分もダラダラと話し続ける。
 結局、なにが言いたいんだ。
 この教師は、大半がニュースで流れている時事ネタばかりじゃないか。
「じゃあ、次回のアメリカ大統領選挙における有力候補は誰だと思う? ニュースとかでトラ●プは否定的だけど、もう一人は?」
 は? なんだそのクイズは? バカにしているのか?

「はーい!」
 斜め後ろの花鶴がうれしそうに手をあげる。
「お! きみ、わかる?」
 なんかビッチなギャルが手を挙げて嬉しそうだな、この教師。
「わっかりませ~ん!」
「え……」
「ここあ、お前笑わせるなよ」
 千鳥がツルピカに頭を光らせて笑う。
「だって、流れ的に誰も手をあげなさそうだし~ ここは一本ウケようかな~って」
 おい、教師絶句しているぞ? ウケとれてないけど?
「はい、じゃあ正解は……」
 と、そこでチャイムが鳴り、答えを言いたげな教師は悔しそうに教室をあとにした。


「はぁ、なんなんだ。このスクリーングってのは?」
 ため息をつきながら、教科書を入れ替える。
「でも……私は安心したよ」とクスクス笑う北神。
「なにが?」
「だってさ、私も中学校あんまりいけてなくてさ……」
「なんだ、お前も不登校か?」
「え? 新宮くんも?」
 目を輝かせて、顔面すれすれまで近寄る。キスしちゃいそう。

「ああ……」
「わぁ、嬉しい。ますます大好きになっちゃった」
「……」
 え? 今なんつった、この子?
「な、なにが?」
「この学校♪」
 ですよね~ そこで『新宮くんのこと!』とは言いませんもんね~

「なんだ。タクトは、ふとーこうかよ」
 メンチをきかすミハイル。
 不登校で何が悪い!
 さてはお前、いじめっ子だな。
「ご、ごめんなさい……古賀くん」
 おびえる北神の姿はまるで小動物のようだ。
「は? なんでおまえに名前で呼ばれないといけないんだよ」
 いや、それを言うならおまえたちの『ダチ』認定はいつおりるんですか?
 やっぱケンカですか?

「ご、ごめんなさい……古賀くん、ハーフでしょ? だから覚えやすくて」
「おまえ……二度とそんなこと言うなよ」
 ドスのきいた声だ。俺でさえ怖い。
 そう言い残すと、席を黙って立ち上がり、教室から出て行った。
 ていうか、どこが怒るポイント? ワタシ、ワカラナイネ~

「わ、私……謝ってくる。せっかく仲良くなれそうだって思ったのに……」
 泣いてしまったよ。どうすんのよ、これ。ミーシャさん?
「あ~、今のは北神……なんだっけ?」
 背後から千鳥が声をかけてきた。
「ほのかです……」
「あれは確かにミハイルの前では禁句だよ。俺があとで説明しとくから、もう泣くなよ」
 頼もしいこって。でもどのワードが激オコポイントなの? それ教えておかないとまた地雷踏むよね?

「そうそう、あーしもあれはよくないと思うよ」
「ごめんなさい……今度から気をつけます」
 いや気をつけるもなにも、どこを気をつけるの?
「いいってことよ、ほのかちゃん」
 もう下の名前で呼ぶのか、千鳥。
 馴れ馴れしい男は嫌われるって母さんが言ったけどな。

「あ、あのお二人は?」
「あーしは花鶴 ここあ。んでこっちのハゲが千鳥 力ね」
「だから俺は剃ってるってんだろ!」
 安いよ~ 安いよ~ 新鮮なゆでダコだよ~
「そいから、あーしもほのかでいい? あーしがここあで、こっちはリキって呼べばいいよ」
「あ、了解です」
 俺をまたいで自己紹介タイムやるのやめてくれるかな?

「てかさ、タメでっていいての、ウケるんだけど」
 いや、ウケない。まったくもって。
「そうそう、俺らもうダチじゃん」
 おい! 今の流れでどこからダチ認定なんだよ!
 なんで俺だけミハイルに殴られる必要があったんだ!

「うん! じゃあ後でL●NE交換しよ」
「い~ね、ほのかってどこ住んでんの……」
 と、会話が盛り上がっているところで、俺はその場にいるのが耐えられなくなった。

 こういう流れが一番、ぼっちにはこたえる。
 黙って席から離れ、廊下に出た。
 あのまま、いれば絶対に「あれ? お前いたの?」という禁句を放たれることになるからな。

 さあ、俺がお花を摘みにいきますかね~

 廊下を歩いていると、どうやら『事後』のミハイルとすれ違う。
 視線をやるとやはり不機嫌らしく「けっ!」と舌打ちしていた。
 や~ね~、反抗期っていつ終わるのかしら?


 トイレにつくと、先客がいた。
 おかっぱ頭の少年がお花を摘む……じゃなかった放出中。
 俺も隣りに立ち、コトに入る。

「……」
「……」

 いや、人が隣りにいると出るものも出ませんね~

「あ、あの……1つお伺いしても?」
 おかっぱがこっちを見ている。
 目を合わせようとしたが、前髪が邪魔してその目は見えない。

「ん? なんだ?」
「あの……氏は奴らとどういう関係で?」
「奴らとは?」
「あいつらですよ、伝説のヤンキー三人組」
 なんのことかサッパリだった。
「……誰だそいつら?」
「あの三人ですよ? 知らないんですか?」
「だからどの三匹だ? どこぞの時代劇の再放送なら平日の朝に見ろ」
「違いますよ! 『剛腕のリキ』、『金色(こんじき)のミハイル』……そして最後が『どビッチのここあ』」
「……」

 千鳥だけそれっぽいけど、ミハイルは外見だけ。最後の花鶴に関してはただの悪口だろ。
 センスないな。


 小便を終えた俺はトイレを出て、廊下で詳しい話を聞く。

「それで、その三人……つまりあのアホどもがなんなのだ?」
「何って……怖くないんですか!?」
 おかっぱは必死になって、俺に説明する。
 なにをそんなに焦っているんだか。


「全然……むしろ、奴らは言語能力において著しく欠落している……かわいそうなバカどもだろう」
「氏はわかっておられない……奴らは、うちの地元ではそれはもう酷い噂ばかりです」
「ふむ……つまりお前の地元では手もつけられないようなヤンキーという認識なのだな?」
「はい、奴らは席内(むしろうち)市において……たった三人で地域一帯の暴走族を潰した伝説のヤンキーです」
 席内(むしろうち)市とは福岡市に隣接する、福岡県内の地域名だ。
 まあ個人的にはご老人が多いイメージはある。

「伝説ってお前……なにが伝説なんだよ?」
「いいですか、あいつらは十年前に発足された伝説の暴走族『それいけ! ダイコン号』の後継者です」
「……お前、俺をおちょくっているのか?」
 酷いネーミングだ。笑わせたいのか怖がらせたいのか、意図が読めん。

「某は真剣ですよ! いいですか、『それいけ! ダイコン号』は初代から少数精鋭の武闘派で、それはもう酷かったんです」
 なにが? 名前のことだろ?

「十年前にグループは消滅したのに、一年前に急遽、復活を遂げ、席内(むしろうち)市を恐怖に陥れています」
 笑いの渦だろ?
「そう……あの三人は本当に手もつけられないようなヤンキーであり、暴走族です。うかつに近づいてはあなたの命が危ぶまれますよ」

 一通り、事情を聞かせてもらったことが、何ともしっくりこない。
 奴らが伝説のヤンキーだと、笑わせる。
 俺は鼻で笑うとこう切り出した。

「……言いたいことはそれだけか?」
「え?」
「正直、俺はあのバカどもに関しては何の恐怖なぞ感じない。むしろ本当にどうしようもないクズ、バカ、アホというのが第一印象だ」
 まんまだしな。

「な! そんなこと口に出したら……」
「いいか、俺は白黒ハッキリさせないと気が済まないんだ。お前の言い分も分かった。だが俺はあのバカたちがそういう犯罪絡みの所業をしていたとしてだな……それをこの目で確かめるまでは『ただのバカ』という認識だ」
「氏はいったい……」
 チャイムが鳴る。


「じゃあ、これで駄弁りは終わりだ。授業に遅れるぞ? お前、名は?」
「あ、申し遅れました。某も新宮くんと同じ“ニーゼロ”生の日田(ひた) 真一(しんいち)と言います」

 ニーゼロ生とは今年の一年生ということだ。
 2020年に入学したからニーゼロ生。

 一ツ橋高校は単位制でもあり、通信制でもある。
 また留年する生徒が多いらしく、3年間で卒業を目標にしているものは少ない。
 よって、留年を想定した上で、入学した年で生徒たちを区別する仕組みになっている。
 また入学するのも春だけにとどまらない。

 夏から願書を出せば秋にも入学できる。
 その背景には中途退学者の前学校における単位が残っていれば、不足分を補えるというメリットが売りなのだとか。
 気軽に入って卒業。それが売りらしい。


「日田か……認識した。俺は新宮 琢人だ」
「某は新宮くんのことは存じ上げてます」
「なぜだ?」
「だって入学式であの『金色(こんじき)のミハイル』と大ゲンカしたという噂で……」
 あれがケンカだと! ただの暴行だ!

「そんな噂が立っていたのか」
「ええ……では遅れますのでこれにて!」
 そう言うと足早に、日田 真一(ひた しんいち)は廊下を走る。
 俺はこんな時でも急がない。
 まあ急ぎはするのだが、『廊下は走ってはいけません!』なところだからな。

 途中、曲がり角で人影を感じた。

「……」

 またお前か、古賀 ミハイル。なにをそんなに顔を真っ赤にさせて、床と会話している。
 お前の推しメンは床か? 『ゆかちゃん』と名付けてやる。

「おい、古賀。もうチャイムなったぞ?」
「わかってるよ……」
「そうか、じゃあ俺は先に行くからな」

 言い残すとゆっくりと俺は歩きだす。
 途中振り返ると、ミハイルはやはり『ゆかちゃん』とお話中だ。
 ヤンキーってのはわからんもんだな。